人はなぜ、宗教にシビれるのか？ 小田晋
＃１
多くの調査では、我が国の若者たちは、「特定の宗教は信じていないが、“霊”や“超能力”の存在は信じる」という傾向をますます強めていることが示されている。日常生活とは異なった次元の体験がしてみたい、という気持ちはすでに宗教の入り口である。そして、その体験を通じて、何か、「人間を超えた大きなもの、力強いもの」の存在を感じるなら、もうそれはヌミノース体験と呼ばれる“宗教体験”なのだ。
＃２
人類は文化をもっているからこそ人間といえるのだが、人間の文化のなかで、独特の、何らかの宗教またはその前駆形態ともいえるようなものをもっていない民族はない。
＃３
一連の「オウム真理教」（＊宗教の仮面をかぶった犯罪集団）関連事件は、一方で宗教が人を巻き込んでいく力の大きさと、他方では、その一面の恐ろしさを示している。…２０世紀後半の社会病理の最大の源泉の一つはカルト（秘教的小宗派または疑似宗派）であろうとは、かねてから予想していたが、まさかそれが、国内に疑似国家のようなものをつくり、「神聖法皇」に率いられて国家に挑戦しようというところまでいこうとは、そしてその集団に、多くの「理工系エリート」や現職の自衛隊幹部までが引き込まれていたとは、いったいどういうことだ―と、不思議に思った人も多いことだろう。
＃４
「宗教の持つ不思議な力」を精神医学の立場から考えるのが本書のテーマだ。精神医学の立場からみると、宗教は、一方では精神の健康と人間の生きがいの支えになるものである。もともと、人間を心の病気や苦悩から救うのは、そして犯罪から救い出すのは、未開社会では呪医、文明社会では宗教家の役割で、医師の職分、とりわけ精神科医の役回りは一番後になって分化してきたものである。しかし一方、人間が、日常的な社会生活の枠組みに順応して生きることに耐えられなくなって、この枠組みを破壊してしまえば、それは犯罪ということになり、現世と離れた別の世界に目を向ければ、神秘主義と信仰に到る道が開かれることになる。また、自分自身の妄想と幻想の城に閉じこもってしまうのは、それはすなわち狂気であり、これら三者を同時に引き起こすものが酩酊（めいてい）である。つまり、信仰と狂気と犯罪、それを媒介するものとしての酩酊（薬物乱用）は手を結んで、「人間における非日常の構造」を生み出すことになる。したがって、それは精神科医として、どうしても扱いたい領域になる。
＃５
宗教は本質的には人間の心を健康にするもので、多くの調査は宗教信仰をもつことと、犯罪、精神障害、薬物乱用のあいだに負の相関があることを示している。今日の精神療法の中には、宗教の文脈から生み出されたものも少なくない。しかし、宗教への狂信が心の病気や犯罪の契機ともなり得るし、精神障害におちいることが病的な宗教体験や宗教的行動を引き起こすこともあり得る。したがって、本書は一面では「宗教精神医学入門」と言える。心の健康にとって非日常を体験することは望ましいことだが、それは健康な日常性との往復運動に支えられていなければならない。信仰は個人の心の内面の営みだが、それが宗教、宗派の活動として外面化されるときには、社会的な責任を負う必要があるだろう。
多くの調査では、我が国の若者たちは、「特定の宗教は信じていないが、“霊”や“超能力”の存在は信じる」という傾向をますます強めていることが示されている。日常生活とは異なった次元の体験がしてみたい、という気持ちはすでに宗教の入り口である。そして、その体験を通じて、何か、「人間を超えた大きなもの、力強いもの」の存在を感じるなら、もうそれはヌミノース体験と呼ばれる“宗教体験”なのだ。
＃２
人類は文化をもっているからこそ人間といえるのだが、人間の文化のなかで、独特の、何らかの宗教またはその前駆形態ともいえるようなものをもっていない民族はない。
＃３
一連の「オウム真理教」（＊宗教の仮面をかぶった犯罪集団）関連事件は、一方で宗教が人を巻き込んでいく力の大きさと、他方では、その一面の恐ろしさを示している。…２０世紀後半の社会病理の最大の源泉の一つはカルト（秘教的小宗派または疑似宗派）であろうとは、かねてから予想していたが、まさかそれが、国内に疑似国家のようなものをつくり、「神聖法皇」に率いられて国家に挑戦しようというところまでいこうとは、そしてその集団に、多くの「理工系エリート」や現職の自衛隊幹部までが引き込まれていたとは、いったいどういうことだ―と、不思議に思った人も多いことだろう。
＃４
「宗教の持つ不思議な力」を精神医学の立場から考えるのが本書のテーマだ。精神医学の立場からみると、宗教は、一方では精神の健康と人間の生きがいの支えになるものである。もともと、人間を心の病気や苦悩から救うのは、そして犯罪から救い出すのは、未開社会では呪医、文明社会では宗教家の役割で、医師の職分、とりわけ精神科医の役回りは一番後になって分化してきたものである。しかし一方、人間が、日常的な社会生活の枠組みに順応して生きることに耐えられなくなって、この枠組みを破壊してしまえば、それは犯罪ということになり、現世と離れた別の世界に目を向ければ、神秘主義と信仰に到る道が開かれることになる。また、自分自身の妄想と幻想の城に閉じこもってしまうのは、それはすなわち狂気であり、これら三者を同時に引き起こすものが酩酊（めいてい）である。つまり、信仰と狂気と犯罪、それを媒介するものとしての酩酊（薬物乱用）は手を結んで、「人間における非日常の構造」を生み出すことになる。したがって、それは精神科医として、どうしても扱いたい領域になる。
＃５
宗教は本質的には人間の心を健康にするもので、多くの調査は宗教信仰をもつことと、犯罪、精神障害、薬物乱用のあいだに負の相関があることを示している。今日の精神療法の中には、宗教の文脈から生み出されたものも少なくない。しかし、宗教への狂信が心の病気や犯罪の契機ともなり得るし、精神障害におちいることが病的な宗教体験や宗教的行動を引き起こすこともあり得る。したがって、本書は一面では「宗教精神医学入門」と言える。心の健康にとって非日常を体験することは望ましいことだが、それは健康な日常性との往復運動に支えられていなければならない。信仰は個人の心の内面の営みだが、それが宗教、宗派の活動として外面化されるときには、社会的な責任を負う必要があるだろう。
2005年08月04日(木) 22:56:43 Modified by gedo5