涼宮ハルヒ性転換設定
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〜サムデイ・イン・ザ・レイン〜Another Ver

―サアァァァ―
混濁する意識の向こう側から雨音が厳かに鼓膜を刺激する。
あぁ、どうりで冷える訳だ。先程までは申し訳程度だった雨はいつの間にか本降りになってしまったようだ。
何処までも伸びていた紐を手繰り寄せるように意識を取り戻したあたしは、ゆっくりと瞼を開けた。
「ぬぁっ!?」
「……………あ?」
えらいイケメンがそこに居た、っていうか晴彦だった。
晴彦は親が大事にしていた物を誤って壊し、それを隠したのだが運悪く見つかってしまった子供のような顔をしている。
「あれ、あたし寝てたんだ…」
「あ、あぁ…」
長机に突っ伏してた頭を持ち上げてしょぼしょぼと少し腫れぼったい目を擦りながら部室を見渡す。晴彦以外の姿はそこにはなかった
「あれ…あんだだけか…」
「あ、あぁ…悪いかよ」
「悪くはないけど…あんた、あたしが寝ている間に変な事してないでしょうね…」
「寝込み襲う趣味はねぇよ!」
はいはい、いいけど起き抜けの頭に響いて痛いから叫ばないで欲しいね
窓の外に目をやると、やはり雨がその勢いを増し容赦なく世界を濡らして、この古ぼけた旧校舎の一室にあるSOS団の部室を室温をいつぞやの内閣支持率のように下げていた。
「……ん?」
ふと隣を見ると、あひる口でそっぽを向いている晴彦があたしに向けて、その男らしい大きな手のひらを差し出している。
「なに?」
「返せよ」
「なにを」
「ブレザー!」
そういえば先程からなぜか体が重いなと思っていたら、いつの間にかあたしの背中にはブレザーが掛けられていた…それも二着。
どうりで室温の割には体はそんなに冷えていないわけだ…晴彦を見ると確かにブレザーは着ていない。シャツの上に薄いセーターを被せているだけだ
「あんた…そんな格好で寒くないの?」
「さみぃから返せってんだよ!」
反省…、どうやらまだあたしの頭ははっきりとしていないようだ。我ながら馬鹿な質問をした。
ありがと、とブレザーを渡すと晴彦はふんっと1つ息を巻きながらそれに袖を通す。っていうかあんたがあたしの為に何かしたのってこれが初めてじゃ…?
まぁいいか、いつもあたしが世話してるようなもんだし、考えるだけ無駄だ
「あれ…」
あたしの肩にはもう一枚ブレザーがあった。
誰のだろう?朝比奈先輩――では大きさが合わない、じゃあ長門?でももう長門は帰宅してるみたいだし…
「ほら、さっさと帰るぞ。下校時間過ぎてるし、部室に鍵かけなきゃなんねぇし」
「あ、うん」
今ここで考えても埒があかないようなので、このブレザーはパイプ椅子の背凭れに掛けて置く事にする。
しかし…
「参ったなぁ…あたし傘持って来てないのに」
思わずごちるがそれも仕方ない。外の雨は本降りだ、傘も無しに帰宅したら13面待ち国士無双に振り込むのと同じ確率で風邪を引いてしまう。
晴彦の変態染みたとんでもパワーがもたらした数々の事件のお陰で、あたしの精神力の耐久性は数十年前の日本の経済のように著しいまでに飛躍したが
肉体的にはそこら辺に転がる石ころ並に平凡な女子高生なのだ、ライク・ア・ローリング・ストーンってね…なんて思わず自嘲する
「そんなの一本もありゃ十分だろ」
そんな――谷口が言うところの――ミジンコ並に普通なあたしに、稀代の変人っぷりを見せる晴彦がまたもやあたしから視線を外しながら傘を差し出していた。
おいおい…あたしにあんたと相合い傘をしろと言うのか、全く。

************

冬の匂いを醸し出しながら、皮膚の下の毛細血管を収縮させるような冷たい外気の中に、あたしと晴彦は一本の傘の中に潜り込みながらその身をそれに投げ出していた。
えぇ、勿論しますとも。背に腹は代えられない、風邪を引くくらいなら多少の羞恥心なんて我慢しますよ。
「おい、お前もっとこっち寄れよ。俺が濡れんだろ」
「はぁ…はいはい」
ほんと、この男はバチカン市国の国土面積程度でいいからあたしに優しくしてくれないかね
そんな思いを視線に込めて、あたしより頭1つ分より高い晴彦の顔を見上げる
何を考えているのか、あたしにはさっぱり分からない…ただ分かる事とと言えば
今の晴彦のこのぶすっとした不満気な顔は、入学当時のように世の中に嫌気がさして憂鬱だった頃の顔とは意味合いが違っていると言う事だ
不機嫌そうな顔にある2つの瞳は、アルプスの雪解け水のように澄んでいて…奇怪な行動の中で、その瞳は子供のように無垢で無邪気で純粋な輝きをあたしに魅せていた。
「………」
思い返せば、いつぞやの閉鎖空間で晴彦が言っていた
―お前もこのなんも無い世界にうんざりしてたんじゃねぇのか!?―
当時はなぜこいつはこんなにも世界に苛立っていたんだろうか、と考えたが…今なら少し分かる気がする
晴彦はきっとこの世界が大好きなんだ、好きだから期待してしまう――天地をひっくり返すような面白い何かが起こるんじゃないかと
好きで期待して、でも世は事もなし。それでも憧れて、想いは募るばかり…だけど世界は変わらない。
その焦燥感染みた辟易が爆発したのがあれって訳だ
「…やれやれ」
世界をぶっ壊してしまう程に晴彦が羨望したものを、何故かあたしが体験している…こんな皮肉、ちょっとだけうんざりだ
「…晴彦」
「あ?」
思わず溢してしまった彼の名前、その音に目敏く反応した晴彦は面倒くさそうにあたしを見下ろす
「あ!いや…えっと…」
「なんだよ」
「うん、え〜っとさ…えと、今…晴彦は楽しいか?」
「あぁ?」
混乱した頭ではまともな思考が出来る筈もなく、あたしはそんな事を聞いていた(後に思った事だが、先の件であたしは少し晴彦に後ろめたい気持ちがあるように感じていたかもしれない)
「何言ってんだお前」
「はは…」
訝しげにそう問うた晴彦は、ふいとあたしから視線を外し若干上擦ったような声でこう言った
「楽しいさ」
「へ?」
続くあたしは間の抜けた声
「みつるは弄り甲斐があるし、有紀は何考えてんのかわかんねぇけどこの学校で初めて出来たタメの友達だし」
「………」
「古泉は副団長として俺に着いて来てくれるし、鶴屋さんはノリが良くておもしれぇし」
「………」
少なからずあたしは動揺していた。
晴彦が他人をどう思っているか告白するなんて、今まで無かったからだ
「あとは…そうだな、お前も一応は雑用として居るしな」
「どういう意味だよ、それは…」
この男は女の子に雑用をやらせる事を少しも遠慮する気はないようだが、少し満たされたように胸が熱くなるのを感じていたのはあたしの気のせいだろう
「お、お前はどうよ?」
「なにが?」
「だから、今楽しいとか…そういうのどうっつぅか…」
ゴニョゴニョと言葉尻を濁してごもる晴彦がなんだか可笑しかった、あたしの答は決まっている
「不満は多少あるけど…満足してるかな」
とりあえず命を危険に晒されるような事はごめん被りたいね
「なんだよ不満って」
「さぁね」
怪訝そうな顔であたしに言葉を向けるが、その音はどこか嬉しそうだったと感じたのはあたしの欲目かな
あたしはとぼけるように、小さく舌を出して見せた
「―――っ!?…ちっ」
それを見た晴彦は一瞬たじろくような反応を見せて、何故か耳まで真っ赤にして悪態をつく……っていうか舌打ちとかどうよ
「あ」
「ん?」
そんなやり取りをしていたらもうあたしの家が目の前にあった
やれやれ、漸く帰宅か…あたしは傘から飛び出して自宅のエントランスまで駆け、振り返り晴彦に礼を言う
「送ってくれてありがと」
「ふん、団員の世話すんのは団長として当然だろ」
はいはい、そうでしたね。
可愛いげのない晴彦の言葉にため息を1つつく、そこで違和感に気付いた
「あれ…?」
「あ?」
見ると晴彦の右肩がぐっしょりと濡れている、さっき晴彦が濡れるから寄れと言うからそうした筈なのに
「なんだよ」
あたしは自分の体を見下ろす、全く濡れていない…晴彦はあたしを濡らさないよう自分の右肩を犠牲にしたのだろうか?
「………?」

訳が分からないと言った晴彦の顔を見て、あたしは心の中で前言を撤回した。
どうやら晴彦は日本の人口密度分の優しさをみせてくれていたようだ
「ばーか」
「あぁ!?」
そんなぶっきらぼうな彼の優しさが、少しだけあたしを素直にさせる
あたしはもう一度だけ晴彦が差す傘の中へ飛び込み、自分が巻いていた白のマフラーを晴彦の首に巻いた
「お、おい…なんだよ」
「風邪、引くから」
ポンッと晴彦の胸を一度叩いてあたしは踵を返し、玄関の門を潜る
「はぁ…気をつけて」
少し顔に熱を感じたあたしは、それを隠すように肩越しにそう小さく漏らした
玄関の扉を閉める瞬間、晴彦は「サンキュ」と口を動かし
その顔を――本当に反則気味で――慈しむような微笑みを作り、それをあたしに向けていた。
2008年03月13日(木) 01:07:29 Modified by ID:UaCr+/+jsA




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