涼宮ハルヒ性転換設定
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時を超えて 作者:チャペル



 無意識、習慣的に時間を確認しようとしてポケットに手を突っ込んで携帯を忘れてきていることに気付いた。
 ちょっとそこのコンビニまでと足を伸ばして、ふと思いついて本屋だとか小物ショップだとかアクセの店だとかを梯子していたらずいぶんと時間が過ぎてしまっていた。不思議なもので、身近に時間を確認出来るものがないと自分の予想よりも遅い時間のように感じられる。一姫あたりに聞けば事細かに説明してくれるんだろうが、知ったところでどうと言う事でもないので錯覚と言うことで流しておく。
 こうなると焦燥感に駆られるように帰宅しようと言う気分になってくる。
 まあ、もともとひやかし目的だった訳だしちょうどいい。
 そんな調子で携帯を忘れたことなぞ大した事でも無いと、特に感慨も無く帰宅したあたしはひどく後悔することとなった。




 お世辞にも広いとは言い難い玄関が、普段の倍以上の靴で溢れていたのである。増えているのは、男物の靴が三足に、可愛らしいローヒールが一足。そして、あたしの部屋の方角から聞こえる聞き覚えのある喧噪。
 連想ゲームにすらならん。
「あら、帰ったの?お友達来てるわよ」
 悪い予感と言うか、むしろ悪い直感しか感じられずに玄関で固まっていたあたしに居間から顔を出した母がトドメを刺してくる。
 と言うか、年ごろの乙女の自室に、女子が含まれていたとは言え年ごろの男子を本人に無断で通すだなんて、今夜辺りその辺の貞操概念に底触する行為に関して家族会議を設けるべきなのかもしれない。

 とりあえず覚悟を決めたあたしは、どの子が本命?とかいらん事を言い出しそうな母を押し退けて部屋へと走り、マフィアのアジトの乗り込む刑事のような勢いで扉を開いた。
「よお、キョン。邪魔してるぜ」
「あの、その、ごめんなさい。勝手にお邪魔しちゃって」
「………」
「どうも、キョンちゃんお邪魔していますね」
 そこには予定外だが、予想通りSOS団の連中がくつろいでいた。そりゃもう、一部は自分の部屋であるかのように。
 何故に?
「お前が電話に出ないからだっ」
 ハルヒコがズビシッと言い切るが、どう考えても間がすっ飛んでるか、余人には理解できない超思考の末としか思えない。要は理解出来ない。
 呆れているあたしの様子を察したのか、一姫がハルヒコの替わりに説明を始めた。
「つまりですね。涼宮くんがSOS団を収集しようとキョンちゃんの携帯に電話をしたのに連絡が取れなかったものですから、もしかしたら面白いことに巻き込まれてるかもしれないとのことで直接押し掛けてきたんです」
 あたしが泊りがけでどこかに出掛けてたらどうするつもりだったんだ?
「いえ、涼宮くんが言うにはキョンちゃんは絶対暇しているはずなんだそうですよ」
 あいつはあたしを何だと思ってやがるんだ。
 脱力して自分のベッドに腰掛けるあたしの後に続いて、一姫は自然とあたしの隣に腰掛け他の人には聞こえないように小声で囁いてくる。
「どうやら涼宮くんは、キョンちゃんに何かあったんじゃないか心配していたみたいですよ」
 ………ハルヒコが心配ねぇ。
「羨ましいかぎりです」
 何だったら代わってやろうか?
「謹んで遠慮させてもらいます」
 どことなく含みのある、厭味な笑みを一姫は浮かべていた。

「それで、何してたんだよ?」
 この際来てしまったものはしょうがないとして、あたしが帰るまで何をやっていたのか確認する必要がある。仮にもあたしは年頃の乙女で、他人に見られたくないものの三つや四つごろごろとある。
 あたしの質問に何故かハルヒコは顔を逸らし、朝比奈先輩はわたわたと慌て、長門はピクリとも動かず、一姫は心底楽しそうに微笑んだ。なんだ?その反応は?
「キョンちゃん。これ、何だか分かりますか?」
 そう言って一姫は傍らに積まれていた一辺が30センチ近くある、正方形の布地でしっかりとした装丁をした、そのくせさして厚くない、そんな本だった。頻繁にお目にかかる物では無いが、おそらく現代日本人なら高確率で知っているだろう、所謂アルバムと呼ばれるものである。
「はい、その通りです。ちなみにこのアルバムに題名を付けるなら『キョンちゃん幼少期の記録』と言ったところでしょうか」
 絶望した。

 某機動戦士シリーズの中で語られる黒歴史と言うものがあるが、あたしにとっての黒歴史は正に幼少期がそれにあたる。
 あたしは比較的最近まで漫画的、アニメ的、特撮的あれやそれやを半ば本気で信じていた。当然幼ければその分強固に信じていて、しかも世間体を気にして自重することも出来なかったもので、つまりはあたしの幼い時の写真なんかはそう言うものにどっぷり浸かった、イタイ感じのもので溢れているわけだ。

「ほら、これ何か最高にカワイイと思いますよ」
 軽く放心状態陥っているあたしに構うことなく一姫は手に持つアルバムを開き、その中の一枚の写真を指示す。
 その写真には5〜6歳くらいのあたしが、当時なんかの拍子で見た古い怪盗少女アニメのヒロインと似た感じの、黒を基調としたゴシックドレスを纏ってポーズを決めていた。恥ずかしさなど微塵も見せず、自信に満ち溢れたその表情は自ら進んでキャラに成りきっているのは明白である。
 あたしの昔の写真だと言うのに、懐かしいなどと言う感慨を欠片も感じられないのは何故なんだろう?ちょっと泣きたくなってきた。
「わ〜、ホントに可愛いですよキョンちゃん。この服は何かの発表会でもあったんですか?」
 有難う御座います、朝比奈先輩。あたしよりも遥かに可愛かったであろう朝比奈先輩に、可愛いなんて言って貰えるとは光栄です。ただ、衣装について言及するのは勘弁して下さい。
「…一部の動物は外敵から身を守るために愛玩性に特化しているものがいる。この写真にも似たような効果を感じることが出来る」
 今の今までだんまりを決め込んでいた長門が突然語りだした。
 長門、何を言いたいのかよく分らんぞ。
「それから…ほら、これなんかもカワイイですよ」
 朝比奈先輩や長門の肯定(?)意見に勢いづいたのか、一姫は興奮気味にアルバムのページを捲り新たな写真を指す。
 そこからはずっと一姫のターンとなった。



 始めの方こそわざわざあたしに絡んできた一姫だったが、いつのまにやら朝比奈先輩と長門相手にあたしの写真とその時代背景等々について述べる世界を形成していた。
 そんな一姫に反応するほどの気力の残っていなかったあたしは、ぐったりと壁にもたれかかりながらぼーっと皆を眺める。そして、ふと気が付いた。
 同じようにアルバムを見ているハルヒコが一言も発していない。
 あのハルヒコが何も言わずペラペラとアルバムを捲る姿は、はっきり言って不気味だ。長門とは別派閥の宇宙人に乗っ取られたんじゃないかとか考えてしまう。
「ハルヒコ、どうしたんだ?」
 不安に駆られたのか、気が付いたらそんなことを口走っていた。
 しかし、あたしの言葉に反応したのはハルヒコではなく朝比奈先輩だった。そしてハルヒコを覗き見る朝比奈先輩の反応で気が付いたのか一姫が語るのを止めてハルヒコへと視線を移し、果ては長門までもがついと顔を向ける。
 狭い部屋の中でハルヒコに皆の視線が集中する不思議な光景の中、ハルヒコは視線を集めていることに気が付かずに黙ってアルバムを捲っている。
「あ、あの…涼宮くん?」
 ハルヒコの不気味さにあたし以上に不安を感じたのか、朝比奈先輩がおどおどとハルヒコに声を掛ける。
 一秒、二秒…十二秒経って、ようやくハルヒコがみんなの視線に気が付いたのか、ゆっくりと顔を上げた。
「な、なんだ?皆して」
 そりゃ、こっちのセリフだ。やっとこさ反応したと思えば、妙に視線を泳がせてどもるなんて挙動不審なことこの上ない反応するな。
「別に、なんだ?き、キョンは昔から可愛げが無かったなって思ってただけだ」
 悪かったな、可愛げが無くて。
「そんなことより!せっかく集まったんだからSOS団の緊急ミーティングをするぞっ!」
 半眼で睨むあたしを振り払うかのように大声を上げ、ハルヒコは持っていたアルバムも含め全てのアルバムを纏めて部屋の端へと押しやる。
 変に慌てているように見えたのは気のせいだろうか。
 訳の解らぬままハルヒコに押し切られて、実の無いSOS団緊急ミーティングが決行され、何が話し合われるでも無くハルヒコの演説を聞かされることとなった。



 踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂な一日だったが、先ほどハルヒコ達が帰ったのでこれ以上気が重くなるようなイベントは起こらないだろうと、深く溜息を吐きながらベッドに身を沈める。
 とりあえず夕飯まではこのままでいようと思いながら、ごろりと寝返りをうってうつ伏せになりそれが目にとまった。
 あたしの黒歴史満載のアルバム。
 正直忌避するべきものだと認識しているのだが、考えてみればここ数年開いて無いし、この後仕舞ってしまえば当分は開かれることがないのは間違いない。何故だか、それはなんとなく寂しい気がした。
 ちょっと流し見するだけ、と心の中で繰り返しながらアルバムを手にとって捲っていく。
 自分以外に見られると、軽くBETAでも地球に襲来しないかなとか本気で思ったものだが、一人でゆっくり見る分には郷愁の念が湧いてくるものである。あー、こんなこともあったなと呟きながらページを捲って行き、ある一ページであたしは違和感を感じた。

 別段何が違うと言うわけでは無いのだが、他のページと比べると余白が多いような、それこそ一枚分まるまる取り除いて並べ直したかのような感じがする。

「キョンちゃん、ごはんだよぉ〜」

 あたしが答えの出ない違和感に首を捻っていると、弟の声が聞こえてきた。
 気になると言えば気になるが、考えたから答えが出るものでもないと割り切りアルバムを閉じてあたしは返事を返した。

 案外身近に不思議ってのは転がってるもんだな…
2008年04月09日(水) 00:45:09 Modified by ID:OYL9AZyN8w




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