PINKちゃんねる-エロパロ&文章創作板「依存スレッド」まとめページです since2009/05/10

作者:4-263氏

 男は一人であった。かつては祖父母と父と母と五人の弟妹がいたが、全て失ってしまった。
 きしきしと廊下を軋ませて、山ほどの柘榴をのせた銀の盆を手に歩を進める。最奥の戸を開けると、ふわと香の薫りが鼻腔を擽った。
「長順、おはよう」
 空気に溶けて消えそうな、柔らかな声が耳に心地良い。
 男――長順は、盆を傍らの卓に置いて、銀ねずの寝所にくるまる少女の背を支えて起こしてやる。
「おはよう、華鬼」
 華鬼は美しい顔に笑みを浮かべて、ことりと長順の胸に額を寄せた。
「お腹、減ったの」
 絹糸のような黒い髪がさらさらと長順の膝の上に落ちる。
 長順は指で柘榴の赤い実を摘み、華鬼の唇まで持っていった。華鬼は唇を薄く開けて、ぱくりと赤い実を口に入れた。
 華鬼は酷い偏食で柘榴しか食べない。柘榴と人しか食べないのだ。


 狭い牢に少女達を閉じ込めて、暗い地中に封じてしまう。数ヶ月して牢を開けると、少女は一人しか残っていない。しかしそれは、最早人間ではないのだ。
 それの世話をしてやれば、それは主に巨万の富を与える。だがその対価として、一年に一度贄を捧げねばならない。それを怠れば自身が少女の餌となってしまう。

 まず、父がいなくなった。
 父は地主であった。たくさんの店を持ち、周辺一帯を治めていた。
 父の異変に気が付いたのは長順が十にも満たない頃であった。

    ******

 長順は、夜中に用を足したくなって部屋を抜け出していた。ひゅうひゅうと吹く風や、遠くの方で聞こえる野犬の声が怖くて身を縮める。
 ぱたぱたと足早に廊下を歩くと、庭の方を灯りが横切った。漏れそうになる悲鳴をこらえる。
 父が、灯りを片手に庭を歩いているのだ。長順は父を驚かせてやろう、とそっと父の後を追いかけた。
 背後からかけられる大きな声に灯りを投げ出して驚く父を想像して、長順はしのび笑う。
 ところが父はこそこそと辺りを気にした様子で蔵へ向かった。錆び付いていた筈の鍵が、きらりと灯りを反射する。
 やがて父は蔵の中へと姿を消した。長順はそっと近寄り蔵に入ろうとしたが、内側からつっかえ棒をしているのか開けることが出来なかった。
 明くる日、父に尋ねた。「蔵の中には何があるの」と。父は一瞬怖い顔をして、それからいつものように穏やかに笑う。
「たくさん、荷物が入っているんだ。危ないから入ってはいけないよ」
 父のその様子に、幼い長順は「きっと何かすごい宝物が入っているのだ」と確信した。そして、蔵の中に忍び込むことを決めたのだ。

 長順は父の鍵束から盗んだ鍵を蔵の南京錠の鍵穴へ差し込む。がちゃん、と音がして手の中に重い錠が落ちてきた。それを蔵の中にそっと置いて、暗がりに灯りを翳す。
 ぼんやりとした光の中に箱や葛籠の影が浮かぶ。時折揺らぐ自分の影に怯えながら、長順は歩を進めた。 ふいに小さな吐息が聞こえる。ほう、と控え目なそれに長順は飛び上がった。しかし幼さ故の無謀か勇気か、長順はその元に足を向ける。
 軋む扉の向こう側、夜の薄闇の直中に、ぼんやりと少女の白い顔が浮かび上がった。
「だれ」
 飛び上がって逃げ出しそうになった長順に、静かに声がかけられる。その場にへたり込んでしまった長順の目の前に、その少女は近寄った。するすると衣擦れの音が耳に痛い。
「食べて、いい?」
 近付いてくる少女の顔を見て、長順は目を見張った。
 同じ年頃のその少女は、長順が見たことも無いほどに美しかった。
 美人と評判の従姉の鈴明よりも綺麗な顔をして、髪が綺麗と誉められる妹の李陽よりもさらさらと流れる黒髪。色白で可愛い友人の珀よりも白い桃のような肌。
 まるで少女達の美しいところをかき集めたかのような、非の打ち所のない美貌である。
 ただその陶器のような無表情が、その少女を人形じみた無機質なものたらしめている。
 ぼうと呆けた長順の耳を、少女の赤い舌がざらりと舐めあげた。
「食べて、いい?」
 抑揚の極端に少ない声が長順の鼓膜を揺らす。やっと脳が言葉の意味を理解して、長順は後ずさった。
 「喰い殺される」ととっさに思い、懐に手を入れる。おやつにと渡された柘榴の実を取り出した。
「お腹が減ってるの?」
 震える声で問うと、少女はこくりと首肯する。長順はおずおずと柘榴を差し出した。懐の中で潰れてしまった実が長順の手の中でだらだらと汁を零す。少女は、すんと鼻をひくつかせた。
 花弁のような淡い赤の唇が長順の手に寄せられる。唇をより濃い赤に染めて少女は長順の指に滴る赤い液体に舌を這わせた。
 ぴちゃぴちゃと水音をたてて一心に指を舐める少女の姿に、長順は幼いながらにある種の淫靡さを感じ、茫然としてその姿を見つめる。
 綺麗に果汁を舐めとられた長順の手を、少女は名残惜しげに吸い上げた。
 逃げ出そうと腰を浮かせた長順の手に、白い手が絡みつく。少女の穴のような黒い瞳が長順の目を覗き込んだ。
「もっと、ちょうだい」
 ふいに長順の中で恐怖よりも憐憫が勝る。こんなに綺麗なのに、こんな暗い場所に閉じ込められているなんて。長順は少女を可哀想に思った。
「また来るよ。そうしたら、また柘榴を持って来てあげる」
 じいと長順を見つめる少女に長順は笑いかけて見せた。
「僕、楊長順。君は?」
 少女はそんなことを聞かれたことがないかのように、ことりと首を傾げた。
「かき」
 およそ名らしくない単語に戸惑う長順に、少女は白い指で床に字をなぞる。
 ――華鬼
 それが美しい鬼という意味なのか、人間離れして美しいという意味なのか判断しかねたが、その少女にはこれ以上無いほど似合っているように思えた。
「華鬼、また来るよ」
 何を思っているのか分からない硝子玉のような瞳が長順の背を見つめる。
「また」
 華鬼は呟いた。

    ******

「何を、考えているの」
 華鬼の白い指が長順の頬をなぞる。同じ年頃であった筈の華鬼は、十四、五で――少女と女性の丁度合間で――年をとることをやめてしまった。
「ん、君と初めて会った時のことをね」
 最初は同じ年頃であったのが、徐々に兄妹のようになり、今では親子のようになってしまった。
 長順はたくさんの高価な鞠や人形に囲まれて遊び方が分からないと戸惑う華鬼にそれらの遊び方を教えてやった。読み切れぬほどに積み上げられた本を読み聞かせてやった。
 菓子や桃を持ってきたこともあったが、華鬼はそれに手をつけることはなかった。ただ、柘榴だけは喜んだ。
 薄暗い蔵の中で華鬼と二人いるのが何より至福であったのだ。人形のようであった華鬼は笑うようになり口数も増えた。それが誇らしかった。
 最初は秘密で犬を飼うような、或いは綺麗な人形を独り占めするような優越感であったのかもしれない。しかしそれが恋に似た何かに変わるのにそう時間はかからなかった。
 長順は膝の上の華鬼の黒く流れる髪を結ってやる。

 長順がいなければ一日中ぼうと虚空を見つめ続けているだけの華鬼である。華鬼には、自分がついていなければならぬのだ。
 長順の前は、父がそうしていた。だが、父は華鬼を笑わせることは出来なかった。だから、きっと、華鬼にとっても自分は特別であるはずなのだ。
「赤いのがいいの」
 結った髪に挿そうとした、桃の花を象った珊瑚の簪を持った手を止められる。
「我が儘だなあ」
 言うと、華鬼はふいとそっぽを向いた。その様子に嘘だよと苦笑を一つ零し紅玉の簪を挿してやる。
 部屋には、たくさんの着物や髪飾りがある。華鬼は長順に莫大な財産を与えたが、長順はそんなものが欲しかったわけではない。貯まり行く一方の金で華鬼にたくさんの品物を買い与えたが、華鬼が喜んでいるのかどうかはよく分からなかった。
 きらきらと輝くそれらはとても綺麗だけれど、華鬼はもっとずっと綺麗だ。長順は目を細める。
 華鬼を養うのには着物も髪飾りも必要ない。一年に一度人間を与えればいい。
 一人、また一人と消えて行った使用人の行方も今ではよく分かる。父がいなくなってから、母が消え祖父母が消え弟妹らも消えた。おそらく父以外に華鬼の存在を知る者がいなかったのだろう。贄を与えられなくなった華鬼は家族を喰い始めた。
 蔵で血塗れた着物の切れ端や人骨を見つけたときも、長順はさして驚かなかった。やはり華鬼は人ではなかったのだ、と妙に腑に落ちたほどだ。
 長順は華鬼のために――華鬼と一緒にいるために――家族を華鬼の餌にした。華鬼の所行に見て見ぬふりをした。
 それどころか、それらの証拠を焼き捨てすらしたのだ。華鬼が鬼ならば自分は何であろうか。鬼以下だ。
「ねえ、長順。お腹がへったの。とてもお腹がへってるの」
 ぼんやりと華鬼の髪を梳いていた長順の膝の上で華鬼はまろぶ。
 華鬼は長順の股間に顔をうずめた。
「長順、ちょうだい。お腹へったの。ねえ」
 擦り寄せる頬に熱と硬さを感じたのか、華鬼はふと笑みを浮かべる。
 いきり立つ陰茎をそろそろと取り出して、華鬼はそれをぱくりとくわえた。

 長順は目を閉じる。
 長順の屋敷の周りに人は居ない。あまりに失踪する人間が多く、皆長順とその屋敷を気味悪がって逃げてしまった。
 だが、屋敷は丁度街と街を結ぶ道の中ほどにあり、旅人が頻繁に軒先を借りに来たから華鬼の餌に困ったことはあまり無い。
 華鬼はぐちゃぐちゃと長順の陰茎を扱く。どこで覚えたのか、否、これは華鬼にとって生きる手段の一つである。赤子が母の乳を吸うように、華鬼は長順の精液を吸う。
 贄を与える日が迫ると華鬼の食欲は増した。柘榴では足りぬと長順の血と精液をねだる。
 長順は、一週間前に旅人を一人逃がした。故あってのことだ。
「うっ……華鬼、出るよ」
 どくどくと溢れ出る精液を飲んで、華鬼は不服そうに首を傾げた。足りないのだ。長順はもう若くない。昔のように濃厚な精液を大量に出すことは叶わない。

 養いきれぬならば、華鬼を人に譲れば良い。
 しきたりにのっとって、華鬼に与えられた財産に利子をつけて道端にでも放っておけば良い。
 幸い財産の殆どは手付かずであるし、土地家屋を売れば使った分と利子を補って余りある。
 それでもそうしないのは、華鬼の主は自分だけであって欲しいからだ。
 長順は華鬼の唇に人差し指を押し付ける。
「食べて良いよ」
 ぴくん、と華鬼の肩が震えた。首を横に振る華鬼の唇の間に無理矢理指をねじ込むと鋭い歯に指が触れる。
 長順はこれ以上老いさばらえた姿を華鬼の前に晒したくは無かった。いずれ自分は華鬼を置いて死なねばならない。ならば、少しでも好い姿で華鬼の記憶に残ろうと思う。
 しきたりにのっとらねば華鬼はこの屋敷から出ることは出来ない。主も何も失った華鬼は飢えて渇いて死ぬだろう。死ぬ間際、華鬼は自分のことを考える筈だ。
 長順が華鬼を思いながら死ぬように。
「食べなさい」
 強い口調で言うと華鬼は数度迷ったが、食欲に勝てなかったのか鋭い歯を長順の指に突き立てた。
 ぼきり。
 長順の指先が欠ける。不思議と痛みは感じない。じわじわと甘やかな快感が指先から広がる。
 華鬼は泣きながら長順の体を貪り続けた。
 ばき。ぼき。ごきり。
 みるみるうちに長順の右腕は華鬼の胃袋に消える。小さな体のどこに入るのだろうか、と下らないことを考えて長順は笑った。
 華鬼の泣きはらした目が長順を見る。血に染まった唇がゆっくりと動いた。血を流しすぎたせいか視界が霞む。耳もよく聞こえない。
 ――だいすき
 そう、言った気がした。
 華鬼は口付けるように長順の首筋へ唇を寄せた。
 ぶちり。
 何かが千切れる音と噴き出す血の音を聞いて長順の視界は暗転する。



 一旦さよならだね、華鬼。地獄で待っているよ。

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