最終更新:ID:1B8QCJg+7Q 2012年11月30日(金) 19:17:58履歴
作者:11-205氏
雨は嫌い。
嫌なこと思い出すから。
雨が屋根を打つ音が嫌い。どこかの誰かが意地悪くノックを繰り返してるみたいで、吐き気がする。
だから梅雨の時期、あたしは独りでいられなくて学生寮から実家に帰る。
精神科の先生に書いてもらった診断書があれば、自宅通学の許可は簡単にとれる。
実際に家に帰ってみると早上がりだったのか、昼間から家にいた兄さんが「またか」と苦笑いをして迎えてくれた。
全寮制の学校に通い始めて三年、あたしは一度として梅雨を寮で過ごしたことがない。
梅雨じゃなくても三日雨が続けば体調を崩して家へ帰ってくる。
学校への通学手段は車以外に選択肢がないから、あたしが家にいる間兄さんは毎朝五時に起きて送ってくれる。
笑いながら欠伸を噛み殺して「子供が大人に遠慮するな」って。
情けなくて申し訳なくていい加減子供を卒業したくて。
せめてコレ以上は迷惑をかけないようにって思うのに、一人で眠れないあたしは今日も兄さんの布団に潜り込んでいた。当の兄さんは寝室にある作業机でキーボードを打っている。
何してるんだろ……声、かけない方がいいのかな。
暗い部屋。パソコンのディスプレイの光で薄く照らされた兄さんの顔。不規則に続くキーボードの打音。
こうしていると……どうしてかな、独りじゃ怖くて仕方なかった雨音が気にならなくなってくる。
意識の外へ……ただの“背景”になる。
お医者さんが出してくれる薬は全然効かないのに、どうしてなんだろう。
兄さんといるだけで、頭にこびり付いた嫌な思い出が綺麗に流されてしまう。
「……兄さんは、まだ寝ないんですか?」
安心すると急に眠気が襲ってくる。
寮で眠れてなかった分、家に帰って兄さんの布団に入っていると十時前にはうとうとし始める。
けど、眠れない。兄さんが隣にいてくれないとすぐに目が覚めて、すごく怖くなって酷い時には泣いてしまう。そしてまた兄さんに迷惑をかける。
あたしはダメな子だ。いつまでもいつまでも子供で。兄さんにばっかり大人を押し付けて甘えている。
今だって……ほら、せっかく熱中して何かをしていたのに邪魔をしてしまった。
「ルイはもうおねむ?」
机からベッドに来た兄さんがあたしの髪を撫でた。
子供扱いされている罪悪感と嬉しさが綯い交ぜになって泣きそうになる。
自分でもよくわからないけど雨の日のあたしは小さな子供みたいに情緒不安定で、ふとしたきっかけですぐに泣く。嬉しくても悲しくても怖くても、とにかく泣いてしまうのだ。
「兄さんの、用事が終わるまでは、我慢、します……」
それでも人並に意地はあって意味不明の涙を堪えて笑ってみせる。兄さんは微かに笑って、
「じゃ、もうちょっとだけ待って。すぐに終わらせるから」
あたしの前髪をそっとかき上げておでこにキスをした。
兄さんが離れていく。ベッドから机まで。
数メートルとないその距離が切なくて寂しくて、あたしはぎゅっと目を瞑った。
いる。兄さんはそこにいる。
暗闇の中、屋根を打つ雨音とキーボードの音。あたしの息、鼓動。兄さんが椅子に座り直す音。
大丈夫、大丈夫。ここには兄さんがいる。あたしは独りぼっちじゃない。そう、何度も心の中で念じた。
どれだけ時が過ぎただろう……布団が持ち上げられて冷たい空気が入ってきた。そして、ベッドが軋む。吐息を感じる。
「おやすみ、ルイ」
頭を撫でられて、背中をさすられて、温度を感じた。
兄さんの温度。子供みたいに身体に触れられて、安心しきったあたしは静かに眠りに落ちていった。
雨は嫌い。
嫌なこと思い出すから。
雨が屋根を打つ音が嫌い。どこかの誰かが意地悪くノックを繰り返してるみたいで、吐き気がする。
だから梅雨の時期、あたしは独りでいられなくて学生寮から実家に帰る。
精神科の先生に書いてもらった診断書があれば、自宅通学の許可は簡単にとれる。
実際に家に帰ってみると早上がりだったのか、昼間から家にいた兄さんが「またか」と苦笑いをして迎えてくれた。
全寮制の学校に通い始めて三年、あたしは一度として梅雨を寮で過ごしたことがない。
梅雨じゃなくても三日雨が続けば体調を崩して家へ帰ってくる。
学校への通学手段は車以外に選択肢がないから、あたしが家にいる間兄さんは毎朝五時に起きて送ってくれる。
笑いながら欠伸を噛み殺して「子供が大人に遠慮するな」って。
情けなくて申し訳なくていい加減子供を卒業したくて。
せめてコレ以上は迷惑をかけないようにって思うのに、一人で眠れないあたしは今日も兄さんの布団に潜り込んでいた。当の兄さんは寝室にある作業机でキーボードを打っている。
何してるんだろ……声、かけない方がいいのかな。
暗い部屋。パソコンのディスプレイの光で薄く照らされた兄さんの顔。不規則に続くキーボードの打音。
こうしていると……どうしてかな、独りじゃ怖くて仕方なかった雨音が気にならなくなってくる。
意識の外へ……ただの“背景”になる。
お医者さんが出してくれる薬は全然効かないのに、どうしてなんだろう。
兄さんといるだけで、頭にこびり付いた嫌な思い出が綺麗に流されてしまう。
「……兄さんは、まだ寝ないんですか?」
安心すると急に眠気が襲ってくる。
寮で眠れてなかった分、家に帰って兄さんの布団に入っていると十時前にはうとうとし始める。
けど、眠れない。兄さんが隣にいてくれないとすぐに目が覚めて、すごく怖くなって酷い時には泣いてしまう。そしてまた兄さんに迷惑をかける。
あたしはダメな子だ。いつまでもいつまでも子供で。兄さんにばっかり大人を押し付けて甘えている。
今だって……ほら、せっかく熱中して何かをしていたのに邪魔をしてしまった。
「ルイはもうおねむ?」
机からベッドに来た兄さんがあたしの髪を撫でた。
子供扱いされている罪悪感と嬉しさが綯い交ぜになって泣きそうになる。
自分でもよくわからないけど雨の日のあたしは小さな子供みたいに情緒不安定で、ふとしたきっかけですぐに泣く。嬉しくても悲しくても怖くても、とにかく泣いてしまうのだ。
「兄さんの、用事が終わるまでは、我慢、します……」
それでも人並に意地はあって意味不明の涙を堪えて笑ってみせる。兄さんは微かに笑って、
「じゃ、もうちょっとだけ待って。すぐに終わらせるから」
あたしの前髪をそっとかき上げておでこにキスをした。
兄さんが離れていく。ベッドから机まで。
数メートルとないその距離が切なくて寂しくて、あたしはぎゅっと目を瞑った。
いる。兄さんはそこにいる。
暗闇の中、屋根を打つ雨音とキーボードの音。あたしの息、鼓動。兄さんが椅子に座り直す音。
大丈夫、大丈夫。ここには兄さんがいる。あたしは独りぼっちじゃない。そう、何度も心の中で念じた。
どれだけ時が過ぎただろう……布団が持ち上げられて冷たい空気が入ってきた。そして、ベッドが軋む。吐息を感じる。
「おやすみ、ルイ」
頭を撫でられて、背中をさすられて、温度を感じた。
兄さんの温度。子供みたいに身体に触れられて、安心しきったあたしは静かに眠りに落ちていった。
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