PINKちゃんねる-エロパロ&文章創作板「依存スレッド」まとめページです since2009/05/10

作者:6-665氏


ゴキブリを見たらその十倍はいると思え。格言めいた言葉が俺の頭の中で響く。
どんなに用心をしても避けられないこともある。安っぽいビジネス書にあるような標語も浮かんだ。 
 そうだ完璧に対処したとしてもわずかな綻びから全てが瓦解することがある。だからこそ油断しないように、
期待を抱かずにただ最悪を思い浮かべて対応していかなければならない。 
 そして俺はその最悪を微塵の油断も幼馴染への信頼も考慮せずに認識した。
 体育館でステージ上で、秋のコンクールに向けた新作劇への稽古がはじめられていた。
台本を持ってまるで場違いのパーティに来てしまった少女のように居心地悪そうな顔
で稽古をする優香の横に男が立っている。
 優香よりも頭一つ抜き出た長身と爽やかな笑顔、そして舞台上で圧倒する存在感をかもし出して、
東田宗助が縦横に台詞を飛ばし、また疾駆する。

彼は同じだ。瀬能優香と同じ空を飛び、地を這う虫けらたちの情景を受けるべき人間だ。
 だからこそ俺は危険視するのだ。 せっかく落とした蝶をまた綺麗な空へ引っ張り上げかねない彼のことを……。
「ねえ、瀬能さんは何でいつも困った顔してるの?」
稽古が終わり、ステージからそそくさと降りようとした優香に東田が声をかける。
「えっ…そん…な…ことないよ」
「うーん、そうかな?なんか瀬能さんは変にビクビクしてる気がするんだよね、なんか小動物みたいで可愛いんだけどさ」
「しょ、小動物って……それ、失礼だよ」
予想外の例えに優香が抗議すると、
「え〜、だって瀬能さん可愛いじゃん、なんかリス?みたいな感じ?」
 ああまずい、こいつは非常にまずい男だ。 なかなかに失礼なことを言っているが、そんな事を言ってもまるで嫌味ではなく、
むしろ好感が持たれるようなタイプだからだ。
案の上、優香もどう反応していいのかわからないでおろおろとしている。
「あ〜、ゴメン…調子乗りすぎちゃったわ。ほら俺、転校してきたばかりだからさ、早いとこ打ち解けようと思って…
ちょっと調子に乗りすぎちゃったわ」
 後ろ頭をポリポリとかきながら、ペコリと頭を下げる。 一つ一つの仕草が爽やかに誠実な人間だと思わせる東田という男は
つい先週この高校に転校してきたばかりだったが、 人当たりの良さに加え、長身と決して悪くないルックスである以上人気者に
ならないはずが無く、すでにかつての優香のように演劇部を意識的か無意識かはわからないが掌握しつつある。
「ああ…私、ちょっと着替えてくるからまた後でね」
わざとらしい芝居をして更衣室に駆けていく優香を見送って、
「やべえ…嫌われちった」
と憎めない仕草で笑う東田に全員が笑った。
 さてと…どうしたものか。
 笑う集団の中で一人俺だけが天井を見上げて思案していた。

「きょ、今日も疲れたねえ…」
 瞳に怯えと媚びを込めて優香がぎこちなさ気に自転車を押している。
「ああ、そうだね……」
 簡潔に返す。 俺は基本的に優香の言葉にはやや冷淡に返すようにしている。 別に嫌いなのではなく、こういう会話をすることで
彼女が俺に対して慣れ、昔に戻らないようにするためのささやかな努力だ。 もちろん優しくするときもあるし、情熱的に抱きしめること
だってある。
 要はバランスなのだ。 本来は蝶であることを優香に気づかせない為に醜い蜘蛛な俺はまるで毒を注入するように色々な努力をしている。
「と、ところで東田君ってお、面白い人…だよね?」
 チラリとこちらを伺うように優香が視線を動かしたのを感じ、俺は内心で大きなため息を吐く。
 ああやっぱりだ。 優香は俺を試している。 演劇部の面々の前で交わされた反吐の出そうなあの会話を俺も聞いているのを知っていて、
ある種の反応をすることを期待しているのだ。
「そうだね、面白い奴だね。それに演技も上手いし、なんというか華があるっていうのかな?今まで見たことない人間だね」
 ニコリと笑って東田を賛美する。
「え?う…うん、そうだね。転校してきたばかりなのにもう主役になってるんだもん…ね」
 がっかりしたような、困ったような表情で優香が同意する。
 期待していたような反応では無かったのだろう。 

 当然だ。 誰が期待通りになんかしてやるものか! 俺はぎゅっとポケットの中に入れた拳を握り締める。 
ひんやりとした焦りが胸をわずかに刺激する。
 優香はおそらく俺に嫉妬してほしかったのだろう。 部で孤立していた自分を、破滅しそうだった自分を
助けてくれた幼馴染…そして己が依存している存在である俺が東田との会話でわずかにでも嫉妬してくれたら
ということを期待しているのが態度で見て取れた。
 優香は欲しかったんだろう、証拠を。 近藤恭介という人間が自分と同じように愛し、依存してくれているということを。 
 好意とは一方向ではなく常に相方向なのだという言葉が昔に読んだ本に載っていた。
 一方向の好意の発露は何も無い空間にボールを投げるだけのただただ不毛な行動であり、
投げたボールを返してくれる存在がいなければやがては狂気に落ちてしまうほどの孤独をもたらす。
愛情依存も同じことだ。 優香は俺に依存しているが、同時に俺が優香自身に依存しているという確信が無ければ、
自分が不毛なボール投げをしているのではないかという不安がいつまでも消えないのだろう。
 だからこそ優香は婉曲に俺を試したのだ。 ボールを投げたのだろう。
 そしてだからこそ俺は優香から投げられたボールをあえて無視した。

「今日は用事があるから、また明日ね」
「えっ?で、でも…その…」
 口ごもった様子で今日は離れたくないというのを優香は全身でアピールしていたが、それに気づかないフリをしてさっさと自宅の中へ入る。
 さすがに付き合い始めて二ヶ月近く立って、ほぼ毎日していた身体の触れ合いは全盛期の三分の一位になっていたが、それでも何だ
かんだと俺の部屋でまったりと毎日過ごしていた。 玄関のカギを閉めてそっと郵便受けから外を覗くと、恥ずかしがりな子供のようにモジモジ
と玄関前に何分か立って、何度も呼び鈴を押そうするポーズをとるが、それを止め、やがて諦めたように帰っていった。
 部屋に戻ってベッドの上に寝転ぶ。 何度も優香を抱いた、二人分の体液が交じり合って独特の香りがするベッドの上で俺は深呼吸をする。
 正直に言って優香と東田との会話に嫉妬はしなかった。むしろ当たり前のようにそれを感じている自分がいたのだ。 
そう、蜘蛛よりも蝶は蝶同士で重なり合うのが似合うのだと言うことを改めて認識した。 俺は蜘蛛…、蝶を騙してその身体を食らっている愚かで下劣な。
蜘蛛が蝶に嫉妬するだろうか?
「そうだ…俺は…所詮…」
 ブツリと途切れるように視界が暗転する。 生まれて初めて寝る瞬間というものを実感した。

夢を見た。 おそらく悪夢だろう。 何故そう思うのか? それは俺の目の前で優香が東田とセックスをしているからだ。 
 俺はそれを淡々と見つめている。 なぜか「ああそうか」という言葉を発してこの状況に納得している。 
 優香は東田の身体に組み敷かれ、俺のときとは違う声を上げる。 それは淫欲を貪るような声ではなく、幸せそうな、本当に幸せそうなあえぎだった。
 東田は優香に優しくキスをし、優香も照れたように笑ってキスを返す。 それは俺が彼女を罠にはめた日から見たことの無い、とてもかわいらしい笑顔だった。
 そこでまた「ああそうか」という言葉が出てきた。
これは現実だ。 夢の中で見ている現実なのだ。 不思議に納得して俺はその場に座り込んで彼らを見ている。
 恋人たちの甘い、愛情にあふれたセックスというやらを俺は見させられている。
 そしてこれが東田と優香が付き合った先の未来の現実なのだということを確信した。
 東田と付き合った優香はきっとこんな風に奴に抱かれ、幸せをかみ締めるのだろう。
 俺の時とは違う。 段違いの愛を感じ、愛し合いされる普通で、理想的な生活を……。

「なんてこった…」
目が覚めて発した最初の一言はまさにそのとおりだった。
 優香と俺の匂いが混ざったベッドの上で目を覚ました俺は泣いていたのだ。
 あんな夢をみただからだろうか? しかし別に俺は悲しいという感情は抱かなかった。
ただただ、太陽が東から昇るのを見たような無感動な何かをかみ締めていただけなのだ。
 まぶたが少し腫れぼったいまま何気なくポケットに手を入れると携帯が震えた。
優香からのメールだった。内容は単純に一言「おやすみ また明日ね」だけだった。



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