PINKちゃんねる-エロパロ&文章創作板「依存スレッド」まとめページです since2009/05/10

作者:◆ou.3Y1vhqc氏


幼少の頃、教会裏の花畑から小さく見えるノクタール城を見て、いつかノクタールに行ってみたいとずっと思っていた。

いや、ノクタールに限らず見知らぬ土地なら何処へでもいいから行ってみたかった…。
しかし、一人での生き方を知らない子供の私は、自分自身の足で移動できる距離はユードの町中と制限されており、この丘から空を飛んで渡り鳥の様に見知らぬ土地へと行けたら……そんなおとぎ話のような考えを常に頭で考えていたのだ。
いや、夢見ていたと言ったほうが可愛いげがあるだろうか?

しかし、そんな夢のような妄想も歳を取るごとに色褪せ、現実をイヤというほど叩きつけられた私は空を飛ぶことを自然と諦めていた。
それが、大人になると言うことだと気づかされたのは、やはりノクタールに来た当初だろうか…。
だが、ノクタールへ来なかったら今でもあの小さな町で過ごしていたと考えると、私の判断は正しかったと言えるだろう。
ノクタールへ来てから多くのモノを手に入れた…それと同時に多くのモノを失った。

空を自由に羽ばたく鳥を見ても何も思わなくなった。
鳥は空を飛ぶ生き物…人間は地面を歩く生き物。
そう、諦めか達観か分からない感情を持っていたのだが…。

――私の目の前を鴎が楽しそうに列なって飛んでいる。
ある日、突然私の背中に白い羽根が生えたとかそんな乙女チックなモノでは無いのだが、私は間違いなく鳥と同じ目線で地平線を見渡していた。

「どうですか?私達の国の技術は?」
浅黒い肌の男性が、私の横へ歩み寄ってきた。
浅黒い肌に神父が着ている“アルバ”と言われる真っ白な衣装を身に纏っている。
一目見てバレンの人間だと分かった。

西大陸の人間は皆、浅黒い肌をしており、バレンの人間の八割が黒色人種となっている。

「そうですね、空を飛ぶ日がくるなんて夢にも思わなかったです。」

「ははっ、そうですか。ノクタール騎士団長様にそう言って戴けると技術者達も喜びます」
礼儀正しく、爪先を揃えて、深々と頭を下げた。
私も同じように頭を下げる。

バレンの技術…それは私が今乗っている、乗り物の事。
どういう原理で動いているのかまったく分からないが、船が空を飛んでいるのだ。

まさに、飛行船…。

この飛行船がノクタールへ来た時は皆が慌てふためき、田舎者のような反応を見せていた。
技術面ではバレンの方が一歩も二歩も進んでいるということだろう。

なんでも、大昔の技術を忠実に再現して作ったそうだが……数百年前まではこんなモノが空を飛び回っていたのかと思うと、近未来にも多少希望が湧くというものだ。

「もうすぐバレンに到着しますので、準備をお願いします」

「はい、分かりました」
再度お互い一礼すると、アルバ姿の男性は船内へと入っていった。
男性を見送り終え、船から下を覗き込んでみる。
数百メートル下にはバレンの大都市が広がっている。

「ここにライトが居るのか…」
ライトがノクタールからいなくなって2ヶ月経っているので、もうライトもバレンに到着しているはずだ。


しかし、この大都市でどうやってライトを探せばいいのか…探して回る時間は限られている。
建前上、私はこの国にライトを探しに来た訳では無いのだ。
ゾグニ帝王との面会が終わり、翌日には婚姻ノ儀が執り行われるそうだ。
二日間の婚姻ノ儀を終えると、我々ノクタール騎士団はすぐ国へと帰らなければならない。
ノクタールの盾である、我々が長い時間留守にする訳にはいかないのだ。

そうなると、ライトを探すのは今日かバレンを離れる昼までの二回となる…。

「はぁ、ライト…」
腰にある剣をギュッと握りしめる。

今、私が持っているのはライトが使っていた剣だ。
使い込まれていないのか、手入れが行き届いているのか、サビや傷は無い。

寝るときも、この剣を抱き締めて寝ているのだが、やはりライトの代わりにはならないようだ。

弱い…本当に弱い…。


私がこうなったのも全部ライトが…


「なにを考えてるんだ私は…」
頭に浮かんだ悪念を振り払い、街から目を背けた。




――「よう、団長さん」
アルバ姿の男性とすれ違いに船内から出てきたのは、やはり西大陸特有の浅黒い肌の人間。肩部分に鷹が彫られているので、バレン聖騎士団の騎士のようだ。
着用している鎧は身軽なレザーアーマー…血を吸ったような赤い鎧を身に纏っている。

ボルゾの革を使っているのだろうか?かなり珍しい鎧だ。



「あんた、えらく強いんだってな?」
馴れ馴れしく私へ話しかけてくると、先ほどのアルバ姿の男性同様、私の隣へと歩み寄ってきた。

「いえ…」
相手の対応に合わせて、礼儀も適当に返事を返す。

「謙遜すんなよ。あの、アルベル将軍倒したんだろ?」
向こうも私の返答に気分を害する事は無かったようで、気にした様子は見せず、私の顔を見ながら薄ら笑いを浮かべている。

「アルベル将軍を倒したのは事実ですが、剣術に関しては将軍の方が上です。ただ、私の方が“本気”だっただけです」
“必死”だったと言ったほうが的を獲ているかも知れない…。
実際ライトに教えてもらうまでアルベル将軍に勝った事も知らなかった。


「“本気”だったねぇ?女が本気を出す理由はかなり限られてくるけど……あんたぁ…」
見透かしたようにニヤニヤとした表情を浮かべている。
短い黒髪に整った顔はかなりの美形、さぞかしモテるだろう。私も男なら見とれる事もあるだろうが、私は男では無い。それに、同性騎士として多少親近感が湧く事はあっても、この騎士とは性格上私と合わない気がする。
先ほどから私の神経を逆撫でするように挑発してるのが見え見えなのだ。

「べつに理由は無いですよ?ただ、純粋にアルベル将軍と対決したいと思ったから剣を向けました。それでは準備がありますので、失礼します」
それだけを伝えると、無駄な話を切り上げ、船内へと歩きだした。

――「くくっ、綺麗な顔してるクセにやたら気が強いんだな?女には興味ないけどあんたには不思議と興味が湧いてきたよ。今、俺が斬りかかればアンタの首は簡単に落とせるぜ?やってみようか?」

――剣を抜く音がする。

「どうぞ、ご自由に。しかし、斬りかかってくれば私も剣を抜きますよ?私は敵に対しては“手加減”なんて言葉を知りませんから」

「上等だよ…」
騎士から殺気を放たれた瞬間、背中越しに感じていた騎士の気配が一瞬で私の後ろへ近づいた。
咄嗟に、後ろへ振り返る。



――「遅い…一度、死んだぜ?団長さんよぉ」
赤い騎士が持つ剣が私の喉スレスレに止まっていた。
普通の人間なら何をされたか分からないほど早かった…。






「ふふっ…」
そう――普通の人間なら。

「なにが、おかしい…」
勘に触ったのか、苛立ったように眉間にシワを寄せた。

「貴女はバレンでは強いほうなのですか?」

「はぁ?いきなりなんだよ。まぁ、聖騎士団の中では俺が一番かもな…」
私の質問にまたも眉間にシワを寄せたが、素直に私の質問に返答した。

「そうか…ならバレンもたいした事は無いな」
それだけ言い捨てると、赤い騎士の剣を手で掴み、横へとずらした。

「あっ?なら、剣抜けよ。どっちが強いか確かめようぜ」
再度、私に剣を向ける。
周りのバレンの人間も止めようとしない所を見ると、この赤い騎士と私を戦わせたいようだ。

私に勝って名を挙げて多少なりと優位に立ちたいのだろう。

「ふぅ…めんどくさい黒猿だな。ちゃんと教育を受けなかったのか?」
腰から剣を引き抜き片手で構える。

「おまえは人をイラつかせるのが上手いんだな?今、ものすごくイラついてるよ……」
両手で剣を握りしめると、私の懐へ潜り込もうと体制を低くして突っ込んできた。
今度は間違いなく、殺しに来ている。
私もその方がやり易い。
片手で掴んでいる剣を潜り込んでくる赤い騎士へ振り下ろすと、スレスレで横へ飛んで回避し、横から斬りかかってくる。
それを剣で受け止め、後ろへ突き飛ばす。

「おらっ、死ね!」

「……」
同じような攻撃をかわしては、弾き返す。それを何度か繰り返していると、私の異変に気がついたのか、赤い騎士は剣を下ろし私を睨み付けた。

「てめぇ…ふざけてんのか!」
剣をだらしなく下げたまま、ツカツカと私に歩み寄ってきた。



「……お前は素人か?」
剣を逆刃に持ちかえて、近づいてくる赤い騎士の胴へと勢いよく剣を叩きつけた

「がはぁッ!?」
ドスッという鈍い音と共に赤い騎士はその場へと倒れ込む。
無防備に近づいてきてくれたので的確に鳩尾を狙う事ができた。

「赤い騎士殿……私が本気なら貴女は一度、死んでますよ?」
赤い騎士を見下ろし、おうむ返しの様に吐き捨てる。
赤い騎士は間違いなく強い部類に入る騎士だろう…バレンで一番強いと言うのも頷ける。

だが……あまりにも経験値が少なすぎる。
戦に出た事がないのだろう…ライトと戦っているようだった。

「おまえぇッ、殺してやるからなぁ!」
まだ立ち上がる事ができないようだ。
地面に横たわり腹部を片手で押さえ、剣を握りしめて私を睨み付けている。

「いつでもいいですよ?これで私に勝てないと分かったのなら次から不意打ちでも構いません。出来る限り手加減してお相手しますので」
剣を鞘に戻すと、赤い騎士の前から踵を返し、船内へと戻った。




◆◇◆†◆◇◆

「おっ、もう戻ってきてんな」
――クーを捕獲し、ホムステル港の時計台前に到着すると、すでにティエルとハロルドは戻ってきていた。

「コラー!勝手に離れちゃダメだって言ったでしょ!」
ティエルがクーの鼻先へ詰め寄る。

「――クー―おこった―かお―きら―い―――プイッ――」
そう呟くと、怒ったようにティエルからと顔を背けた。

自分が迷子になったという自覚が無いらしい。

「あ、あんたねぇ!」

「まぁ、もう見つかったからいいじゃねーか」
クーの態度に怒るティエルの羽を掴み、ハロルドの肩にティエルを乗せる。
私を雑に扱うな!と怒りの矛先を俺に向けてきたが、それを軽くあしらい、これからどうするか話を進めた。

「クーを探し回ってる時、確か町中に酒場があったな…あそこならなにか情報があるかも知れない」
酒瓶の画が描かれた看板が立てられていたので、多分酒場だろう。

「それじゃ、酒場の方へ足を運びましょうか。あっ、それと先ほど聞いたんですが、この騒ぎはなんでもバレンの国王であるゾグニ帝王が御婚約されたので、その催し物があるそうです」

「ゾグニ帝王?」

「知りませんか?バレン国の国王で西大陸全土を統べる、神だそうですよ。なんでも二十年で西大陸を我が領土にしたとか……まぁ、僕も今聞いたばかりなんですけどね」

「二十年前って…そのゾグニ帝王って歳いくつだ…?」

「さぁ…多分五十前後じゃないですか?今回のゾグニ帝王の相手は第六夫人になられるそうです」
第六夫人…すでに妻が五人もいるのか。

「ふ〜ん、んじゃ結婚する度、他国から人を呼び寄せてはパーティーしてんのか?」

「それは違うみたいです。なんでも今回は特別みたいで、御結婚する相手もかなり位の高い人だと聞きました」
だからこんなに人が集まってきているのか…。



「あっ――クー―みんな―いいもの―あげ―る―」
なにかを思い出したように突然クーが自分自身の胸元に手を突っ込みだした。
唖然としながらクーを見ていると、胸元から曲がった木が四つ出てきた。
3つは同じ大きさなのだが、もう一つは人差し指ほどの大きさしかない。

「これ、なんだ?」

「これ?――これ―は――き―」

「いや、木は見たらわかるよ…だからなんだこれ?」

「これは……ブーメランですか?」
ハロルドがクーから受け取った木を眺めながら懐かしそうに呟いた。

「ブーメラン?」

「えぇ…元々は狩りなどに使われていたモノなんですけど、子供の頃よくこれで遊びましたよ…」
ブーメランか…狩りに使うというぐらいだから、気絶されるほどの殺傷能力はあるのだろうか?

「武器になるのかコレ?」
見た感じ子供の遊び道具にしか見えないのだが…。

「さぁ……多分使う人によれば…私も遊び程度にしか使った事がないので」

「そうか…てゆうか使い方、俺知らないんだけど」
ブーメランを軽く振って、人を殴る仕草をしてみる。
これで殴れば多少ダメージを与えられるかも知れないが…それなら剣で斬った方が楽だろう。

「ムフー、―――クーの―みて―て―」
自信満々に鼻息を吹き、胸を張って海の方へと歩きだした。
ブーメランの使い方を教えてくれるのだろうか?
クーに貰ったブーメランを片手に俺達もクーの後を追う。
港の端へと到着すると、 クーがブーメランを片手で掴み素振りをしだした。
やはり殴るモノなのだろうか?

「――それじゃ――いき―ます―」
此方へ頭をペコッと下げると、再度海の向き直り、勢いよくブーメランを放り投げた。

「おぉ!」
ブーメランはクルクルと回り、勢いを増しながら飛んでいく。

――そのまま、真っ直ぐ飛んでいくと、何事もなく海の中へと沈んでいった。

「へぇ〜、投げるモノなんか……んっ?」

「――?」
クーが横を向いて首を傾げている。

「どうしたんだ?」

「―クーの―ぶーめ―らん―は?」

「は?いや、海に落ちたじゃねーか」

「―?――?――?!」
オロオロと周りを見渡し、なにかを探している。
先ほど投げたブーメランを探しているのだろうか?

「いや、だから海の中へ落ちたって…」
再度ブーメランが落ちた海へ指差しクーのブーメランの在処を教えてやる。

「?――?!――グスッ――うぅ―」
俺の言葉を聞いた瞬間、目に涙を浮かべプルプルと震えだした。

「お、おい、クーどうしたんだ?(ヤバイ、泣きそうだ!)」
プルプル震えるのは、かなり高い確率で、大泣きする前兆……メノウは大泣きする時、決まってプルプル震えていたのだ。
そう考えるとクーも泣き出す可能性がある。

こんな場所で泣かれたら人の目につく。
何故、クーが泣きそうなのか分からないが、なんとかしなければ。


「ブーメランというのはですね…投げたら自分の手元に戻ってくるんですよ。まぁ、戻ってこないブーメランもありますけどね」
ハロルドのなんでも辞書からブーメラン知識を教えられやっと状況が把握できた。
簡単な話、クーが投げたブーメランは本来クーの手の中へと戻ってくる予定だったのか…。
しかし、反抗期を迎えたブーメランは海の中へと姿を消し、二度とクーの手の中には戻ってこなかったと…。


「クー、俺のをやるよ」
泣き出す寸前のクーの目の前にブーメランを差し出す。

「でも―これはクーが―ライトに―あげたもの―」
涙目上目遣いならぬ、見下ろし涙目を俺に向けている。

「いいよ、また作ってくれたら」
それに、このブーメランを使う事は俺にはなさそうだ。
飛び道具なら鞄の中にボーガンが入っている。

――クーは俺のブーメランをオズオズと言った感じで受けとると、自分自身が作ったにも関わらず「ライトに―もら―た―」と自慢気にティエルに見せびらかしだした。


「あっ――クーも―ライトに―おかえし―」
そう言うと、胸に輝いている青い石が入ったネックレスを差し出してきた。
お返しと言われても俺から何もクーに対してあげてないのだが…。

「なんだ、これ?」
ネックレスを目の前にかざして見つめてみる。
青い石の中で、なにか揺らいでいる…霊魂のような白い煙がゆらゆらと…。

「それは――クーの―――たから―もの―」

「宝物なら、大切なモノなんじゃないのか?俺なんかにくれていいのか?」

「いい――それは―ライトを――守って―くれ―る―」
確かに……先ほどのブーメランよりは不思議な力を感じる石ではある。

「―だけど――」

「ん?」

「ぜっ―たいに――こわしちゃ―だめ―」
クーの顔色が変わった…。
壊したらダメ?この石を割ったらダメと言うことか…。

「壊したらどうなるんだ?」
もしかして、エルフの大群が襲いかかってくるとか…。
生唾をゴクッと飲み込みクーへ聞き返した。





「――?――クー?」

「いや、クーだよクー」
首を傾げ、私に聞いてるの?と自分の顔を指差すクー。

俺とクーが会話をしてるのだから会話の流れからしてクーからの返答待ちだと分からないのだろうか。

「クーは――しらない――シェダから―もらった―」

「そうか…まぁ、壊さなきゃいいんだな?」
俺の返答に無言でコクッと頷くと、会話をやめてハロルドの髪で遊びだした。

はぁ〜、とため息を吐き捨て再度青い石に目を向ける。

こんな石初めて見た。
なにか特殊な原石なのだろうか?
クーは俺を守ってくれる石だと言っていたが…。


「よし、それじゃ酒場へと向かおうか」
クーから貰ったネックレスを首に掛けると酒場へと足を進めた。


◆◇◆†◆◇◆


「ふっ……懐かしいモノだな…」
近くに落ちてある木刀を手に取り、軽く振ってみる。
多少痛みはあるが、ライトから貰った秘薬のお陰で義手が馴染んできたようだ。
腕を無くして二ヶ月と十五日。本来なら義手を装着する時、かなりの痛みを伴うそうなのだが、旅立つ際にライトから貰った二つの小瓶のお陰で普通の生活ができる程に回復していた。
なんでも、高い治癒力がある薬らしく治りも早まるそうだ。
実際2ヶ月で傷は完璧に塞がってくれた。


「ア、アルベル様…?何をされてるんですか!?」
場内からルディネ姫が飛び出してきた。
荒い息を吐き、私を睨んでいる。

「いや、久しぶりに身体を動かそうと思ってね」
周りを見渡してみる。

私は今、訓練場まで足を運んでいるのだが、風景はまったく変わっていないようだ。
とは言え、先ほど懐かしいと口に出てしまったが三ヶ月前までは私もここで皆と剣を交えながら訓練に励んでいたのだ。

たったの三ヶ月……その三ヶ月で懐かしいと想わせるほど、私の意思を置き去りにして話は進んでいくのだ。
肩を並べて笑いあっていた仲間達が方膝を地面につけ、頭を下げる…。
正直うんざりしていた。

「ダメです!アルベル様はもう剣を握らなくてもよいのですから!」
私の手から木刀をもぎ取ると、木刀を投げ捨て、私の手を掴んで城内へと歩きだした。

剣を握らなくてもいい…か…。
数ヶ月前までは剣しか無かったのだが……剣がなくなれば私に何が残るのだろうか…。


「アルベル様…?」
引っ張るルディネ姫の手をそっと引き剥がす。

「私はどこまで行っても騎士…剣を握れなくても…騎士心を忘れた事は一度もありません」
騎士人生に悔いは無い。
だが、騎士の心を忘れたらもう私ではなくなる。
王になるため新しい自分を見つけなければいけない、そんなことは分かっている…分かっているのだ。

「ッ…アルベル様はこの国の王になられるのですよ!?剣を捨て、王座に座り、国民の皆が安心できるようにノクタールが掲げる平和の象徴をお守りください!それが王の役目でしょう!」
ツカツカと私に近づくと、再度私の腕を掴み今度は抜け出せないように抱え込んだ。
今度は振り払う事はせず、ルディネ姫の後を引きずられながら歩く事にした。
後々ルディネ姫の機嫌を取るのは他でもない私なのだから…。

「姫様…」

「ッ、ルディネと呼んでください!!」

此方へ振り返ることなく、声を荒げる。
ルディネ姫が声を荒げることなんて滅多に無いのだが…何か不都合でもあったのだろうか?

「アルベル様は今、環境の変化に戸惑っているかもしれません」
歩くのをやめると、立ち止まり此方へ振り返る。
ルディネ姫の強い目力に隠れて微かに濁りが見える。
最近、ルディネ姫は私のする事に一から十まで口を出し始めた。
周りの人間達は私の妻になるから張り切っているのだと思っているらしいが。



「だけど、すぐに慣れます。私はずっと城の中で暮らしてきたのですから……だから…」

――私には死ぬまで“他人事”だと思っていたのだがな…。


「私と一緒にずっと…幸せにこの城で生きていきましょう」
そう呟くと、ルディネ姫は私の胸へと抱きついてきた。


ルディネ姫の世界――それは東大陸にある一つの城の中…。
あまりにも狭く、冷たい石の籠はルディネ姫に孤独を強要し、自由の憧れを強めた。

そして成長していくにつれ自由を諦め、共存者を求めた。
それが私なのだろう…。
いつかルディネ姫をなんの柵もない世界へと連れていってやりたいものだ。



――「そう言えば、ティーナは何処へ行ったんですか?」


私の胸に顔を埋めていたルディネ姫が目線を上げて問いかけてきた。
目に掛かっている細い髪を人差し指で退けて、ルディネ姫の肩を掴み少し距離を置く。
長時間、抱き合ってる訳にもいかないので近くにある椅子に腰を掛ける事にした。

「ティーナはバレン王の御婚儀の為、バレンに向かってます」

「バレン?あっ、そう言えばバレン王国のゾグニ様が御結婚されるとか…相手は確か水の町があるフォルグ王国のお姫様ですよね」
ルディネ姫が言うフォルグ王国とは水に愛された雪国であり、自然と共に生きてきた“愛”を掲げる緑豊かな国だ。

――東に正義のノクタール。

――西に脅威のバレン。

――南に政治のフォルグ。

この世界は三大国で成り立っていると言っても過言では無い。
我が国、ノクタールと西のバレンは多大な戦力を盾にできるのだが、フォルグの戦力は微力。
そのかわり政治面での力はかなり強い。
誠実なフォルグと同盟を組む国も数多くいる。
そのフォルグがバレンに……話を聞けばフォルグがバレンの下につくらしい。

しかも、まだ18にも満たない姫様を政治に使う所を見ると、私が知っているフォルグはもう存在しないと考えた方がいいかもしれない…。

あの国は好意を持てる数少ない国の一つだったのだが…。
他に理由があるのかも知れないが、これでフォルグについていた同盟国は数多く離れていくだろう。
我が国も…付き合いを考えた方がいいかも知れない。


「私、幼少の頃に一度だけフォルグ王国のお姫様と会った事があるんです」

「えっ?そうなんですか?」
長年ノクタールに居るが初耳だ。

「一度だけ、フォルグ国の王様がノクタールへ来たことがあったじゃないですか?あの時会ったんです」
そう言えば、十四年ほど前に世界国会議がノクタールで行われた時、フォルグ王がノクタールへ来たことがあった。
当時、私はまだ騎士団に入ったばかりで新米兵として日々雑務に追われていたので、他国の王と面会などできる訳も無く、勿論ご令嬢とも顔を合わせる機会は無かった。

「ものすごく可愛らしいお姫様で、綺麗なグリーンメノウが胸元で光っていたのを覚えています」
グリーンメノウとは、フォルグ領土原産のパワーストーンの一種だ。
色々な効果があるらしく、何かの記念事があるとグリーンメノウがフォルグから贈られてくる事も多々ある。

「フォルグの姫様の名前にも入ってましたよね?」

「えぇ…たしか―――」
一時期、フォルグ王国に天使が舞い降りたと大騒ぎになった事がある。
綺麗なその薄い緑の目は汚れたモノをすべて浄化し、無に還す。
グリーンメノウの原石のような心で救われざる者に手を差しのべる女神になるはずだと…。

「あっ、思い出しました!」
椅子から立ち上がり一歩前にでると、勢いよく此方へ振り返り、フォルグ国の姫様の名前を呟いた。





「ルフェリオット・シェナ=メノウ様ですよ」



――ルフェリオット・シェナ=メノウ――


そう――それがフォルグ国の希望にして、平和の女神になる姫様の名前だ。



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