PINKちゃんねる-エロパロ&文章創作板「依存スレッド」まとめページです since2009/05/10

作者:4-263氏

 雨戸の向こうの喧騒と雀の鳴き声で目が覚める。妻が亡くなって以来、こんなに清々しい朝は初めてであった。
 相変わらず胸の中で丸くなっている小萩に笑みが零れる。額にかかる前髪を払い掌をあてるともう熱はひいたようであった。
 これで、左脚に巻かれた布切れだけが京介と小萩を繋ぐものになる。いつまで騙せるだろうか。脚を動かしにくいように関節に厚手の布を巻いたとはいえ、そうそう長くもつものではない。
(いっそのこと、本当に怪我でもさせてしまおうか)
 視界の端に、大きな花瓶が映る。父が大切にしていた花瓶を京介は気に入っていて、店の物を殆ど売ってしまってもこれだけはのこしていた。重量感のある、青銅色のそれを見つめる。
(駄目だ)
 そんなのは、非人道的だ。思い、それから自嘲する。何を今更、既に人道に悖っているではないか。
 少女に妻の面影を重ね、性欲の捌け口にするなど、獣にも劣る所行だ。いや、或いは人間だから、なのだろうが。

 京介は小萩の頭を数度撫でる。静かな寝息をたてる顔を見つめた。
 見れば見るほど似ている。色白な肌、どこか眠たげな目、細く通った鼻梁、形良い唇。白い頬に指を滑らせると、指先は顎を伝い首筋へ達した。
 華奢な鎖骨がかすかな寝息とともに僅かに動いている。
 細身の小萩には、肉付きの良い“小萩”の浴衣はどうしても余るようで、何度直しても胸元が肌蹴てしまう。寝乱れた胸元は既に大きく開いて、本来の役割を果たしてはいない。
 なだらかな白い膨らみと、その頂さえ垣間見えそうなあやうさ。決して豊満とは言えないその膨らみが、ふにふにと吸い付くような柔らかさを持っているのを京介は知っていた。

 ん、と小萩が小さく声を漏らす。黒い睫毛が震えて、徐々に持ち上がっていく。
 黒い瞳が虚ろに虚空をさ迷う。その焦点があう頃を見計らって、京介は「おはよう」と声をかけた。
 小萩の体がびくりと跳ね上がり、瞳をくるりと丸くして京介を見上げた。
「おはよう……ございます」
 いまだに現状が掴めないのか、目を白黒させている小萩の観察を続ける。ひとしきり瞳が揺れ動くと、小萩は困惑しながら再び「おはようございます」と挨拶をした。
 それにもう一度おはようと答え、京介は布団を抜け出す。小萩に布団へ引っ張り込まれ、着替えることなく眠ってしまった着物は見事なまでにぐしゃぐしゃである。あちこち手直ししてみるが、どうにも上手くいかない。
 そうこうしている間に、表から自分を呼ぶ声が聞こえた。お世話になっている版元の人間が訪ねることを、京介はすっかり失念していたのだ。
 京介は自分の着物と表の方を見比べ、ぐしゃぐしゃの着物で出迎えるのと、待たせるのはどちらが失礼だろうかと思案する。
(どうせ、普段から上等な格好をしているわけでもあるまいに)
 小萩に苦笑を見せて、半ば自棄で表へ向かう。小萩が笑みを返してくれたのが嬉しかった。


 版元の藤堂左右衛門は、慌ただしく出てきた京介を見てふんと鼻を鳴らした。
「流石流行作家の山本殿は違う。こんなお日様は高いってのに朝寝かい。さぞお綺麗な女人をはべらせとるんでしょうな」
 五十がらみのこの男は、何にせよ皮肉を言わねば気が済まない。それは分かっているのに、心臓が跳ねたような気分になる。
「からかわないでくださいよ」
 あがりますか、と問うと左右衛門は首を振る。
「手短に済ませるよ」
 細い目でじろりと京介をねめつけ、今月の分は終わったかい。と問う。
 今月の分、とは藤堂のところで出版させて貰っている子供向けの読み本のことだ。
 一人の少年が七つ全て集めると願いの叶う竜玉を集める冒険譚で、京介としてはなかなか面白い話だと思ったのだが、時流が悪いのか筆が悪いのかいまいち評判はぱっとしない。
 それでも今はこれで食いつなげるのでましな方ではある。

「ああ少々お待ちください」
 ばたばたと自室に向かい、文机の上の紙の束を掴んで駆け戻る。小萩が何か言いかけた気がしたが、ごめん後でねとすれ違いざまに答えて走り去った。
 紙に目を通し、左右衛門は、うん?と白髪混じりの眉をあげる。
「あんた、これ変だよ」
 紙をばさばささせながら左右衛門は言う。京介はその手元を覗き込んだ。
「おや……」
 話が飛んでいる。紙が二三枚足りないのだ。ちょっと探してきますと言いかけた京介の肩を、誰かがとんと叩いた。
 振り返ると、小萩であった。家の中には小萩しかいないので当たり前といえば当たり前である。
「京介さん、あの、これ」
 手に提げられているのは、原稿の一部であった。
「ごめんなさい。私、勝手に場所を動かしてて……」
 京介は原稿を受け取り笑みを返す。
「いや、確認していなかった私も悪いのだから」
 もしや自慰の始末に使ってしまったのではないか、と冷や汗をかいたのは心の奥にしまい込む。
「すぐに戻るから、中で待っていなさい」
 何しろ寝間着姿である。色々と差し障りがあろう。はいと頷きひょこひょこと脚を引きずりながら奥へ戻る小萩を見送り左右衛門の方を振り向くと、左右衛門は皺に埋もれた細い目をぽかんと見開いていた。
「驚いた。まさか本当に女人をはべらせとったとは」
 いやはや、類い希な朴念仁だと思っていたのに、あんたも男だったんだな。と感心したように腕を組む左右衛門に、京介は両手を胸の前で振った。
「そんなんじゃありませんよ。最近、面倒を見ている娘でして……」
 左右衛門はにやにやと京介を見て、ふぅんと鼻を鳴らした。煙管の煙をふうと京介に吹き付ける。
「それにしよう」
「はあ……何がですか」
 左右衛門は皺指を立てて得意気に胸を張った。
「妻を亡くしてからとんと女にゃ縁のない一人の朴念仁のもとに、突然現れた一人の美少女」
「……はあ」
「少女はどこかあどけなさの残る美貌に、艶冶な表情を浮かべて男を魅了する」
「はあ、艶冶な……へっ!?」
「亡き妻の思い出と少女の淫靡な誘いとの間での男の葛藤!少女は時に可愛らしく、時に艶っぽく、そして淫らに!」
「みっ、みだ……」
 実はこの男、人の心を読める妖怪なのではないだろうか。左右衛門は妻に会ったことがないので、小萩が“小萩”に瓜二つであることは知らないのだ。
「どうだい?いい線行くと思うんだがね」
 左右衛門は一息に言い切ると、美味そうに煙管を吸った。
「いやあ、それはちょっと」
 あまり、気乗りする話ではなかった。艶っぽい文章など書けないし、何より今の自分の状況を的確に表現しすぎているような気がした。
「意外といけるだろ。あんたの文章、ねちっこいからな」
 だから子供に受けないんだよ、と左右衛門は皮肉っぽく笑った。
「しかし、連載中の……“竜玉七星伝説”はどうするのですか」
「拙者達の冒険は未だ始まったばかりにて候、だな」
「またですか」
 そうころころ趣旨を変えるから売れないのではないか、とは結局言えなかった。




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