≪Ｆａｔｅ／Ｄｕａｌ Ｂｉｚａｒｒｅ≫
熱風が吹き渡る。ここは砂漠。黒く晴れ渡った青い空には、太陽が灼熱を放っている。
遮るものなき世界で、二つの陣営が対峙していた。
一方は、象にも匹敵する軍馬に跨る巨漢。戦意に満ちた、威風堂々たる王の姿。その背後には、闘志漲らせる軍団が陣形をとっている。一人一人がまさに百戦錬磨の兵によって構成された、無敵の軍。共に馬に乗るは、最も新しき臣下となった見習い魔術師。
一方は、ごく普通の老馬に跨り、鐙を履いている若い男。手には特異な力の表れである、『星』の模様。背後には機械人形のような形の影が浮かぶ。こちらに味方はなく、彼一人。ただその胸の奥には、飄々とした親友が今も宿っている。共に馬に乗るは、同じ苦悩を味わう、魔道の才女。
一方は『赤のライダー』の陣営。その数、１００２人。
一方は『黒のライダー』の陣営。その数、２人。
「『黒のライダー』よ。最後に問う。余と共に戦場を駆ける気はないか？」
「あいにくだけどね『赤のライダー』。故郷を顧みずに、未知の彼方を目指して突き進む、なんていう生き方は合わなくてね。『旅』というのは、いつか『帰る』ためにするものなんだよ」
勧誘をすげなく断り、『黒のライダー』は、自らの跨る馬を撫でる。
「そうか。ならば仕方が無い。ただ言わせてもらえれば、余の肉体はマケドニアで生まれようと、我が心の故郷は、まだ見ぬオケアノスなのだ。いつか到達して見せると、夢に見たその時からな。では、はじめるとするかの」
手を上げる『赤のライダー』。それだけで１０００人の部下を掌握し、自在に動かす。
「行くぞ皆の者！ 敵は一人だが、その力は一騎当千！ 我らを束ねたに等しい力と思って挑め！！」
大嵐もかくやという地響きと絶叫を発し、常勝の軍が迫りくる。
「いいさ………お前たちが知らないものを教えてやる。馬と一体化し、馬の力を貰って撃ち放つ、『回転』の奥儀を。戦争の天才である『征服王』のあんたさえ生み出せなかった、『鐙』の存在を」
そして『黒のライダー』も馬を走らせる。『赤のライダー』は多くにおいて『黒のライダー』より上だ。基本的なステータス、英霊としての霊格、宝具の威力、乗り物の強さ、精神的な度量、成した偉業、どれも『赤のライダー』の方が上だ。
だがそれでも『黒のライダー』には自分の方が上だと、自信を持って言えることが二つある。一つは、彼の家系に代々受け継がれた『馬乗り』の技術。もう一つは、運命の友から学んだ『回転』の技術。
二つの技術が一つとなった時、『黒のライダー』の宝具が発動する。
「蹂躙せよ！ 我が【王の（アイオニオン）――」
「貫け！！ 【世界踏破す（タスク）――」
馬が最高の走り方をしたとき、乗り手と馬を繋ぐ『鐙』が、馬の力を乗り手へと伝える。馬の力は、乗り手一人のときとは比べ物にならないほどに強力な『回転』を生み出す。それこそ、世界を超えるほどの。
「――軍勢（ヘタイロイ）】！！」
「――無限の騎馬（ＡＣＴ４）！！】」
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ここに至るまでの物語をしよう。
過去（ゼロ）でなく、分岐（アポクリファ）でなく、これは二重（デュアル）の物語だ。
運命（フェイト）と奇妙（ビザール）の、重なりによる物語だ。
≪Ｆａｔｅ／Ｄｕａｌ Ｂｉｚａｒｒｅ≫
第三次聖杯戦争――時は１９３９年、第二次世界大戦前夜に行われたそれは、ナチスドイツや大日本帝国陸軍の介入を受けながら展開し、最終的には聖杯が破壊されて失敗に終わった。
またナチスドイツには、聖杯を狙う魔術師が所属しており、御三家から聖杯を強奪しようと活動していたが失敗に終わり、冬木の地を去ることになった。
次こそは、という執念を胸に。
ナチスドイツに所属していた魔術師の名は『ユグドミレニア』である。
◆
冬木の町の一角、新都に建つとある家の地下室。極上とまではいかなくとも、中々の霊格を持つ地脈に、四つの人影があった。
一人は見たところ、二十代後半ほどの長髪の男性。しかし、彼の実年齢は既に百を超えている。名はダーニック・プレストーン・ユグドミレニア。その政治手腕から『八枚舌』のダーニックと呼ばれる男。ユグドミレニア一族の長である。その腕には強化ガラスのカプセルが抱かれている。円筒状のカプセルの両端には特殊な機械が取り付けられており、内部には常に強力な紫外線が放射されていた。カプセルの中には、種類のわからない鉱物が入れられている。
一人は車椅子に腰かけた少女。名はフィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。ユグドミレニアの次の長となるであろうと目される、降霊術と人体工学の天才である。その手にあるのは輝くトロフィーである。蹄鉄と、馬に乗る騎手の姿が象られていることから、馬術競技関連のトロフィーではないかと推測される。
一人は顔にそばかすのある少年。名はカウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。フィオレの弟であり、この中では一番落ち着かない様子で、周囲に目を泳がせている。彼だけは、その手に何も持ってはいない。
一人はこの中で最も魔性を感じさせる女性。黒魔術を専門とし、生贄を捧げることを日常とする魔女。名はセレニケ・アイスコル・ユグドミレニア。持っているのはごく普通のノートだ。ただしその内容は、寝たきりの病人を、心身ともに傷つけ続け、最終的に自殺に追い込むまでの記録を、正確に、丹念に、緻密に書き連ねたものであった。真っ当な人間ならば吐き気を催すものであったが、セレニケは興味深げに、面白そうにそれを読んでいた。
四人の前に、一人の女が現れた。西洋人らしい、年若い女性。しかし、魔術師が見れば彼女が強大な魔力の塊であることがわかるだろう。彼女はサーヴァント。この聖杯戦争で召喚された英霊であった。
「ご要望どおり、大聖杯とやらの予備システムとかいうやつは、作動させてきたよ」
「ああ。どうやら上手くいったようだ。我々全員に令呪が刻まれているからね」
大聖杯。それは冬木の聖杯戦争の、核となるもの。御三家以外の魔術師が奪いあおうとしている聖杯は、小聖杯と呼ばれるオマケの部分である。大聖杯は冬木最大の霊所である円蔵山の地下空洞に設置されており、聖杯戦争の要となっている。第三次聖杯戦争の中でダーニックはそのことを知り、更に聖杯に組み込まれているシステムについても理解していた。
そのシステムのひとつを、カウレスに召喚させたサーヴァント、アーチャーによって起動させた。それは、聖杯戦争の中で呼び出されるサーヴァントの定数７体を、倍の１４体に増やすシステム。１つのクラスにつき、『黒』と『赤』に分類される、２体のサーヴァントが召喚されることになる。
元々の７体だけだと、マスターとして選ばれる確率は低いものとなる。実際、マスターとして選ばれたのはこの場の４人の中で、ダーニックとカウレスの２人だけだった。だが１４人に増やすことで、マスターとして選ばれる確率もあがる。目論見通り、残り２人にも令呪が発現し、マスターの資格が手に入った。これでユグドミレニアの陣営は、他の陣営より数において圧倒的に優位にたてる。
「上手くいったってのはいいけどさ、見た感じ、あの大聖杯ってのは何か変だったよ？ 『人間の英霊』ではない私だったから影響は受けなかったが、そうでなけりゃあ近付けなかったかもしれない。大丈夫なのか？」
「ああ、おそらく第３次聖杯戦争の影響だろう。アインツベルンの呼び出した英霊が特殊だったせいだ。何、予測されたことだ。対策はしてある」
ダーニックはアーチャーに答え、その視線をフィオレの手にするトロフィーへと向けた。
その対策が行えるかどうかは運次第である。しかし、ダーニックとしては聖杯を使えなかったとしても参加する価値はある。既にケイネス・エルメロイ・アーチボルトが聖杯戦争に参加したという情報は入っている。御三家とロード・エルメロイに打ち勝つという功績は、人数は多くとも力のないユグドミレニアにとってはぜひとも手に入れたいものだ。
（上手く御三家やエルメロイを始末できれば、その空いた穴に我々の手を差し込めるかもしれない。一族の栄光のため、賭ける価値はある）
そして、召喚は開始された。
◆
「告げる。汝の身は我が下に。我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ」
ダーニックたちと時を同じくして、筋骨たくましい男が一人、冬木の外国人墓地にて、召喚の儀式を行っていた。
顔に戦闘の傷痕をつけ、魔獣の革でつくられたジャケットを羽織る、血と硝煙の臭いを漂わせる男。
死霊魔術師（ネクロマンサー）の獅子劫界離。
彼が選んだ触媒は『人間の左腕の骨』であった。召喚されるのは間違いなく、その腕の主であった人物であろう。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――！！」
◆
間桐の屋敷でバーサーカーを召喚したばかりの間桐雁夜は唖然としていた。
自分がたった今、召喚に使った魔法陣の中から、もう一体別のサーヴァントが召喚されたのだ。
癖のあるもじゃもじゃの髪、口髭を生やした柔和な顔つきの西洋人男性。社交パーティーに出かけるかのような、蝶ネクタイをつけたスーツ姿に、市松模様のカラフルなシルクハットを被っている。
とても戦いのために召喚されるサーヴァントとは思えない格好であった。
「私は『黒のアサシン』のクラスで現界したサーヴァントだ。もっとも、一度も暗殺などしたことはないのだがね。さて………」
アサシンを名乗ったサーヴァントが目を向けたのは、この魔蟲ひしめく蟲蔵の出入り口であった。
「お嬢さんが私のマスターかな？」
そこに、雁夜の様子が気になったのか、召喚された英霊の魔力が気になったのか、何にせよ、遠坂桜が身を震わせて立っていた。その小さな手の甲に、令呪を宿しながら。
◆
『侮るな。あの程度の呪い、飲み干せなくて何が英雄か。この世全ての悪？ は、我を染めたければその三倍は持ってこいというのだ。よいかセイバー。英雄とはな、己が視界に入る全ての人間を背負うもの。この世の全てなぞ、とうの昔に背負っている』
『究極の生命とは……あらゆる生物の……全ての能力を身につけ、全ての生命を兼ねる……そしてあの！ 美しい！ なんという輝き！ 今まで見た何よりも素晴らしい………あの太陽をついに……ついに……克服したぞ！！』
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赤が７体。黒が７体。そして、もう１体。計１５体のサーヴァントが召喚された後、『赤のアサシン』の陣営で動きがあった。
遠坂時臣の屋敷へと、アサシンが襲撃を行ったのである。『赤のアサシン』は歴代の山の翁の一人、『百の貌』のハサン。多重人格者であった彼は、生前はその無数の人格のそれぞれの得意分野を有効に使い分け、あらゆる仕事を成し遂げた。
その多重人格は英霊となって宝具へと成り変わり、無数の分身を生み出す力を得た。
今回、襲撃を仕掛けたハサンはザイードの名で分類される、結界破りを得意とする人格である。遠坂邸の前にやってきた彼は、まず屋敷に張られた結界を破るため、結界の起点を探そうとする。
しかし、その瞬間、予想外のことが起こった。
ザイードが結界を破る前に、彼の目の前で結界が砕け散った。
「！！？」
解除されたのではない。明らかに何者かによって破壊されたのだ。つまり、今ここにはサイード以外の『招かれざる客』がいて、そして、そいつはサイードの味方であるとは思えない。
（どうする？ ここは離脱すべき「脆いものだな」か――！？）
その声は、ザイードのすぐ背後で囁かれた。
（まったく気配を感じなかった！？）
アサシンである自分にさえ気付かせないその気配遮断から、相手は『黒のアサシン』かと推察しながらも、ほぼ反射的に短剣(ダーク)を握り、振り向きざまに切っ先を差し込もうと腕を突き出した。
（――――！！？）
そして、ザイードは腕を失った。
「な………い、一体？」
ダークは、背後の何者かに触れた途端に砕け散り、突き出された右腕は、何者かに触れる端から、何者かの体に吸い込まれるように消滅していった。防御するでも、回避するでも、他の何らかの対処をするでもなく、相手は何もせず、何もしないままにアサシンの腕を奪いとった。
ザイードは理解した。なぜ結界が砕けたか。なぜダークが砕けたか。
この相手があまりにも強大な神秘の塊だからだ。神秘はより強い神秘に倒される。この存在がいるだけで、この存在に秘められた神秘は、他の神秘を圧倒し、自然に破壊してしまうのだ。
一流魔術師による要塞級の結界であろうと、サーヴァントが魔力で編んだ武装であろうと、ただそこにあるだけで破壊してしまう。昼間は太陽の輝きが、星の光をかき消してしまうように。
（だが英霊の腕まで破壊することはできないはず。そこには別の秘密が……）
もはや勝利も生存も諦めながら、せめてもの英雄ハサン・サッバーハとしての矜持が、出来る限り多くの情報を得て、マスターに届けようとする。しかしそんなザイードが目にできたのは、自分に伸びる腕と、顔を覆いつつもうとする手だけであった。
そして、ザイードはその腕の造形が、筋肉の付き方が、しなやかな動きが、『とても美しい』と感じたところで、その意識を消滅させた。
「………英霊とはいっても、所詮は人間。こんなものか。もっとも、今のは随分と『薄い存在』だったようだが」
ザイードの頭部を触れただけで消滅させ、死に至らしめたその男は、ザイードの、『赤のアサシン』の本質を分析しつつ、視線を上げる。
視線の先、遠坂邸の屋根の上には、黄金の鎧を着込んだサーヴァント、『赤のアーチャー』ギルガメッシュが立っていた。ギルガメッシュは、ザイードを滅ぼした男を見下ろし、夜の闇にまぎれてよく見えないながらも、その正体を推し量る。
「何者だ貴様。雑種でさえない、血吸いの『蚤』の類か？」
死徒ではないかと見当をつける英雄王に、対する男は自らの唇に失笑を浮かべ、
「あんなものは、我々の家畜………『食料』に過ぎない。ああ、安心しろ。侮辱されたとは思わんよ。『無知な原始人』が、見当外れのことを口走ったからといって、怒るのは大人げないというものだ」
最古の王を、最強の英雄を、ごく当然のように、見下した。
「………よい。貴様が何者であろうと、王に向かってその物言い………その存在の影さえ残しておくべきではない」
ギルガメッシュは速やかに裁きをくだす。周囲の空間から三十ほどの宝具が発生し、男に向けて降り注いだ。
「ふぅん。まあ効かないとは言わないが、直撃しても小石をぶつけられたようなものだな。とはいえサーヴァントである以上、霊核が傷つくのは困る。避けさせてもらおうか」
男はその常識外れな宝具の数を前にも、つまらなそうに『見飽きた物』を見る様な視線を向け、体を『動かした』。
「ぬ………！」
さしものギルガメッシュも、その回避方法には少々驚かされる。体を動かしてかわすというのは当然のことのように聞こえるが、『動かし方』が普通のそれではない。位置を移動したり、姿勢を変えたりすることでかわすのではない。攻撃が命中する直前、その当たる部位の肉のみが、まるで骨が無い蛸やアメーバのように内側にめり込み、射出された宝具を素通りさせていく。
穴が開く前に、こちらから穴を開けてやるという、人外の回避法だった。最後に首を狙った鎌も、亀やカタツムリのように、頭部を胴体に完全に埋没させて避けると、退屈な芸を見た後のようにため息をついて、ギルガメッシュに言った。
「７千年ほど前だったか、今放たれたようなのを戯れに『造ってみた』こともあったが、所詮玩具のような物。我らの肉体には及ばない。さて、終わったのならこちらの番だ。宝具などというものに頼っているばかりの、ひ弱な人間には想像もつかぬ、究極というものを見せてやろう」
言い終えた男の肌がざわめき、黒い羽毛が湧きだした。男の両腕は瞬く間に『両翼』へと変化し、ギリシア神話のセイレーンやハーピーを思わせる、鳥人の姿となる。その翼が一度雄々しく羽ばたいた直後、男の体は一瞬にしてギルガメッシュの立つ屋根よりも、遥か高みへと到達していた。
月の輝きを受け、ようやくその姿をはっきりとらえられるようになった男の姿は、偉大な彫刻家が魂を込めて掘り出したように美しかった。翼になった腕と、頭部に生える三本の鋭い角による異形さも加わって、原始の神のような姿であった。
否――『ような』では、なかった。
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「………ここまでだな」
ダーニックは疲弊した体で、息を切らしながら呟いた。
一時間ほどの戦いで、魔力の供給はもはや限界であった。
戦いの結果を見て、ダーニックは思う。自分の選択は正解であったと。
遠坂時臣が、英雄王ギルガメッシュの召喚を狙っているという情報を得たダーニックは、対抗できる英雄を定めた。
あらゆる英雄の原形となった、最強の英雄を倒すためには、英雄を超えた存在――神霊を呼ぶしかない。だが、聖杯戦争のシステムでは神霊は召喚できない。そこで、ダーニックが召喚したものは、神よりも更に神であって、ゆえに神ではない存在。
神の原形。十万年もの古き時代、原始の人類から、神や悪魔として崇め畏れられた生命体。
かつてナチスドイツに協力したダーニックだからこそ、そのツテによって手に入れられた触媒――その生命体の小指の先ほどの肉片――を用いて、召喚に成功したサーヴァント。
『黒のセイバー』―――究極生命体カーズ。
十万年の歳月を生きたうえで蓄積された神秘は、他のサーヴァントなど足元にも及ばず、宝具による防御でもない限り、触れただけで喰らい消化することができ、あらゆる生物に変身でき、その力を完璧に操る。今もっていない技術さえ、少し目にしただけで学べる知性をも兼ねそろえた、まさに究極の怪物。
欠点としては、その強さゆえに魔力供給も多いことと、宝具を持っていないことだ。だが、魔力供給に関しては補助アイテムなどを事前に準備してある。召喚されたサーヴァントの中で、唯一宝具を持っていないことに関しても問題ない。その肉体による攻撃は、それだけで既に宝具級だ。むしろ魔力供給が少なくてすむ分、良いことでさえある。
「問題は、彼が聖杯にかける願いだが………」
今のカーズはいわば、生霊のような存在だ。本来のカーズは死ぬこともできぬままに、宇宙空間をさまよっている。宇宙から地球に帰還することこそが（地球の理の外へと行ってしまったカーズに、聖杯の力が及ぶかはわからないが）、彼の望みだ。
だがダーニックとしてはそんなことを許すわけにはいかない。カーズが地球に再臨すれば、今の地球と人類は大変なことになる。
そこで交渉し、『第二魔法を使って、別の次元の、別の地球に行く』ことを望みとしてもらったが、まだ油断はできない。
なにせ、カーズは人類を蔑視し、特に魔術師などはまったく認めていない。カーズからしてみれば、神秘だの信仰だの、周囲の環境に左右される力である魔術など、価値の無いものであるらしい。不変にして不老不死、完璧なる存在にならんとしてきたカーズにとって、魔術などという移ろいやすい力は、いくら強力であっても使う気にはなれないものだった。
もちろん、使おうと思えば使える。肉体を改造して魔術回路を形成し、神代の魔術でさえ、人間の数百倍の威力で使用できるだろう。はじめて見た魔術であってもすぐさま学び取り、使いこなせるに違いない。だがカーズはそうはしない。魔術などよりも自分の肉体の方が強いと誇っているからだ。魔術師相手であったら、相手の得意分野で戦ってやって容易く勝利し、心身を叩きのめし嘲笑ってやるために、魔術を使うこともあるだろうが。
そんなカーズが『第二魔法』による願いの達成を認めるだろうか？ 魔術師風情である自分との約束など反故にしないだろうか？ それがダーニックには気がかりだった。
「令呪は大切にしなくてはならないな。あとは自陣の別のサーヴァント………カーズをも倒しうる可能性は得たが………まずは他の陣営を倒し尽くしてからだろうな」
カーズの実力を見定めるために行った戦いだったが、その成果は予想以上だった。
カーズは翼によって空から強襲したのを初撃とし、羽毛を鱗へと変えるとそれを弾丸のように発射し、ギルガメッシュへのお返しのように降り注がせた。ギルガメッシュが盾を取り出し鱗の弾丸を防ぐと、弾いた鱗がカラスほどの大きさもあるスズメバチへ変わり、ギルガメッシュを取り囲む。それらをも矢で迎撃したギルガメッシュに、更に腕から三日月のような刃を生やして斬り込んでいく。
その後も次々と姿を変え、デンキウナギの電撃やイルカの超音波攻撃など、多様な生物の能力を用いて戦うカーズと、ゲイ・ボルグやデュランダルなど、数々の伝説の宝具の原型を、惜しげもなく連投するギルガメッシュ。
まさに神話・伝説の再現。いや、神話・伝説でさえ、これほど豪勢な戦いが果たしてあっただろうか。
勝負はつかなかったが、今回は互いにお遊びのようなもの。本勝負は次の機会だ。
「初戦としては十分だろう。しかし………遠坂には悪いことをしたな」
全然悪いと思っていない微笑みを浮かべたダーニックは、全壊して瓦礫が残るだけと成り果てた遠坂邸から、カーズを退かせたのだった。
◆
「あんた一体なんなのよっ！！」
少女の怒声が夜の空気を震わせた。周囲を気遣って大声ではないが、声に含まれた怒りの強さは誰であっても理解できる。
その少女、遠坂凛が今いるところは、夜の海に浮かぶボートの上であった。
そのボートには凛の他にもう一人、搭乗者がいた。この少女が、ツインテールにした黒髪を揺らすほどに、身を震わせる怒りを見せる相手が乗っていた。
「うるせーなぁ〜〜。僕はやかましいガキと、聞きわけの悪いガキは嫌いなんだから、少し黙っててくれ」
その凛を、靴の裏にくっついたガムを見るかのように、嫌そうに扱っている男がその相手。
見たところは若々しく、まだ二十代というところだ。耳にペン先を模した形の耳飾りを下げており、手にはスケッチブックと鉛筆を抱えている。
「何言ってんのよ！ あんた私のサーヴァントでしょ！ バーサーカー！！」
「確かに、僕は君に召喚された『黒のバーサーカー』だが、かといって君の指図に従う気はない。もう一度言っておくが、令呪で命令しようなんてするなよ？ 君には既に、僕に対して攻撃できないように、『書き込んで』あるからな」
まだ小学生である遠坂凛が、サーヴァントを召喚したのはまったくの予定外であった。
彼女としては、いつもの魔術の基礎的な訓練を行っていただけだったのだ。ただ、彼女が時臣から渡された練習のための書物の中に、『うっかり』聖杯戦争に関連する資料がまざっていたことと、凛がそれを見ながら『うっかり』魔術を使ったことが変な作用を引き起こし、聖杯と『繋がって』しまったらしい。
そんな無茶苦茶な召喚によって呼び出されたサーヴァントは、凛に対し通常ならどのようなサーヴァントでも行う、マスターの確認作業よりも前に、少女に向けて指を突きつけていた。
（それから………何があったんだっけ？）
凛はその後のことを憶えていない。ただ、自分がサーヴァントに何かをされて、サーヴァントに対し、令呪の行使や魔力供給の遮断などの、あらゆる反抗の手段を封じられてしまったこと。
母である葵にも同じような何かがなされ、サーヴァントの存在にも、凛の行動にも疑問を覚えなくなってしまったことだけは、理解できる。
「まあ、それ以外に君らに書き込む気はない。ネタが不自然になるからな。君は人気の出るキャラになりそうな予感がする。僕の作品にとってプラスになる限りは、君を僕のマスターとして認めるよ。危害を加える様な真似はしないし、他のサーヴァントからも護ってやるさ」
「だったら！ 言うことを！ ちゃんと聞いて！ お父様の助けに！ なりなさいって！ 言ってるのよ！！」
「だが断る。君には魔力を、君の母親には家と食事を、それぞれ提供してもらっているから助けるが、まだ会ったことも無い君の父親には、恩も義理も無いし、助けてやる理由も無い」
「あぁぁぁぁぁ！！ もぉぉぉぉぉ！！」
地団太を踏んで喚く少女の姿を、さっとスケッチする。マスターの憤怒も、このサーヴァントにとっては『ネタ』にすぎない。この自分勝手にどこまで我が道を行く精神、人の話を聞かない姿勢。言葉をかわせるようでいて、やはり彼も根は『狂戦士（バーサーカー）』なのだ。
「おっと、ちょっと静かにしてろよ？ ようやっと、あの『赤のランサー』らしき男への、挑戦者が現れたようだ」
バーサーカーはボートから見える、倉庫街の岸辺に視線を戻す。そこでは二本の槍をもったなんとも美しい男が、新たに現れた者たちを歓迎している姿があった。
◆
『偉大なる英雄を首領に仰ぎ、その一命に件と命を託す。これこそが騎士たる誉れ。吟遊詩人に謳われて語り継がれるべき、輝かしき武人の本懐』
『これで戦いの年季の違いというのがよぉーくわかったじゃろう。【相手が勝ち誇った時、そいつは既に敗北している】』
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獅子劫界離が選んだ英雄は、ごく最近の英雄である。いや、最近どころではなく、今まだ生きている現代の英雄だ。
普通ならあり得ない選択である。魔術の世界では古いものほど神秘は深く、力は強い。現代の英雄の神秘など無いも同然だ。
しかし界離はそれでもなお、それだからこそ、彼を召喚すべきだと考えた。
敵となるサーヴァントはそれこそ強い英霊ばかりだろう。どんな英霊の触媒を使っても、確実に勝てる保証はない。これぞという英雄であっても、上には上がいるものだ。ならば、考え方を変えるべきだ。
上には上がいるのなら、格下でありながら格上を倒した英雄を召喚すればいい。自分より強い者を倒した英雄を召喚すればいい。それならば、どんなに強い敵がいても、勝つ可能性を見出してくれるだろう。
そして、界離が選んだ英雄はまさにその意味で最高の英雄だった。
真祖に勝るとも劣らぬ怪物を打倒した英雄。『神』を追放した英雄。
界離はそれを求めて召喚し、そしてその期待は裏切られなかった。
「うーん。やっぱアサシンは生きてるみたいじゃのう」
界離が見ている写真には、複数のアサシンが写っていた。
『黒のランサー』のスキル、【深秘を見抜く隠者の紫（ハーミット・パープル）】の力で念写したものだ。『黒のランサー』も知らず、どこにあるのか、あるのかどうかの予備知識さえない情報をも得ることができる。一度使うごとにカメラが一つオシャカになるが、その程度は安い買い物だ。
スタンドというスキルは界離が思っていた以上に有用だった。
界離が知っているスタンドについての知識は乏しい。もともと、スタンドはスタンド使いにしか知覚できないため、魔術師であってもほとんど調査できないのだ。
ただ、１９８０年代にとあるスタンドの組織が、エジプトのカイロを本拠地として存在していたことは聞いている。この組織の首魁を倒したのが、『黒のランサー』一行であるという話だ。そのあたりを聞いてみて、界離は中々ショックを受けた。自分も戦場を駆け巡ってきたが、本物の英雄のそれとなると流石に異常さのレベルが違う。
（ＤＩＯか………時計塔も奴らには手出しできなかったんだよな。なんでもアトラス院の保護下にあったとかいう話だが）
エジプトのアトラス山脈にある、時計塔と並ぶ魔術協会の三代部門の一つが『アトラス院』である。錬金術師たちに運営されるこの機関は、初代院長が演算した『世界の終末』に打ち勝つための兵器を造り続けているという。
スタンド使いの主であるＤＩＯは、『運命』を超越する力を求め、アトラス院はその力によって『世界の終末』の運命を変えてもらうという契約の下、ＤＩＯに協力していたという。『ＯＶＥＲ ＨＥＡＶＥＮ』と名付けられたＤＩＯの研究は、完成まであと一歩のところまで迫っていたという話だ。
（もし完成するはずだったのなら、『黒のランサー』は世界の救いを潰した大悪人ってことになるのかねぇ。とはいえ、ＤＩＯとか言う奴が話通りの奴だとすれば、そんな奴の『天国』なんざ願い下げだけどな）
煙草をふかしながら、脇道にそれた思考を修正させ、作戦を練る作業に戻る。
「アサシン………分身をつくる能力か宝具ってことだろうな。それと、アサシンを『喰った』男」
「カーズに間違いないな。まったくとんでもねえのを呼び出したもんじゃ。一応勝った相手だが、ありゃー奇跡だったからのー」
かつての強敵が召喚されていることに、『黒のランサー』は怯えたような表情をつくるが、目は全く死んでいない。むしろ生き生きと前を見据え、僅かな希望に喰らい付こうと輝いている。この強い意志こそが界離の求めていたものだ。
こいつとなら勝ち抜けると、界離は再度確信するのだった。
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その夜、『赤のランサー』ディルムッド・オディナがその男、『黒のランサー』を初めて見た印象は、【気に入らない男】であった。
見たところ６０代を越えている年齢だが、体つきは十分に逞しく、身のこなしも軽やかで一流の戦闘者のものと見てとれた。顔つきも精悍で、白髪やひげも、老いた弱さより、積み重なった年代の強さを感じさせる。だが、その身にまとう空気と言ったものは、命がけの戦いには相応しからぬ、明るく軽いものだった。
「ハロォ〜〜〜、ご機嫌いかが〜〜？ ハッピー、うれピー、よろピくねーー！」
挑戦者を望むランサーの前に現れた『黒のランサー』は、ディルムッドの闘志を容易く受け流し、調子のいい笑顔を浮かべて、ふざけた挨拶をかましたのだった。
「貴様………ふざけているのか？」
「まったくです。尋常なる決闘を求める騎士に対し、無礼なことを。遊びに来たのならばどきなさい。彼とは私が戦います」
ディルムッドは、言葉のリズムと共に手を振ってくる『黒のランサー』に、刺々しい言葉を投げる。『黒のランサー』とほぼ同時に倉庫街に顔を見せた、『赤のセイバー』アーサー王――アルトリア・ペンドラゴンもまた、険しい顔つきになり、『黒のランサー』を睨む。ディルムッドはアルトリアに対しては好印象を抱いた。その身にまとう清々しい剣気からしても、刃を交差させれば、きっと素晴らしい戦いを味わえるだろうと。
だが、戦いの女神がいるとしたら、その日、彼女はディルムッドに微笑まなかったのだ。
「あー、あんたら『俺の前で決闘を侮辱するな』ってタイプかの？ 苦手じゃのーそういうの」
頭を掻きながら、『黒のランサー』はその手に、己の武器を現し、掲げる。それは大型のスレッジ・ハンマー。『黒のランサー』はそれを振り回しながら、ディルムッドとアルトリアの間でウロウロと歩き回り、オーバーアクションで身ぶり手ぶりをしつつ、ブツクサと舌を動かす。
「まー、わしは『槍騎士』って言っても、そもそも槍も持ってないし、このハンマーが長柄武器繋がりってことで、わりと無理矢理このクラスにねじ込まれたようなものなんだけどのぉ。これ使ったのは若いころだったし、どうせならそのころの姿で召喚してほしかったわい」
「随分おしゃべりなようだが、その口を噤む努力をしてくれ。あるいは戦う気がないのなら、失せてもらおう。俺は彼女と戦う」
ディルムッドは愚痴を続ける『黒のランサー』への興味をほとんどなくし、『黒のランサー』を挟んで向こう側に立つアルトリアを、戦いの相手と定め、槍を向ける。アルトリアもまた、目には見えぬ剣を構え、その戦意に応じていた。
「オー！ ノーッ！ わしの嫌いな言葉は一番が〈努力〉で、二番目が〈ガンバル〉なんだぜー？ でもまぁ、おしゃべりは終わりにしようかのぉ！ もう『時間稼ぎ』も必要なくなったとこだしな！！」
妙に人懐っこい悪戯者の笑みを浮かべ、『黒のランサー』がその手を振るった。すると、その手に握られていた『紐』が引かれ、一斉に動き出す。
「！？ これは！！」
ディルムッドは、いつの間にか周囲を『紐』に囲まれていた。それは『黒のランサー』が歩き回りながら、オーバーアクションをとるふりをしながら投げて、絶妙に配置していた『紐のトラップ』。ディルムッドがアルトリアへと視線を向けているうちに完成していたそれは、今まさに発動し、ディルムッドに巻き付き、その身を締め上げた。そしてその紐には不思議なエネルギーが流れており、ディルムッドの体に痺れるような負荷を与えてくる。
「ぐああああ……ッ！！」
体の自由を縛られ、苦悶の声をあげるディルムッドに対し、
「やっチッたァァァァーーーッ！！」
野球の試合で激戦の末に勝利した、高校生ピッチャーのような爽やな笑顔を、『黒のランサー』は浮かべていた。
「この聖杯戦争は命を賭けた、ルール無用のデスマッチ！！ 生き残るためには手段は選ばんもんネ〜〜〜ボクちゃん！ ルンルン♪」
初老の男にしは似合わぬはずなのに、実際は妙に似合う軽い言葉遣いで、憎たらしく口にしながら、『黒のランサー』はディルムッドへと駄目押しの一撃を与えるため、己の得物であるスレッジ・ハンマーを、凄くイイ笑顔で振り上げるのだった。
それが、『赤のランサー』ディルムッド・オディナと―――『黒のランサー』ジョセフ・ジョースターの最初の出会い。
最も騎士道に忠実なケルトの戦士と、最もジョースターらしからぬジョースター。
誰よりも真っ直ぐ正しく生きながら、主人の妻を奪うこととなり、愛の逃避行によって、その命を失った男と、奇抜に自分の道を好き勝手歩み、不倫して隠し子までつくりながら、愛され続けて生きた男。
まったく正反対の槍の英雄が織り成す、戦いの幕開けであった。
◆
『至弱、極小、大いに結構。この芥子粒に劣る身をもって、いつか世界を凌駕せんと大望を懐く。この胸の高鳴り……これこそが征服王たる心臓の鼓動よ』
『僕はまだ【マイナス】なんだッ！ 【ゼロ】に向かっていきたいッ！』
・
・
・
そのサーヴァントが召喚されたとき、ダーニックはこの聖杯戦争において、運命は自分の味方をしているのではないかとさえ、思ってしまった。
上手くすればあるいは、という程度での考えであったのだ。その触媒――とあるレースの優勝トロフィー――によって召喚できる英霊ならば、それなりの力は有するだろうと考えていたが、願わくばその人物であればいいと、願っていただけだった。
そしてその願いは完璧に叶った。
そのサーヴァント、『黒のライダー』は、表向きには歴史に名声を残すような人物ではない。
元々はイギリス貴族であったが、本家と分かれた後に没落し、アメリカに渡った家の一族である。その本家も１８８９年に当主が新婚旅行中、乗っていた船が沈んだ際に死亡し、血は残ったものの、貴族としては消滅している。
『黒のライダー』は１８９０年９月２５日に開催された、北米大陸横断レースに参加し、優勝候補の一角となったが、最終ステージで落馬、負傷し、惜しくも失格となった。
調べてもおおむねその程度の情報しか出ないだろう。
だが、裏の世界においては話が違う。
あのレースの影では、ある【途方もないモノ】を巡った争いが進行していたのだ。
それこそ、『聖杯』など話にもならないほどに、下手に名を呼ぶことさえ憚られる、とんでもない代物であった。それを目的とし、魔術師も聖堂教会の代行者も歴史浅き新大陸に、こぞって群がったのだ。
だが、彼らのことごとくはレースから排除された。そのレースを開催するために裏表の両側から手を回していた、当時におけるアメリカの最高権力者の手の者によって。
すなわち、第２３代アメリカ合衆国大統領、ファニー・ヴァレンタインによって。
当時の資料によると、時計塔からは５０人の魔術師が、大統領の暗殺をも視野に入れてこのレースの崩壊を目的に派遣された。そして、そのほとんどが殺され、生き残った者もほぼ再起不能の重傷を負った。
ある者は内側から切り裂かれ、体を破裂したようにバラバラにされた。またある者は、突如空中から垂れ下がったフックに喉を掻き切られ、ある者は、遥か古代の捕食生物の群れに喰い裂かれ、ある者は、時を戻すという魔法に匹敵する力を持った男に銃殺された。
魔術師たちが全て始末された後も、教会から派遣された、敵と同じような能力を持つ修道女だけは最後まで残ったが、彼女もついにはヴァレンタイン大統領によって殺害された。
だが、彼女からの情報から、ヴァレンタイン大統領と最後まで争い、【途方もないモノ】を奪い合った男がいたことがわかった。
その男こそが、今回召喚された『黒のライダー』である。
魔術師５０人に、教会からの刺客、全てを殺し尽くし、今なお魔術師たちの理解の及ばぬ相手、古き歴史を覆しうる、驚異の新たなる神秘たる『スタンド使い』―――その軍団に勝利してきた男。
そして状況から推測すれば、最終的には姿をくらませた【途方もないモノ】を所有するに至った男。
そして、召喚されたその男は、【途方もないモノ】を持っていた。『黒のライダー』自身、あまりに凄まじすぎて使えないため、宝具ではなくスキルの一つとして所有しているのだという。
うまくすれば、【途方もないモノ】を利用して、異常をきたした聖杯を浄化できるかもしれない。どんな邪悪なバグに侵されようと、【途方もないモノ】こそは『死』さえも癒した、最も大いなる存在なのだから。
ダーニックにとって都合が良すぎるまでに最高の偶然であったが、フィオレが召喚したという時点で、『黒のライダー』が召喚されるのは必然であったのかもしれない。
フィオレの、動かぬ足ゆえに。触媒以上にマスターとサーヴァントを結び付ける、その繋がりゆえに。
フィオレが『黒のライダー』に己の願い――『自分の足で立ち、歩きたい』という願いを聞かせたとき、フィオレは『黒のライダー』が、嗤うか、馬鹿にするか、するかもしれないと思っていた。聖杯にかけるにしてはあまりにちっぽけに思える願いだったからだ。
だが『黒のライダー』は、そのどちらもせず、しかしただ優しく慰めるでも、同情するでもなく、
「なら、勝とう。君と僕とで、絶対に勝ち抜くんだ」
決意を込めて、己が魂に刻みつけるように、言葉を放った。
そしてフィオレと『黒のライダー』は、本当の意味でのパートナーになった。主従というよりは、戦友として。
そして今、『黒のライダー』はユグドミレニアの先陣を切って、舞台に立つ。
初めにいい一撃を浴びせたジョセフと、痛撃を浴びても束縛からは脱出し、報復の槍を振るうディルムッドは、『赤のセイバー』をよそに、１対１の戦闘に入っていた。
手持無沙汰になってしまった『赤のセイバー』に、『黒のライダー』は声をかける。
「こんばんわ、セイバー。あのランサー二人が戦っている間、よければ僕が君の相手を務めるけれど、どうする？」
その指先には、親友に与えられた【牙】が回転していた。
・
・
・
ブズッ！！
また一つ、セイバーの足に穴が開いた。
「ッ！」
傷自体は致命的ではない。すぐに癒せる。しかし痛みと欠損により、足の動きがどうしても鈍ってしまうのがまずい。
（弾丸で傷をつけるのではなく……弾丸で開いた穴自体が追跡してくるとは。これは防具などでは防ぎようがない。幸い時間制限はありますが………）
一つや二つならともかく、十個近くの穴が、効果的に配置され取り囲んでくる。走って逃げようと跳んで逃げようと、逃げ道に一つは穴が待っている。
初めの方に見せていた【勝利を指差す牙の回転（タスク）】を超越した殺傷性を誇る、【敬意を払う黄金の牙（タスク・ＡＣＴ２）】。しかもこれは宝具ではなくスキルであるため、魔力使用量が少なくて済む。つまり、長期戦にも向いているということだ。
（こうなれば、傷を負う覚悟で正面から突破し、一気に斬り払うことにしましょうか………）
まだ何かを隠している様子はあるが、このまま逃げ惑っていても仕方が無い。幸い、直接的な戦闘力ならアルトリアの方が上である。【風王結界（インビジブル・エア）】の封印を解いた時に起こる突風の勢いを利用して突っ切れば、正面突破も難しくない。
そんなアルトリアの目を見て、『黒のライダー』――ジョニィ・ジョースターは相手が腹を据えたことを悟る。
（仕掛けてくるな。ならば、こちらも………）
アルトリアの攻撃への対応ではなく、その攻撃を上回り撃破する『漆黒の殺意』を燃やし、ジョニィは指を強く伸ばす。
「【牙が穿つは次元の渦（タスク・ＡＣＴ３）】………見せるか」
互いに強力な一撃を決めようとした時、戦場に、雷の轟きを纏いながら、雄叫びをあげる戦車が突進した。
「ＡＡＡＡＡＡＬａＬａＬａＬａＬａｉｅ（アァァァァァララララライッ）！！」
派手過ぎる登場に、アルトリアもジョニィも、ディルムッドもジョセフも、呆気にとられる。
「双方、武器を収めよ。王の御前である！ 我が名は征服王イスカンダル。此度の聖杯戦争においては、ライダーのクラスを得て現界した！！」
『赤のライダー』の登場であった。
◆
『�犂萎�なる王�� に仕えた�犂萎�なる騎士�瓠宗修修λ召泙譟�託され、それに殉じるしか許されなかった男。その人生は当人のものではなく、騎士道を崇め奉る全ての人々のものだったのだ』
『僕は�狷匹鵑任發蕕Δ燭甅瓩縫泪鵐�を描いている！ �狷匹鵑任發蕕Δ燭甅瓠� ただそれだけのためだ。単純なただ一つの理由だが、それ以外はどうでもいいのだ！！』
・
・
・
征服王イスカンダルの突然の登場と勧誘によって、混沌となった戦場に、その男はいきなり現れた。
男は４人ものサーヴァントの間を、真っ直ぐに駆け抜け、イスカンダルへと走っていく。その男がサーヴァントであることはすぐに察せられたため、攻撃を仕掛けない理由は無かったのだが、誰もがあまりに堂々と姿を現していた彼に驚き、攻撃をかけるのを一瞬ためらってしまったのだ。それは男の真名を知るジョセフも含めて。
そしてイスカンダルはこっちに迫ってくる男――『黒のバーサーカー』を警戒しながらも、殺気というものが感じられないため、斬り払っていいのかどうか、この征服王にしては珍しく迷いを持った。
そんなイスカンダルに、男は指差して叫ぶ。
「【魂めくる天国の扉（ヘブンズ・ドアー）】！！」
イスカンダルの顔が、肌が剥がれるように捲れ上がった。捲れた肌は何枚にもなっており、内側には文字や記号が羅列している。イスカンダルの顔が、そのまま書物となったのだ。
「え！？ えええ！！？」
イスカンダルの傍らにいる少年魔術師はわけがわからずわめくが、それを無視して『黒のバーサーカー』は戦車に飛び乗り、イスカンダルという『本』のページをめくる。
「む！ これは！ 父親フィリッポス２世の死の真相は！ 最初にして最強の敵と言われたメムノンの病死にそんな秘密があったなんて！ ミトリネスってあいつ、降参してサルディスの砦を明け渡しただけじゃなかったのか！ こんな活躍、これは英霊になるだけのことはある！！ ペルセポリス炎上や、フィロタスやクレイトスの死のドラマ………凄いぞッ！！ 最高だッ！！」
バーサーカーというクラスゆえに上がった身体能力を駆使して、一気に『本』を読み進める『黒のバーサーカー』。ものの数十秒の速読で、イスカンダルの人生をざっと読み終えてしまった。読んでいる間、その背中は無防備だったが、誰もがその行動について行けず、ついつい見過ごしてしまった。
「最高だ！ 康一君の体験を読んだとき以来の、最高のネタだッ！！」
「な、何をしとるのか貴様は！」
流石のイスカンダルも、興奮し過ぎた『黒のバーサーカー』に対し、怒りより気色悪さが湧き、剣を振るおうとする。が、剣が抜けない。
「ど、どうしたんだよライダー！？」
「あー、悪いけど、君にはすでに安全装置をかけてある。この『岸辺露伴には攻撃出来ない』………とね」
今さっき読み終えた記憶から、特に重要そうな部分をメモしている『黒のバーサーカー』が、ウェイバーの疑問に答える。
「でも別に僕以外との戦いに支障はないさ。この聖杯戦争でも存分に大暴れしてドラマをつくり、僕にネタを提供してくれ」
「………何者なのだ貴様？」
本の状態から元に戻ったイスカンダルが問いただすと、『黒のライダー』は悪びれもせずに言い放った。
「僕は『黒のバーサーカー』………漫画家さ。聖杯にかける望みなんてのは無い。ただこの聖杯戦争で一人でも多くの英雄の記憶を見て、英雄が戦い合うのを肌で感じて、リアリティのあるネタを集めることが目的だ！ 最高の漫画を描くためにね！！」
「そ、それなら何も英霊をネタにしなくても、聖杯に、『最高の漫画を描かせてくれ』って頼めば……」
ウェイバーの言葉に、岸辺露伴は心から呆れたというため息をつき、
「オイオイオイ、たかがコップなんかに、漫画の何たるかが分かっているわけないだろう？ いや、たとえ聖杯が漫画をかけようとも、それが僕の漫画を超えられるわけないじゃないか。僕は人類史で空前絶後の最高の漫画家なんだぜ？」
聖杯をコップ呼ばわりし、英雄王でもここまで傲慢になれるものかという自負を胸に、岸辺露伴は断言する。
「なあ『赤のライダー』。あんたはこう嘆いていたそうだな。『アキレスにはホメロスがいて、イリアスという作品をこの世に残してくれたが、自分にはホメロスがいない』と。確かにあんたの英雄譚のほとんどは失われてしまったが、もう嘆かなくてもいい」
自信満々に言い放つ。
「この僕が、あんたのホメロスになってやる！！」
『黒のバーサーカー』―――岸辺露伴。
他者を本にし、情報を読み取り、新たな情報を書き込むことで、その人間を自殺させたり、洗脳して手駒にしたりすることも、容易く行えるサーヴァント。上手くすればどんな強敵にさえ勝利できる、優勝を狙えるサーヴァントでありながら、その力をただ漫画のネタ集めのためだけに使う、変わり者。
その狂気と暴走が、今、本格的に始まった。
・
・
・
次々と戦場に乱入するサーヴァントたちだったが、ついに最後の乱入者が現れた。
黒い甲冑姿の英霊。その周囲は黒い霧のようなもので包まれ、その正体を見極めさせない。
「――――！！」
聞きとれないような奇怪な叫びをあげ、【赤のバーサーカー】は跳躍し、アルトリアに襲いかかる。ジョニィやディルムッドのマスターの思惑も重なり、混戦も免れないと言う状況になりつつあったが、
「【魂めくる天国の扉（ヘブンズ・ドアー）】！！」
岸辺露伴がいつの間にか近寄り、【赤のバーサーカー】を本に仕上げていた。純粋な戦闘能力はこの場で最弱であり、能力を使う前に殺される危険性があるにも関わらず、乱戦の中に物怖じせず突き進んでいく彼は、確かにバーサーカーの名に相応しかった。
ともあれ、岸辺露伴はすぐさま【赤のバーサーカー】のページをめくり、アルトリアがすぐ近くで対応に困っている前で読み始める。
「あ、あの、私は一応、貴方の敵なんですが………」
「あー、後で美味いものでも奢るから、ちょっと待っててくれ。えーと………うん？ こいつ、あの『湖の騎士』ランスロットなのか？」
「！！？」
生前、自分の最高の部下の一人として、円卓最強を誇った騎士が狂戦士と化して、自分に襲いかかってきたという事実を知り、アルトリアは驚愕と混乱に襲われる。だが岸辺露伴は気にもせず、声に出してランスロットの記憶を読み上げた。
「なになに？ 『自分はギネヴィアを救いたかったけど救えなかった』『かといって、あんなにも偉大で正しい王を憎むこともできなかった』『自分は国を割り、王の名を辱め、そのうえ裁かれ報いを受けることもなかった』『裁かれていれば、罪人としての自分を受け入れ、贖罪の道を進めたかもしれない』『だが許されることで、贖罪の道さえも断たれてしまった』『王は人の心がわからない』『どうすればいいのか、どうすればよかったのか』『いっそ狂える獣であれば、騎士で無ければ、騎士でなく男として、忠臣でなく人として、王を憎悪していたなら、ギネヴィアを救えていたかもしれない。こんなに悩み苦しまなくてすんだかもしれない』『だからバーサーカーとして召喚された』………」
その場の全員がランスロットの内面に触れ、ランスロットの苦悩を知る。特にアルトリアは、ランスロットがキャメロットを去った時『王は人の心がわからない』と言っていたことを思い出し、ランスロットがこうなったのは自分の責任なのかと、顔を蒼白にし、膝を折りそうになる。
そうして全て読み終えた後、岸辺露伴は感想を述べた。
「傍迷惑なヤローだな！ うじうじと悩んで問題悪化させて、行動したかと思えば状況引っ掻き回すばかり。自分に罪があるって自覚している癖に、責任の取り方まで王様頼り！」
無慈悲に斬って捨てた。全員がそこまで言うかと唖然とする中、岸辺露伴は冷徹に評価を下す。
「こんな『我儘』な奴を漫画に描いても、読者に好かれるはずがない！ こいつは使えんな………」
そして、
「けど、このまま暴れられても迷惑だから『狂化できない』と書き込んでおこう」
『赤のバーサーカー』ランスロット。
その狂気と暴走が、今、繰り広げられる前に終わった。
◆
壮大で派手な顔見せとなった第２戦が終わった。だがそれは新たな戦いの始まりでしかない。新たなる戦いの状況は、『赤のキャスター』の暴挙によって幕を開けた。
「『赤のキャスター』が、子供たちを攫って殺してまわっているらしいわ。そいつを倒すために、ルールを変えて、それぞれの戦いをいったん止めて、キャスターだけを倒すことに専念しなさいって」
凛が岸辺露伴に対し、教会が発表したルール変更を伝える。この歳で使い魔を操れるのだから大したものだと、褒める者が誰もいない中、凛はネタの整理をしている露伴に訴えた。
「だから？ そんなルールを糞真面目に守る奴なんかいないだろーし、僕だって従うつもりはないね。僕が『赤のキャスター』を止める義理なんかあるのかい？」
凛へと顔を向けもしない露伴に、少女は怒りの声をぶつける。
「子供たちが殺されているのよ！？ 義理とか損得とか言ってる場合じゃないじゃない！ それにひょっとしたら、私の友達や……桜が………」
最後の名前は小さな消え去りそうなものだったが、露伴のサーヴァントとしての聴覚には届いていた。
「………イイ子ぶるなよ。しんどい目に会うぞ」
少しだけ凛へと目を向けるものの、表情一つ変えずに、すぐに背を向けてしまう露伴を、凛は涙をこらえて睨んだ。露伴はそんな視線を背中に感じながらも、まったく気付いていないような素振りで、
「けど、悪い魔術師を追って、やっつけるっていうのは、いいかもな。面白い漫画が描けるかもしれない」
そう言うのだった。
◆
『我らは群にして個のサーヴァント。されど個にして群の影』
『【フー・ファイターズ】！！ 私のことを呼ぶならそう呼べ！』
・
・
・
カウレスは、ユグドミレニアで最初に召喚を行ったマスターである。彼にだけは触媒を与えられなかった。そもそも、人手の都合がつかずに選ばれただけで、才能に乏しい彼は、この戦いで全く期待されていなかった。ただ、聖杯大戦のシステムを起動させる程度に役立つサーヴァントが召喚できればいいと、それだけだった。
最初に召喚されたときは面食らった。黒いプラスチックのように見える肌に、白い仮面のような顔、細長い体躯、さながらＳＦのエイリアンのような姿。失敗して、異世界の怪物を召喚してしまったかと思った。
言葉も出ずに見つめていると、こちらの困惑が伝わったのか、『黒のアーチャー』はすぐに、可愛らしい顔立ちでありながら、鋭い闘志の籠った女性の姿へと変わった。
「プランクトンにだって知性はあるんだぜ。お前らよりも上等なくらいだ」
そう言って笑う彼女は確かに、倫理を持たない魔術師たちより、ずっと人間らしいだろうと、カウレスには思えた。
結果として、カウレスの引いたサーヴァント、『黒のアーチャー』は中々に当たりのサーヴァントだった。話によると、『黒のアーチャー』は本来、プランクトンの集合体であり、人間の霊である英霊として召喚されたのは、生前、人間の体を被るように入り込んで行動していたため、人間の属性がついているからだという。
戦闘能力も中々に高く、肉体を増殖させて分身をつくって操ることができる彼女は、アーチャーというよりはアサシンのような諜報活動に使われることになった。斥候としての行動は分身に任せ、本体の『黒のアーチャー』は、カウレスの傍で護衛をしている。
そしてマスターであるカウレスに、ジョニー・デップの映画について語ったり、そばかすをからかったり、キャッチボールに誘ったりするのだ。
「お前、なんでそんなに構うんだ？」
あまりに構ってくるので、カウレスは直接問い質すことにした。マスターと友好関係を築きたいというのはわかるが、戦闘に問題無い程度に関係を保てていれば、それでいいはずである。
それに対して、『黒のアーチャー』は答えた。
「『思い出』をつくりたいからよ。それが『生きる』と言うこと」
彼女、と呼んでいいのかわからない、性別不詳の生物は説明した。
「本当の『知性』というものは、『思い出』が積み重なってつくられるものだ。『思い出』がなければ、心があってもそれは機械的な『知識』でしかない。『生きる』という行為は、『思い出』が増えて、積み重なっていくこと。そして、自分を自分にして生かしてくれた『思い出』が、細胞に勇気を与え、強い力となるの」
それは魔術師にはない考え方だ。他のマスターであれば理解できないことであっただろう。魔術師は基本的に個人主義者で、利益が無いかぎり、他者と触れあうことはしない。他者との交流が力になるなど、笑われるだけだ。
だが、才能ある姉のスペアとして育ち、魔術師としての心根を根付かせなかった彼には、多少の共感もできた。ただ、まだわからないことがある。
「だからって、僕でなくてもいいだろう。『思い出』をつくるなら、姉さんのサーヴァント……『黒のライダー』とも結構仲がよさそうだったじゃないか」
というより、彼らの陣営のサーヴァントで交流を取ろうとしているのは、『黒のアーチャー』と『黒のライダー』だけである。『黒のセイバー』と『黒のキャスター』は、他のサーヴァントと顔を合わせることさえしない。
自分でなくてもよいというカウレスの言葉に、『黒のアーチャー』は首を振った。
「私はあんたにも『思い出』をつくってほしいのよ、マスター。あんたは昔のあたしに似てる気がするんだよね。誰とも触れあわず、機械のように日々を過ごすだけ。それじゃあ強くはなれない。戦いに生き残るためには、それじゃ駄目さ」
確かに、カウレスは魔術師としても、普通人としても、半端な状態である。魔術師として生きるとしても才能がなく、一生かかっても大した成果は残せないだろう。とはいえ、魔術師以外の生き方も想像がつかない。
そんな半端な状態であるためもあって、カウレスには親しい友人はいない。『思い出』をつくれる相手はいない。それで困ったこともなかった。
「………お節介だ」
「かもね。けど、嫌いな相手ができるってのも、一つの『思い出』になるだろう？ できれば好いてほしいけどね」
そう言って笑う『彼女』に、カウレスは目を奪われる。『彼女』は人間ではないにも関わらず、カウレスよりもずっと人間らしく、人間として立派に生きたのだろう。今まで、夢も希望も持たず、姉のスペアとしての人生を、まさに機械的に生きてきたカウレスにとって、『彼女』――『黒のアーチャー』ＦＦは、彼に深く関わろうとしてきた初めての存在でありた。その鮮烈さに、カウレスは自分の胸に『熱』のようなものを覚えていた。
（………『彼女』？）
なぜ『彼女』などと感じるのだろう。このＦＦは、本来性別を持たないプランクトンだというのに。召喚したときの黒い怪物じみた姿を思い起こそうとするが、どうにも微笑む『女性』としてのＦＦの姿ばかりが脳に焼き付いている。
（………なんてこった）
カウレスは、絶望的な気持ちで頭を抱えた。ＦＦはそんなカウレスを見て首を傾げる。
（こんなのってあるか。どうやら僕は、このプランクトンの化物に恋をしてしまったらしい………）
・
・
・
聖杯戦争の停滞は、ユグドミレニアとしても望むところではなく、カウレスとＦＦは、ジル・ド・レイの探索を任された。分身にも多少の力と知能はあるが、いささか動物的で、本体のＦＦには敵わない。情報の精度を求めるなら、本体も動かなくてはならない。
無論、それは危険を伴う行為である。
「覚悟はしていたけどさ。こいつはまたやばいね。私から離れるんじゃないぞ、マスター」
「あ、ああ」
周囲を囲むは、十数体の『赤のアサシン』百の貌のハサンであった。
「………人間の姿をしているが、我らの内の一体が所有している感知能力が、貴様の正体を暴いている」
「おぞましい怪物め。貴様ごときに、我らの悲願を邪魔させはせん」
「三流のマスターともども、ここで始末させてもらおう」
周囲のハサンたちが口ぐちに言う。
「悲願ねぇ。宗教的暗殺者として、神様の敵を殺すことに人生を捧げたあんたらが、一体何を望むっていうんだ？」
ＦＦとしては、返事を期待してのものではない。周囲の状況、敵の位置関係を完全に把握するのに必要な時間を得るための、言葉の応酬であった。だが、ハサンの人格の中に、口が軽い者もいたらしく、答えが返ってきた。
「我らの悲願は人格の統合。無数に分裂する以前の、真なる人格。本当の自分を知ることなり」
「………へえ。自分の顔を削いで、己自身をさえ殺してきた奴に『本当の自分』なんてあるのかい？」
ＦＦの声には嘲笑と侮蔑があり、それが自己嫌悪からきていることにカウレスは敏感に気付いていた。
「貴様………人外の者が、我らを侮辱するか！」
「そうはいってもね、あたしからしてみれば馬鹿馬鹿しくってね。自分が本当の自分かどうかとか、そんなものがわかったところで、その自分を見てくれる相手があんたにはいるのかい？ ただ生きているだけじゃ『生きてる』ことにはならないんだぜ？」
ＦＦは自分自身でも妙なほど怒っていた。まるでこの相手は、昔の自分のようだった。『星の宿命を背負う少女』や『口づけのシールを持つ女』に出会う前の、ただ与えられた使命を行っていただけの、自分だけを守り続けていた自分のようだった。
だが今は違う。自分は、自分だけではない。自分以外に護りたい者があり、自分と共に立ってくれる者がいる。
「重要なのは、『本当の自分』を見せられる誰かがいるってことだろう？ あんたに、死ぬ間際に『さよなら』を言えるような誰かがいたかい？ あたしにはいたぜ。だから絶対、あたしの勝ちだ！！」
ＦＦは己の手を銃へと変える。敵の数は多いが、恐怖はない。自分が死ぬ気はしない。マスターを殺されるつもりもない。『思い出』が細胞に力を与えてくれる限り、自分は負けない。
そしてＦＦは踏み出していく。既に勝利している戦いへ。
◆
『この世界において、神の聖性などもはやまやかしにすぎないのだという現実を、彼女に知らしめねばなりません。世界に救済などないのだと、子羊の祈りなど決して天には届かないのだと！』
『人間は【好奇心】が刺激されるほど精神のパワーがわいてくるものだ。人はどの生命よりも好奇心が強いから進化したのだッ！』
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・
黒魔術師、セレニケ・アイスコル・ユグドミレニア。彼女が使った触媒は、ダーニックから渡されたものだった。
それはイタリアのギャングの一人から買い取った、ある患者の様態を記録したノート。そのノートを記録した男もまた、ギャングの一員であった。
そのギャングは別にアル・カポネやラックー・ルノラータのように、英雄並みの知名度を誇るわけではない。ただ、そのギャング団『パッショーネ』は、構成員にスタンド使いを多く抱えており、記録主もその一人なのだ。
特にノートの所有者だった男は、その力の強さと凶悪性から、滅多に使われることのない団員なのだという。
ノートをその団員から盗んで売り払った男――ムーロロという、ボルサリーノ帽を被った、金次第で仲間の情報も容易く売るような男だったが――その情報は正確である。
かつてその力が発動したうちの一度は、本拠地であるローマにさえ影響を及ぼすほどになった異能者の集団を快く思わなかった聖堂教会が、『パッショーネ』を潰そうと攻勢に出たときだった。その能力の片鱗にでも触れた者は皆死亡したため、教会も能力は把握できなかったが、聖堂教会の執行者が５９人。無関係の一般人が巻き添えで、３９１人死んでいる。
他にも鮫に食いちぎられたような跡を残して死んだ者や、体の内側から刃物で切り刻まれて死んだ者、凍死させられた者や、巨大な革靴で踏み潰されたように殺された者など、異常な死にざまをした教会員は多くいたが、ノート作成者による被害が一番多かったのは間違いない。聖堂教会のパッショーネ攻撃は完全な返り討ちとなり、今は及び腰で様子見にとどまっている。
究極生命体でさえ殺しうる、邪悪なスタンド能力者として、その男は召喚された。
その名は、『黒のキャスター』チョコラータ。
・
・
・
芸術活動のため、作品の『材料』を集めていた『赤のキャスター』ジル・ド・レイと、雨生龍之介の前に、その男は姿を現した。河の土手にある階段の下から見上げながらも、見下ろすような侮蔑の視線を向けるその男。
何と言うか、髪を幾つも束にして、キノコが何本も頭から生えているような、奇妙な髪形をしている。顔や鼻、額に模様をつけ、口には紅を塗っている。何とも怪奇な男だった。
だがジル・ド・レイはその奇妙な風体よりも、男の持っている物の方に目を奪われた。それは龍之介も同様であった。
「そっ、そいつは俺らが創った『バイオリン』！！」
龍之介がバイオリンといったそれは、少女の骨や筋肉、革を利用して組み上げられたもので、少女の苦痛と恐怖の表情が、埋め込まれていた。
「ああ………こいつだけ持って来たよ。お前らのアジトからな。他の物は全部潰してきた。もう一つだって跡形も残っちゃいない」
『黒のキャスター』がそう言ったことで、龍之介は凄まじいショックを受けて口を開け、次に表情を歪め震えだし、涙をこぼした。
「な、なんだってそんな酷いことしたんだよぉ！！ 俺らが丹精込めて創り上げたアートだったんだぞッ！！」
「アート？」
手にしたバイオリンをちょいと見つめ、フンと鼻を鳴らすと、『黒のキャスター』はそのバイオリンをコンクリートの床に叩きつけ、砕き散らしてしまった。
「あぁぁッ！！ あぁ！ あぁぁぁぁぁッ！！」
よりいっそう嘆きの声をあげる龍之介を無視し、『黒のキャスター』チョコラータは、本能的にチョコラータの危険性を察して、警戒に身構えるジル・ド・レイの方を見る。
「こんなガラクタばかり、さも自分は価値の解った、高尚な人間でございとばかりに気取って創ってご満悦か？ 死体をいじくって楽しむとは、趣味が悪いにもほどがある。私のマスターも、学術ではなくただ享楽のために人を弄び傷つけるが、それは個人的な楽しみにとどめていて、貴様らのように、自分が崇高なことを行っていると勘違いはしていない」
チョコラータは手に残ったバイオリンの残骸を放り棄て、
「見るだけで観ようとせず！ 記録も残さず！ ただ遊んで楽しんで、悦楽に浸るだけ！！ 死体はただの物だ。命の抜けがらだ。『死』も『苦痛』も生きているうちでこそ………。生きているうちに、生にしがみつく必死の形相を、生命が終わり絶望に沈む表情を、観察してこそ意味がある。それは芸術家気取りでつまらん真似を！ 何の価値も無くなった死体を弄んで、抜けがらで工作して『死』に触れたつもりになっている！！ 人間は貴様らの玩具ではないぞ！ 命ををなんだと思っている！！」
盛大な怒りを込めて、ジル・ド・レイを弾劾する。
「人間は、この私の観察対象だ。私の好奇心を満たし、人生の真理へと到達するための、幸福の扉だ。彼らの『死』と『苦痛』は、私の学問に捧げられるためにある」
「………それは違いますね」
対するジル・ド・レイもまた、譲れぬプライドにかけて、断固とした態度をとる。
「人間は、私とリュウノスケの芸術の基盤です。我々の創作欲を満たし、神の無力を世に訴える、涜神の贄です。彼らの『恐怖』と『絶望』は、我々の美を表現するためにある」
ジル・ド・レイの手に、宝具である魔道書が現れる。一言呪文を唱えると、周囲におぞましい触手の化物が召喚された。
「学問などという狭い観点でしか物事を見ようとせず、目に映る物を記録するだけで、魂に訴える美を理解できない哀れな者よ。貴方もまた、我らの芸術の一部となることを救いとするといいでしょう！！」
十体もの海魔が、チョコラータに襲いかかるために階段を降りようとする。だが、その行動がすでに、海魔たちの死滅を確定するものだった。海魔たちの体には、召喚と同時に、彼ら自身よりもおぞましいモノが付着していたのだ。
「………【堕天侵食・深緑凶日（グリーン・ディ）】」
チョコラータは、そっと己の悪夢のごとき力の名を呟いた。
◆
冬木教会において、３人のマスターがサーヴァントを連れ添って、顔を合わせていた。
「今回の聖杯戦争は異常だ。システムに介入した、ユグドミレニア一族のせいでね」
会見の主催者、遠坂時臣が話を始めた。
「新興と没落を寄せ集めた、数だけの魔術師たちに、我ら御三家が敗れ、聖杯を奪われるなど、あってはならないことだ。だが、数の差は確かに馬鹿にできない。ここは、我々『赤の陣営』も結託し、まずは『黒の陣営』を倒すことに専念すべきではないか………そう提案する」
アイリスフィールとしては、事前に切嗣と相談した通り、いくらかの条件をつけた上でなら、一時的に手を結ぶことを承諾するつもりだった。もう一人のマスター、この場にもいる言峰綺礼は油断ならないが、今は仕方無い。
だがこちらが有利な状況になるように、まだ交渉はするべきだ。
「………間桐は呼ばれていないようだけど」
「ああ。間桐は御三家とはいえ、凋落を防げず、今回においてももはや力にはならない。落伍者を連れ戻してマスターにはしたものの、『黒のバーサーカー』にサーヴァントを弱体化され、敵にも味方にもならない相手だ。手を結ぶ価値はない。捨て置いてよかろう」
時臣はそう断言したが、彼は知らなかった。その時には既に、間桐雁夜は一つの勢力を手に入れているということに。
◆
『私は、我が故郷の救済を願う。万能の願望器をもってして、ブリテンの滅びの運命を変える』
『私は追い求めているものがあるのです。それを放っておくことはできません。自分の生きざまを、まっとうするために知りたいのです。私は自分の死期を知ったところで、全てを受け入れます。全てに満足します』
・
・
・
「【深秘を見抜く隠者の紫（ハーミット・パープル）】＆波紋疾走！！」
雁夜と桜の体内に、ジョセフのスタンドが入り込む。茨の姿をしたスタンドは、二人の体内に潜む蟲に絡みつき、身動きできなくしたうえで波紋を流し込んで処分していく。
その隣では、
「緋色の波紋疾走（スカーレット・オーバードライブ）！！」
『黒のアサシン』の、高熱を帯びた波紋の拳が、周囲の虫どもを焼いていく。ジョセフのマスターである界離も、魔術師の死体を加工してつくった武器を使い、蟲を撃ち落としていく。雁夜と桜、ジョセフに寄り集まる蟲たちは、一刺し一噛みも敵わず、炎に包まれて消えていく。
そして、
「【無毀なる湖光（アロンダイト）】！！」
「こ、こんな、このわしがこんなところで―――ギャ」
『赤のバーサーカー』ランスロットの真の宝具により、数百年を生きた魔術師、間桐臓硯は永遠の眠りに落とされた。
その様を見ながら、桜は初めて『黒のアサシン』を召喚した夜のことを思い返す。
あの夜、『黒のアサシン』は、険しい顔で臓硯を睨みながらも、短絡的に殴りかかるようなことはせず、その手から流される優しい光で、桜と雁夜を癒しながら、『黒のアサシン』ウィル・Ａ・ツェペリは誓った。
「私には家族がいた。しかし、私は使命のためにそれを捨てた。その罪滅ぼしになるとは思わないが、君らのことは絶対に護って見せる」
その言葉通り、彼は成し遂げた。かつての教え子であり友だった男の孫――見た目はツェペリ以上に年上だが――を連れて、桜と雁夜を縛る檻から、彼らを解放することを。
だが願いを遂げても、戦いはまだ終わらない。ハッピーエンドは、これからだ。
・
・
・
ケイネスとディルムッドは窮地に陥っていた。ハサンの群れに周囲を囲まれて逃げ場は閉ざされ、それだけだったらまだ突破もできたが、本命の猟犬として投入されたのは『赤のセイバー』アルトリア・ペンドラゴンだ。
ハサンへと槍を向ければ、その隙にアルトリアに切り裂かれる。アルトリアを相手にしていれば、その隙にケイネスをハサンに殺される。八方塞がりだ。その上に、駄目押しとばかりに現れたのは、ケイネスの婚約者ソラウを捕らえた、衛宮切嗣だった。
「ソ、ソラウ！」
「おのれぇ……卑怯な！！」
ケイネスの顔が蒼ざめ、ディルムッドの表情が怒りに歪む。
「な、切嗣！ なぜこんな！」
「ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。婚約者の命が惜しければ、今すぐランサーを自決させろ」
アルトリアの咎める声を聞き流し、切嗣は淡々と要求する。たとえ要求を聞こうが聞くまいが、ケイネスは終わりだ。ディルムッドを失うことは、泳げない者が陸地の見えぬ海の真ん中で、浮輪を失うのと同じだ。拒否してもアルトリアとハサン、２対１による不利な戦いによってディルムッドを失うだろう。
早いか遅いかの違いだけ。切嗣はただ迅速に終わらせるために、介入しただけで、既に勝負は決まっている。
「３秒待つ。その間に決めろ……３……２……」
『１』、と切嗣が唱える前に、切嗣の手の中の銃が、飛来した紅い円盤によって切り落とされた。
「！？」
「パパウパウパウ！」
更に発射される赤い円盤。その正体は強い圧力によって刃物と化した、赤ワイン。そして発射したのは、気配遮断によって身を隠していたサーヴァント、ウィル・Ａ・ツェペリであった。
その姿を見て、切嗣はすぐに足手まといとなるソラウを手から離し、距離を取る。意識の無いソラウが倒れ込む前に、ツェペリが彼女の体を抱きとめる。
「さて」
ツェペリは一跳びでケイネスの隣に移動する。腕の中のソラウを、状況の把握ができていないままのケイネスに渡すと、
「フーッ、ここはこのまま逃げなさい二人とも。ここは私が戦う」
「………な、なぜ」
「何、『ユグドミレニア陣営』、『遠坂−アインツベルン陣営』ができた今、我々も同盟を組む相手が欲しくてね。恩を売っておきたい………ということでどうかな？」
ディルムッドの疑問の声にツェペリは答える。だがその答えは言い訳のように聞こえた。彼はおそらく、ごく単純に、『何も死ぬことはない』と、考えただけではないだろうか。
「………感謝する」
「うん、早く行きなさい。あ、一応護衛もいるよ」
ツェペリが指差す方を見ると、ハサンを殴り倒すジョセフがいるのが見えた。最初の出会いの関係で、やや複雑な顔をしながらも、ディルムッドはケイネスを支えて戦場を離れていった。
残されたツェペリはアルトリアと対峙する。
「………見事な腕ですね。会話の最中も隙を見せなかった」
「君ほどではないさ、騎士王どの」
戦闘能力においては完全にアルトリアの方が上である。力も速さもタフネスも、質も量も、技術も武器も、彼女の方が上だ。
ただ一つツェペリに勝るものがあるとすれば、
「君が人質をとるような人間と組まなくてはならないとは、聖杯戦争のシステムも因果なものだ」
「確かに私にとっても不本意ですが、それでも私はブリテンを滅びから救いたいのです」
「滅びか………いつ滅びたのかね？」
それは、
「君がいなければ、確かにブリテンは内輪もめや異民族の侵略により、その精神さえも絶えていただろう。だがそうはならなかった。君の国は滅びたかもしれない。だが英国には今も人が住み、君らの精神を受け継いでいる。君ら騎士の心は、紳士の中に宿っている。弱者を護り、悪と戦い、自分より愛する者を優先する、そんな正しく美しい魂は、確かに受け継がれているのだ。騎士王よ」
わかりあえる友を得たこと。孤独ではなかったということ。想いは受け継がれたということ。
「もう君は、十分すぎるほどブリテンを救ったんだよ」
そのことが、心に勇気と力をもたらす。
そのことを、少女であることができなかった、この優しすぎる王様に伝えよう。
◆
全てのサーヴァントがぶつかり合う。その最大の武器は、肉体でも宝具でもなく、その生と死までの存在そのもの。
・
・
・
『わしは最後に自分の全てを伝えた……ジョジョ……お前はわしの希望だ！ まるで親友と息子を同時に持ったような気持だぞ。そしてわしは、これからお前の中で生きるんじゃ………』
予言に抗った者と、運命を受け入れた者と。
・
・
・
『バカ者どもがッ！ 太陽を克服したいと思わないのかッ！ 何者をも支配したいと思わないのかッ！ あらゆる恐怖をなくしたいと思わないのかッ！！』
人間の頂点と、人間の上位種と。
・
・
・
『ああ、多すぎるな……そして大きすぎる……。わしらの失ったものはこの地球にも匹敵するほど大きい……。しかし彼らのおかげだ……彼らのおかげでわしらは生きているのじゃ………』
悪意を最後に死に別れた者と、感謝をもって見送った者と。
・
・
・
『ああ！ わかったよ！ 最後だから本心を言ってやるッ！ さびしいよ！ 僕だって行ってほしくないさ！』
本音を秘め続けた者と、最後で本心を晒せた者と。
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・
『やったッ！ 見せろッ！ 表情をッ！ 私に絶望の表情をッ！ よぉーく見せるんだッ！ 希望が尽きて………命を終える瞬間の顔をッ！ 絶望を私の方に向けながら落下していけええぇぇぇぇ！！ うわははははははははは！！』
死を芸術とした者と、死を学問とした者と。
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『これがあたしの【魂】……これがあたしの【知性】……あたしは生きていた』
真実の自分を求めた者と、自分の本当をつくった者と。
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『祈っておこうかな……航海の無事を…この大西洋を渡って、家に帰ろう……家に……帰ろう……』
果て無き夢を見た者と、帰る場所を見つけた者と。
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今こそであった二人の為に………戦いを！！
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夜の冬木に、一人の少女の姿があった。
どこでも見かけるような、誰も眼にもとめないような、誰も気が付きさえしないような、そんな目立たない、普通でない程に目立たない少女だった。
今、彼女は耳を澄ませていた。体全体で、この町に点在する強い力を感じ取っていた。
「………今回の聖杯戦争はおかしい」
やがて、力と力が引き合い、ぶつかり始める。今宵もまた、戦いが始まったのだ。
「原因を調べなくては。そして聖杯戦争そのものに問題があるのならば、ルールに従い、私は聖杯自体を破壊しましょう」
言葉を紡ぐ彼女の体が変わっていく。手足の長さも、顔の造形も、ラインも、体格も、全てが変貌し、目立たない少女は、死をもたらす女神となっていた。
彼女は『ルーラー』のサーヴァント。聖杯戦争そのものに呼ばれた、戦争の審判。ルールの守護者。
ルールを破るモノならば、聖杯であっても許しはしない。本来はルール違反をした参加者に制限やペナルティをくだす程度のサーヴァントであったが、今回召喚された彼女は、英雄さえも殺しうる力と、決意を持っていた。
『悪の力をもって、正義を行います！！』
「私、残酷ですわよ」
ＥＮＤ
2013年06月19日(水) 00:19:58 Modified by ID:rVdulSoPkw