≪ボスだらけの聖杯戦争≫
３つ！
３つだッ！
願い事を言え！ かなえてやろう！
お前の望むものを３つ言え！！
『≪ボスだらけの聖杯戦争≫の連載を始めてみろ！！』
「よかろう、かなえよう。Ｈａｉｌ ２ Ｕ！（君に幸あれ！）」
・
・
・
「告げる。汝の身は我が下に。我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ」
その戦いは、魔法陣と呪文からすべてが始まった。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――！！」
雷光と旋風が魔法陣から巻き起こり、映画の中でならば良く見られるような光景が、目の前で実現する。
そして現れたのは、黒い肌を黒い神父服で包んだ男であった。静かに立ち、深みのある両眼をウェイバーに向けていた。相手を見下ろすような巨体ではない。他者を圧倒する威圧感や、目を引き付ける美貌を持つわけでもない。
ただ、その声に耳を傾けようと思う気になるような、受け入れやすさを持つ男だった。言うことを出来る限り聞いてやりたいと思うような、絶対ではないまでも、柔らかなカリスマとでも言うような雰囲気を持つ男だった。
服装通り神父であるのなら、人々の信頼を得る、優れた聖職者であったに違いない。
「問おう。君が私を招いたマスターか」
問いかけに、サーヴァントを前にして硬直していたウェイバーは、やっとのことで我に返り頷く。
「そ、そうだ！ ぼ、僕………い、いや、私が、お前を召喚したマスターだッ！」
「ならばいい。これにて契約を成立とする。共に聖杯を手にするとしよう、我がマスターよ」
男はゆったりと右手を伸ばし、ウェイバーに差し出した。ウェイバーは反射的にその手を取り、握手をする。その手には温もりがあり、ウェイバーの心を落ち着かせる。しかしその落ち着きの反面、何故か、何かゾッとするものを、彼は感じていた。
「私の名はプッチ。ライダーのサーヴァントだ」
ライダーは、慈愛に満ちた、引き込まれそうな、引きずり込まれそうな微笑みを浮かべる。だがその笑みにも、ウェイバーは引き込まれなかった。冷静であったのではなく、逆に動揺しきっていたために、引き込まれるほどの余裕がなかったのだ。
「う、い、いや待て。僕が、いや私が呼び出したのは征服王イスカンダルのはずだ！」
ウェイバーが召喚の媒体としたのはイスカンダル大王のマント。ここから呼び出されるのはイスカンダルか、百歩譲っても、彼ゆかりの英雄であるはずだ。
彼の疑問は、この聖杯戦争におけるほとんどのマスターがあげる疑問だった。
「ふむ？ それについては私にはわからない。ただ一つだけ約束できること………それは、君の願いは叶えられるということだ」
言うと同時に、ライダーの隣に奇妙な人型が現れる。人型は眼のまわりに覆面をしており、覆面は王冠のような突起が上に向けて伸びている。全身にミイラ男のように横縞が走り、縞の中には「Ｇ」「Ａ」「Ｃ」「Ｔ」の字が並んでいる。グアニン、アデニン、シトシン、チミン――塩基配列であろうか。
「見えるようだね。スタンド能力者ではないだろうに……サーヴァント化の影響かな。ともあれ、この【魂奪いし呪われの蛇（ホワイト・スネイク）】はイスカンダルにも引けは取らない自信がある」
かくしてウェイバー・ベルベットの奇妙な冒険が幕を開けた。
◆
その姿を一目見ただけで、言峰綺礼は言いようのない感情に襲われた。眼もくらむほどに輝く黄金の頭髪、抜けるような白い肌、寒気がするほどの妖艶な微笑。だが綺礼はただその美しさに心動かされたのではない。
自分の本能の部分が、最奥の本質が、無理矢理掘り起こされるような、そんな感覚。恐怖とも歓喜ともつかぬ、意味不明な感情。だがその意味を知った時、自分はどうしようもなく変わってしまうことだけは、確信できた。
「問おう………君が私のマスターかな？」
穏やかな声が、綺礼の前に立つ遠坂時臣に向けられる。
「ハッ、私は遠坂時臣………あなたは、英雄王ギルガメッシュにあらせられますか」
時臣はその場にうやうやしく跪き、問いかける。問いの形をとってはいるが、時臣の声には、ギルガメッシュに間違いないという思いがあった。綺礼もまた、彼こそがギルガメッシュに違いないと考えていた。この者以上に、王者としてのカリスマをまとう者など考えられない。まさに王の中の王、ギルガメッシュ以外ありえるはずがない。そう考えていたが、
「いや、残念ながら違う」
あっさりと、その男はそれを否定した。
「………は？」
その答えに、時臣は綺礼が今までに見たことも無かった、間の抜けた、呆然とした表情をさらけ出した。
しかし驚いたのは綺礼も同じだ。それではこの男は一体誰なのかと、思わず男に近づいて問いつめようとした時、
「！？」
そこに男はいなかった。霊体化したのではない。完全に魔方陣の中から移動し、姿を消している。まったく目を離してはいなかったはずなのに、代行者として鍛錬と実戦を積んだ自分の目を持ってしても、その移動を見抜けなかったのだ。
「ど、どこに………」
「こちらだ」
声が届いた。声の発せられた方向を見ると、そこには時臣の手を取り、立たせているサーヴァントの姿があった。
「そんなに頭を下げずに、向かい合って話そうじゃないか。時臣………これから共に戦う仲だろう」
そう言われる時臣だったが、状況がまったくわかってはいない。サーヴァントが移動したことについてはまだいい。瞬間移動は極めて魔法に近いが、まだ魔術の範疇だ。理解できる。だが、
（私は、一体いつ立ち上がったのだ………！？）
時臣は、自分がいつサーヴァントに手を取られ、立ち上がったのかまるでわからなかった。このサーヴァントはただ移動したのではない。もっと異常な何かをしてのけたのだ。
「ああ、君。これは返すよ。年代物だろうに汚れ一つ無い………よく手入れされているね。君は神父かい？ 私の親友にも神父がいるんだが、中々興味深い考え方をする。君とも語りあってみたい」
そのように言って綺礼はサーヴァントが手にしていた物を渡される。それは、鎖のついた十字架だった。そして、それは間違いなく綺礼の首にかかっていた十字架であった。反射的に首に手を回し、十字架が失われていたことを確認しながら、綺礼はただ愕然とする。
（高速移動？ 瞬間移動？ いや、速さの問題ではない。では催眠術の類………馬鹿な。精神干渉は魔術師の得意とするところ。術にかかったとしても気付かないとは思えない。一体、どうやったというのだ………）
もはや時臣と綺礼に、このサーヴァントがギルガメッシュでなかったことなど頭にない。ただただ、このサーヴァントの存在に圧倒されていた。そしてこの夜、改めて彼らは確信する。
この聖杯戦争は、遠坂時臣の勝利だと。
◆
ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。通称、『ロード・エルメロイ』。
彼は時計塔においてその名を知らぬ者はいない、天才魔術師である。数多の研究成果を自然とものにし、幾多の称賛を当然のように手に入れ、栄光の道を挫折知らずに歩き続けてきた彼に、今、めったにない運命の不条理が襲いかかっていた。
「えーと………僕がランサーのサーヴァント、あー、ドッピオです。あなたが僕のマスター、ですか？」
不肖の弟子、ウェイバー・ベルベットに盗まれたイスカンダルのマントに代わり、ケイネスが用意したのは、双槍の英雄、フィオナ騎士団最強の騎士、ディルムッド・オディナゆかりの媒体である。
こんな、どこにでもいる平凡そうな、気弱な小僧が召喚されるはずがないのだ。
「な、なんだ貴様はぁ！！ ディルムッド・オディナはどうした！！」
ケイネスは顔を真っ赤にして、ドッピオと名乗るランサーに掴みかかった。常人を凌駕する英霊に対して無謀すぎる行為だが、ケイネスのマスターとしての眼には、ランサーのステータスが映っている。
そのステータスは、力も速さも、ほぼすべてＥ。宝具のみがＥＸだが、ランサーとしてあまりに弱すぎる。常人の格闘家の方が強いのではないかという体たらくだ。
「そ、そんなこと言われても………ちょ、ちょっと離してください。苦しいです………」
「黙れ黙れぇ！！ これは、何かの間違いだ！ この私にかぎって、このようなことがあるわけがない！！ 世界は私を祝福している。それがなぜ貴様のようなサーヴァントを………！！」
よりにもよって、愛しい婚約者ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリの前での失態を犯してしまったことが、ケイネスの怒りに拍車をかける。彼はめったに失敗をしたことがないだけに、稀に失敗を犯すと、子供のように癇癪を起こす。失敗への耐性がまったくないのだ。
「お、落ち着いてください………トゥルルルルル………トゥルルル………」
怒り狂うケイネスを前に、ドッピオの口から妙な響きが漏れる。
「何だ！ 何を言っている！！」
「あの、どこかで電話が鳴ってませんか？ トゥルルルルル………うん、やっぱり鳴ってる。どこだろう………」
妙なことを言い出したサーヴァントに、もはやケイネスは令呪をもってこのランサーを自殺させ、新たなサーヴァントを召喚するという賭けに出るべきかを検討し始める。
「トゥルルルル………ああ、あなたが持っているんですね。電話、渡してください！」
「な、何を言っている！ もういい！！ 令呪を持って命じる！！ とっとと自らの心臓を………」
「………うるっせえ！！ さっさと渡しやがれぇ！！」
いきなり、目の色を変えて掴みかかっていたケイネスに、逆に掴みかかるランサー。そして、ランサーの体から、今ケイネスを掴んでいる両腕から、新たに３本目の異形の右腕が出現し、ケイネスの服を引きちぎり、服の中にしまわれた陶器の瓶――ケイネスの所有する最強の魔術礼装、『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の納められた瓶をむしり取るように奪った。
ランサーはその瓶を３本目の腕で、自らの耳に押し当てた。
「はい、ドッピオです。はい。え、ボスが直接？ わかりました、お願いします」
ランサーのいきなりの行動、そして謎の右腕の出現に、ケイネスは怒りも忘れて面食らう。そうしてケイネスが動かずにいると、目の前のランサーの姿が急速に変貌を始めた。
少年としての小柄な体格が、成長した逞しい男のものへと変わっていき、髪は伸び、色も違うものになっていく。顔つきさえも、そして、
「さてはじめまして………お前が俺のマスターか」
声も、態度も、すべてが別のものになっていた。
「俺はランサーのサーヴァント………ディアボロだ」
悪魔の名を持つサーヴァントが、召喚された。ここに、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの破滅は始まった。
◆
「問おう。私をサーヴァント『キャスター』として召喚したマスターは、お前でいいのか？」
雨生龍之介は、稲妻と煙と共に現れたその男をまじまじと見つめていた。
魔法陣の中に立つのは、カールした長い金髪の白人男性であった。上物の服を纏い、一見小太りの体型だが、実際は鍛え抜かれた筋肉の持ち主である。立ち昇る威厳は、既に幾人もの人命を奪って来た殺人鬼である龍之介をして、委縮させるほどだった。
（だけど、あまり悪魔らしくはないよなぁ）
悪魔召喚のつもりで行った儀式だったが、こうして見ると、確かに身分は高そうであるが、普通の人間に見える。しかし、ひとまず話してみなければ始まらないと考え、龍之介は答えた。
「えと、雨生龍之介っす。職業はフリーター。趣味は人殺し全般。子供とか若い女とか好きです。最近は基本に戻って剃刀とかに凝ってます」
そんなあらゆる意味で酷過ぎる自己紹介に対して、キャスターは眉ひとつ動かすことなく頷き、
「ふむ………ところでその子供は？」
キャスターが指差したのは部屋の片隅で転がる子供であった。龍之介が、この召喚の儀式で使った生贄にされた家族の、唯一の生き残りだ。
「あ、なんだったら食べますか？」
「………君にとって大事なものというわけではないのか？」
「いや、ひょっとしたら悪魔さんが気に入るかな〜、って思って、お近づきに」
「もういい。大体、君と言う人間がわかってきた」
キャスターは、もはや絶望の果てで涙も流さず、静かに死を待っていた少年を掴み上げると、自分が出てきた魔法陣の中央に運んだ。
そして呪文を唱え出す。それは、さきほど龍之介が唱えたばかりの、召喚の呪文だった。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――！！」
呪文が唱え終わると、またしても稲妻が光り、煙が巻き起こる。そして、それがやむと、魔法陣の中に子供の姿は無く、代わりに別の男が立っていた。
薔薇の花を飾った服を着た、神経質そうな顔の男だ。
「ご命令（オーダー）を受け、推参しました。我らが大統領（プレジデント）」
男がその場に跪き、恭しい態度を取る。
「今の私はキャスターだ。そう呼べ、フェルディナンド。それと」
キャスターは龍之介を指差し、
「あれを『変えろ』」
「わかりました」
フェルディナンドと呼ばれた男は、キャスターの命令に頷き、龍之介に近寄り、肩に手を置いた。
「な、何すか？」
「君………恐竜は好きかい？」
「へ？ それは、そうっすね。かっこいいと思いますけど」
「そいつはよかった。君はかっこよくなれるよ」
次の瞬間、龍之介の姿が変貌を始めた。口が裂け、目が光を放ち、歯が鋭く尖り、体勢が前屈みとなり、尻尾まで生えてくる。一分後、そこには立派な小型肉食恐竜、ディノニクスやヴェロキラプトルなどの仲間を持つ、凶暴な古代生物が誕生していた。
「これで、マスターに余計な干渉を受けることは無い。始めるぞフェルディナンド。まずは適当な人間を集め、生贄として部下たちを召喚する。そして我々の悲願を達成する………ナプキンを取るのだ」
もはや、雨生龍之介の物語は、そこで終わってしまった。
◆
「どう？ セイバー。空の旅の感想は」
飛行機で日本に降り立ったアイリスフィールが振り返り、後を追ってくるアインツベルンのサーヴァント、セイバーに語りかける。
「確かに飛行機に乗ったことは無かったが、生前に見たこともあるし、自力で空を飛んで、後を追ったこともある。大したことではないな」
「空を飛ぶこともできるの？ なら今度、乗せて飛んでみてくれないかしら」
「望みとあれば。人間一人の体重など容易いことだ」
長い黒髪を後頭部でまとめ、ダークスーツを着込み、ネクタイを締めたセイバーは平然という。彼の性質は決して善良ではないが、あえて協力関係に波風を立たせようとはせず、大人しく従っている。
切継にしてみれば、そういう心の内側が見えない者の方が油断ならないということだが、ある意味では扱いやすい部分もある。本来呼び出すはずであったアーサー王ならば、おそらく騎士や英雄としての誇りなどを抱く、切継と相容れぬ人種であり、辟易としたことであろう。
「ふふ、冗談よ。あなたは戦いに勝利するために召喚されたのだから」
「無論、必ず聖杯は手に入れよう。幸い、マスターとの相性は悪くない」
セイバーにとっても、切継をマスターとすることに異存はなかった。二人のやり方は似通っている。最終的に勝てばいい。それだけが全てなのだ。
（そう、勝つさ。最後の最後には………衛宮切継に対しても、な）
頂点は常にただ一つ。聖杯は誰にも、マスターにも譲るつもりはない。暗い意思を胸に、歪んだ聖杯が生んだイレギュラー、人間ならざるセイバーは、アイリスフィールに従い、町を歩くのだった。
◆
『サーヴァントは出揃い、そして本格的な戦いが、殺し合いが始まる。そして召喚者たちはその目に映す。自分たちが呼び出したものが、どれほどに、常軌を逸したものかということを』
◆
まず、ウェイバーが見た『戦争』は、２体のサーヴァントのぶつかり合いであった。
１体はセイバー。
１体はランサー。
共に三騎士の座にある者。最優のサーヴァントと、最速のサーヴァント。その戦闘は、ウェイバーを絶句させるに十分なものだった。
セイバーは頭に黒い頭巾を被り、その上に更に唾の広い帽子を被っている。コートと長ズボン、ブーツで体を覆っているが、両腕の肘から先は露出しており、露出している部位から直接、滑らかに弧を描く鋭い刃が生えていた。
ランサーは桃色の下地に黒い斑点をまぶした、異様な長髪が特徴的な男だった。その男の傍らには奇怪な人型が立ち、セイバーに向けて拳を放っていた。人型の全身は格子模様で覆われていた。顔には鼻や耳が無く、獰猛に歯を剥き出し、額にはもう一つの小さい顔があった。
人型の放つ拳は、余波だけで地面を覆うアスファルトを砕くほどの威力を持っていたが、セイバーはそれを尽くかわしていた。それも、攻撃される身体の部位を、ゴムのように、あるいはアメーバのように変形させるという、人間では到底できないやり方であった。
セイバーの攻撃も尋常ではなかった。間接というものを無視した、縦横無尽に振るわれる刃は、見ているだけで切り刻まれそうな、殺気に濡れているように感じられた。しかし、その刃がランサーに当たりそうなると、そのたびにランサーの姿は消失し、いつの間にかセイバーに人型の拳を叩き込ませているのだ。
その逆転劇をいかにして起こしているのか、ウェイバーにはわからなかったが、スキルというには異常過ぎる。それがランサーの宝具なのだろう。しかし異常と言えば、拳を叩き込まれ、時に心臓部を貫かれながらも平気で再生して行動を続けるセイバーも異常だ。本来、サーヴァントの心臓部は霊核と直結しており、破壊されたら消滅してしまうはずなのに。考えられるとしたら、ランサーの攻撃を変形して避けていたように、体内の構造も変形させているというところだろうか。
「化け物だ………どっちも」
そして今、自分の傍らに立つ神父も化け物なのだろう。ウェイバーは今ようやく納得が言った。この儀式が『聖杯戦争』と呼ばれている意味が。たった七体のサーヴァント。だがそれが全力で戦えば、確かにこれは、ただの戦闘では収まらない。その被害は戦争のそれとなるだろう。
そのように全てのマスターが戦いを見ていたところに、『彼』が現れた。
「セイバー、そしてランサー………私の名はアーチャー、名を『ディオ・ブランドー』。君たち、私と友達にならないか？」
暗闇の中に浮かぶ黄金は、輝いていながら、それでもなお、その存在は何よりも『闇』そのものだった。
◆
水晶に、映像が浮かび上がっている。
「ＧＯＧＯＧＯＧＯＧＯＧＯＧＯＧＯ………！！」
水晶の中で、地響きのような唸りをあげ、巨人が自らの力を放出している。大地が砕け、天が震える。それは規模においてはスタンド能力さえ上回る、超パワー。だが、それは敵サーヴァントには届いていない。
「どう見る？ バーサーカー」
遠くから、使い魔の目を通してそれを見ていた間桐臓硯は、共に見ている長身痩躯の禿頭の老人に語りかけた。
「バーサーカー『ウォーケン』は、パワーは大きいが、どうやら他のサーヴァントは特殊すぎる力の持ち主。いかに彼でも、厳しいだろう」
「ふむ。やはり次に期待するしかないか。早いところ、あの『寄生虫』を完成させねばの。また手伝ってもらうぞ。バーサーカー『霞の目』」
◆
それは、今までにも増して常軌を逸した光景であった。
けたたましく鳴きながら、寒気のするような速度で迫りくる、恐竜の一個小隊。史上最強の攻撃生物による突撃は、たとえ現代の最新装備を整えた軍隊であっても凌駕しうる。
だがそれよりも常軌を逸しているのは、その恐るべき怪物の群れが、男の操る人型が一触れするだけで、次々と爆発して果てていく事実であった。
「わずらわしい………」
男は目立たない男だった。端正な顔立ちだが、どこか雰囲気が薄い。それは天性のものではなく、彼自身が望んでいることだ。
「美しくもない………せめて、きれいさっぱり消滅し、私をすっきりと安眠させてくれ」
本来、隠密活動、諜報活動、暗殺活動に特化し、戦闘力そのものは他のサーヴァントに劣るはずのアサシンは、サーヴァントに匹敵する古代生物をすべて討ち果たした。
◆
「あそこがキャスターの本拠地か？ ライダー」
「ああＤＩＯ。私の生み出した『フー・ファイターズ』に探らせた。間違いないな？」
この聖杯戦争でただ一体、自らの名を明かしたサーヴァントであるアーチャーは、同盟を組んだ相手、ライダーに問いかける。ライダーは肯定し、そして背後に立つ、黒色の人型―――『フー・ファイターズ』に確認した。
『間違いない。あそこにキャスターはいる。多くの味方と共に』
フー・ファイターズが答えた直後、周囲の木々がズタズタに斬り裂かれ、倒された。
「ほう、早速か」
アーチャーが余裕の笑みで、襲撃者を出迎える。
視線の先には、ナイフを構えた、インディアンらしき男を筆頭に、幾人もの敵意の持ち主が待ち構えていた。キャスターが召喚した、一大勢力だ。一人一人が充分に英雄並みの力を有している。
だが、そんな規格外の一団を前に、アーチャーは毛の一本ほどの竦みも見せはしない。ただ、自信に満ち溢れた笑みと共に、力を示すのみ。
「幾ら数を揃えようと………無駄無駄無駄無駄無駄ァ！！」
◆
『だが、マスターたちも思い知る。自分たちのサーヴァントが、とても手に負えない存在であることを。それは力だの、霊格だのといった問題ではなく、彼らがあまりにも、邪悪過ぎるがゆえに』
◆
「あぐ………が………」
ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリは、全身に酷い傷を負い、口を利く力も無く、縛られて横たわっていた。
「まだ死ぬなよ。女………俺が現界しているためにな」
ランサーは、もはや絶望に落ち、疲労のあまりに思考も途切れ、呼吸しているだけの存在となってしまったソラウに語る。
「何、俺が聖杯を手に入れたら、お前にももう用は無い。用済みになったらちゃんと楽にしてやるから、安心して待っているといい。それまではちゃんと生きていろ。この俺のために」
◆
ウェイバーは恐怖に震えながらも、逃げ出すことなく立っていた。目の前の存在、アーチャーを殺すために。
「うーむ………少し良くわからないのだが………」
アーチャー――ＤＩＯは、本当にわからないというように、困った表情を浮かべる。
「君は今、私を倒すと、そう言ったのかな？」
「そうだ！！」
答えながら、ウェイバー自身も、なんて馬鹿なことを言っているんだろうと、自分自身の正気を疑っていた。
「そうか。私の聞き違いではなかったようだ。仕方ない。このような戯言、無視して見逃してやってもいいのだが、君も一応マスターだ。ほっとくと面倒なことを起こす可能性もゼロではない。ここは、殺しておくことにしよう」
言ってアーチャーは自らのスタンドを現す。
その行動に、ウェイバーはますます恐怖をつのらせる。アーチャーにとって、ウェイバーなどスタンドを使わずとも殺せるだろうに、敢えて宝具を使ってくる。それは、アーチャーがウェイバーに対して用心するという意識を持っているということ。
（こいつの一番の恐ろしさ。それは、吸血鬼の力でも、最強のスタンドでもない。この『油断の無さ』だ！ こんな、弱い僕に対してさえ、全力で殺しにかかってくるほどに！）
アーチャーは自分に絶対の自信を持っている。それでいながら、異常なまでの警戒心を併せ持っている。三流魔術師程度の実力しかないウェイバー相手でさえ、何か策を練ってきていると見なして、こうして確実な死をもたらす行動を取っている。
（ああそうさ。策はあるさ。だが通じるか？ 警戒されているのに。けれど、いや、やるしかない！！）
ウェイバーはこめかみの辺りを押さえる。彼はそこから押し込んだのだ。
一つは、ライダーがキャスターの軍勢の一人から奪ったスタンドのＤＩＳＣ。
もう一つは、ライダーが元々持っていた、記憶のＤＩＳＣ。
ウェイバーに勇気を与えた記憶。強く、正しく、輝いていた男の記憶。
（やってやる。あんただってできたんだ。僕にできないって、決まっているわけじゃないだろう？ なあ、空条承太郎！！）
◆
燃える冬木の町を、男が歩いている。その顔は実に楽しげだった。目は焼死体を眺め、耳は悲鳴に聞き惚れ、鼻は死臭を嗅ぎ、肌は他者の苦痛を感じる。
『そんなに嬉しいか？ 言峰綺礼』
「ああ、とても。ようやく、私は私がわかったのだから」
綺礼に語りかける声は、彼の腕の中から聞こえてきた。綺礼が抱える、黒い塊。それは、ライダーが生み出した『フー・ファイターズ』だった。
「だが、まだ完全ではない。『私』がどのような存在かは理解できたが、『私』が何でこうなっているのかはまだわからない。なぜ私のような、邪悪を心地よく感じられる者が存在しているのか。それをこれから知らねばならない」
『そうか。私も、私も知りたい。私が何のために生きているのかを』
「ならば、我々はこれからも協力できる。そうだな」
『ああ』
自らの存在理由を求める一人と一体は進む。
第４次聖杯戦争を生き抜き、次の第５次聖杯戦争を求めて。
◆
「やってくれたなマスター………いや、令呪も使い尽くされ、ラインも切れた今、もはやマスターではないな。衛宮切継」
憎悪に燃えるセイバーは、たった今、聖杯を切り裂いた自分の刃を、今度は切継へと向ける。その切継は、その腕の中に幼子を一人、抱えていた。
「魔力が尽きて、この身の現界がかなわなくなるまで、もう時間はない。だが、せめてその前に、貴様だけは殺しておかなければ気が済まん！！」
切継は周囲で燃える炎もかくやというほどの、灼熱の殺意を浴びながら、冷静に子供を大地に降ろす。子供には、切継が持っていた強い治癒力を授ける神秘の秘具、アーサー王の聖剣の鞘を与えてある。すぐに治療を受ければ助かるだろう。だが、逆に言えば治療を受けられなければさすがに危ない。
「言いたいことはそれだけか？ 僕はこの子を助けなければならない。絶対に、だから」
切継は少しも動じた様子は無く、愛用の銃を、今一度握り締めた。
「今だけ、僕はこの子のためだけの正義の味方になる。お前を倒して、この子を救う！！」
「ほざけ！！ 人間風情が！！」
もはや聖杯戦争は終結し、この戦いに意味は無い。だがもはや、避けることはできなかった。それが、正義と悪の宿命であるがゆえに。だから、この戦いは、切継がセイバーを召喚したその時に、すでに約束されていたものなのだろう。
◆
これは、邪悪の物語。
これは、巨悪の物語。
誰が勝利しようとも、最後に残るのは悪意のみ。
そんな救われぬ物語でもいいのなら、見るがいい。
Ｆａｔｅ／Ｚｅｒｏ ＩＦ――― ≪ボスだらけの聖杯戦争≫
パタリと、第５次聖杯戦争を机の上に置き、ウェイバー・ベルベットはため息をつく。
「名はスカーレット………姓は『エンヤ』、か。クソ、一体いつまであの怪物は私に祟るというんだ」
ウェイバーは、ふと窓ガラスに映った自分の姿を見る。そこには、１０年前と変わらぬ、少年の姿があった。
ウェイバー・ベルベット。時計塔における最高の教師。『ロード・エルメロイ�鏡ぁ戞◆悒廛蹈侫Д奪機次Ε�リスマ』、『マスター・Ｖ』、『グレートビッグベン☆ロンドンスター』そして『女生徒が選ぶ時計塔で一番【可愛がってあげたい】男』などなど、数々の異名を持つ男は、顔をしかめ、自らの鋭く伸びた牙を指でさすった。
「返り血を浴びた私を、同じ邪悪の怪物、死徒にしただけではまだ足らぬというのか。あの忌々しい吸血鬼は」
……To Be Continued
2011年04月02日(土) 00:40:42 Modified by ID:rY45VbvXSw