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Fate/XXI 20

   Fate/XXI



   ACT20 『愚者』の終わり



『青髭』ジル・ド・レイ。『串刺し公』ヴラド三世や『血の伯爵夫人』エリザベート・バートリーと並び、人間として存在しながら、その血塗られた罪業は、吸血鬼伝説の一つとして数えられた。そして今、存在が罪に追いついたのだ。

「ジャンヌゥゥゥゥゥウウウ!!」

 振るうは武器を持たぬ拳。無理もない。今の彼の力では、生半可な武器など握り締めただけで砕けてしまう。その動作は、流石に軍を率いた経験もあるだけあって、素人よりは洗練されているが、一流には程遠い。それでも魔物と化したキャスターの速度は、今やランサーにも匹敵する。そして拳は一撃で大岩を粉砕し、一触れで生物を凍死させる。
 再生力も生半可なものではなく、頭部の霊核への攻撃さえ、完全粉砕でなければ確実ではないようだ。
 右腕を凍らされたセイバーは、左手のみで剣を握り、どうにかキャスターの猛攻をしのいでいた。

(片手では全力を出せない………傷ならば再生するが、凍りついているとなると、氷がとけなければ動かせない。とけるまでの時間は何分か………)

 アイリスフィールの方に一瞬目を向ける。彼女は少し遅れて到着した虹村兄弟によって、海魔や屍生人から守られていた。気にかけなくとも大丈夫そうだが、向こうからの援護は期待できない。

「よいでしょう。人に仇なす怪物を退治するのは、英雄の宿命ですからね。聖ミカエル山の巨人退治に重ねて、死徒退治の栄光もいただきましょうか!」

 まっすぐにキャスターを睨むセイバーに、キャスターはより一層、蕩ける様な恍惚の表情を浮かべた。

   ◆

 背後から音も無く蠢き、時臣の首筋に向かって迫る爪。魔術によらぬスタンドの攻撃、それも、アサシンとしての特性を得て、気配を殺したうえでの行動に、時臣は全く気付いていなかった。
 爪の切っ先が、時臣の頸動脈を掻っ切る寸前、

『ヴヴヴヴヴヴヴ!!』

 十数匹の蟲が飛来し、スタンドの水の体をかき散らした。

「!?」

 そこでようやく周囲の異常に気付き、時臣は背後を振り向く。そして視認したのは、飛び散って道を濡らし、そしてまた不自然に寄り集まって形をつくる液体。および、蜂に似ているがあまりに大きすぎる異様な蟲の群れだった。
 液体と対峙する形の蟲を見て、自分が液体による攻撃から守られたことを、おぼろげに悟る時臣。

「これは………」
「油断だな………お前、案外抜けてるんじゃないか? 時臣」

 ズリズリと、自分の身を引きずるような動きで物陰から現れたのは、間桐雁夜だった。

「雁夜……! なぜ君が?」

 この騒ぎだ。他のマスターがキャスターを狙ってやってくるのは当然であるが、そのマスターが敵のマスターである自分を助けるなど、一体どういうことなのだろう。

「借りを返した。お前のサーヴァント、アーチャーには昨日、借りをつくってしまったからな。だから、その礼として、ここではお前を殺さないし、殺させない。それだけだ」

 そう言われるが、時臣はアーチャーから何も聞いていないので理解はできない。しかし自分のサーヴァントが、あまりに自由気ままなことはわかっていたので、何かあったということは信じられた。

「見逃すのは一度だけ、だがな。言っておくが、こちらを攻撃しようと思うな。バーサーカーは霊体化させているだけで、傍にいる」

 体に相当負担がかかっているらしく、口を動かすだけでつらそうな様子の雁夜。その有様に、同じ魔術師として蔑みの前に憐れみさえ憶える時臣だったが、助けられたということも事実である。

「………完全ではないが、把握した。感謝しよう。しかし、今は礼儀正しくしていられる状況ではない。不作法ではあるが、先を急がせてもらうよ」
「まあ待てよ。確かに今お前を殺しはしない。殺しはしない、殺しはしないが………それ以外のことだったら、話は別だ」

 会話をしているうちに、蟲の数が増えていく。最初十数匹だった無視は、既に百匹近くになっていた。

「俺の質問に答えてもらうぜ、時臣。何、キャスターは俺たち以外の誰かが片づけるだろう。褒賞の令呪は、まあ、諦めろ」

   ◆

 神牛の引きまわす戦車は、その身にまとう雷にも劣らぬ速度で疾走した。時にジグザグに、時に急上昇と急降下を繰り返し、宙返りまでしてのける。
 しかし、それでもなお、弾丸は追ってきた。

「ぬううううう」

 イスカンダルの肉体と神牛の肉体に、弾丸が突き刺さる。弾丸自体は宝具ではなく、ただ魔力で編んだだけのもので、それ自体が自在に動いているわけではなさそうだ。能力か宝具か、何かの力で弾丸を動かしている。ゆえに彼らに致命傷は与えない。脳や心臓部を撃たれなければ、何とかなる。ケイネスには今のところ負傷はない。

(しかしそれはたまたまだ。いつ撃ち抜かれてもおかしくない。それとも、あえて殺さず、余の動きを鈍らせる足手まといとして残しているのか? ともかく、このあたりで戦闘をする以上、弾丸の射程距離圏から抜け出すことはできん。ここで叩くしかないな)

 しかしライダーに索敵能力は無い。いくらでも隠れ場所のある街並みから、敵を探し出すのはまず無理だ。

(………仕方ない。呼ぶか)

 落ち着いてアイデアを考え付くまでの時間が惜しい。キャスターも倒さなければならないのだ。一番安直な方法で片づけることにする。

「【王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)】――限定召喚」

 ライダーは、腰の剣をすらりと抜いた。

   ◆

 ランサーの朱色の槍が迸り、海魔の血肉を抉り散らす。自慢の双槍が一本になったといえど、その技量に綻びはない。二本を使うことによる複雑な技は見せられなくなったため、全体的な戦闘力は落ちたが、一本に絞られたために純粋な速度は上がっている。
 サーヴァント相手なら苦しめられることになるだろうが、知恵の無い魔物相手にはこれで十分すぎる。

「うりゃああああ!!」

 ウェイバーの【他が為の憤怒(モラルタ)】が振るわれ、屍生人が五度の斬撃を受ける。一撃一撃は素人のものだが、五度となれば並みの屍生人にならば多少は通用する。動きを止めたところで更に五度の斬撃が降り注ぎ、屍生人の首が撥ねられる。

「ハァ、ハァ」
「大丈夫ですか、主よ!」
「はっ、このくらい………それよりキャスターのとこまで」

 ウェイバーの力で宝具を振るえば消耗は激しい。まして、屍生人は少し前までは生きていた、普通の人間なのだ。精神的にも苦痛がある。強気なウェイバーではあったが、もはや限界であった。

「主よ。残念ですが、我々は辿り着けそうにありません。キャスターは、セイバーたちに任せましょう」

 ウェイバーとランサーの前に、総勢で百を超える海魔と屍生人が群れをなしている。あの数を突っ切っていくのは、まず不可能だ。

(くっそぉ! こんなっ!)

 ウェイバーは歯ぎしりをして敵勢を睨む。彼は理解していた。もしもランサーだけなら、足手まといがいなければ、あの軍勢を貫いていけるだろう。

 ここにウェイバーがいなければ。

 キャスターを倒すために、ウェイバーがランサーと共に来なかったら。

「ちくしょう!! 馬鹿にしやがって、ちくしょうッッッ!!」

   ◆

 時臣は手にした杖を握り締める。先端に特大の宝石を仕込んだ、自慢の魔術礼装である。これを振るえば周囲の蟲など、数秒で雁夜ごと焼き尽くせるだろう。しかしサーヴァントには到底無力だ。
 時臣は、相手に完全に支配された状況に屈辱を感じながらも、屈するしかなかった。

「質問とは何かな?」

 それでも落ち着いた声で、相手の隙を伺う時臣に、雁夜は言い放った。

「なぜ貴様は、桜を臓硯の手にゆだねた?」
「?………それは今、君がこの場で気にかけるべき事柄か?」

 予想外の質問に首をかしげる時臣に対し、周囲を舞う『翅刃虫(しじんちゅう)』が、猛獣の骨をも砕く顎から、威嚇の声をあげる。

「言葉の通じないアホか貴様は。疑問文に疑問文で返すと、テスト0点だって知ってるか、マヌケ。貴様は質問されたことに答えればいいんだよ」

 煮えたぎる様な憎悪が、静かな口調の下に潜んでいた。いつ点火してもおかしくない爆薬を前に、時臣はそれでも余裕を見せつけるように答えた。

「問われるまでもない。愛娘の未来に幸あれと願ったまでのこと」

 雁夜は、目の前の男が何を言っているのかさっぱり理解できなかった。憎悪が一瞬、雲散霧消し、呆けた顔つきになる。そんな雁夜に、時臣はため息をつき、

「二子を設けた魔術師は、いずれ誰もが苦悩する。秘術を伝授しうるのは一人のみ。どちらかは凡俗に堕とさねばならないという、ジレンマにな」

 長女・凛。全元素、五大複合属性。
 次女・桜。架空元素、虚無属性。
 どちらも万に一つの、奇跡の才能。

「どちらもあまりに優秀な才能を持って生まれてきてしまった。一人のために、一人の才能を摘み取り、乏しめる。そのような悲劇を望む親などいるものか。だからこそ、間桐翁の申し出は天恵に等しかった。同じ聖杯を知り、『根源』を望む一族の養子となれば、その才能を正しく伸ばすことができる」
「同じ聖杯を知り、『根源』を望む………だが聖杯を手に入れられるのはただ一人。奪い合い、相争うことになるんだぞ。あの姉妹は。貴様の子同士がだ!!」

 魔術の才能を滅ぼさぬため。雁夜にもそこまではまだ理解できる。魔術の才能などというものに、価値など見出していない雁夜ではあるが、才能があるのに伸ばさないのは勿体ないという感覚はまだ理解できる。
 だが、血の絆で繋がった者同士が争うことを、それがただライバルという程度ならともかく、殺し合いとなることを、親が望むなど、それは全く理解できないことだった。
 しかし時臣は雁夜を鼻で嗤い、

「仮にそんな局面に至るとしたら、我が末裔たちは幸せだ。勝てば栄光はその手に、負けても先祖の家名にもたらされる。かくも憂いなき対決はあるまい」
「なるほど………それが貴様の価値観か」

 時臣の言葉に答えたのは、時臣の前で言葉も出ない程の憤怒に顔を歪める、雁夜ではなかった。

「!?」

 時臣は反射的に杖を振るい、背後を振り向いた。しかし、その杖は不可視の力に押しとどめられ、時臣自身は首を掴まれる。時臣の背後から声をあげた、まだ少年といっていい年齢のその男は、酷く容赦のない視線を時臣に突き刺していた。

「はじめまして………俺の名はブローノ・ブチャラティ」

   ◆

 セイバーとキャスターの戦闘の上空に、輝く舟が浮かんでいた。英雄王の【天翔る王の御座(ヴィマーナ)】である。

「ふん、存外に苦戦しているようではないか。仮にも王と名乗る者が、『蛭』ごときに。しかしあれは、あの『蚤』の仕業か? まあいい。騎士王の剣を魅せる演出としては、陳腐ではあるが悪くは無い」

 ギルガメッシュは、幾人もの命が失われている惨劇を眼下に、平然と見物していた。時臣の予想通り、ギルガメッシュはこの状況でも自分の力を示そうとはしていなかった。穢れた死徒ごときに力を使うなど、王としての矜持が許さない。

「早く見せよ騎士王よ。この英雄王が、貴様の真価を推し量ってやろう」


   ◆

「セイバー………!」

 アイリは沈痛な面持ちで、キャスターの猛攻をしのぐセイバーを見守っていた。その劣勢の原因は、凍りついた腕にあることはわかっていたが、アイリには何もできない。傷を治癒することはできても、凍りついた状態から解放するには熱量が必要だ。
 しかしアイリにその熱量をセイバーに届ける余裕がない。既に周囲は怪物に囲まれ、形兆と億泰によってどうにか護られている状態。セイバーに助力を向かわせることはできない。

「【ザ・ハンド】!!」

 億泰のスタンドが、屍生人の肉体を削り取る。億泰の顔は少々ビビリ気味だが、本体に攻撃をくらわなければ、並みの屍生人くらいは敵ではない。

「【バッド・カンパニー】!!」

 形兆の指揮する小人の中隊が、一斉射撃で海魔を一体、粉砕する。しかし飛び散った肉片から更なる海魔が生み出され、数を増してしまう。

「おい億泰! あのイソギンチャクもどきはお前がやらないと無理だ! 削り取って消滅させないと増えるだけだ!」
「そ、そうは言うけど兄貴、あの触手を掻い潜って削り取るのは、俺の【ザ・ハンド】だと厳しいぜ」

 確かに【ザ・ハンド】の射程距離はせいぜい2メートル。そこまで近付くと、億泰にまで触手の攻撃が届いてしまう。それに消滅させることはできても、一度に消滅させられる範囲が少ない【ザ・ハンド】では、1体倒すのにも時間がかかる。
 形兆は億康の言葉を正しいと認めるしかなかった。

「ちい………後一人、誰かいればな。切嗣の奴はどうしたんだ」

   ◆

 衛宮切嗣は、キャスターが張った結界内部にある建物の中で、最も高いビルの屋上に立っていた。手には狙撃銃。この場所から直接、キャスターを狙うつもりだった。弾丸程度でサーヴァントを倒すことはできないが、一瞬だけ驚かせる程度の効果があればいい。
 その一瞬で、セイバーはキャスターを屠ることができるだろう。

(問題は)

 切嗣が首を傾ける。ビルの真下には二人の人影があった。

(いや、今は3人)

 もう一人は、さきほど壁からすり抜けてきたかのように急に現れた。

(遠坂時臣、間桐雁夜。そしてその協力者。もしここで狙撃すれば、確実にこの位置がばれる。上ではライダーも飛んでいる)

 たとえキャスターを討ちとれても、自分が襲撃されては意味がない。幸い、セイバーは攻めあぐねているとはいえ、勝てないというほど不利ではない。苦戦はしても最終的に勝利をつかむことはできるだろう。だからあちらは任せてもいい。
 キャスターによって現界している海魔が消滅するのが遅くなれば、その分、まだ生き残っている人々の被害が増えるということに目を瞑れば、であるが。そして、切嗣は瞑ることにした。

(彼らがこちらに気付いていないうちに、彼らから狙撃すべきか。だが成功するか………?)

   ◆

「ブチャラティ………何で?」

 急に現れたブチャラティに、雁夜が訝しむ。ブチャラティは最初から雁夜の護衛として、周囲の建物の壁の中に潜んでいたのだが、今の状況で出てくる理由はなかったはずだ。

「貴方がこの男を殺しかねない剣幕だったんでな。貴方はアーチャーへの借りを返すために、こいつを守った。ここでこいつを殺すことは、借りを返そうとした貴方自身を裏切ることになる」

 それにしても、と、ブチャラティは時臣をどこか呆れたような視線で見て、評価をくだした。

「何と言うか、随分時代遅れな男だな。自分の価値観に凝り固まって、それを至上のものとして他者に押し付ける。魔術師というのは浮世離れしているものと思っていたが、子の結婚相手を勝手に決める頑固親父と、メンタル的にはさして変わらん」

 敵意もなく、殺意もなく、ただ俗世間のどこにでもいる『迷惑な大人』を見る、疲れたような、諦めの視線。それが時臣のプライドに酷く障った。

「………この魔道の落伍者に雇われた傭兵か。汚れ仕事を請け負う輩に、魔術師のなんたるかを説いても無駄だろうな」

 魔術を使うよりも殴る方が早い。そんな間合いで敵を相手にしながら、これだけの口をたたけるのは、流石と言ってもよかっただろう。だがブチャラティは感心してやることはなく、

「確かに、俺は魔術師でも何でもないし、魔術のことなど全く知らないが、あんたのような人の話を聞かず、自分を正しいと信じ込んで失敗する『うっかり者』なら、何人も知っている。俺たちの業界じゃ、利用されて捨て駒になるタイプだ」
「………人の話を聞かないのは君らの方だろう。どうやら君や雁夜は、桜を間桐へと養子に出したのが気に入らないようだが、桜にとってそれが一番いいことなんだ」

 時臣は侮辱されながらも、激昂することなく、慎重にブチャラティの動きを見つめ、付け入る隙を探しながら会話を続けた。そこに、雁夜が口を挟む。

「いいことだと!? 桜ちゃんの人生を勝手に決めるな! 俺は桜ちゃんを魔術の腐った道から解放してみせる! あの子には、もっと幸せになれる生き方がある。あるべきなんだ!!」
「………無いよ。桜に、魔術師として以外の生き方など望めない。さきほども言ったが、桜はあまりに魔術師としての才能がありすぎる。もしも他の魔術師に知られたら、格好の実験材料となるほどにな。それから身を守るためには、魔術を学ぶしかないのだよ」

 淡々とした時臣の台詞に、雁夜が絶句する。その表情を見て、時臣は憐れみの視線を贈った。その態度に、雁夜は、時臣の言葉がその場限りの偽りではなく、真実なのだと理解してしまった。

「何だって………じゃ、じゃあ、間桐の家から出しても、桜ちゃんは………」
「しっかりしろ、雁夜。魔術を学ぶ必要があるのなら、もっとマシな魔術を学ばせるようにすればいいだけのことだ。もっとも、こうなるといよいよコイツをどうにかしないといけなくなるが」

 うろたえる雁夜と比べ、ブチャラティは冷静なままであった。父親である臓硯からまともな扱いをうけず、家族愛を感じられずに生まれ育った雁夜に比べ、ブチャラティはまだ、親と子の絆を信じていたからだ。親は子を愛しているものだと、現実はそう甘くないことを十分知っていながら、それでもそう願っていたからだ。
 だから、ブチャラティは時臣が桜を愛していることを受け入れられた。どんな価値観を持っていようと、時臣は桜を愛している。だが、時臣の価値観に照らし合わせても、やはり桜は幸せではないと、ブチャラティは判断した。

「遠坂時臣。あんたの考えが正しいものだとしてもだ、やはりあんたは間違っているよ。あんたはあまりに、人を見る目が無い。それじゃたとえ間桐の家からあんたの娘を救い出しても、同じことの繰り返しだ」
「わからないな。私の何が間違っているというのかね?」

 雁夜に対しては完全に精神的優位に立ったと判断した時臣は、ブチャラティに対しても、余裕を持った態度を見せつける。だがブチャラティは呑まれることなく、はっきりと返した。

「簡単なことだ。時臣、あんたは桜ちゃんが他の魔術師に狙われ、実験材料にされてしまうと言ったな。あの間桐臓硯が、そんな『危険な魔術師』の同類であると、どうして思わなかったんだ?」


   ◆

(剣を抜いて、振るった? 一体何の意味が?)

 あるビルの最上階に身を潜め、窓から征服王を狙う狙撃主は、いったん銃撃を止める。今一度、感覚を澄ませ、空気を感じ、風を読む。
 その目は既に光を失い、何も見えない。だが、それでも敵がどこにいるか、敵が誰か。それはわかる。その身で、その肌で、空気を通じて感じ取れる。

「一瞬、大気が歪んだような感じがあったが、今は特に異常はない………まあいい、奴が何を狙っていようと、やることに変わりは無い。私にできるのはただ一つ」

 魔力で造られた狙撃用ライフルを一度撫で、狙撃を再開する。

「それにしてもこの銃はいいな………弾切れがない」

 彼の名はジョンガリ・A。クラスはアーチャー。アサシンの頼みで、キャスターによって召喚されたサーヴァント。そして何よりも、DIOの狂信者。

「我が心の支え、オレの全て、DIO様………貴方にこの戦いを捧げましょう」

ジョンガリ・Aはライダーの位置を確認する。夜空に浮かぶ己のスタンド、【凶弾導く漂流の星(マンハッタン・トランスファー)】を通じ、ライダーの居場所を認識する。雨粒一つ一つだって捕らえられる感知能力と、ジョンガリ・Aの軍人としての経験は、ライダーを完璧に掴んでいる。そして放たれた弾丸は、【凶弾導く漂流の星(マンハッタン・トランスファー)】に当たって弾かれ、軌道を変えてライダーへと命中する仕組みだ。たった一回、弾道を変えるだけの能力。しかし、それでジョンガリ・Aには十分だった。

(霊体化すれば気流を乱さず、オレに気付かれずに行動可能だが、マスターを連れている以上それもできまい。霊体化すればマスターだけまっさかさまだ。マスターを戦車から下ろすのなら、狙いをマスターに変更するだけのこと)

 ジョンガリ・AはDIOの命令を思い返す。

『ジョンガリ・A、お前への命令は二つだ。まず一つはライダーの足止め。キャスターとセイバーが戦っている地点まで行かせないようにしろ。倒せるなら倒しても構わぬが、足止めだけすればそれで十分だ。そしてもう一つは………』

 ザリッ

「!?」

 回想が中断される。

(背後!? 突然現れた! 別のサーヴァント? 霊体化して?)

 事態を分析しながらもジョンガリ・Aは振り向き、銃を向ける。

(この体格は男、DIO様から聞いた、どのサーヴァントとも、多少異なる)

 男が腕をあげるのを感じる。そして、相手の手に、強いエネルギーが集中しているのがわかった。ジョンガリ・Aは危険を感じ、咄嗟に横に跳んだ。ジョンガリ・Aがいた空間を、何かが通りすぎる。

(この男、熱気を放っている? 熱と言うか………まるで太陽の光)

 銃弾が放たれ、男へと吸い込まれるように突き進む。だが男が振るった右腕が、弾丸をはね返した。

「慌てるな、狙撃者。お前を討つのは私ではない。我が王だ」

 男の声が、ジョンガリ・Aの耳に届く。

(王、だと? ではこいつは、ライダーが使えるというサーヴァント召喚宝具によって呼び出された………一体のみ召喚することもできるのか!)

 その推察が正しいことは、男が自ら己の正体を口にすることで、証明された。

「最後に、我が王を追い詰めた狙撃の腕を称賛し、この名を明かそう。私は『勝利王(ニカトール)』セレウコス。太陽神を父とする者。征服王の側近の一人である」

 セレウコス1世。イスカンダルの部下にして、ディアドコイ戦争において、最大の領土をものにした『セレウコス朝シリア』の創始者。その伝説において、セレウコスの母ラオディケが、夢でアポロンから子供を授かり、その時に証として指輪を受け取ったという。指輪には錨のマークがついており、セレウコスの太股にも同じマークがあったとされ、その後、セレウコスの子孫は代々、同じマークを身に刻んで生まれて来ると言われている。

(まるで『奴ら』の星の痣のようだな。しかし、太陽神の力か………太陽神アポロンの司る力は確か……太陽、弓矢、音楽………それに『予言』。その力によって、ここに私が隠れていることを見破ったということか。この力、反則だな。無論、限界もあるだろうし、短時間のものだろうが、それでも………。何より『太陽』というのがいけない。DIO様の危険となりうる)

 セレウコスの宝具【太陽神の指輪(アポロン・リング)】。太陽神アポロンの力を借りうけることができる。光の矢を放つ力や、光や熱を操る力、音楽によって心に影響を与える力、病や毒への耐久や治癒、そして己の求めるものを占う力などを手にできるのだ。
 その占いによって、ここまで来たのだろう。そして、先の言葉を考えれば、今度は自分が足止めされていたことになる。

 そう、既にジョンガリ・Aの鋭敏な感覚は、迫りくる圧倒的な力を感じ取っていた。そしてDIOからのもう一つの命令を思い出す。

『もう一つは、ライダーへの狙撃が、成功していようと、いまいと。ライダーを殺せていようと、いまいと』

 天井が砕ける轟音が響いた。瓦礫が落ちるよりも速く、風と雷を引きつれた戦車の突進が、ジョンガリ・Aに圧し掛かる。
 己の肉がちぎれ、骨が圧し折れるのを実感しながら、それでも心は冷徹に保ちながら、ライフルを征服王へと向ける。

「その闘志、見事なり!」

 称賛の声と共に、ライフルが征服王の投げた剣に叩き落とされる。そのまま車輪によって霊核を潰され、ジョンガリ・Aは自分の最後を理解した。

(一矢報いることもできなかったか。それでも【凶弾導く漂流の星(マンハッタン・トランスファー)】は、DIO様のところへ飛ばすことができた。スタンド同士の会話により、こいつらの情報はDIO様に伝達済みだ)

 背後のサーヴァントを確認したところで、これ以上はライダーを足止めできないと考え、せめて情報をDIOに送るために、【凶弾導く漂流の星(マンハッタン・トランスファー)】をDIOの下へ向かわせた。

(幸い、風向きが良かった。俺の【凶弾導く漂流の星(マンハッタン・トランスファー)】はスピードは無いが、風に乗ることができる。DIO様に向かって風が吹いていたのも、DIO様の幸運、そうでなければ間に合わなかった)

 運命はDIOのために動いている。そう確信して、ジョンガリ・Aは安心して笑った。そしてDIOからのもう一つの命令を実行する。

『ジョンガリ・Aは、そこで死んでくれ』

 既にンドゥールを召喚している今、ジョンガリ・Aまで現界させているには魔力が足りない。魂喰いを行っても追いつかないだろう。ンドゥールとジョンガリ・A、どちらかを間引くしかない。
 ならばジョンガリ・Aの狙撃主、軍人としての技能、知識、経験などを考慮に入れても、弾丸があまり役に立たないサーヴァントや魔術師が相手の現状では、強いスタンド能力を持つンドゥールの方が有用である。
 使い捨ての道具となれというDIOからの命令に、ジョンガリ・Aは平然と頷いた。

 ジョンガリ・Aには、二度目の死に対する何の恐怖も無い。DIOの残酷な命令に対する、怒りも憎しみもない。ただDIOからの命令をまっとうできず、失望されることだけが怖かった。

(DIO様………私は……貴方の……役に、立てました………―――)

 ジョンガリ・Aは、偉大なる王の姿を脳裏に思い描き、頬笑みを浮かべて、消滅した。
 
   ◆

ライダーが建物を砕き、ジョンガリ・Aを押しつぶしたのは、ブチャラティが時臣に対して回答をした直後だった。ビルが破壊された轟音に、全員が反射的に音の原因と方向を探る。
 そんな状況を待ち望んでいた者がいた。

(絶好!)

 衛宮切嗣はその轟音が、ライダーが何者かを攻撃したものであると、見ていたために理解していた。これでライダーに攻撃される心配はない。あとは音に動揺した彼らを獲ればいい。
 切嗣はトリガーを引いた。まず狙うはバーサーカーのマスターである雁夜。サーヴァントを連れているらしい彼をまず殺すべきだ。バーサーカーは魔力供給を最も多く必要とするサーヴァント。ゆえにマスターを失ったバーサーカーは、すぐに消滅するだろう。

(時臣まで討ちとるのは贅沢だろうな。即時離脱としよう)

 だが、弾丸が発射されたとほぼ同時に、切嗣は気付いてしまった。

 ブローノ・ブチャラティの視線が、切嗣のいる方向を真っ直ぐに向いていることに。

「【スティッキー・フィンガーズ】!!」

 ブチャラティが時臣から離れ、雁夜を背にして立ち塞がり、そして、弾丸をのスタンドによって弾き落とした。

「な、何だ!?」
「敵だな。魔術でも宝具でもなく、物理的な銃撃。どこの陣営だ?」

 同様する雁夜に、ブチャラティが冷静に応える。

「アインツベルンの傭兵………衛宮切嗣か」

 思わずといった調子で、時臣が呟いた。そして、余計な情報を敵側の人間に渡してしまったことに気付き、表情をしかめて口を引き結ぶ。

「………問答はこれまでだ。私は失礼させてもらおう」
「貴様!」

 ブチャラティから解放された時臣は杖を構え、周囲に炎を生み出す。雁夜はその炎に対し凶暴な殺気を込めて唸り、蟲たちを舞い踊らせる。そんな雁夜の肩に、ブチャラティは宥めるように手を置いた。

「忘れるな、時臣。お前の選択は間違っていた。お前の娘は魔術師にはなれない。このままでは臓硯の道具としかなれない。蟲に犯され、その身を抉られ、心を砕かれている。この雁夜と同様にな。自分の息子にさえこんな真似をする者が、他人の子供に何をするか、少しは考えてみるといい」
「……………」

 時臣は、何も喋ることなく、炎のカーテンをつくって雁夜たちからの視界を断つと、その場を離脱していった。

「クソッ! あいつ………」
「時臣も、少しは自分の行動に問題があったのではないかと、疑問を持っただろう。眼に迷いが見えたし、肌の汗の具合からしても間違いない。自分を絶対に正しいと信じていたのなら、正義の怒りと罰の炎を、俺たちに浴びせるくらいはしただろうしな」

 悔しがる雁夜を抑えながら、ブチャラティは周囲を警戒していた。さきほどの狙撃主が、まだこちらを狙っているかもしれないからだ。

(奇襲が失敗した以上、まず逃げたと思うが………その裏をかくことも、無いとは言えないからな。衛宮切嗣か。もし俺が事前に気が付いていなかったら、確実に雁夜は殺されていた。恐ろしい銃の腕、この異常状況の中でも冷静を保ち、冷酷に敵マスターを狙う精神力………凄腕なのは間違いないが、一体どういう奴なんだ?)

 ブチャラティは携帯電話を取り出し、連絡を取る。その相手は、

「ナランチャ? ああ、お前が知らせてくれた、ビルの上の不審な呼吸源だが、今は? 移動している? 俺たちの裏………」

 すぐに背後を振り向いたブチャラティは、道の向こうの大通りをバイクが走り去ったのを目にしていた。一瞬ではあったが、その姿がブチャラティの脳裏に焼きついた。くたびれた黒コートを羽織り、無精ひげを生やしていたが、その顔立ちは悪くなかった。
 そしてバイクの方も、こちらを見ていた。無情な暗い眼差しで。

(衛宮切嗣―――!!)

 ブチャラティは、その目を見ただけで、一つの確信を得る。あの男とは、また戦うことになる。あれは、間違っているのだと。

   ◆

「ブチャラティ、なんだって?」

 携帯電話を切ったナランチャに、アバッキオが声をかける。

「向こうは一応終わったって。成果はまだわかんねーけど。あと、俺が見つけた奴は、やっぱ敵だったらしい」

 この事件が始まってから、ブチャラティはナランチャの【エアロスミス】の二酸化炭素レーダーを活用し、結界が張られた区画の中で、不審な動きをした呼吸を調べさせた。
 たとえば逃げまどうのではなく、キャスターへと真っ直ぐ向かっていこうとする呼吸。まったく動かず、止まったままの呼吸。動きが早すぎる呼吸といった具合にだ。
 その中で、キャスターへと向かう呼吸を捕らえ、雁夜の蟲の使い魔によって確認し、時臣を見つけた。しかしその後で、隣のビルに新たな呼吸が入り込んだのをナランチャが発見し、ブチャラティに伝えた。既に時臣と話し始めていた雁夜にはそれを伝えることはできず、ブチャラティは姿を表し、不審な呼吸から雁夜を守ることにした。あのタイミングで現れたのには、そういう理由もあったのだ。

「そうか。じゃあこっちも片付けなくちゃあな」

 アバッキオは冷たい視線で、目の前でキョトンとした顔をこちらに向けている男を見る。

「えーっと、君ら誰? 外人さん? 俺に何か用?」
「そっちはこっちのことなんざ知りもしねえだろうが、こっちはそうでもないんでな。言わせてもらうぜ………『ようやく会えたな』」

 この場には、アバッキオの仲間以外にはその男しかいない。彼らはセイバーとキャスターが戦っている駅前の、すぐ前の3階建てのビルの屋上にいた。男はそこから、2体のサーヴァントを中心として巻き起こる惨劇を、怪物の群れが人々を喰らっていく光景を見物していたのだ。

「手こずらせてくれたな、『雨生龍之介』」

 キャスターのマスター。彼らブチャラティのチームが、来日することになった理由。稀代の連続殺人鬼。冬木の悪魔。
 目の前の青年が、そうなのだ。ナランチャの二酸化炭素レーダーで、逃げ惑っている様子の無い呼吸を探し、ただ隠れているだけの一般人か判別するため、雁夜の使い魔で確認してもらった。そして、ついに彼らはここまで辿り着いたのだ。

「んん、俺のこと知ってるの? 見たところ、刑事さんってわけじゃなさそうだし、ひょっとしてセイハイセンソウってやつの参加者?」

 アバッキオの凶悪な睨みにも、柳に風と受け流す軽薄な様子でありながら、ごく自然にナイフを取り出す動きは不気味なまでに滑らかだった。アバッキオは、目の前の男は既に人を殺すということが体に染み付いており、考えるまでもなく体が勝手に動いて人を殺せる域にまで来ていると、理解した。

「じゃあアンタたち、魔術師ってやつなの? 旦那みたいに魔術使えるんなら、普通の人間と中身は違うもんなのかな? ちょっと見せてよ」
「………生憎、俺たちは魔術師じゃない。それに、お前にくれてやるものは一つ、『死』だけだ」

 アバッキオは手を振ってナランチャに合図を送る。ナランチャは無言で頷き、鞄からライトを取り出す。それは、あのアインツベルンの森で行ったのと、同じ準備だった。
 ナランチャがライトのスイッチを入れて、強い光がアバッキオたち3人を照らしたことを確認すると、今まで言葉を発しなかったもう一人が、ようやく口を開いた。

「【パープル・ヘイズ】」

 パンナコッタ・フーゴのスタンドが、唸りを上げた。

「ブッシャアアアアアアア!!」

 獰猛そのものの拳が一度、強く強く振るわれる。拳は龍之介に当たることはなかったが、その手の甲についている丸いカプセルが分離し、勢いをつけて龍之介へと飛んだ。
 カプセルは龍之介の右肩に当たると、パキリと割れる。

「? え? 何?」

 スタンド使いでも魔術師でもない龍之介には、何が起こっているのかまったくわからなかった。ただ、拳が振るわれた勢いで生まれた風と、右肩にカプセルの当たった感触から、何かが起きていると判断し、その何かを理解しようと周囲に目を向ける。
 そして、首を右に傾けたところで、自分の右腕を視界に入れ、何が起こっているのかを知った。

「え、ええ、な、何だよコレぇぇぇぇ!!?」

 幾人もの肉を刻み、命を奪い、邪悪な芸術へと仕立て上げてきた龍之介の手は、今や異様な吹き出物に覆われ、気持ちの悪い色の泥のような液体が滲み出ていた。
 その異様な状態は急速に龍之介の全身を蝕んでいき、ついに顔まで爛れはじめる。指が崩れて落ち、足の骨が自重を支えきれなくなって脆くも折れる。【パープル・ヘイズ】による『殺人ウイルス』の獰猛な侵食であった。

「し、知らない! こんな気持ち悪いの知らない! いやだ!! こんな汚いのは嫌だぁ!!」

 無数の死、無数の殺しを体験し、人の死について学んできた彼も、このような死にざまは知らなかった。絞首刑も電気椅子も実際にやってみて、どう死ぬかは知っている。だから龍之介は、死ぬことへの恐怖は無かった。恐怖とは未知ゆえのものであり、きちんと知っているものなど怖くは無い。そしてだからこそ、全く知らない死に方に、龍之介はこの上なく恐怖していた。
 噴き出る血の美しさもない。色鮮やかな臓腑の躍動もない。芸術的なものは何もない。すべてが腐れ落ちて、汚泥となって形も残らない。もはや人間の死に方ではない。

「た、助けて、こんな死に方したくない! 俺、こんなひどのぉあびゃあぁぁぁあ……!!」

 泣き喚く声が途中で途切れる。声帯がウイルスに破壊され、機能しなくなったのだ。

「おげあああああぁぁぁああ………」

 混乱と恐怖と苦痛の中で、雨生龍之介はもはや早く死ぬことさえ願いながら、その身を崩れさせていく。
 やがて、その全体が溶け崩れ、腐敗時に発せられる高熱によって残った汁も蒸発していく。数分後、芸術家気取りの雨生龍之介がこの世に残したのは、ビルの屋上に広がる、芸術とは程遠い、汚らしい染みだけだった。

   ◆

「はああああああッ!!」

 セイバーが気合いを込めて剣を振るう。鋼であろうと容易く断ち斬れる剛剣の筋であった。事実、その刃はキャスターの肉体をさしたる抵抗もなく切り裂いていく。しかし、切り裂かれながらもキャスターは前進し、その腕を伸ばし、指先をセイバーへ突き付ける。

「くっ!」
「ふふ、惜しいですね。あと3ミリで、貴方の血管に指先を突き刺して、温かい命の流れを頂くことができたのに」

 セイバーはかろうじて間合いを広げ、キャスターの魔手をかわし、陶然と笑むキャスターを睨む。切り裂かれてまだ10秒も経っていないというのに、キャスターの肉体はもう修復されていた。

(正直、厳しいですね。この再生力は。ただ切り裂くだけでは駄目だ。一撃で全身を消滅させるような攻撃で無くては………)

 その手段は持っている。しかし、今は使えない。この凍りついた腕が悔やまれる。

(このままでも負ける気はないが、長引けば被害が増えるばかりだ。どうにか………)

 そう考えていると、セイバーは右肩に微かな重みを感じた。眼だけ動かして視線を向けると、そこには迷彩服を着込んだ小人が立っている。

「な、これは」

 セイバーが驚きを口にすると同時に、その小人、【バッド・カンパニー】の歩兵の一体は、自らの装備を構え、セイバーの凍りついた右腕に向ける。

 ゴオオォォオオオオォォォ

 小さいながらも中々景気のいい音をあげ、火炎放射器から吹き出した高熱の炎が、セイバーの右腕を炙り、解凍していく。

「しかしどうして」

【バッド・カンパニー】の使い手である虹村形兆は、魔物の相手で手いっぱいだったはず。救援を差し向けられる余裕があったとは思えなかったのだが、

「何、別にお前に肩入れしたわけではないぞ、セイバー」

 その声は、さっきまではそこにいなかった男の声だった。

「俺はただ、俺の騎士道に肩入れしたまでのことだ」

 アイリスフィールを守る壁が、虹村兄弟の二人から、四人に増えていた。どこか複雑な表情の形兆と億泰の隣に、もとより目立つ美形が、よりいっそう目を引く印象を持つランサーと、逆に妙に影が薄く、目立たなく感じるウェイバーが、いつの間にかそこにいた。

「匹夫めが! またしても我が聖処女との語らいを邪魔するつもりですか!!」

 そんなランサーに対し、怒りに顔を染めるキャスターであったが、ランサーはその怒声を無視して、セイバーに声を投げかける。

「問答は無用。勝て、セイバー。我が主が命を賭して、ここまで来たのだ。時を費やしてそれを無駄にすることは、この俺が決して許さん」

 ウェイバーたちが魔物の群れを突破した方法は、『辻彩のメイク術』であった。魔物の群れを突っ切ることの問題点は、ウェイバーが魔物に襲われてしまうこと。そこだけを解決すれば、ランサーの力であの程度の怪物など楽に穿ち抜けられる。
 そこでウェイバーは自分とランサーにメイクを施した。自分にはコトネにも施したことのある、『目立たなくなるメイク』。ランサーにはその逆の『注目を集めるメイク』だ。
 怪物たちの注目をランサーに集め、ウェイバーは逆に目立たなくなることで、攻撃されるのをランサーだけにする作戦である。しかしもちろん、目立たなくなっただけで気付かれないわけではない。気紛れに目立たない方を襲おうとする魔物もいるだろうし、偶然、流れ弾のように攻撃が当たることもあるだろう。危険性を多少下げただけだ。そのうえ、これでメイクはもう2回か3回くらいしか使えない。
 しかしそれでも、ウェイバーはこのまま退くという選択肢を取る気はなかった。そんな簡単に意地を捨てられるくらいなら、最初からこんな戦いに身を投じてはいない。

「別に、お前を助けにきたわけじゃないぞ。ただ、そのキャスターを、どうしてもぶちのめしたかったってだけだ。ぶちのめす権利を譲ってやるってんだから………」

 ウェイバーは動悸の激しい心臓と、疲れきった体に鞭を打って息を吸い込み、

「やっちまえ! セイバー!!」

 激励の声をあげた。
 セイバーは自由を取り戻した右手で、不可視の剣の柄を強く握りしめる。そしてその手の力と同じくらいに力強い声で、高らかに宣言した。

「…………ウェイバー、ランサー、今ここに誓いましょう。この戦いの勝利を、我が剣と、貴方達の誇り高き精神に!!」

 声を放った直後、セイバーは跳んだ。キャスターへ向けて突風のように一直線に行われたそれは、今宵の戦いの開幕と酷似していた。ただし、今度はまだ【風王結界(インビジブル・エア)】の解放はされていない。

「!! UUURRRYYYYYYYYYYYYYY!!」

 矢の如く迫るセイバーを、キャスターは雄叫びをあげて向かいうった。キャスターの腕が、羆が爪を振るうように、弧を描いて振り下ろされた。だが、その一撃がセイバーに触れる前に、

「はあああああああああああッ!!」

 その瞬間が、【風王結界(インヴィジブル・エア)】の解放の時だった。剣にまとわり、凝縮された風が一挙に、指向性を持って解き放たれる。それは【風王鉄槌(ストライク・エア)】となって、下から上へと、キャスターを叩き上げた。

「ぬうおおおおおお!?」

 噴火の如き猛威を振るい、立ち昇る烈風はキャスターを一瞬にして20メートル近くの高みに打ち上げていた。それほどの衝撃を受けたキャスターには無数の裂傷が刻まれる。肌が裂けて肉が露出し、骨が軋んでいたが、その傷もすぐに再生していく。おそらく、着地する頃には全て治っているだろう。

 だから、本番はこれからだ。

「受けよ………」

 不可視をもたらす風の結界から解放され、金色に輝く剣が、更に輝きを増す。

 かつて、一つの伝説の要となった剣。その剣が抜き放たれた時に英雄の全てが幕を開き、その剣が湖に投じられた時、物語の幕が降りた。

 王を選び、王に選ばれた、乱世を断ち斬らんという祈りの結晶。血塗られた戦いの中でなお、人が生きるということに、栄えある光はあるのだという願いの象徴。

 ブリテン11人の王を制し、ローマの侵略を切り裂いた、至高の聖剣。あらゆる闇を薙ぎ払った、王の聖剣。

 その剣に唯一人、相応しいと選ばれた者が、今こそ、その在り方を解放する。

「―――【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】ッッッ!!」

 光が、在った。

 太陽の光よりもなお眩く、いかなる闇も灼熱をもって清める閃光の一撃。

 それは天へと昇る光の柱となり、落ちてくるキャスターを迎えた。

「………おぉ、ォ……」

 その輝きを、キャスターは確かに見た。かつて見た光と同じ輝きであった。
 ジャンヌ・ダルクと共にあったあの日々に、キャスターは、ジル・ド・レイは、確かにこの輝きを感じていたのだ。
 たとえ絶望に落ち、悪徳に塗れ、汚れきった末路を迎えようとも、あの日の栄光は紛れもない真実であった。自分は一体何を見失っていたのか。

 あのアサシンが言った通り、自分とジャンヌは二人で一人。

 こうして思い返せば、確かに自分の思い出の中に、今なおジャンヌは輝きと共に微笑んでいるというのに。

「私は………何を」

 そしてキャスターは涙を流しながら光を受け入れ、その意識を失った。

   ◆

「なるほど、あれがアーサー王伝説に名高い、王者の剣か」

 目もくらむ光の柱を見て、ライダーは感心しながらも、哀しげな顔つきで声を漏らした。

「何を呑気なことを言っている! キャスターを倒すどころか、共闘にさえ持ちこめなかったではないか!!」

 キャスター討伐の褒章となる令呪を得ることができなくなったケイネスは、ライダーにその怒りをぶつける。しかしライダーはそんなケイネスのわめく声を、完璧に無視してセイバーの輝きを見つめ続ける。

「貴様も見ていたか、征服王」

 そんなイスカンダルの隣に、いつの間にか【天翔る王の御座(ヴィマーナ)】に乗るギルガメッシュが飛んでいた。敵サーヴァントの急な登場に、さすがのケイネスも口を噤み、相手の出方を見る。
 ライダーの方は、マスターの警戒も気にせず、堂々と応えた。

「ああ、見ておった。あんな人の身には眩過ぎる理想が、少女の小さな肩に背負わされていたとはな。誰もが彼女を王として畏敬を抱きながら、人として愛することはなく、彼女もまた人としての願いの一切を封じたのだろう。何と哀しい在り方か。痛ましくて見るに耐えぬ」
「なればこそ愛いではないか。アレが抱いていた理想は、最後にはアレ自身を滅ぼしたのだろう。理想に喰い尽されて散ったアレの涙は、舐めればさぞや甘かったであろうな」

 邪悪な快楽を隠そうともせず、堂々と語るアーチャーは、全くライダーとは相容れぬものであった。他者の苦しみを悦楽とする趣味を、ライダーは持ち合わせていない。

「貴様とは、やはり合わぬな。バビロニアの英雄王」
「今更言うほどのことではあるまい。マケドニアの征服王」

 それ以上、彼らが語ることはなかった。もはや言葉は必要なく、ただ武勇にて決するのみ。それは昨夜の問答で既にわかっていたことだ。
 今夜の戦いも終焉を迎えた。海魔は召喚主からの魔力を失って消滅し、屍生人はランサーたちによってほとんど滅ぼされている。あとは生き残った者たちの記憶をどうするかということだが、それは教会に任せるしかない。
 見るべきものは見たと判断し、彼らは無言のまま、その場を去った。ただケイネスは、自分が傍観するしかない状況に、自分が主役ではなく背景にも等しい端役である現状に、無言で憤り続けていた。

   ◆

「忌々しい。まったくもって忌々しい」

 キャスターが目を覚ました時、最初に耳に入ったのはそのような言葉だった。

「【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】………あの光、あの灼熱、まるでアレのようだ。かつてこの身を滅ぼした、あの山吹色の拳のようだ。かつてこの身を割り砕いた、あのプラチナ色の輝きのようだ。忌々しいにもほどがある」

 キャスターは、まず自分が横たわっていることを知り、次にどうやら自分がまだ消滅していないらしいことを理解して、不思議に思った。そして、耳に入ってくる言葉を発する者が、自分の見知った人物であることを確認し、ゆっくりと体を起こした。

「アサシン………」
「ああ、目覚めたかキャスター。危ないところだったな」

 すぐ傍にDIOと、沈黙を保つンドゥールがいた。周囲を見回すと、自分はどこかの路地裏にいるらしい。血の臭いが漂ってこないところからして、戦場となった区画からはある程度離れているらしい。
 どうやらキャスターはアサシンによって救われたらしいが、完全に破壊の閃光に包まれたあの時点で、どうやって助かることができたのか、キャスターには全くわからなかった。

「さて………起きて早々、君には残念なことを報告せねばならない。君のマスター、雨生龍之介は、どうやら殺されてしまったようだ」

 痛切な声でなされたその報せは、キャスターを驚かせることはなかった。マスターとのパスが切れていることは、報告より先に理解していた。今はまだこうして現界しているが、遠からず消滅するだろう。

「そこでだが………キャスター、私に、君のマスターとなってくれそうな人物に心当たりがある。恋に悩める美しい女性だ。どうかな、今一度その淑女と契約を交わし、再度この戦いに挑んでみないか?」

 手を差しのべながら誘うアサシンを、キャスターは力の無い目で見つめ、やがて首を左右に振った。

「いいえ。私にはもう、聖杯を求める理由はありません。私の求めるものは、私自身の中に既にあった。これ以上、現世にとどまる必要もない。このまま大人しく消えていくとしましょう」

 もし強引に従わせようというつもりなら、残る力総てを使って抵抗するつもりだった。既に許されぬ悪行を重ねてきた身なれど、もうこれ以上、明らかに邪悪とわかっている相手に手を貸す気には到底なれない。

「…………ふむ。ならば仕方ない」

 申し出を袖にされて、アサシンは怒るでもなく、冷静に受け止めた。対するキャスターはその冷静さの中に、言い知れぬ冷酷さを嗅ぎ取っていた。キャスターが反射的に、【螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)】を手に取った、次の瞬間、

「死ぬしかないな。キャスター」

 キャスターは、自分が両手足を切断されたうえで、横たわっているのを発見した。

「!!? なっ………」

 驚愕のあまり激痛さえ消し飛ぶ。首を曲げて周囲を見渡すと、こちらを見下ろすDIOの顔。その手には、キャスター自慢の魔道書があった。

「これを使おうとしたのだろうが、残念ながら私の骨と融合したこれは、既に半分は私のものとなっている。君の自由には使えはせんよ」

 言いながら、アサシンは上位ランクに位置する宝具を、安い週刊誌を扱うかのように、仰向けに倒れるキャスターの胸に放り投げた。

「な、何をした? 何をする気だ!?」

 宝具を失い、自由を失い、自害することさえできなくなったキャスターの怯えに、アサシンは説明することはなく、傍らに立つ、老人に声をかける。その老人は、サーヴァントであるキャスターにさえ気取られることなく、本当にいつの間にかそこにいた。

「準備はいいか? 臓硯」
「うむ。わしも初めての試みではあるが、理論上は上手くいくはずじゃ」

 では、とDIOは頷き、行動を開始した。



「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。導く者はDIO。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
「!?」

 キャスターは絶句する。それは、この聖杯戦争を開始するにあたり、最初に唱えられる言葉。サーヴァントを召喚する呪文。だが既に7体のサーヴァントが揃った今、何故それを唱えるのか。

「閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 バチリと、骨が埋め込まれた魔道書が、キャスターの胸の上で魔力を放った。魔力はキャスターへと流れ込み、その身を駆け巡る。

「こ、これは一体」
「告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 やがて、身を駆け巡る魔力は、暴走と呼べるほどの力と成り、キャスター自身の体を引き裂いていった。

「が、がはぁ! い、一体何をしようというのですか!」
「おぬしがもう戦わぬというのなら、戦う者を呼ぶまでということよ」
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者。我は常世総ての悪を敷く者」

 アサシンが呪文を唱え続ける傍ら、臓硯が愉しげにキャスターに答える。そして、呪文は最終段階に入った。

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 肉を破る湿った音、骨を圧し折る乾いた音、そしてキャスターの肉体から一本の『右手』が突き出された。
 
「アァァアアアアァァァアアア!!」

 キャスターの肉体が内部より引き裂かれ、内部から『別のモノ』が這い出てくる。
 それは、アサシンが、聖杯戦争システムの創設者であり、英霊召喚の仕組みも知り尽くした間桐臓硯の協力を得て行う、異色のサーヴァント召喚。既存のサーヴァントを贄とし、入れ替わりに新たなサーヴァントを召喚する。

「わ、私は、私はもう、このような………!」

 キャスターの目に涙が浮かぶ。答えを得た直後に、このような仕打ちを受けるなど。これからアサシンはさぞ恐ろしい悪行を執行することだろう。それがわかっていながら、もうどうすることもできない。

「か、神よ! これが罰なのですか! 私は、私は………ッ!」

 混乱と絶望の中、キャスターは今度こそ本当の最後を迎える。神に手を伸ばしたくとも、もう、伸ばすべき手は無かった。
 アサシンはキャスターの砕けた体が、光の粒子となって消えていくのを見つめながら、最後に声をかけた。

「さらば友よ。この私は、君の千倍も邪悪であった」
「おぉぉおおお………ぉ………」

 救われぬ魂を見送るDIOの顔には、キャスターと出会う時にいつも浮かべていたものと同様の、優しく心の隙間に入り込んでくるような微笑みがあった。
 キャスターの、ジル・ド・レイの残骸は、嘆きの声と共に完全に消滅し、後に残ったのはキャスターの内側から現れた『新たな者』であった。

 その身は臓硯同様、矮躯の老人。杖をついた、皺だらけの老婆。奇妙なことに、その手の形は両手とも、『右手』だった。老婆はアサシンにひざまずき、魂からの歓喜に満ちた声を、絞り出すようにして発する。


「我が偉大なる主、DIO様。召喚の声に従い、このキャスター、ただいま参上いたしましたですじゃ」


 かくしてこの夜、初めて正規のサーヴァントが一体、敗北した。しかし新たなイレギュラーが入れ替わりに現れ、聖杯戦争の混迷と暗黒は、更に濃く、強く、禍々しくなっていくのだった。

   ◆


【CLASS】アーチャー
【真名】ジョンガリ・A
【性別】男性
【属性】中立・悪
【ステータス】筋力D 耐久D 敏捷D 魔力C 幸運E 宝具EX
【クラス別能力】
  • 対魔力:C
 第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

  • 単独行動:C
 マスター不在でも行動できる能力。

【保有スキル】
  • 風読み:A
 気流の動きを読み取り、気流の影響で空中を飛ぶ物体がどう動くが予測する。気流の具合から、動かない物体の位置を把握することもできる。

【宝具】
【凶弾導く漂流の星(マンハッタン・トランスファー)】

【原作ステータス】
 破壊力E スピードE 射程距離A 持続力A 精密動作性A 成長性C

 このスタンドのボディに命中した弾丸を反射させ、標的に撃ち込む狙撃衛星。
【マンハッタン・トランスファー】それ自体は塵のように舞っているだけで何もしないし、何の攻撃もしない。ただライフルの軌道上に漂うだけだ。そして【マンハッタン・トランスファー】は攻撃されても、ただ身をかわすのみ。
 


 ……To Be Continued
2013年02月13日(水) 01:05:37 Modified by ID:/PDlBpNmXg




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