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Fate/XXI 24


   Fate/XXI



   ACT24 切り結ぶ『剣』



 アイリスフィールが倒れたのを発見したのは、久宇舞弥であった。もしこれが億泰であったら慌てふためくだけであっただろうが、十分に経験を積んだこの女性はただちにアイリスフィールを土蔵へと運びこんだ。
 土蔵には魔法陣があった。彼女たちがアインツベルン城から、この深山町の屋敷に拠点を移したその日のうちに書きあげたものである。地脈から汲み上げた魔力を脈動させる魔法陣の上に、アイリスフィールを横たわらせた後、切嗣に連絡した。
 正午前、別行動をしていた切嗣は屋敷に到着した。そんな彼を待っていた、舞弥、虹村兄弟、セイバーは切嗣に問いかける。

「で、どういうことだ? セイバーの話では、あれはホムンクルスという肉体ゆえの問題だというが」

 口を開いたのは形兆だった。セイバーでは切嗣が答えようとしないだろうし、億泰では冷静に質疑応答ができないだろうという判断ゆえだ。
 セイバーの話からすると、アインツベルン城から屋敷に移った時点で、既に彼女の肉体は衰えを見せていたということであるが、

「造られた存在ゆえの構造的欠陥という説明だったが、それにしてもああいきなり倒れると言うのは解せない。魔法陣からの魔力供給も、ほとんど回復の役に立っていないようであるし、アイリスフィールの身に何が起こっているのか説明してもらおう」
「………それが君らに関係あることか? アイリが死んだところで、君らのやることに変わりないだろう」

 アイリスフィールの命に関わる問題に対し、あまりに冷酷に斬って捨てようとする切嗣に、セイバーと億泰がそろって激昂しようとする。だが、その前に形兆が斬り込むように言葉を発した。

「死んだところで? 死ぬのは確定していると言っているようだな。確かにやることは変わらないだろうが、士気というものがある。納得できているのとそうでないのとでは、おのずとやる気も変わるというものだ。話しても話さなくても、やることが変わらないというのなら、それこそ話してもいいんじゃないのかい?」

 切嗣は言われて数秒沈黙した後、口を開く。つとめて冷静に。これから話す内容が、別になんてことないものであると、心中で自分自身に言い聞かせながら。

「アイリは聖杯戦争のために調整されたホムンクルス。それは知っているだろう?」

 形兆が頷く。アインツベルン家の聖杯戦争における役割、『器』の提供のため、『器』を管理し運搬するための存在が、彼女であると教わった。

「だがそれは正確ではない。前回の聖杯戦争はその『器』が乱戦で破壊されたために、失敗に終わった。その反省を活かし、今回は『器』自体が自身を守れるようにした。『器』そのものに生存本能を与え、自らを守るように仕向けた」
「………おい、まさか『器』というのは」
「そう、『聖杯』はアイリ自身だ。彼女の不調は、『聖杯』の完成が近付いているためだ。『聖杯』の完成が近付くにつれ、『聖杯』を守るための生物としての機能は、不要なものとして破棄され、本来のものに戻っていく」

 その意味を理解した全員、すなわち億泰以外は皆、色を失う。

「つまり………聖杯が完成すれば、アイリスフィールは死ぬということか?」
「そうだ」

 己の放った言葉に感情を全く滲ませなかったことを確認し、衛宮切嗣は自分が完全に昔の自分に戻りきれたことを自覚した。己の心を完璧に殺し切り、作業としてあらゆる悪行を執行する殺人機械となれたことを。

「では貴方は、はじめからアイリスフィールを死なせるつもりで聖杯戦争に参加していたというのですか!」

 セイバーが激昂する。自身の苦難より、他者の痛みを耐えがたく感じる、真なる英雄である彼女が、こう反応することは当然であった。だがその正当な怒りを、切嗣は今まで通り無視する。ただ、感情の赴くままに斬られても困るので、令呪を発動させる準備は怠っていなかったが。

「舞弥に管理してもらっていた使い魔から、遠坂邸で異常があったことがわかっている。奇妙な霧に覆われたという話しだが、戦いが行われ、敗者が出たのだろう。使い魔の目に、遠坂邸を出る言峰綺礼の姿が確認されているから、敗者は遠坂時臣とアーチャーだろうな。サーヴァントが新たに聖杯に吸収され、聖杯が完成に近づき、アイリは意識を保っていられなくなったということだろう」

 一応アイリスフィールはいまだに人の形と生命を保っているが、それは彼女に埋め込まれた聖剣の鞘の治癒能力のおかげである。キャスター、ライダーに続き、並みの英霊3体分の容量があるアーチャー・ギルガメッシュが聖杯にくべられたことで、計5体分の英霊の魂が集った聖杯は、ほぼ完成に至っていた。

「おそらく次にもう1体、サーヴァントが敗退すれば、聖杯は完成に至るだろう。それで僕の願いは叶う。ついでにセイバーの願いも、ね」

 妻の死と同義の言葉を、切嗣は無感情に言ってのける。その言葉に、セイバーは言葉を失った。一瞬前までは、ただ切嗣の無情さに激昂していただけだったが、今になって自分もまた情けを切り捨てなければならないことを理解したためだ。
 セイバーが召喚された理由、聖杯にかける願い。『王国の救済』は、護ると誓い、共に戦場を過ごした、好ましい淑女の死を許容しなければ得られないのだ。

「………今更、おたくの価値観や覚悟云々を問うつもりはないが、良かったのか? 聞きだした俺が言うのもなんだが、セイバーの剣が今まで通りに振るえるかどうか」
「そのための令呪だ。君の気にすることじゃあない。それよりも『器』の管理の方をしっかり頼む。人としての機能が失われるからには、既に3体か4体のサーヴァントが脱落しているはず。ペースが上がってきた状態だ。多分流れは止まらず、戦闘も加速するだろう。決着はそう遠くはない」

 そして事務的な指示を端的に発した後、切嗣はアイリスフィールの姿を見ることさえ無く、情報の収集を続けるため、戦争に勝利するため、屋敷を後にした。

   ◆


 切嗣は自動車を運転しながら、今後の行動について考える。

(勝ったのはアサシン。『時を止める能力』………どうやって倒す? 正面からでは誰にも不可能。不意打ち、暗殺、か。しかしセイバーにそれができるとも思えない。やはりマスターである言峰綺礼を狙うのが最上か)

 言峰綺礼は今なお切嗣にとって恐ろしい相手であったが、それは相手の内側が見えないからだ。相手の内面を見抜き、弱点を突く切嗣のやり方が通用しない。
 しかしその不備を虹村兄弟に補ってもらえば、勝算は高い。

(ランサー、ライダー、バーサーカー、どれが残っているのかはまだわからないが、ランサーは既に宝具を一つ潰しているし、マスターの能力も把握できた以上、危険度は低い。ライダーは強力な宝具を持っているが、ケイネスの方は隙が多い。仕留めるのは難しくないだろう。単純に倒すことが最も難しいのはバーサーカーか。魔力消費の激しいクラスゆえ、持久戦に持ち込めばマスターの方が先に力尽きる可能性は高いが、ただ……)

 アインツベルンの森で、キャスターを相手に戦ったというスタンド使いたち。切嗣の狙撃にも気付いていた、まだ年若い男のことが、脳裏に浮かぶ。
 ただの敵というだけの情報として捕らえきれぬ何かを、あの男に感じた。言峰綺礼とは違う『特別』が、そこにはあった。

(奴は……)

 そこで、切嗣の視界がそれをとらえた。

「!!」

 歩道から、車道に向かって走る男の姿。周囲の通行人は驚き、声をあげている。飛び込み自殺か何かと考えているのだろうが、切嗣はそうではないと知っている。切嗣が走らせる自動車に、体が衝突するタイミングで車道に飛び込んできた男こそ、切嗣がさきほど思考の対象としていた人物だった。
 自分の狙撃を邪魔した男。あの狙撃のとき、雁夜が名を口にしていた男。唇の動きを読んだ限りでは、確か名は、

「ブチャラティ!!」

 思わず名を叫んだと同時に、ブチャラティは己がスタンドを現し、

「【スティッキー・フィンガーズ】!!」

 本体が自動車と接触するよりも前に、スタンドで切嗣の自動車のボンネットを殴りつけた。ボンネットは内部のエンジンごと切断される。

「くっ! 『固有時制御・二重加速(タイムアルター・ダブルアクセル)』!」

 切嗣は速度を倍加してすぐさまドアを開き、自動車を捨てて飛び下りた。歩道へ滑り込み、振り向きもせずに走り出す。
 背後では乗り捨てられた自動車による、派手な衝突音や悲鳴が響いているが、知ったことではない。

(人ごみに逃げ込むか? いや、白昼堂々攻撃してくる相手が、それで退く保証はない。ここは戦いを選ぶ)

 しかし、懸念はある。ここで攻撃してきたということは、彼らは待ち伏せができるほどに、切嗣を補足していたということだ。ならばアイリスフィールのいる屋敷の所在もばれているのだろう。

(向こうも襲撃されるかもしれない。僕の指示なしでも切り抜けられると、期待するしかないか)

 セイバーはまだ精神的に動揺しているかもしれない。そこが不安であるが、今は向こうのことに気を割いている余裕はなかった。

   ◆

 虹村形兆は舌打ちをする。

 さきほどからセイバーは土蔵の前に立っている。一言も口にせず、微動だにしない。アイリスフィールの警護という役割はそれで果たしているといえようが、その背中に重苦しい空気が背負わされていることは丸わかりだ。
 舞弥と億泰は土蔵の中に入り、直にアイリスフィールを見ている。つまり、セイバーに話しかけられるのは自分しかいない。このままでは戦闘もろくにできないかもしれないと考え、形兆は仕方なく声をかけた。

「何を気にしている、セイバー」

 温かみはまるでなく、むしろ攻撃的に向けられた声に、セイバーはようやく首を捻り、形兆の方を見た。

「貴方は気にしないのですか、形兆」

 怒りが籠った声だった。それは無情な切嗣への怒りであり、死を受け入れるアイリスフィールへの怒りであり、どうしようもできない自分自身への怒りなのだろう。

「気にしてどうする。どうしようもないことはわかっているはずだ。俺もこういうこととは知らなかったが、切嗣も、アイリスフィール自身も知っていたことなんだろう。なら俺たちが今更どうこう言っても水をさすだけのことだと、わかっているんだろう。ならばお前は、ただ己の使命を、願いを求めればいいだけのことだ。ああ、それとも願いをアイリスフィールを生き返らせることに変更でもするか?」
「それは………」
「できないだろう? もっと大切な願いがあるんだろう? お前のそれを偽善とは言わないさ。マジでアイリスフィールのことを想って言ってんだろう。けどそれでもやっぱり、より大切なものの方に、天秤は傾くだろう? 誰だってそーする。俺だってそーする。そもそも、この戦いで人が死ぬことはわかっていたことだろう。死ぬほどの悪人でも罪人でもない参加者を殺さなくては、聖杯は得られないと。他者の願いを踏みにじらなくては得られないと、最初からわかっていたことだ。そんな犠牲に、アイリスフィールが加わっただけのことだ」

 語りながら形兆は、こんなに喋るなど自分の柄じゃないと感じていた。それでも語るのは、自分でもこの展開に、気分が良くないと思っているからか。仕方ないと、自分に言い聞かせているからか。

(勝とうが負けようが、傷はつく。失うものもある。正義は無い。ハッピーエンドは無い。当たり前か、戦争だものなぁ)

 何も言い返すことができず、また黙り込んでしまったセイバーに、これ以上何を言ったものかと思っていると、形兆の耳に、轟く破砕音が飛び込んできた。

「!! こいつは!」

 どこかの壁が壊されたらしいことはすぐに察せられた。そしてすぐ後に、何かが走る音と、獣のような唸り、そして銃声が鳴り響いた。

「【極悪中隊(バッド・カンパニー)】!!」

 形兆は、屋敷内にばら撒いていたスタンド軍隊を、音源の元へと急行させる。そしてすぐに、音の位置と正体を突き止めた。

「バーサーカーだ。拳銃を両手に一丁ずつ持って、撃ちまくってる。宝具化した銃弾で、屋敷内に張った結界や罠を壊してやがる」

 さすがに周囲に気付かれぬよう、認識阻害辺りは向こうが張り直すであろうが、元々時間が無い中でつくった結界だ。こちら側の護りは全滅だろう。
 そして、このバーサーカーの行動から読めることがある。バーサーカーだけならば、罠に引っ掛かったところで動きを微かに制限する程度だろう。破壊するまでもないものだ。

「わざわざ結界を破壊するってことは、マスターの方も乗り込んでくるつもりだぜ?」

 敵の狙いは、おそらく聖杯の器。すなわちアイリスフィール。

「………私はバーサーカーを倒します。貴方たちはアイリスフィールを護ってください」
「もう、迷いは無いのかい?」

 セイバーは形兆の問いに、是と答える。

「もとより答えは決まっていました。私は、今までにも幾つもの事象を天秤にかけ、そして切り捨ててきました。全てはより良き未来のためにと。そして今また、同じことをするだけです。騎士としては納得しきれるものではありませんが、王としては、正しいことですから。言葉をかけていただいたことには感謝します」

 そしてセイバーが言い終えたとほぼ同時に、大地を抉るほどの勢いで黒い塊が駆けこんできた。二丁拳銃を手にした西洋甲冑をまとった騎士という、違和感の塊のような姿の、バーサーカーが参上した。

「! Arrrrrrrrrrrrrr!!」

 セイバーを見つけたバーサーカーは、流れるように銃を構えると、狂戦士とは思えぬ正確無比な狙いで、引き金を引いた。

「フッ!」

 呼気一つ、いかに優れた射撃、宝具の力を宿した銃弾といえど、セイバーの剣の冴えはそれらを上回る。機関銃ほどの物量をぶつけられるのならまだしも、十数発程度の弾丸、苦にはならない。瞬時に切り払い、セイバーはバーサーカーへと突進していった。

「ふっきれた、じゃねえな。単に諦めたか。まあ、戦えなくなるよりゃいいさ」
「あ、兄貴!」

 土蔵から、周辺の音に気がついた億泰が顔を出す。縋るような顔で指示を仰ぐ弟を見て、

「いいからお前は周りに注意してろ。じきにここにも敵が来る。来たらすかさずぶちかませばいい」

 そう言う形兆の耳に、今度は風を切る音が届いた。それは自分のスタンドを動かしている時にも耳にする音。プロペラの回転音だ。しかし、自分のそれより幾らか強いように思えた。

「来たぜ」

 形兆の目に、機関銃を備えたプロペラ飛行機が映った。大きめのラジコンのようにも思えたが、それがスタンドであることはすぐにわかった。

「戦闘ヘリのスタンドか。面白い。俺のとどちらが強いかね?」

 形兆もまた、【極悪中隊(バッド・カンパニー)】のアパッチを4機、空に浮かべて身構える。

   ◆

「その……」

 暗い土蔵の中の静寂を破ったのは、億泰だった。

「何か?」

 話しかけられた舞弥は、感情を感じさせぬ声を持って返答する。

「あんたは知っていたのかい? あの……聖杯について」
「………それはアイリスフィールが、最終的には死ぬしかない、という話でしょうか?」
「お、おお……」

 淡々と冷酷な事実を口にする舞弥にのけぞりながら、億泰は頷く。

「いいえ。しかし、それで私ができることはありません。アイリスフィールもまた、自らの死を理解してこうしているのであれば尚更です。アイリスフィールはこの聖杯戦争の道具として生まれ、その在り方を受け入れ、戦いに臨んだ。ならば安易な同情や憐れみは彼女への侮辱となりましょう」
「そりゃあ、まあ、理屈のうえではそうなんだろうけどよ………」

 アイリスフィールは死を覚悟してここにきている。なら他人が何を言っても雑音にしかならない。それが正論だ。だが、それを納得できないと考えるのも、別に間違ってはいない。
 この億泰と言う少年は、アイリスフィールの覚悟を軽んじているのでも、非難しているのでもなく、ただ、ごく単純に、アイリスフィールの生命を大切に思い、その死を悲しんでいるだけなのだ。

「納得できないのはわかります。この世は多くの悲劇を内包して出来ている。しかし切継ぐが聖杯を手に入れれば、少なくとも人間同士の闘争から生まれる悲劇は絶やすことができる。嫌な言葉かもしれませんが、アイリスフィールの犠牲は、価値ある犠牲なのです。無意味な犠牲、無価値な悲劇が積み重なる中で、これは確実なこと。アイリスフィールはむしろ運がいい」

 億泰はさすがに舞弥の言葉を受け入れることはできなかった。自分の父親のような状態ならともかく、それ以外では死というのは忌わしきことだ。ましてアイリスフィールには、

「けどよぉ、この人には子供がいるんだぜ? 外国で母親の帰りを待ってるイリヤに、一体どう言えばいいんだよ?」
「子供、ですか。子供は母親を失ったら、悲しむものなのでしょうね」
「は? いや、そいつは当り前だろ。あんただって子供の頃はあったんだから、わかるだろうがよ」
「あまり記憶に無いですね。ものごころがついた時には、既に銃を握って人を撃っていました」
「んな………どういうことだよそれ。子供が銃をって」

 億泰は面食らいながらも突っ込んで聞く。これが深刻な空気をもって語られていたのなら、こうも気安く聞けなかっただろうが、あまりに舞弥が淡々としていたため、真実味を感じられなかったのだ。

「日本ではない、戦乱の続くある国での話です。私たちは5歳の頃より武器を手にとり、人を殺し、また性の捌け口として別の兵士に犯されてきました。出産したこともありますが、母親としての感慨を抱く暇もなく、離れ離れになりました。今生きているかはわかりませんが、死んでいなければ、今も兵士として殺し合いを続けているでしょう」

 どこの映画の話だと、笑い飛ばしてしまいたいような非日常的な悲劇。しかし、億泰は馬鹿だ馬鹿だと言われているといえど、舞弥の言葉を嘘と思えるほど鈍くはなかった。

「な………あんたが、母親だとぉ?」

 ゆえに、彼の感性では最も衝撃的な部分を口にする。

「ええ。驚きましたか? ですがこれは真実。どうしようもなく醜く歪んだ世界の真実。それを変えるために、切嗣は聖杯を求めている。そのためなら、私もまたアイリスフィール同様、どのように死んでも構わない」

 悲哀も恐怖もなく、擦り切れたような絶望を目に宿し、覚悟とさえ言えぬ乾ききった『当然』を語る舞弥を、億泰は泣きそうな顔で見つめる。

「そいつは……違うぜ。死んでもいいなんてのは、違うと思う。俺、頭悪いからよぉ、あんたにかける言葉は見つからないんだけどよ、あんたは生きるべきだ。だってよ、あんたには子供がいるんだろ? だったらよ、そいつを探して、見つけるべきだ」
「? 今更、会ってどうするというのですか? たとえ生きているとしても、ただ生んだだけで、名付けることも、育てることもできなかった親など、会っても困るだけでしょう」

 だが、億泰は首を振る。

「俺の親父はよ、もう俺が息子だってこともわからねえ。あのアサシンの、DIOの野郎に、細胞を植え付けられていた親父は、DIOが死んだとき、暴走した細胞のせいで体を蝕まれて、人間でも吸血鬼でもねえ、わけのわからねえ怪物になっちまった。不死の吸血鬼の細胞のせいで、どんなことがあっても死ぬことはねえ。人間として物を考えることもできねえで、動物みてえに動いてるだけだ」

 舞弥は少しだけ目を見開く。ここにきてようやく、虹村兄弟が死徒を殺す方法を求める理由や、アサシンを憎むわけを知ることができた。

「兄貴は、親父をせめて楽に死なせてやるための方法を探している。魔術ならそれができるんじゃないかってな。でも俺は正直、もう一度親父に俺を息子として見てもらいたい。ちっちぇえ餓鬼の頃の俺をよく殴る、酷い親父だったけど、それでもまた会いたいと思うよ。まあとにかくよ、俺の言いたいことは、たとえ生んだだけだとしても、酷い親だとしても、それでも親にはいて欲しいと望むのが子供なんだよ。だからよ、会ってやれよ。そうすりゃよ、あんたもその子も、ひとりぼっちじゃなくなるぜ?」
「…………」

 舞弥は沈黙し、しかし無視することもできずに億泰と向かい合う。舞弥の胸の奥で、凍りつかせていたはずの感情がざわめく。この頭の悪い少年は、打算の一つとしてなく、ただ舞弥と、舞弥の子供のためを想って、心から振り絞った言葉をかけてくれているのだ。

「私は……」

 舞弥が何かを言わんとしたとき、轟音が響いた。

 語らいの終わりを告げる鐘であった。

   ◆

 脳内に叩き込んだ地図の中から、切嗣は戦場となる場所を選び出し、駆け抜ける。

(追って、きている)

 姿は見えない。足音もしない。だが戦場で慣れ親しんだ『死の香り』とでも表現するべきものが、漂い迫ってくるのが感じられた。

(暗殺を生業としている気配ではなかったが、経験は少なくないようだ。何者だ? 魔術関連の情報では全く分からなかった。一体どういった伝手で、間桐雁夜はこれほどの手練れを雇えたんだ?)

 さきほど自動車を破壊したときのスタンドの破壊能力や速度を計り、『危険な敵』であることを再認識する。

(防御を無意味にする威力。弾丸にも反応できる速度。弱点を導けるほどの情報は無い。最悪だ)

 それでも戦わないわけにはいかない。切嗣は人の姿のない駐車場に足を踏み入れた。百台以上の自動車を置くスペースがあり、現在半分ほどが塞がっている。

(………さて)

 切嗣は、自動車がほとんど停車していないスペースに立ち、相手の出方を待つ。

(どこから来る……?)

 切嗣は固有時制御を発動させ、速度を倍加させる。どこからどう攻撃されても反応できるように。

(横か、背後か、上、下、それとも瞬間移動でもしてくるか………?)

 全身全霊を研ぎ澄ます切嗣はあらゆる状況を考慮に入れ、ダメージを受けることも覚悟する。だが、次の瞬間、相手は切嗣の思考を全て覆した。

「っ………!」

 コツ…コツ…コツ…

「俺の名はブローノ・ブチャラティ……」

 敵は、切嗣の真正面から堂々と、ゆっくりと、歩いてやってきたのだ。

「呆けていないで、名乗りを返すくらいしたらどうだ? 衛宮切嗣」

   ◆

 セイバーはバーサーカーの銃弾を回避しながら、巧みな足運びでバーサーカーを、土蔵から、アイリスフィールや形兆たちから離していく。彼らを巻き込まぬように。
 サーヴァント同士が本気で戦えば、余波だけで人を殺すことになる。宝具を発動することも覚悟しなければならない強敵との戦いならば尚更だ。

「はぁっ!!」
「Arrrrrrrrr――!!」
 
 セイバーが振り下ろした剣を、バーサーカーは何と、二丁の拳銃を交差させ、挟み込むようにして受け止めた。剣と銃の鍔迫り合いが数秒行われ、全く同時に、二人ともが後方に跳び退いた。
 跳ぶと同時に、バーサーカーは更に銃撃を行ったが、セイバーはそれもまた剣で弾き飛ばす。そこで弾が切れたらしく、バーサーカーは両手の拳銃を手から放した。

(こいつは、私の事を知っている。私の剣を知っている。でなければ、風王結界によって不可視となった我が剣を、受け止められるわけがない)

 刃渡り、形状を理解していなければ、防げないタイミングの防御であった。

(しかし何より、この私に向けられるどす黒いまでの殺意………私個人に恨みを持つものであるとしか考えられない。しかし誰だ? この技量、この動作、確かに憶えがある気がするのに……繋がらない)

 だが、相手はこちらを知っている。こちらの情報をあちらは持っている。そしてこちらは持っていない。この差は大き過ぎる。
 ならば、

「知っているだろうが、敢えて名乗ろう。我が名はブリテンの王、アルトリア・ペンドラゴン。さあ、そちらも名乗るがいい」

 挑発的な言葉と態度で、セイバーは威圧する。

「それほどの腕を持ちながら、自らの素性を隠すのはなぜだ! 貴様も騎士ならばその誇りを掲げ、身を明らかにして堂々と向かってくるがいい! それとも貴様の誇りは狂気に呑まれて消える程度のものであったか!!」

 バーサーカーに対し、言葉で攻めるのは意味が無いといえるはずだった。言葉を介する理性が無いからこそのバーサーカーだからだ。だがセイバーには通用するという不思議な確信があった。こう言えば、相手は必ず正体を表すと、彼女は無意識に確信していた。
 そしてその通り、バーサーカーはその身を纏う霞のような闇を、消失させていく。ぼやけていた細部が明確になっていき、鎧の形状から、刻まれた戦闘の痕まではっきりと見えるようになる。
 だが、それはセイバーにとって狙い通りであったものの、目論見の成功への喜びを上回る衝撃を、叩きつけようとしていた。

「な………」

 彼女はその鎧を知っていた。その鎧をまとって戦った騎士と、その戦歴を知っていた。

「そんな………貴方は……」

 バーサーカーは腰に備わる剣を、鞘から抜き放つ。
 その剣は澄み切った湖の如くに清涼な刃渡りを見せながら、隠しきれぬ汚濁に濁っていた。侵略者を討ち取り、龍を屠り、多くの人々と、王国と、そして王を護った聖なる剣。しかし、その剣は今や、担い手が愛し愛された者たちの血で穢れてしまっている。
 伝説に謳われる【湖の貴婦人】より贈られた、人の手によらざる神造兵装。いかなるものを斬ろうと、どのような痛撃を受けようと、刃の一つとして毀れすることなき永遠の剣。

 その名も高き、【無毀なる湖光(アロンダイト)】。

 そしてその剣を手にする者は、もはや彼しかいなかった。

「Ar………thur……」

 Arthur(アーサー)。それが彼の意味をなさぬと思われた唸りと狂騒の正体。全てはセイバーに向けられた感情の猛り。
 バーサーカーは自ら兜に手をかけ、素顔を封印していたそれを脱ぎ捨てる。自分を見ろと、言わんばかりに。
 長い黒髪が乱れ、憎しみに滾る目が露わとなる。その面貌は、『完璧なる騎士』『最高の騎士』と謳われた美しさが剥ぎ取られ、狂える鬼のものとなっていた。

「ああ………!!」

 セイバーは涙を流していた。かつての『友』の、『臣』の、今に耐えることができずに。

「そんなにも貴方は……そんなにも私が憎かったのか、『朋友』よ……そんな姿に成り果ててまで……そうまでして私を憎むのか……」

 セイバーは、『騎士』の名を口にする。悲哀と、絶望と、敗北を込めて。

「『湖の騎士(サー・ランスロット)』!!」

   ◆

「ちっ! まずい」

 セイバーの叫びを耳にし、形兆は舌打ちする。
 アーサー王伝説を事前に読み込んでおいた形兆には、バーサーカーの正体と、セイバーの受けた衝撃が理解できた。

『湖の騎士』サー・ランスロット。

 円卓の騎士たちの中で、サー・ガウェインと共に双璧となった、『第一の騎士』。
 その父はフランスの王の一人、ベンウィックのバン王。兄弟であるゴールのボールス王と共に、アーサー王と盟約を交わし、アーサー王と共にアーサー王の即位を認めない11人の王と戦った、偉大な騎士。
 バン王とエレイン妃の間に生まれたランスロットは、父が敵の王クラウダスに滅ぼされた後は妖精【湖の貴婦人】に育てられ、武術を教わり、名剣【無毀なる湖光(アロンダイト)】を与えられた。
 アーサー王のローマ遠征などで多くの名誉を得て、王国の繁栄を助けた彼であったが、その王国を、円卓を破壊したきっかけとなったのも彼であった。
 アーサー王の妃、ギネヴィアとの禁断の恋。その恋は美しく、愛は真摯であったが、罪であることは間違いなかった。影ながらに育まれた二人の関係は、二人を忌み嫌う者たちによって暴かれ、ランスロットとアーサー王は不倶戴天の敵となる。
 そして円卓は、アーサー王やガウェインたちと、ランスロットの親族であるボールスやエクターといった騎士たちとに二分し、戦いとなった。この戦いが行われている隙にアーサー王の不義の子、モードレットは兵を扇動し、アーサー王に反旗を翻す。報せを聞いて国に戻ったアーサー王はモードレットと戦い、相討ちとなってその命を落とすこととなるのだ。
 もしランスロットとの戦いが無ければ、モードレットがクーデターは成功せず、王国は伝説以上に栄えていただろう。

 王国繁栄の礎であり、王国崩壊の発端。

『第一の騎士』にして、『裏切りの騎士』。

 それがサー・ランスロット。アーサー王伝説の影。

(だがそれでもアーサー王はランスロットを恨むことはなく、許してやりたかったのだと言われているが、あの糞真面目なセイバーのことだから、その通りだったんだろうな。そして相手もそう思っているのだと考えていたんだろうが、そうではなかったことを知ってショックを受けていると………だがよぉ、今はショックを受けてる場合じゃねえんだよ!)

 形兆にとって彼らの事情などどうでもよかった。ただセイバーにしっかりしてもらわないと、自分たちまで危ない。どうしてもセイバーにはまともに戦ってもらう必要があった。

「嘆いてるんじゃねえぞセイバー!! さっき戦うと決めたばかりだろうが! より良き未来の為に、罪を被ると言っただろうが! だったら戦え! 聖杯に願えば、そいつがそんな風になった状況だって覆せるんだ!! 過去をやり直して、そいつを救ってやればいいだろう!!」

 形兆の声が耳に届いたらしく、セイバーは一瞬、形兆の方を振り向き、ハッとした表情をつくると、またすぐにバーサーカーに向き直る。そして悲痛な影を目に浮かべながらも、歯を食いしばり、【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】を強く握って、【無毀なる湖光(アロンダイト)】を手にするバーサーカーへと踏み込んでいった。

「それでいい……か、どうかはわからんが、俺にとってはそれでいい。都合が、いい」

 そして形兆は空を見る。既にアパッチ4機の姿はなく、元気に旋回する敵スタンドの姿があった。形兆はアパッチ4機で取り囲もうとしたが、包囲網が完成しきる前に、敵スタンドがアパッチの1機に突進、体当たりし、自身のプロペラを電気ノコギリのように使ってアパッチを刻んで破壊したのだ。そうやって包囲網を崩壊させて脱出すると、あまりに強引なやりように動揺していた形兆の隙を許さず、すぐさま機銃放射によって残った3機のアパッチを撃墜してしまった。

(思ったよりパワーがある。あまり頭のいい動きではないが、思いきりはいい奴らしい。調子づかせると、勢い任せに押し切られかねん。億泰の瞬間移動でこちらの間合いにまで引き寄せさせるか……?)

 まだ歩兵や戦車が残っているとはいえ、空中戦能力が倒されたことを痛みに感じながら、形兆は次の対応を練るのだった。

   ◆

「正気か貴様……正面から来るなど」

 動揺を取り繕い、体に浸み込ませた動きで銃を構える。
 切嗣とブチャラティの間の距離は、約6メートル。

(敢えて近寄ってきているということは、ブチャラティのスタンドは近距離型……形兆の話によると、近距離型はパワーに優れる代わり、射程距離は2メートル程度が平均。車体を破壊したほどの力は厄介だが、本体が人間である以上、銃は利く。しかし、正面から撃っても防御されるだろう。不意を突かねば……)

 しかし、正面からの戦いとなると、不意を突くのは難しい。自動車から脱出した動きで、こちらが少なくとも常人より速く動けることは悟られているだろう。魔術師でない相手には、魔術師殺しの『起源弾』も、ただの銃弾だ。
 固有時制御の魔術も倍速程度ではスタンドの速度を超えることはできまい。
 切嗣の優位は、銃による射程距離くらいか。

「どうにか不意を突かねば……そう考えているのだろう?」

 心を読まれたことに、切嗣は表情を変えずに背中に冷や汗を流す。こちらには相手の内心が読めないのに、向こうは読める。それが恐ろしい。

「動揺を悟られまいとしているのか。だが無駄だ。俺は肌や汗の様子で、相手の内情が少し分かる。それに……そうでなくてもお前の思考は、俺には読みやすい」

 ゆっくりと、時計の秒針が進むよりもなお遅々とした動きで、ブチャラティは切嗣へと近寄っていく。
 スタンドの拳を叩き込める間合いに。

「俺とお前は同類なんだ。だから読みやすい」
「なんだと?」

 同類。その意味は分からなかったが、切嗣は口に出して反応した。意味を知りたかったわけではなく、何かを話すのならば、対処法を練る時間稼ぎができると考えてのことだ。

「俺もお前も、死んだままに生きているということだ。心の中にある『正しいもの』が叫んでいるのに、それに蓋をして、間違った道を歩み続けている。潤いが無く、乾いていて、ゆっくりと死んで崩れていくだけの心で、それでも生きていくしかないと、分かってしまっている人間だ」
「な―――!」

 今度こそ、切嗣は本当に意図せず声を出して反応した。今まで一度も言葉を交わしたことのない人間が、自身の内面を洞察していることに愕然とする。

「自分の行為が誰かを傷つけ、踏み躙っているとわかっていながら、それをやめられない、吐き気を催す邪悪だ。俺も、お前も」

 破滅をもたらす麻薬を憎みながら、麻薬を売りさばく組織に従い続けるブローノ・ブチャラティと、全てを救いたいと願いながら、少数の犠牲を生み出し続ける衛宮切嗣と。

「俺たちは同類だ。間違っていることをやめられないクズだ。目を見た瞬間、それはわかっていた。だからクズはクズ同士、誰も巻き込まずに決着をつけたいと、そう思っていたんだ」

『切断』と『結合』
『切って、嗣ぐ』
『同じような能力』
『同じような存在』

 その二人が、今、『切り結ぶ』。
 
   ◆

「うう………ぐあああ!!」

 戦いが行われている屋敷から、3軒挟んで離れた道に停車しているワゴンの中で、一人の男が悶え苦しんでいた。言わずと知れた、間桐雁夜だ。
 バーサーカーが真の宝具を抜き放ったことで、今まで以上に魔力消費が激しくなった結果、失われた魔力を生産するために、雁夜の体内で蟲が暴れ狂っているのだ。

「………無理するなとは言えませんが、ここで死なれるとこちらの協力も無駄になって損なので、なるべく死なないように」

 護衛として傍らにあるフーゴは言う。雁夜に対する優しさも情けもない、そっけない言葉であったが、雁夜にはその態度に怒る余裕もない。

「うううう……がああっ!!」

 絶叫する雁夜に、フーゴはため息をつく。まだあまり仲間意識を持ってはいないが、これからギャングに入れば正式に仲間になる相手である。
 ブチャラティの補佐として、交渉事の多くを引き受けてきたフーゴの目には、雁夜の自己犠牲の向こう側にある遠坂時臣への嫉妬や、遠坂葵への未練が見え透いている。雁夜の苦しみは自業自得の類だ。

(しかしブチャラティは、そんな負の部分があったとしても、少女を救おうと行動したことの方を重く見ている)

 フーゴが思い出すのはブチャラティが、組織が麻薬を取り扱っていることを知った日のこと。フーゴはブチャラティよりも前に、その事実を知っていたが、黙っていた。ブチャラティが傷つくと思ったからだ。実際、ブチャラティは深く深く傷ついた。このまま傷ついた果てに死んでしまうのではないかと、思うくらいに。

(もし雁夜が死ねば、ブチャラティは更に傷つく。逆に彼が味方になれば、ブチャラティの傷も少しは埋まるかもしれない)

 確かに救えた相手が傍にいるというのは、励みになるものだ。

「訂正します。僕はともかく、ブチャラティは貴方に死んで欲しくないようなので、決して死なないでください」

 魔術の知識は欠片も無いフーゴに、雁夜の手助けはできない。ただ見守ってやるだけだ。

「がっ……ふっ……あたり………まえだっ……おれは、桜ちゃんを………っ! ブチャラ、ティと……ッ!」

 ふむ、とフーゴは、雁夜に対する認識を上位方向に修正する。

(少しは黒い部分が消えてきたか。これもブチャラティの影響か?)

 ブチャラティの根にある優しさに人は影響され、集まってくる。フーゴもアバッキオも、ナランチャもそうだ。雁夜もそうだろう。

「根性をみせろよ雁夜。僕らのチームの一人ならな」

   ◆

 青い塊と黒い塊とが、激しくぶつかりあっている。常人の目にはそうとしか見られない光景だった。
 嵐のように苛烈で、衝突した時の衝撃だけで突風が弾ける。とても他者が手出しをできるような領域ではない。
 騎士の王と、最強の騎士。共に精霊より生み出された至高の幻想を手に、伝説に刻まれた武芸を振るう。

「うおああああああぁぁぁっ!!」
「Arrrrrrrrrrrrrrrrrr! Thurrrrrrrrrrrrrr!!」

 互いに叫び合う二人であったが、互いに勇猛の熱の中に、悲哀の冷たさが刺し込まれているように聞こえた。

(………っ!)

 セイバーは自分の劣勢を感じていた。
 もとより、戦闘技術ではランスロットの方がアルトリアより上なのだ。その腕は狂気に犯されてなお健在。その手にある【無毀なる湖光(アロンダイト)】は竜殺しの逸話を誇り、竜の因子を内包するセイバーには常より高い効果を発揮する。
 だが何よりも問題なのは、セイバー自身の戦意。己の罪を前に、使命感で折れそうになる膝を誤魔化しながら進むものの、それもいつまでも保つものではない。

(ランスロット……そんなにも憎んでいたのですか? 許せなかったのですか? 私は……私は貴方にはわかっていてほしかった。貴方は、私の知る限り、最も騎士の道を正しく歩んでいた人だったから。そんな貴方がこうなってしまったのは……私が、私が間違っていたから………!!)

 ランスロットの恨みを、逆恨みだと片付けるには、セイバーはあまりに過酷な工程を辿りすぎていた。2人の王に己が王道を否定され、護ると誓った人は自分の願いの為に死ぬという現実を知ってしまい、彼女に自分を正当化できる要素は何もなかった。

「だけど、ならば、だからこそ、私はやり直す。聖杯を、手にする。貴方を、救わなくてはならない………!!」

 それは既に正しい道を行く王の目ではなく、自分の罪に慄き、贖罪を求める咎人の目であった。
 そして彼女は気付かない。贖罪を求めているのが、自分だけではないということに。

   ◆

 ガガガガガガガッ!!

 機銃の咆哮が響く。

 バババババババッ!!

 ライフルの一斉射撃が迸る。

【エアロスミス】の空中からの攻撃を、【バッド・カンパニー】の正確無比な射撃が撃ち落としていく。【エアロスミス】の攻撃は形兆たちに当たらないが、【バッド・カンパニー】の攻撃も【エアロスミス】にかわされる。どちらも攻撃を与えられないままだ。

(遠隔操作型か……攻撃力は中々だが精密動作性は無い。むやみやたらに撃ちまくるだけだが……それが中々馬鹿にならない。あちらは……)

 セイバーたちの戦いを見る。目まぐるしく動くその戦いの詳細は判断できないが、青い方の動きが鈍く、押されていることはわかる。

(押し切られるかもしれんな。こちらの勝負をさっさとつけて、アイリスフィールを非難させねえと……)

「億泰! あの戦闘機を引き寄せろ!!」

 形兆は弟に指示を出す。

「お、おう! 【ザ・ハンド】!!」

 億泰のスタンドが出現し、スタンド戦闘機の方に向かって、右手で空間を掻き毟る。空間が削り取られ、それを埋めるために【エアロスミス】が瞬間的に引き寄せられる。
【ザ・ハンド】の目前に移動させられた【エアロスミス】は、一瞬戸惑ったように動きを止めたが、迷いをすぐに断ち斬ると、とにかく攻撃を再開することに決めたらしく、億泰に狙いをつける。
 だがその前に、【バッド・カンパニー】の戦車2台の砲撃によって吹き飛ばされた。

「うぅっ!」

 家を囲む塀の向こう側から、小さいが確かな苦痛の悲鳴があがったのを、形兆は聞き逃さなかった。

(本体は外か。兵士を暗殺に向かわせるか? いや、ここはこのまま一斉射撃でスタンドを倒す!)

 形兆はまだ体勢を整えられずにいる【エアロスミス】に対し、歩兵と戦車による一斉射撃を敢行しようとする。

「狙え【バッド・カンパニー】!」

 全ての銃口が【エアロスミス】に狙いをつけた時、

「待ちな!」

 新たな声があがった。
 声の上がった方には、裏から塀を昇って忍びこんだらしい男――アバッキオが、拳銃を向けて立っていた。拳銃は億泰に向けられている。

「い、いつの間に」

 億泰は拳銃に対し、あからさまにびびった顔をした。スタンド使いとはいえ、まだ中学生。形兆のように肝が据わっているわけではないし、修羅場をそう経験しているわけでもない。単純な殴り合いなら怯えることはないが、拳銃というリアルな死を突き付けられると、怖じるのは仕方が無い。

「ちっ! びびるんじゃねえ億泰! てめえのスタンドはそんなチャチな鉄砲なんぞよりよっぽど強力で凶悪なんだっ!!」

 そう言いながら、形兆はまずいことになったと思っていた。新たに現れた男もまず間違いなくスタンド使いだろう。それも物腰からして荒事に慣れ親しんだ様子だ。スタンド能力の強さはわからないが、精神力では億泰に勝ち目はない。
 むしろ舞弥の方が役に立ちそうだが、彼女は土蔵の奥でアイリスフィールの傍にいるので助けを求めるわけにもいかない。

(相手ができるのは俺だけってわけだ……2対1………どう動く?)

 まずは相手のスタンドを知る必要があると、形兆は考える。あえて銃を使っていることを考えるに、スタンドは少なくとも飛び道具の類は持っていない。直接戦闘を仕掛けず、脅しをかけてきたことから、あまり戦闘力がある方でもないのだろう。

(とはいえ、能力が特殊で危険というのはありうるからな……厄介だ)

 まだ【バッド・カンパニー】の方は【エアロスミス】に狙いをつけたままだ。いつでも【エアロスミス】をズタズタにできる。だがアバッキオの方も、いつでも億泰を撃てる。億泰がそれを冷静に防げるかはわからない。誰がどう動くか、それを推し量り、状況は静止してしまった。

 膠着状態が十数秒程度、当事者にとっては数分にも感じた時間が過ぎた時、自体は更なる展開を迎えた。

 ザガッ! ガラドザバキャベキゴッヅゥゥゥン………!!

 切断音、衝突音、落下音、激突音、そういったものが、土蔵の奥から響いた。

「「「!!」」」

 その場の全員が反応した。億泰が特に早く動き、銃を突きつけられていることも忘れて土蔵の中に上がり込む。

「舞弥さん! アイリさん!」

 億泰がそこで見たモノは、崩れた土蔵の壁と、倒れ伏した舞弥と、そしてアイリスフィールを担ぎ上げて立つ、杖突く男の姿だった。

   ◆

 ブチャラティの言葉が終わった瞬間、切嗣は意図せずに引き金を引いていた。正面から放たれた弾丸は、あっさりとスタンドの拳によって弾き飛ばされた。鉄板をも貫く高威力の弾丸であるが、近距離パワー型のスタンドであれば、指で摘み取ることさえできる。弾くくらいは容易い。

「アリィッ!!」

 風変わりな掛け声をあげ、ブチャラティが切嗣に歩み寄りながらスタンドのパンチを飛ばす。切嗣は迷わず魔術を行使した。

「『固有時制御・二重加速(タイムアルター・ダブルアクセル)』!」

 一撃で万物を分断できる拳を、紙一重でかわす。だが反撃に移るほどの余裕はなく、体勢を整えるために身を引き、銃を使う優位を生かすため、ブチャラティとの距離を取ろうとする。

(本体自身は普通の人間と変わらず、スタンドは本体から遠くは離れられない。なら、時間を加速させた動きには追いつけないはず)

 距離を取りながら弾丸を装填、死角に回り込んで弾丸を撃ち込む。要はそれだけであるが、ただそれだけが至難であると切嗣は認識していた。なんとなれば、こちらの行動など向こうは読んでいるに決まっているからだ。
 切嗣は懐からキャレコ短機関銃を抜き、銃弾の雨を浴びせかける。

「アリアリアリアリアリアリアリ!!」

 対してブチャラティは、スタンドとしても上位に位置するスピードにより、弾雨を弾き飛ばしていく。だが足取りは鈍り、切嗣との距離が開く。

「逃げられる距離じゃないが……それで十分」

 荒れ狂う短機関銃を左手一本で制御しながら、右手では別の武器を取り出す。二つ所有していた手榴弾のうちの一つだ。
 片手で素早くピンを抜き、タイミングを見計らう。迫る敵を前に冷静に爆発までの時間を数え、そして投げた。手榴弾は駐車場を転がり、ブチャラティの足元へ向かう。

(正面から放たれる短機関銃に動きを制限されながら、足元の手榴弾に対応することはできない。退いても間に合わない。足で蹴り出そうにも、奴の体が触れられる距離に至る前に、手榴弾は爆発するように仕掛けた。爆発の殺傷範囲は、奴のスタンドの射程距離……およそ2メートルよりは広い。さあ、どうする?)

 手榴弾は切嗣が目論んだ通りに爆発した。目を潰す爆炎、鼓膜を痛める轟音。殺傷範囲ギリギリで手榴弾の爆発に耐えながら、切嗣は相手の挙動に目も耳もそらさなかった。

(くっ)

 切嗣は、もしかしたらこれで殺せるのではないかという淡い期待を裏切られ、内心で舌打ちしながら、その場を移動する。弾が切れた短機関銃を捨て、適当に停まっている乗用車の一台に飛び乗った。

(無傷でしのがれた……)

 爆発の直前、ブチャラティは自分の破壊が襲いかかる前にスタンドで大地を殴った。すると大地にジッパーが貼り付けられ、穴が開いた。ブチャラティは穴の中に落ち込み、爆発も銃弾も避けて、地下に潜っていった。

(これで両者とも、互いの位置を見失った。奴の能力でわかっているのは物体に『ジッパー』を張り付け、物体を分断することと、物体内部に空間を作り潜り込めること……だが、地下に潜っても空気は無い。そのための準備をしていない限り、長時間は隠れられない。1分程度が限界だろう)

 切嗣は銃に弾を込め直しながら、ブチャラティが上がってくるのを待つ。

 しかし、1分経ってもブチャラティの姿は浮かび上がってこなかった。

(逃げた……と思いたいが、おそらく車体の下に上がったのだろう。ここからでは見えない。音がしないところからして、じっとしているらしいが、どうする? お互いに位置は見失ったままだ)

 爆音を聞きつけた人間がやってくれば、それはそれで状況は動くが、それではこちらが状況を操作できない。不確定要素が増えて、戦場が混沌となってしまう。アイリスフィールたちの状況がわからないが、おそらく襲撃を受けていると思われる以上、あまり時間をかけてはいられない。どうにか、自分で状況を変えなくてはならない。

「………聞こえるかブチャラティ」

 切嗣は声のする方向を撹乱する魔術を使い、立ち位置を知られぬようにしたうえで、話しかける。

「お前は言ったな。僕が生きながらに死んでいると。ああ、それは否定しない。だが、僕の行いは、間違ってはいない」

 ブチャラティはこちらに話しかけてきた。ならばこちらの言うことにも、聞く耳を持つことが期待できる。

「僕は多くの人を殺して来た。多くの戦場を渡り歩き、誰かを助けるために、誰かを殺してきた。一人が敵の人質となり、その一人を助けるために十人が死ぬなら、その一人を見殺しにして、あるいは人質ごと敵を殺して、より多い十人を助けた。常にそうしてきた。より多くの人を、最小の犠牲で救いだしてきた」

 反応を見るために言葉を紡ぐ。言葉に意味は無い。

「そのために初恋の人を殺した。父を殺した。母を殺した。僕を好きだと言ってくれた多くの人を殺して、見知らぬより多くの人を救った。僕は生きていながら、ただ犠牲の大小を測る天秤という装置に過ぎない。だがそれはな、『いい事』なんだ。全ては正義のためだ」

 自分の意思は関係ない。この言葉で自分は何も感じない。
 そう、切嗣は思っている。

「僕はお前とは違う! 僕は何も間違ってはいない。正しいことをしている。僕はこの世界を救ってみせる。聖杯を使って、この世界から争いの苦しみも哀しみも消してみせる! この聖杯戦争の犠牲を最後に、僕は戦争をこの世から根絶してみせる! そのためなら【この世全ての悪】であろうと、背負う覚悟はすませてきた……僕は僕の正義はまっとうする!」

 次第に声に熱が帯びるのも、音が大きくなるのも、演技にすぎない。
 そう、切嗣は思っている。

「さあ、お前が僕を間違っているというのなら反論してみろ! 僕の正義を否定してみせろ。意志を示せ! 隠れて黙っているだけなら、僕の正しさを認めたものと受け取る。僕と決着をつける気概があるのなら……受けてたて!」

 このような挑発、多少なりとも頭のいい人間なら黙殺し、無視する。だが、相手は自分の意思を表示してきた。ならば、この挑発にも応えるだろう。愚かにも。
 そう、これは愚か者を誘き寄せる挑発に過ぎない。だから………この胸の重みも、喉がひりつくような感覚も、罪悪感や自己嫌悪などではない。ただの緊張や肉体疲労によるものでしかないのだ。
 そう、切嗣は思っている。

「黙っていた方が賢いのだろうが……スタンドは精神のエネルギー。ここで何も言わなければ、精神の負い目となり、スタンドパワーは低下してしまう。受けて立つしかないな」

 背後から、声と物音。
 切嗣が振り向くと、切嗣が屋根の上に立っている自動車の横側、数えて3台目の位置に停まる自動車の屋根に、ジッパーが現れる。ジッパーが開くとまず、スタンドを前方に出して護らせ、次にブチャラティが這い上がってきた。
 
「勝算はあったが、やはり愚かだな。わざわざ出てくるとは」
「お前ほどじゃないさ。お前は自分が正しいと信じているんじゃない。ただ、自分が間違っていると認めれば、今までの犠牲が無駄になると考えているだけだ。だがな、どんなに貫き通しても、間違いが正しくなるなんてことはない。本当はわかっているはずだ」

 ブチャラティは全身を車内から出し終え、立ち上がる。

「お前がやろうとしていることは、自分の願望を他人に押し付けているだけだ。聖杯で世界を、人の心を捻じ曲げて、無理矢理に世界平和をもたらそうとしている。勝手に与えられただけの平和に、どれほどの価値がある? 己が目的の為に他者を踏み躙る行為。人はそれを……悪と呼ぶんだぜ?」
「問答は無用……」

 本当に無用だと考えているのならば、相手が喋っていることに構わず攻撃すればいい話しだ。それを敢えて口にして言葉を止めようとするということは、それ自体が、切嗣がブチャラティの言葉を気にしている証拠だった。

「もはや後には引けないか。ならばやはり、俺がお前を圧し折るしかないようだ」

 ブチャラティはスタンドの腕を軽く振りかぶる。近距離パワー型の射程距離を考えると、切嗣との間の距離はやや広い。だがブチャラティには、間合いの外の敵を攻撃する手段があった。後はタイミングだ。
 西部劇の決闘のように、どちらが先に抜くかの緊張した時間が流れる。

 過ぎたのが数十秒か、数分か、それは二人にもわからない。ただ、その緊張を破るきっかけとなったのは、

「な、なんだあんたら! 何、人の車に乗ってんだオイ!」
「………ッ!」
「―――ッ!」

 駐車場に置かれた車の所有者とおぼしき、スーツ姿のサラリーマンの声だった。

「【スティッキー・フィンガーズ】!!」

 スタンドの右拳がジッパーにより腕から外され、肘から先だけが切嗣に向かって飛来する。

「『固有時制御・三重加速(タイムアルター・トリプルアクセル)』!!」

 切嗣は切り札を切る。本来、肉体の負荷を考えれば二倍速で限界である時間加速の魔術を三倍にまで高める。瞬時に肉体が崩壊する危険な魔術だ。【スティッキー・フィンガーズ】の拳を避けるための一瞬にだけ使用したが、それだけで全身に激痛が走り、筋肉が千切れ、肉が軋んで罅入る。
 その苦痛を呑み込み、拳をかわした後は二倍速に効果を緩め、切嗣は隣の自動車に跳び移る。今、切嗣が立っている車を『1』とすると、『2』の車を間に挟み、ブチャラティは『3』の車の上に立っているという距離間だ。

「おおおぉぉぉっ!!」

 切嗣がコンテンダーを構え、引き金を引く。発射された弾丸は、【スティッキー・フィンガーズ】が左手で防いだ。右拳が攻撃に、左腕が防御に使われて、一瞬ではあるが両腕の動きが制限された隙を逃さず、切嗣はコンテンダーが握られていない左側の手で、ナイフをブチャラティの顔に向かって投げる。

「くっ」

 ブチャラティは、ブチャラティ本体の左手を顔の前にかざして防御する。ナイフは顔をかばった左腕に深く突き刺さった。激痛と、動作への支障を与えたものの、致命傷には遠い。

(だがそれでいい)

 ナイフが突き刺さった時には、切嗣は既に行動を終えていた。

 ゴッオオオオオォォォン!!

 ブチャラティの立っていた『3』の車の下で、爆発が起こった。車体が跳ねて、ブチャラティの身が振り落とされる。

「これは……!」

 もう一つの手榴弾。ナイフを抜いた時にはすでにピンは外されており、投げた直後、ブチャラティが迫るナイフに集中し、防御した左腕によって視界を半ば遮られていた瞬間、切嗣は手榴弾を投げていた。
 直接ブチャラティを狙って投げれば、流石に気付かれる。狙いは『2』と『3』の車の隙間。手榴弾は切嗣の狙ったタイミング通りに、それも幸運にも丁度ブチャラティの立つ『3』の車の下で爆発した。『2』の車の下で爆発しても一瞬の動揺くらいは誘えて無駄にはならなかっただろうが、この方がずっといい。
 ブチャラティが大地に激突するより前に、切嗣はコンテンダーに弾を込め直していた。

(確実にとどめを……刺す!)

 切嗣にとってブチャラティは、ここで必ず仕留めなければならない相手だった。戦闘力以上に、己の根幹に踏み込み、揺さぶりをかける恐ろしい相手。

 3発目の弾丸が、いまだに空中で身動きのとれないブチャラティを襲う。

「っ!!」

 その瞬間、切嗣の左手小指に痛みが走る。それは信号。
 切嗣の小指の皮膚の下には、舞弥の髪の毛が呪的処理を施したうえで埋め込んであった。舞弥の命が危機に瀕するほどに、彼女が消耗した場合、髪の毛は燃えて、舞弥の危機を切嗣に伝える。

 舞弥が死にかけている。その事実がもたらした一瞬の動揺が、切嗣の銃を撃つ手を一瞬遅らせた。そして、

 ズンッ

「ぐっ!」

 引き金を引くのとほぼ同時、切嗣の右肩に強い衝撃と、次いで鋭い痛みが襲う。
 弾丸は放たれたが、ブチャラティの心臓部を狙った弾丸は大きく逸れ、ブチャラティの右足のすねを貫くのにとどまった。
 衝撃の正体は、ブチャラティが投げたナイフ。ブチャラティは落下しながらも、スタンドで己に投げられ、腕に突き立ったナイフを引き抜いて、投げ返してきたのだ。

(……この右肩の負傷、そして魔術の代償、装備の消耗。相手にもダメージがあるとはいえ、これ以上の戦闘続行は危険だ。それに、舞弥の危機ということは、そこにいるアイリもまた危機に瀕しているということ。ここは戦闘を離脱し、一刻も早く屋敷に!)

 切嗣はブチャラティが大地に叩きつけられたのを視認した後、追撃をかける余裕もなく、駐車場から走り去った。
 ブチャラティの戦闘をやめる理由は多くあったが、敢えて切嗣が考えようとしなかった理由もあった。これ以上、自分の真実を突きつけられることへの恐怖という、情けなくも、酷く切実で、死の恐怖よりも耐えがたい理由が。

(く、ううう………)

 切嗣が去った後、ブチャラティもまた痛む肉体を立ち上がらせる。さきほど駐車場に現れた一般人が何やらパニックになって騒いでいるが、事情を説明してやる義務も無い。
 それより、決着をつけられなかったことが、ブチャラティの悔いとなった。

「次の機会があるかどうか……」

 戦力を分断し、サーヴァントを交えずに戦えるチャンスは今回だけだろう。次に戦えば、セイバーによって圧殺される。

「願うしかないか……。願い事を叶える為の殺し合いの中で、願いを叶えることがないことを願うというのも、妙なことだが……たとえ願いを叶えても、幸せになれる気はしないんだ……」

 もしブチャラティが、たとえば麻薬の根絶を願ったとしても、それは解決になるだろうか。麻薬を売り、買い、使用する人間の意志をどうにかせずに、麻薬だけ消しても意味が無いように思う。麻薬を求めぬように人の心を造り変えるなど、論外だ。
 自分たちは生きながらに死んでいる。自分は正しいことを成したいと願っても、力は持たず、成そうとしただけで気付かれ、殺されるだけだろう。
 だが、その力を得るために、更に間違ったことをしようとするのも、また愚かしいと思うのだ。

「自分たちのことは自分たちでなんとかするべきだろう、切嗣……」


   ◆

「て、てめぇこのヤロウ! 返しやがれ!」

 億泰は拳銃を構えたアバッキオのことも忘れて土蔵に飛び込み、【ザ・ハンド】で空間を抉った。その空間を埋める現象の作用により、杖突く男――ンドゥールの腕の中に捕らえられたアイリスフィールが瞬間移動する。

「アイリさん! 大丈夫か?」
「う………あ……億泰くん………?」

 周囲の騒動で意識が目覚めたらしく、アイリスフィールがうっすらと目を開き、声を漏らす。そして、苦しげに辺りを見回し、崩れた壁や、水のスタンドを展開しながら殺気を放つンドゥール、倒れ伏して血を流す舞弥を見て、状況を理解する。

「そういうこと……ね……」

 アイリスフィールは自らの胸部に手を置く。すると胸の中央に光が生まれ、胸の内部から、光が形になるようにして一本の『鞘』が取り出された。

「お、おお……?」

 億泰にはわからなかったが、それはアーサー王伝説に謳われる、【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】よりも重要であるとされた聖剣の鞘、【全て遠き理想郷(アヴァロン)】。
 それを持つ者は不死となり、いかなる傷を負っても死なず再生すると言われ、それを姉であるモルガンに奪われたことが、アーサー王の死の切っ掛けとなったという。

「これ……を、舞弥さん………に……」

 それだけ言うと、アイリスフィールは、また意識を失う。聖剣の鞘の力によって、アイリスフィールはかろうじて人間の形を保っていた。それが取り出されたということは、もうアイリスフィールが目覚めることは二度とないということ。
 それをわかっていながら、アイリスフィールはより意味のあることとして、鞘を舞弥を癒すために使ってもらうことにした。舞弥は、これからも生きて、切嗣を助けられるから。

「……そ、そうだ、舞弥!」

 幻想的な現象に呆然としていた億泰だったが、舞弥もまた重傷らしいことを思い出して、彼女の方を見る。
 半分に切り分けられた銃が傍らに落ち、さきほどよりも血だまりの範囲が広がっている。出血の大本は腹からのようで、服は破られ、真っ赤に染まっていた。既に意識は無いらしく、呼吸も定かではない。

「億泰! 敵の方に集中しろ!」

 舞弥を見つめていた億泰の耳に、形兆の声が届く。ハッとして顔をあげると、目の前に【大地と通じる戦慄の水(ゲブ)】の爪が迫っていた。

「うおおおお!?」

 億泰は慌てて【ザ・ハンド】で水のスタンドを殴り、防御する。もし顔をあげていなかったら、頭を半分に切り裂かれていただろう。

「防いだか。だがすぐに終わりだ」

 殴られ、飛び散った水は、それぞれ土蔵の床に落ちるよりも早く空間を踊り、億泰の背中側に回り込んで、再度爪の形を取り戻す。

「狙撃(シュートヒム)」

 人間の肉体など紙のように容易く貫く、槍のような一撃が億泰を襲う。人ひとりを抱えて、機敏に動けない億泰は、必死で体を捻った。そして、手にしていた聖剣の鞘を、【大地と通じる戦慄の水(ゲブ)】にかざす。

 バジャッ!!

「うおっ!」

 強い衝撃に億泰の体が吹っ飛ばされ、壁に打ちすえられる。だが、出血するような傷はつけられなかった。1世紀以上も無傷で残り続けた宝具を、盾とできたおかげである。
 だが、

「はっ! アイリさん!」

 アイリスフィールを腕から離してしまった。億泰は意識無く、すぐ傍らで床に横たわるアイリスフィールを抱え起こそうとするが、

 ザザザザザッ!

 アイリスフィールの体の周囲に水が集まり、ンドゥールの方へと引きずられていく。

「このっ……!」

 素早く手の届かない距離に運ばれてしまったアイリを取り戻そうと、億泰は【ザ・ハンド】で空間を削り取ろうと右腕を振り上げる。
 だが、

 ボアアアアアアアァァァッ!!

 ンドゥールが運ばれてきたアイリスフィールの体に手を取った瞬間、ンドゥールの背後、土蔵に開いた穴から『白い霧』が、消火器や煙幕弾のような激しさで吹き出してきた。それはあっという間にンドゥールとアイリスフィールを包み込み、そして億泰に触れる直前で噴出を終え、一瞬動きを止める。
 直後、フイルムの逆回しのように、土蔵の穴から霧が出ていく。

「こいつは……!」

 霧が出ていった後、そこにはンドゥールもアイリスフィールも残されていなかった。

   ◆

「億泰! 敵の方に集中しろ!」

 形兆が【エアロスミス】やアバッキオを気にしながら、弟にアドバイスを飛ばす。倉庫の中はよく見えないが、音や気配からして乱入者が現れたらしい。
 形兆にしてもアバッキオにしても、お互いを気にしてうかつに動けない。先ほどまでの敵のことをすっかり忘れている億泰の方がおかしい。

(どうするか……)

 アバッキオも攻めあぐねている。拳銃はまだ持っているが、ここで億泰の方を撃つことに集中すれば、形兆からの攻撃を防ぎきれない。

(しかしあまり時間は……)

 セイバーとバーサーカーの激突を横目で見て、その激しさから雁夜の魔力消費も相当になっているであろうと考える。
 そうしているうちに、ポケットの携帯電話が鳴る。

「……フーゴか?」

 細心の注意を払って電話に出る。視線は形兆から片時も離さない。

「……やはり限界か。わかった、ここは退く」

 アバッキオは己のスタンド【ムーディー・ブルース】を出現させて前に立たせ、下がっていく。
 形兆も、これ以上の交戦は意味が無いと思い、相手の撤退を見逃した。
 アバッキオが消えた後、【エアロスミス】もまた飛び去っていく。次いで、バーサーカーがセイバーを大きく突き飛ばした後、踵を返して走り、塀を跳び越えて姿を消した。さきほどまでの狂気が感じられない冷静な動きを見るに、おそらく令呪によってマスターが戦闘を終わらせたのだろう。

(完全に消えた、な)

 安全を確信すると、形兆は土蔵の中に入る。
 そこには、舞弥へと【全て遠き理想郷(アヴァロン)】を差し出す億泰の姿があった。【全て遠き理想郷(アヴァロン)】は自然と瀕死の舞弥の体内に封入されていき、彼女の傷を癒していく。

「………アイリスフィールは奪われたか」
「……!!」

 億泰が悲痛な顔で床を叩く。きつく握りしめられた拳が震えている。

「へたれてるんじゃねえ。取り戻すぞ」
「………おぉ、わかってる。わかってるよ兄貴」

 悔しさのあまり涙に滲んだ声がする。
 それでも億泰の心が折れていないことに安堵するが、同時に、もう肉体の限界にあるアイリスフィールは、生きては帰るまいと予測する。そして彼女の安否について想いを馳せることを冷徹に取りやめ、形兆はアイリスフィールをさらっていった者たちのことについて考える。

(アイリスフィールが聖杯であると、知っていてさらった……それ以外に彼女をさらっていく理由が思い当たらん。聖杯戦争について深く知っている陣営。外様であるランサー陣営やライダー陣営ではない。バーサーカー陣営の協力者であれば事前の協力し、俺たちも潰していたはず。なら残るはアサシン陣営……DIO、か)

 忌わしい名を脳裏に浮かべ、形兆は表情を歪める。
 戦況は急速に推移している。戦争の終わりは近いと、形兆は感じていた。

   ◆

「ええ……そうです。はい、では……はい、それでは後ほど」

 ワゴンを運転しながらブチャラティと連絡し終え、フーゴは携帯を切る。

「さしたる収穫は無し……こちらの手の内をさらしただけか。戦果はマイナスかな。もっとも消耗したのはアインツベルンも同じ……得したのは漁夫の利を得た奴らだけか」

 ため息をつきながらも、終わったことを愚痴っても仕方ない。アバッキオ、ナランチャは回収した。まずは間桐の屋敷に帰り、ブチャラティが帰ってきたら、新たな作戦を練る。

「まあ、よく頑張ったと言っておこうか」

 フーゴの背後には、アバッキオとナランチャ、そして眠りについた雁夜がいる。眠っているというより、気絶していると言った方が近いだろうが。
 令呪でバーサーカーを『落ちつかせ』、撤退させた。令呪を一画使ってしまったのは痛いが、そうでもしなければバーサーカーは、雁夜が消耗で死ぬまで戦い続けただろう。

「死なれたら元も子もないからな……思ったより根性があったのは認めてやるよ」

 呟くフーゴが間桐の屋敷の前までついた時、フーゴの目に奇妙なものが映った。
 光り輝く鳥だ。カワセミやハチドリのような、鮮やかな色をしているというわけじゃない。本当に宝石のように輝いて、飛んでいる。いや、宝石のようにというより、宝石そのもの。
 それは、

「翡翠……か? 翡翠の鳥……?」

 翡翠の鳥。それは遠坂家の魔術師が好んで使う、使い魔であった。



 ……To Be Continued
2013年12月01日(日) 18:34:51 Modified by ID:+KLYcUul7A




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