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Fate/XXI 26

   Fate/XXI



   ACT26 『世界』の運命(上)



 アサシン―――ディオ・ブランドー。

 この聖杯戦争の流れを、最初から最後まで、裏から動かしていた怪物が、悠然と姿を現していた。

「セイバーは、もう始末してやったぞ。あとは、お前たちだけだ」

 アサシンがそう口にした瞬間、激発して飛びかかっていったのは、鼓膜を突き破らんばかりの雄叫びをあげる、バーサーカーであった。

「Arrrrrrrrr――ッ!!」
「ふん?」

 金属の籠手に覆われた手で、アサシンの肉を引き裂かんとするバーサーカーだったが、アサシンのスタンドによって、その腕は難なく弾かれる。

「何を怒る? サー・ランスロット」

 無論答えられるわけもなく、バーサーカーは再びアサシンに襲いかかる。だが、今までにも増して狂気にかられた攻撃は、あまりに単純過ぎた。バーサーカーは確かに速い。が、【世界(ザ・ワールド)】には、たとえ至近距離から銃弾が放たれても、その身を貫く前に摘み取れるスピードと精密動作性がある。防ぐことに、さしたる苦労も無い。
 本来、【狂化:C】によって向上した戦闘力を、いかなる精神状態であっても十全の戦闘能力を発揮できるスキル、【無窮の武練:A+】によって巧みに操ることができるサー・ランスロットの長所が、今は見受けられなくなっていた。

「どうした? 自分の獲物を奪われたことに激しているのか? 己が手でセイバーを、アーサー王を殺せなかったことが、そんなに悔しいのか?」

 武器を手にすることさえ忘れ、拳を振るうバーサーカーをいなしながら、アサシンは笑う。

「気持ちはわからんでもないがな。貴様も生前はさぞ苦労しただろう。あの程度のカスを王と崇め、仕えていたのだから。所詮、配下からの信頼を失い、国と民族を護りきれなかった無能な王。だからお前も裏切ったのだろう? 奴から妻を奪い、己が派閥の騎士たちも引きつれて反旗を翻したのだろう? 今回召喚されたのは、過去をやり直し、アーサー王を倒して奴の虚名を絶やすためか?」

 その言葉を受けたバーサーカーは、更に咆哮を強くし、がむしゃらに掴みかかっていく。だがそれは、幼児が大人に対して手を振り回しているのと、さほど変わるところは無い状態だった。
 アサシンは悠然と、バーサーカーの激昂を受け止め、更に煽るように言葉を紡ぐ。

「慰めになるかどうかわからないが、セイバーの死にざまについて話してやろう。奴は実に惨めに消えて行ったよ。この私に心臓部の霊核を貫かれ、涙を流しながらな。見ることができなくて、さぞ残念に思っているだろうが、あの情けない散り様には、お前も一役かっていたようだぞ? 奴の最後の言葉は『自分には王として何が足りなかったのか、わからない』だとさ。お前に恨まれていたことが、さぞかし堪えたのだろう」

 アサシンのそう言われた時、バーサーカーの動きが止まった。強いショックを受けたかのような様子に、アサシンは疑問を抱きはしなかった。人間の心の闇を鋭く嗅ぎつけるアサシンは、既に感じ取っていたのだ。バーサーカーはただ単に、セイバーを恨んでいたというわけではないと。
 だからこそ、アサシンはバーサーカーの心を抉るために、言葉を続ける。

「最後に自分の王としての在り方さえ見失ったよ。もう奴は、アーサー王としての自分を誇ることはできないだろう。ただ死ぬことより、何倍も辛く、無惨な結末だ。おめでとう、サー・ランスロット。お前の復讐は見事に達成された。お前は、セイバーから何もかもを奪ったのだ」

 ほぼ無防備となったバーサーカーに攻撃することなく、拍手さえしそうな様子で『称賛』を送ったアサシンに、バーサーカーは弾かれたように動いた。腰に備えた【無毀なる湖光(アロンダイト)】を抜き放たんと身を捻る。
 だが、その動きはあまりに見え透いていて、これ以上ない『隙』となった。湖の騎士の武功を支えた名剣が、その輝きを見せるより前に、【世界(ザ・ワールド)】の拳はバーサーカーの腹部に叩き込まれていた。

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!」

 そして放たれる拳の雨。一撃一撃が必殺級の威力を持つ『突きの連打(ラッシュ)』をまともに受け、バーサーカーは真っ直ぐに吹き飛ばされる。
 バーサーカーが纏う鎧がひしゃげ、兜は砕かれて黒い長髪が露わになった。市民会館の敷地の外にまで吹き飛ばされたバーサーカーは、街灯に叩きつけられてようやく止まり、圧し折れた街灯と共に、アスファルトの大地に倒れ込んだ。

「思ったよりも頑丈だな。まだ致命傷ではないらしい……が、しばらく戻ってはこれんだろう。さあ、次は貴様だ。ランサー」

 口先一つでバーサーカーを翻弄し、決定的な隙を晒させて、そこに全力の攻撃を叩き込む。アサシンの無駄の無い、計算高さを見たウェイバーは、相手の恐ろしさを再確認した。

 アサシンが、今ここに立つまでに戦って来た敵たちは、誰もがアサシンを上回る力を持つ、一騎当千、万夫不当の英傑であった。

 固有結界を展開し、宝具を使いこなす軍勢を召喚するライダー――征服王イスカンダル。
 最古の神秘を身に宿し、全ての宝具を所有するアーチャー――英雄王ギルガメッシュ。
 最優の戦闘力と、最強の聖剣と、最高の結界を手にするセイバー――騎士王アルトリア。

 誰もが物語の主役として語られる大英雄。誰もが、アサシン以上に強大なサーヴァントだった。

 だが、それをアサシンは打倒した。彼ら全てを、アサシンは討ち破った。

 時の流れをその手に握り、魔の暴力を振るうアサシン――世界王ディオ・ブランドー。

 吸血鬼としての多様な戦闘能力。卓越した頭脳。次元違いのスタンド能力。運命に愛されているかのような幸運。全てを兼ね揃えた怪物であるが、ウェイバーが最も恐れるのは、その『邪悪』。
 アサシンが戦ったサーヴァントたちは、皆、行動はどうあれ、悪を本質とする者はいなかった。アーチャーでさえ、善性を重んじる者であった。
 だが、アサシンは違う。目的の為には手段を選ばず、他者を踏み躙ることを気にも留めないドス黒い『邪悪』だ。そして、アサシンはその『邪悪』を攻撃に変えて襲ってくる。『邪悪』こそが、吸血鬼の肉体やスタンド能力以上の、アサシンの最大の武器だとウェイバーは考えていた。
 この戦いは、言ってしまえば『善』と『悪』の戦いでもあるのだ。ゆえに、決して負けることはできない。最後に『悪』が勝つなどという結末だけは、あってはならない。

「勝つんだ。ランサー」

 ウェイバーは、手にした『剣』をディルムッドに手渡す。
 一振りで全てを倒す剣、【他が為の憤怒(モラルタ)】。そして、ランサーとして持っていた魔術を消し去る槍、【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】。この一剣一槍こそが、英雄ディルムッド・オディナの最高の装備。
 決着をつけたかったセイバーを、先に討たれたことの哀しみと憤りも込めて、ランサーは主命を果たすために、最後の敵に挑む。

「御意、御身に勝利を。我が主」

 そして、ランサーは地を蹴り、

「!!」

 10メートルは離れた位置にいたアサシンの眼前に、一瞬にして到達していた。

「はっ!」

 次の一瞬後には、十回を超える槍の連撃が繰り出されていた。アサシンはそれをスタンドで弾く。

「フン! この程度、無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!」

 全ての攻撃を弾かれながら、ランサーは顔色一つ変えることなく、更に速度を上げ、槍を突き出す。その速度は音速を超え、アサシンのスタンドでさえ追いつくのがやっとというもの。防御するのが限界で、攻撃に転じることができない。

「まだだっ!」

 だが、ランサーはこの上更に踏み込み、スタンドの防御を掻い潜って、槍の穂先をアサシンの顔へと突き付ける。

「くっ!」

 右目を抉りそうだった一撃を、アサシンは咄嗟にスタンドの腕では無く、己自身の腕をもって払いのける。だが、スタンドほどの精密動作性は流石に無いアサシン本体の腕は、薄く抉られ、血が流れ落ちる。
 その痛みにアサシンは顔をしかめ、一度大地を強く蹴る。石畳が砕けて飛び散り、ランサーへと降りかかる。
 ダメージにはならないが、目くらまし程度にはなり、ランサーは追撃することなく足を止める。アサシンは大地を蹴った反動で跳び、ランサーの攻撃が届かない距離に退いていた。

「流石に【敏捷:A+】………速度だけはこのDIOより上であると、認めなくてはならぬか。だが、このDIOはパワーやスピードなどという矮小な差異など、ブッチギリで超越しているのだ………!」

 そう呟くアサシンは、5本のナイフをその手に現し、投げ放つ。標的はランサー、ではない。

「うおっ」

 ブチャラティの指示で館内に入り込もうとしていた、ナランチャとフーゴの足元に、ナイフが突き刺さった。後少し止まるのが遅かったら、突き刺さっていたのは石畳ではなく、彼らの体だっただろう。

「鼠どもが………コソコソと動くんじゃない。一人一人しっかりと殺してやる」
「余所見とは、余裕だな。アサシン」

 ランサーが開いた間合いを詰め直し、今度は剣を振るって攻撃を繰り出す。

「【他が為の憤怒(モラルタ)】!」

 100の斬撃が生み出され、アサシンを取り囲む。斬撃の檻などという生易しいものではない、斬撃の集中豪雨。これは流石にこのままでは回避しきれぬと見たアサシンは、

「【王の世界(ザ・ワールド)】」

 時を止めた。そして周囲を囲む斬撃で造られた壁の中で、最も斬撃の密度が低い部分を見極め、そこにラッシュを叩き込む。斬撃は【世界(ザ・ワールド)】の拳の威力によって砕かれ、その部分だけ隙間が生まれた。
 時が動き出した後には、誰もいない場所を切り刻んでいる無数の斬撃と、傍らに無傷でたたずむアサシンの姿があった。

「なるほど、このタイミングか」

 ランサーは通常ならざるアサシンの回避行動に、動揺することもなく呟く。むしろ今の攻防で、アサシンが時間を止めていられる間隔を、ある程度掴むことができたらしく、より強気に、槍を構えて踏み込んでいく。この躊躇の無さは、アサシンにとっても少し意外だった。

(こいつ……我が能力に気付いているのか? だがこいつらの伝承からすれば、時間停止を根本的に覆しうる宝具は持っていないはず。大した問題にはならないか)

 だが、この息をつく間も無い連続攻撃には少々辟易する。今は槍を捌いていられるが、いずれは、この速度を持ちこたえられなくなることは明白だ。

(魔力は消費するが、やはり時を止めるか。魔力は綺礼が持つ令呪で補充できる)

 一時に使い過ぎれば確かに消滅の危機を招くが、あと4、5回くらいは何とかなる。

「時よ止まれ…」

 だが時を止めようとした瞬間、

「URRRRRRRRRRR!!」

 いつ起き上ったのか、バーサーカーが再び雄叫びをあげてアサシンに襲いかかった。先ほどと違う点は、その手に、自身がぶつかった衝撃で圧し折れた街灯を掴んでいるところだ。一般の人間が武器として使うには、太く長過ぎるものであるが、バーサーカーは棍棒に近い武器となりうると認識したらしい。中々発想のスケールが大きいと言うべきか。
 黒い魔力で覆われた街灯は、アサシンを傷つけられる宝具となって、アサシンの胴に向けて横薙ぎに叩きつけられた。

「貴様……!」

 スタンドの両腕はランサーの槍への対処で塞がっていたため、アサシン自身の腕によって、街灯への防御がなされる。
 一度は攻撃を阻む。だが勿論、一度で終わるわけがない。二度、三度と攻撃が繰り出される。凶暴で先ほどほどではないにせよ、バーサーカー本来のポテンシャルから見れば、まだ粗削りだが、その威力は馬鹿にできない。実際、アサシンの腕には痺れが走ってきていた。
 そして、ランサーの方もバーサーカーの攻撃に息を合わせて槍を突く。この状態では、バーサーカーを巻き込む恐れのある【他が為の憤怒(モラルタ)】は使えないだろうが、これ以上速度が増せば、脳を貫かれかねない。
 焦りを覚えたアサシンの耳に、今度は足音が聞こえた。二人分、こちらに近づいてくる足音では無く、遠ざかっていく足音。

「く! 【王の世界(ザ・ワールド)】!!」

 時が、止まる。

 ランサーとバーサーカーの猛攻が止まる。

「この、汚らしいクズがぁ!!」

 その形相は、華々しい美貌をもってしても隠せぬ、凶暴な悪鬼の本性に歪んでいた。アサシンの属性は【混沌・悪】。普段は秩序をもって行動しているように見えるが、その心の内側は、ドス黒い悪意の奔流が、今にも溢れ出しそうに荒れ狂っているのだ。
 余裕の面持ちをかなぐり捨て、激怒を露わにしてバーサーカーの胸部を殴る。だが、防御し続けて疲労と衝撃の溜まった腕では、鎧を砕くまでで、肉体を貫通するには至らず、バーサーカーはまたも吹き飛ばされた。

「く……2秒経過」

 振り向けば、遠ざかっていくナランチャとフーゴの姿がある。アサシンが2体のサーヴァントに押さえ込まれている隙に、館内に入り、中で戦っているであろう綺礼を倒そうと言うのだ。背後から攻撃された時の守りの為、二人ともスタンドを出している。

(ち………少し遠いな。時が止まっている間に、二人とも殺すのは難しいか。下手に相手をして手こずっている間に、ランサーに背後から突かれたら不味い)

 そう判断したアサシンは、二人を見逃し、先にランサーを始末することにした。

「3秒経過」

 手刀を振り上げる。首を切り落とすのに、的確な振り下ろしになるよう、手の向きを調節し、

「4秒経過………死ね」

 振り下ろした。

   ◆

「二人で盛り上がっているが、もっとあっけなく終わらせてもいいんだぜ? 一斉射撃!」

 対峙する切嗣と綺礼に対し、形兆が口を出し、腕を振り上げる。それを合図に、小人の兵隊たちが観客席の影から銃口を突き出し、言峰綺礼へ向けて発射する。

 ズダダダダダダダダダダダダダッ!!

 火を噴く銃口の数は60。【バッド・カンパニー】の歩兵の総数によって、上下左右前後斜め、60の方向、60の角度、それぞれ別の射線を描く弾丸が、綺礼を襲った。
 綺礼の武力をもってしても、防御することも、回避することもできない。魔術も、道具も、スタンドも無い。だから綺礼は、自分以外の力を使った。

「エンヤ婆」
「準備はできておるわ」

 エンヤ婆が右手を上げると、彼女の周囲に白い霧が浮かびあがった。同時に、耳に障る嗤い声のような音が起こる。
 そして、エンヤ婆や綺礼の壁となるように、30人ほどの男女が召喚された。
【妖霧嘲笑・幽街結界(ジャスティス)】内部にて蠢く『死人』たちを、この場に落としたのである。固有結界を完全に展開するのは魔力を大量に消費するが、『死人』だけを出すのなら、さしたる魔力は必要ない。
 数百の弾丸の雨も、『死人』の肉の壁に阻まれ、綺礼たちに届くことはなかった。一瞬、生きた人間を撃ってしまったのかと思った形兆だったが、顔つきを一筋ほども歪めない無反応さと、濁った眼の色から、彼らがまともな人間ではないと悟り、精神的なショックは受けなかった。
 ここから戦車やヘリを攻撃に追加した上で、1分ほど弾丸を放ち続ければ、『死人』も壁の意味をなさぬまでにズタズタにできるだろうが、それを待つ綺礼ではない。
 周囲のどこから銃弾が放たれているかを軽く見定めると、まず黒鍵を抜き、鋭く投げ放つ。3本の黒鍵が弧を描き、形兆へ向かって飛来した。

「ちっ!」

 仕方無く形兆は綺礼たちを撃ち続けることを中断し、【バッド・カンパニー】に黒鍵を撃ち落とさせる判断をくだす。そして、銃弾の雨がやんだところで、綺礼はすぐさま駆け出し、切嗣へと突進する。鉄のように硬く握られた拳を備えて。
 切嗣はソラウを倒した起源弾を放つが、綺礼は6本の黒鍵を魔術で大幅に強化して、鉄板をも貫く弾丸の威力を封殺し、防いだ。普通の魔術であれば、起源弾が触れた魔術の魔力は暴走し、術者の肉体を痛めつけるはずである。だが、綺礼が強化のために使った魔力は令呪を消費して造ったもの。自身の魔術回路を使っていないため、起源弾が効果を及ぼすことはなかったのだ。
 その結果に意表を突かれたが、そこは凄腕の魔術師殺し。すぐに自体を洞察し、反射的に対処する。
 右手のコンテンダーを下し、左の手のサブマシンガンを綺礼に向ける。弾幕を前に、綺礼は両腕を上げて防御する。防弾仕様の神父服によって、その体に致命傷を負うことはないが、動きは制限された。

「億泰! 僕に聖剣の鞘を!」
「お、おう!」

 手を伸ばした切嗣に、億泰は【全て遠き理想郷(アヴァロン)】を投げた。切嗣はちょうど銃弾の尽き果てたサブマシンガンを捨てて、投げられた鞘を掴み取ると、素早くそれをその身に仕舞い込んでいく。
 銃弾の邪魔が無くなった綺礼は、一歩で3メートルの距離を跳び越え、切嗣の前に降り立った。

「ふっ!」

 金剛八式、衝捶(しょうすい)。拳による中段突きが、切嗣の心臓を狙い、突き込まれた。切嗣はそれを、左腕をかざして受けた。

 ビギィッ!!

 嫌な音をたてて、骨が砕ける。だが、左腕が犠牲になった時には、聖剣の鞘は全て、切嗣の胸中に納まっていた。
 綺礼は追い打ちに拳を放ち、今度こそ切嗣の心臓を捕らえた。鉄拳は、切嗣の心臓を粉砕し、客席に叩きつけた。客席は衝撃で潰れ、壁にまで亀裂が入る。綺礼はその手ごたえから、切嗣の死を確信した。
 だがすぐに、切嗣が手にした鞘のことに思い至る。アーサー王の持っていた鞘。その伝説を思い出し、頭蓋目がけて三撃目を叩き込もうとした時、切嗣は既に心臓を再生させ、立ち上がっていた。
 切嗣の動きは既に魔術で倍速されたものとなっており、綺礼の拳を避けながら、コンテンダーに弾丸を込め直す。

「ちっ」

 綺礼は舌打ちし、距離を置こうと身を退く切嗣へ足を向ける。追おうとする綺礼の足に弾丸が撃ち込まれる。大した痛みもない攻撃であったが、綺礼は反射的に銃弾が放たれた方角へ目を向ける。
 銃を向ける舞弥の姿を目にし、綺礼はこの場に邪魔者が多すぎることを忌々しく感じる。

「殺せッ」

 その様子を見かねたエンヤ婆が動いた。舞弥、億泰、形兆に向かい、『死人』の群れが襲いかかっていく。

「【屍人舞踏・暗黒正義(ジャスティス)】ッ!」

 また、切嗣に対しても、霧のスタンドをさしむけた。髑髏を象る白霧が宙を流れ、切嗣に覆いかぶさっていく。
 だが、傷を負う端から鞘によって癒されていく切嗣の体には、エンヤ婆のスタンドが操るような隙が無い。せいぜい視界の邪魔になるくらいだ。
 切嗣は、迫りくる綺礼に、準備ができたコンテンダーを向け、射撃した。

 30−06弾に対し、綺礼は冷静に右腕に令呪の魔力を注ぎ込み、拳を振るった。弾が拳に食い込み、肉を裂いて突き進む。だが胴体へと直進することはなく、拳撃の威力によって弾丸の威力が殺されていき、捻じ曲げられ、右肘から抜けて、飛び去っていった。
 素手の一振りで、胴体への直撃を防いだ絶技。人のなせる業としては規格外のものだった。

(だが右腕に損傷は与えた。細かい動きはできなくなったはず)

 切嗣は相手の傷を推し量り、次いで自分の状態を省みる。そこでようやく、自分が驚くほどに十全であることに気付いた。固有時制御を使っている今、切嗣の体は加速度的に消耗し、傷ついていくはずなのに。

(【全て遠き理想郷(アヴァロン)】。信じられない程の治癒力だ。こいつは使える)

 切嗣はその力を理解し、

「【固有時制御(タイムアルター)】―――【三倍速(トリプルアクセル)】」

 その力を存分に活用することにした。



 一方、舞弥たちと『死人』の群れの戦いも続いていた。戦い、と呼ぶものではないかもしれない。『死人』たちはそもそも生きてはいないゆえ、戦っているという意識も無い。エンヤ婆によって操られ、動いているだけの物体、操り人形だ。
『死人』とはいえ、映画のゾンビのように動きが鈍いわけではない。走りもするし、飛び跳ねもする。

「くっ!」

 ゆえに、舞弥の撃つ弾丸程度では、ただ穴を開けるだけで滅ぼすことはできない。『死人』は触手状の舌を伸ばし、尖った先端を舞弥に向ける。

「ちぃ、【ザ・ハンド】!」

 億泰のスタンドが、伸びた舌を抉り消す。直後、形兆の【バッド・カンパニー】がその『死人』へ一斉射撃を浴びせかけ、上半身を粉々にした。それでもなお動き、蹴りを放ってくる『死人』を、【ザ・ハンド】が更に抉り、ようやく動きが止まる。
 なお迫ってくる『死人』に対し、舞弥は武器を拳銃からサブマシンガンに持ち替えた。完全に始末させることは諦め、動きを止めることを目的として、頭部や四肢を狙い、引き金を引く。1体ずつ、手足を切断し、頭部を砕いていく。
 1体の『死人』が右腕をちぎられながらも舞弥に食らいかかったが、それを億泰は瞬間移動で引き寄せ、左手の拳で殴り飛ばした。

(あの小僧……戦闘力も高いが、サポートに回られるのが厄介のよう。ここは………)

 エンヤ婆が戦いの様子を観察していると、その耳に震えるような音が届いた。目を向ければ、小型ながらも本物の威力を秘めた戦闘機が飛んでいた。戦闘機の機銃が火を噴き、エンヤ婆を襲う。

「おのれぇ!」

 それを彼女は、老人とは思えないような軽く俊敏なフットワークでかわし、退く。そして『死人』を1体、虚空より召喚して盾とした。

「いたぜ、フーゴ!」
「そんな大声出さなくてもわかるって」

 元気な声がホール内に響く。ナランチャとフーゴが、到着したのだ。

「セイバー陣営! 一応こちらに君らを攻撃する気は無い! 今はアサシン陣営を倒すことが先決だ! 和気あいあいと協力し合おうとは言わないが、邪魔しあうことはないように願いたい!」

 以前は攻め込んだ相手に、フーゴが自分たちの意図を伝えた。そしてフーゴは切嗣と戦う綺礼へと足を進めていく。

「邪魔者がまた………やはりここは仕方ないのぉ」

 エンヤ婆は両の手をあげ、その全力を解放する。

「固有結界………【妖霧嘲笑・幽街結界(ジャスティス)】」

   ◆

 首を切り落とすかに見えたアサシンの手刀は、しかしランサーの首に触れた瞬間に止まった。
 アサシンの目が、ランサーの体表が薄く淡い光に包まれていることに気付いたのだ。それを、生前に目にした、ある『技術』に酷似していた。
 アサシンは急ぎ地を蹴り、ランサーの傍から5メートルほど離れる。

「5秒経過………時は動き出すか」

 時間停止が解け、ランサーの槍が動き出すも、向かう先にアサシンの姿がないのに気付き、その場で旋回して周囲を警戒する。そして、背後の離れた位置にいたアサシンを目にとめ、身構える。
 だが、アサシンはランサー自身には目を向けることなく、ランサーの首に触れた指を見つめる。そこには微かな火傷の跡があった。

(この痛みは、太陽の光………奴め、どこから太陽の力を仕入れた?)

 かつて受けた、波紋入りの薔薇を思い出す痛み。下手に殴りかかれば、殴った拳の方が太陽の光に蝕まれ、砕け散ってしまう。
 ランサーはミトリネスから受け取った【太陽神の指輪(アポロン・リング)】を右手人差し指につけていた。強い効力を発揮させることはできないが、全身を太陽光で覆うことくらいは常時可能であった。

(だが太陽の力を主武器として使わないということは、大した力はないということ。おそらくその身を包む程度で、飛び道具としては使えない。ならば、直接攻撃をしなければいいというだけ)

 アサシンは火傷した指を舐め、次の方策を考える。対するランサーの方は、悠長に待っていられないとばかりに剣を振るい、無数の斬撃を浴びせかけてきた。
 アサシンは時を止め、斬撃を回避するも、辟易とした顔で吐き捨てる。

「やはりこの斬撃は厄介だな。回避するのに時間を使ってしまう」

 言いながら数十本ものナイフを掴み出し、ランサーに向けて、雨あられと投げつける。今度はランサーが攻撃の雨にさらされることとなった。

「時は動き出す」
「………!!」

 時が動き出した瞬間、ランサーはナイフに囲まれている自分に気付く。全てを防御するのはランサーの高速移動能力を以てしても無理であると、瞬時に判断し、霊核が内在する急所、脳と心臓部に突き刺さろうとするナイフのみを手にした剣と槍で薙ぎ払った。

 ザグザグザグザグッ!!

 手足や肩などに、防ぎきれなかったナイフが突き刺さり、刺さった衝撃で背後に飛ばされるランサー。しかしアサシンの顔は晴れやかではなかった。

(傷は浅いな。本体は常人であった承太郎とは違い、ナイフで刺したくらいでは、サーヴァントを仕留めきることは難しいか)

 アサシンは正々堂々とした決闘など好まない。物事、楽に越したことは無いのだ。ゆえに、負けるとは思っていなくても、面倒なランサーとの戦いよりも、より安易に得られる勝利を摘み取ることにした。
 視線を、ウェイバー・ベルベットへと向ける。かつて、自分が屍生人(ゾンビ)に変えて隷従させた、黒騎士ブラフォードの子孫を名乗る少年。今は、隣で宝石を握り締めて、膝をつく雁夜の様子を気遣っている。

「元を断つか」

 アサシンはナイフを1本握り、流れるような動作で打ち放つ。ナイフは真っ直ぐ吸い込まれるようにウェイバーの喉元へ進み、

 ガシッ

 横から伸びた手によって掴み取られた。

「ヒ、イッ」

 一呼吸の間が経過し、ようやく自分に死が迫っていたことを理解し、ウェイバーは短い悲鳴をあげる。
 少年の救い手は、全身をゴムかビニールで覆ったような姿の人型。

「【ムーディー・ブルース】」

 レオーネ・アバッキオは冷たくアサシンを睨みつけ、己のスタンドを差し向ける。掴み取ったナイフを握り、DIOに迫る【ムーディー・ブルース】――その速度、腕力は常人並みであることを見抜き、アサシンは時を止めるまでもないと、余裕で迎え撃つ。

「UREYYYYYYYY! そんな柔なスタンドでこのDIOを倒せるかァッ!!」

 振るわれたナイフを、スタンドを出すまでも無く、腕を一振りして弾き飛ばし、【世界(ザ・ワールド)】の右手を【ムーディー・ブルース】の首へと向け、掴み潰そうとする。
 が、そこでアサシンは予想外の現象を目にすることとなる。

 ジジジジジジ!

 突如、【ムーディー・ブルース】の胴体に亀裂が走った。

「!?」

 いや、裂けたのではない。内側から、開かれたのだ。そして【ムーディー・ブルース】に開いた『穴』の内部から一本の『手』が伸び、【世界(ザ・ワールド)】が伸ばす腕に殴りかかる。

「こいつは!」

 アサシンは腕を引っ込めて、『手』の攻撃を避ける。すると、【ムーディー・ブルース】の体に開いた『穴』はより大きく開かれ、【ムーディー・ブルース】の体内に入り込み、着ぐるみのように被っていた『手』の主が、その全身を露わにする。
 編み込まれた黒髪の、見目美しい青年。シルエットは細く見えるが、その実、荒事を潜り抜けて鍛えられた肉体。そして、その身から浮かび上がる、強力な、一触れで全てを切り裂く『手』を持つスタンドの影。

「【スティッキー・フィンガーズ】!!」

 姿を現したブローノ・ブチャラティは、スタンドの右腕を、ジッパーによって切り離して放った。射程距離外にまで飛ぶ必殺の拳は、見事アサシンの胸を打ち抜いた。
 能力が発動し、アサシンの心臓から頭部まで届く、大きなジッパーが張り付けられ、穴が開かれる。そして次の瞬間ジッパーが消滅し、頭から胸まで開いた『穴』は、そのまま『傷』となる。結果、アサシンは頭と胸に存在する霊核を、左右に両断されることになった。パックリと斬り分けられた断面の隙間から、アサシンの背後で燃える、市民会館の入り口が見えている。
 こうまで完全に切り裂かれれば、並みのサーヴァントであれば、いや、多少尋常ならざるサーヴァントであっても、死に至るものだ。だが、それでも、

「無駄だマヌケがッ!」

 まだ、アサシンを殺すには届かなかった。アサシンにとって、体を頭頂部から両断されるなど、生前に経験済みのことであり、危機と言えることではなかった。【吸血鬼】としての力は、たとえ霊核が傷を負っても、粉々に砕けていたりしなければ、再生することができるのだ。そしてアサシンは、かつてその身を斬られた時と同じように、笑みを浮かべて、自分に敵対する愚物に、死の制裁を与える。

「貧弱貧弱ゥッ!!」

 グボッ!!

 吸血鬼の怪力は、ブチャラティの腹部を紙のように突き破ったのだった。

   ◆

 霧に満たされた街へと戦場が変化しても、切嗣と綺礼が行うことに、あまり変化は無かった。切嗣は多少警戒したが、綺礼が切嗣との1対1の勝負にこだわっていることはわかっていたので、他からの攻撃を受ける危険は少ないと考えていた。
 実際、彼ら二人が放り出されたのは見通しのきく広場で、周囲には『死人』も見当たらなかった。

 聖剣の鞘による肉体再生をあてにして、肉体へ重大な負荷のかかる3倍の加速を実行し、綺礼に弾丸を撃ち込もうとする切嗣。
 令呪の魔力によって強化を行いながら、身に刻んだ八極拳を、再生も及ばないであろう脳へと叩き込もうとする綺礼。

 切嗣に銃を撃たせまいと、距離を詰め、拳を振るう綺礼に対し、人間には出せぬ速度によって、拳をかわしていく切嗣。
 互いに決定打を与えられないという状態であった。


 その一方で、舞弥と虹村兄弟たちもまた、『死人』たちとの戦いを続行していた。
 切嗣への助力を阻むため、彼ら3人は、この町の姿形をした固有結界の中で、切嗣から500メートルは離れた位置に落とされていた。
 地形は、左右にイスラム文化風の建物が並ぶ、大通りの真ん中であり、四方八方から『死人』が湧き出るように現れ、襲いかかってくる。

「ケケケーッ! どれほど抵抗しようと無駄なこと! 脳みそ! ズル出してやるッ! 背骨、バキ折ってやるッ! タマキン、ブチ潰してやるッ! DIO様にあだなす愚か者どもめ! 全員、地獄に叩き落としてやるッ!!」

 そして、『死人』たちの向こう側、舞弥たちから10メートル程の距離を隔てて、エンヤ婆がこちらに邪悪な嗤いを向けていた。

「【バッド・カンパニー】!!」

 群れる『死人』に対し、3人を囲む形で円陣を組んだ【バッド・カンパニー】が迎え撃つ。

(このババア、最初は霧の中からゾンビみてえな奴らを出して攻撃する、【バッド・カンパニー】のような群体型のスタンドかと思ったが、この霧、良く見れば髑髏のような形をとっている。ゾンビを操る『霧のスタンド』がこいつの能力か)

 形兆はそこまで敵の能力を分析する。

「しかし、ゾンビを操るスタンド能力があるのはわかるが……異空間に他者を引きずり込む能力まで持っているというのは、いくらなんでも強過ぎるだろうが」
「……おそらくライダーが使ったと言う宝具と同じでしょう。固有結界……己が心象によって世界を塗り替える魔術の奥儀。ライダー、イスカンダルが生前に魔術を使えたとは思えません。おそらくライダーのそれは、死後、英霊となってから有名になった逸話が元になった宝具。多くの英雄を部下として引き連れ、戦場を駆けたと言うエピソードの宝具化。それと同じように、あのキャスターも、生前は使えなかった力を得ているのでしょう」

 サブマシンガンの弾倉を交換する舞弥が、形兆の呟きに対し、己の考えを述べる。
 その考えは、当たっていた。元来、エンヤ婆のスタンド【ジャスティス】は、死人を操る霧のスタンドであり、同時に霧の中に、幻の街を造り出すことができるという、スタンドの中でも規格外といえるもの。しかし、それでも他者を異世界に連れ込むほどのことはできなかった。それが、サーヴァント・キャスターとなった時に強化されたのだ。
 DIO配下のスタンド使いをまとめ上げた、強力なスタンド使いとして向けられた畏怖の念が、エンヤ婆のスタンドの逸話を、固有結界という形の宝具とした。
 そこまでは舞弥たちの推測通り。しかし、彼らはまだ、エンヤ婆のスタンドの真の恐ろしさを知らない。操れるのは、『死人』だけではないという恐ろしさを。

「どうする兄貴? こいつらそんなに強くはねえし、無理矢理押し通って、あのババアを倒すか?」
「そうですね………切嗣の方も気になりますし、ここは……」

 億泰の案に、舞弥が頷こうとした時、

「! 危ない!」

 舞弥が億泰の右側へと体を動かし、左腕をかざす。その左腕に、小さな影が飛びかかった。

 ガブゥッ!!

「くうっ!」
「な………舞弥!」

 小さな影、その正体は、足元から跳びかかった『犬』――『死犬』と言うべきか。成人男性の膝ほどの高さの、垂れ耳の犬。その眼にはやはり生気がない。『死人』よりも小さく、視界の死角になる足元から忍び寄ってきていたため、気付くのが遅れた。
 そして、その牙は、億泰をかばった舞弥の左腕にしっかりと食い込み、衣服や肌を突き破り、出血を強いていた。

「このダボがぁ!」

 億泰の【ザ・ハンド】が『死犬』の頭を掴んで、食い込んだ牙を引き剥がして放り投げる。空中にいるうちに、手早く『死犬』の首と後ろ脚の付け根を抉り取って、動けなくしてやった。
 だが、それらの行動も、もはや手遅れだった。

「こ、これは………!」

『死犬』の歯型の傷からシュウシュウと血が巻き上がる。白い霧の中に、紅い血が吸い込まれていき、糸がほつれていくように傷跡が広がっていった。そして、

 ボゴォン!

 傷が、腕を貫き通す、丸い穴となった。しかし、それも前段階にすぎない。

「これは……霧が、穴に結び付くように?」

 腕にあけられた穴に、霧が糸のように入っていく。そして、

 グイッ!

「なっ!?」

 舞弥の腕が、彼女の意思に関係なく、天に向かって突き上げられ、そして振りかぶられる。次の瞬間、舞弥の左腕が、億泰に殴りかかっていた。

「うおっ!? な、何するんだ、舞弥!!」

 慌てる億泰に、舞弥が何か言うより先に、彼女の左腕はナイフを握り、億泰に向けていた。

「あ、操られている。この霧は、このスタンドは、『死人』を操るだけの能力ではない! 傷のついた、生きている人間も操ることができるのか!!」

 舞弥が恐怖と共に口にした言葉を、エンヤ婆は喜びの表情を顔に張り付けて肯定する。

「クケケケケケケー!! その通り! ほんの一か所でいいのさっ! ほんのちょっぴりでいいのさッ! わしのスタンド【ジャスティス】は、ほんのチョイト傷をつけるだけで、そいつを操り人形にできるさッ!!」

 エンヤ婆の笑いを聞きながら、それまで一人、『死人』たちの攻撃を阻んでいた形兆は、【バッド・カンパニー】の歩兵20体を、舞弥へ向ける。

「こうなったら、仕方無い。舞弥、お前は今や敵だ。敵の武器だ。悪いが死んでもらうぜ」

 瞬時に冷徹な判断をくだし、舞弥の頭に狙いを定める形兆だったが、彼が銃撃を命じる前に、億泰が【ザ・ハンド】で舞弥からナイフを奪い、左腕を抑えつけた上で、【バッド・カンパニー】の銃撃の軌道上に立ち塞がった。

「億泰! そこをどけ! そいつはもう手遅れだ!」
「ううッ! け、けど兄貴よぉ、仲間を殺すのは………」

 いつもは常に兄である形兆の判断に、全てを委ねる億泰だったが、今回は抵抗した。
 舞弥と、昨日土蔵で話をしていなければ、兄に反抗してまでかばうようなことはしなかったかもしれないが、今の億泰は彼女の身の上を知っており、こんなことで死んでしまうのはあんまりだと考えた。まして、今舞弥が操られているのは億泰を護ったためで、本来、『死犬』に噛まれて操られることになるのは自分だったはずなのだ。
 しかし、殺されようとしている舞弥自身が、冷静に億泰の行動を咎めた。

「やめなさい、億泰。形兆の判断は正しい。すぐに私を殺し、貴方たち二人だけでもこの場を切り抜け、切嗣の救援に向かってください」
「そ、そんなわけにはいかねぇだろうがよぉ!」

 殺されようとしている舞弥自身の訴えにも、億泰は首を横に振った。
 深い理由や想いがあったわけでなく、単純に、舞弥が兄に殺されることが、兄が舞弥を殺すことが、嫌だと思ったのだ。単純な好き嫌いから起こった行動であり、そうだからこそ、理詰めで説得はできないことだった。
 形兆は、早々と億泰の説得を諦める。このまま【バッド・カンパニー】の兵を舞弥に振り分けたまま、残された兵士だけで『死人』たちの攻撃に対応していては、抑えきれなくなるのも時間の問題だ。

(『グリーンベレー』を向かわせて、舞弥を始末する。死んでしまえば、もう億泰も諦めるだろう)

【バッド・カンパニー】の中には、特殊部隊の『グリーンベレー』もいて、隠密行動を行えるのだ。個々の戦闘力は高くない【バッド・カンパニー】だが、首などの急所を上手く突けば、人間を歩兵1体で殺すこともできる。
 そして、形兆が思考を実行に移そうとした時、彼の耳に、強い回転音が届いた。

「これは……」

 それはプロペラの音。それも、【バッド・カンパニー】の戦闘ヘリ、アパッチよりもなお強力な。形兆は、その音に聞き覚えがあった。
 上空を見上げれば、想定通りのモノがそこにある。それは、機銃を唸らせて『死人』たちへ襲いかかった。
 舞弥たちに迫る『死人』たちの中で、最前列に立つ8体ばかりを銃撃して吹き飛ばす。舞弥たちを中心にして旋回し、弾丸をばら撒いて『死人』たちを抉り、十数体の『死人』をほんの10秒程度でミンチ手前の状態にした後、小型爆弾を落とした。爆発は思いのほか大きなもので、3体の『死人』が火だるまになり、他数体もいくらか火を浴びた。
 登場から十数秒で、『死人』の群れを圧倒した戦闘機は、その機銃を、今度はエンヤ婆に向けた。

「くっ、貴様、貴様らはここから300メートルは遠くに落とした筈。『死人』が徘徊する、いりくんだ街の中で、どうしてこんなに早く、わしらの居場所がわかった!?」

 舞弥たちの周囲の『死人』たちがある程度打ち倒されたところで、舞弥たちの真横にある小道から、一人の少年が姿を現した。目元にモニターをつけた、黒髪のイタリア人――ナランチャ・ギルガ。

「教えてやらねーよ! 干物婆!!」

 ナランチャのスタンド、【エアロスミス】の持つ能力の一つ、『二酸化炭素探知』。蚊は、人間の吐く息に含まれる二酸化炭素の臭いによって、獲物である人間を探し当て、血を吸う。それと同じように、【エアロスミス】は呼吸や物が燃える時に発生する二酸化炭素を、探知できるのだ。
 サーヴァントであるエンヤ婆や、『死人』は呼吸が必要無く、二酸化炭素を出さない。よって、二酸化炭素が反応している場所に、舞弥たちがいるのだとすぐにわかった。そこで、ナランチャが援助に駆け付けたのだ。
 もう二つ離れた場所で高速で移動し合い、ぶつかり合っている二酸化炭素反応があり、こちらは切嗣と綺礼だと推測できた。こちらには、フーゴが救援に向かっている。

「これでとどめだ! 行くぜボラボラ!【エアロスミス】!!」

 そして【エアロスミス】がエンヤ婆に対して銃弾を撒き散らす。狙いは正確でないが、数多くの弾丸が広範囲に放たれ、エンヤ婆の逃げ場を殺している。
 確実にエンヤ婆を蜂の巣にしたと、誰もが思った。だが、

「え!?」

 弾丸が貫きかけた瞬間、エンヤ婆の姿が掻き消えた。それこそ霧のように。

「あ、あいつどこへ行きやがった!?」

 左右を見回すナランチャ。だが、その目には両右手の老婆の姿は映らない。形兆や、いまだ舞弥を抑えている億泰も探すが見つからない。

「!! 後ろ!」

 そう叫んだのは、舞弥だった。

「うおぉっ!?」

 その言葉に反応し、咄嗟にナランチャは前に体を倒した。空を切る音がして、誰かが背後にいることが理解できた。【エアロスミス】の銃を背後に向けながら、ナランチャ自身も同時に振り向く。
 そして、磨き上げられた鋏を、たった今振り下ろしたという姿勢の、エンヤ婆がそこにいるのを見た。

「いつの間に………!」
「チ!」

 驚くナランチャが、【エアロスミス】に攻撃を行わせるよりも早く、エンヤ婆は新たに『死人』を呼び寄せて盾にする。

「惜しいのぉ。もうちょっとでこの鋏を、その空っぽそうな頭に突き立てていたところだったんじゃがのぉ〜」

 エンヤ婆は不満そうな顔で、ショキショキと鋏を開閉させる。

「………まあいいわ。さっきも見た通り、この霧にはまやかしを見せる力もあってのぉ。今ここにいるわしが本物かどうかも、わかるまい?」

 かつて、ジョースター一行を【ジャスティス】が創り上げた街に誘き寄せた時、街を出るために自動車に乗ろうとしたジョセフ・ジョースターにも幻を見せた。ジープの幻を見せられたジョセフは勢いよく乗ろうとしたつもりが、鋭く尖った柵の上に乗りそうになり、後少しで、身を刺すところだったのだ。

「つまりこういうことじゃ。こちらの手札は無制限で、そちらからの攻撃は当たらず、逆にそちらは掠り傷一つでも負ったらゲームオーバー。さぁて、いつまで持つかのぉ」

 エンヤ婆に対抗する4人の顔に、影が差す。心の中に、冷たい絶望が忍び寄るのを、全員が感じたのだ。

「クケケケケ! わかったようじゃなぁ! そういうことさ! 貴様らがどんなに足掻こうが、必ず最後に」

 舞弥たちの戦慄した表情を見たエンヤ婆は、愉しそうに宣言する。

「『正義(ジャスティス)』は、勝つ!」

   ◆

 切嗣は、戦えば戦うほどに理解できていく、言峰綺礼の武力に舌を巻く想いだった。
 目の前にはナイフを片手でさばく綺礼がいる。このまま続けていても、ナイフを急所に突き立てられる未来が思い浮かばない。

(もはや3倍速では対応される。更に上を行かなくては――!)

 切嗣が魔術詠唱を紡ごうとした直前、綺礼の方が先に行動した。綺礼の足が、切嗣の足に絡まり、引きずり倒す。
 倒れ込もうと、立ち直ろうと、一瞬以上の無防備な時間ができることに変わりは無い。その間に、綺礼は頭蓋を砕く一撃を叩き込むだろう。
 切嗣の口が詠唱を紡ぐために開かれる。拳が放たれるより先に魔術が発動すれば、避けることは可能だ。

「【固有時制御(タイムアルター)】――」

 詠唱を口にしながら切嗣は、刹那の差で、加速が間に合わないことを理解した。身をよじり、せめて綺礼から受けるダメージを最小限にとどめようと抵抗する。無論、それを許すような生ぬるい相手でないことは承知していたが。
 勝負がつくと思われた時、恐ろしい勢いで、綺礼に飛びかかる影があった。

「ぐぁあるるるるるる!!」

 ツギハギだらけの騎士。一目見た切嗣が抱いた印象はそれだった。抑えの効かない口元から、唸りと涎を垂れ流しながら、ソレは横合いから現れ、綺礼に殴りかかった。技術も何も無い、力任せの拳。だが、その拳に対し、綺礼は本能的な危険を感じ、受けることなく飛び退いてかわす。
 そして、5メートルほど離れた場所に、いくつも丸い穴を開けたスーツを素肌にまとい、イチゴの柄のネクタイを締めた、独特な服装の少年を見つける。
 切嗣との戦いを邪魔する者に対し、苛立ちを感じた綺礼は、黒鍵を抜き、この少年を始末してしまおうとする。だが、その少年――パンナコッタ・フーゴは、己がスタンド【パープル・ヘイズ】の最凶最悪の能力を使うことを既に決めていた。

「【パープル・ヘイズ】!!」
「ブッシャアアアァァァァァァアアッ!!」

 フーゴの声と共に、【パープル・ヘイズ】が吠え、綺礼に目がけ、真っ直ぐに拳を放つ。対する綺礼も、かわしきれぬと判断し、黒鍵を捨て、迎撃の拳を放った。
 綺礼と【パープル・ヘイズ】の拳がぶつかり合う。

 結果は――互角。綺礼と【パープル・ヘイズ】は、どちらも押し負けることなく、拳を突き合わせた体勢で静止した。

「なっ!?」

 スタンドの拳の威力が相殺されたフーゴは、心底から驚愕の声をあげる。
 走る大型トラックを正面から殴り飛ばせる威力の近距離パワー型スタンドの一撃を、魔術強化しているとはいえ生身の人間が受け止めるなど、常軌を逸していた。
 だが、フーゴが自分の敗北の可能性を考えたかと言えば、それは無かった。そもそも、【パープル・ヘイズ】の拳自体の破壊は、本命ではない。
 本命は、【パープル・ヘイズ】の手の甲に、左右3つずつ張り付いている、丸いカプセル。今、その内の、右拳側の中央のカプセルが割れ、『中身』が漏れ出ていた。

「む………?」

 綺礼は左腕に違和感を覚えた。単純に強い衝撃を受けて、筋肉がちぎれたとか、骨が砕けたとか、そういった痛みとは違う感覚。飛び退いて【パープル・ヘイズ】との間の距離を広げる。だが既に遅し、彼の左手は、異様な気持ちの悪い色の吹き出物に覆われつつあった。

「終わりだ……。それが僕の【パープル・ヘイズ】の能力……『殺人ウイルス』。一度感染したが最後、治療法は無い。誰にも、使い手である僕にも、ウイルスをどうにもできない。ウイルスに侵された者は、肉体の新陳代謝を破壊され、腐るように溶けて死んでいくしかない」

 フーゴは断言する。一度感染し、生き残れた者は一人もいない。組織の者たちからも恐怖される、極めて危険な殺戮能力。それが【パープル・ヘイズ】だ。

「……まだ終わりではない」

 だが綺礼はそれを、認めなかった。

「いいや終わりだ。どんな人間も、一度そうなってしまえば、およそ『30秒』でウイルスが全身に回り、死ぬ。例外は、無い」
「そうか………人間なら、死ぬか」

 呟き、言峰綺礼が神父服の下から取り出したのは、

「私は」

 一枚の、『仮面』。

「人間を」

 その仮面は『始まり』。奇妙な運命の『始まり』。彼らの宿命の『始まり』。すべてはそれから始まったのだ。

「やめよう」

 綺礼は仮面を被り、自らの血を指につけて、仮面へと、血を垂らす。
 そして、

「【血は生命なり(ファントム・ブラッド)】」




 ……To Be Continued
2014年06月20日(金) 00:33:06 Modified by ID:Y6zP5aMpUQ




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