Fate/XXI:10
Fate/XXI
ACT10 今にも崩れてきそうな『塔』の上で
非常ベルが鳴り響くホテルの中、雁夜たちは臨戦態勢で進んでいた。人払いのために雁夜たちが起こした火事により、既にほとんどの人間が避難している。残るは敵である魔術師のみ。
目指すは客室最上階である地上32階。そこに敵マスター、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトはいる。魔術師としての才能も経験も技能も、全て間桐雁夜を凌駕した男がそこにいる。
本来なら、ケイネスほどの魔術師が、工房として整えているであろう陣地に突撃するのは無茶もいいところだ。しかし、無謀ではない。
傍を歩く、まだ少年といっていい年齢にもかかわらず、雁夜よりずっと落ちついて、命を簡単に落としうる中に立つ男、ブローノ・ブチャラティ。
彼と出会ったのは昨夜のことだ。まだ半日も経ってはいないのに、雁夜は彼に対して、確かな信頼を抱いていた。だからこそ、こうして半死半生の肉体を引きずって、ここに共にいるのだ。
昨夜のことを思い出す。ブチャラティは自分の身分、立場、自分が聖杯戦争を知る理由、聖杯戦争に介入する動機などを簡単に説明した。
そして、今まで雁夜が他の誰からもされたことのないような、真摯な眼差しを向けてこう言った。
『俺たちの狙いである殺人鬼がマスターである以上、サーヴァントと戦わなくてはならなくなる。だが、俺たちでもそれは荷が重い。だから、同じマスターである貴方に手を貸してほしい。代わりに、貴方の戦いに手を貸そう。俺たちの敵は、貴方にとっても、元々敵対する相手だ。損は無いと思う。どうか、頼む。貴方の力が必要なんだ』
雁夜は、疲れ切った体と脳を懸命に働かせた。協力関係を持つ動機に関しては、嘘はないと思えた。嘘ならわざわざ、自分をギャングだなんて『信用ならない職業』に設定することも無いだろう。スタンド能力についても、実際に見せてもらったため、証明されている。他に疑問があるとすれば、
『なぜ、俺と? こんな、ボロボロの人間じゃなくても、他にマスターはいるだろう』
『ボロボロだからこそだ。貴方が、最も助けを必要としているようだった』
なるほど。疑惑や不安を抱えながらも、協力関係を結んでくれる可能性の高い相手を選んだわけだ。
雁夜は納得する。だが不快感は覚えない。相手が真摯に正直に、誠実に話してくれていることがわかるからだ。だから、雁夜もまた正直に自分の立場を説明した。
自分が、もう一月と生きられないこと。
自分は実質上、間桐家の主である臓硯の奴隷であること。
今、この会話も、自分の体内の蟲を通して、臓硯に聞かれているであろうこと。
これらのことを聞かせながら、雁夜はブチャラティが協力の申し出を撤回するだろうと思った。こんなドロドロとした、醜悪と陰惨を煮詰めて、底の見えぬスープにしたてたような陣営に、好んで参加する者はいるまい。協力し合えそうなマスターを別に探した方がマシだと、そう思った。
だがブチャラティは数秒黙り込んだ後、
『詳しい内情の説明には感謝しよう。けれど、貴方はまだ答えてくれていないな。俺たちと組んでくれるか? その返答をお願いする』
雁夜は、ブチャラティの言葉を掴みかねた。やがて、ブチャラティがまだ申し出を取り消す気が無いことを理解し、むしろ雁夜の方が慌てた。
『ほ、本気で言っているのか? 僕はいつ死ぬかわかったものじゃないし、サーヴァントはろくに言葉も通じない。そのうえ、臓硯に目をつけられでもしたら、どんな目にあわされるかわかったもんじゃないんだぞ!?』
それこそ、実験動物にされ、死のうと願っても死ねないような状況に陥るかもしれない。それをわかっていないわけでもないだろうに、それでもブチャラティは言ったのだ。
『心配してくれるのはありがたいが、それくらいの危険にビビってちゃ、ギャングは務まらないさ。さあ、俺たちのことはいいから、貴方の正直な気持ちで答えてくれ。俺たちの助けが、欲しくは無いか?』
そして雁夜は頷き、その手を取った。
今回の作戦のほとんどは、ブチャラティの考えた物だ。昨夜の戦いを見て分析し、雁夜から魔術について幾らかのことを聞いたうえで立てられた、即興の作戦。上手くいくかどうかは全くわからないが、それでも雁夜は乗ることにした。
それは、ブチャラティの作戦を信頼してのことではなく、ブチャラティという人間を信頼してのことだ。たとえ上手くいかなくても、雁夜がブチャラティを恨むことはないだろう。ブチャラティの優しさに縋る自分が、彼を恨むなどおこがましいと、雁夜は考えていた。
「32階に二つ、呼吸の反応がある。大きさからして人間。サーヴァントは呼吸しなくていそうだから、この二つはケイネスと、その仲間だろうぜ」
共にここに来た、ブチャラティの二人の仲間のうちの一人が声をあげる。黒髪の少年、実際の年齢より幼く見える彼の名は、ナランチャ・ギルガ。そのスタンドは、ナランチャの顔の横を飛んでいる、小さなプロペラ戦闘機の姿をした【エアロスミス】。
その特徴的な能力は『二酸化炭素探知』。生物の呼吸や、物が燃えている時に発生する二酸化炭素の場所や量をレーダーで探ることができる。逃げ隠れしている相手に対しては特に便利な能力で、昨夜、下水道の中に雁夜が隠れているのを見つけたのも、この能力によるものだ。
この能力の詳細を雁夜は聞いていない。雁夜が知ると、体内の蟲を通して自動的に臓硯にも伝わってしまうため、雁夜は注意して知らないようにしていた。雁夜は、生物の居場所を特定するレーダーとしか理解していない。
「陣取った場所から動いていないか。逃げずに迎え撃つつもりのようだな」
「おそらく、自分の工房に相当な自信があるんだろう」
ブチャラティの言葉を、雁夜が補足する。実際、冬木ハイアット・ホテル客室最上階である地上32階は、完全な魔術要塞と化していた。敷かれた結界の数は24。魔力炉3器。猟犬代わりの悪霊、魍魎が数十体。トラップも十全、廊下の一部には異界化させている空間まである。それが、雁夜たちを待ち構えている。
「そうか。なら今のところは予定通りだな」
ブチャラティは冷静に述べると、先陣をきって進む。逃げ場の無いエレベーターは使わずに、階段を使って昇り続ける。その間、魔術による妨害も、サーヴァントの襲撃も無かった。
自分の陣地に引きずり込む狙いであろう。よほど、自陣の迎撃態勢に自信があると見えた。一行が32階に到着した途端、廊下に放たれていた悪霊の群れが襲いかかってくる。しかし、
「【エアロスミス】!!」
小型戦闘機のスタンドが、機銃を放つ。銃弾は、まともな物理攻撃が通用しない魔の存在をズタズタに引き裂いていく。
戦闘手段のない一般人や、攻撃魔術に詠唱時間などを必要とする並みの魔術師には危険な相手だが、直接的に速攻で対処できるスタンドを持つ彼らには、さして恐ろしい相手ではない。悪霊はナランチャに任せ、ブチャラティが雁夜に訊ねる。
「どんな様子だ?」
「ひとまず結界が張られているのは間違いない。俺程度の実力じゃ、どういう種類の、どんな効果がある結界かは、ちょっと見たくらいじゃわからないが」
即席魔術師の雁夜の眼力では、才能に溢れるロード・エルメロイの実力を計ることもできないようだった。雁夜だけにできることと言ったら、現在霊体化してついてきているバーサーカーを殴り込ませるくらいしかない。
しかしいくら英霊であっても、周到に用意された罠にまともに突っ込んで無傷で済むとは思えない。対魔力のスキルも、罠をかわす理性も持たない、バーサーカーなら尚更だ。疲弊したところをライダーに攻撃されたらひとたまりもないだろう。
ゆえに取るべきは、雁夜だけではできない手段。
「アバッキオ」
「おお」
ブチャラティの呼びかけを受け、ブチャラティ、ナランチャと共に来た、3人目のスタンド使いが前に出た。高い背と長い髪を持つ、鋭い刃を連想させる、彼らの中で最も『その手の職種』らしい男。名は、レオーネ・アバッキオ。
「【ムーディー・ブルース】!!」
その名と共に、スタンドが姿を現す。のっぺりとした、全身をゴムで覆った人間のような姿のスタンド。しかし、現れると同時に、その姿は急速に変化を始める。鼻も口も無い顔にそれらが生まれ、人を見下し慣れた様子の、男性の顔へと変わる。その肌は白人のそれになり、衣服さえも形作られる。十秒とせぬうちに、【ムーディー・ブルース】は、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの姿となった。
「再生(リプレイ)だ」
ケイネスの姿となった【ムーディー・ブルース】は、かつてこの場でケイネスが行った行動を再現する。過去に、その場所にいた人物へと変身し、その人物の行動を再現するのが【ムーディー・ブルース】の能力だ。ケイネスがこのホテルに宿泊を開始した時期を選んで、望む時間を探し出す。
やがて【ムーディー・ブルース】は、雁夜たちが欲していた過去を再現し始めた。すなわち、ケイネスが結界や罠を準備している時間を。
「どうだ雁夜」
「ああ、期待通りだ。これなら、俺でも結界も罠も解除できる」
雁夜は、ケイネスの行動を注意深く観察する。その身ぶり手ぶりに足運び、口にする呪文、魔力の波調に至るまで、【ムーディー・ブルース】は、余すところなく再現していた。
確かに、ケイネスの仕掛けた魔術的仕掛けは、雁夜にとっては厳しすぎる難問だ。だがこうして仕掛けるところを見ていれば、手品の種を仕込んでいるところを見るようなもの。力の起点も合言葉もすべてわかる。
数分後、仕組みを把握した雁夜は、結界の中心となっている壁の一部に手を触れ、魔力を注ぐ。ものの三秒でガラスが砕けるような音を立て、要となる部分が破壊され、結界が一つ消去された。
◆
「何ということだッ!」
水晶球に映し出された雁夜たちの動きを見ていたケイネスが、激高のままに拳でテーブルを叩く。敵が32階を訪れて、30分が経過した。24の結界は既に7層が解除されてしまっている。それも、まともな魔術師の実力勝負ではなく、スタンドというケイネスに言わせれば歴史の浅い、下賤な手法によってだ。
誇っていた自陣の防御が、そのスタンドの力によって容易く蝕まれていくという事実を前に、ケイネスは屈辱と憤怒を溢れさせていた。
「うーむ、これは中々の侵略具合。作戦も連携もいい。こやつらも我が配下に誘いたいところだのぉ」
ライダーが呑気に言う。彼は追い込みなどの繊細な作業はあまり向かないし、彼の宝具は少し暴れただけで、自陣までも破壊してしまう。よって出撃は控え、まだ待機の状態だった。
「黙れ! 行くぞライダー。こうなったら、この私直々にあの魔術師の誇りも無い者たちに、誅罰を行ってやろう」
よりにもよって婚約者であるソラウの前で、名誉挽回どころか恥の上塗りをさせられたケイネスが立ち上がる。
「ふむ、マスターがやる気ならそれでいいが、ソフィアリ嬢も連れて行った方がよいと思うぞ。まだ相手のサーヴァントが出てきていない今、まだ敵の手の内は全て明かされとるわけではない。彼らが囮で、本命が背後から襲うということもありうる。そうなれば、ソフィアリ嬢が一人のところを見つかるかもしれん。下手に目を離すより、手の届く場所にいてくれた方がよかろう」
「………一理はあるな。いいかなソラウ?」
「ええ、いいわよ。でもちゃんと守ってもらうわよ」
「ああ、勿論だとも!」
愛する女性に頼られ、奮起するケイネスであったが、ライダーはどうにも不安であった。ソラウを連れていくよう言ったのは、言葉通りの意味もあるが、彼女から目を離すのが危険と感じられたからだ。実際、彼女のケイネスへと向ける視線には、やはり温もりが感じられない。
ライダーはそれに似た物を感じたことがある。母である王妃オリュンピアスに感じたそれ。息子であるライダーに対しては熱い愛を、夫であるフィリッポス王に対しては非情の冷たさをもって、見つめていた目。その視線の冷たさが極限に達した頃、フィリッポス王は暗殺され、ライダーはマケドニアの王位を継承したのだ。父が死んだ日の母の微笑みは今も忘れない。何よりも大きな『愛情』と、それ以外の何ものも顧みず切り捨てる『冷酷』を。
(いかんな………今まで幾度もの戦いを勝ち抜いてきた余だが、味方を信じられない戦は初めてだ。こりゃあ、よっぽど気を引き締めていかねばならんわい)
魔術師の価値観に凝り固まって、己以外のものを認めようとしないマスターと、愛と表裏一体の怖気をまとう女。この二人と勝利の喜びを分かち合える未来図が思い描けず、ライダーはため息をつかぬための努力を強いられるのだった。
◆
雁夜がブチャラティの手を取った後、ブチャラティは間桐の屋敷にやってきた。玄関の前で最初に出迎えたのは、髑髏に皮を張っただけのような、矮躯の老人。幾世代にも渡って、間桐の家を影から支配し続ける、もはや人間とは言えぬ魔術師―――間桐臓硯。
『ようこそ、と言っておこうかの。話は聞いておったぞ』
臓硯の顔が歪む。笑みをつくったようだったが、老人から感じられる邪気が、それを笑みと思わせない。
『あんたが臓硯か………何か不満があるのか?』
ブチャラティの表情が険しくなる。目にしただけで常人ではないと知れる臓硯を前に、一歩も退くことはなかった。
『クク………威勢がいいのぉ若いの。何、わしは口出しする気は無い。好きにするがいい。勝つために、幾らでも手を尽くすがいい』
それだけ言うと、臓硯は消えた。歩いて移動したわけではなく、夜の闇に溶け込むかのように、今までそこにいたのがただの幻であったかのように、忽然と消えたのだ。それでもブチャラティは、汚物の匂いに耐えるような表情をするだけで、怯むことはなかった。
彼が怯んだのは、次の対面の時だった。
『カリヤおじさん………お客様?』
桜の目を見た時、ブチャラティは確かに怯んだ。その、何も映していない目。ただの深く暗い穴が開いているだけのような、絶望と虚無に染められた双眸。およそ人間がしていい目ではない。ましてこんな少女が。
『………初めましてお嬢さん。俺の名前はブローノ・ブチャラティ。雁夜の………友達だ』
無理に微笑みをつくり、ブチャラティがそう言った時、雁夜は確かに嬉しかった。この、自分より年下でありながら、自分より力も心もずっと強いであろう少年が、自分を友と呼んでくれたことが。
『桜ちゃん、だったね? 今は多くは言えないけれど、一つだけ言えることがある』
ブチャラティは膝を折り、背丈の小さな少女と目線を同じにする。
『たとえ希望が無くとも、たとえ未来が無くとも、それでも、君は独りじゃない。俺と雁夜がここにいる。たとえここにいなくても、君のことを想ってどこかにいる。それだけは、確かなことだ』
その言葉は、傷つけられ続けている少女を、救いはしない。この地獄の境遇からの、希望にはならない。それでも、彼女の心が完全に闇に閉じこもってしまうことだけは防げるだろう。完全に閉ざされた心は誰とも触れあわず、誰にも影響されず、影響を与えない。それは死と同義だ。
けれど、誰かと繋がっているという想いがあれば、たとえ他者を嫉妬しても、憎悪しても、悪意に染まることになろうとも、死んでしまうことはないだろう。
初対面の男性からの、強さの籠った言葉に戸惑いながらも、少女の心には微かに、しかし確かに、ブチャラティの言葉が記されたのだった。
その後、雁夜とブチャラティは今後どうするかを相談した。まず、雁夜が魔術についての基本的な知識と、雁夜にできる魔術について説明する。ブチャラティの方は仲間が他に3人いることを話した。
今、共にホテルを襲撃しているアバッキオとナランチャ、それに今はいないし、その能力もまだ雁夜は知らないが、フーゴ・パンナコッタという少年がいるらしい。
そして雁夜は、使い魔によって調べた、現在分かっている限りの敵の人物像や居場所、能力についての情報を伝えた。
それらの知識を基に、今朝のケイネスへの攻撃の作戦は立てられた。
『居場所がわかっているのは、御三家以外では今のところケイネスという奴だけ。しかも本拠地はホテルの最上階。一般人の多い、戦いにくい場所だ。しかも隠れる気もなく堂々と。フロア一つ貸し切る金があるなら、一戸建てでも買えばいいだろうに、眺めの良さや、ボーイが世話してくれる生活を戦いより優先したとしか思えない、戦いについては素人以下の真似だ。昨夜の戦いを見た限り、性格は傲慢で油断も多い。いくら魔術師として強くても、戦闘者としては恐れるべきものはない。あれならまだ弟子のウェイバーとやらの方が見るべきものがある。無論、作戦次第だがな』
ブチャラティが、一番狙い目の相手として選んだ男が、雁夜たちの前に現れていた。右横にライダーを、背後に雁夜たちの知らない女性を連れて。
周囲は部屋を仕切る壁が一部取り払われ、複数の部屋が合わさって一つの大きな空間となっている。直接戦闘を行うための闘技場として、改造したのだろう。
「ようこそ我が工房へ。アーチボルト家九代目当主、ケイネス・エルメロイが歓迎しよう」
威風堂々という様子で、雁夜たちに向けて声を張り上げた。対する雁夜はその台詞を聞き流し、
「バーサーカー」
「―――――ッ!!」
己のサーヴァントを顕わした。サーヴァントが姿を見せた以上、こちらもサーヴァントを出す以外にない。バーサーカーは昨夜同様、狂気と怨嗟を身に帯びた姿を見せる。
「君はどうやら間桐のマスターの、雁夜だったかな? 聞いた話では、一度栄えある魔術師の家系から逃げ出したということだが、今回の戦いの為に無理に魔術師になったとか。いかな理由か知らぬが、何とも酷い姿であるな」
ケイネスは首を振り、明らかに雁夜を見下した。
「そのように身を崩しながら、そんな下賤な連中の力を借りなければ、戦いもままならぬ程度の実力とは、もはや軽蔑を通り越して哀れでさえある。ここは、私がその命を絶つことで楽にしてやるとしよう」
ケイネスの長々とした台詞を聞き流していた雁夜だったが、ある言葉に対してその目に怒りを宿した。
「………貴様、僕の仲間を『下賤』と言ったか?」
「魔術も使えぬ、スタンドなどという弱い力を頼りにするしかない、卑しい者を、そう言ってはいけないかね? 気に触ったというなら、実力で撤回させてみたまえ」
「いいぜ。簡単だ。何せ、教え子に一方的に追い詰められて悲鳴を上げる程度の奴なんだからなぁ!」
ケイネスの余裕に亀裂が入る。昨夜の屈辱を思い起こしていしまい、彼の機嫌は最悪になった。
「ライダー。バーサーカーの相手をしろ。それ以外は私がじきじきに殺す」
「わかったが、あまり頭に血を昇らせすぎんようにな」
ライダーは心配になりながらも、己が帯剣を抜く。キュプリオト族の王からの献上品であるスパタだ。中々の業物であるが、宝具というわけではなく、ライダーの自身の戦闘力も、バーサーカーほどではない。
最前線に立ち、自ら剣を振るい戦い続けたという伝説が示す通り、決して弱いわけではない。むしろ一流、並みの戦士など10人まとめて叩き伏せられるだろう。だがバーサーカーは規格外だ。セイバーと互角以上に戦えるポテンシャルは異常なまでに高い。
しかも、自慢の対軍宝具【遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)】はケイネスたちを巻き込むので使えない。【底知れざる有角王(ズル・カルナイン)】による防御をしながら、しのいでいくしかないだろう。
もしもの時は、とっておきの最強宝具を使用するまでのことだ。それよりライダーが心配なのはマスターのことであった。
(どう考えても昨夜の焼き直しだのう。まるで成長してない………。昨夜は殺されかけたというのに、反省の色も無い。今まで成功し続けていたモンだから、自分落ち度があってもそれを直そうと思わないし、そもそも落ち度があることにも気付かず、落ち度があるとしたら自分ではなく周囲の方だと考えておる。こりゃいよいよ持ってやばいかもしれんなぁ)
そんなことを自分のサーヴァントが考えているとはつゆ知らず、ケイネスは雁夜たちとの戦闘を開始した。
◆
ソラウは相も変わらず冷たい瞳で、その戦いを見つめていた。
雁夜の背後から飛んできた異様な蟲の大群が、ケイネスへと襲いかかる。普通ならば十秒としないうちに肉を食い尽くされ、骨だけになっていることだろう。しかし、ケイネスは自分を中心とした風の結界を発生させ、飛びかかってくる蟲を尽く引き裂き、残骸を床に落としていった。
ナランチャの【エアロスミス】の弾丸も、アバッキオの【ムーディー・ブルース】も、魔力風に阻まれ、ケイネスには届かない。スタンドはスタンドでしか傷つけられないが、物理的な力で押し返すことはできる。ダメージは与えられなくても、叩き伏せることは可能なのだ。ケイネスはそれ見たことかと言わんばかりに、傲然と微笑んでいる。
ライダーの方も上手く戦っていた。野獣のように襲いかかってくるバーサーカーをいなしている。バーサーカーの手に握られているのは、西洋の長剣だ。宝具でも、英霊の持ち物でもない、骨董品として売りに出されているような、古くはあっても普通の剣である。間桐の家から持ち出した物だろう。
だが、バーサーカーの力によって宝具と化し、サーヴァントを傷つけられるものとなっていた。それはライダーもわかっていたため、自分の技量で剣を捌き切れない時は、瞬間的に【底知れざる有角王(ズル・カルナイン)】の結界を張り、防御している。
このまま戦い続ける限り、どちらも互いに致命傷を追わせることはできないだろう。
総合的に見て、ケイネスたちの方が優勢だ。サーヴァントたちの戦況は膠着状態だが、ケイネスはこのまま行けば、じきに魔力を切らしたバーサーカーのマスターを殺せるだろう。しかし、そんな勝利へ迫る光景も、ソラウの心を沸き立たせはしなかった。
もはや彼女の心を熱くするのは、あの美しき槍騎士のみ。彼女はこの間も、いかにしてランサーを手に入れるかについて、考え続けていた。
◆
その身を焼け爛れるような痛みに沈めながらも、雁夜は魔術を行使し続けていた。蟲たちによる突進は、まるで効果が無い。ケイネスは涼しい顔で、視界を塞ぐほどの大量の蟲たちを、切り裂き磨り潰していく。一匹たりとも、ケイネスの身に届くことはできなかった。
魔術師としての力量の、圧倒的な差を見せつけられ、それでも雁夜は自分たちの勝利を信じていた。それは、昨日ブチャラティと共にたてた作戦による。
『なるほど………バーサーカーの力については良くわかった。しかし、威力という点では乏しいように思えるな。一撃必殺の、周囲ごと破壊を与えるような、そう、昨日、雷を帯びたハンマーがもたらしたような大爆発とかはできないのか?』
その質問に、雁夜はできないと答えるしかなかった。ただ実際には使えない手。使うとしたら、最後の最後で行う博打であると前置きしたうえで、一つの手段を提示した。
そこから、今回の襲撃計画は始まったのだ。
「いい加減に諦めたらどうだね。これ以上、仮にも同じ魔術師として、滑稽極まる姿を見続けるのは、心苦しいものがある」
ため息混じりにそう言うケイネスは、風の結界の術式を一部変更し、攻撃のための風の刃を生み出した。
「決心がつかないというなら、いたしかたない。こちらで貴君の終焉を決めさせていただこう………Scalp(斬)!!」
気取った様子で、タクトを振るう指揮者のように、腕を振った。風の斬撃は雁夜の体を縦に両断しようとし、そして傷一つつけられずに終わった。
「!? 何だと!?」
先ほどまでの攻防とさえ言えない時間から推察できる力量差から、今の攻撃を防げるはずが無いと考えていたケイネスは、雁夜が死なないどころか無傷でいるという状態が、まったく受け入れられずに思考を停止させてしまった。
その一瞬の隙を突き、ブチャラティが走った。バーサーカーと戦うライダーに向かって。本来なら、ケイネスはブチャラティに向けて攻撃をくわえていただろうが、心乱したケイネスはそれどころではなかった。
「Scalp(斬)! Scalp(斬)ッ!!」
混乱を抑えきれないまま、雁夜に向けて更に攻撃を重ねていく。ゆえに、ブチャラティは簡単に、ライダーのもとに辿り着いてしまった。
「【スティッキー・フィンガーズ】!!」
そしてブチャラティは自分のスタンドを出した。フォルムはスマートな体格の人型。兜を被った騎士を思わせる頭部、首と腰、手の甲に、ジッパーの金具のような飾りをつけている。
「むっ!?」
ライダーは接近するブチャラティを認め、すぐに【底知れざる有角王(ズル・カルナイン)】の結界を張る。ガラスのように透き通った、硬質な結界は、よほど強力な攻撃でなければ破壊はできない。
ブチャラティは結界に気付きながらも止まらず、バーサーカーの横に並ぶと、【スティッキー・フィンガーズ】の拳を、結界に叩きつけた。結界は大きな音をたてるが、破壊されることはなかった。ただ、壊れるよりも異様な現象が発生した。
バシン!!
結界の外側に、大きな『ジッパー』が張り付けられた。
「………なぬぅ?」
ポカンとするライダーの前で、ジジジという音をたてながらジッパーの金具が降ろされ、ジッパーが開いていく。同時に、結界にも穴が開き、『出入り口』が生まれてしまった。
「ちょ、ちょっと待たんかい!」
さすがのライダーも慌ててしまうが、敵は当然、待ちはしない。開かれたジッパーの穴から、バーサーカーが足を踏み入れてしまった。
「アァァァァァッ!!」
バーサーカーが一際強く絶叫し、ジッパーを通り、完全に結界内に入り込んでしまう。こうなれば、もはや結界はライダーにとって動きを封じる、ただの檻だ。すぐさま【底知れざる有角王(ズル・カルナイン)】を解除し、背後に下がるライダーに、バーサーカーがその手を伸ばした。
「ぬ、おおおっ!!」
ライダーは必死で剣を振るった。だが、バーサーカーの高速は、目的の物をその手に掴んでいた。
【底知れざる有角王(ズル・カルナイン)】の、角の片方を。
「貴様はっ!」
自慢の宝具を勝手に触れられ、征服王の表情も怒気を帯び、更なる剣が振るわれる。しかし、バーサーカーは剣が届かぬところまで一足飛びに退く。その左腕にはブチャラティが抱えられ、その右手には、ライダーの頭から奪い取られた【底知れざる有角王(ズル・カルナイン)】が、しっかりと握られていた。
「この征服王から略奪するとは! 大胆な奴め!!」
バーサーカーはライダーより取り上げた【底知れざる有角王(ズル・カルナイン)】に、己の力を流す。黒い魔力が【底知れざる有角王(ズル・カルナイン)】を蝕み、バーサーカーの物へと変えられていく。
結界が張られ、ケイネスとライダーを外に閉め出してしまった。これでは生半可なことでは、バーサーカーやブチャラティたちへ攻撃できない。
「な、何をやっているライダー!!」
自分のサーヴァントの失態を見つけ、ケイネスは戦闘から意識を外し、叱責を浴びせる。そうしている間に、結界内のブチャラティたち3人のスタンド使いは、殺された蟲の残骸が、特に多く降り積もっている部分に集まった。
集まり終えたところで、残骸の塊が盛り上がり、その下から一人の男、間桐雁夜が現れた。そして、今までケイネスが攻撃を与え続けていた雁夜は姿を崩し、アバッキオの【ムーディー・ブルース】となった。
「い、いつの間に!?」
今まで攻撃を受け続けていたのは、魔術による攻撃ではダメージを受けない、スタンドであった。大量の蟲によってケイネスの視界を塞いだ一瞬、【ムーディー・ブルース】は雁夜の過去の姿を再現して、雁夜になりすまし、本物の雁夜は、ケイネスが殺し続けて山のようになった、蟲の死骸の下に潜り込んで隠れていたのだ。
雁夜の命を護るためと、ブチャラティの行動からケイネスの意識を逸らすための行動だった。
「【スティッキー・フィンガーズ】!!」
そして4人が集ったところで、ブチャラティは今一度スタンド能力を使い、床にジッパーを張り付けて、下の階に通じる穴を開けた。そこから、雁夜たちはこの戦場を脱出していく。
「待て!!」
ケイネスが声を張り上げたところで、ケイネスに向かってバーサーカーは手にしていた【底知れざる有角王(ズル・カルナイン)】を投げつけた。投げるのには向かない形状の兜でありながら、その速度はかなりの物で、ケイネスは何とかかわしたものの、当たっていたら臓腑を潰されていただろう。実際、狙いが逸れて床に叩きつけられた兜は、床にめり込み罅を入れている。
その攻撃を行った後、バーサーカーもまたジッパーの穴から下の階へと、消えていった。
「お、追うぞライダー!!」
走りだそうとしたケイネスだったが、
「いかん!! まずいぞ!!」
血相を変え、本気で焦りの声をあげたライダーが宝具【神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)】を出現させる。まずケイネスを掴み上げて戦車に乗せると、神牛を全力で疾走させる。走りながらソラウを掴み上げ、また戦車に乗せる。その間も走りながら、一直線に壁に突っ込み、壁を破壊して外へと躍り出た。神牛の足は空を踏みしめ、そのまま飛行して更に進む。
そして、背後で32階が爆発した。
「な、何が起こった!?」
ケイネスは振り向き、さっきまで自分たちがいた場所が滅茶苦茶に破壊され、燃え上がっている様を見て、狼狽する。ライダーの行動が遅かったら、自分たちも炎に呑み込まれ、粉々になっていただろう。
目を白黒させるケイネスに、ライダーは悔しそうに説明した。
「【底知れざる有角王(ズル・カルナイン)】の力よ。バーサーカーめ。余の【底知れざる有角王(ズル・カルナイン)】を奪って自分の物にしたうえで、その力を暴走させおった」
これこそ、雁夜がブチャラティに教えた、一つの手段。魔力の塊である宝具を敢えて破壊することで、その魔力を爆発力として開放する。戦闘手段である宝具と引き換えとする、強大な破壊力。
すなわち、【壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)】。
「余の宝具を奪って行えば、敵の宝具を減らし、かつ強力な攻撃を行え、最低でも余たちの工房を破壊できる。大したもんだわい」
もはや使いようの無い工房の有様を眺めながら、ライダーは既に悔しさを忘れ、称賛の声をあげた。
「ふざけるな! き、貴様が宝具を奪われたりしなければッ! 貴様のせいだぞ、貴様のッ!!」
血管が切れそうなほどに怒りに染まり、ケイネスが喚き立てる。どうなだめるか思案していると、ライダーたちに新たな衝撃が走る。それは音。ただし、聴覚によって捕らえられるものではなく、魔術師の霊感に訴える、魔力の音だった。
ケイネスたちは、音のした方向を見る。それは冬木教会の方角。教会のある辺りから、魔術師にしか見えない、特殊な狼煙が上がっていた。教会からの重大事項を伝えるための合図だ。
ケイネスは冷静さを取り戻し、ひとまず教会からの知らせを確かめるため、使い魔を用意するのだった。
◆
「………どうやら、上手く言ったようだな。二人とも、良くやってくれた」
「へへ、大したことじゃねーよ」
「フン、調子に乗るんじゃねーぞナランチャ」
ブチャラティは安堵の息をつく。急いで32階の5階下まで逃げたおかげで、爆発の影響は受けなかった。
「しかし、こうも作戦通りにいくとはな」
雁夜は痛む体を抑えながら呟く。正直自分でも信じられない。あのバーサーカーをあそこまで操れたとは。異様なまでの執着をしているセイバーがいないとはいえ、バーサーカーはバーサーカーだ。敵を攻撃して殺すのでなく、持ち物を奪って、それを使って【壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)】を起こす。このような複雑な行動を、遂行させるなど、昨日までの自分では不可能だった。
できたのはおそらく、自分に多少は自信ができ、毅然とした態度を取れるようになったためだろう。猛犬に命令する時、及び腰では言うことを聞かない。自分が上に立つ者と言う、威圧感があってこそ、自分が主人になれるのだ。
今の雁夜には多少なりとも、それがある。
「………ありがとう、ブチャラティ」
「何、協力関係を結んだ以上、このくらいは当然だ」
確かに今回の戦いでのことも感謝するべきことだが、今の感謝はそれだけではない。昨夜の相談のとき、雁夜は聞いた。なぜ、ここまでしてくれるのかと。本当に、キャスターとそのマスターを倒す手段を、手に入れるためというだけなのかと。
ブチャラティは答えた。
『俺は、弱い。今俺がいる組織は、間違ったことを行っている。いくらギャングといっても、到底許せないことをな。だが、組織は俺が立ち向かうには大きすぎる。だから、俺は諦めていた。けれど、貴方は諦めなかった。あのゲスな怪物を相手に、たった一人で立ち向かった。そんな貴方を、俺は心から尊敬している。だから、貴方の力になりたい。さきほど桜ちゃんにも言った言葉だが、貴方にも言おう』
――――尊敬。
思いもかけぬ、身に余るほどの賛辞を受け、呆然とする雁夜に、ブチャラティは更なる言葉を重ねた。
『貴方は独りじゃない』
(こいつは、自分で気付かないうちに女性を口説くような奴だな。ジゴロになったら成功しそうだ)
あのようなことを言われては、自信を持ってしまうではないか。手を取り合う相手として、頼りになる人間でありたいと思ってしまうではないか。
雁夜は非常にくすぐったいような気分で、しかし悪くない心地で、軋む体を立ち上がらせる。今上がった、教会からの合図へ対応しなければならない。肉体はやはりズタズタで、時間が経つごとに、崩壊していっているのが理解できてしまう。
けれども、魂と呼べる部分は、今まで生きてきた中で最も熱く燃えているのが感じられた。
(きっと、後悔はしない。どのような結果に終わるとしても、ブチャラティの手を取ったことは、後悔はしない)
一つの戦いをくぐり、新たな行動を起こすため、雁夜は足を運ぶ。
仲間たちと共に。
◆
【CLASS】バーサーカー
【マスター】間桐雁夜
【真名】ランスロット
【性別】男
【身長・体重】191cm・81kg
【属性】秩序・狂
【ステータス】筋力A 耐久A 敏捷A+ 魔力C 幸運B 宝具A
【クラス別能力】
- 狂化:C
言語能力を失い、複雑な思考ができなくなる。
【固有スキル】
- 対魔力:E
無効化はできず、ダメージ数値を多少削減する。
- 精霊の加護:A
その発動は武勲を立てうる戦場においてのみに限定される。
- 無窮の武練:A+
心技体の完全な合一により、いかなる精神的制約の影響下にあっても十全の戦闘能力を発揮できる。
【宝具】
【騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)】
ランク:A++ 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:30人
――手にした武器に自らの宝具としての属性を与え、駆使する。
どんな武器、兵器であろうともランスロットが手にした時点でDランク相当の宝具となり、
元からそれ以上のランクに位置する宝具であれば、
従来のランクのままランスロットの支配下に置かれる。
フェロットの策に鎮められて丸腰のまま戦う羽目になったとき、
楡の木の枝でフェロットを倒したエピソードの具現。
【己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)】
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:0 最大捕捉:1人
――自らのステータスを隠蔽する能力。
ランスロットは多くの戦闘で黒鎧で正体を隠したまま
勝利の栄誉を勝ち取っており、その故事の具現としての能力である。
【無毀なる湖光(アロンダイト)】
ランク:A++ 種別:対人宝具 レンジ:1〜2 最大捕捉:1人
――他二つの宝具を封印することにより初めて解放されるランスロットの真の宝具。
この剣を抜いている間、ランスロット全てのパラメーターは1ランク上昇し、
また全てのST判定において成功率が2倍になる。
さらに龍退治の逸話を持つため、龍属性を持つ英霊に対しては追加ダメージを負わせる。
……To Be Continued
2012年05月07日(月) 02:42:28 Modified by ID:/PDlBpNmXg