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Fate/XXI:13

   Fate/XXI


   ACT13 『恋人たち』の戦い



 アインツベルンの城の中を、ケイネスは苛立ちを募らせながら進んでいた。
 時折、彼に襲いかかってくるトラップの類は、尽く彼を護る霊装『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』によって防がれ、ケイネスに掠り傷一つ負わせられずにいた。
 弾丸も爆発も全て防ぎ通しながらも、ケイネスは己の魔術を誇るでもなく、ただただ不愉快であった。
 今、彼を襲っているのは全て、クレイモア対人地雷や手榴弾といった、魔術を使わぬ近代の武器である。
 それは、魔術師としてそこにあるケイネスにとって、酷く下賤で滑稽な、相手にする価値も無いものであった。
 魔術師としての戦いを望むケイネスには、このような下らない玩具によって出迎えられるというのは、不本意極まりないことと言えた。

「ここまで墜ちたかアインツベルン。よろしい、ならばこの上は、この私が魔術師として裁いてやろう」

 呟くケイネスに応えるように、水銀が薄く細く伸び、四方八方に触手を伸ばす。
 ほんの十数秒が経過したところで、ケイネスは一人頷く。そして天井を水銀の刃によって斬って穴を開け、次に水銀に足を乗せる。
 水銀はケイネスを持ち上げ、天井の穴へと主人を運んだ。
 穴を通過し、上の階に顔を出したケイネスに、苛烈な攻撃が仕掛けられた。
 無数の弾丸によるその攻撃を、ケイネスは水銀の壁によって問題無く護る。
 そして、

「ようやく見つけたぞ。鼠めが」

 ケイネスは嗜虐的な笑みを浮かべる。彼の前には、二人の男がいた。
 いや、男と言うよりは少年と言った方が正確だ。そこに人間がいることは、ケイネスはわかっていた。
 『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の力の一つである、『自動策敵』である。
 この水銀には熱や空気の振動を感知し、周囲の様子を探る機能が付随している。それによって、敵の居場所を突き止めたのだ。
 二人の少年には見覚えがあった。最初の一戦で、セイバーに味方したスタンド使い。珍妙なれど貧弱な力しか持ちえない存在。
 その貧弱な力、『スタンド』は、少年二人の周囲に配置されている。自分に向かって銃口を向ける小人たちを、ケイネスは鼻で笑った。

「いじましささえ感じる無力さだな。格別の慈悲を持って、せめて苦しませずに殺してやろう」

 ケイネスはごく何気なく、水銀から2階の床へと足を踏み出した。

 カチッ

 足を降ろした場所で音が鳴り、

 ボッゴオオオオオン!!

 爆発が起こった。ケイネスは足を焼かれ、悲鳴をあげた。
 傷は深くないが、走ったり跳んだりといった激しい運動はできない程度には、ダメージを負ってしまった。

「まずは、挨拶代わりの、『地雷』だぜ。ケイネス。てめえは我が【極悪中隊(バッド・カンパニー)】に蜂の巣にされると、予告してやろう。几帳面な性格でね。やると言ったら絶対にやる」

 先取点を取った形兆は、口元を吊り上げる。既に彼の中で、この魔術師を料理する計画は完成していた。

   ◆

 言峰綺礼は困惑していた。
 アインツベルンの結界による幻惑など露ほども恐れず、敢えて銃撃で倒されたふりをし、とどめを刺すために近寄ってきた久宇舞弥を襲撃した。
 身に染み付いた『八極拳』の肘打ちを胸部に叩きつけ、肋骨を圧し折り、足を払って大地に打ちすえる。
 そこまではいい。しかし、その後が問題だ。

「行かせない………!」

 舞弥と共にいたアイリスフィールが、綺礼の前に立ったのだ。アインツベルン家の魔術は戦闘に優れてはいない。
 その上、彼女はアインツベルンのサーヴァントのマスターであるはず。たとえ彼女がマスターではなくても、アインツベルンのホムンクルスがこの聖杯戦争にいるということは、彼女はおそらく『聖杯の器』を宿している。ならば、彼女は彼女で失うわけにはいかない役割を持つはずだ。

(彼女は絶対に戦闘を避けなくてはならないはずなのに、彼女はなぜここにいる?)

 もし、ここ綺礼が止まらなかったらどうなるか? もし彼女がマスターでないなら、本来のマスターと戦うことになる。
 そして、そのマスターとは、衛宮切嗣以外に候補はいない。すなわち、彼女が恐れているのは、切嗣と綺礼の戦闘ということになる。

(衛宮切嗣を、護ろうとしているというのか?)

 それが、聖杯戦争に勝利するためという目的ならまだわかる。だが、それならばもっと手堅く、勝利できる条件を整えて挑むはずだ。
 そうでない以上、この遭遇は偶然と考えていい。
 つまりこの戦いに、誰かの指示があったわけではない。この二人の女は、己の意志のままに、聖杯戦争の勝利を求めてではなく、ただ衛宮切嗣個人を護るために、こうして立ち塞がっていると考えるしかない。

(馬鹿な。それでは衛宮切嗣は、誰かに護られるような、誰かに大切に思われるような、肯定され、理解されるような、そんな人間だということになってしまう!)

 もし切嗣がそんな人間であるなら、彼は言峰綺礼とは全く違う人間ということになる。綺礼が求めている答えを、持たない人間ということになる。

 ―――『君が焦がれている衛宮切嗣だが………彼に期待しない方がいいと思うね』

 いつぞやの、アサシンの言葉が脳裏に浮かぶ。

 衛宮切嗣への期待を覆す目の前の女が、無性に不愉快に感じた。

「shape ist Leben(形骸よ、生命を宿せ)!」

 綺礼の困惑が、身勝手ながらも確かな怒りに変化している間に、アイリスフィールの呪文が響き、彼女の手に握られた銀の針金が動き、絡まり、折り重なって、優美にして鋭い輪郭を持った、猛禽の姿が完成した。金属の鷹が羽ばたき、空を飛び、綺礼に襲いかかる。
 だが、綺礼は胸の内に溜まった、黒い感情を吐き出すように、己の持つ力を発動させた。黒鍵4本を取り出し、普段ならば、この程度の敵に出さないような全力で、まとめて投げつけた。
 黒鍵は針金細工の鳥を抉り貫き、地に落とす。魔術を破壊されたアイリスフィールは、フィードバックにより激しい脱力感にとらわれ、その場に膝をついた。
 綺礼の苛立ちはなお収まらず、アイリスフィールを護るために、こちらに向かって来ていた舞弥の手の中の銃を蹴り砕き、二撃目の拳で舞弥の腹を打った。舞弥は意識を失いながら、大地を転がる。
 気絶した舞弥への関心は無く、綺礼はアイリスフィールへと視線を戻した。

   ◆

 ランサーとワンチェンが、互いの武器を交えている間に、魔道書は更に邪悪な光を放ち、複数の影を呼び出していく。
 一際激しい稲妻が走り、魔道書から、複数の影が飛び出した。
 その数はおよそ30体。どれもが身の毛もよだつような、なまじ人間であった頃の面影を残しているからこそ、さっきまで蠢いていた海魔とはまた違ったおぞましさを感じさせる、醜悪な姿の屍生人であった。

 その化物の軍団の中から、袋を被って顔を隠した、不気味な巨漢が前に出る。

「ルン! ルン! ルン!」

 楽しげに口ずさみながら、巨漢はその鈍重そうな外見に似合わず機敏に動き、セイバーへと襲いかかっていく。更に2体の屍生人が、共にセイバーへ走る。
 それに続き、ウェイバーの方にも屍生人がその爪を、牙を、触手を向けて、その目には食欲を滾らせ、向かっていく。

「くっ、主よ!」
「助けには行かせねぇ〜〜、お前はここで死ぬね!」

 マスターの危機にランサーが青ざめる。しかし、ワンチェンに前に回り込まれ、助けに賭けつけようという動きを封じられていた。

「く、来るんじゃない!!」

 ウェイバーが震えて足を背後に退く。ナランチャとフーゴでさえ、その場で踏みとどまるのが精いっぱいだ。それだけの本能的な恐怖と、生理的な嫌悪感がある。しかし、ブチャラティだけは、逆に前に出た。

「ナランチャ、援護を頼む。フーゴ、お前のウイルスはあいつらには効いていないようだ。無理に戦うな。周囲をライトで照らして、ウイルスを殺菌してくれ。ウェイバー、あんたも無理はするな。けれど、その女の子は護ってやってくれ」

 冷静に指示を出すブチャラティに、ウェイバーはほとんど反射的に頷く。ブチャラティがウェイバーの行動を決める権利は無いはずだが、ウェイバーはその指示を受け入れることに抵抗を感じなかった。
 それは指示が正しいからというだけではなく、ほとんど接点の無いウェイバーと少女コトネを、思いやっているということが伝わってきたからだ。
 ただウェイバーは、今、大して役に立てない自分の無力が悔しかった。

「ウヘヘヘ! こいつらを喰うのはおれだぜ――ッ! 軟骨がうめーんだよ軟骨がァ〜〜ッ!!」

 先頭に立って喰らいかかってくる、西洋騎士の鎧を着込み、牙の並ぶ耳まで裂けた大口から涎を垂らす屍生人に、ブチャラティは己が分身【スティッキー・フィンガーズ】を向ける。スタンドの拳が屍生人に叩きつけられる寸前、

「AAAAAALaLaLaLaLaie(アァァァァァララララライッ)!!」

 雄叫びと轟音をまとい、猛り狂う戦車の突進が、横合いからその屍生人を轢き倒した。神牛の蹄に蹴り潰され、稲妻に焼き焦がされた屍生人は、最後に車輪に脳を砕かれ、動きを止めた。

「ふっはっはっはっはぁ! こいつはまたえらいことになっとるのぉ! 駆けつけた時は、もう出番は無いかと思ったが、まだ腕の振るいどころはありそうじゃわい!」

 ウェイバーは口をパクパクとさせ、その乱入者、ライダーを見つめていた。この時ばかりはナランチャやフーゴ、そればかりかブチャラティや屍生人でさえ同じように呆然としていた。

「おぬしら、そこにおったら危なかろう。余の戦車に乗ってもいいぞ。この征服王の名に賭けて、決しておぬしらの身に危害を与えたりはせんと、約束しよう!」

 ライダーは隣の席を叩いて誘う。ブチャラティは朝方に一戦交えた相手の申し出だけに、眉をひそめて疑うが、ウェイバーは信用することにした。
 この大男は確かに常人には理解できないが、約束を違える男ではない。大体、危害を加える気なら、さっき屍生人ごと踏み潰しているだろう。ウェイバーの懸念事項としてはせいぜい、

「僕たち全員が乗れるんだろうな?」
「何、ちょいとつめればいけるだろう」

 気楽に言うライダーにため息をつきつつも、ウェイバーは屍生人どもが我を取り戻し、攻撃を再開しようとする前に、少女を抱えて乗り込む。ブチャラティも仕方なしとばかりに、しかしいつでも不意打ちを防げるよう、警戒は緩めぬまま乗った。それにナランチャ、フーゴが続く。

「さーて、それじゃあまたかっ飛ばすとするか!」

 神牛が鼻息を荒げ、猛然と走り始めた。

 その様子に、ランサーは安堵する。ライダーに自分のマスターを任せるのはいい気分はしないが、あの征服王がマスターを狙うような卑劣な戦法をするとは思わない。後は一刻も早く、目の前の敵を倒すのみ。

「ワシャアアアアッ!!」

 ワンチェンと名乗ったサーヴァントの向ける刃を、ランサーは紙一重でかわす。逸れた刃は、ランサーの背後にあった樹を斬り倒す。
 その力は岩をも砕き、人間であれば容易く捻り潰せるものであることは明らかだった。
 しかし、ランサーは微塵の恐れも抱かない。

(力はある。速度も中々だ。だが、技術は無い。力任せの、鍛練も何も無い動きだ。今までの海魔どもより多少は手強いが、大差は無い!)

 ランサーが振るった赤い長槍が、ワンチェンの刃を圧し折り、続けて突き出された黄色の短槍が、心臓を抉った。

「ゲ!」

 ワンチェンは慄いた表情で跳びのき、ランサーと距離をとる。

「心臓を……霊核を貫いたのに、死なない?」

 己のサーヴァントを心配し、駆けまわる戦車の上でもランサーを見守っていたウェイバーが呟く。彼の調べた知識からすれば、脳や心臓は、サーヴァントの重要部位である霊核に直結しており、そこにダメージを食らえば消滅はほぼ確定するはずなのだ。にも関わらず、ワンチェンは消滅しない。

「どうやら貴様、完全な怪物のようだな。人間と同じようなやりようでは殺せないということか。しかし………五臓を割いて、六腑を潰し、四肢を断ちて、脳を抉らば、どのような怪物であれ殺せよう」

 ランサーの殺気がワンチェンに浴びせかけられる。ワンチェンは、既に人としての感覚など無くなった屍生人の体でありながら、確かな寒気に襲われていた。



 一方、セイバーの方は、3体の屍生人に囲まれていた。

「ウヒヒヒ、てめーのあったけー血がすいてェーぜ!」

 普通の人間の男のような容姿だった屍生人が、鬼のような人外の姿を露わにし、蛇のように長い舌をセイバーの首に絡めて締める。

「TEEEEEE(テイイイイイ)!!」

 そして後ろから、面長の顔の、熊のように大きく鋭い爪を持った剛腕と、奇妙に貧弱な下半身をした屍生人が襲いかかってくる。

「舐めるなっ!」

 しかしセイバーは魔力を放出して、絡んだ舌を千切り飛ばし、聖剣を風のように振るって背後からかかってきた面長の顔の屍生人を、頭部から股下にかけて両断する。次に、舌の長い屍生人の、千切れてなお長い舌を掴み取ると、グイと引き寄せる。

「ガッ」

 体を引っ張られ、前につんのめった屍生人の頭は、セイバーの剣に斬り飛ばされた。しかし、2体の屍生人を倒している間に、残り1体の、頭に袋を被った屍生人が、セイバーに接近していた。

「HOOOORRRRRRYYYN(ホォォォォリリリリリリィィィン)!!」

 セイバーはすぐに剣を構えるが、その剣が敵に届くより前に、屍生人の頭の袋の中から、紐のようなものが飛び出し、セイバーの首や頬に、針で刺したような傷をつけた。

「ううっ、何だ!? あの袋の中、何かいる!」

 セイバーが、袋の怪人を睨みつける。

「噛んじゃった! 噛んじゃった! いっぱい噛んでやったぜぇーーーッ!!」

 はしゃぐ屍生人の頭部が、異様に膨れて蠢き、内側から引き裂かれた。そして、露わになった屍生人の顔からは、なんと無数の蛇が生えていた。ギリシア神話でいうメドゥーサのようだが、髪の毛が蛇になっているというのではない。禿頭から、耳や口の穴の中から、体内に飼っているらしき蛇が顔を出し、牙を見せているのだ。
 それも、猛毒のコブラや、肉を食いちぎる怪蛇といった、危険な蛇ばかりを。

「ぬウフフフフ、たまげたかァああ! アダムスたちは殺せても、この怪人ドゥービーは殺せん! 貴様を喰うのはこの俺だぁぁぁ!!」

 セイバーは傷を押さえ、蒼褪める。怪物とはいえ、敵もサーヴァントだ。そんな相手が使う毒蛇ともなれば、セイバーにも通用するだろう。
 その一瞬の怯みを逃さず、怪人ドゥービーはセイバーへ岩をも砕く拳を放った。

「くう!!」

 咄嗟に剣を翻らせ、セイバーはドゥービーの拳を斬り落とした。しかし、痛みを持たない屍生人はその程度では退かず、もう一方の腕を振るおうとする。だがそこに、

「AAAAAALaLaLaLaLaie(アァァァァァララララライッ)!!」

 戦車が突っ込み、ドゥービーをはね飛ばした。ウェイバーたちへ向かって来た屍生人たちを、あらかた吹き飛ばしたライダーが、セイバーを援護したのだ。

「どうした騎士王。あんな輩に手間取っていては、名が泣くではないか」
「かたじけない………感謝します。ライダー」

 王として、同じ道を歩めぬ者に助けられたことに、少々複雑な気分だったが、助けられたことに変わりは無い。礼を言うセイバーに、ライダーは顔をしかめる。セイバーの様子が、弱弱しかったためだ。

「奴め、毒を使うとは面倒な。大丈夫か?」
「何の、この程度」

 気丈にそう言いながらも、セイバーの呼吸は乱れていた。思いのほか、毒の効果はセイバーに影響を及ぼしているようだった。

「………セイバー、これを食べろ。毒消しだ」

 そう言ってウェイバーが、一つまみほどの白く弾力のある玉を、セイバーに投げ渡した。

「む、これはまた、感謝します。ランサーのマスター」
「僕の名はウェイバーだ。いいから食えよ」

 セイバーは玉を口元に近付ける。すると、玉から芳醇な香りが溢れた。鼻がおかしくなりそうなほどに強く、臭いと言えば臭いが、不快さと紙一重で非常に食欲を誘う香りに昇華していた。
 気がついた時には、セイバーは玉を口に含んでいた。蕩ける様な旨味と塩気が口内に広がり、歯には心地よい弾力を感じさせる。咀嚼のたびに涙が出そうな極上の味が舌を満たし、呑み込んだ後も、消えぬ味と残り香に、セイバーはしばし恍惚となっていた。
 しかし、恍惚感の次に襲って来たのは、血管が躍るような熱い脈動だった。バリバリと音のしそうなほどに荒れ狂う血の流れにより、セイバーの肌に血管が浮き出た。

「お、おおお、おおお!?」

 そして、さきほど毒蛇に噛まれた傷口から、液体が水鉄砲のように吹き出した。液体はコップ一杯分にはなるほどに吹き出し、噴出が止まった時、セイバーの体からは毒による害は全て消え、爽快感だけがその身にあった。

「解毒作用のある特製チーズだ。良く効いたみたいだな」

 あまりの美味と効果に絶句していたセイバーは、ウェイバーの言葉に我に返る。

「………ええ。本当に素晴らしく効きました。ウェイバー、貴方に千万の感謝を」
「オイ、余に対してより感謝の度合いが大きいんじゃないか?」

 ライダーが文句を言うが、セイバーは味の記憶を思い返し、その表情をうっとりとさせ、耳にまで届いていないようだった。

「って! おい後ろ危ない!!」

 セイバーの背後から、起き上ったドゥービーが跳躍して喰いかかってきていた。

「USHYYAAAA(ウシャアアアア)!!」
「! ふんっ!!」

 だがセイバーは振り向くと同時に、一閃でドゥービーの首を切断していた。その剣技に、毛一筋ほどの乱れも無く、毒は完全に抜けているのがうかがえた。大地に倒れる屍生人の体を見ることも無く、先ほどの美味を惜しみながらも、セイバーは戦場に意識を戻し、その眼光をキャスターへと向けた。

「今度こそ、覚悟ッ!」

 セイバーがキャスターの存在を断ち斬らんと走る。

「おっと、余を置いてくんじゃないわい!」

 ライダーもまたセイバーを追い、追い越してキャスターを踏み潰さんと進む。隣に乗る者たちは、座席をしっかりと掴む。文句を言う者がいないのは、既に高速に振り回されて、文句を言う気力も無くなっていたからだ。

「ひ、ひいいいいいい!!」

 騎士王と征服王、二人の凄まじい覇気に気圧され、キャスターは情けなく悲鳴をあげる。だが、今更どんな手段でも逃げようがない。ゆえに彼が頼ったのは、もはや彼にすらその力を計れぬようになった、己が宝具であった。

「おおおおおお!! 【螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)】よ!! イア・イア・クトゥルフ・ルルイエ・ウガフナグル・フタグン!!」

 奇怪な響きの呪文に呼応し、魔道書は鳴動する。稲妻が放たれ、悪意が脈打ち、黒い風が吹き荒れる。
 そして、魔道書から更なる影が、放たれた。

「む!」
「ぬ!」

 セイバーへと立ち塞がったのは髭を生やした大男。手には奇妙な形の刃物を握り、ぞっとするような気味の悪い笑みを浮かべていた。

「罠と共に水に沈められる鼠のように……青ざめた面にしてから、お前の鮮血の温かさを、あぁぁ味わってやる!」

 そう言い放った瞬間、屍生人は自らの左小指を、右手のナイフで斬り落としてしまった。しかし痛がる様子も無く、落とした指の傷口から吹き出す血を、楽しそうに見ながら、更にそのナイフで自分の右頬を貫き、顎まで貫いてしまった。
 セイバーはさすがにぞっとする。どのような強敵を相手にしても、恐れる様な騎士王ではないが、こんなおぞましい相手は流石に御免蒙りたいものだった。

「絶望ォーに身をよじれィ! 売女ァッ!」

 ヌウガアアアアァァァ!!

 その場の誰も知る筈はなかったが、彼は過去にロンドンでこのように呼ばれた男だった。すなわち『切り裂きジャック』と。



 
 そして、ライダーの前に立ち塞がったのは、

「MUOOOHHHHHHH(ムウオオオオォォォオオ――――)!!」

 巨漢のライダーでさえも、小人に見える大男であった。巨岩のような筋肉をまとう剛腕が、2頭の神牛の突進を、それぞれ片手で押さえつける。対軍宝具の威力を、ただ腕力のみで受け止め、それどころか押し退けて突き飛ばした。戦車は逆走させられ、蹄と車輪が大地を削って土煙をあげる。
 戦車は3度弾み、車体を大きく揺らした。その衝撃で、ライダーを除く4人の搭乗者は、戦車から投げ出され、土の上に転がる。ウェイバーはふらつきながらも起き上がり、改めて相手の巨体を見上げた。

「おおう、こいつはまた、神話の巨人族か何かか!?」

 今までの屍生人とは明らかに次元の違うプレッシャーを放つ怪物を前に、ライダーは恐れるどころか楽しげにはしゃぐ。しかしウェイバーは、その体躯、その鬼のような様相から、その巨人の正体を見抜いて、尻の穴にツララを入れられたような、恐ろしさとおぞましさに包まれていた。

「そんな、そんなのってあるかよ………あれは、あいつは!」

 それは、それまで召喚された、ただ怪物としての力しかない亡者とは違う。確かに邪悪に蝕まれ、狂気に歪んではいるが、それでも彼こそは『本物』のサーヴァントだった。英国では教科書にも記されるほどに知れ渡った、『本物』の英霊であった。

「貴様ら、骨ごとミンチにしてやるわ!」

 巨人が殺意の籠った声を吐く。
 彼は、女王エリザベス一世と王位を競った、女王メアリー・ステュアートに仕えた騎士。主君を護れなかった絶望と、約束を裏切られた憎悪に、呪い狂いながら死んでいった、悲劇の英雄。
 ウェイバーがその名を呼んだ。

「勇者タルカス………!!」

 悪魔も慄く復讐鬼は、今、二度目の復活を遂げた。

   ◆

 セイバーたちと屍生人どもが戦いを繰り広げている時、衛宮切嗣はその場にはいなかった。セイバーたちの戦場とは逆方向へ向かい、森を走っていたためだ。

(間に合うか………!?)

 切嗣は左手小指の付け根に、焼け付く痛みを感じていた。それは、小指の皮下に埋め込んだ、呪術処理を施した久宇舞弥の頭髪が燃焼したことによるもの。そして、髪の毛が燃焼したということは、舞弥の魔術回路が極端に停滞したということ、すなわち、死の危機にあるということだった。
 そしてそれは同時に、舞弥が護衛しているアイリの危機と同義である。

 切嗣は発信機で位置を確認し、最短距離でアイリたちの下に急いでいた。

   ◆

 ケイネスは怒りに支配されていた。取るに足らないスタンド使い如きの罠にはまり、足を負傷したという屈辱を、粘った憎悪に移し替え、その暗く激しい感情の赴くままに、存分に魔術を行使していた。
 ケイネスが足の負傷に悶えている隙に、城の奥へと逃げて行った二人のスタンド使いを追い、復讐鬼と化したエリート魔術師の力が炸裂していく。

「どこへ隠れたドブネズミどもがッ!」

 水銀の刃が、壁を斬り裂き、扉を抉り、罠をことごとく破壊して、なお過剰なまでに暴れ狂う。その『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の破壊は、そのままケイネスの尋常ならざる癇癪を顕わしていた。
 そして、『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の索敵機能でその位置を探知している敵、否、敵と言うにも不相応な屑の動きが止まったことを感じ取り、ケイネスは陰惨に笑う。

「迎え撃つとでもいうのか? 傲慢な」

 最後の扉を切断し、部屋の中に自分が入る前に『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』を流し込んだ。地雷等の罠が無いことを確認し、ケイネスは今度こそ部屋に足を踏み入れる。
 そしてその目に、忌わしい墜ちた魔術師の下働きの姿を認め、口を開いた。

「貴様ら、さきほど私に傷を与えたのが自分たちの才覚によるものだと思っているのなら、それは思い上がりも甚だしいというものだ。あんなものは、ただの、不条理という偶然なのだ。貴様らのような愚か者に、奇跡は、二度は、起きん!」

 ゾワリと水銀が鎌首をもたげる。鋼鉄も容易く切り裂く鞭が、虹村兄弟に向けられた。億泰は怯えた表情になったが、形兆は笑みさえ浮かべ、胸を張って語った。

「愚か者はどちらかな? 見事にしてやられて自省もできんとは。魔術師としてはともかく、戦士としての力量は、ランサーのマスターとなった弟子の、足元にも及ばんらしい。この聖杯戦争はバトルロイヤル………ならば、弱い奴から倒していくのが定石だ。お前の弟子を倒す前に、まずお前から倒してやる。今一度予告しよう。お前は俺の【バッド・カンパニー】に蜂の巣にされて終わる!」

 ケイネスの表情が、怒りのあまりに凍りつく。形兆の言葉に、今朝の戦いで、雁夜に言われた言葉が脳裏をよぎった。

 ―――『教え子に一方的に追い詰められて悲鳴を上げる程度の奴なんだからなぁ!』

「き、きさ、ま………」
「キチョーメンな性格でね。キチッと一人ずつ順番に片付けて行きたいんだ。てめーは一枚のCDを聞き終わったら、キチッとケースにしまってから次のCDを聞くだろう? 誰だってそーする。俺もそーする。ああそれとも………伝統に凝り固まった古臭い魔術師さんには、CDなんて現代的なもので例えられても理解できないかな?」

 ケイネスにも、相手が挑発していることはわかっていた。何かしら、罠なり策なりがあるのだろう。それをわかっているうえで、ケイネスは挑発に乗る。いかなる企みがあったとしても、自分はそれを叩き潰してみせるという、確固たる自信、いや、ケイネスにとっては、約束された世界の真理にも等しい、当然できるべき真実を胸に抱いて。
 この時点でケイネスは頭に血が昇りきり、攻撃以外の搦め手や、一歩引いて様子を見ると言った、冷静な対応をさせないようにするという、形兆の作戦に、完全に嵌ってしまっていたのだが。

「Fervor(沸き立て),mei sanguis(我が血潮)」

 水銀の鞭が5本、横薙ぎの斬撃が兄弟へと振るわれる。壁や天井を、ケーキを斬り分けるように引き裂きながら。5方向からの同時攻撃。斬撃の包囲網。掻い潜る隙間は無く、背後に退いても間に合うまい。ならば正面から防ぐしかない―――わけではなかった。

「億泰!」
「おう、兄貴! 【ザ・ハンド】!!」

 億泰のスタンドが出現し、その右手で大きく弧を描くように、空間を抉り取った。そして、

 ドンッ!!

 一瞬にして、抉られた空間を埋めるように、ケイネスが引き寄せられる。ケイネスは、数メートルの間合いを跳び越え、兄弟から2メートル程度前方に立っていた。それは、すなわちケイネスもまた、『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の斬撃の包囲網の中に、囚われたということだ。このままでは、ケイネスも虹村兄弟ごとバラバラに切り裂かれる。
 虹村兄弟がケイネスにさっきまで攻撃をさせていたのは、億泰に『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』の動きを、速度を見せて、目に慣れさせ、ケイネスを移動させるタイミングを掴ませるためのものだった。

「フン」

 いきなり転移させられたケイネスはしかし、余裕を崩さず鼻で笑った。

(所詮、この程度だろうな。下賤の策など。この瞬間移動の能力を、私が忘れていたとでも思っていたのか? 霊装が無くとも、私は魔術師だ)

 ケイネスはすぐさま霊装の攻撃をキャンセルし、水銀の鞭を止める。同時に、右手に術式を形成する。一呼吸の間に拳大の嵐が誕生する。それに触れれば、人間などはミキサーにかけられたように粉々になるだろう。

(まずは一人。私を侮辱した屑の方は、もっとじっくり殺してやる)

 嵐が弾丸として放たれ、ケイネスは億泰が即死することを疑わなかった。だが、

「ほいっと」

 ズガン!

 真剣みの無い、気楽な声と共に、億泰は【ザ・ハンド】の右手を振るった。その右手の平に魔術が握り込まれただけで、間違いなく一級と評価される出来の魔術が、あっさりと消滅させられる。

「!?」

 それこそ、虹村億泰のスタンド【ザ・ハンド】の本質。その右手は、どんなものでも削り取って消滅させる。消滅した物質は、億泰自身どこへ行ってしまったのかわからない。それを知らずに、ただ『瞬間移動をさせる能力』とだけ思ってしまったことが、ケイネスの最大の失態であった。
 絶対の真理が覆されたも同然の事態に、ケイネスが唖然としている隙に、【バッド・カンパニー】の軍勢が、ケイネスへと一斉射撃を行う。
 しかし、ケイネス自身が茫然自失していても、『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』は健在であった。自律行動機能により、ケイネスを自動的に防御する。ケイネスを覆う球状の防護膜となって、100を超える数の弾丸を弾き飛ばす。

「は、はははははは!! どうやって私の攻撃を防いだかは知らんが、この『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』がある限り、私は負けない!!」
「じゃあ、それを無くすぜ! 【ザ・ハンド】!」

 億泰は力強く踏み込んだ。ケイネスは知らない。自分が立つ場所は、近距離パワー型スタンドの間合いであるということを。そして空間が削り取られ、『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』にも穴が開けられた。そして、水銀が動いて穴を塞ぐ前に、

「撃てェェェェェ!! 【バッド・カンパニー】!!」

 弾丸、砲弾、ミサイルが、防護膜に開いた穴を通り、ケイネスに浴びせかけられる。肌は無数の穴が開き蜂の巣にされ、爆発によって肉を焼かれ、骨を砕かれる。悲鳴を上げる暇さえ無い。防護膜が逆に逃げ場を塞ぎ、攻撃の全てをケイネスは一方的にくらった。

「お前は俺の【バッド・カンパニー】に蜂の巣にされて終わる! 予告通りは、気分がいい〜〜〜ッ」

 そして、もはや何もわからぬまま、自分がどうなって、どのように負けたのかも理解しきれぬまま、ケイネスは敗北したのだった。

   ◆

 綺礼は心をかき乱したまま、アイリの胸倉を掴み上げた。アイリが苦しげに呻くが、情が湧くようなことはなく、むしろ苛立ちが募る。

「貴様らは………衛宮切嗣を護るために戦ったのか?」

 アイリの表情に、動揺がほんの僅かではあったが浮かんだのを、綺礼は見逃さなかった。それは、図星を突かれたことによる動揺だ。

「そうか………何故だ! 何故、奴を護る! 奴に、命を捧げるほどの何があるというのだ!」
「お前には、解らないでしょうね………言峰綺礼。聖杯に託する祈りさえ持たないお前には………お前は戦う意味すら解らない虚ろな男。何も欲さず、何も情熱を持たない。そんなお前に、私たちのことも、彼のことも、解るはずがない」

 アイリの、呪い殺さんとするかのような視線は意に介さず、綺礼は、自分の内側を見透かされたことの方を気にした。

「女………私の内側を見抜いたのは、衛宮切嗣か? だが、それなら奴は何だ。あれほどの戦いに身を投じ、得るものも無く、殺し続けてきた男。リスクと釣り合う報酬は無く、戦いそのものを楽しむ風でもない。奴に何がある。奴の無軌道な行動を、納得できる答えがあるのか? 奴は何を望み、何を聖杯に願う。奴と私と、何が違うというのだ!!」

 綺礼は絶叫に近い声を上げながら、手近な樹木にアイリの背中を叩き、押し付けながら問う。強い衝撃に身をよじりながらも、アイリは恐怖を見せず、むしろ勝ち誇るように言い放った。

「そんなに知りたいのなら教えてあげる。彼の悲願は人類の救済。あらゆる戦乱と流血の根絶。恒久的世界平和よ」
「………何?」

 綺礼はその回答に混乱する。

「何だそれは? 子供向けの英雄譚でもあるまいに、そんなものが奴の望み、だと?」
「あの人の願いを愚弄するつもり? 自分の願いも持たない男が、他者の願いを評価すると言うの?」
「当たり前だ。個別の意思がある以上、人間は争い合う。己の意思を押し通すために。争いを無くすには、人間の自由意思を無くすしかない。だがそうなってしまえば、それはもはや人間ではない。そんな願い、少し考えれば無理だとすぐにわかるはずだ!」
「だからこそ彼は、とうとう奇跡に縋るしかなくなったのよ………」

 アイリスフィールは、達観に声を鎮めて呟く。

「………そこまで切嗣を知る、貴様は一体何だ」
「妻よ。彼の子供を産んだ。彼の心を、苦悩を、私は9年に渡って見守った。私は彼を愛し、彼も私を愛してくれた」
「だが、貴様は聖杯だ。聖杯戦争が終結し、切嗣の願いが叶ったとしても、そこに貴様はいない。愛しているというのなら、何故、己の願いのために貴様を切り捨てる?」
「あの人は、追い求めた理想のために、全てを喪って来た。私もまた、そういう一人よ。今日までに幾度となく、彼は愛する人を切り捨てる決断を迫られてきた」

 綺礼は思った。そして、切嗣は常に、その決断を行い、愛する者を、大切な者を、犠牲にしてきたのだろう。愚かな、叶えようも無い理想のために。

「解ったよ」

 綺礼は全てを知り、そして背後を振り向いた。

「それが、貴様か。衛宮切嗣」

 背後には、たった今、この場に辿り着いた衛宮切嗣がいた。



 ……To Be Continued
2012年05月27日(日) 23:28:00 Modified by ID:/PDlBpNmXg




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