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Fate/XXI:15

   Fate/XXI


   ACT15 『正義』の所業


 会場には多くの人で満たされていた。豪勢な料理に、酒の数々。しかし、それは戦士たちの飲み会ではない。いつもある猛々しい喧騒は無く、逆にいつもは無い甘い音楽と、花の香りが漂っている。
 その中央には、この宴の主役が二人、並んでいた。

 一人は騎士団長フィン・マックール。
 一人はアイルランド大王コーマック・マック・アートの娘、グラニア。

 この宴は彼ら二人の結婚式だ。これにより、この国を二分し、一歩間違えば国を割って争うかもしれない王家の権力と、騎士団の武力は一つのものとなる。より偉大な唯一絶対の統治により、平和が約束されるのだ。
 その輝かしい未来を、彼は疑ってはいなかった。その宴の夜、一途な恋の炎に燃える、乙女の眼差しを受けるまでは。

『我が愛と引き換えに、貴方は聖誓(ゲッシュ)を負うのです。愛しき人よ。どうかこの忌わしい婚姻を破棄させて。私を連れてお逃げください……地の果ての、そのまた彼方まで!』

 そして彼は、彼女の手を取った。主人に、友に、約束された未来の全てに、背を向けて。

   ◆


 アインツベルンの森における戦いの、次の朝、ウェイバーはマッケンジー家のベッドの上で目を覚ました。

「むう………」

 寝ぼけ眼を擦りながら、身を起こす。

(またランサーの夢か………しかし、不器用な奴だ)

 あのランサーのことだ。自分が無理矢理駆け落ちに巻き込まれたとは、思っていまい。

 怒りと嫉妬にかられたフィンから、逃げ続ける年月。

 多くの兵と、三匹の猛毒犬を連れた、海の三勇士――すなわちデュコス(黒足)、フィンコス(白足)、トレンコス(強足)との戦い。
 一つ目の巨人、偏屈ハルヴァンとの戦い。
 九人のガルヴァ――すなわち、スリーヴ・クアのガルヴァ、スリーヴ・クロットのガルヴァ、スリーヴ・ゴラのガルヴァ、スリーヴ・ムーカのガルヴァ、スリーヴ・モアのガルヴァ、スリーヴ・ルーガのガルヴァ、アハ・フリーのガルヴァ、スリーヴ・ミヒのガルヴァ、ドロム・モールのガルヴァとの戦い。
 フィンの乳母でもあった『挽き臼の魔女』との戦い。

 憎くも無い敵、起きなくても良かった戦、無意味な死。
 その罪を、ディルムッド・オディナは目をそむけることなく背負ったのだろう。


 そして、戦いの果てにフィンはついにディルムッドを討つことを諦め、和睦が申し込まれた。
 しかし、フィンはなおその心の奥底に、ディルムッドへの暗い感情を宿していた。ある日、フィンはディルムッドを猪狩りへ誘った。その猪が、ディルムッドを殺すと予言されていることを知ったうえで。
 フィンの目論見通り、ディルムッドは猪を殺したものの、彼の方も深い傷を負ってしまった。それでも、フィンがその手で掬った水をディルムッドに与えれば、ディルムッドは助かるはずだった。しかし、フィンは水を二度掬い取って、二度ともディルムッドに渡す前にこぼしてしまった。そして三度目の水が与えられる前に、ディルムッドの魂は彼の肉体を離れていた。

(そりゃランサーに責任が無いわけじゃない。聖誓(ゲッシュ)を押し付けられたといえど、駆け落ちすると決断した以上、それはあいつの責任だ。けどそれにしたって………)

 ウェイバーはしばらくの間苛立っていたが、やがてそうしていてもどうしようもないことを認め、頭を冷やすことにした。

「まずは朝食でもとろう………ん?」

 そこでようやく、彼は目の前に、こちらを真っ直ぐに見つめてくる瞳があったことに気付いた。

「う、え、わああ!?」
「ひゃうっ!?」

 驚きのけぞるウェイバーに、その瞳の主もまた小さな悲鳴をあげて身を引いた。

「あ、えーと、あ、そうだった!」

 相手は、まだ小学校低学年程度の少女だった。昨夜、キャスターの手から助けた、唯一生き残った子供だ。
 あの戦いの後、意識を失ったままの彼女を、ウェイバーはマッケンジー家まで連れ帰っていた。本当ならあのまま交番の前にでも連れて行けば良かったかもしれないが、その前に、魔術の秘匿の為に、記憶を消しておく必要があった。だがその魔術に費やす魔力も気力も残っていなかったウェイバーは、とりあえずマッケンジーの老夫婦に見つからぬように自分の部屋に連れ込み、ランサーに見張らせて、自分は眠ることにしたのだ。

「おはようございます。我が主よ」

 そこまで思い出したところで、彼のサーヴァントからの声が掛かった。

「お、おお、って、ランサー! この子が目を覚ましたら起こせって言ったろ!?」
「も、申し訳ありません。しかし、マスターが目覚めたのと、彼女が目覚めたのはほぼ同時でございましたので」
「何………そうか、じゃあ仕方ないな。っと、それよりも」

 ウェイバーはコトネの方を見る。少女は、小動物のように身をすくめ、青ざめた顔で、こちらの様子をうかがっている。しかし、泣き喚いたり、逃げ出したりはしなかった。冷静であるというわけでなく、騒ぐほどの気力が無いということだろう。


「ええっと、ゴホン、英語はわかる………わけないよな」

 言葉によって催眠誘導ができない分、記憶操作の術をかけるのが難しくなる。一流ならばその程度は何の問題も無いが、ウェイバーレベルの魔術師には少々悩みどころだ。

(術をかけるには、心の隙を突く必要がある。だから少し話をして、意識を何かに集中させるか、放心状態をつくるか………)

 たとえば朝食時、マッケンジー夫妻にはコーヒーなどを差し出し、そのコーヒーに彼らの意識を向けさせて、その隙に術をかけた。
 しかし、今の少女はこちらを警戒している。これだと術は効きづらい。

「………っ!」

 ウェイバーが困っていると、コトネが表情を歪め、ビクリと震えた。

「ど、どうした!?」
「痛い………」

 ウェイバーがうろたえていると、聖杯から日本語の知識を与えられたランサーが、コトネの呟きを翻訳する。

「マスター、彼女は『痛い』と申しております」
「痛い? ああ、ひょっとして【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】の傷が……」

 キャスターの呪いを解くために【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】で刺した傷。それが痛んだのだろう。

「ランサー。こいつを持って、この子の背後に回れ」

 ウェイバーは昨夜寝る前に脱ぎ捨てたワイシャツを取り、ランサーに渡す。次に同じく脱ぎ捨てた上着を取り、上着のポケットから特製サラミの入った瓶を出した。

「これを………えーと、ランサー」
「はい、お腹がすいたでしょう。どうぞ食べてください。美味しいですよ」

 ランサーは、とびきりの笑顔で優しく少女に話しかける。黒子の魔力を封じていても、やはりそのルックスはイケメンである。少女も頬を赤くして、ぽーっとなり、やがてそんな自分に気付き、照れ隠しをするように慌ててサラミを受け取り、口に放り込んだ。
 なんとなく、男としてのレベルの違いを見せられたような気がして、少し面白くない気分になるが、ウェイバーは黙って少女の様子を見る。

「………!?………お、美味しい」

 思わずといった様子で叫ぶ彼女に、ウェイバーはさもありなんと頷く。そして、その味覚に陶酔し、放心した少女に、すかさずウェイバーは暗示をかけた。術は正確にかかり、コトネは美男子や美味にうっとりするのとは違う意味で、眼をとろけさせ、そしてまぶたを閉ざした。
 眠りに落ち、背中から倒れるコトネをランサーが支える。その時、少女の傷口に手にしていたワイシャツをあてた。ほぼ同時に、傷から血が噴き出た。サラミの効力によって傷が治る時の副作用といえるものだ。白いワイシャツがあっという間に真っ赤に染まる。もしワイシャツを押し当てていなければ、今頃部屋中に飛び散っていただろう。

「よし。あとは警察に任せるか。ランサー、朝食を食べたら行くぞ」
「わかりました。しかし………このワイシャツはどうしましょう?」
「あー、さすがに洗って着る気にはなれないな。家を出る時、いっしょに捨てよう」

 ウェイバーは、マッケンジー夫妻が間違っても部屋に入らないように簡易な結界を張り、部屋を出る。
 こうして今日も、戦争が始まる。

   ◆


 酒の匂いが鼻についた。

 言峰綺礼は、今まで見たことの無い家にいた。酷く痛んだ部屋には、ほとんど品物が無い。ベッドやタンス、ランプやストーブはあるが、絵や小物といった、趣味の物が全くない。必要最小限の物しか持てない、貧しい家庭なのだろう。

『バッキャロー!!』

 そんな家の中で、髭面の男が、少年を殴り倒していた。男は酒を飲んでしたたかに酔っており、酔いの高揚感に任せて、少年に暴力を振るった。
 身をかばい、暴力から身を護ろうとする少年の心の中に、恐怖の感情が無いことを、綺礼は感じ取っていた。あるのは、軽蔑と憎悪が入り混じった、深くドス黒い『殺意』。

『こいつをたたき売って酒買ってこいィーッ! 今すぐだァー!!』

 そう怒鳴って、男が少年に投げつけたのは、少年の母のドレスだった。そのドレスを掴み、少年の心がかすかに揺れる。少年の母は、既に死んでおり、そのドレスは形見と言っていい品物だった。

『死んじまった女のものなんか用はねェぜッ!』

 そう吐き捨てると、男はまた瓶から直接酒をあおり、ベッドに横たわり、いびきをかいて眠りに入った。
 男は、少年の父親だった。

『地獄に落としてやるッ!!』

 少年は亡き母のドレスを握り締めながら、感情の昂ぶりのあまり涙さえ流し、己が決定を口にする。実際、彼は既に父に毒を与えている。少しずつ少しずつ、病気に見せかけてゆっくりと、人を殺す毒だ。東洋の秘薬で、西洋医学では調べても解析はできず、証拠は残らない。

 少年の心の中に、父に対する愛といったものは一欠片も無かった。愛せる要素など何もない男だった。酒飲みで働きもせず、そのために少年の母は代わりに働き通し、体を壊して死んでしまった。その男と同じ血が自分に流れていることに、気が狂いそうなほどの嫌悪感を持っていた。
 では母親は? 母親は少年を愛していた。そして、少年は母親を――少年なりに愛していた。しかし奇しくも先ほど少年の父が言った通り、『死んだ者のことなどどうでもいい』のだ。父への殺意の根源に、母を死に追いやったことへの復讐心があるかといえば、無いとは言わない。しかし、それは『お気に入りの玩具』や『利用価値の高い道具』といった、『自分の所有物』が失われたことへの怒りに近い。

 その少年は、愛されなかったわけではない。愛せなかったわけではない。愛を知り、他者を愛することができて、それでもなお、何の葛藤も無く、その愛を捨てることができるのだ。良心の呵責なく、行動を取ることができるのだ。普通なら良心のブレーキをかけ思いとどまる行為を、平然とやってのけることができるのだ。

 たとえ、彼の育った環境が貧しく不幸な生活でなくても、彼の父親が立派で心正しい人物であっても、彼の母親が生きて少年を愛し続けていたとしても、やはり少年は、このようであったことだろう。
 仮に母が生きていて、その母を傷つけることや殺すことが、少年にとって必要であれば、少年は少々『残念』に思いはしても、躊躇うことなく、その行為を実行できただろう。お腹がすいた時に、パンでも食べるかのように、当たり前のこととしてやってのけただろう。

『愛着』はあっても、『愛情』は無い。『愛でる』ことはあっても、『愛しむ』ことはない。彼には自分より大切なものなぞありはしないし、極端な話、世界に人間が彼一人になったとしても、まったく気にも留めないだろう。他者を平然と踏み躙り、利用して、自分さえよければよいとできる精神。

『ひとりでも生きられるが、利用できるものは何でも利用してやる! だからこのジョースターとかいう貴族を利用して、誰にも負けない男になるッ!』

 その精神こそが、少年をただの人間の域から離れさせていたものであったと、綺礼は思う。
 本当に、彼はひとりでも生きられたのだ。人は一人では生きられないと、よく言われるが、それは単に生命維持という面だけの話ではない。人は、他者との繋がりを求めるものだ。自分を理解し、愛してくれる誰かを求めるものだ。
 しかし少年にそれはない。世界のすべてが敵になっても、彼は平気なのだろう。それこそが、彼を力や肉体などの差異などよりも、遥かに彼を『怪物』たらしめていた要素だった。

 少年は間違いなく、『生まれついての悪』であったのだ。


 やがて、少年の父親は死に至る。最後まで、死へと近づく苦しみが、少年の手によるものであったことに気付かぬままに。
 そして、仮にも最後の家族を失った少年は、その身を養子として引き取ってくれる、とある貴族の館へと向かった。その貴族の地位も権力も財産も、何もかもを奪い尽くすために。

 そして少年は、別の少年と出会うことになる。自分とまったく逆の人間と。

 他者を愛し、愛する者のためなら自身を犠牲にできる者。

 絆を大切に思い、多くの人々と縁を紡ぐ者。

 自分の、運命の宿敵となる人間と。

『君は、ディオ・ブランドーだね?』
『そういう君はジョナサン・ジョースター』

 それが、彼らの全ての始まりであった。

   ◆

 ウェイバーたちは朝食をとった後、催眠状態にあるコトネに『目立たなくなるメイク』を施し、連れ歩いても誰も気にしなくなるようにしてから、冬木市の交番近くまで連れて行き、彼女を解放した。
 解放してしばらくした後、催眠は解けるようになっている。正気になれば、昨夜から今に至るまでの記憶が無く、気付けば町中にいる自分に混乱し、次にすぐ目の前にいるお巡りさんを頼るだろう。あとは警察に任せればいい。

「さて、今日はそうだな………河の水を汲んで帰るぞ。魔術的に調べれば、付近で魔術を使った痕跡が見つかるかも………?!」

 ランサーに話していたウェイバーは、驚き、身を固めた。目の前に、二人の女性が立っていたのだ。忘れもしない、彼らが最初に出会ったサーヴァントの陣営。セイバーと、アイリスフィールが白昼堂々、現れたのだ。

「お、お前たち」

 思わず後ずさるウェイバーと、前に踏み込み、ウェイバーをかばって立ち塞がるランサー。そんな二人に、アイリスフィールが言葉を紡ぐ。

「おはよう二人とも。昨夜はありがとう。セイバーの手助けをしてくれたこと、お礼を言わせてもらうわ」

 優美な微笑みと共に発せられる言葉は真実なのだろう。しかし、ただ感謝だけを告げに来たわけでもあるまい。

「………別に、成り行きでそうなっただけだ。それより、どうして僕らを待ち構えることができた?」

 もしや潜伏場所がばれたのかと冷や汗を垂らすウェイバーに、アイリスフィールが種明かしをする。

「貴方たちが女の子を連れていったことはわかっていたわ。いずれは記憶を消した後、解放することも予測できた。そしてどこで解放するか考えたら………解放した子供がすぐに保護してもらえる、警察関連の場所付近じゃないか、と、推測したわけ。だから、市内の交番や警察署に、使い魔を配置して網を張っていたの」

 ちなみに推測したのは億泰である。彼が『フツーに考えて、親がどこにいるかわからない子供がいたら、交番に連れて行くもんだろーよー』と言い、その意見にアイリスフィールが乗ったのだ。
 切嗣や形兆は、仮にも魔術師がそんな普通な親切を行うとも思えなかったのだが、そもそも子供を真剣に助けようとすること自体、魔術師という生き物に似つかわしくない行動である。ひょっとしたら、魔術師らしくない気遣いを行うかもしれないと、ものは試し程度に、億泰の案を採用してみた。
 結果、それは正解だったということである。交番近くまで足を運んだウェイバーたちを見つけ、セイバーたちは急いで駆けつけたのだ。


「そうか………それで、どうする気だ。こんな時間に戦うっていうのか?」
「ええそうよ。聖杯戦争は夜に行うというのがルールだけれど、折角こうして会えたのだもの。私たちとしても、左手の借りは早く返しておきたいところだし、ここは逃すわけにはいかないわ。人のいない場所で、決着をつけるのはいかが?」

 言われ、ウェイバーは考え込む。この勝負、前回で癒えない傷を負わせたランサーの方が有利と言えるが、楽観はできない。手負いの獣を舐めてかかるのは、馬鹿のすることだ。

「主よ」

 ランサーが、ウェイバーにしか聞こえないような小声で、話しかける。

「少々、危険な臭いがします。ここは避けた方が無難かと。すぐさま離脱すれば、セイバーの速度では私に追いつけません」

 意外な言葉に、ウェイバーは少し驚いた。てっきり、喜び勇んで挑戦を受け入れると思ったが。

「セイバーは信頼できます。あの雪の如き女性も。しかし、この状況は少し怪しい。彼女たちは信じられても、彼女たちの周囲が、何か動いているような気がします」

 確かに、この目の前の女性はセイバーの真のマスターではないことは、以前ウェイバーが見破った通りだ。そして、本当のマスターが正々堂々と勝負を行う相手であるとは思えない。マスターであることを隠して行動している時点で、正々堂々とする気が無いことはわかる。

「けど………僕らを見つけたのはほとんど賭けがたまたま当たったようなものだ。そこまで周到な罠を仕掛けておけるとも思えない。ここは、勝負に乗るぞ。いいな、ランサー」
「それが主の判断ならば、否やはありません。必ずや勝利し、主の身もお守りいたしましょう」

 かくてランサーは、セイバーと再び互いの武器を向けあうこととなる。ただ結論から言ってしまうと、この時のウェイバーの判断は、大いに油断しきった、甘過ぎるものであった。『自分は眠いから、相手も眠っているだろう。見張りを立てたりして、夜襲を気にかける必要はない。寝てしまおう』というような、愚かすぎる判断だ。
 ウェイバーはこの後、実力者というものは、こんな偶発的な成功からでも、すぐに作戦を立てて、準備を完成させ、恐るべき罠を築き上げることができるのだと、思い知ることになる。

   ◆

 言峰綺礼は、休息中に見た夢について考えていた。

 より正確に言えば、夢を見たことに対する、自分に生まれた感情について考えていた。

(この『帝王』があのような家庭にあったとは、正直驚いたものだが)

 しかし、綺礼はそのことをあまり重要視はしなかった。ただ、アサシンがどのように生まれ、育ってきたかなど関係無く、最初から最後までアサシンはアサシンであることが、確認できただけのことだ。アサシンは最初から最後まで『悪』である。それがわかっただけのことだ。

 問題は、

(アサシンが、自分の父親を殺すのを見て、私は何を思った?)

 その考えをすることに、綺礼は多大な覚悟を必要とした。しかし、それでも綺礼はあの瞬間のことが忘れられない。だんだんと、弱り、衰えていくアサシンの父、ダリオ・ブランドーを見ながら、こう望んだのではなかったか?

『ジブンモ、ヤッテミタイ――』

「馬鹿なッ!」

 意識せず声を出し、綺礼はそれを否定する。そんなことはありえない。親殺しという、多くの文化圏で最大の罪の一つとされる行為を、羨ましがるなど。
 邪悪極まる所業に、愉悦を感じるなどと。

(間違っている。あれは、何かの間違いだ)

 綺礼は懸命に、その事実から目をそらす。
 実のところ、それが彼の常であった。自分の欲するモノを求めておきながら、いざヒントが見つかると、それに蓋をしてしまう。なぜならそのヒントが、あまりにおぞましく、人としてあってはならない答えを導き出すことが、感じ取れたがために。
 それが望まぬ答えでも、本当に真実を求めているなら、彼はもっと早くに自分が情熱を向ける対象を、認識できたことだろう。代行者として魔術師と戦う中で、外道も邪道も、幾らでも見る機会はあったはずなのだから。

「主よ……どうか我らを誘惑に遭わすなかれ。我らを悪より救い給え………」

 彼は今回も、真実から逃避する。かつて、妻の死を見届けた時と同じように。死にゆく妻に対し、『もっと苦しむ姿を見たかった』『自分が殺してしまいたかった』そう囁く、自分の内なる声から、耳を塞いだあの時と同じように。

   ◆


 ウェイバーたちは戦場と定められた、ひと気の無い廃工場跡地に向かっていた。アイリスフィール先頭に、次にセイバー、そしてその後ろをウェイバーとランサーが並んで歩いていた。

 その中で、ごく平凡な住宅の建ち並ぶ中に通った、細い道路を歩いていた時、それは起こった。

「!」

 ランサーが弾かれたように動き、ウェイバーの右側から左側に回り込んで、赤槍を振るう。その一閃で、ウェイバーを狙い撃った弾丸が叩き落とされる。しかし、それと同時に、

 バタン! ガオンッ! グゥンッ!!

 ある家のドアが急に開く。電気の点いていない暗い屋内で、力強く空気を抉る音がした直後、ウェイバーの体はその家の中へと引き寄せられる。

「うあっ!?」
「主よ!」

 ウェイバーがドアに吸い込まれると、ドアはすぐに閉ざされる。直ちにその家のドアを突き破って乗り込もうとしたランサーだったが、頭の上から、無数の銃弾が雨のように浴びせかけられた。
 飛び退いて弾丸を避けてから、ランサーは頭上を仰ぐ。2階の屋根に、無数の小人が銃を構え、狙いをつけているのが見えた。

「おのれ!」

 ランサーは再度突進する。またも銃弾が放たれたが、不意打ちでもなければ、その程度の弾丸はランサーにとっては障害になりえない。百に近い弾丸を、容易く薙ぎ払い、弾き飛ばし、ドアまで辿り着くと同時に、ドアを一瞬で砕き散らして、玄関に足を踏み入れた。

「く……!」

 その家は、まだ人が住んでいない、建てられたばかりの家であったらしい。家具の一つも無かった。隠れる場所も無い玄関に、もう人影は無い。ただ、気配が2階にあるのを感じた。

「はっ!!」

 階段を上るでもなく、ランサーはその場で跳躍し、1階と2階を隔てる階層を突き破り、2階に直接跳び込んだ。 そしてランサーが見たものは、虹村兄弟を背後に、ウェイバーを這いつくばらせ、顔を床に擦りつけるようにして押さえつける、衛宮切嗣の姿だった。

「貴様!」
「動くな」

 激昂するランサーに対し、切嗣は冷徹に答える。同時に、ナイフを抜き放ってウェイバーの右太股に5センチほども突き立てた。

「ギャアアアアアア!!」

 悲鳴をあげるウェイバーに対し、切嗣は後頭部を抑えていた手に力を込め、床と口が接するように押し付けて、悲鳴を無理矢理やめさせる。ナイフをウェイバーに突き刺したまま、ナイフの柄から手を放すと、次に銃を出して、銃口をウェイバーの後頭部に押し当てた。

「何をするか!」

 怒りの声をあげるランサーの牽制のため、虹村兄弟が前に出る。
 形兆は周囲に【バッド・カンパニー】を放ち、ランサーを取り囲む。形兆自身も、右手にショットガンを持っている。普通のショットガンなど、サーヴァントには通用しないが、ウェイバーに対しては有効であることを考えると、無視はできない。
 億泰の方も【ザ・ハンド】を左隣に立たせており、自身の左手にはアルミ製の大きなトランクの取っ手を握っていた。トランクは床に置かれており、中に何が入っているかわからないが、片手で振りまわせるほど軽い物ではないと思われた。何らかの霊装の可能性があるため、ランサーはこちらも強く警戒する。
 この二人を相手に、負ける気は無いが、彼らを倒すまでの時間でウェイバーは殺されてしまうだろう。そう考えると、下手に動けず、ランサーは足を止める。

「ランサー!? これは! どういうことですマスター!!」

 追いついてきたセイバーが、切嗣の行いを問いただそうとする。しかし、切嗣はセイバーを無視し、ウェイバーにだけ聞こえるように言う。ランサーに聞こえないように。そして、この行為に絶対反対するセイバーにも聞こえないように。

「さて、ランサーのマスター。令呪を使ってもらう。ランサーの自害を命じろ」

 切嗣は、後頭部を抑えていた手をウェイバーの襟にまわして掴む。そしてウェイバーの上半身を持ち上げ、口と床を離し、命令を言えるようにしてやる。

「ランサーが死んだあとは、お前は僕らの邪魔にはならない、ただの無力な魔術師見習いだ。命だけは見逃そう」
「うう………」
「返事は?」

 銃を後頭部にゴリゴリと押し付けながら、返事を強制する。ウェイバーになすすべは無い。【他が為の憤怒(モラルタ)】を含めた装備品一式を詰めたリュックサックは、部屋の隅に放り投げられており、手は届かない。

「そ、それが、本当だって、証拠は?」
「証拠はない。だが、真偽を確かめられる余裕がお前にあるか? 3秒時間をやる。それでも従わなければ、このまま撃つ。では………『1』」

 ゴクリと唾を飲み込み、ウェイバーは自分の判断が甘かったことを後悔する。ランサーの忠告を聞かず、みすみす罠にかかってしまった自分の間抜けさ加減に吐き気を伴うむかつきを覚えた。恐怖と怒り、焦りなどが混然となり、この状況をどうすればいいかという思考がまとまらない。
 ウェイバーは息を吸い、吐く。それでも心を落ち着かせ、まともに物事を考えられるようにすることはできなかった。
 マスターを盾にされているランサーと、何が起こっているのか状況を把握できていないセイバーは、共に動く決断ができない。

「『2』」

 そこで、ウェイバーは自分自身にしか聞こえないような囁きで、言葉を紡ぐ。

「『空にいます強い剣士たちの霊に安らぎあれ。願わくば自分を守られんことを。戦う時我が心の雄々しく、我が力が、空の轟く力のようであらむことを。戦闘開始。勇士の戦車を用意。我が脇には槍を二本並べておけ。我が前には盾を正しく立てろ』」

 本当に早口で、まともに耳にしても、その言葉の意味までは聞き取れないくらいの速度だった。切嗣は聞きとれないまでも、口を動かしたことには気付くが、攻撃魔術の類などではないようだったので、すぐに引き金は引かず、点呼を続けた。

「『3』………さあ返答を」

 その言葉を告げられた時、ウェイバーの表情に狼狽は無く、確かな決意と覚悟があった。

「『野では軍馬の後に続け。軍馬の歩みは軽く速いぞ。周りに戦いが起こる時、我が心よ、歓び、強くなれ』………今、この状況で、あんたの明確な勝ちは、実は『無い』。そうだろ?」
「!!」

『YES』か『NO』かの返答ではなく、別の言葉を突き付けられたことに、切嗣の目つきがより厳しくなる。

「今、僕を殺したらランサーに歯止めをかけるものがいなくなる。人質は、生きていてこそ意味があるんだからな。マスターである僕が死んでも、ランサーが魔力切れで消えるまでには多少は時間がかかる。いくらセイバーでも、捨て身のランサーを、絶対に防ぎきれるという保証は無い。いやそれよりもっと恐ろしいのは、僕が死んだあとランサーが逃げて、消える前に別のマスターと契約をかわすという結果だな。本拠地のわかっている御三家のマスターのところに駆けこまれでもしたら、彼らの戦力が倍になってしまうかもしれない。だからこそ、ただ僕を殺すんじゃ無く、ランサーの自害を命じさせようとしたんだろ? だから、この状況はあんたに有利であっても、圧倒的ってほどじゃない。だからあんたに明確な『勝ち』はない」

 ウェイバーが早口で呟いていたのは、彼がランサーから教わった、『恐怖や混乱を抑えて士気を高める呪歌』である。それによって混乱した思考を鎮静させたウェイバーは、すぐに得意とする『観察』と『分析』を、今の状況に対し行ったのだ。
 対する切嗣は、正しい分析を突き付けられても動揺することはなかった。あるいは、こうなるかもと思ってはいた。そしてすぐさま行動を起こす。
 力は弱いが、様々な特殊なアイテムを用意し、それを的確に使い、そしてこの状況でも冷静に判断を行えるこの魔術師は、ケイネスや時臣より、

「『危険』な奴だ」


 言峰綺礼に対して下した評価を、この未熟な少年にも与え、確かにランサーに特攻をされるのや、逃げられるのは危険だが、このウェイバーを生かしておく方がより危険だと判断する。
 そして引き金を引いた。が、

 ガチン

「!?」

 鈍い音を立て、弾丸は発射されること無く終わった。さしもの切嗣も一瞬思考の空白を許してしまう。その一瞬の隙に、ウェイバーは駆け出した。

「そしてこれで………あんたの『負け』は確定した!」

 ウェイバーが切嗣から離れたと同時に、ランサーもまた駆け出していた。一瞬以下の時間で、ランサーはウェイバーを抱えあげることまで行い、遅れて放たれた【バッド・カンパニー】のミサイルを叩き壊した。しかし、背後にはまだセイバーがいることを考慮し、切嗣に攻撃は仕掛けず、部屋の隅に跳ぶ。そして、ウェイバーから剥ぎ取られ、捨て置かれたリュックサックに詰まった荷物を確保した。

「大丈夫ですか、主よ」
「ああ、ナイフの怪我は大したことない………痛いけどさ」

 目じりに涙を浮かべ、ナイフの傷を我慢する。刺さったままのナイフを思い切って抜き、その時の更なる痛みに気絶しそうになるが、なんとか耐えて、震える手でサラミを口にする。この程度の傷ならすぐに治るだろう。

「くうっ………はぁっ………よし」

 切嗣の銃が作動不良を起こしたのは、ウェイバーの魔術、『死髪舞剣(ダンス・マカブヘアー)』によるもの。詠唱を必要としない簡易魔術により、たった1本の髪の毛を操り、銃の内部に潜り込ませ、部品に絡みつかせた。それだけだ。だが効果は劇的とさえ言えた。それだけで銃の機能は阻害され、使いものにならなくなった。
 切嗣はウェイバーの危険度を更に上げ、使えなくなった銃を捨て、予備の銃を抜き、撃ち放つ。ランサーはそれを叩き返し、怒りに燃えて足を踏み出す。

「貴様………よくも我が主をいたぶってくれたな。許すわけにはいかん!!」

【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】を振りかざし、切嗣を突き殺そうと吠えるランサーだったが、横からセイバーが立ち塞がる。【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】を見えざる剣で受け止め、

「貴殿の怒りももっともだが………」

 ちらりと、背後の切嗣に好意的でない視線を送り、セイバーは剣に更なる力を込める。

「マスターをやらせるわけにはいかん。この私を倒してから行くのだな、ランサー」
「ふん、よかろう。俺もお前との勝負をつけることに異存は無い!」

 そして、再び決闘が開始されんとした時、二人のサーヴァントの頭上を、何かが通り過ぎようとしていた。

「!」

 ランサーはそれに気付く。それは、億泰が手にしていたアルミ製のトランクだ。中身が何かわからないが、軌道からして、ウェイバーへ向けて投げられたものらしい。

「おのれ!」

【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】はセイバーの剣を噛みあい、使えない。そこでもう一方の、【必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)】によって、ランサーはトランクを迎撃した。しかし、それこそが切嗣の狙いだったのだ。

 バキャアッ!!

 トランクは簡単に砕けた。別に、爆発したり、何らかの魔術が発動したりと言うこともなかった。まず目に入ったのは、飛び散った赤い液体の飛沫。


 そして、力無く落下する、『黒髪の少女』の姿。


「な………!?」

 呆けた表情で、落ちてくる少女を見つめるランサーと、セイバー。

「受け止めろランサー!!」

 しかし、そのウェイバーの言葉で我に返り、ランサーは瞬時に少女を抱き止めると、ウェイバーの傍に駆け戻る。そして、少女の様子を見た。

「く、右足に傷が! 癒えることの無い【必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)】による傷が!!」

 それは、少女の死を意味していた。現代医学でも、魔術でも治すことのできない宝具の呪い。傷は塞がらず血を流し続け、遠からず命も失うだろう。

「こ、この子は、コトネじゃないか! 警察に連れて行ったはずなのに!」

 ウェイバーは、その少女が昨夜キャスターの魔の手から助けた少女であることに気付き、驚き、そして答えを求めて切嗣に視線を移した。

「おいおいおいおい! な、なんで子供がぁ!? どーなってんだよ兄貴ィ!?」
「うるせえ、お前は黙ってな。これは戦争なんだ」

 切嗣の横では、【ザ・ハンド】にトランクを投げさせた億泰もまた狼狽していた。どうやら彼自身、トランクに何が入っているか知らなかったらしい。そんな億泰に、形兆が冷淡に言いつけていた。
 切嗣もまた、形兆と同じく冷淡に、ウェイバーに説明する。


「君らがその子を放した後、確保した。展開次第では人質になるかもしれないと考えて、ね。こう使うことになるとは、正直計算外だったが」
「なっ………この、この………ッ!!」

 何か罵るための言葉を口にしたかったウェイバーだが、この非道に値する罵倒の言葉を、咄嗟に思い浮かべることができず、ただただ怒りを持って切嗣を睨みつけた。その視線を受け流し、切嗣は部屋の窓に寄って、悠々と開く。

「少女を助けたかったら【必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)】を砕けばいい。戦力低下を恐れるのなら、その子を見殺しにしろ。それだけのことだ」

 それだけ言い捨て、切嗣は窓から跳び下りる。虹村兄弟もそれに続いた。

「ま、待て切嗣!」

 セイバーは少女やランサーを気遣う視線を送るが、何もできることなど無いことに気付き、歯噛みする。そしてただ一言、

「………すまない」

 目を伏せて呟き、切嗣を追った。

 後には、うなだれるマスターとサーヴァント、そして意識の無いまま血を流し続ける、少女だけが残された。

「主よ………」

 ランサーはウェイバーに言葉をかけようとして、しかし口を噤んでしまう。彼の本音では、少女を助けたいのだろう。しかし、【必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)】による傷を癒すには、【必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)】を破壊するしかない。それはウェイバーの陣営の戦力大きく減退することになる。この少女の傷を、ランサーは自分の責任と考えている。敵の策略がどうあれ、彼女を傷つけたのは自分に間違いないのだから。
 だからこそ、自分に判断を決定する権利など無いと思っていた。罪人にできることは、ただ裁きが下されることを待つのみ。その裁きがいかなるものであっても、その裁きから生まれる悲痛は、自分が背負おうと、ランサーは決意していた。

「………ランサー」

 ウェイバーが沈黙の内に思考していた時間は、5分もなかっただろう。しかし、数時間とも感じさせる濃い密度の時間であった。その間、ウェイバーの表情は自らが致命傷を受けたかのような、苦痛に満ちた表情だったが、口を開いた時には、落ちついた、静かな表情に変わっていた。

「【必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)】を、折れ」

 それが、ウェイバーの下した命令であった。

   ◆


 切嗣一行は、戦場となった家から撤退した後、舞弥が用意したライトバンに乗り込み、帰路についていた。ちなみに、最初にウェイバーを狙撃したのも舞弥である。
 運転席に舞弥、助手席に切嗣、後部座席にセイバー、アイリスフィール、虹村兄弟が座っていた。
 自動車が発進して、数分もせぬうちに、セイバーの左手の傷が消える。それはすなわち、【必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)】が破壊されたということ。ランサーが、子供の命を救ってくれたということ。
 その事実を前に、セイバーはランサーの高潔さに感謝し、巻き込まれた無垢な命が救われたことを安堵し、そして、

「………衛宮切嗣。私はお前を、道は違えど目指す場所は同じだと、信じてきた。だが今はもう、貴様のような男が聖杯を以て救世を成すなどと言われても、到底信じるわけにはいかない。人質を取り、あまつさえ、無関係な子供を傷つけたこと。私を納得させてみせろ切嗣! さもなくば、私は貴様を………!!」

 衛宮切嗣へと、押さえ込んでいた怒りを噴き出させた。

「……………」

 対する切嗣は、背後からの怒気も、感じさえしないと言うように無視を通した。身動ぎ一つせず、言い訳一つ発さず、ただ徹底的に、セイバーの存在をいないものと扱った。
 見かねて、アイリスフィールが口を出す。彼女もまた、今回の切嗣の所業は見過ごしておけなかった。

「答えて切嗣。いくらなんでも今回は、貴方にも説明の義務があるわ」
「――そういえば、僕の『殺し方』を君に見せるのは、これが初めてだったねアイリ。けれど、僕にはそこのサーヴァントと話すことなど何も無い。栄光だの名誉だの、そんなものを嬉々としてもてはやす殺人者には、何を語り聞かせても無駄だ」

 切嗣は、セイバーの時とは打って変わって、恥じ入るような面持ちで言葉を返す。しかし、セイバーにはあくまで対応せず、自分の思いを吐き出した。セイバーへの、英雄への、怒りと蔑みを。

「こいつらは戦いに善悪正邪があると説き、さも戦場に尊いものがあるかのように演出してみせる。その幻想のために、後世の若者たちまでも武勇だの名誉だのに誘惑されて、血を流して死んでいった」
「幻想ではない! たとえ命の遣り取りだろうと、それが人の営みである以上、決して侵してはならない法と理念がある! さもなくば戦火のたびに、この世には地獄が具現する羽目になる」
「ほら、これだ。聞いての通りさアイリ。この英霊様はよりにもよって、戦場が地獄よりマシなものだと思っている。断じて違う。戦場は正真正銘の地獄そのものだ。戦場に希望は無く、血みどろの勝利と、敗者の絶望だけがある。なのにその真実に人々は気付かない。戦場にも邪悪以外の物があると、勇猛果敢な英雄様が、華やかな武勇譚で人の眼をくらませてきたからだ。血を流すこと、命を奪うことの邪悪さを認めない馬鹿どものおかげで、人間の本質は、石器時代から一歩も前に進んじゃいない!」

 そしてセイバーは、切嗣の顔に底知れぬ悲しみと怒り、絶望を見た。幾度も戦場を、彼の言う地獄を見続けた果てにある、戦争を美化する理由となる英雄への怨嗟の炎が燃えていた。

「僕はそれを変える。聖杯の力によって、人類から闘争を消し去ってみせる。僕がこの冬木で流す血を、人類最後の流血にしてみせる。そのために、最大の効率と、最小の浪費で、最短の内に処理をするのが最善だ。それを卑劣と蔑み、悪辣と詰るなら、大いに結構だ。たとえ『この世全ての悪』を担うことになろうとも、構いはしない。それで世界が救えるなら、僕は喜んで引き受ける」

 熱意というものはなかった。あるのは絶対零度の決意。それを握り締めて斬りつけるように言い放つ切嗣に対し、セイバーは何も言えはしなかった。たとえその手段と道筋が、どれほど邪悪であったとしても、聖杯を望むその信念と覚悟に一片の曇りも無い。
 この戦争で聖杯を掴むべきマスターは、切嗣以外にいないと、セイバーも認めざるを得なかった。

 やがてアインツベルンの森にライトバンが着き、セイバーとアイリスフィールが降りる。切嗣たち4人は、ライトバンに乗ったまま、次なる戦いの準備をするために走っていく。ライトバンを見送るセイバーの顔つきは、最後まで苦々しいものだった。

   ◆


「かっこいいことを言っていたが、本当にそうか? 切嗣」

 この戦争の為の隠れ家である、駅前の安ホテルへ向かうライトバンの中で、虹村形兆は、切嗣に向けてそう言い放った。

「あの少女、もっとうまく使える方法があったんじゃないか? もっと効率的に人質として。いや、あの時に思いつかなかったとしても、トランクを投げつけて、少女が傷ついた時、明らかに奴らは動揺していた。防御に徹していた俺はともかく、切嗣、あんたなら、あそこで動揺の隙を突いて殺せていたはずだ。なのにそれをしなかった………」

 形兆は、責めるような口調でも無く、事実を分析する科学者のように淡々と話す。

「なぜか? それはあんたも動揺していたからじゃないか? コトネとかいうガキが傷つく姿に、『自分の娘』の姿でも重ねたか?」
「!!」

 切嗣が息を飲んだ。それは、彼自身、自分でわかっていなかった、図星だった。

「あんたは、自分で言うほど悪を背負いきっていない、まだ甘い。自分でわかっていないかもしれないが、まだ冷酷に徹しきれていない。揺れている。早いうちに真の覚悟を決めることだ。正義なら正義に、悪なら悪に、徹しきることだ。迷っていては、戦いに勝てない。奴には勝てない」

 形兆は、ここにいない誰かを見つめる眼差しで、名前を口にした。

「DIOには、勝てない」

 それから目的地に着くまで、彼らは無言だった。おそらく、誰もがそれぞれ、再び覚悟を決めていたのだろう。

 この戦争に対して。


   ◆


 呪いの黄槍が砕け、光となって霧散していく様を見送り、意識の無いコトネの口にサラミを含ませて傷を癒す。少女の命が救われたと確信が持てた後、ランサーはウェイバーの前で膝を突き、深く頭を下げ、絞り出すように胸の内を述べた。

「………此度の我が不始末、深く恥じ入る次第です。主よ」

 ウェイバーの方は、なんだか酷く面倒くさそうに、乱暴に頭を掻き毟った。

「何がだ?」
「私が傍についていながら、みすみす主を攫われ、無関係の幼子を傷つけ、挙句、力を殺がれてしまいました。自分の不甲斐なさに、もはや謝罪の言葉も思いいたりません」
「………お前は、最初に忠告をした。それは退けたのは僕だ。罠に嵌った責任は僕にある。頭を下げなくても、いい」
「しかし………!!」

 食い下がろうとしたランサーだったが、そこでウェイバーの目つきが変わった。

「あああああああ!! うっざいなぁ! お前は!!」
「………は?」

 もう我慢の限界とばかりに、ウェイバーがわめいた。いきなり癇癪を起した、マスターに、ランサーは唖然とする。

「いいか! これは僕の戦いだ! 僕の、僕による、僕の為の戦いだ! それで死んだとしても文句は無い! そう思って僕はこの聖杯戦争に参加したんだ。その戦いの勝敗も、成功も失敗も僕の物だ。だから、僕のこの屈辱も罪も、全て僕の物だ。お前が横取りしようとするな!」

 ドズリと、ランサーの胸にその言葉は突き刺さった。

「そ、それは」
「お前が、自分の責任と感じるならそれはいい。だけど、僕の責任まで背負い込もうとするな。それは僕への侮辱だ。僕は、お前に頼らず、自分の足で立って行ける」
「!!………申し訳、ありません。このランサー、主を見くびっておりました」

 ランサーは深く頭を下げる。
 そして、心の奥で、あるいはウェイバーに言われたことこそが、かつての生での死の原因の一つであったのかもしれないと。
 グラニアとの逃避行との罪を、自分は全て一人で背負おうとしていた。しかし、それは間違いで無かったか?
 騎士として主人の重荷を担おうとしたのは、しかしただの独りよがりではなかったか? ディルムッドは自分の行動を正しいと信じていたが、それがフィンにとってどう映るか、ろくに考えてはいなかった。
 それは、全てにおいてそうだったのではないか。良き騎士であることにこだわりながら、それは自分のことしか、自分の武勇と名誉のことしか見ていなかったのではないか?
 本当に主人を見てきたか? フィンを守り、彼の敵と戦ってきたが、フィン自身のことを見てきたか? 彼がどのような人間か、何を求め、何を好み、何を歓び、何を哀しむ人間か、自分はちゃんと知っているのか?
 もしもフィンのことをもっとよく知っていれば、もっと語り合い、解り合っていたなら、あのような悲劇も起こらなかったのではないか。フィンに、部下を見捨てると言う更なる罪を犯させずにすんだのではないか。
 あくまで、仮定の話だ。しかし、それでもディルムッドの心には、今まで無かった想い―――後悔というものが芽生えてしまっていた。


「………わかればいいさ。というか、僕の方がお前に恨まれるかと思っていたんだがな。お前の宝具【必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)】を、折らせたんだから」
「!! そのようなことは! 己の力を保持することより、子供の命を救わんとすることを優先する、その高潔なる精神。感服しこそすれ、恨むなどと!」

 ウェイバーは慌てるランサーに、照れたように視線をそらし、言う。

「別に、そんな立派なことじゃない。ただ」

 少年は、何も無い空間に、誰かがいるかのような眼差しを向けて、

「子供を見捨てたなんて話、友達に自慢できないだろ」

 この戦いに参加するための媒体獲得に協力してくれた魔少年。サラミやチーズを作ってくれたコック。化粧道具を譲ってくれたエステシャン。他にもこの戦いには関わっていない、多くの知己たち。彼らの誰もが、光り輝く、眩い意志を持って生きていた。善くも悪くも、力強く生きていた。

「あいつらに顔向けできないような、真似はしたくない。それだけさ」

 ふとウェイバーは、ランサーが不思議なくらい静かであることに気付き、ランサーへ視線を向ける。彼は、先ほどと同じように跪き、首を垂れていた。しかし、そこに謝罪や後悔の念は無い。静かな覚悟が感じられた。

「貴方に召喚された時、貴方は私の至らなさを見極められました。そして私は、貴方が主に相応しい人間か、見定めた後に改めて、騎士としての誓いを立てると宣言しました」

 ランサーは更に深く頭を下げる。

「今ここに、私は貴方と言う人間が、仕えるべき御方であると確信しました。他者に頼り切らず、己の力で立とうとする誇りと矜持。己が利益より、正義と慈愛を選ぶ心。尊敬できる友を持ち、彼らから学び、彼らに恥じない人間であろうとする友情と研鑽。そのすべてが、私の主に相応しい」

 ランサーの心に宿った後悔は、もう二度と、同じ間違いはしないという誓いとなり、彼をより高めようとしていた。より強き覚悟を持って、より厳しい道へと挑むために、ランサーは言葉を紡ぐ。よりウェイバーに近づくために。よりマスターを知るために。今度こそ、後悔をしないために。

「我がマスター、ウェイバー・ベルベットよ。失態を起こしたばかりの身で、不敬とは思います。それでも私が貴方にとって、相応しい騎士となるために努め続ける覚悟です。どうか、私を貴方の騎士と、お認めください。貴方は私のマスターとなってくれますか?」

 一呼吸。それだけの時間が必要だった。ウェイバーが、ランサーの覚悟を受け止める覚悟をするには。そしてウェイバーは、返答する。

「―――認めよう。そうだ。僕がお前の、マスターだ」

 この日、セイバーとランサーは、共にマスターと絆を紡いだ。共に、聖杯を捧げる価値のあるマスターはこの者しかいないと思えるものだった。にも関わらず、どうしようもなく質の異なる絆だった。

 


 ……To Be Continued
2012年09月18日(火) 16:19:11 Modified by ID:/PDlBpNmXg




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