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Fate/XXI:5

   Fate/XXI


   ACT5 月が見守る中で



「始める前に聞くが………お前は、ランサーだな?」
「いかにも。そういうお前はセイバーよな? 名乗りを交わすこともままならぬとは、興の乗らぬ縛りであるが、仮初とはいえ呼び名はあった方が便利だからな」

 倉庫街についた二人のサーヴァントは、自分たちのマスターが結界を張るのを待っている。不意をうつような真似をする気は、互いに無い。

「名乗れぬのは仕方あるまい。もとより我ら自身の栄誉を競う戦いではない。お前とて、この時代の主のためにその槍を捧げたのであろう?」

 セイバーは、アイリスフィールよりぎこちない仕草で結界を張る、ウェイバーに視線を流す。

「この時代の魔術師というのは、おのれの目的のためなら他者のことなど顧みぬものと聞いていた。まして戦争中ともなれば、なおさらと考えていたが、ああいう者もいるのだな。甘いと言わざるを得ないが、人としては好ましい」
「ああ。あの方に召喚されたことは、きっと幸運であったろう。確かに弱いかもしれない。足りないものも多いかもしれない。けれど、肝心な部分は掴んでいるように思う。だから、俺はあの方を勝たせたい」
「残念だが、それは無理だな。私も、我がマスターを勝たせると、騎士として誓いを立てた身だ」
「ならば、これ以上は武威を示すしかないな」
「しかり」

 そして結界が張り終えられ、二人は互いの得物を構える。セイバーは見えざる剣。ランサーは2本の槍。

「では」
「いざ」
「尋常に」
「「勝負ッ!!」」

 月の輝く空の下、嵐が、吹き荒れた。

 人間の形をした、二つの嵐。それが動き、ぶつかる。ただその余波だけで、大地が砕け、建築物が吹き飛ぶ。別に爆弾や大砲を使ったわけではなく、剣と槍と言う極めて前時代的な武具によって、その破壊行為はなされているのだ。
 イリヤスフィールはその事実に言葉を失い、セイバーとランサーの激突を見守っている。

 そんな彼女から5メートルほど離れた位置に立つウェイバーは、彼女に比べればまだ余裕がある方だった。生まれてからずっとアインツベルンの屋敷に閉じ込められてきたアイリスフィールと違い、ウェイバーには多少の人生経験があった。

(魔術でもスタンドでもない、ただの肉体能力でここまでやるか………。『尋常』な勝負と言っていたが、『異常』すぎる。スタンド使いでも、あんなとやり合えるのは『星』の彼くらいか?)

 セイバーのあの小柄な体躯であの速度とパワーは信じがたい。更に厄介なのは、彼女の持つ見えない剣だ。完全に透明で、まったく眼に映らない。単純であるが、武器としては実に凶悪で効果的だ。

(しかしそんな武器を持つ英雄がいたかな? しかも女性の西洋騎士………ジャンヌ・ダルクくらいしか思いつかないけど、彼女はそんな戦闘力のある逸話は聞かないし、うーん)

 何にしてもこの状況で自分に手出しできることはない。サーヴァント相手に、しかも対魔力を持つセイバーを相手に、ただの魔術師が攻撃したところで何の意味も無い。背にした荷物の中にある、『ランサー召喚に使った媒介』なら効果もあるかもしれないが、戦闘技術の低い自分では当てることもできないだろう。
 アドバイスも特に浮かばないし、宝具をいつ、どう使うかも一任してある。口出しも必要無い。
 では、マスターへの攻撃はどうか。ウェイバーはチラリとアイリスフィールを見る。

「あら………言っておくけど、私、人妻よ?」

 その視線に気づいたアイリスフィールは、からかいの言葉を放ってきた。

「んなっ! そういうことで見てたんじゃないっ!」

 顔を真っ赤にして怒鳴るウェイバーの反応が、思った以上のものだったので、アイリスフィールはおかしくなってついつい本気で笑ってしまった。敵同士であるというのにどうも緊張感が無い。アイリスフィールにしてみれば、それはウェイバーの方が悪い。
 何の関係も無い人間を助けるために優位を捨てるような間の抜けた相手。そしてこの場に来てから、互いに警戒しながらとはいえ『一目払いの結界』を張る共同作業を行った相手に、緊張感を抱けと言う方が難題というものだ。

「フフフッ、でもこんなに近くにいていいのかしら? サーヴァントが戦っている間、マスター同士で戦うという考えは無いの?」
「………あんた、魔術の腕はともかく、戦いは素人だろ。近くにいてもそれなら心配無い。それに、あんたマスターじゃないだろ。なら戦ってもあんまり意味無いし」

 その答えにアイリスフィールは目を丸くし、

「へ? なんでわかったの?」
「………あんたって、見かけによらず頭脳がマヌケか? マスター装うなら手袋くらいしなよ。令呪が無いじゃないか」

『令呪』

 それはマスターの証として、聖杯より与えられるサーヴァントへの絶対命令権。それは強い魔力の塊であり、サーヴァントに対して3度まで命令を行える権限。時にはサーヴァントの強化も行える、聖杯戦争にはなくてはならないもの。そして令呪は、何らかの手を加えない限り、普通令呪は腕のどこかに現れる。
 アイリスフィールは自分の傷も沁みも一つも無い、爪もよく手入れされた、勿論、令呪も無い、美しい手に視線を向け、やや情けなく苦笑いを浮かべた。確かにこれは言い訳のしようも無い。
 例外は存在するのだから、誤魔化そうと思えば誤魔化せただろうが、すでに反応してしまった以上、もう隠すこともできまい。

「まあとにかく、それなら別にマスターがいるってことになる。つまり仲間だ。どこにいるか知らないけど、ここを見ててもおかしくないよな? ならいっそこれくらい近づいていれば、あんたも巻き込みかねないような攻撃はしないだろ………多分」

 最後にちょっと自信なさげに言うウェイバーを、アイリスフィールは少し見直した眼で見る。この少年、さっきの様子だと迂闊で動揺しやすい脆い面もあるが、その観察眼と洞察力は中々のものだ。

(確かに。時間からしてもう切継はここに来ていておかしくない。それでも彼を攻撃しないということは、それをする利益が無いか、不利益が生じるということ。ならここはただ、この勝負を見守るのみ………セイバー、どうか私たちに勝利を)

   ◆

 果たしてアイリスフィールの予想通り、切継はこの戦場に来ていた。愛人にして戦いのパートナーである女性、久宇舞弥を伴い、既に配置についている。
 今、彼がいるのはサーヴァントの戦闘が行われている地点の西側、コンテナの山の隙間からワルサー狙撃銃を覗かせている。ウェイバーを狙撃しようと思えば、それも可能なポイントだ。ウェイバーの、アイリスフィールの仲間が攻撃することはできないだろうという判断は、まだまだ甘かったということである。
 だが、切継はそれをしない。なぜなら、倉庫街にそびえる、目算30メートル以上あるデリッククレーンの上にあった。

(アサシン、か………)

 デリッククレーンの上に堂々と、腕組みをしながら立つ黄金のアサシンの姿があった。何らかの認識阻害能力を持っているのか、昨夜の使い魔の眼からでははっきりと映らなかったが、今、月の光を受けて輝くその姿は、到底アサシンとは思えない。
 認識阻害能力はマスターの眼力にも及んでおり、そのステータスもわからないが、昨夜の戦闘からして実力は相当なものだろう。

(あの出来過ぎた状況、早すぎるアサシンの発見、あれが本当の戦闘だというのは疑わしいと思ったが………あれは師匠の時臣と、弟子の綺礼、二人のマスターがうった芝居だったのか、本気の戦闘だったのか、そこが問題だな)

 もともと芝居であったのが、途中から本気の戦闘になってしまった結果、切継は明確な判断をつけられなくなってしまった。二人のマスターが協力関係にあるという決定がくだせなくなり、セイバー組が今後の段取りを定める要素が少なくなったことは、時臣らにとっては微かながら不幸中の幸いといったところか。

(それにしてもあの状況でどうやって逃げ延びたのか。あのサーヴァントが使った人影、あれはおそらくスタンド………その能力か? よくわからないが、俺から攻撃はできないな。居場所が知られれば、アサシンにやられる)

 舞弥のいる東側からは死角になっていて狙えない。もう二人虹村兄弟も来てはいるが、

(虹村兄弟もまたマスターを発見したらしい)

 虹村形兆のスタンド、『バッドカンパニー』は小人の一個中隊を自在に動かすというものらしく、小さいながらも装備は本物で、銃をはじめとした各種装備、熱感知暗視ゴーグルも装備しているらしく、それによって魔術により姿を消した魔術師を見つけたという。
 場所はセイバーとランサーの戦闘が見える、コンテナの上。今、この場にいる魔術師など、聖杯戦争の関係者以外考えられない。十中八九マスターだ。

(形兆のスタンドでなら暗殺可能か? ………いや、こうもサーヴァントとマスターが一堂に会している状況では、動きを読み切れない。今は状況を見守り、流れを見ながら動く方がいいだろう)

 慌てて動くことはない。時には待つことも必要だ。そして動くべき時には即刻動く。その時期を見定めることが肝要である。
 考えを巡らしている間に、状況が少し動いたようだ。聴覚を強化した耳に、声が響く。

「名乗りもしないままの戦いに、名誉も糞もあるまいが、ともかく称賛を受け取れ。ここに至って汗一つかかんとは、女だてらに見上げた奴だ」
「無用な謙遜だぞ、ランサー。貴殿の名を知らぬとはいえ、その槍捌きをもってその賛辞……私には誉れだ。ありがたく頂戴しよう」

 二人のサーヴァントは互いに相手を讃えあい、笑みをかわす。切継にはまったく理解できない光景だった。

「しかし、こうしていては時間がかかりすぎる。そろそろ、手の内をさらすべきだな………マスター、宝具を使わせていただきます」

 ランサーがマスターに問う。ウェイバーはその問いに一瞬、驚いた様子を見せたが、それを取り繕い、

「せ、戦闘で宝具をいつ使うかは、任せると言ったぞ。好きにしろ」
「了解した。我が主よ」

 そしてランサーは、手にした2本の槍のうち、左手の短槍を放り棄てた。そして右手の赤い長槍から、巻きつけられた呪符を引き剥がす。
 そして、次にその長槍と、セイバーの見えざる剣が打ちあった瞬間、剣がまとっていた風の加護、光を屈折させて剣を見えなくしていた力、宝具【風王結界(インビジブル・エア)】が、打ち払われる。
 そして一瞬ではあるが、セイバーの剣が、ランサーの目の前にさらされた。

   ◆

(………あの槍は魔術を解除するのね)

 使い魔を通してランサーとセイバーの戦闘を眺めていた女性は、ランサーの宝具の力を見抜いていた。
 女性の名はソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。魔術協会の名門ヌァザレ家の血筋、交霊学科の長であるソフィアリ学部長の娘。そして、ウェイバーが復讐を誓う相手である、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの許嫁。高慢ながらも気品があり、きつく怜悧ながらも華麗である、まさに貴族の姫君である。
 冬木ハイアット・ホテル客室最上階である32階、魔術工房に改造されたそこで、彼女は婚約者であるケイネスの戦いを見守っていた。そう、ついさきほどまでは。

 ケイネスは、自分のサーヴァントと共に冬木の町を、気配を隠さずにうろつき、敵サーヴァントを挑発して戦いに引きずり込もうとしていた。だが、挑発に乗ってくる者はおらず、それどころかケイネスたちに気付かなかった二組の参加者が偶然出会い、更に偶然、ケイネスたちのいる場所の近くにある倉庫街で、戦いにもつれこんでしまった。
 戦闘と魔力の気配を感じたケイネスは、自分の思惑の外で勝手に戦い始めた者たちに、理不尽な怒りを覚えながらも、ひとまず魔術で身を隠し、様子を見ることにした。
 そして、好機があれば2体のサーヴァント両方を討ちとり、その栄誉をソラウに見せつけようとしており、ソラウに使い魔で状況を見るように伝えていた。

 ソラウは断る理由もなく、サーヴァント2人の姿を視認し、そして―――恋に墜ちた。

(知りたい、彼の名を。彼のことを。彼の全てを)

 彼女の思考には、もはやケイネスのことも、聖杯戦争のことも無く、深紅の槍を振るう騎士のことのみがあった。
 今、ランサーは【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】によってセイバーの脇腹を傷つけたところだった。セイバーの鎧は魔力によって編まれたもの。魔力を打ち消す【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】ならば、鎧の触れた部分を消し去り、素通りして内部の肉体を刺すことができる。
 その力に気付いたセイバーは、鎧を自ら消し去り、鎧を作るのに使っていた魔力全てを攻撃用に振り分けることにしたようだった。次にセイバーが放つ一撃は、さきほどまでの攻撃を凌駕する、最大威力、最高速度のものであることは疑いなかった。
 にもかかわらず、ランサーは恐怖を毛筋ほども浮かべず、笑みさえ浮かべていた。

『その勇敢さ。潔い判断。決して嫌いではないがな………この場に限って言わせてもらえれば、それは失策だったぞ。セイバー』

 その声に聞き惚れながら、ソラウは自分が恋をしているのだと、改めて思い知る。
 魔術師の名門に生まれ、常人と比べ物にならぬ数の魔術回路を持ちながら、家督が兄にあるがため、政略結婚の道具くらいにしか意味の無い人生。気難しく我儘な女性に見えて、その実、好きや嫌いという感情は無い。普段の振舞いは貴人としてそうするものと教え込まれたことを機械的にこなしているにすぎず、本当は夢も希望も抱かぬ、人形の如き動かぬ心の持ち主。より優秀な血筋の子供を産むためだけの存在。
 そんな彼女が、初めて心を動かした。魔術師の理念に囲まれた彼女が、今まで見たことの無い騎士の輝き。人間としての極限をさえ超えた、英雄の躍動。力と優しさが同居した、麗しき美。
 その何もかもが、パズルのピースを合わせるように、ソラウの心にぴったりとはめ合わされた。鍵穴に鍵が差し込まれ、今まで開かなかった扉が開いたような感覚だった。
 そしてソラウ・ヌァザレ・ソフィアリは、初めて感情を動かした。最初は小さな感動だったかもしれない。だがそれはどんどん膨れ上がり、今は凄まじい激情の奔流となって、彼女の胸の中にあった。
【愛の黒子】は確かに封印されている。だからきっと、それはどうしようもなく運命だったのだ。

 ソラウは思う。

(私の人生は彼に出会うためにあった。いいえ、彼に出会ってようやく、私の人生は始まったのだわ)

 それが正しいか、間違いか、真実か、勘違いか、永遠の想いか、一時の気の迷いかなど、どうでもよかった。初めての感動、初めての心、初めての恋。これを決して失ってたまるものかと、彼女は誓う。
 どんな手を使っても、他の何を失おうとも、ランサーは自分のものにするのだと。

   ◆

(まったくこいつらときたら!)

 ウェイバーは、心の中で吐き捨てながら、ランサーに駆け寄る。アイリスフィールの方も、セイバーに駆け寄っていた。互いに、自分のサーヴァントを治癒するためだ。
 さきほど、セイバーはランサーに向けて、渾身の斬撃を振るい、対するランサーはさきほど放り捨てた短槍を蹴り上げ、セイバーに突き立てようとした。
 結果、セイバーの剣はランサーの左腕を、蹴り上げられた黄色の短槍はセイバーの左腕を傷つけていた。

「つくづく、すんなり勝たせてはくれんのか。……良いがな。その不屈ぶりは」

 凄愴に笑うランサーに、ウェイバーは頭が痛くなる。

(こいつ、戦いを楽しんでいやがる)

 ウェイバーには全くその感覚がまったくわからない。競い合うことが楽しいのはわかる。体を全力で動かし、技を振るえるのが嬉しいのはわかる。正々堂々の戦いも、ウェイバー自身がやるつもりはないが、やれるのだったら、罠だの策だのを使うよりも清々しく、気持ちいいものだとは理解できる。騎士道というのがあまりに理想的で、綺麗ごとすぎるとはいえ、それでも綺麗なものだというのは認めてもいい。
 しかし、これはスポーツではなく戦争なのである。傷つき、苦しみ、殺し、殺され、要するに、死ぬ。そんな恐ろしいことを、どうしてこんなに楽しめるのかウェイバーには理解できない。
 あるいは、最終的には死ぬしかないからこそ、それさえも精一杯楽しもうとするのだろうか。

(時代や文化の違いっていったらそれまでだけど、やっぱり好きじゃないな騎士道ってのは。いろんな意味で!)

 だがそんな理解できない奴でも、自分のサーヴァントなのだ。その傷は癒さなくてはならない。ウェイバーは上着のポケットからプラスチックの瓶を取り出し、中に入った物を摘み出すと、ランサーの口に突き付けた。

「こいつを食え。ランサー」

 ランサーはとっさに口を開けて、それを食べる。
 直後、ランサーの口内で最高の味が広がった。絶妙な塩加減、芳醇な肉の香り、とろける脂、心地よい歯ごたえ、噛み締めるごとに溢れ出るうまみ。ランサーが生前に食べたあらゆる美食をも超える、至上の味だった。
 そのあまりの美味に言葉さえ失ったランサーは、次に更なる驚愕を与えられた。斬られた左腕から凄まじい勢いで血が流れはじめたのだ。いや、それはもはや噴出と言った方がいい。噴水のように噴き出る血液。それでいて、痛みも喪失感も感じない。腹の底から、血が次々と創られているような、熱い感触があった。

「お、おおお!?」

 思わず声をあげたランサーだったが、その血の噴出が止まった時、左腕は完全に治癒しており、それどころかさきほどまでの戦いによる疲労も、ほとんど消えている。

「僕の知る限り、最高の料理人から貰っておいた極上のサラミだ。軽い傷なら、簡単に治せる」

 サラミを仕上げた料理人とは、彼が紅茶について学ぶため英国に来ていた時、知り合って以来の友人である。この治癒効果のある料理は、彼の精神が反映した、驚異的な能力のたまもの。ウェイバーの未熟な治癒魔術よりも確実に治癒できる。

「いやはや、効果もさることながら、あのような美味は食べたことがありませぬ。ハルヴァンの守っていたナナカマドの実にも劣らない」

 どこかうっとりとした様子でランサーは言う。気持ちはウェイバーにもよくわかった。うっとりどころか、感動の涙を流したところでまったくおかしくはない。
 ちなみにナナカマドの実とは、巨人『偏屈ハルヴァン』が守っていた魔法の実である。かつて神々がスポーツの試合をしていた時に落とした実から生えた物で、蜜の味がし、酒の様に陽気になれて、どんな病も治し、百歳の者が三つ食べると三十歳にまで若返るというものだ。

「このような美味、感謝いたします。では今一度お下がりください。決着をつけてまいります」

 夢心地から覚め、ランサーは地に落ちたままだった黄色の短槍【必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)】を拾い上げる。セイバー陣営は傷が治癒魔術でも癒えぬことに慌てているようだ。【必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)】で傷つけられると、【必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)】を破壊するか、ランサー自身を倒すかしない限り、その傷が癒えることはない。
 そのことを理解したセイバーは、納得がいったというように頷き、ランサーの正体を口にした。

「魔を断つ赤槍。呪いの黄槍。フィオナ騎士団、随一の戦士………『輝く貌』のディルムッド。まさか手合わせの栄に与るとは思いませんでした」
「それがこの聖杯戦争の妙であろうな。だがな、誉れ高いのは俺の方だ。時空を超えて『英霊の座』にまで招かれた者ならば、その黄金の剣を見違えはせぬ。かの名高き騎士王と鍔競り合って、一矢報いるまでに至ったとは、どうやらこの俺も捨てたものではないらしい」

 英霊となったものは、時間列から隔離される。召喚された時代より過去の存在であれば、たとえ自分の生きた時代より未来の伝説も知っている。ゆえにランサーは、セイバーの正体も理解していた。
 マスターであるウェイバーはまだ思い至らず、首を捻っていたが。

「覚悟しろセイバー。次こそは獲る」
「それは私に獲られなかった時の話だぞ。ランサー」

 左腕に癒えぬ傷をつけられ、切り札である【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】を全力では使えなくなったセイバーであったが、その闘志に衰えは無い。それどころか、強力で、なおかつ精神的にも気高いランサーという好敵手に対し、称賛と闘争心がムンムン湧いてきている。
 ランサーもまた同様である。聖杯戦争という、私利私欲渦巻く、正義も名誉も無い戦いの中で、最初に巡り合った敵が、騎士として通じ合える誇るべき敵であることに、歓喜を抱いていた。

 その互いに最高潮にまで高まった闘争心がいつ弾けるかというところで、耳を引き裂くような雷鳴が轟いた。

「―――!?」

 その轟音の根源はすぐに明らかとなった。この戦場に向かって突き進んでくる、逞しい牡牛2頭に引かれる古代の戦車(チャリオッツ)。タロットの大アルカナで言えば、侵略と勝利を暗示する存在。ただし、その牡牛は大地ではなく空を駆け抜け、蹄からは雷を閃かせていた。
 戦車はセイバーとランサーの上空を旋回すると、大地へと降り立った。セイバーとランサーが対峙する、ちょうど真ん中、二人の戦いを明確に邪魔する地点だ。
 そして、雷の消えた戦車から、1人の巨漢が堂々と胸を張った。

「双方、武器を収めよ。王の御前である!」

 響き渡る大音量は、戦場に置いて何ら臆する様子が無かった。
 2メートルを超える長身に、傷跡を化粧として魅せる逞しい筋肉。顎鬚を生やした、いかつく豪快な顔つき。見事な鎧とマントをまとった、凄まじく存在感のある男だ。

「我が名は征服王イスカンダル。此度の聖杯戦争においては、ライダーのクラスを得て現界した!!」




……To Be Continued
2011年11月20日(日) 20:42:27 Modified by ID:gl04oga3Pg




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