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Fate/XXI:8


   Fate/XXI


   ACT8 『節制』している余裕は無い



「AAAAAALaLaLaLaLaie(アァァァァァララララライッ)!!」

 咆哮をあげ、雷撃をまとい、戦車の突進を繰り出すライダーの猛攻に対し、ランサーは防戦を余儀なくされていた。

「くっ!」

 戦車の突進それ自体をかわすことは、ランサーの速度と機動力をもってすれば容易いが、かわした戦車が、その勢いのままに大地を破壊する時に発生する、衝撃波や吹き飛ぶアスファルトの破片などを受け、少しずつ体力を削られていく。

(まだ大したことは無いが、ダメージが蓄積するのはまずいな。かといって、正面からでは吹き飛ばされるだけ。側面から槍をくらわそうにも、それができるのは、戦車が地上に降りた時、すなわち地上に衝突した瞬間だけ。だがその時は衝撃波に邪魔されて、思うように攻撃ができん)

 さきほどセイバーを襲おうとしていた時に繰り出した攻撃は、ライダーがランサーに注意を向けていなかったから効いた、不意打ちにすぎない。

(この空中における速度、機動力、そして破壊力………かつて戦った、『挽き臼の魔女』以上だ)

 かつてグラニアとの逃避行の中で戦った追手のうち、最後にして最強の敵。魔道に長けたフィンの養母。空飛ぶ臼に乗り、頭上から無数の毒矢を放つ、『挽き臼の魔女』。ランサーはその強敵を、【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】の投擲を持って打倒したが、このライダーにあってはそれも難しい。
 しかし、そんな苦難もランサーの心を折ることはない。強敵を相手に滾ることこそあれ、臆することなどない。

(主のためにも、おくれを取るわけにはいかぬ!)

   ◆



「ふむ、どうやら君のランサーは、私のライダーに手も足も出ないようだな。そもそもの英雄としての格の差か、マスターの力の差か、まあ両方であろうがな」

 ケイネスは厭味ったらしく、粘ついた声でウェイバーの言葉をかける。対するウェイバーは正直言って対抗手段などなかった。使い魔や暗示程度は基礎として身に着けてはいても、実戦的な戦闘魔術などろくに使えない。魔術師とは研究者であって、攻撃の魔術など下品だという意識があることもあるが、やはり(ウェイバー自身は認めないものの)彼にはあまり魔術の才能が無いのだ。
 今まで数々の危機をかいくぐってきたとはいえ、攻撃魔術を使ったことはほとんどない。そういう時に役だったのは力よりも、逃げ足の速さや、隠れ方の上手さだった。ウェイバーがまともにできるのは身体強化くらいだ。

(切り札を使うか……?)

 荷物を見る。その中には、ランサー召喚に使った媒介がある。それならば対抗手段とはなるが、この最初の戦いでそれを出してよいものかどうか。

「しかし、ランサーが敗れるよりも、君が死んでしまう方が早いかもしれないな」

 悩むウェイバーに向けてケイネスが右手を向け、一言口にした。

「ッ!! ギャァッ!!」

 ウェイバーの左肩に鋭い痛みが生じた。服が切り裂かれ、肌に浅くはあるが傷が刻まれていた。おそらく風の魔術で『真空の刃(カマイタチ)』でも起こしたのだろう。風と水の二重属性を持つケイネスにとって、この程度は児戯にもならない。

「おやおや、その程度も防げないのか? どうも私の教師としてのプライドを傷つけられるなぁ。仮にも生徒である君が、そこまで程度が低いとは思ってもみなかった。これからはもう少し生徒のことを注意して見る必要がありそうだ」

 ウェイバーを愚弄しながら、更にカマイタチを叩きつけていく。そのたびにウェイバーの体は傷つき、血が流れる。どれも大した傷では無い。本気であれば、最初の一撃で首を落とすことも可能であったはずだが、ケイネスはウェイバーをいたぶり、自分に挑み、あまつさえ暴言まで口にした傲慢さへの、罰としてから殺そうとしていた。


「どうしたねウェイバー君。少しはまともに抵抗してくれないと、早々と殺してしまうぞ?」

 傷つけられながら、ウェイバーは確信する。ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは、戦いをろくに知らない。どれほどの力を持っていても、いや、おそらく他者より格段に優れた力を持っているからこそ、自分より強い者と戦ったことや、自分より弱い者に足元をすくわれたことはない。

(なら付け入る隙は、きっとある!)

 苦痛と恐怖を、その希望によって封じ込め、目を凝らし、ケイネスを睨み、その周囲を含めて観察する。

「しかし似た者同士のマスターとサーヴァントもいたものだな。どちらも手も足も出ずに攻撃を受け続けるだけとは」

 ケイネスは、背後を振り向き、突進を繰り返すライダーと、それを闘牛士のようにかわしているランサーの姿を見て言った。ウェイバーもまた苦戦しているランサーを視認し、何か助言できないかと考える。

(槍を投擲する……あの速度では流石に当たるかどうか。跳躍して頭上から………駄目だ。やはりあの速度で避けられるだけだ。それどころか、空中でろくに身動きもとれず、いい的になる。近づきすぎず離れすぎずに、丁度いい距離間で行動する手は無いか………)

 そしてウェイバーは一つのアイデアを思いつき、叫んだ。

「ランサー! 正面から行け! 牛と牛の間に、槍を突き入れて棒高跳びだっ!!」

 ウェイバーは意図が伝わるかどうか心配したが、ランサーはウェイバーに言いたいことをちゃんと汲み取った。

「……! なるほど……! 心得ました、我がマスター!」

 ランサーは長槍である【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】の切っ先をライダーに向け、今度はその突進を左右にかわすことなく、正面から向かっていった。

「む!?」

 ライダーは目を見開く。速さも重さもランサーを上回っている戦車の突進、いかにランサーの槍を持ってしても、競り勝つことはできないことは明白であるのに、なぜ? と。ウェイバーの指示の意味は、すぐに明らかになった。その対応こそが、BEST(ベスト)であったのだ。


 ガズッ!!

 ランサーは槍の切っ先を、2頭の神牛の間を通し、戦車に突き立てた。無論、それで戦車を破壊することはできないし、それだけであれば轢き倒されるのはランサーだ。だが、ランサーは槍に力を込め、戦車の突進の勢いをも利用し、棒高跳びのように、槍を支えにして跳んだ。
【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】の効果によって神牛のまとう雷もかき消され、邪魔者は無く、ランサーは戦車の縁に足を降ろした。目前には、手綱を握るライダーがいる。

「はぁっ!!」

 ランサーは着地と同時に、高跳びに使った【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】よりも、敵に致命的な呪いを与える【必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)】による攻撃を繰り出した。
 しかし、

「【底知れぬ有角王(ズルカルナイン)】!」

 黄色の穂先が征服王の身に届く前に、障壁が現れその一撃を阻む。

「くっ!」

 ランサーは呻いたが、すぐに【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】を握り締める。

(どれほど硬い障壁であれ、魔力によるものならば【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】で消し貫ける!)

 そう考えたランサーだったが、彼が【必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)】を引いた直後、【底知れぬ有角王(ズルカルナイン)】の結界が消え、そして戦車が急速に動き始めた。大地に降り立ったままだった戦車は、空中へと駆け出した。車体が斜めになり、ランサーは足に力を込めて踏ん張り、落とされぬようにする。

「さて、いつまで乗っていられるかのう、ランサー!!」

 ライダーの言葉と共に、戦車は更に加速し、ランサーにより強い風圧がかかる。しかしランサーの顔に焦りはない。笑みさえ浮かべ、ライダーの挑発じみた台詞に応えた。

「決まっている。貴様の心の臓を、この槍が抉るまでだ、ライダー!!」

   ◆

 ライダーが一方的に攻撃を仕掛けるという、ライダーの圧倒的優勢だった戦況が、ライダーがランサーを振り落とすのが先か、ランサーがライダーを貫くのが先かの、力の比べ合いとなったのを見て、ケイネスは苛立たしげに顔をしかめる。

「余計な口出しをしてくれたな。まあいい、どっちにしろ私が君を処分すればすむこと………?」

 言いながら、ウェイバーの方へと視線を戻したケイネスは、驚くことになる。

「どうしたケイネス」

 ケイネスは、そこにいるのがウェイバーであることが、一瞬わからなかった。ほんの少し目を離したうちに、印象がまったく変わっていたのである。
 髪型はオールバックにされ、整髪料のために光沢が表れている。眉は色が濃くなり、雄々しい雰囲気を出している。逆に肌は白くなり、染みや黒子が一つも見えない。
 そんな様変わりしたウェイバーから発せられる、鋭い殺気、迸る威圧感が、ケイネスに刺し込まれる。まるで、そこにいるだけで他者を震え上がらせる、一流戦士のたたずまいだ。
 ウェイバーはナイフを取り出し、切っ先をケイネスに向けた。

(時間は限られている。即効で勝負をつけなければ!)

 ケイネスの反応に、ウェイバーは己の行為が成功したことを悟り、喜びながらも、焦っていた。
 ウェイバーのまとう気配が一変したのは、ランサーの黒子を封印するのにも使った、化粧品によるものである。ケイネスが目をそらした時を狙い、荷物から細かく小分けしておいた化粧品セットを取り出すと、特製ヘアクリームを髪の毛に塗り込んでオールバックにし、眉を黒く塗り、パウダーを顔につけた。
 慌ただしいようであったが、その動きは何度も練習し、化粧の順番も考慮に入れた、完璧なもの。三十秒足らずですべてを終える。戦場において、三十秒という時間を得るのは厳しいものがあるが、何とか成功した。
 化粧品を貰った時に教わった、特殊化粧の一つ。『戦闘において、勝利を得る幸運に恵まれる簡易メイク』である。一分あるかないかという短時間のみ、強力な幸運を味方につけられる。

(一度使うと、この聖杯戦争の期間には二度と使えない『切り札』の一つだったが、出し惜しみはできない)

 ウェイバーは弱い。勝利を掴むには、初手から『切り札』、『奥の手』、『秘密兵器』をばらまくしかない。『節制』していられる余裕はないのだ。

「何かわからぬが、くらえ!!」

 ケイネスが魔術を放つ。ウェイバーには高度過ぎてどのような攻撃をされたのか、いまいちわからなかったが、『幸運』にもその一撃は外れ、ウェイバーの左の大地を砕くだけに終わった。


「おおおおおおおおおお!!」

 ウェイバーは雄叫びと共に走り、ナイフを握り締めてケイネスへと振りかざす。そのナイフは、以前知り合い、偶然にも命を助けるという貸しをつくることができたギャングに造ってもらった物。
 磁力で鉄を操る力を持った彼の造ったナイフは、分子構造からして普通の刃物と異なっている。錆びることはなく、すこぶる丈夫。Aクラスの攻撃を受けても耐えうるほどだ。
 ウェイバーはそのナイフに数年かけて魔術強化を施し、中々に強い魔術武器に仕上げていた。ケイネスであれば、一月でそれ以上の武器を楽に仕上げられようが、今のウェイバーにはそれが限界だ。
 だがそれでも、ケイネスを傷つけることは可能だ。殺すことも可能だ。届きさえすれば。ゆえに、ケイネスは届かせまいと魔術を振るう。だが、当たらない。

「ば、馬鹿な、一体何が起こっている!」

 魔術でも科学でもない、未知の技術による『幸運』の前に、ケイネスは冷静な表情を崩し、歪めた。

   ◆

 苦戦をしているのはケイネスばかりでなく、そのサーヴァントたるライダーもであった。
 ランサーに戦車に飛び乗られてから、ライダーはランサーを振り落とすべく、【神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)】を駆け廻らせた。ただ真っ直ぐ飛ぶのではなく、急に曲がり、あるいは斜めになり、時には上下逆さにさえなる。ドリルのように回転し、周囲のコンテナに戦車を突っ込ませたりもした。
 しかし、それでもランサーは墜ちはしない。むしろ、時間を経て、空飛ぶ戦車の上という足場に慣れ始めてさえいる。

「このくらいで俺を何とかできると思ったのなら、それは舐め過ぎというものだな」

 ランサー、ディルムッド・オディナの伝説に、以下のようなエピソードがある。

 グラニア姫と逃避行をするディルムッドに、彼らを追うフィンの追手が差し向けられた。
 海の三勇士、黒足(デュコス)、白足(フィンコス)、強足(トレンコス)と、彼らが率いる戦士団、そして魔術で護られた三匹の猛毒犬である。
 彼らと遭遇したディルムッドは、自らをディルムッドとは明かさず、ディルムッドの友人であると名乗り、挑発をかけた。
 一日目、ディルムッドは大樽を丘の頂上から崖下まで転がし、自分は樽に乗って崖を降り切った。そして、ディルムッドにもこの技ができると言った。戦士たちは、その程度は自分たちにもできると挑戦したが、誰もが樽から落ちて、死んでしまった。この日、この技に挑戦した50人の戦士が命を落とした。
 二日目、ディルムッドは妖精王マナナーン・マック・リールから貰った【必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)】を、槍先を上にして地面に突き立て、跳び上がり槍先を踏んで立った。そして再び飛び降りて、掠り傷一つ負わず地面に立った。戦士たちは、その程度は自分たちにもできると挑戦したが、誰もが槍に貫かれ、死んでしまった。この日、この技に挑戦した50人の戦士が命を落とした。
 三日目、ディルムッドは『大いなる激情』、『大きな怒り』という意味を持ち、一太刀ですべてを倒す剣、ドルイドのアンガスから貰った剣、【モラルタ】を抜くと、その柄と剣先を木の股に結び付けた。そして刃の上に跳び上がると、柄から剣先まで三歩歩き、再び飛び降りて、掠り傷一つ負わず地面に立った。戦士たちは、その程度は自分たちにもできると挑戦したが、誰もが剣に斬り裂かれ、死んでしまった。この日、この技に挑戦した50人の戦士が命を落とした。
 四日目、ディルムッドは【モラルタ】を振るい、残った戦士たちを斬り伏せ、逃げた数人を除いてすべて倒した。
 五日目、ディルムッドは海の三勇士を、武器を使わぬ格闘戦で捕らえると、鉄紐で縛り上げた。この鉄紐は特別な結び方で縛られており、ディルムッド以外はオスカー、オシーン、マック・ルーガ、コナン・ムールにしか解けなかった。だが彼らは皆ディルムッドの友人であったため、ディルムッドの敵である彼らを解放することはなかった。
 六日目、ディルムッドは放たれた猛毒犬を相手にした。この猛毒犬は、火にも燃えない、水にも溺れない、武器にも傷つかないという、魔術のかかった無敵の魔犬であった。だがディルムッドは、ドルイドのアンガスから貰った槍、あらゆる魔術を破る【破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)】で貫き、あるいは武器をつかわぬ素手で大地に叩きつけ、この犬たちを殺し、残る残党たちも皆殺しにした。その知らせを聞いた縛られた三勇士たちも、絶望して死んだ。

 こうして、ディルムッドと海の三勇士たちとの戦いは終わった。

 このエピソードの中で、ディルムッドが三日目までに見せた技から、彼が非常に身体能力とバランスに優れた男であることがわかる。ほんの少し体の重心がずれるだけで、命を散らす技を、楽にこなして見せる。
 その彼を振るい落すことは、至難の業というも生ぬるいものであった。


「うーん、こりゃまずいかの」

 少しずつ迫りくる死の一撃を前に、それでもライダーは呑気にボリボリと頬を掻く。と、そんな彼にも、焦るべきことが起こった。

「! こりゃいかん! やっぱまずかったわ!」

 その時ついに、ウェイバーがケイネスへとナイフを届かせたのだ。

「ぎあっ!」

 右肩にナイフを突き立てられ、ケイネスが悲鳴をあげる。かろうじてかわしたから肩ですんだが、これが首でもおかしくなかった。今既に息絶えていても不思議ではなかった。
 だがウェイバーの攻撃はまだこれではすまない。ナイフを一度抜き、もう一度、今度こそ致命傷を負わせようとナイフを振り上げたところで、

「AAAAAALaLaLaLaLaie(アァァァァァララララライッ)!!」

 雄叫びと共に、【神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)】が突っ込んできた。

「なっ!!」

 その狙いは、戦車の巨体にしては正確で、ケイネスを避け、ウェイバーだけを轢き殺せるものだった。すぐに察したランサーは一瞬早く戦車から跳び、ウェイバーを抱えてその場を一跳びで遠く離れた。
 ライダーはケイネスをかばうように大地に降り立ち、ケイネスに話しかける。

「危ういところだったのう。で、どうする?」

 まだ戦うかと問うライダーに、ケイネスは凄まじい心の乱れを押し殺しながら答えた。

「………ここは退く。乗せろライダー」

 傷が肩というのがまずかった。ケイネスの肩には、エルメロイ家に代々受け継がれる魔術刻印がある。それを魔術武器で傷つけられた。治癒が遅れることで、魔術刻印に変質や劣化が起こる恐れは、少しでも避けたい。
 次こそは、死を希うほどの苦痛と絶望を与えてやると誓いながら、ケイネスは戦車に乗り込んだ。

「それでは諸君! しばしの別れだ。次に会う時は、また存分に余の血を熱くしてもらおうか!」

 そして雷の轟音を響かせ、ライダーはケイネスと共に空の彼方へと駆け去っていった。
 その後ろ姿を見送り、ランサーはウェイバーに声をかける。


「お怪我はありませんか? マスター」

 ウェイバーは頷くが、顔つきは冴えない。オールバックにした髪は既に乱れ、眉墨も褪せてきている。何より戦士の闘気が失せていた。化粧の効果が切れたのだ。もうこの聖杯戦争の中で、この化粧は使えない。にもかかわらず、ケイネスを仕留めきれなかったのは痛い。

「とっておきを使って『幸運』を底上げして、ようやく肩を傷つける止まりか。先が思いやられるな」
「なんの、見事な戦いぶりでありました。見ていたわけではありませぬが、繋がったラインを通し、マスターの覇気は伝わってきましたぞ。しかし……失礼ながら、まだ戦いは終わっておりませぬ。気を緩めになりますな」

 ランサーの忠告に、ウェイバーはハッと顔を上げ、セイバーとバーサーカーの戦いに視線を向けた。
 ちょうどその時、セイバーの見えざる剣が、バーサーカーの手にしたポールを砕き、その一振りで発生した衝撃波により、バーサーカーを吹き飛ばしていた。
 そしてバーサーカーがまだ大地に落ちるより前に、形兆の【バッド・カンパニー】の一斉射撃が追い打ちをかける。空中で爆発が起き、バーサーカーは更に吹き飛ばされ、コンテナに叩きつけられた。そして地面に倒れるよりも前に、バーサーカーの姿が煙のように消失する。
 滅びたわけではなく、これ以上の戦いは厳しいと見て、霊体化して戦線離脱したのだろう。傷の深さというより、マスターの魔力が限界に達したという感じであった。マスターが力尽きれば、サーヴァントである自分も消える。理性はなくとも、本能でその危機を感じ取ったのだろう。より深く狂気に染まれば、本能さえも超えて、血と戦いに溺れるだろうが、まだそこまで狂ってはいなかったようだ。

 ともあれ、これでバーサーカーも戦場を去り、残るはセイバーとランサーのみとなった。

 最初に戦いを始めた二人は、互いに視線を交わす。ウェイバーとアイリスフィールは、再び剣と槍が交わることを想像し、心身を緊張させたが、

「邪魔が入りすぎたな」
「確かに。それに」

 セイバーは傍らに立つ、形兆と億康を見る。セイバーにとっては頼もしい味方だが、それでも、このランサーとの決着は1対1でつけたいと思った。ランサーはウェイバーに視線を向ける。対するウェイバーは数の上での不利を見て、退却することを身ぶり手ぶりで示した。ランサーは頷き、

「今宵はこれにて幕としよう。決着は次にて」
「ああ、それまで他の者に討たれるなよ。ランサー」



 到底血みどろの戦いの後とは思えぬ、清々しい別れの言葉を告げて、ランサーはウェイバーを抱えた。そして強く地を蹴ったかと思うと、コンテナの向こう側へと飛んでいき、その姿を消したのだった。
 セイバー以外のサーヴァントがいなくなったその場は、まさに破壊の限りを尽くしたという感じであった。

「序盤からここまで派手なことになった聖杯戦争なんて、過去にあったのかしらね……」

 アイリスフィールが呻く。この破壊は聖堂教会が処理し、隠蔽するだろうが、本当に御苦労さまとしか言えない。
 誰も彼もが、強敵という言葉では追いつかないほどの難敵。一人一人が一軍にも勝り、国をも崩す力の使い手。

 誰かが、あるいは誰もが、その口で、あるいは心の中のみで、呟いた。

「これが………聖杯戦争」

   ◆

 暗闇の中、水晶球を覗きこんでいたキャスターは、歓喜の絶頂にあった。

「叶った。叶った! 我が渇望! 我が悲願! 一戦も交えずして、聖杯は我が願いを叶えてくれた!! 私を、麗しの【乙女(ラ・ピュセル)】に再び逢わせてくれた!!」

 他のサーヴァントの力の凄まじさも、死んだと思われたアサシンの生存も、何もかもがもはやキャスターにはどうでもいいことだった。

「……知り合い?」

 キャスターのあまりの浮かれ具合に困惑しながらも、龍之介は水晶に映る、鎧をまとう女剣士の姿を見ながら問いかけた。

「いかにも。彼女こそは我が光! 彼女こそは我が導き!」

 最高にハイになったまま、キャスターは興奮の限りに言葉を並べ続ける。

「嗚呼、【乙女】よ。我が【聖処女】よ………すぐにもお迎えに馳せ参じますぞ。どうか、しばしお待ちを………」

 うっとりと言葉を紡ぐキャスターだったが、彼も龍之介も気付いていないことがあった。背後にあるキャスターたちの『作品』を飾る棚に置かれた、アサシンの『骨』が、誰も触れぬままに奇妙に蠢いていたのだ。

   ◆


 戦場から全員が引き揚げた後、倉庫街の中のマンホールの蓋が一つ、内側から押し上げられた。開かれた穴から這い上がってきたのは、バーサーカーのマスター、間桐雁夜だった。
 バーサーカーに魔力を吸い尽くされ、立つこともできずにもぞもぞと蠢き、地表に転がり、乱れた呼吸を繰り返す。全身を爛れさせ、血に塗れ、体に埋め込まれた刻印虫の魔力で、どうにか生きている状態だ。
 最初の戦いでこのありさま。果たして、最後まで持つかどうか、雁夜にはまったく自信が持てなかった。だが、雁夜は絶望的な気分になりながら、決定的な絶望までは抱かない。絶望しては、桜を救えない。進むしかないのだ。
 想いを新たに、雁夜はよろめきながらも立ち上がろうとする、そこに、手が差し伸べられ、雁夜を引っ張って立たせてくれた。
 一瞬、雁夜は何が起こったかわからず、心に空白をつくった。だがすぐに、自分以外の誰かがいるということに理解がいき、慌ててその人物へと目をやった。

「酷いな。ほとんど死んでしまっているじゃないか」

 穏やかな、本当にこちらを心配している様子で、その人物は雁夜に言った。

「あ………な………?」

 その人物は、まだ17、8歳くらいの少年だった。だが、どこか普通とは違う、落ち着きのある、只者ではないという雰囲気がある。それでいて、親しみやすさ、包容力といったものがあり、雁夜でさえ、心が安らぐものがあった。
 頬を隠すまで伸ばし、頭頂部で編み込んだ、黒く艶やかな髪。女性のような優しい美しさと、力強い眼差しを併せ持った顔立ち。鍵穴型の模様をまぶし、多くのジッパーをつけた白いスーツを、細身の体にまとっている。
 少年は、雁夜を優しく支えながら名乗った。

「初めまして。俺の名はブローノ・ブチャラティ。単刀直入に言おう、俺と、俺たちと組む気は無いか?」

 それが、生きる者を救おうとする男と、死んだ者の無念を晴らそうとする男の、出会いだった。




 ……To Be Continued
2012年01月02日(月) 19:35:43 Modified by ID:/PDlBpNmXg




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