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イリヤの奇妙な冒険1


   ◆

 初めに、明記しておく。

 これは、貴方たちの知る物語ではない。
 ここは、貴女たちの知る世界ではない。
 別の『設定(ルール)』で成り立つ、『並行世界(スピンオフ)』である。
 ゆえに、絶対に異議を唱えてはならない。

 初めに、明記しておく。

 これは、『外典』である。

   ◆


   【Fate/kaleid ocean ☆ イリヤの奇妙な冒険】


   『1:Apocrypha――外典』



【魔術協会所蔵の一資料より】

 冬木市――日本国の地方都市。南側は山地。北側は海。南北に渡って流れる未遠川によって、東西に分割されている。川の東側は新都と呼ばれ、商工業地区となっており、西側は深山町といい、古くからの家屋が建ち並んでいる。
 霊脈を管理するセカンドオーナーは、遠坂家。魔道元帥キシュア・ゼルリッチ・シュバインオーグを始祖とする魔術師の家系である。
 かつては、この土地を利用して魔術儀式『聖杯戦争』が行われていたが、1930年代に行われた第3次聖杯戦争が失敗に終わった直後、儀式の基盤となる中枢が奪われ、儀式の継続が不可能となる。

   ◆


 スピーカーから、女性の声が放たれる。

『――見つけたわよ。例の〈協会〉からの刺客とかいう二人が』

 その女性がいるのは国際線が出入りする空港である。彼女は依頼主からの指示で、今回の敵となる人物の来日を見張っていたのだ。

『聞こえる? 聞こえてるのよねコレ。どうも信じられないんだけど。電気も使わずに通信できるなんて』

 女性の声が出ているスピーカーは、確かにコンセントもなく、電池が内蔵されているわけでもない。スピーカーは、古い樹木で造られた杖にくくりつけられており、その杖は円と文字、奇妙な図形で構成された、いわゆる『魔法陣』の中心に突きたてられていた。およそ科学的には決して通信などできないような代物だ。
 しかしそんな意見は、スピーカーの傍で女性の声を聞いている男からすれば愚かしく思えた。

(『我々』は俗世の連中が電話などというものを開発するより、遥か以前からこの程度の技術は持っていると言うのに)

 嘲笑しそうになりながらも、男はスピーカーの向こう側から話している女の無知を、寛大に許し、声をかける。

「ああ、通じている。問題ない。で? どうだね? 奴らの様子は」
『うーん、どう見てもハイティーンの小娘にしか見えないけれどね。一人は黒髪のツインテールをした東洋人。もう一人は金髪を、派手な縦ロールにした西洋人。なんかやけに険悪な雰囲気で、罵りあって………あ、掴み合いの喧嘩を始めた』

 女の呆れ口調の実況を聞きながら、男は事前に入手した情報が記載された書類を手にし、確認する。


「そいつらのことは取るに足りない。重要なのは『杖』だ。そいつらの荷物に、『杖』はあるか?」
『見たところ、荷物の間から飛び出しているのがそれっぽいわね。なんか低学年向けのジャパニメーションに出てくるような、玩具っぽい外見だけれど』

 男は深く頷く。それは、男が最も知りたかった情報。
 敵対するであろう、二人の少女のことなどは眼中にない。自分の『下僕』の力を持ってすれば、相手が誰であろうと、何であろうと、確実に勝てるという自信がある。
 欲していたのは『杖』。それこそは、自分の実力に絶対の自信を持つ男にさえ、未知なる領域にある存在。彼らのような人種の悲願となる技術によって、組み上げられたもの。

「まさか、このようなイレギュラーがあるとは思わなかったが、これこそは天の配剤というものか………その力、この私にこそ相応しい。必ず手に入れて見せる」

 男の手が、握り締められる。さながら、求める物が今その場にあり、それを掴んでいるかのように。

「第二魔法の産物………『カレイドステッキ』よ!」

   ◆

 キーンコーンカーンコーン

「バイバーイ」
「また明日―っ」

 鐘の鳴る、私立穂群原学園小等部。帰宅する少年少女の声が行き交う中、ひときわ急いで走る、少女の姿があった。
 たなびく髪は、白銀をそのまま細い糸にしたような、セミロングのシルバーブロンド。肌もまた雪のように白く、それでいて健康的な生命力に溢れている。その面立ちは、東洋系とは別種の、北欧をルーツとした美しさによって造形されていた。今は幼い可愛らしさが多くを占めているが、成長すれば多くの人を魅了する美貌となるだろう。
 そんな将来に大きな期待を抱くことのできる少女の、大粒のルビーのように鮮やかな紅い瞳は、キラキラと輝きながらただ一点を見つめていた。


「よっ、お疲れさん、一成。生徒会の仕事か?」

 少女が見つめる先にいたのは、小等部の隣に建つ穂群原学園高等部の校門を出たところで、自転車に乗る高等部の少年であった。オレンジに近い褐色の髪をしており、穏やかそうな印象がある。

「早いな衛宮。もう帰るのか」

 声をかけられた黒髪の真面目そうな少年、高等部の生徒会長である『柳洞一成』は、少し意外そうに応えた。

「ああ、今日の夕食当番、俺だからさ」

 褐色の髪の少年、『衛宮士郎』の言葉に、友人として士郎の家庭事情に少しは通じている一成は頷いた。

「なるほど、ちょうど迎えも来たようだぞ」
「迎え?」

 ではな、と一成が背を向けるとほぼ同時に、

「お兄ちゃん!」
「おっ、奇遇だな。お前も今帰りか?」

 銀髪の少女が士郎を呼ぶ。士郎もまた、振り向いて笑貌を見せる。

「イリヤ」
「うん! 一緒に帰ろ、お兄ちゃんっ!」

 己も名を呼ばれた少女、『イリヤスフィール・フォン・アインツベルン』は、お日様のように明るくそう言った。

   ◆

 冬木の町並みの中でも一際高いビルの屋上に、一人の男がいた。
 その肌は褐色。その髪は白色。まとう服は血の深紅。その眼差しは猛禽の鋭さ。
 およそ、平和な街並みにありようもない、人間の姿をした一振りの剣。それが、その男であった。

「なるほど………」

 その視線の先には、私立穂群原学園がある。とはいえ、男が立つビルと、学園との間には、キロメートル単位の距離があるのだが。

「どうやら、ここは私が望んだ世界で………なればこそ、決して私の望みの叶わぬ世界のようだ」

 けれど、その男の目は確実に、仲睦まじい兄妹のじゃれあいを捉えていた。
 ゆっくりとした速度で自転車に乗る兄と、それを子犬のように嬉しげに追いかける妹。
 それは、男が手に入れられなかったもの。仮に過去のやり直しができたところで、最初の最初からそこにいたる選択肢が存在しない、決してありえなかった光景。

「そうか………なら私が行うことは一つしかない」

 その平和な光景を、哀しみと切なさと、愛しさと憧れと、複雑な感情が混ざり溶けた眼差しで受け入れ、男は胸の内に決意を固める。

「この町を、守ろう。どこにでもいる、ありふれた、ただの正義の味方のように」

   ◆

「ただーいまー」

 帰宅したイリヤを、イリヤ同様に白銀の髪、深紅の双眸の女性が迎え入れる。見た目は二十歳ほどで、長い髪を家事の邪魔にならぬよう、うなじのところで束ねている。

「おかえりなさいイリヤさん。シロウも一緒ですか」
「うん、校門前で会えたから」

 イリヤと良く似た特徴を持っているが、イリヤの母や姉というわけではない。このキリリとした真面目そうな風貌の女性はセラ。衛宮家に住み込みで働いている、二人の家政婦の一人である。

「なるほど……あ、そういえばイリヤさん。先ほど宅配便が届きましたよ。品名はDVDとか書いてありましたけど……」
「DVD……? あ! そっかもう届いたんだ!」

 顔に喜色を溢れさせて、廊下を駆けるイリヤに、セラは首を傾げる。イリヤの喜びの理由は、この後すぐに判明する。

『愛と正義と仁義の死者! 魔法少女マジカル☆ブシドームサシ……見参!』

 居間のテレビに、煌びやかな映像が流れていた。

『お前の悪行もこれまでだ!』
『おのれムサシ……またしても邪魔だてするか!』

 画面では、2本のステッキを構える魔法少女が、派手な効果音を響かせて、敵対する悪の使者を薙ぎ払っていく。

「むぅ……神作画……」

 テレビの前でソファーに座り、スナック菓子をつまむという、だらけを極めたような姿で、アニメの感想を呟いているのは、この衛宮家に勤めるもう一人の家政婦であった。またもイリヤと同じくシルバーブロンドの髪をセミロングにした、紅い瞳の女性。

「あーっ! リズお姉ちゃん、勝手に見てるー!」
「お、イリヤ、おかえり」

 居間に駆けこんで早々、文句を口にするイリヤに、呑気に返事をする彼女の名は、リーゼリット。通称、リズ。
 真面目そうな家政婦であるセラとは対照的な、真面目でなさそうな家政婦である。

「自分だけ先に見るなんてひどいー!」
「これのお金出したの私」
「そうだけどー!」

 ギャーギャーと騒ぐ二人の様子を、士郎とセラは呆れて見ていた。


「何かと思えば………」
「アニメのDVDか」

 多くの人が抱く第一印象通りに生真面目なセラは、イリヤたちのみっともない口論を前に、ハンカチを目元に当てて涙を零す。

「ああ……イリヤさんも俗世に染まってしまって……奥様たちに留守を任されたというのに、これでは顔向けできません……」
「いやまぁ、個人の趣味の問題だし、そんな気にしなくても……」

 さめざめと泣くセラをなぐさめようと、士郎が声をかけるが、それは逆にセラに火を点けた。

「何を無責任な! 義理とはいえ兄である貴方がしっかりしていないからこんなことに!」
「え、怒られるの俺!?」
「当然ですっ! だいたい貴方はいつも……」

 ガミガミという効果音がしそうな、強く激しい説教が士郎へ向けられる。
 イリヤが騒ぎ、セラが気にかけ、士郎が起こられる。ここまでが、いつも通りの流れである。
 そう、いつも通りの。この家の誰にとっても、いつも通りの時間であった。

 その時は。

   ◆

 紅く染まる空。
 浮かび上がる月と星。
 そして沈む太陽と、それを見送る二つの影。

「さて、もうじき夜が来る。また戦争の時間ね」

 片側の影が、もう一つの影に向かって話しかける。もう一つの影は口を結んだまま、何も返さなかったが、話しかけた側の影は特に気にする様子もなく、言葉を続けた。

「この戦争もこれで3日目。盤面に今のところ変化はなし。脱落者もゼロ……そろそろ様子見や小競り合いの時期も過ぎて、本格的な潰し合いが始まるでしょうね」

 話す側は、眼鏡をかけた、年若い怜悧そうな美女。その服装や化粧は、薄い清廉なものであったが、纏う空気には血生臭さが濃厚に含まれていた。

「この3日で、今回の聖杯戦争にて召喚されたうち、6体の真名と、そのマスターが誰なのかは『わかっている』。わからないのはアーチャーのみ。彼だけは、真名もマスターもわからない。かなり行動的に振舞っているのにもかかわらず。この聖杯戦争のダークホースは、アーチャーになるでしょうね」

 話しかけられる側もまた女性。木陰に身をひそめ、その身の輪郭程度しか定かではないが、一振りの短刀を手の中で弄びながら、無言のまま影のように佇んでいた。

「今はアーチャーを重点的に見張りましょう。その異質さが、きっと盤面に影響を与える鍵となる」

 そして眼鏡をかけた女性が手を振ると、短刀を手にした女性の背後に、無数の人影が出現する。瞬間移動などで突然現れたのではなく、今までそこにいたのに、あまりに気配が希薄過ぎて気付くことができなかったのだ。
 無数の人影は散開し、方々へと走り去る。『アーチャーを見張る』という命令を実行するために。
 短刀を手にした女性も共に消え、残されたのは、眼鏡の女性のみ。

「あとは時計塔から刺客が来るようだけど、来るとわかっていて、名も割れている刺客では、強力であっても恐ろしくはないわね。恐怖は未知であればこそ、なのだから」

 眼鏡をかけた女性のひとりごとは、さほど的外れではなかっただろう。ただ、この直後に、異質なアーチャーよりもなお異端な、イレギュラーが投入されるということは、神ならぬ彼女に読めるはずもなかった。

   ◆


「あーうー、目が痛い……」

 日は完全に沈み、夜の帳が下りて、イリヤスフィールは充血した目を擦りながらシャワーを浴びていた。

「1クール一気観は、ちょっとやりすぎだったかな……」

 さきほどまで鑑賞していたアニメの内容を思い返しつつ、呟く。

「魔法かー」

 顔半分を湯船に沈め、ブクブクと口元から泡を吹きながら思う。

(さすがにもう魔法少女に憧れるような歳じゃないけど、あったら便利だよねー。空飛ぶ魔法とか、宿題片付けちゃう魔法とか……)

 不可能を可能にできるならば、何を行うか。イリヤスフィールはとりとめもなく、したいことを脳裏に羅列していく。

(そういえば、テレビのニュースで言ってたっけ。最近、この町で事故が多発しているって。廃工場が爆発したとか、駐車場で竜巻が起こって何十台もの車が吹き飛んだとか……そんな事故も解決する魔法とか………それに……)

 そしてそのうちに、少女の心に、ある男性の貌が浮かび上がり、思わずというふうに、その言葉を紡いでいた。

「恋の魔法、とか?」

 自らが口にした単語の意味を思い返し、そのあまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にして悶絶することになるのは、2秒後のことであった。

「な――なしなし! 今のなし!!」

 しばし騒いだ後、自分で思い付き、自分で慌てる虚しさに脱力し、壁に頭をもたれさせてため息をつく。

「はぁ……虚しい………」

 そして何気なく、視線を天井へ向ける。すると、開いた窓の隙間から見える夜空に、チカチカと瞬く光が二つ。星ではない。飛行機にしては軌道がおかしい。

「何アレ………花火、じゃないよね……まさかUFO?」

 イリヤスフィールは湯船から立ち上がり、窓を開けて、不思議な光へと目を凝らした。

   ◆

 夜空にはありえない光景があった。
 獣の耳と尻尾の形をしたアクセサリーをつけ、肩を露出したミニスカワンピースをまとった二人の少女が縦横無尽に跳び回っていた。しかも、手にしたステッキを振り回しながら光の弾丸を放ち、また、その弾丸を空中に描いた魔法陣を盾にして防いでいる。

「頭が悪くなりそうな光景ね」

 その光景を、とあるビルの屋上から見上げながら、頭痛を絶えるような表情で呟いたのは、長い黒髪を側頭部で、左右対称に丸めてまとめた美形の女性。
 身長は174.5センチ。腕には蝶とナイフをデザインしたタトゥー。多くの四角の鋲をつけたブーツと、長ズボンを履き、臍を出した短いシャツを着込んでいる。
 それだけであれば女優顔負けの魅力に満ちた、スタイリッシュな美人ではあるが、異常とまでは言えない。しかし、その女性の指先が、ほつれて糸となり、天に向かって伸びているというのは明らかに異常だ。

『なんで攻撃してくんのよコイツは! 共同任務だってこと忘れてるんじゃないの!?』
『まったく困ったちゃんですねー、結構な本気弾ですよアレ』
『ホーホッホッホ! こんな任務、わたくし一人でどうとでもなりますわ! 貴女さえいなくなれば、全て丸く収まるんですのよ!』
『マスターは人でなしと、評します』

 女性が伸ばした糸は、空を飛び回りながら光弾を放ちあう二人の少女のいる高さにまで届き、夜空に響く声を拾いあげていた。声は四種類、二人の少女と、二本のステッキから発せられている。
 普通はステッキが喋るわけもないのだが、彼女たちの持つステッキは別格である。魔道翁キシュア・ゼルリッチ・シュバインオーグが創った、桁外れの魔術礼装。並行世界への干渉を限定的に行使でき、所有者に対して無制限に魔力を供給することができる。そのあまりに強力な機能のために、みだりに使われないように精霊を宿らせており、ステッキ自体が意志を持って会話を行えるのだ。
 ただし、その精霊の正確は、あまり品行方正とは言えないようだが。

『わたくしの輝かしい未来の為に……ここで散りなさい! 遠坂凛!!』
『だーッ! ルビー! 障壁張って障壁!!』

 その様を見聞きしている女性――ランサーは、思わず呟いた。

「………あいつら仲間同士のはずよね」

 同陣営でも仲が悪いということはあるだろうが、他にも多くの敵がいる戦場に着くや、いきなり仲間同士で潰し合うというのは正気の沙汰とも思えない。
 紅色(ルビー)を基調としたステッキを持つ、黒髪の『魔法少女』の名は遠坂凛。
 碧色(サファイア)を基調としたステッキを持つ、金髪の『魔法少女』の名はルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。
 事前情報では、時計塔の中でも優秀な魔術師ということなのだが。

『そう……あんたの気持はよーくわかったわ………』

 やがて、大型の光弾を受けて、やや焦げた凛が、地獄の底から響くような低い声をあげる。受けた痛みを万倍にして返すがために、ステッキに今までになく、強い光を灯した。おそらく、最大出力で光弾を放つ気であろう。
 相手を、消し飛ばすような威力のものを。

『この場で引導渡してあげるわ!!』
『こちらも手加減しませんわよ!!』

 呼応したルヴィアもまた、ステッキに強いエネルギーを貯めていく。
 やがて二人のチャージする力が臨界点に達し、ほぼ同時に解き放とうとしたところで、

「光が、消えた?」

 光と音が消失し、夜空に静寂が戻る。
 別に二人の魔法少女が攻撃をやめたわけではないらしく、ステッキに怒鳴りつけ、攻撃を促していた。
 だが怒れる少女たちに対し、凛の手に在るステッキが、心底呆れたというふうに、ステッキにあるまじきことにため息をついてみせた。

『やれやれですねー、もうお二人には付き合いきれません』
『ルビー姉さんの言うとおりです』

 紅色(ルビー)のステッキが明るい声でありながらも辛辣に言い切り、碧色(サファイア)のルビーが静かな声で淡々と冷たく同意する。
 二本のステッキは、二人の魔法少女が、魔術協会から下された任務を協力して達成するどころか、与えられた力――『カレイドステッキ』を用いて私闘を行うという傍若無人な行いを糾弾する。
 糸を通して話を聞いていたランサーも、さもありなんと一人、頷いていた。

『ですので………誠に勝手ながら、しばらくの間、お暇をいただきます!!』
『『ちょっとーッ!?』』

 言うだけ言うと、ステッキたちは魔法少女の手を勝手にスルっと離れて、勢いよく飛んでいく。

『待てやコラァ! ステッキの分際で主人に逆らう気!?』

 ステッキから見放された少女たちは怒声を放つが、ステッキたちは心底愉快そうに笑って相手にしない。

『もっと私たちに相応しいマスターを捜してきますよー』
『失礼します元マスター』

 にべも無いステッキ――ルビーとサファイアであった。

『あ、それと凛さん。ルヴィアさん。もう転身も解いておきましたので、早く何とかしないとそのまま落下しますよ』

 飛び去っていくルビーが何でもないとこのようにあっさりと言う。
 その言葉どおり、凛とルヴィアの服装は、ヒラヒラとした魔法少女の服装ではなく、普段の私服姿に戻っていた。魔法少女でない普通の人間に戻ったということはつまり、空を飛んでいられるはずがないということで。

『だあああああッ! 落ちるーッ!!』
『おのれ許しませんわよ! サファイアーッ!!』

 凛とルヴィアは騒ぎ怒鳴りながら落ちて行った。

「………やれやれね」

 別に何をしたと言うわけではないが、妙に疲れた気分になり、女性は糸を巻き戻し、ほつれていた指を元通りにして、ステッキが飛んでいった方向へと目を向ける。
 凛たちの方は、あれでも一応優秀な魔術師だ。重力軽減魔術などを使えば、死にはしないだろう。ランサーにとってはあれも敵にあたる存在であるが、今の無様さを見る限り、評価を低くせざるをえない。凛たちに追い打ちのとどめを刺すか、ステッキを追うかの優先順位は、ステッキの方が勝った。

「行くとしましょうか。本当、やれやれって感じね」

   ◆


「あれ? 光ってないなぁ。もう終わっちゃった?」

 夜空で現れては消えることを繰り返す、謎の光を良く見るために、浴室の明かりを消して真っ暗にしたイリヤだったが、スイッチを切って窓側に戻ってきたときには、光の点滅はやんでいた。

「なんだったのかなぁ……」

 首を傾げていると、また強い光が夜空に灯る。しかも、今度は消えない。流れ星のように大地に向かって動いたかと思うと、向きを変え、そして、

「あ、あれ……なんか……」

 そう、それは近づいてきていた。それもかなりの速度で。

「近づいて………こっちに来―――」

 謎の発光体の接近に、イリヤが危機感を覚えた直後、

 パチ

 スイッチの入る軽い音と同時に、浴室に明かりが灯り、ガララという戸を開ける音がたつ。
 イリヤが反射的に振り向くと、そこには肌色があった。

「「……………」」

 そして沈黙が訪れる。

 イリヤの視線の先には、手にした垢すり用のタオルで、一番危険な部位こそ隠しているが、他は一片のぼかしもない、兄・衛宮士郎の、中々に筋肉の乗った、逞しい裸体があった。
 そして、当然のことながら、士郎の視線の先にも、白磁のように美しい肌を見せる、妖精のように美しい、イリヤの生まれたままの姿がある。

 予想だにしない衝撃の対面に、双方思考を真っ白にして、言葉を失う。
 けれど、その時間も永遠ではない。先に正気に戻ったのは、兄の方であった。

「で、電気、消えてたから……もう、あがったものかと………」

 言い訳が士郎の口から漏れるが、イリヤの耳には入らない。ただ、思春期の少女が、異性に裸を見られたという事実を、少女は認識する。

「………いっ」
「うわあぁぁ! ゴ、ゴメッ……」

 顔を一瞬にして真っ赤にし、羞恥のあまりに涙目になった妹に、士郎がとれる行動は、視線を閉ざし、心の底から謝ることだけであった。
 しかし、イリヤには外界の情報をこれ以上受け止められるほどの余裕は無い。

「いやあああああああ!!」

 当然のごとく悲鳴をあげ、既にほのかながらも膨らみ始めている己が胸を、両腕で押さえ込み、しゃがみこんだ。

 ヒュボッ

 開け放たれた窓から、接近していた発光物が、速度を緩めることなく飛び入ってきたのは、丁度イリヤが身をかがめた時であった。

 ゴオォォォォッッ!

 イリヤがしゃがみ込まなければ、イリヤの後頭部を撃墜していたであろう空飛ぶ発光物体は、

 ゴッオオオォォォンッ!

「ンなッ」

 そのまま猛スピードで士郎の顔面に激突した。

「ああぁぁ……え、えええええ!?」

 イリヤの悲鳴は、困惑の声へと変化する。

「な、何これ、何なの!? お、お兄ちゃん!?」

 仰向けに倒れ込み、鼻血を流して気絶する士郎の姿に、イリヤは慌てふためく。
 そんなイリヤに、その惨状を生み出した発光物体――いやもう光ってはいないソレは、ユラリと動いた。

「ス、ステッキ?」

 ソレは、イリヤが先ほど見ていたアニメで、主人公が振るっていた魔法のステッキのようだった。

《フゥー、避けられてしまいましたか。中々の幸運の持ち主ですね》
「喋った!?」

 しかし、さすがにアニメの中でもステッキはアイテムであり、喋ることはなかった。しかも、喋っている内容があまりに不穏なものを感じさせる。


《やれやれ、手っ取り早く済まそうと思ったんですが……まあいいでしょう》

 紅く輝くステッキは、イリヤの前に浮かび、身をくねらせてその存在をアピールする。

《はじめまして! 私は愛と正義のマジカルステッキ! マジカルルビーちゃんです!》

 パンパカパーン!!

 どこからか、高らかにファンファーレが鳴る。

《貴女は次なる魔法少女候補に選ばれました! さあ『ステッキ(わたし)』を手にとってください! 力を合わせて、(わたしにとっての)悪と戦うのです!!》

 ステッキ――マジカルルビーは、明るい声でイリヤスフィールを誘いかける。
 けれども、イリヤは突然の混沌的状況の中でも、その直感を正しく働かせていた。

(こいつは―――うさんくさい!!)

   ◆

 冬木市の西側、深山町を奇妙な人影が歩いていた。
 
 光沢の無い漆黒のローブ。黒い革手袋に、黒のブーツ。髪の一本もはみ出させていない、薔薇型の装飾をつけた、幅広の黒帽子。顔を覆う、黒のベール。
 徹底して、夜に溶け込むかのような黒色で身を固め、肌の露出は一片もない。
 寒々としたおぞましさは、西洋の怪談に登場する【死を告げる泣き女(バンシー)】や、【白い貴婦人(ダーム・ブランシュ)】といった、妖霊のようであった。

 けれどもそれよりなお異常なのは、そんな怪人が、時々通行人とすれ違うことがあっても、誰も注目することなく、記憶することもないということだった。

「―――ココダッタナ」

 やがて影の如き人物は、目的地に辿り着く。口から漏れた声は、何らかの変質を行っているらしく、不自然に甲高いものだった。

「地上ノ建物ハ完全ニ破壊サレ、地下モ塞ガレテイルナ。当然トイエバ当然カ」

 そこは草が生い茂るただの空き地であった。だが、その道に長けた者であれば、その場所には人が近寄らないように、強力な『結界』が張ってあることがわかっただろう。
 そこは、格の高い霊地である冬木の中でも、特に質の良い霊脈が通っている場所であった。200年以上前に、土地管理者の遠坂家から、ある魔術師に提供され、使用されていた土地だ。だが、永き時を生きていたその魔術師も、10年前の戦いで屋敷ごと滅びた。魔術師の血族は魔術の道から身を引き、屋敷跡の土地も手放された。
 その後、土地は遠坂家の管理下に戻ったが、遠坂家の魔術とは別系統の魔術が染み付いた霊地は、遠坂家の者が使うには不向きになっていたため、遠坂家がその霊地を利用することはなかった。以降、誰に使われることもなく、ただ結界を張られ、管理だけされていた。
 あるいは他の並行世界であれば、土地を借りていた魔術師もなお健在だったかもしれないが、この世界ではそうなのだ。どちらも見方によっては『正史』であり、『外典』である。

「10年――遊ンデイタ土地ダ。セイゼイ有意義ニ使ワセテモラウトシヨウ」

 漆黒の怪人は、張られていた結界を確認したうえで、一瞬後、それを完膚なきまでに破壊した。仮にも魔術の名門、遠坂の張った結界を、一瞬にして、である。
 並みの手際ではなかった。

「ソウ長クハカカルマイガ………世話ニナロウ」

 かくして、『間桐』と名乗る者たちの屋敷があった地に、侵入者は足を踏み入れた。



 


 ……To Be Continued
2015年06月28日(日) 22:35:34 Modified by ID:U2AS0iGpzg




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