イリヤの奇妙な冒険2
【Fate/kaleid ocean ☆ イリヤの奇妙な冒険】
『2:Bizarre――奇妙』
【SPW財団最高機密書類より抜粋】
1988年、ジョセフ・ジョースター一行は、吸血鬼ディオ・ブランドー討伐のために、エジプトへと出発した。
現メンバーは以下の4名。
ジョセフ・ジョースター――スタンド【隠者の紫(ハーミット・パープル)】
空条承太郎――スタンド【星の白金(スター・プラチナ)】
モハメド・アヴドゥル――スタンド【魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)】
花京院典明――スタンド【教皇の緑(ハイエロファント・グリーン)】
ディオは既に、多くのスタンド使いを配下にしており、刺客との激戦が予想されるため、SPW財団はジョースター一行のフォローに全力を尽くすものとする。
また、ディオ・ブランドーは『魔術師』と呼ばれる者たちとの接触を行っていることが、確認されている。『魔術師』の存在は、波紋使いや、ナチス・ドイツを通して、以前より存在は確認されていたが、極端な秘密主義である『魔術師』の情報はあまりに乏しいため、我々も『魔術師』との更なる接触が求められる。
現在、協力してくれている魔術関係者からの情報によると、ディオ・ブランドーが接触している魔術組織は、エジプトを拠点とする『アトラス院』であると思われ―――
◆
ビルの建設予定地である空き地の中央で、小さな嵐が起きていた。
ギャリンッ! ギャリンッ!
黒と赤。二つの『何か』が衝突し合うことで、衝撃波が周囲に飛び散り、土を撒き上げ、砕いて散らす。
それを、一匹の黒猫がじっと見つめていた。
(赤い方はアーチャー、黒い方はライダーだろうな)
そう思考したのは、もちろん黒猫ではない。
この黒猫は、魔術師に操られる使い魔である。黒猫が見聞きしたものは、主である魔術師にも伝えられていた。その伝わった情報から、魔術師は状況を推測する。
(今までに得た別のサーヴァントの情報と比べれば、消去法的に彼らのクラスはそうなるが……ライダーはともかく、あのアーチャーはなんなんだ? 中国風の双剣を使うアーチャーなんているのか?)
赤いアーチャーの顔は、東洋人といわれても納得はいくが、赤い外套などの格好は、あまり中国的とはいえない。しかし、武器はほぼ間違いなく中国の物で、その剣を、幾度弾き飛ばされても、次から次へと出してくる。
(服装は偽装という推測も成り立つが……駄目だな。まだ情報が足りない。武器からして、中国の英雄であるとしても、あの国の歴史は長く、英霊の数も膨大だ。特定しきれるものではない。今わかるのは、双剣を無数に使える、長距離攻撃可能な英雄であるということだけか)
そしてもう一つ重要なことは、アーチャーは理性を保っているということだ。
この聖杯戦争は、ある理由から、ほとんどのサーヴァントは理性を失っている。時計塔では、サーヴァントが理性を失う現象を、便宜上『黒化』と名付けているが、おかげでサーヴァントは獣のように戦うことしかできず、知的な戦術を組み立てられない。
命令されれば、偵察を行うこともできるが、それも機械のように命じられた場所へ行き、見聞きしたことを鸚鵡返しに報告するだけの、自動的なものだ。
実際、アーチャーの相手となっているライダーはそうだ。
けれど、アーチャーは例外的に『黒化』していない。おそらく、聖杯戦争が起こる前に起こった事態と関係があるのだろう。その事態ゆえに、この聖杯戦争で、アーチャーと、そしてランサーは、『黒化』していない。
(一方はライダー。サーヴァントの中でも、特に高い機動力を保持し、多くの宝具を所有することが多いクラスであるライダー。だが、今のライダーは突撃を繰り返す野獣に過ぎない。それでも速度と破壊力は充分脅威ではあるが)
グラマラスな肢体を、肩や太ももを露出し、体の線を強調したドレスで纏った、長身の女。長い髪をたなびかせる彼女は、絶世の美女という評価を与えられて然るべき、容姿の持ち主だった。たとえ、その両眼がバイザーで隠されていることを考慮に入れてもなお。
けれど、その美貌も、今は撒き散らされた殺意と敵意で台無しになっている。
(美女であり、なにより目を隠していることが特徴………盲目? あるいは目を隠さねばならない理由が……?)
冷静に推察しようとする魔術師だったが、頭の片隅にこびりついている、ある苛立ちが、彼の思考の邪魔をした。
(それにしても……どちらもまだ本気を出しているわけでもないだろうに、この戦闘能力ときたらどうだ? それに引き換え、僕の召喚したランサーは………!!)
魔術師は、己の召喚したランサーの『弱さ』に対し、怒りを抑えきれない。もしこの戦場にランサーを投入すれば、一分も持たずにバラバラにされるだろう。ランサーのステータスは、一般人に毛が生えたようなものなのだ。
(何が『スタンド能力』だ! あんな能力、偵察程度にしか使えない! 時計塔の刺客以外にも、組織をバックにつけた実力者が町に入っていると聞く。よっぽど上手く立ち回らなくちゃ、優勝なんて……)
内心で己がサーヴァントへの不満を吐き捨てていると、黒猫の目にする光景に変化があった。
ライダーの高速の猛攻を、双剣で巧みにさばいていたアーチャーが、一瞬上空に視線を向けたかと思うと、次の瞬間にはライダーに向けて、手にしていた双剣を放っていた。
ライダーは今まで防御に徹していた相手からの唐突な攻撃に、『驚』を覚えたようであったが、素早く身を翻し、双剣をかわしていた。
けれど、その回避の行動だけで、アーチャーには充分な時間であったらしく、アーチャーはライダーに背を向け、戦場を離脱していった。
「ガァァァァァ」
ライダーはすぐに追おうとしたが、走り出す前に動きをとめ、悔しそうに聞こえる唸り声をあげて、霊体化し、消えた。
夜の町に身を隠したアーチャーを追うのは、目立ち過ぎるし困難であると、ライダーのマスターが判断したのだろう。
(黒猫の使い魔じゃ、こっちもアーチャーを追うことはできないか)
あまり目新しい情報は手に入らなかったが、まだするべきことは残っている。アーチャーは夜空を見て、戦線離脱した。何かを見つけたのだ。戦闘より重要な何かを。
(あの方角は、ランサーのいる方角……そのくらいは僕の役に立って貰わなくちゃな。メス犬め)
◆
紅く光り輝き、言葉を発する『杖』。
柄の先端は輪がついており、輪の中には五芒星が嵌められている。輪の外輪には3対の羽根のような突起が生えており、それが指や手のように動いていた。
無機物的な外観でありながら、明るく喋り、クネクネと柄を動かす仕草は、魔法のステッキというよりは、何か奇妙な生物であるかのようだった。
(ああ、やっぱり胡散臭い!)
イリヤの顔が、嫌そうに引きつる。ありえない超常現象を目撃しながら、混乱も興奮もなく、その眼差しは非常に冷めていた。
《ああ! 今、貴女、私のことを胡散臭いと思いましたね!?》
イリヤの内心を敏感に察知した、マジカルルビーを名乗るステッキは、羽根状の突起物を、指差しのようにイリヤに突き付け、言い放つ。
「えっ!? いやあの……うん」
《ショックです! ルビーちゃんショッキン!》
いきなり言われて、思わず素直に頷いたイリヤに対し、ルビーは盛大に嘆き始める。
《ああ嘆かわしい……現代ではもう魔法少女に憧れる(都合の良い)少女は絶滅してしまったのでしょーか………》
嘆きながらも、何かたちの悪いことを言葉の影に潜ませていることが感じ取れたイリヤは、ルビーに対して同情したりはしなかった。むしろ、怒りを滲ませて、何より重要なことを口にする。
「なんだか良くわからないけど……とりあえず、お兄ちゃんの顔からどいてくれないかな」
そう。ルビーは窓を割って入ってきて、士郎の顔面に衝突してから後、ずっと気絶して倒れた士郎の顔の上に立っていたのだ。
《おや。これは失礼を。この朴念仁っぽい方はお兄さんでしたか》
「お……お兄ちゃんは朴念仁じゃないよ! ほんとに失礼だよ!」
兄への侮辱的言葉に対し、声をあげて講義するイリヤをよそに、ルビーは考え込む動作をする。
《ふーむ…………えい♪》
ヒョイと、ルビーは柄の先端で、士郎の股間部に都合よくかかっていたタオルを、捲り上げた。
「な゛ッ!?」
ソレを、一瞬とはいえ垣間見てしまったイリヤは、発音の難しい声をあげて、顔を急激に真っ赤にする。
「な、何をするの!? 変態! セクハラステッキ!!」
怒鳴るイリヤの鼻から血が垂れる。湯につかっていたために血行が良くなっていたところに、更に羞恥で顔に血が昇った結果、鼻の血管から出血してしまったらしい。それ以外ではない、ということにしておこう。
《すみませんちょっとした出来心で》
謝りながら、ルビーをさりげなく、イリヤの鼻血を吹き取る。
《………採血(認証)―――完了》
「え? 今何か言った?」
イリヤの直感が、酷く悪いことが起きていると告げる。だがルビーは華麗にイリヤの言葉を無視し、
《さて、話を元に戻しますが、やりませんか? 魔法少女! 愉しいですよー、魔法少女!》
勧誘を再開する。
「も、もう他を当たっ……」
《羽エフェクトで空を飛んだり!》
「あの……」
《必殺ビームで敵を殲滅したり!》
「ちょっ……」
ずいずいと迫ってくる魔法のステッキに押されながらも、イリヤは断固として断ろうとする。けれど、次の台詞で一瞬、彼女の心が揺らいでしまった。
《恋の魔法でラブラブになったり!》
「え?」
その一瞬を、この悪魔のごとくに愉悦を好むステッキは見逃さない。
《あ! 今、反応しましたね!? いるんですね! 意中の殿方が!!》
「い、いない! そんなのいないもん!!」
キャーキャーと興奮しながら飛び回り、イリヤを追い詰めるルビーに、イリヤは手を振りまわし、風呂の湯をバシャバシャ跳ねさせて否定する。
《ムキになるのがまた怪しいですね! 相手は誰ですか!? ベタにクラスメイトの男子とか!? 不良のレッテルを張られたクールガイとか、個性的な髪形のイケメンとか、急に黒髪から金髪に変わったハンサムボーイとか!!》
「ち、違うってば!!」
《ふーむ………はっ、さては!!》
ステッキは悪辣な洞察力を持って、察しをつける。
《貴女がフォーリンラヴってるのは……そこで伸びてるお兄ちゃんですね!?》
イリヤの白い白い肌が、よりいっそうに赤く染まる。何も言葉を使わずとも、それが明確に、ルビーの指摘が正しいか否かを物語っていた。
「ちっ……違うって言ってるでしょ!! この……」
イリヤはほとんど何も考えられないほどに正常さを失い、ただ感情のままにカレイドステッキをガッシと掴み、
「馬鹿―――ッ!!」
野球部顔負けの綺麗なフォームで、窓の外へと投げ捨てようとした。が、
ピタリ
(………あれ? か、体が………?)
投げ捨てる直前、イリヤの意志に反して、体の動きが静止する。
《うふふふふー、予想以上にちょろかったですねー》
「!?」
イリヤの手には、不気味に笑い、勝ち誇るルビーがいた。
《血液によるマスター認証。接触による使用の契約。そして起動のキーとなる………オトメのラヴパワー!! すべて滞りなく頂戴いたしました!!》
(なにそれー! 特に最後の!)
声には出せずに混乱し、そして絶望するイリヤをよそに、ルビーはどんどん事態を進行させていく。取り返しのつかない方向へ。
《さあ……最後の仕上げといきましょうか。貴女のお名前を教えてくださいまし》
「あ……う………」
何とか抵抗しようとするが、体は勝手に動き、喉から言葉が絞り出される。
「イ……イリヤ………」
名前。それはその存在の本質を意味する、最も基本的な『呪文』であるとされる。ゆえに、名前はあらゆる文化圏において、重要なものとされているのだ。無論、魔術の世界においても。
「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン!!」
その『呪文』によって、儀式は完成する。
《マスター登録完了!! いやっふー! ロリっこゲットですよー!!》
光が溢れ、魔力が放出される。
《それじゃあこのままの勢いで、『多元転身(プリスムトランス)』いっちゃいましょー! コンパクトフルオープン! 鏡界回廊最大展開!》
そして光の中から、
《新生カレイドルビー! プリズマイリヤ!! 爆! 誕!! ですよー♪》
魔法少女が、現れた。
基調は赤。
肘の上までを覆った手袋と、肩と脇を露出した、体のラインにピッチリと合った衣服。背中には妖精の羽根のようなマント。
フリル付きのスカート。膝上までを包むソックスの、ヘルメスのサンダルのような羽飾りのついたシューズ。
銀の髪はツインテールになり、それぞれのテールの根元には羽のような飾りが。
まさに、テレビアニメに登場するような魔法少女そのものであった。
「………な」
イリヤは己が姿を見下ろし、
「なああああ!? 何これー!? ホントに魔法少女なの!? 恥ずかしい! なんか凄くみっともないよー!!」
《いえいえ、キマってますよ、イリヤさん! やっぱり魔法少女はローティンがベストマッチですね!!》
うろたえ叫ぶイリヤに、ルビーはまるで悪びれることなく、褒め称える。無論、イリヤが喜ぶことではなかったが。
《どこぞの年増魔法少女モドキとは、大違いです!》
ルビーがそう断言した時だった。
「誰が……」
開かれた窓から、腕が伸びた。
「年増だってーッ!?」
まるで何かの妖怪のように突如現れた腕は、ルビーを掴み、ルビーを手にしたイリヤごと、窓の外に引きずり出した。
「きゃあああッ!?」
外に掴み出されたイリヤは、地べたに落ちて、べシャッとうつ伏せに倒れ込んだ。打った鼻を押さえながら顔を上げると、
《あらまぁ、誰かと思えば………凛さん、生きていたんですねー》
「えー、おかげさまでねー……本当に生きてるのが不思議なくらいの体験だったわ……」
そこにいたのは、ルビーがついさっき見限った元マスター、遠坂凛であった。
かなりの美少女と評価できる容姿にも関わらず、今彼女を見た者に芽生える感情は『恐怖』の二文字だけであろう。
周囲に地響きのような効果音がゴゴゴと鳴り、背後に灼熱地獄が噴出しているかと錯覚させるほどの、怒りに満ちた形相は、地獄の魔王のよう。左右の手の指を組ませて、ボキボキと鳴らしながら、怨念の籠った言葉を吐き出す。
「こっちへ来なさいルビー!! 誰があんたのマスターなのかみっちり教えてあげるわ!!」
良く見れば、赤い長袖の服と、黒いミニスカートはボロボロに汚れており、肌も少々擦り傷がある。いきなり空中から落下したため、重力軽減魔術も完璧な着地を決められるほどの助けとはならなかったようだ。
《私のマスター、ですか? そんなの教えられるまでもありませんよ》
そんな魔女の憤怒も嘲笑い、ステッキは自分を握る者を指し示し、
《こちらにおわしますイリヤさん。彼女こそが私の新しいマスターです!》
ジャーンという、わざとらしい効果音がどこかで鳴る。
「はあ!? ちょっとあんた……?」
「ちちちち違うよ! 詐欺です! 騙されたんです!」
青筋を立てる凛に、イリヤは泡を食って弁解した。
「私は何も望んでないのに何か凄いトントン拍子でこんなことに……!」
「あー……もういいわ。大体わかったから」
凛は怒りをかき消すほどの脱力感に襲われたらしく、ため息をついてイリヤを押しとどめる。
「とりあえず、そのステッキを返してくれる? ロクでもないものだけど、私には必要なのよ」
「は、はぁ……どうぞ」
凛が差し出した手に、イリヤは迷うことなくルビーを渡そうとする。
が、
「………ん?」
「あ、あれ?」
しかし、イリヤの手は、性悪ステッキから離れなかった。
《ふっふっふー、ダメダメ、ダメですよー、お二人さん。既にマスター情報は上書き更新済みなんです。本人の意思があろーとなかろーと……》
チッチッチと、ルビーは己の装飾を指振るように振り、非常に迷惑な現実を告げる。
《私が許可しない限り、マスター変更は不可能です!》
「ダッシャーーーーッ!!」
その言葉を聞いた瞬間、凛の理性は蒸発した。ルビーの先端についた輪を掴み、雄叫びをあげて、魔術で増強した筋力にまかせ、壁に叩きつけた。
ズゴンッ!
《ゆあっしゃー!?》
ルビーは壁にめり込んで奇声をあげる。それでも傷ついた様子が無いのは大したものだが、更に凛は凄まじい握力で、ルビーを握り締める。
ギギギという嫌な音をたてて、ルビーの輪が歪む。
「随分とナメた口利いてくれるじゃないルビー……! それなら今すぐマスターを変更にしたくなるように、かわいがってあげるわ!」
《相変わらず情熱的な方ですねー。そんなにあの魔法少女服が恋しいんですか?》
地獄の鬼のような殺意にさらされて、なおからかうルビーは、もはや流石と言えよう。
「恋しいわけあるかー!! あんな姿、人に見られたら自殺モンよ!!」
(わ、わたし、今、自殺モンの状況なのかな?)
確かに高校生ほどの年齢にもなって、ヒラヒラした魔法少女姿は羞恥極まる格好であろうが、現在それになっているイリヤにとっては、それこそ目から光が失われるような話しである。
《しょうがないですねー、じゃあイリヤさん。『このやろー』と思いながら、『ステッキ(わたし)』を凛さんに向かって振ってください》
「え? こ、このやろー?」
何気なく、イリヤがルビーを振るった途端、
《いよっしゃー!!》
ズビーム!!
「ギャーッ!!」
威勢のいい声をあげたルビーの先端から、激しい光線が迸り、凛へと直撃した。
「きゃーーッ!? なんか出たーーッ!?」
悲鳴をあげて身を焼かれる凛の惨状に、イリヤは涙目で悲鳴をあげる。
《イリヤさんの返答はこうです。『ステッキは誰にも渡さねぇ……国へ帰りな、年増ツインテール』》
「言ってない! 言ってないよ、そんなこと!!」
ちなみに、凛へと発射されたのは『魔力砲』。無限に供給できる魔力を、弾丸として射出する、カレイドステッキの基本攻撃方法である。
「何すんだコラーーッ!!」
立ち直った凛は、激しく叫び、イリヤに人差し指を向ける。その人差し指の先端から、魔弾が連続で発射される。
『ガンド』と呼ばれる魔術である。本来は指差した相手を病気にする呪いであるが、凛のそれは、相手を直接傷つける物理的破壊力を伴っていた。
「うひゃああああッ!!」
《おおっと仕留めそこないましたか》
呑気なルビーと反対に、弾雨にさらされ悲鳴をあげるイリヤであったが、
(……あれ?)
気付いてみると、弾丸を身にくらいながら、傷はおろか、痛みさえ感じていない。
《どうやらやる気のようですが、お忘れですか凛さん? カレイドルビーには、Aランクの魔術障壁、物理保護、治癒促進(リジェネレーション)、身体能力強化、などなどがかかっています》
すなわち、魔術であればよほど高度の大魔術でもなければ通用せず、銃弾程度の物理攻撃も無効化でき、仮に傷ついたとしても、即座に再生させられる。かつ、本気で動けば並みの攻撃は回避可能ということである。
《今や英雄にも等しきイリヤさんに、人間ごときが敵うはずありません!!》
「ちょっと! 勝手に煽らないでーーッ!!」
自分が強くなっていることはわかったイリヤだったが、だからといって平気で戦えることには繋がらない。いくら効かないからといって、殺気にさらされるのも、攻撃を受けるのもごめんである。
「はあ……やれやれね………」
調子こくステッキに対し、怒りを通り越して逆に落ちついたらしく、凛は攻撃をやめてため息をつく。そして、何気ない仕草で、ポケットから取り出した小さな宝石を指で弾いた。
「え?」
弾かれた宝石はイリヤの頭上へと飛び、次の瞬間、
カッ!!
視界を完全に真っ白にするほどの閃光が、宝石を中心に撒き散らされた。
《爆発……!? いえ、コレは……『閃光弾(めくらまし)』!!》
そう、それ自体に破壊力は無い。けれど、その目的は完璧に達成された。
「なに……何なの!? 目が……」
《! いけません! 下がってください、マスター!》
目がくらみ、何も見えなくなったイリヤに、ルビーからの指示が飛ぶが、時既に遅し。
ピタ
イリヤのこめかみに、人差し指が押し付けられる。
「え?」
「ごめん、少し眠っててね」
いつの間にか、遠坂凛がイリヤの隣に立っていた。そして、イリヤに押し付けられていた指先に、光が灯る。
障壁内部からの、零距離攻撃。
ドンッ……
鈍い音を、どこか遠くに聞きながら、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、その意識を失った。
◆
イリヤ、凛、ルビーが出会っていた頃、別の場所でもまた、別の出会いが起きていた。
「おのれ、サファイア! 初日から主人の命令に背くばかりか、マスター契約まで打ち切るなんて!!」
いささかボロボロの格好で、ルヴィアは怒りを撒き散らしていた。
「出ていらっしゃいサファイア! この辺りにいることはわかっていますのよ! 大人しく私ともう一度契約――!?」
夜の公園を見回しながら言うルヴィアの前に、木陰から一人の少女が現れた。その手には、先ほどルヴィアから離反した、ステッキのサファイアが握られ、既に魔法少女に変身していた。
少女は、静かな声でルヴィアに問いかけた。
「このステッキの持ち主ですか?」
「………何です? 貴女は」
少女とはいえ、凶悪なまでに強力な礼装であるカレイドステッキを装備している相手。警戒のレベルを最大にしながら、ルヴィアは問い返す。
「この子から話は聞きました。カードの回収は、私がやります。だから……」
風で周囲の草木がざわめく中、
「私に住む場所をください。食べ物をください。服をください……。私に………居場所をください」
少女は懇願する。血を吐くように悲愴に。
「…………」
ルヴィアが言葉を失い、少女を見つめていると、そこに横合いから新たな人物が現れた。
「何やら………奇妙なことになっているようだ」
ルヴィアと少女が、新たな声があがった方向へと顔を向ける。
「ひとつ、事情を説明してくれると嬉しいのだが」
そこには、褐色の肌をした、赤の男が立っていた。
◆
《いやー、参りました。戦闘経験の差とはいえ、こうもあっさり負けてしまうとは……これからいろいろと教育していかないといけませんねー》
ガシッ
「待てこのバカステッキ。どさくさに紛れて逃げようとしてんじゃないわよ」
《ちッ》
フラフラと飛んでいこうとするルビーを、凛の力強い手が捕まえる。
《ですが何度強要しようが無駄ですよー。ルビーちゃんは暴力には屈しません! 私の新しい『マスター(おもちゃ)』はイリヤさんに決めたんです!》
ふざけているようであったが、声には掛け値なしの本気が籠っていた。ルビーは何をどうしようと、己の意志を曲げることは無いだろう。ルビー以外の全員にとって迷惑なことに。
「あっそ、それならそれでいいわ」
《あら?》
しかし、凛はあっさり納得すると、ルビーを放り棄てる。そして、壁に背をもたれて座り、まだ眠ったままのイリヤを揺り動かした。
「ホラ起きなさい、イリヤ。手加減したんだし、怪我も無いはずよ」
「あ……う…?」
イリヤが目を開く。
「どう? 意識ははっきりしてる?」
「う、うん……うわ、裸に戻ってる」
変身が解け、魔法少女のコスチュームが消えていることを悟ったイリヤは、頬を赤く染める。凛がかけてくれたのか、バスタオルで体は隠されているが、家の外であるべき格好ではない。
そんなイリヤを見下ろしながら、凛は頭痛をこらえるように頭に手を当て、渋面でため息をついた。そのため息に、イリヤは非常に嫌な予感を覚える。
「あーあ……こんな小さい子を巻き込むのは本意じゃないんだけどねー」
「え? え?」
話が見えず、けれど、自分にとっていい話ではないであろうと直感的に悟り、イリヤは慌てた。
「いい? 今から大事なことを言うから良く聞きなさい」
ビシリと、凛は銃口を向けるかのようにイリヤを指差した。その視線は強く、有無を言わせぬ言霊で、彼女はイリヤに告げる。
「命じるわ――貴女は私の、『奴隷(サーヴァント)』になりなさい」
かくして―――
「拒否は却下よ! 恨むならルビーを恨むこと!」
「………は?」
イリヤの奇妙な冒険が始まった。
……To Be Continued
2015年06月28日(日) 22:43:22 Modified by ID:U2AS0iGpzg