イリヤの奇妙な冒険4
【Fate/kaleid ocean ☆ イリヤの奇妙な冒険】
『4:Debut――初舞台』
【ある魔術師と殺人鬼の会話】
『敵は【スタンド使い】……そう言ったか?』
『ああそうだ。どんな奴らなんだ? 藤乃みたいな超能力者か?』
『私も詳しくは無いが、知っている限りのことは教えてやろう。彼らは超能力者ではあるが、彼女のものとは違う。私は、ああいう【選ばれた者だけの力】っていうのが一番嫌いなんだが……だからといって、見くびるつもりはない』
『見くびれないような相手、ということか?』
『まず【スタンド】とは、精神のエネルギーが形となり、像を作ったもの……ひとまず、守護霊や使い魔、式神のようなものと考えればいいだろう。形や力はそれぞれだが、基本的に使い手でない者に【スタンド】は見えないし、【スタンド】は【スタンド】でしか破壊できない』
『眼に見えない力に襲われる、か。そこまでだったら、起こしていることは念動力とそう変わらないな』
『ああ。お前の魔眼なら見えるし、その死を突くこともできるだろう。けどそれだけじゃない。【スタンド】はそれ以外に特別な能力を所有している。炎を操ったり、鉱物に変身したり。魔法に近い能力も存在するらしい』
『なるほど……なかなか楽しめそうだな』
『とはいえ、【スタンド】は基本的に一人一能力の、専門馬鹿だ。魔術ほどに応用は利かないし、多くの場合、単純な力なら、浅上藤乃の方がよほど強い。はっきり言って、総合的に見た力量は、今までお前が相手にしてきた奴らと比べれば、高いとはいえない。しかし――』
『しかし?』
『【スタンド】と他の超能力の違いは、【スタンド】は精神が形になったものであるということだ。他の超能力が、別次元の法則とたまたま繋がっていたり、人外の血を引いていたりして発現するのと違い、【スタンド】は能力を発現させるに足る、精神の強さが必要になる。その精神が、彼らの最も恐ろしいところだ』
『精神の強さ? 漠然としてるな。具体的にどう強いんだ? 幹也だったら、《もしも自分がウイルスに感染して、それが原因で多くの人間が死ぬのなら、そうなる前に自殺する。けれどそれは自分が、世界を敵に回す強さが無い、弱い人間だからそうする》と、いうところだが』
『ふうん。あいつの言いそうなことだが、その話を聞いて、いい例が浮かんだぞ。【スタンド使い】の性格に近い、歴史上の人物がいる。メアリー・マロンって女を知ってる?』
『………いいや。軍人か何かか?』
『いいや、家政婦だよ』
『は?』
『実在した究極の選択。世界を敵に回しながら、決して自分の生き方を曲げようとしなかった、どこにでもいる平凡な賄い婦。幹也が仮定として語ったことが、実際にその身に降りかかった女性………通称【腸チフスのメアリー】』
◆
「お、ちゃんと来たわね」
深夜の校庭に立つ凛は、なんら気負いなく、やってきたイリヤに声をかけた。
「そりゃあんな脅迫状出されたら……」
「え?」
「え? ………いや、何でもありません」
あの手紙で脅す気が無い方がおかしいと思ったが、どうやらおかしい方だったようだ。悪気が無いことが免罪符になるわけでもないが、疲れるだけになりそうなので、イリヤは突っ込むのはやめにした。
「ってか、なんでもう転身してるのよ?」
逆に、凛はイリヤが既に魔法少女姿になっていたことに突っ込みを入れる。
《さっきまで色々と練習してたんですよー。付け焼刃でも無いよりマシかと。とりあえず基本的な魔力弾射出くらいは問題無くいけます。あとはまぁ……タイミングとハートとかでどーにかするしか》
「なんとも頼もしいお言葉ね……正直かなり不安ではあるけど………今はあんたに頼るしかないわ。もうじき、対戦相手が来るはず………準備はいい?」
「う、うん!」
ルビーからランサーとの決闘の話は聞いていたイリヤは、恐怖心を抑えて、覚悟を決めて頷く。
「まあ、流石に一般人を巻き込んだ責任もあるし、負けても貴女の命だけは失わせないように、努力するわ………まだかしらね」
凛は腕時計を見て、時間を確認する。0時は既に過ぎていた。
「すっぽかされた………?」
イリヤがそう呟いた時だった。
「いいえ、ずっと前からいたわ。凛、だったかしら、貴女がここに来る前からね」
サッカーのゴールに持たれるように、ランサーが立っていた。先ほどまでは誰も見えなかったのに、今は腕を組み、堂々とこちらを見つめている。
美しく、若々しく、それでいて歴戦の戦士の風格を感じさせる佇まい。その腕に施されたタトゥーのように、蝶の優しさと華麗さ、ナイフの強さと鋭さを、併せ持ったような女性であった。
「………思ったより影が薄いのね、気付かなかったわ」
凛は不敵に笑ったが、額には冷や汗が浮かんでいる。今まで全く気付かなかったということは、下手をすれば、気付かないうちに暗殺されていたかもしれないということだ。
「ランサーって言っていたけど、アサシンの間違いなんじゃない?」
「適正はあるかもしれないけど、嘘は言っていないわ。私がランサーなのは間違いない」
ランサーは答えながらイリヤたちに向かい、歩を進める。
「で………そこの子、貴女、名前は?」
「イ、イリヤ……イリヤスフィールです」
「イリヤ……ね。ねえ、貴女、私と戦うことになるわけだけど、戦い、やめる気はない?」
「え?」
「はあ!?」
唐突な提案に、イリヤの目が丸くなり、凛の目が尖る。
「貴女だって、戦って怪我したいわけじゃないでしょう? どーも、巻き込まれただけみたいだし、貴女がそっちの味方である理由って無いじゃない。そのステッキは中々素敵な性格しているみたいだけど、貴女が本気で抵抗すれば、少なくとも戦場に駆り出されることは防げるんじゃないの? 私も、女の子に乱暴とかしたくないし」
《ふーむ。私としても、魔法少女は血生臭い戦いよりも、夢と愛にキャッキャウフフしている方が私の好みですねー》
ランサーの意外な提案に、ルビーまでもが好意的な反応を示す。
「そこのバカステッキ! あんたまたしても裏切る気!? 大師父からの任務を何だと思ってんの!?」
凛は当然のごとく、ルビーに指を突きつけて怒声をあげる。
《任務を受けたのは凛さんであって私じゃないですよーだ。ま、判断はイリヤさんに任せますよ。どうします? イリヤさん》
「私………私は」
イリヤは一度、目を瞑り、深呼吸をして、目を見開く。そして、ランサーへ答えた。
「私は戦う! 折角、魔法少女になったんだから!」
それは、ただの子供のわがままであったかもしれない。イリヤはまだ何も知らず、何もわかっていない。ただ、魔法少女という非日常への憧れだけで、やっていると言える。命がけの危険な作業を、そんな憧れだけでやるのは間違っているかもしれない。
けれど、それでもイリヤはやめたくないのだ。何もわからないまま、何もしないままで、嫌かどうか、危険かどうか、それさえ理解しないまま、やめたくはないのだ。
「………そう。じゃあ、仕方ないわね」
ランサーは、イリヤの答えに応え、両腕を胸の位置に上げて、ボクシングのような構えをとる。
対して、イリヤより先に凛が動く。
「Anfang(セット)――!」
凛は三つの赤い宝石を取り出し、投擲する。
「爆炎弾三連!!」
宝石は火を噴き、炎を撒き散らし、爆風を放つ。炎の宝石弾を使用した攻撃魔術である。
轟音と閃光に、イリヤの五感が一瞬眩む。
「す、凄い、これならやったんじゃ……」
《いえ、そんな甘い相手じゃありませんよー》
土と煙が蔓延して濁っていた視界が、徐々に晴れていき、校庭の土が抉れ、焼け焦げているのが見えた。だが、そこにランサーの姿は無い。
「あ、あれ? どこに」
《! イリヤさん!》
その時、イリヤの脳裏に嫌な過去がよぎった。遠い過去じゃない。つい昨日の夜。
それは、凛との――
(もう隣に――!)
イリヤは、とっさにステッキを振るった。脳裏には、さっき練習した通りの、攻撃のイメージ。侍が居合抜きをするように。
カッ!!
幾つもの魔力弾の光が放たれ、校庭を打ちすえる。爆発一つ一つの威力は、さきほどの凛の魔術に匹敵するほどで、しかも数は数倍であった。
「………やるわね」
そんな声が、イリヤの耳に届いた。首を動かせば、五、六歩ほども離れた場所に、左腕を抑えたランサーがいた。左腕からは血が流れ落ち、傷を与えたことは確かであった。
イリヤは、近くに残された足跡を見て、さっきまで、すぐ隣にランサーがいたことを確認する。
(あ、危なかった。昨日、凛さんに同じようなやり方で気絶させられてなかったら、やられてた!)
安堵するイリヤであったが、まだ戦いは終わっていない。ランサーが動き出す。
「やっぱり魔力弾はサーヴァントに有効のようね……というわけで、戦闘は任せるからよろしくッ!」
「えっ! ちょっとまっ」
いきなりこちらに丸投げしてきた凛に、イリヤは泡を食うが、そこにルビーの指示が飛ぶ。
《イリヤさん! 撃って!》
「う、うんっ!」
こちらに迫るランサーに、魔力弾を放つ。しかし、ランサーは複数の魔力弾を冷静に見据え、身をかわし、イリヤの死角へと回り込もうとする。
イリヤは背後に回られぬよう、自らも回転し、ランサーと相対し、魔力弾を放ち続けるが、当たらない。身体能力が強化されたイリヤを持ってしても。
「うわっ、すばしっこい!」
《いえ、確かにランサーは速度を武器とするタイプのクラスですが、彼女はそこまで速くはないようです》
ルビーには、今回の任務の為にゼルレッチ翁が取り付けた、英霊用のセンサーがある。近くでなら英霊の気配を感じ取ることができ、ステータスを見ることもできるのだ。
《ランサーの速度は、せいぜいCクラス。彼女の回避能力は速度というより、事前にある程度、どういった攻撃が来るか、読めているようです……【心眼】や【直感】辺りのスキルでしょうか………》
戦場から離れて、運動会で子供を見守る母親のように、校舎の影から戦闘を見守っていた凛は、この戦況は不味いと判断した。
(ランサーは、魔術に対する耐性は低いようだけど、予知能力に近い何らかのスキルがある。弾数に限りがある私の魔術では不利……理性を失っていれば、私だけでも勝てたでしょうけど)
ランサーは、聖杯戦争が始まるより前、時計塔の執行官によって討ち取られたサーヴァントだ。理性を失っていたというランサーは、執行者によって、一撃で倒され、カードにされたという。
(ただし、一撃を入れられる瞬間、カウンターで執行者にも一撃入れて、数瞬、その意識を飛ばしたと、報告にある。執行者の攻撃が霊核を貫いていなければ、敗北していたのは執行者の方だったと)
勝負は始まってから一瞬でついた。だが、どう転んでもおかしくない勝負だったということだ。
(一瞬で勝負がついたがゆえに、ランサーの手の内は不明。しかも、理性のある彼女はかなり頭脳的なようだし……)
凛は宝石を手に握り、横合いから攻撃する隙を窺う。だが、イリヤの周囲を回り、飛びかかるタイミングを見計らっているランサーは、同時に凛に対しても注意を怠っていないようだった。背中からでも隙が見つからない。
「ど、どうしよう」
《砲撃タイプでは捕らえきれません。散弾に切り替えましょう。見えていても避けられない攻撃を。イメージできますか?》
「やってみる!」
イリヤは思い切り良く、力を解放する。降り始めてから数秒でびしょ濡れになるような、激しい豪雨のイメージで。
「散弾!!」
校庭の半分を覆うほどの大量の魔力弾が現れ、ランサーの頭上から、まさしく雨のように降り注いだ。耳を打つ轟音と、凄まじい土煙があがる。
「や……やった?」
《いいえ、散弾にして数を多くした分、威力は下がっていますから、おそらくはまだ……追撃を》
ルビーがイリヤに、更なる攻撃を指示した時だった。
「さてお嬢さん」
土煙の向こう側から、ランサーの声が聞こえた。戦闘経験の無い少女は、思わず敵の言葉に耳を貸してしまう。
「えっ」
「クイズの時間よ」
土煙が収まり、ランサーの姿がはっきり見え始める。そして、そのランサーの姿を見て、イリヤは驚き、思考を止めてしまった。
「私の左手はどこへ行ったのでしょう?」
ランサーの、左の手首から先が失われていた。
だが、イリヤの魔力弾でちぎられたわけではない。痛みを堪えるような表情ではなかった。
そして、イリヤが混乱している中で、
ヒュルルルルルルルッ
もがり笛のような、甲高い、空気を切り裂く音が起こる。
「え?」
「何、この音は?」
イリヤだけでなく、凛もその音の正体がわからずに困惑する。そして次の瞬間、
バシィッ!!
「キャッ!?」
イリヤの体に、鞭打たれるような衝撃が与えられた。そして、彼女は自分が細い糸で締めつけられ、拘束されたことを理解した。そして、釣り糸にかかった魚のように、グイと引きずられ、ランサーの側へと寄せられる。
「チェックメイトって奴ね」
そして、ランサーの右手が、イリヤの襟元を掴みあげていた。ハムのように縛りあげられたイリヤは、ステッキを動かすこともできない。
「いたたた!」
《いきなり拘束プレイですか! まだイリヤさんには早いですよー》
「まだって、いつかはやるつもりなの? まあ冗談はともかく」
糸が更に締め上げられる。
「ぐ、っぐぐ、苦し、い、息がぁっ」
「死にはしないわよ。けど妙な動きするようだったら、骨の2、3本は折らせてもらうわ。凛……貴女の方も、動かないように」
「クッ」
完全にイリヤは人質に取られた。凛はランサーの言葉に表情をしかめる。
凛はランサーへの認識が間違っていた事を悟った。魔術師や暗殺者でもなければ、英雄というものは、有り余る力を持ち、正面からその圧倒的な強さを叩き込んでくるものと思い込んでいたのだ。このような、策を巡らし、最小限の力で最大の効果を発揮するような戦法をとってくるとは、思っていなかった。
イリヤを縛る糸は、ライダーの失われた腕の付け根から伸びていた。ライダーは自らを糸に変え、イリヤの周囲を回りながら、糸を地面に垂らして、糸の輪による結界を張っていたのだ。そして、頃合いを見てイリヤに声をかけることで隙をつくったうえで、糸を引き絞り、輪を狭めて、イリヤを捕らえた。
罠で小鳥を捕らえるように。
(腕を……糸に変えた? そんな逸話の英雄……いえ、糸と限定しなければ、変身・変化の術を使ったという英雄はいる。まだ判断することはできない……それより、どうする? 状況は圧倒的に不利。けど、相手は理性があり、交渉は通じる。この状況を打開しないと……)
凛がどうにか策を捻り出そうとしていると、その場の誰も、予想していなかったことが起こった。
「―――――――ッッッ!!!」
雄叫び。
獣の、雄叫び。
凛の張っていた『人払いの結界』が突き破られ、暴力が振り撒かれた。
それは、凛たちの倍ほどもある巨体の益荒男。いや、いっそ二足歩行の魔獣と言っても過言ではない。その眼に理性は無く、ただ破壊をもたらす狂気だけがある。
大岩を乱暴に削って形にしたような、荒々しい剛腕。無造作に伸ばした黒い髪。上半身は裸であったが、その盛り上がった筋肉は、鋼鉄の鎧よりも遥かに強固であると思われた。
走るだけで大地が砕け、震える。雄叫びに大気が怯え、引き千切られる。
鉛色の巨躯が、弾丸のような鬼気迫る速度で、ランサーとイリヤへ肉薄する。
ランサーもイリヤも、ルビーでさえも、その迫力に言葉も出ない。
「――――ッッ!!」
突如乱入してきた筋肉の塊のごとき人型は、ランサーとイリヤに、斧剣を振りおろした。
バゴォッ!!!!!
ランサーとの戦いで幾度も起こった魔術や魔力弾が起こした爆音を、全て束ねたよりも巨大な音が響く。一撃で、校庭に深く大きな穴が開いた。爆発物を使ったとしか思えぬ、剣撃で出来てはいけないような威力であった。
「うっ、ううっ………」
《イリヤさん! 大丈夫ですか!?》
ルビーの声に、イリヤは震えながらも口を開く。
「う、うん。ど、どうしたんだっけ、確か……」
巨人の一撃が繰り出された瞬間、イリヤは空に放り出された。体を締め付けていた戒めが消え、そして地面を転がって―――
「あ」
地面を見れば、そこには倒れ伏したランサーがいた。その右足の脛を深く傷つけられて、ほとんどちぎれかけていた。ドクドクと血が流れ出している。
「うぐ、ぐ、ぐ………」
ランサーの口から呻きが漏れ、どうにか体を動かそうと身を震わせる。しかし、その身は動かない。
大口径のマグナム弾によって撃たれると、急所を外れていても、血管を衝撃が走って心臓にまで届き、心臓麻痺を引き起こすと言う。
足を切り裂いた攻撃は、それだけでランサーの全身に凄まじい衝撃を与え、四肢を一時的に麻痺させていた。
「――――ッッッ!」
巨人が、再び斧剣を振り上げる。今度さきほどの一撃を繰り返されれば、ランサーは原形を残さず、芥子粒のように磨り潰されるだろう。
「ぐ、は……やれやれ………ね」
それでもランサーの表情に諦めはなかった。最後の最後まで足掻こうとする、覚悟があった。
(いけ好かないマスターに見せたく無くて、スタンドを攻撃に使ってこなかったけれど………こいつ相手では、全力を出しても対抗できるかわからない)
ランサーは、敵の挙動から眼を逸らさず、反撃のチャンスを待つ。たとえ1%に満たない可能性であっても、勝負を投げ出す理由にはならない。諦めて、死んでいい理由にはならない。
それが、ランサーの戦いの常であった。
一瞬即発、そして、動けば奇跡でも起こらない限り、ランサーは死ぬ。
それが、イリヤにも理解できた。
「こっちに来なさいイリヤ! 逃げるわよ!」
凛が叫んでいる。そう、それが正しい。イリヤは状況を見て、理解していた。これ以上この場にいることは、自殺行為である。
けれど、
「――駄目ッ!」
イリヤは全力で魔力弾を放った。
イリヤは状況を見て、理解していた。
自分が放り出されたということ。
自分が拘束から解放されているということ。
自分が無傷だということ。
ランサーが傷つき、倒れているということ。
それらの状況は、ランサーが自分を投げ飛ばして、助けてくれたことを意味していた。
だから、ランサーが死ぬことを、見過ごすわけにはいかなかった。
ゴッ!!
魔力弾は、赤く光る狂眼と、鋼をも食いちぎりそうな歯の並ぶ口を備えた頭部に、直撃する。今夜放った中でも、最も強力な魔力弾であった。けれど獅子の如き面相には傷一つつかず、ただ、その視線をランサーからイリヤへと移しただけだった。
「―――――ッッ!!!」
頭上にまで振り上げられた斧剣は、ゆっくりと降ろされ、肩の位置になったところで静止する。その構えは、振り下ろすのではなく、横一文字に薙ぎ払う構えであった。
巨人は、ランサーとイリヤを一度に切り裂くつもりなのだ。何本もの雑草をまとめて刈り取るように。
「ひ………」
《イリヤさん! 退避です!》
「早くこっちへ!! ダメ元でカウンターを当ててみる!」
絶体絶命のピンチに、ルビーが流石に焦った様子で指示を出し、凛も、攻撃魔術を練りながらイリヤへ駆けよってくる。
ランサーもまた、痺れる四肢を強引に動かし、身を起こしていた。
だが、どれもが間に合わない。
ドゴウッ!!
「―――ッ!!?」
嵐のような一閃が放たれんとした瞬間、その武器を握りしめた腕が爆発した。
魔力砲も意に介さなかった巨人の腕が傷つき、血を流す。突然の出来事に、流石の巨人も動揺したようだったが、その後の反応は素早かった。瞬時にその場から、飛び退き離れる。
ドォンッ!!
直後、巨人のいた場所で爆発が起こる。
それは、上の方から飛来した一本の矢によって、引き起こされた爆発であった。
「―――――!?」
巨人が頭上を見上げる。
イリヤ、凛、ランサーも同じく見上げた。
人のいなくなった、無灯の校舎の屋上に、人影があった。
イリヤの強化された視力には、その姿がはっきりと見える。
褐色の肌。
白色の髪。
赤色の外套。
鷹のように鋭く射抜く眼光。
逞しくも、しなやかな筋肉。
そしてどこか見覚えがある。
そう、印象は全く違うが、凛に初めて会った夜、見せられたサーヴァントの絵に酷似していた。
「アーチャー……」
イリヤは意図せず、そう呟いていた。
◆
「ちい………カスみたいな弓兵が、余計な邪魔を……ッ」
学校を囲む塀の外で、魔術師イクス・オンケルは、歯ぎしりして悪態をつく。
後少しで、サーヴァントを1体始末し、カレイドステッキも手に入れられたというのに。
「だが、我がバーサーカーは最強だ。バーサーカー! そのアーチャーも始末し、私にカレイドステッキを持ってくるのだ!」
この聖杯戦争の主催者であるオンケルは、最初から最強の駒を引き当てることができた。冬木の町の魔力の歪みを計測し(正確には、時計塔が計測した図表を盗み取った)、最も魔力の強いカードを選んで、そのカードを媒介としたサーヴァントを、自分のものにすることができた。
本来なら、バーサーカーは最も魔力供給の激しいサーヴァントであるが、カードが自動的に魔力を吸い取って補充してくれるので、凛にも及ばないオンケルの魔力でも、バーサーカーを維持できる。
「サーヴァントを始末した後は……あの時計塔からの魔術師を『強制捕虜収容所』に入れてやるか……。たっぷりかわいがってやろう……」
オンケルは陰惨な笑みを浮かべて、血の染み付いた愛用の鞭を撫ぜた。
◆
「バーサーカー………いの一番に、最強を相手にすることになるとは、彼らも運が無いな」
アーチャーの左右の手に、虚空から中華風の剣が現れる。片方は黒、片方は白。陰と陽を現す、雌雄一対の片刃の剣。
双剣を握り、アーチャーが夜空に跳んだ。
翼のように両腕を広げた姿勢で、重力に従い落下する。着地位置には、巨人――バーサーカーが怒気を放っていた。
「――――ッ!!」
バーサーカーが振るった斧剣を、アーチャーは重力加速によって強化された双剣の斬撃で受け止めた。それでもバーサーカーの斧剣の方が威力に勝り、アーチャーの体は木の葉のように吹き飛ばされる。
アーチャーは空中で3度回転し、スタリと着地する。丁度、凛の隣に。
「あ、貴方」
「はじめまして。私の名はアーチャーという……と、言っている場合ではないな。提案があるのだが……ここは私に借りをつくらないか?」
すました顔で、アーチャーは凛に話しかける。
「私がこの場を抑える。私も死にたくはないから、数分程度だが、君らが逃げるくらいの時間は稼ごう。結界の張られた学校さえ出れば、町中で追いかけることはできまいよ。無論、いずれ借りは返してもらう。幾らで返すか、は君の自由だが、しかし君の命の値段だ。安くはすまいな?」
「え? い、いきなり何を……」
アーチャーと凛が話している間に、バーサーカーが走り寄ってくる。暴走する機関車以上の迫力で、斧剣を振り上げる。
対するアーチャーは、手にした双剣をバーサーカーに投げ放った。回転して飛ぶ剣を、バーサーカーが叩き落としている間に、アーチャーは凛を抱えて跳躍する。
「ちょっ……」
「見ての通り、あまり余裕はない。判断と返答は迅速にお願いする」
跳躍したアーチャーが、今度着地したのはイリヤの傍だった。
「あ、あの? わ、私はイリヤです。た、助けてくれてありがとうございましたっ!」
混乱しながらも、自己紹介とお礼を言うイリヤに、アーチャーは微笑み、
「これはこれは、どういたしまして。この場で一番礼儀正しいのは君のようだ」
そう言って意地悪く、凛へ、次にランサーへと、視線を向ける。
「うっさい! それより早く降ろしなさいよ!」
「まったく、助けたというのに随分な言い様だな。それで、返答は?」
アーチャーが手を離し、凛を解放すると、凛は怒りか羞恥か、あるいは両方の理由で顔を赤くしながら答えた。
「わかった。この借りはいずれ返すわ。けど、私が踏み倒すとは考えないの?」
「ほう? 君はそんなに誇りに欠けた人間なのかね?」
逆に問い返され、凛は渋面をつくる。凛というより人間が、借りっ放しを嫌う人間であると見透かされているようだ。
「……ああもう、わかった。わかったわよ! この借りは、利子付けて返してやるわ!」
「それは頼もしい。期待していよう」
アーチャーが頷くと、彼の手からは失われた中華剣が再度出現する。そして、鉛色のバーサーカーに、臆することもなく斬りかかっていった。
「逃げるわよイリヤ!」
「う、うん! あ、あの、ランサーさん!」
学校の敷地内から出るために走り出す凛に返事しつつ、イリヤはランサーへと目を向けた。
ランサーは、バーサーカーに斬られた脛を、糸で縫い合わせて繋ぎ、何とか立ち上がっていた。
「貴女も! 助けてくれてありがとうございましたっ!」
「………こっちも助けてもらったから、お互い様よ。けど、次はまた敵同士だってこと、忘れないことね」
照れ臭そうにそっぽを向き、ランサーは凛の走る方向とは別方向に走り出した。その動きは、足に深い傷を負っているとは思えない動きだった。精神の強靭さが、肉体的苦痛を超えているのだろう。
「イリヤー! 早く!」
「はーい!!」
後ろ姿を見送っていたイリヤは凛に急かされ、自らも駆け出した。後ろ目で、バーサーカーと戦うアーチャーを一度見る。
そこでは、まさに神話の如き戦いが展開されていた。一撃一撃が、兵器のようなバーサーカーの猛攻を、アーチャーは巧みに受け流し、紙一重で受け止めている。常人では眼で追うことも敵わぬ速さで、二つの人型は激突していた。
(あれが、サーヴァントの、英霊同士の戦い……私が、挑む戦い………)
イリヤはようやく自分の置かれている状況を認識した。
死と隣り合わせの世界。
けど、それでも、
(同じ、死ぬかもしれない所にいても、あのランサーさんは……)
バーサーカーという巨大すぎる暴力を前に、倒れ伏しながら、それでもなお、抗っていた。
それでもなお、その魂は、立ち向かっていた。
(あの人も敵なんだ。敵なんだけど……なんだろう。あの姿を思い出すと、勇気が湧いてくる)
イリヤスフィールは、まだ、魔法少女をやめるつもりはなかった。
憧れていただけだったものが、形になって見えてきていたから。
……To Be Continued
◆
【CLASS】ランサー
【マスター】?
【真名】?
【性別】女性
【属性】中立・善
【ステータス】筋力D 耐久C 敏捷C 魔力D 幸運E 宝具?
【クラス別能力】
- 対魔力:D
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
【保有スキル】
- 黄金の精神:A
常に十全の精神状態で戦うことができ、本来の実力以上の能力を発揮させることができる。本人以外にも影響を与え、周囲の味方の精神状態を安定させる。
- 凄味:A
- 心眼(真):A
- 気配遮断:C
自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく下がる。
- スタンド能力:EX
詳細不明
【宝具】
詳細不明
◆
【CLASS】バーサーカー
【マスター】イクス・オンケル
【真名】?
【性別】男性
【属性】混沌・狂
【ステータス】筋力A+ 耐久A 敏捷A 魔力A 幸運B 宝具?
【クラス別能力】
- 狂化:B
【保有スキル】
- 戦闘続行:A
- 心眼(偽):B
- 勇猛:A+
- 神性:A
【宝具】
詳細不明
◆
【CLASS】アーチャー
【マスター】?
【真名】?
【性別】男性
【属性】中立・中庸
【ステータス】筋力D 耐久C 敏捷C 魔力B 幸運E 宝具?
【クラス別能力】
- 対魔力:D
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
- 単独行動:B
ランクBならば、マスター不在でも2日間現界可能。
【保有スキル】
- 心眼(真):B
- 千里眼:C
ランクが高くなると、透視、未来視さえ可能になる。
- 魔術:C−
【宝具】
詳細不明
2015年06月28日(日) 22:49:42 Modified by ID:U2AS0iGpzg