剣VS弓��
「っ……………！」
天から降り注ぐ彗星の如きセイバーの一撃。
英霊とはいえ人の身で受けられるものではない。
ようやく繋がった脚の神経が悲鳴を上げる。
神経だけではない、骨や筋肉が音を立てて軋む。
それはまるで全身が上げる声無き断末魔。
砂埃を上げながらアーチャーの巨体が背後へと押され、そして―――。
『良い子のみんなー！ タイガー道場のコーナーが始まるよー！』
掲げられた怪しげな掛け軸と、そこに響くコミカルな大声。
そこは道場でありながら本来持つ神聖さなど微塵も感じさせない異空間。
『今回の敗因はセイバーと真っ向から戦っちゃった事ね。
もうダメじゃないの、アーチャーはそういうキャラ向いてないんだから』
言いたい放題の袴姿の道場主らしき女性の存在が異様さに拍車を掛ける。
『騙して、裏を斯いて、罠に嵌める。
小物は小物らしく、セコく狡賢く強かに自分の生き方を貫きましょう』
言われなくても分かってる。
だが、こんな遭遇戦で十分な準備なんて出来る訳がねえ。
ましてやこちらは手負い。
アサシンも逃した今、いつもなら逃げ出している所だ。
それがベストだと理解している。
だが………！
脳裏に浮かぶファンキーな死後の世界を頭の片隅に追いやり、地を滑る足を踏み留める。
限界を超えた神経が次々と断線していく。
それでも逃げる事も避ける事も許されない。
俺の背後には守るべきマスターが―――、
「アーチャー！ そのまま！」
―――輝く宝石をその手に振りかざし立っていた。
それは本人が自慢げに語っていた十個の切り札の一つ。
直撃すればサーヴァントでさえも倒し得る魔力の塊。
確かにそれならばセイバーを倒せるかもしれない。
―――――って、あのアマ……！
まさか俺ごとセイバーを殺る気か―――！？
互いに拮抗した態勢では俺もセイバーも避ける事は出来ない。
少しは骨のある奴だと思っていたのに、やっぱり日本人は信用できねえのか……！
目前に迫る死の予感に、頭の片隅に追いやった筈の女が『おいでおいで』と俺を手招きをする。
宝石に蓄積された魔力が暴風へと変わっていく……！
解放されたそれは家屋さえも吹き飛ばす程の破壊力を秘めている。
あいつの闘法を思い起こさせる程の暴力を前に全身が凍りつく。
撃ち出される宝石。
それと全く同じタイミングでマスターの腕も輝きを放つ。
否。腕ではなかった。
それはマスターの体に刻まれた契約の証。
サーヴァントを律する三つの絶対命令権、令呪の輝き―――。
「アーチャー！ 消えて！」
空間さえも捻じ曲げてマスターの命令が遂行される。
アーチャーの体が一瞬のタイムラグも無くその場から消え失せる。
そして放たれた魔力の渦は標的であるセイバーだけを飲み込んだ――――！
一瞬の浮遊感。
それは世界のあらゆる束縛から解放されたような不思議な錯覚。
だが、それも刹那の出来事。
空間転移を終えたアーチャーの身体が地上の法則に則り引き摺り下ろされる。
その下にはゴミ箱。
バスケットのゴールに叩き込まれたかのように、アーチャーが折れ曲がった姿勢のまま嵌まり込む。
周囲の景色は一瞬前へと全くの別物。
消えろという大雑把な命令が自分をどこかへと飛ばしたのだろうか。
「いつつ………」
全身に走る電流のような痛み。
その痛む体を引き摺りながらゴミ箱から抜け出す。
このダメージは筋肉や神経に掛かった負荷だけではない。
―――セイバーの波紋のダメージ。
波紋に波紋をぶつけ無効化させたつもりだった。
だが完全には防げなかった。
そして、その防ぎきれなかった分だけでもこの威力……！
波紋使いの中にこれほどの使い手がいたとは知らなかったぜ。
あんな連中を相手にしてた柱の男達がつくづく化物だって思い知らされる。
「ちっ…………！」
マスターの奇策。
悪くはねぇ、悪くはねぇが――――相手が悪い。
一撃で仕留められるならいい。
だがもし逃してしまえば、それはマスターとセイバーの一騎討ちを意味する。
そうなってしまえばマスターの身が危険に晒される……！
「ちくしょう………！ こんな所まで飛ばしやがって！」
夜の街を駆ける。
その速度は本来の動きとは比べるべくもない。
それでも今の彼にとっては全速力。
守るべきマスターの下へと彼は向かった。
「いっっけぇぇぇぇーーー！！！」
気合の雄叫びと共に吹き荒れる嵐。
巻き込まれればセイバーとて全身を八つ裂きにされるだろう。
だがセイバーに避ける事は出来ない。
これ以上ないほどの完璧なタイミングでの不意打ち。
「っ……………！」
セイバーの巨体が渦の中に消えていく。
勝利の確信に、凛の口の端に笑みが浮かぶ。
本来、セイバーのクラスには高い対魔力が備わっている。
だけど、あのセイバーにはそれが無い。
召喚に失敗したのか、それとも他に原因があるのか。
理由なんてどうでも良い。
それが私の勝機となるのならばそんな些細なコトは関係ない……！
令呪と宝石を一個づつ消費したが、アーチャーを失う事に比べれば安い代償だ。
しかも最優と呼ばれるセイバーを倒せたのだがら文句のつけようがない。
――――後は残ったマスターを倒すだけ！
「――――――――！」
四肢を引き千切られるような衝撃。
だが咄嗟に身をひねって直撃だけは回避する事が出来た。
それでも下手をすれば手足を失っていたかもしれない。
いかに屈強な肉体といえども大木さえも吹き飛ばす暴風の前では無力。
故にセイバーは風の流れに逆らわず、逆に自らの体を流れに任せたのだ！
それは海流に逆らわずに体力を温存させる発想と同じ。
だが、それでも危険なのは変わらない。
セイバーを巻き込んだ嵐は健在。
それはまるで重力の方向が変わってしまったかのような勢い。
壁に向かって落下していく―――そう表現すれば良いのだろうか。
このまま叩きつけられれば死は確実……！
セイバーが必死に手を伸ばす。
だが道路に手を触れた所で止める事など出来ない。
それどころか道路にさえ手は届かない。
―――溺れた者が藁を掴むかの如き悪足掻き。
他の者にはそうとしか見えなかっただろう。
だがセイバーが手を伸ばしたのは藁などではない。
この窮地を脱出する為の蜘蛛の糸……！
セイバーの手が何かを掴む。
それは地面に突き刺さったセイバーの剣の柄。
全力で振り下ろされた剣は楔のように打ち込まれたまま微動だにしない。
引き裂かれるような腕の痛みに耐えながらセイバーは嵐をやり過ごす。
これはアーチャーのような計算され尽くした行動によるものではない。
直感というべきか、生き残る為に取るべき最善の選択肢をセイバーは瞬時に導き出す。
それは幾度と無く窮地に落とされ磨き上げられた才能。
かつて究極生物との決戦でアーチャーを救った本能による行動、それを技能としてセイバーは保有しているのだ！
どんな未知の敵と戦うか分からない状況において、即死を避け反撃さえも可能とするその技能はセイバーの最大の武器……！
「っ――――！？」
剣の突き刺さった痕跡である亀裂、それがセイバーの目前で広がっていく。
アスファルトの地面が剣から伝わる衝撃に耐え切れずに崩壊する。
再び嵐へと飲み込まれるセイバーの巨躯。
刹那、塀を打ち砕きながら暴風は消滅した。
飛び散る残骸。巻き上がる砂塵。
それらを眺めながら遠坂凛は呟いた。
いかに減速したといっても、その威力は高層ビルより叩き落されるのと何ら変わりはない。
人間ならば間違いなく即死。英霊であろうと深手は避けられない。
なのに――――。
「……………化物」
舞い上がった砂埃が静まっていく不思議な静寂。
その中から僅かに覗くのは剣を杖に立ち上がる男の姿。
男が月光の下へと姿を現す。
あれほどの破壊、あれほどの魔力を以ってしてもなお、彼の双眸の輝きは健在だった―――。
……To Be Continued
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2009年04月19日(日) 00:56:57 Modified by ID:P58hRsZsNg