人外だらけの聖杯戦争・後日談
「２つめの願いを言え！ かなえてやろう」
『≪人外だらけの聖杯戦争≫の続編を始めてみろ！！』
「いいだろう、かなえよう。Ｈａｉｌ ２ Ｕ！（君に幸あれ！）」
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エジプトのとある港に、一人の尼僧の姿があった。見たところ、高校生くらいの、眼鏡をかけた美少女だ。そこまではいい。だが、この少女が大砲のようなものを担ぎ、全力疾走しているとなると、話は別だ。
彼女の名はシエル。化け物殲滅機関、『埋葬機関』の第七位、『弓のシエル』。
彼女がここにいるのは、死徒討伐のためである。『梟』のクラウ・バジャン。五百年を生きた死徒であり、自分を死徒にした、親にあたる死徒を殺し、より強力になったために、『母食鳥（フクロウ）』の異名を持った。
いずれ、【死徒２７祖】の一人になるかもしれないという怪物だ。とはいえ、個体としての戦闘力は低く、固有結界などの特殊な力も持たない。ただ身を守り、隠れる結界術に長けているため、倒しづらいだけだ。怖い相手ではないと、シエルは踏んでいた。そして、彼女は船着き場へと出る。情報によれば、クラウはそこから、船でヨーロッパに渡ることになっているからだ。だが、
「こ、これは！？」
シエルはその光景を見て愕然とした。たとえ、百体の屍が山となっていようと、千体の吸血鬼が群れなしていようと、彼女は驚かなかっただろう。だが、彼女が見たものは、『人間の屍』でも『吸血鬼の群れ』でもなく、『吸血鬼の屍』だった。
ざっと見て三十数体。あるものは切り裂かれ、あるものは潰されていた。ほとんどは灰に還っていたが、原型をとどめているものも多く、殺されて間もないことを意味していた。
「一体、誰が……」
シエルが更に足を進めると、二つの影が見えた。彼女は身を隠して様子を見る。
影の一方が言った。
「き、貴様何者だ！ 我を、五百年を生きた死徒、クラウ・バジャンと知ってのことか！！」
その声は微妙に震えており、誰が聞いても虚勢としか思えなかった。
端正ではあるが薄っぺらな印象のある、金髪の白人男性。シエルの資料からすると、彼が標的の死徒であろう。だとすればもう一人は……
「……五百年？ 馬鹿、め。年月、など、なんの、意味も、ない。お前、ごときが、一万年、かかっても、辿り着けぬ、存在が、ある」
そう小さくぎこちない声で嘲ったのは、フードをかぶった老人だった。男か女かの区別がつかないほど皺だらけで、まるでミイラだ。枯れ木のような手には、一冊の古めかしい本を持っている。
「な、なんだと貴様！！」
下等な人間に侮辱されたという屈辱に、恐怖も忘れ怒声をあげる。
「もっとも、年月だけで、あっても、お前は、わしに、勝てぬ。わしは、すでに、三千年、以上の時を、生きてきた」
三千年？ では彼は、キリストが生まれる遥か過去の、紀元前より生きてきたというのか？
「はっ、戯言を。人間がそれほど生きられるものか」
死徒クラウは老人の言葉をハッタリと決め付け、右腕をかざす。
「喰らわれろ！！」
右腕が、異名に合わせたのか、梟の頭に変化し、老人に喰らいかかる。しかし、老人は静かに手にした本を広げただけだった。鋭い嘴が、老人に届こうとする直前、『梟の頭が刎ねられた』。
（なっ！？）
シエルは驚愕する。老人の落ち着きぶりから、どのようにかして防ぐとは思っていたが、その方法は驚くべき物だった。
老人の隣には、剣を持った騎士が立っていた。この騎士が狼の首を刎ねたのだ。一体いつどうやって現れたのか、シエルには、本当に『突然』現れたようにしか見えなかった。
それも驚きだが、更に驚いたのは、騎士の格好だった。いかつい西洋の鎧と、十字の紋章の描かれた大振りの盾。それは、
（じゅ、十字軍！？）
シエルは内心絶叫した。その騎士は紛れもなく、聖地奪還を目指してイスラムと戦った、キリスト教の精鋭の姿だった。
そして、彼女が驚愕したもう一つの理由。それは、騎士が一人ではなかったこと。吸血鬼の周囲を取り囲むように、数十人の騎士が、同時に現れていたのだ。
「ばっ、馬鹿な！！ 十字軍の、召喚だと！？」
クラウが叫ぶ。シエルだって叫びたいくらいだ。
「西暦でいう、１１６６年……十字軍を中心とする、エルサレム王国軍、ナイル河口に、到達せり……」
老人の呟いたそれは、歴史でいうところの、エルサレム王国による、エジプトのファーティマ朝への侵攻。だとすればこの十字軍は、エルサレム王国常備軍。当時最強の騎士団と謳われた、テンプル騎士団に他ならない！
クラウの叫びと同時に、騎士団が動いた。神の祝福を受けたその剣は、吸血鬼の腕をやすやすと切り裂く。クラウが悲鳴をあげる。別の騎士は槍をもってクラウの腹を貫き、また別の騎士は弓矢によって正確にクラウの右目を射抜いた。クラウの悲鳴と血しぶきが上がり続け、次第にクラウの叫びが小さくなっていく。一分とたたぬうちに、クラウの体は原型を留めぬ、百に近い部分にまで解体されていた。
「これ、わが、書に記された、大いなる、歴史の、一部なり……」
老人が言葉を終えると、十字軍は霞のように消えてしまい、残ったのは五百年を生きた吸血鬼の成れの果て。そしてそれもじきに塵と灰になることだろう。
その光景を見つめ続けたシエルは冷や汗を止められなかった。名のある死徒を、ああも簡単に滅するなど。それも、あろうことか、テンプル騎士団の召喚などとは。
（呪文をまったく唱えずに、過去に滅んだ騎士団を召喚するなど、ほとんど魔法です。人間の身でできることではない……。怪しいのはあの本）
老人の手にあり、騎士団が現れる前に開かれた、古びた書物。おそらくあれが、中世最強と呼ばれた騎士団を召喚した鍵となるもの。
（どうする。あの老人を、撃つべきでしょうか？）
老人の正体はさっぱりわからない。あの力も、死徒を倒した理由も。ただシエルの勘は言っていた。『あれはよくないものだ』と。
（気づかれないうちに……）
シエルは黒鍵を取り、投げた。その数六本。
だがその刃は、老人の体に到達する前に、さっきの狼と同じく防がれた。突如として現れたそれは……壁であった。黒鍵は壁に深く突き刺さったが、老人までは届かなかった。
「１１６９年……イスラムの、英雄、サラディンは、ファーティマ朝を、倒し、アイユーブ朝を、創設。カイロに、城砦を、建設し、守りを、固めた。これ、わが、書に記された、大いなる、歴史の、一部なり……」
壁の向こうから老人の声が聞こえる。老人の言葉が確かなら、この壁は十字軍を打ち破った英雄サラディンが、カイロを護るために造った、城砦（シタデル）の壁ということになる。
「中世キリスト教の最強騎士団と、イスラム最大英雄の築いた壁……相反する両方を召喚するとは、どういう力なのですか……？」
シエルが呻くと同時に壁が消え、突き刺さっていた黒鍵が支えをなくし、地に落ちる。老人はシエルに目をやると、
「覗いて、いたのには、気づいて、いたが、カトリックの、尼僧、だと？ 一体、何者、だ？」
「彼女は教会の人間よ、書記アニ。姿からして、埋葬機関所属の第７位、『弓』のシエルとかいう女でしょうね」
海に浮かぶ船の一隻から、女性の声が響いた。船のへりから顔を出したのは、黒く長い髪を後ろで束ねた、気の強そうな女性だった。
「教会の、犬、か。倒して、しまって、いいか？ スカーレット」
「ええ、さっさと片付けてしまって」
「了解、した」
そして老人が本のページをめくり、『詠唱』を始めた。
「伝承の、女神、ウラエヌス。太陽神ラーの、光より、生まれた、ラーの娘。その名は、燃えるような、ものの、意を持つ。ファラオの、額を、護る、蛇の、女神なり……。これ、わが、書に記された、大いなる、歴史の、一部なり……」
老人の『召喚』が完了する。召喚されたのは信じ難い大きさのウラエヌスコブラ。
「女神ウラエヌス……確かエジプト神話における、蛇の姿をした女神……この化け物がそうだというのですか！？」
アナコンダ並みの巨体を持つコブラ。ほとんどＤ級モンスター映画だ。悪夢じみた大蛇は、俊敏な動きで毒牙が迫る。それをかわし、黒鍵を投げつける。
ドズンッ！！ ドズンッ！！
二本の黒鍵が蛇の鱗を貫いて刺さる。だがその巨体は鉄甲作用を持ってしても、吹き飛ぶことはなかった。しかも、
「火葬式典が発動しない……？」
シエルの黒鍵に刻まれた炎の魔術。突き刺さると同時に発動するはずのそれが、なんの効果も見せない。
「エジプトに、おいて、蛇は、再生の、印として、神聖視、された。魔除けの、護りと、される、ほどに。そして、女神、ウラエウスは、まさに、蛇の、中の、蛇。生半可な、魔術など、通じぬと、知れ」
老人が嘲笑する。それと同時にウラエウスの口が開き、毒液が吐き出される。シエルが慌てて飛び退いた後、シエルのいた地面が腐って溶ける。
「ふっ！！」
新たに投げられた黒鍵が、コブラの頭部を串刺しにする。さしもの大蛇ものたうって苦しみ、暴れ狂う。やがて、大蛇の姿が掻き消えた。しかし動じることなく、今一度、老人の言葉が響く。
「１７９８年、フランスの、ナポレオン・ボナパルトが、エジプト遠征を、開始する。銃剣を、装備した、フランス兵は、三大ピラミッドの、下で、オスマン帝国の、マムルーク軍に、圧勝した。これ、わが、書に記された、大いなる、歴史の、一部なり」
老人が言葉を言い終えると、シエルの目の前に、銃剣で武装したフランス兵の姿が現れた。数はおよそ五十。マムルークの騎馬兵を打ち倒し、３週間でエジプトを征服したナポレオン軍だ。彼らの銃口が一斉にシエルに向けられ、
「！！」
火を吹いた。
「ぐあああっ！！」
自分の祖国の英雄が率いた軍隊、その攻撃はあまりに苛烈で、強力だった。その射撃はシエルの体を貫き、衝撃で吹き飛んだ彼女の体は、もんどりうちながら海へ落下した。
老人はフランス兵に守られながら、海を覗き見る。夜の海は漆黒そのもので、シエルの姿はどこにも見出せなかった。ただ、かすかに赤い血の色、海面を漂っていた。
「……逃げた、か？」
「私の力が発動しない………おそらく生きてはいるでしょうけど、もういいわ。小物に時間を取られてはいられない。出港するわよ」
「こころ、えた」
老人はフランス兵を消して、スカーレットの船に乗り込む。
船の行き先は、日本。
狙いは、万能の聖杯。
望みは、主の復活。
そして、これが冬木の地で巻き起こる、新たな戦いの前奏曲であった。
◆
６階建てになるはずが、４階までできたところで、造りかけのままに放置された廃ビルがあった。それを、一人の少年が嫌そうな顔で見上げている。２０歳を前にしたくらいの歳で、黒髪をおかっぱにしており、引きつった口元からは妙に鋭い犬歯が覗いている。空は青く、日が射しているにも関わらず、その少年だけが、まるで影の中にいるように見えた。
「あの、何か御用でしょうか？」
その少年の背に、声をかけた者がいる。少年が振り向くと、黒ブチ眼鏡をかけた、温和そうな青年がいた。
「あ、僕は黒桐幹也。橙子さんの事務所で働いている者です」
「奴の事務所で？ またもの好きなことだ」
その少年のもの言いは、どこか時を感じさせる、見た目の年齢に似つかわしくないものだった。
「ご挨拶だな。ロード・エルメロイ�鏡ぁ�
更にまた、声がかけられる。今度は髪の短い女性だ。顔の造作は美しいが、目つきがかなりきつい。黒いズボンと白いワイシャツという飾りけの無い衣装に身を包んでおり、眼鏡をかけている。
「お前がわざわざ出てくるとは珍しいな、蒼崎橙子」
「それはこっちの台詞だ。時計塔、最高の講師と名高い有名人が、なんでわざわざこんな所に？」
少年の名はウェイバー・ベルベット。しかしその本名より、ロード・エルメロイ�鏡い箸いδ名里諒�が知られている。彼が弟子たちに声をかければ、時計塔の勢力図が一気に変わるとされている実力者だ。
「単刀直入に言う。『直死の魔眼』を持つ女、確か、両義式というそうだな。彼女を使いたい。てっとりばやく『解体（コロ）して』もらいたいものがある。ちょっと、人類の存亡がかかっているんでな」
◆
「教会の情報………今、提供できるのはこれだけだ」
「ふうん。やはりあのシエルとかいう雌犬は生きていたようね」
二人きりの空間で、二人の内の一方、黒い肌の神父は相手に紙片を手渡した。そこには教会から派遣された者たちの詳細が書かれている。
「教会は聖杯解体に協力してはいるが、エルメロイ�鏡い篭飢颪�ら嫌われている。何せ、死徒の類だからな。短絡的な者は寝首をかこうとさえしている。足並みはそろうまい。ただ………シエルが連れてくるという援軍が気になる。彼女はあれで、割と特殊な知人が多いようだからな」
「そのあたりは、また教えてちょうだい。こちらの仲間が教会内にいるというのは、都合がいい。感謝しているわ」
「私など、ただの情報操作係だよ。大して重要なポジションにはないさ。だからこそ、目立たず動けはするが。それで、協会の方は上手くいっているのか？」
「ええ。アインツベルン家は、今回の聖杯の解体に反対の立場をとっている。エルメロイ�鏡い亮挧發鬚靴燭い韻鼻∈�の彼らに直接的な戦闘力が足りない。だから、私たちと手を組んでくれたわ。資金、情報、兵力としてのホムンクルスなどを提供してくれるそうよ」
教会に所属しながら、志しを同じくする友に、『正義』の名を冠する魔女を母に持つ、時計塔の魔術師スカーレット・エンヤ・ガイルは答える。
「今後も、コンタクトできる時には情報を送る。武運を祈ろう」
「ありがとう………それはそうと、もし失敗したら、その時は頼むわよ」
「わかっている。君のスタンドは、私がちゃんと死ぬ前に抜き取り、私の考えている計画に使わせてもらおう」
「それでいいわ。もちろん、私は成功させるつもりだけど、もしもの時のことは考えておいて損は無いわ。もしもの時は、本当に後をお願いね。プッチ神父」
数少ない、心からの同志に心から頼む。無論、勝利を逃す気は無いが、彼らは『ありえないはずの敗北』を幾度も経験してきた。だからこそ、後を託す者をつくる。意志が受け継がれるのは正義だけではない。悪もまた、野望と邪心を継承していくのだ。
◆
「面倒なことになったな。なぜ我々が襲われなければならん？」
聖杯解体のために、冬木の町に足を踏み入れたウェイバーは、憮然として呟く。襲撃者は３人。
一人は、短刀を手にした若い男。飾り気は無いものの、顔立ちはいい方だ。彼が短刀を振るうたびに、ウェイバーの連れてきた助手や弟子が張った結界や、魔術礼装が破壊されていく。それは威力以前の問題で、おそらくは、現在ウェイバーと別行動をとっている式の『魔眼』と同じものだろう。
一人は、長い髪の女性。その髪は、対面した時は黒かったが、戦いが始まると赤く染まった。そして見た物に対し、情け容赦なく攻撃をしかけてくる。見たところ『燃焼』の力に見えるが、あれはむしろ自分も扱える『気化冷凍法』に近いと、ウェイバーは見た。
そして最後に金髪の女性。他の２人も人間離れしているが、彼女は特に化け物だ。その動きや速さは野獣以上。鬼のように鋭い爪の一撃は、余波だけで周囲の建造物を破壊し、魔術師たちを吹き飛ばしていく。単純明快ゆえに、上手い対抗手段が見当たらない。
「どうもおかしい。罠にはめられたか？ とりあえず、話しのできる程度には、落ち着いた状況に持っていかないとな。何にしても、ひとまずは戦うしかないか。このままでは巻き添えになるだけで死にそうだ」
そんな彼に、金髪の女性が爪を振りかぶって襲いかかる。多分、一撃受けるだけで、彼はハンバーグの材料にされるだろう。だが、ウェイバーは慌てず騒がず、左腕にはめられた、キーボードの如き物のボタンを押す。いつの間にか地面には、ウェイバーを中心としてチェス盤のようなマス目が描かれていた。
「『チョコレイト・ディスコ』」
ドガァッ！！
金髪の女性の爪が、大地を粉砕する。だが、ウェイバーには傷一つ無い。避けたのではない。相手の攻撃を、別の地点にずらしたのだ。それが彼の能力。第４次聖杯戦争で、キャスターが召喚したスタンド使いから、キャスターが引っこ抜いたスタンド能力を、彼が手に入れた物だ。
「………貴方、何したの？」
「何でもよかろう。ただ魔術師としては自慢にならんが………私のこの肉体とスタンド能力は、かなり無敵だぞ」
普段から太陽の光を浴びないために使っているため、彼はこの能力を完璧に使いこなしている。ゆえに、彼はこれだけは自信を持って言える。
どんな英雄であれ怪物であれ、正攻法で自分を傷つけることはかなわないと。
◆
無数の足音が耳に届く。
異様な腐臭が鼻を刺す。
だが、その姿だけはどこにも見えない。
「透明な死人の兵士。これが貴方の能力ですか。スカーレット」
ウェイバーと共に冬木に訪れた女性、バゼット・フラガ・マクレミッツは、見えない敵意に囲まれながらも恐怖の一欠片も見せず、拳を構える。見えないのなら、目に頼らなければいい。音と気配だけでも十分に戦うことはできる。
「普通なら脅威なのかもしれないが、生憎、俺の眼にはよーく見える。こいつらの死がな」
両義式がつまらなそうに言う。式の魔眼にかかれば、こんなものはただの暴徒の集団程度でしかない。ただ突き立てて、滅ぼすだけだ。
「『リンプ・ビズキット』………闇の中から蘇りし者。闇とともに喜びを」
ぶつぶつと呟く彼女、スカーレットにしても、自分のスタンド能力が目前の敵と相性が悪いことはわかっている。『リンプ・ビズキット』。死者のエネルギーから、透明で凶暴な怪物を生み出す能力だ。だが、彼女の力はスタンドだけではない。
彼女が得意とする魔術は『重力』。中でも、自分を中心とした周囲一帯に存在するものすべてを押し潰す魔術『圧迫祭典』は、今まで一撃で倒せない者など存在しなかった自慢の秘術である。ただし、発動まで３分もかかってしまうという欠点もあった。
（準備が整うまで、あの二人を奴らで足止めできればいいのだけど）
もしも、魔術が通用しなかったら、いよいよ懐の中の物を使う覚悟を決めねばならない。
彼女の懐にあったのは、古びた仮面だった。デスマスクのように不気味で禍々しくも、どこか目を引き付ける、奇妙な造形であった。クラウ・バジャンを襲撃した目的であるもの。
（この戦いは、何度死んでも不思議ではない。ならば、死を超える存在になる必要がある）
そして３人の女傑が死力を尽くす戦いが、ここに始まった。
◆
「私がここに来たのは、アトラス院の密命ゆえ。その内容は、アトラス院の機密を知りすぎる魔術師を討つこと。魔術師の名は『書記アニ』」
「書記アニ……？」
シオン・エルトナム・アトラシアは、彼女との予期せぬ出会いに驚く志貴たちに、シエルを破った老人について語った。
「エジプトの遺跡で発掘され、英国博物館に所蔵された、【死者の書】……その著者として名の知れた人物です。【死者の書】とは、エジプトにおける冥府での在り方を書き出した書物。それ自体が強力な魔術知識の塊だったため、教会と協会が協力して処置を施したほどの代物です」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。遺跡で発掘って、一体いつ書かれた物だ？」
「紀元前１３世紀と言われています」
「な……そんな昔から生きているっていうのか？」
「そう。彼は転生者です。しかも、ロアなどとは比較にならないほどの。三千年以上前から生き続ける、バアの転生の秘法の唯一の成功者です」
エジプトの歴史に名を遺すテーベ神殿の神官。大英博物館にも納められている死者の書を描いた男。ミイラの肉体となり、永遠の命を手に入れ、数千年を生きる最高峰の魔術師。
バァの転生の秘法。古代エジプトの人々はバァ、すなわち魂は不滅であり、死んでもいつか復活することができると信じていた。ミイラを作ったのは魂が戻る肉体を保存するためであった。ピラミッドは魂が肉体に戻るための道しるべであり、魔術装置だった。
それの実行者にして達成者。それが彼だ。だが、彼はそれ以上、何もしなかった。
彼の目的は生きること。座に到達することでも、究極の力を手にすることでもなく、ただただ生き続け、歴史を眺め続けること。人が美術品を眺めるように、それだけが彼の楽しみであり、存在理由だった。
エジプトの錬金術師協会『アトラス院』の開設を手伝ったこともあったが。それも気まぐれ程度のことで、すぐに興味を失くした。
生きるため以外の理由で、魔術を使用することも研究することもなく、王家の谷周辺の遺跡に眠っているはずの自分のスタンド、プタハ神の暗示、『創世の書』も気にしなかった。１９０８年に英国の探検家、Ｅ・スティーブンに発見されたことを察知したときは、面倒ごとになる前に回収したが、スタンドを使って何かしたこともない。彼は、ただ生きているだけで満足だった。
だがある時、彼の数千年変わらなかったその生き方を、一変させる存在が現れた。その出会いは、今でも憶えている。
『やあ……いい夜だね？』
カイロの町で、『彼』はそう言った。ただそれだけ。彼の力を見ることもなく、特別な会話があったわけでもない。その姿を見て、声を聞いた。ただそれだけで、彼は気がつけば額づいていた。
ディオ・ブランドー。
邪悪の帝王。悪の救世主。『世界』の支配者。圧倒的な力とカリスマを持った、王の中の王。数千年の時の中でも見たことのない、絶対の存在。膨大なる過去をただの一瞬で塗りつぶした、究極の未来。
それを認めたとき、アニはその男と共に生きたいと思った。同じ永遠を持つ者として、ディオの腹心として永遠に彼に仕え続けたいと思った。最初の復活を体験してから、歴史を傍観し続けた男が、初めて歴史に干渉することを求めた。
アニは新たな生きる目的を持った。ディオの下で、彼と共に歴史を作り続けること。暗黒に生きるディオの神話を、眺め続けること。
そのために、彼はディオの敵と戦った。
空条承太郎、ジョセフ・ジョースター、モハメド・アブドゥル、ジャン・ピエール・ポルナレフ……いずれも歴戦の勇者である四人と戦った彼は、ポルナレフに無数の傷を負わせ、アブドゥルの胸を刺し、ジョセフの骨を砕き、承太郎をあと一歩のところまで追い込んだ。だが、彼らのチームプレイの前にその一歩を阻まれ、スター・プラチナのラッシュの前に、その体を砂漠の砂とされた。
本来なら、彼はそこで完全に終わっていただろう。だが、スタンド使いとして敗北した書記アニは、魔術師として一つの保険を作っていた。すなわち、ボディのスペア。一度転生して復活したように、新たな体に転生して再度復活を果たす。１２００年ほど前、偶然見つけたぴったりの器の人間を、殺してミイラにして保存しておいたのが功を奏した。しばらく時間はかかったが、転生してこの世に舞い戻ることに成功した。だが、その後知ったのは、王の敗北と死であった。今まで眺め続けていた世界の歴史はすっかり色褪せ、何もかもが干からびたように見えた。
何の目的も無くさまよい歩く彼に、スカーレットが接触してきた。そして、彼に主君を取り戻す方法を与えてくれた。すなわち『聖杯』の存在を。
ゆえに、彼はこの東方の地で、言葉を紡ぐのだ。
「紀元前、３３２年、マケドニアの、王、イスカンダルが、エジプトに、到達する。彼は、ペルシアの圧政から、エジプトを、救う、解放者として、迎えられ、ファラオの、座に、ついた。これ、わが、書に記された、大いなる、歴史の、一部なり……」
空間が歪み、一目では視界に収まらないほどの大軍勢が現れた。その一兵一兵が、強い覇気に溢れる勇者であると、肌で感じられた。だが、その中にあってもなお、誰よりも輝き、人の目を引く者がいた。
巨獣とさえ呼べる駿馬に跨る、２メートルはある巨漢。燃え立つような赤い髪と髭を生やし、いかつく堀の深い面貌に笑みを浮かべる。青銅の鎧と、緋色のマントをまとう、鋼のごとき筋肉。
彼こそは、歴史に名高い『征服王』イスカンダル。
「我が、スタンドは、大英雄さえも、操る。【王の軍勢（アイオニオン・ヘタイロイ）】よ！ 我が敵を、撃ち砕け！！」
実際には、本物のイスカンダル率いる軍勢には遠く及ばぬであろうが、それでもその力は充分以上に強力である。
『ＡＡＡＡＬａＬａＬａＬａＬａｉｅ（アァァァララララライッ）！！』
軍神アレスの加護を願う鬨の声。世界を踏破する進撃。銃火器やミサイルを配備した、現代の軍隊であっても蹂躙しうる、圧倒的な覇気。
だが、その人類史上最強といっても過言ではない、その勇猛を前に、彼は怯むことなく立ちはだかる。彼の左右には、赤い女性と、白い女性が立っている。
「投影開始（トレース・オン）」
周囲の空間に産み落とされる、無数の剣。王の軍勢を迎え撃つは、術者の命果てるまで造り続けられる、無限の剣。
「聖杯戦争を終えて、俺が積み重ねてきた年月が、そのまま俺の力となる。今まで俺が魔術回路に焼き付けた総ての武器を持って、迎え撃つ。さあ、ページをめくる手は万全か？」
赤い女性、遠坂凛の手には、幾つもの宝石が握られている。エルメロイ�鏡い忙抖襪靴討發蕕辰紳舂海里發里个�り。今回は大盤振る舞いだ。それに、かつてアサシンの過去を夢で見てから、ずっと使おうと開発し続けた術がようやく使える日が来た。
「魔術礼装、【輝星闘士（スターダスト・クルセイダー）】。いくわよオラオラァッ！！」
宝石を張り付けた手袋、いやグローブが、プラチナのごとき淡い輝きを帯びる。最強のスタンドを模した力が、今こそ放たれようとしていた。
白い女性、イリヤスフィールには、更に二人の女性が護衛を務めている。セラとリズ。高い戦闘力と、イリヤへの忠誠心を誇る、アインツベルンのホムンクルスだ。イリヤがアインツベルン家から離れてからも、イリヤを助け、行動を共にしている。
そしてもう一体の戦士がイリヤの側にいた。イリヤが母より教わった針金を操る魔術を独自に強化したもの。針金を編み、獣の形とし、戦闘時に使役する術。元が針金であるがゆえに、体を分解したり、敵を絡めて縛り上げたりと、応用は多彩だ。
そして、イリヤの使う針金獣の基本形は、『オランウータン』の形だった。それこそ彼女が、アインツベルンという石造りの牢獄から自由になるための力。
「やっちゃえ！ フォーエバー！！」
彼女の一番の守護騎士は、密度を高め、ハンマーのごとき強度と重量を得た拳を振り上げ、敵軍を迎える。
士郎たち３人が鍛え上げてきた時間と、書記アニが見つめ続けてきた時代。互いの歴史をぶつけ合う勝負が、ここに始まる。
≪人外だらけの聖杯戦争・後日談――聖なる杯の墓標≫
聖杯の内部でわだかまる暗黒。
人類の悪と言う概念の集合体。
生きとし生けるものを呪う、怨嗟の渦の中、一つだけ、その悪意に染まらぬ物が存在した。
人ならざるゆえに、人類の悪に縛られぬ存在。かつて、聖杯を叩き斬った時に、聖杯内部に吸収されて残った、一欠片。
ソレは無限とも思える悪の中を漂いながら、待ち続ける。近くにまで来ている、相棒との再会を。
冥府の神は、待ち続ける。
……To Be Continued
2011年04月02日(土) 12:15:52 Modified by ID:V7yUXkmROA