人外だらけの聖杯戦争14
人外だらけの聖杯戦争14 刃撃交差
2対の刃が斬り結ぶ。
一方は、幾千の年月に渡る智を重ねたような、精緻にして冷徹冷酷、計算された理に叶う技巧。
また一方は、戦闘の勝利がすべてを意味する、弱肉強食の野生に生きる、獣のような苛烈。
理念と天然。相反する二つの力の極みとも言うべき存在が、同じ武器を持って競い合う。打ち合うこと既に三十合。いまだに勝負の決着はつかない。
「バルバルバルバルバルバル………!!」
「ハアッ! ハアッ!」
しかし、どちらが不利かは明らかだ。
地力が圧倒的に人間を超越しているバオーに対し、士郎はあくまで高校生男子に過ぎない。投影した【呪われた光の輝彩滑刀(ライトモード・ブレイド)】に秘められた、かつての所有者、前回の聖杯戦争におけるセイバー『カーズ』の持つ戦闘技術を引き出して使用しているものの、次第に無理が出てくる。
バオーもそのことは理解しているらしく、動きに余裕が見える。
(けれどそれが好機……!!)
無論、士郎もまた限界を理解している。だからこそ、その限界をむしろチャンスとする。勝利が確実の物となれば、相手は必ず油断する。最後の最後に出る気の緩み。そこさえ突くことができれば、勝機はある。
逆に言えば、そこを逃せば1%の勝利も望めないということにもなるが。
この間、二人を取り巻く3組のマスターとサーヴァントは、動きを封じられていた。
もともと葛木たちを倒しに来たイリヤたちと、標的である葛木、そして来たばかりで事態を把握しきれていない凛。なまじ知恵が回るため、士郎の援護に入る隙に、背中を襲われる危険性を考えてしまう。
迂闊には動けないと誰もが思い、事実上三すくみの状態となっていた。
◆
「同じような能力同士の戦いか……シルエットだけを見れば、同じ存在が対峙しているかのようだ……思い出させるな。前回のキャスターを」
そう呟いたのは、士郎たちがエルメロイを倒した後で、綺礼と会話をしていた日本人男性だった。
使い魔を放ち、その視界と自分の視界を同調させて寺での戦いを観察している。その手際からして、相当に優秀な魔術師であることが見受けられた。そんな彼が、第四次聖杯戦争のことを口にした。
「違う世界から自分自身を連れてこれる使い手……そして違う世界のアーチャーを召喚して、下僕としたあのキャスターを」
前回のキャスターは二つの宝具を持っていた。一つは宝具【D・4・C(いとも容易く行われるえげつない行為)】。彼のスタンドであり、その力は無数の違う次元に行き、異世界に避難したり、違う世界の自分自身を連れてきて増援としたりできる。まさに宝石翁もびっくりな能力である。
本来なら、致命傷を負った自分の代わりに、異世界の自分を連れてきて自分のすべき行為の続行を任せたり、敵対者と異世界から連れてきた敵対者を対面させることで、お互いを消滅させたりすることもできたらしいが、『騎士』ではなく『魔術師』として顕現したためか、能力は半減していたらしい。
しかし『魔術師』として召喚されたメリットも、宝具として付与されていた。それが、大統領であったというキャスターの権力を具現化した宝具、【大統領絶対命令(プレジデント・オーダー)】である。
キャスターのかつての部下を、人一人の命を生贄にして召喚する力である。それによって、キャスターのいた世界のアーチャー……ディエゴ・ブランドーを召喚したときは驚いたものだ。
まず殺人鬼であった自分の召喚主を、自分が召喚した『他者を恐竜に変えて操る能力』を持ったスタンド使いによって恐竜にして支配下におき、あとは好き自由に振舞った。冬木市の住人を次々に攫って生贄とし、自分のための『騎士軍団(オーダー)』をつくった。
証拠隠滅を考えない誘拐を行い、危険視されたために、全てのマスターたちから狙われる指名手配犯のような状況となってなお、全てのサーヴァントを相手取って互角以上に戦った。その過程で綺礼のサーヴァントであったアサシンは消滅し、ケイネス・アーチボルト・エルメロイもどさくさの中で殺害された。
最終的にはマスターであった雨生龍之介の死によってキャスターも消滅したが、第四次聖杯戦争の中で、最も派手に、大規模に活動したサーヴァントであった。
昔懐かしむ遠い目を一瞬のみ顔に浮かべ、男は二人の剣士による決闘へと、思考を集中させる。
「さて……この戦い、どう転ぶか……」
黒髪を掻き揚げて微笑むその姿は貴族のように優雅だった。その目の色が、昏(くら)い企みに染まっていなければ。
◆
打ち合いが五十合を超えたあたりであったか、バオーの髪がざわついた。
「バルバルバルバルッ!!」
頭髪の先端が士郎の方に向き、『シューティングビースス・スティンガー』が発射された。
「く!」
士郎は一秒にして5度、両腕を振るった。発火炎上する髪の毛数十本を、なんとか薙ぎ払い終える士郎であったが、そこにバオーが突進を仕掛ける。最高速度で一気に斬り伏せるつもりであろう。
だがそれはむしろ士郎の望んでいた展開。
(今だ!)
バオーが士郎を斬り伏せるまで、あと一秒とかからない距離まで迫ったとき、士郎の腕の刃が鮮烈なる閃光を放った。
【呪われた光の輝彩滑刀(ライトモード・ブレイド)】の縁は、実は微細な刃が並んでいる。それが高速で動くことで、刃に反射する光が乱れて眩い光を生んでいるのだ。そして回転する刃によって生み出される切断力は、バオーの『リスキニハーデン・セイバー』を遥かに上回る。
すなわち、この剣による斬撃を受け止めることは、バオーには不可能ということだ。『リスキニハーデン・セイバー』で受ければそのまま剣ごと切り裂かれる。
「おおおおおおおおおおッ!!」
「バルルッ!!?」
バオーの表情は完全に虚をつかれたものだった。読み取りづらい硬質な顔面には、珍しくそれとわかる『意外』という色が見受けられた。もはや突進を止められる状態ではない。ブレーキをかけて動きを止めれば、逆に格好の的である。
しかし、バオーはその危機を凌駕した。それは思考の結果ではなく、純然な反射と本能による回避であった。
「バルバルバルバル!!」
「!? 何!」
バオーの体が沈んだ。士郎にはそう見えた。
実際にはバオーは速度を殺さずに体を後方に倒したのだ。前方への動きを止めぬまま、足は走るのをやめ、惰性によって大地を削り、滑り続ける。すなわちスライディングの体勢となって地を滑り、士郎の斬撃を『すり抜けた』。
攻撃を『すかされた』士郎は、勢いを止められず体勢を崩し、地面に崩れる。士郎が倒れると同時に、バオーは立ち上がっていた。
「ウォォォォォムッ!!」
形勢逆転。地に伏せた士郎に向けて、バオーは必殺の拳を叩きつけようと、腕を振り上げた。もはや士郎は屠殺され、肉屋に並べられるのを待つしかない養豚場の豚同様であった。
「衛宮君!!」
凛が叫ぶ。だが距離から言って間に合わない。
そして血しぶきが散り、肉体が破壊された。
「……………ッ!!」
バオーは大地に倒れた。倒れるしかなかった。
立つための足が、二本ともに斬り落とされていたのだから。
「【呪われた光の輝彩滑刀(ライトモード・ブレイド)】………!!」
士郎の口からその名が唱えられた。士郎の足には、光を放つ刃が、いまだに唸りを上げて生えていた。
「バルバルルル………!?」
バオーに痛みは無い。ただ危機に次ぐ絶好の機会が、更なる危機に取って代わったという事態の目まぐるしい変化に、ついていけずに混乱しているだけだ。だがどちらにせよ、反応が遅れて動くことができなかったのは間違いなかった。
それはバオーの油断。バオーの『リスキニハーデン・セイバー』は腕のみに生えており、足には生えていない。しかし、士郎の、カーズのそれは違った。かつて詐術の天才であった男の策をも上回った『奥の手』である。
寝転がったまま、体を反転させて足を動かすだけのことで、士郎はバオーの足を掬い斬ったのだ。
「とどめだ……!!」
先ほどと完全に逆の構図となった二人。動きもままならぬバオーに向けて、士郎が立ち上がり刃をかざした。
だが、バオーもまだ諦めてはいなかった。
バオーの腕が力強く振られる。しかし、その腕についた刃が届く間合いに士郎はいない。では全く無駄な、意味のない行為をバオーはしたのだろうか?
否。
『セイバー・オフ!』
バオーの刃が、彼の腕から外れて飛んだ。
「なっ!!」
今度は士郎が驚く番だった。
足についた刃が士郎の奥の手なら、飛ぶ刃はバオーの切り札。かつて同族は、地上最強の超能力者をこれによって1度倒したのだ。
(防御……回避……駄目だ! どれも間に合わない!!)
このままでは、ブーメランのように回転して迫る刃に喉を掻き切られて『死ぬ』。士郎にはそれが手に取るようにわかってしまった。
(どうする! このままでは駄目だ! ならば……どうにかできるものを作れ!! この剣を作ったように、何か、何かを!!)
死に迫ったものは、脳内麻薬が分泌されるなどで、通常より多くに思考ができるという。士郎はその俗説を体感しながら、『投影』を行った。
それは反射的に生み出されたものだった。ろくに形もできていない、士郎自身はっきりと見定めていない陽炎のごとき投影。しかしそれを投影したのは今回が初めてではないと士郎にはわかった。
手応えに憶えがあったのだ。以前、アーチャーと戦った夜、凛を助けるために作った『何か』だ。
ギャリンッ!!
その『何か』は、またも姿の見えぬまま、飛来した剣を弾き飛ばして消え去った。光のような軌跡のみを残して。
「ぐう……ッ」
無理な投影による反動か、もとより疲労していた肉体に、更なる痛みがのしかかる。だが、まだ力尽きるわけにはいかない。まだやるべきことが残っている。
士郎は、もう唸り声さえ上げなくなったバオーを、静かに見つめた。バオーには既に先ほどまでの殺気も闘志も感じられなかった。ただ来るべきものが来るその時を、黙って待っているようだった。
「………ごめん。俺はお前を、助けられない」
士郎は、バオーの首を刎ねた。
足を斬った時よりも激しく血が飛び散り、士郎の体を濡らす。それでも士郎は目を瞑りも背けもしなかった。ただ甘んじてそれを受けた。
「さよなら、慎二」
友の血を浴びながら、士郎は己の行為の跡を見つめていた。その所業を身と心と魂に刻みつけるように。いや、ように、ではなく、実際にそうだったのだ。
この様は自分の力が及ばなかった結果だと。自分がもっと強く、もっと賢ければ、あるいは違う未来もあったのではないかと。
ただ一瞬、斬られる前のバオーの顔が慎二のものに戻った気がした。意地っ張りで捻くれた、素直でない友人の、気恥ずかしそうな笑みが、浮かんでいたような気がした。思い込みかもしれない。精神的逃避かもしれない。しかしそれでも、士郎にはそれが救いの証であるように思えた。自分自身のではなく、慎二自身が救われたという意味で。
しかし、世界は士郎に、感傷にふける間を与えてはくれなかった。
『ふん……貴様の勝ちか小僧』
「「「「!!」」」」
その場にいた全員が、その声のした方向に目を向けた。その声は、この場にいる誰の声とも違っていたから。
『正直、分が悪いと思っていたのだがな』
その声の主は、さきほど斬り落とされて飛んだバオーの、間桐慎二の首を右手で拾う。
『とりあえず……こいつは回収だ』
その右手に、慎二の頭がズブズブと沈み込むように飲み込まれていく。蛇が獲物を飲み干すように、腕の内部を頭が通り、胴体へ落ち込んでいくのが、細い腕に生まれた膨らみで見て取れた。
『さて……この後はどうするかな』
そいつの全体的なフォルムは人に近いが、どのように見ても人とは違う『物』だった。
黒を基調とした体色。南洋に住む民族の仮面めいた奇妙な顔。自転車が変形して人型になったような、細い手足に、機械的な間接。ロボットのようにも生物のようにも見える、いわく言い難い怪人であった。
「あんた……何者よ」
宝石を指に挟んで構え、凛が問いただす。
そいつは答えた。
『【フー・ファイターズ】!! 私のことを呼ぶなら……そう呼べ』
……To Be Continued
2009年11月22日(日) 22:14:50 Modified by ID:lr5d6rqo+A