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人外だらけの聖杯戦争19


   人外だらけの聖杯戦争19 選択の時



 衛宮士郎はセイバーを握り、走っていた。その速度は肉体強化によって、そこいらの自動車を凌駕しており、目的地までもう1分とかかるまい。しかし日は既に沈みかけており、目的の人物とまみえた時には完全に夜となっているだろう。

 目的地は円蔵山、柳洞寺。

 アサシンが消滅した後、意識を取り戻した凛は一瞬、怒りとも悲しみとも、祈りともつかぬ、それらすべてを集積したような表情を見せたが、すぐにいつもの彼女になった。その強さに、士郎は尊敬さえ覚える。
 しかし、アサシンが最後の宝具を使ったため、凛の魔力は枯渇しており、これ以上の戦闘はできなかった。

 よって、士郎は凛を家で休ませることにした。歩くこともままならぬ凛を支えて、家に戻った時、士郎は更なる衝撃を受けることになる。家の鍵が砕かれ、イリヤスフィールの姿は消えていた。

『イリヤ………アインツベルン。そうか。アインツベルン家の御三家としての役割は、聖杯の器の用意。今回の聖杯は、おそらくイリヤの中にある。フー・ファイターズのマスターの狙いは、イリヤから聖杯を取り出し、聖杯を完成させること。フー・ファイターズが来いと言った柳洞寺は、聖杯を降ろすに最も都合のいい土地だしね』

 凛は敵マスターの目的に気がついた。そしてもう一つ、これはセイバーには聞こえないように士郎にだけ伝えられた。

『聖杯が完成すれば、イリヤの体はおそらくもたないわ。その前に………そう、セイバーの力で聖杯だけを壊せば、彼女は助かる』

 士郎はイリヤスフィールを助ける。たとえ敵マスターであるとしても、彼の『正義』は彼女を犠牲にすることを許さない。
 しかし、それはセイバーの聖杯を諦めろということ。納得してくれるとは思えない。今は強力な敵を斬ることを条件に共に戦っているが、聖杯を諦めているとは言い切れない。

『令呪を一つとっておきなさい。聖杯を壊すために使う分を。一回目の令呪の効果もあって、憑依されてもあなたが読まれたくない記憶までは読まれないと思うけど、セイバーの行動には注意しておきなさい』

 マスターに与えられる令呪は3つ。最初、セイバーを止めるために1回。アーチャーとの戦いで1回。計、2つ消費し、桜から分けられた1つを足して、現在、2つの令呪が彼の手にある。
 1つだけなら使用可能と見るか、1つしか使用できないと見るかは人によるだろうが、士郎はそれよりもセイバーに無理矢理命令することに抵抗を持っていた。セイバーは確かに従順とはとても言えないが、大河や桜を助けてくれた恩もあり、それを仇で返すようなことはしたくなかった。
 今はそのようなことを悩んでいる余裕はないが、その時が来たら自分は速やかに令呪を使えるだろうか? 士郎は自分の覚悟に自信が持てなかった。

『見えたぜ。柳洞寺だ』

 だが人生において、大抵の物事は覚悟を決める前に起こるものだ。ゆえに、いつだって覚悟は決めておかねばならない。少なくとも戦う気があるのであれば。そして、幸いなことに戦う覚悟だけは、充分にできていた。

 だから、士郎は石段を駆け登り、

「………生きていたのか」

 意外そうな、そうでないような、面倒くさそうな、嬉しそうな、そんな複雑な表情を見せる男に対しても、覚悟を持って剣を突き付けることができた。

「『よお。一切合切を終わらせる時が来たぜ。真っ二つになる準備は万端か?』」

「善悪に関係の無いところに位置する狂犬か。その歪みなき純粋さは眩いが、ゆえに私にとっては面白みがないな」

 セイバーの殺気を前に、この聖杯戦争の最後の戦いの相手、言峰綺礼は口で言う割には楽しげな顔をしていた。夜の闇に落ちたはずの空間は、赤い光で照らされて、その顔を明確に見せていた。

「あまり驚いた様子は無いな。予測していたのか?」
「遠坂がな。フー・ファイターズに襲われたのはあんたの教会。教会にはあんたの姿は無く、消火の結界まで準備されていた。そして、フー・ファイターズが乗っ取った遠坂の親父さんの死体………それを手に入れられた人物でもある。こうして考えてみれば、あんたが最も怪しいってさ」

 答えたのはセイバーではなく、士郎であった。ここに来て。士郎とセイバーで一つの体を共有することにも慣れたらしく、スムーズな人格の入れ替わりだった。

「む、そう言えば凛はどうした?」
「消耗が激しいから留守番だ。『てめえ如き、俺らだけで叩っ斬れるってんだよ』」

 会話の途中で衛宮士郎からセイバーへと変わり、綺礼に向かって駆け出した。
 二人の間の距離は、およそ三十メートル。今のセイバーであれば一っ飛びだ。もしも、邪魔が無ければ。

 ガィン!!

 セイバーの剣を弾き、その体を押し戻したものがいた。

「バルバルバルバルバルバル!!」

 そのシルエットは細くしなやかな、中型犬のものだった。おそらく、軍用犬、警察犬としても使われるドーベルマン種のものだろう。しかし、その額には奇怪な触角が蠢いている。その正体、見紛うはずは無い。

「バオー、マキリの少年に憑いていた寄生虫だよ。プロの格闘家でも噛み殺せるほどに訓練したドーベルマンに取り付けてみた。犬と侮るな。以前のバオーより強いぞ」

 綺礼の脅しめいた説明を、セイバーは鼻で哂った。

「『ふーん………だがよぉ』」

 バオー犬の姿が見る見るうちに変貌していく。牙や爪は更に鋭く伸び、筋肉は盛り上がり、全身が強化されていくのがわかった。
 犬の体毛がざわりと動き、その先端が一斉にセイバーに向いた。次の瞬間、体毛を針のようにして発射するバオーの武装現象の一つ、『バオー・シューティングビースス・スティンガー・フェノメノン』が発動した。そしてその毛の数は人間のバオーの比ではない。
 百本以上の針を前に、セイバーは剣を一薙ぎした。

「『アーチャーの毒矢ほどじゃねえなぁ!!』」

 この戦争の中で幾度も振るわれた剣はその速度を高め、既に音速を遥かに超えている。発生した衝撃波は、百の針を一振りで払い飛ばした。
 今度はこちらの番とばかりに、セイバーはバオー犬に迫る。バオー犬は恐れもせず、持ち前の能力のすべてを活用し、迎え撃つ。地上最強級の猛獣である虎を相手にしても、自分がやられたと気付かせることさえなく、瞬殺できる魔獣の牙が光った。

「バルバルバルバルバル!!」

 バオー犬は稲妻のように鋭く、セイバーの首に牙を突き立てんとし、

 ガチン

 口が閉じたとき、そこにあるはずのセイバーの首は無かった。

「?」

 さしものバオー犬もわけがわからず、疑問符を浮かべる。そしてその疑問が晴れる前に、バオー犬の意識はあっさりと闇に沈んだ。

「『まあ、準備運動はこんなものだろう』」

 一瞬にして、バオー犬の体を20以上の肉片に分解したセイバーは、ゴキリと首を捻る。

 ここでセイバーの実力について顧みてみよう。
 最初に召喚された時点で、セイバーは鋼鉄を斬り裂き、機関銃の弾雨をかわしてみせた。
 アーチャーとの戦いでは、長距離からの攻撃に対しての戦いを憶え、校舎の一角を切り崩した。ランサー戦では、強力な魔術武器【月霊髄液】をさばき、時臣の姿をしたフー・ファイターズの魔術をものともしなかった。
 この聖杯戦争で多くの敵を相手にし、その強さを尽く憶えてきた今の彼は、その速さはランサーを超え、力はバーサーカーに迫る。また士郎の肉体自体がセイバーと馴染み、全力を完璧に使いこなせるようになっている。
 そして今、バオーの速度と怪力も覚え直していた。

 いかんせん、正面からぶつかりあうような敵と戦うことが少なく、あってもすぐに中断されてきたために印象は薄いが、はっきり言って、補正やスキル、宝具や知略などを除外した純粋戦闘能力を計れば、もはやアーサー王やジークフリートといった英雄でさえ、今の彼には敵うまい。

 それが現在のセイバーの実力であった。

「バオーの速度は、既に発射されたライフルの弾丸を、認識してからかわすほどのもの。それを圧倒的に凌駕するとは。さすがというべきか」

 だがその戦闘力を目の前にして、綺礼は余裕を捨てなかった。

「だが、所詮はサーヴァントだ。マスターに逆らうことはできぬ奴隷。哀れなものだ」
「『ああ? 舐めた口を………』」
「衛宮士郎は、貴様を裏切ろうとしているぞ」

 それはイブを誘った蛇の声ではなかった。冷血動物の、温度の通わぬ冷たい声ではなく、人間の、欲望に熱せられた声だった。

「衛宮士郎の目的はイリヤスフィールの救出だろう? だが、彼女は聖杯の核だ。彼女を助けるということは、聖杯の完成を阻止するということだ。つまり、イリヤスフィールを助ければ………君の願いは叶えられない。拒めば令呪で強制されるだろう」

 綺礼は士郎の思考を読み尽し、心を理解し、その内部の決定的な弱点を突いた。マスターとサーヴァントが抱える、願いの反発を。

「さあどうするセイバー。貴様の願いを叶えること………私にならできるぞ? 私が衛宮士郎の令呪を奪い、マスターとして貴様と契約を結べばな」

 裏切りの誘い。そしてその裏切りを達成することはセイバーには難しくない。即刻、士郎の体を使い、自らの手を斬り飛ばせばいい。令呪が使われようとしても、命令を言い切られる前に事足りるだろう。

「『士郎よ………こいつはこう言っているが。どうだ?』」

 セイバーは、彼にしては非常に珍しいことに、感情の色の抜けた声で語りかけた。

「………そうだ。そのつもりだった」

 士郎は言い訳の一つもせず、肯定した。

「『ほう。で、どうする? 令呪を使ってみるか?』」

 セイバーの問いに、士郎は応えた。

「そうだな………考えてみれば、初めからこうしておけばよかった」

 士郎は自嘲するように首を振った。そして首の運動を止めた時、その目には迷いはなかった。

「頼むセイバー。イリヤスフィールを助けるために、協力してくれ」

 その言葉に令呪の力は籠められていない。ただ純粋な『お願い』だった。

「『………』」
「黙っていたことは謝る。それでも、今はお前しか頼れる奴がいないんだ。お願いだ」
「『………なぜ令呪を使わない?』」
「使いたくない。そりゃあ、お前とは今までも信頼し合えた関係ってわけじゃない。けど、仲間だっただろう?」
「『………俺が協力しなかったらどうする?』」
「その時は、俺一人で戦うさ」
「『あの投影魔術か。だが無理だ。魔力が持たない。死ぬだけだ』」
「ああ、俺じゃイリヤを救えない。だから、お前に頼んでる」
「『………』」

 士郎とセイバーが言葉を交わす間、と言っても傍からは一人の人間が、口調と表情を変化させながら独り言を呟いているだけに見えるが、ともかく綺礼は何も手出ししなかった。放っておけば、それで時間稼ぎになる。だが準備はしていた。

「『………お前はどうしてそう、イリヤスフィールを救うことばかりを考える。せめて自分が死にたくないから協力してくれとか、少しは自分本位なところがあるだろうに、握られているからよくわかるが、お前は本当にあの幼女を助けたいとしか思っていない。自分のことを何も考えていない』」
「それは」
「『お前と俺がどうしてこうも相性がいいのかわかったぜ。お前もただの【剣】なんだ。人間じゃない。俺がどんなに壊れ砕かれても、斬るということだけを考えるように、お前もどんなに傷ついて死にそうでも、人を救うということしか考えられない』」

 かつてセイバーは、圧し折られようと、砕き散らされようと、最後まで他者にとりつき、諦めずに敵対者を攻め続けた。それは使命感や忠誠で片づけられるものではない。『忠臣』ではない。『狂信者』でもない。自らの役目を全うすることのみを存在意義とする、完璧な『道具』のそれだった。
 そしてセイバーは己の本質をかんがみた上で、断言する。士郎も同じだと。

「『お前の過去を垣間見たことがある。お前は過去の大災害で、その心を殺され、空っぽになったところに、自分を救った衛宮切継の、人を救えた喜びを注がれた。それを己の中身としたというわけだ。要するに、お前の中身はお前自身のものじゃない。借り物の、そして紛い物だ』」
「違う!!」
「『何が違う?』」
「確かに借り物かもしれない。けど、紛い物なんかじゃない! あの時、俺が感じたあの想いは………」

 あの煉獄の中で、自分を救いあげてくれた義父の、あの泣きそうな笑顔は、それを美しいと思えたことだけは、

「決して、間違いなんかじゃない!!」
「『………そうか』」

 セイバーは、士郎の声にただ頷いた。

「『なあ、俺は考えていたことがある。俺は何のために生まれたのか。斬るために生まれたとするなら、なぜ物質透過という【斬らない】能力を持っているのか。そもそも、俺は何を斬るために生まれたのか。柄にもなく悩んでいた。だが、もういい』」

 そう語るセイバーの顔は、いつも浮かべるような、他者を威圧する狂相でも、他者を嬲る邪笑でもない。すっきりとした、晴れやかな表情だった。

「『剣は何も考えず、ただ斬るだけでいい。否、斬ることしかしてはいけない。そう思っていた。だが、お前の答えを聞いて考えが変わった。お前が自分の意志で、自分の道を選んだように、俺もまた選んでいいのだ。自らの道を』」

『自分は何のために存在するのか』という問いに対する彼の答え。
 それは、『何のために存在していてもいい』、というものだった。どのように存在するか、自分で選んでいいのだ。それは、ただ急いて斬り続けてきた彼に、不思議な平穏を与えた。今までの在り方も最高であったが、新しい自分となるのも悪くないのではないかと。
 そして、答えをくれた男に、多少報いてもいい気分だった。セイバーらしくない思考かもしれないが、『同類』に初めて出会ったことで心境が変化しているのかもしれない。

「『言峰綺礼。俺はお前のサーヴァントにはならない。俺は今まで、再びこの世に現界し、存分に斬りまくることを願ってきたが、今になって、【斬らない】という選択肢ができちまった。斬るのは今までもやってきたし、ものは試しに、【斬らない】方の道も行ってみようと思う。さて、そこで斬り納めと言っちゃなんだが』」

 さわやかな表情は、いつもの不敵な笑みに移り変わる。

「『全ての願いを叶える聖杯なんて大それた存在、最後の獲物として悪くねえと思わないか?』」

 こうしてようやく、最後の戦いが始まった。





  ……To Be Continued
2010年11月21日(日) 21:39:29 Modified by ID:rYhLxnf/bw




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