人外だらけの聖杯戦争23
人外だらけの聖杯戦争23 無限の剣集う仮宿
目の前に立つ言峰綺礼を観察する。
まず全身を鱗に覆われ、温度の無い目がギラギラと輝いている。鞭のような尻尾がユラユラと揺れ、手足には軍用ナイフのような爪が血に飢えている。そこまでは、士郎と戦っていた時と変わらない。
問題は傷口を塞ぐ黒い粘液。ただ傷を塞ぐだけでなく綺礼の体を衣服のように覆い、蠢いている。ところどころからは触手まで飛び出し、蛇のようにうねっている。
「………痛みが無い」
ポツリと呟いたかと思うと、綺礼の姿が消え、直後にセイバーの目前に現れた。
「『んなっ!!』」
バオーさえも凌駕する速度での接近に面食らいながらも、放たれた拳はかろうじてガードし、逆に斬撃を与えて綺礼の右手を斬り飛ばすことに成功する。しかし、綺礼はまったくその損失に動じなかった。
一度飛び退いて距離をとると、綺礼は失われた右手を見つめる。傷口からは一滴の血も流れはしなかった。すぐに傷口を黒い呪いが覆ったかと思うと、更に呪いが右手の形になり、失われた部位の代わりとして機能する。
「この感覚は………。かつての聖杯戦争で、私は心臓を失ったが、この黒い呪いが心臓の代わりをしてくれていた。そして、今、呪いは私の傷すべてを埋めることになったようだ。つまり………私は不死身といっていい。【この世全ての悪】が誕生するまでは」
綺礼は淡々と己の状態について語っていく。
「更に言えば………既に神経や筋肉は呪いに侵食されてしまったらしい。痛覚も疲労も何も感じない。本来、それは生命の危険信号が消えるという意味で、あまり歓迎すべきことではないのだが………私にとっては今更だ。
これならば、肉体が崩壊してしまわないよう、無意識のうちに抑えている分の力も出せるだろう。そうなるとどれほどの戦闘能力を持つことになるのか。私自身にもわからんな」
戦闘能力の増強については問題ではない。セイバーの能力ならば、すぐにでもその上を行く力に強化できる。問題は『不死身』という点だ。殺しても死なないのではどうにもならない。負けはしないが勝てもしない。そしてこのまま時間だけが過ぎていけば、最終的に勝つのは綺礼の方だ。
(どうしたもんか………)
不死身とはいえ限度はあるだろう。黒い呪いが、あえて綺礼の肉体を補完する形をとるということは、綺礼の体を核としているということだ。ならば、綺礼の全身を一度に、一瞬にして破壊しつくしてしまうことができれば、それ以上再生することはかなわないはずだ。
(だがそれだけの破壊力をどうやって持ってくるか………)
一番に浮かぶのは、さきほどフー・ファイターズに使った『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』であるが、いくらか問題がある。
さっきはセイバー自身を爆薬として使ったが、そのために、すでにセイバーの剣身は半分になってしまっている。これ以上折って使ったら、一度で決まらなかった時にはもう、次に打つ手がない。
士郎に宝具を作ってもらい、それを使って『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』を起こすという手もあるが、もうそこまでの魔力は士郎には残っていない。
何より問題なのが、綺礼の速度だ。さきほど一瞬にして距離を詰めた速さにしても、まだ全力ではあるまい。あの速度を完全に憶えぬままに、攻撃を当てることは、いくらセイバーでも困難だ。だが、憶える前に【この世全ての悪】が誕生してしまう危険があることを考えると、あまり時間をかけてもいられない。
(結局、賭けに出るしかない、か………?)
セイバーが文字通り、身を削る覚悟をしようとした時、
「セイバー、俺にも一つ案があるんだが、試してみないか?」
士郎がそのようなことを口にした。
「『何だ? マスターの魔力は限界だろ?』」
「ああ。もう投影するだけの魔力は無い。けれど………その前段階ならば可能だ」
士郎は、思いついたことを手短に説明する。その策は、セイバーの策と同様、上手くいく保証は無い賭けだった。だが、セイバーがその身を折る前に試す価値はあると、セイバーは思った。
「『よーし………やってみな!』」
「ああ、やってやるよ………セイバー!」
そして士郎は魔術回路を全力で励起させる。既に限界まで酷使した魔術回路が更なる負荷に悲鳴をあげ、全身に激痛が走る。それでも士郎はやめることはしない。
「令呪を持って命ず………セイバー、状態を完璧なものとせよ」
最後に残った令呪が消え、魔力へと変換されてセイバーに吸収される。さすがに折れた剣身までは再生しなかったが、今までになく強い魔力が、全体に満ちる。
相対する綺礼は動こうとはしない。綺礼の目的は時間稼ぎ。攻撃を仕掛けても、力を憶えられてしまうだけで無駄であり、待ちに徹する方がいいと考えているのだろう。士郎たちにしてみれば好都合だ。
下準備を済ませ、士郎は本番を開始する。
「―――同調、開始(トレース・オン)」
言葉と共に、士郎の内から、すなわち、いまだに士郎が無自覚なまま抱え込む『固有結界』の内から、今までに投影した『剣』の情報が溢れ出る。
―――アサシンから譲り受けた、銀の戦車から読み取った記憶。青年が、妹の仇を討つために修行をした記憶。DIOに操られ、炎の魔術師モハメド・アヴドゥルと戦った記憶。幾多のスタンド使いとぶつかり、妹の仇を討ってからもなお、友と共に闘い続けた記憶。
―――幼き頃に目にした、輝彩滑刀から汲み上げた記憶。一人の天才が、自らの種族を滅ぼした記憶。波紋使いをはじめとする敵たちを打ち破った記憶。仲間である柱の男たちの力の記憶。ジョセフ・ジョースターとの決戦の記憶。第4次聖杯戦争に召喚されてから、巨悪たちとの戦争の記憶。
―――この世全ての悪の中に見出した、幸運と勇気の剣から授かった記憶。黒騎士がメアリー・スチュアートの騎士として、女王エリザベスの軍勢と戦った記憶。吸血鬼の部下として蘇り、ジョナサン・ジョースターと戦った記憶。そして剣を受け継いだジョナサンが、吸血鬼ディオとの宿命の対決に挑んだ記憶。
たかだか3本の剣の記憶。しかし、そこに刻まれているのは、まぎれもない英雄の記憶。
ジョナサン・ジョースター、ジョセフ・ジョースター、空条承太郎、ジャン・ピエール・ポルナレフ、モハメド・アヴドゥル、花京院典明、イギー、ウィル・A・ツェペリ、ディオ・ブランドー、黒騎士ブラフォード、怪力タルカス、カーズ、ワムウ、エシディシ、サンタナ、シュトロハイム、呪いのデーボ、J・ガイル、ホルホース、ズィー・ズィー、エンヤ婆、鋼入りのダン、アラビア・ファッツ、カメオ、ミドラー、ンドゥール、アレッシー、ヴァニラ・アイス、ディアボロ、プッチ神父、ヴァレンタイン大統領、吉良吉影、ウォーケン、そして―――衛宮切継。
歴史上、伝説上に語られる聖剣、魔剣は数多くあれど、これほどに多くの記憶を刻んだ剣もそうはないのではないか。
そして、その記憶は士郎に憑依したセイバーにも注ぎ込まれ――それをセイバーは自らに記し、憶えこむ。いかにセイバーといえど、令呪によって魔力を前もって万全にしておかなければ、憶えきれなかったであろう、量と質であった。
「『フ、フ、フハハハハハハハ!! いいッ!! いいぞぉ! こいつはいけるぜマスター!!』」
セイバーは士郎がその魔術によって剣から引き出した記憶すべてを憶え、その記憶を上回るべく強化する。一瞬にして、セイバーの力は圧倒的に跳ね上がった。
剣の記憶を旅人とするなら、セイバーに流れ込む記憶の群れは、さしずめ『隊商(キャラバン)』だ。その隊商が集結するセイバーは、いわば宿である。何もかもバラバラの、目的も思想も理想も違う者たちが、一時なれど集う場所。剣の『隊商宿(サライ)』。安住の地にあらず。帰ってくる場所でもない。ただの中継点に過ぎない、しかし旅の途上でなくてはならぬ、誰もが集う場所。
これすなわち、衛宮士郎とセイバーの、どちらが欠けてもなしえぬ合体奥儀。
名を冠するならば―――【無限の剣集う仮宿(キャラバンサライ)】。
「な………これは………!?」
セイバーの現在の力を、本能的に悟った綺礼だったが、もはや遅かった。
「『ウッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』」
雄叫びが綺礼の耳に届いたのは、斬られる前だったのか、後だったのか、それさえもわからなかった。気がついた時には綺礼の胴は切断され、上半身と下半身は分かたれていた。いや、それを切断という言葉で済ませていいのだろうか。そう疑問をいだくほどに、その一撃は理解不能な威力を持っていた。
もしもその時の光景を横から見る者がいたら、綺礼の体を両断した一斬は風景までももろともに斬り裂き、空間には剣閃が描いた白い軌跡が残されていると、その目に捕らえたことだろう。
(敗北か………だがまだ……プッチ……天国を………)
敗北を理解し、消えゆく前に綺礼は、今の時点ではまだこの世界のどこかにいるはずの盟友に、願いをかける。第4次聖杯戦争で召喚された彼の望みは失敗したが、この世界ではどうなるかわからない。
だがもし成功すれば、その時に全人類が、宇宙の答え全てを得ることができるだろう。そう、言峰綺礼という許されざる悪が、存在する意味と理由の、答えが得られる日となるはずだ。
(私はもはや間に合わぬが………だが答えは、いつかきっと………)
それが、言峰綺礼の最後の思考となった。
大気が凄まじい力と速度で斬り分けられた影響か、切り裂いた軌跡を中心として猛烈な衝撃波の渦が生み出される。竜巻よりも強力なうねりは、綺礼の上半身、下半身をミキサーのように吸い込み、一瞬にして滅茶苦茶に粉砕し、次の瞬間にはソニックブームと共に出鱈目に撒き散らした。
周囲の木々を薙ぎ倒すほどの威力で炸裂した爆風は、駆け寄って切り裂いた勢いで、綺礼の遥か後方にまで走り遂げていなければ、セイバー自身をも巻き込んでいただろう。
「『………次元斬』」
それが、セイバーが最後に使った技の名。もはやEXランクの宝具にも等しい、擬似的空間切断の領域であった。
「『勝ったな』」
「ああ………セイバー」
「『わかってる。あの小娘も、助けるんだろう』」
いまだに口を開く聖杯と、磔にされたイリヤを仰ぎ見る。
「セイバー、今更だけど、本当にいいのか?」
「『マジで今更だな。ここで俺が嫌だって言ったらどうすんだよ。無駄な質問すんじゃねえ』」
「そうだな………そうだけどな………」
「『………フン。何、未練はねーよ。あの虎女には一言何か言ってやりたかったけどよ。なんつーか、結構いい気分なんでな。だがまあ、世の中色々わからんことが起こるから、もしも、また会う時があったら』」
セイバーは、彼にしては珍しく邪気の無い笑いを込めて、
「『その時はまた、体貸しな』」
「………ああ、考えといてやるよ」
言葉はもはや、必要無かった。二人はただ笑みを交わし、剣を振りかぶり、黒い呪い溢れる聖杯へと、投げ放った。
聖杯は剣を受けて砕け、解放されたイリヤスフィールが、空から落ちてくる。士郎はイリヤを優しく抱きとめる。
「さよなら。セイバー」
士郎は、聖杯が砕けると同時に、光となって消滅した、折れた剣を見送りながら呟いた。
第5次聖杯戦争はこうして完全な、終焉を迎えた。
……To Be Continued
目の前に立つ言峰綺礼を観察する。
まず全身を鱗に覆われ、温度の無い目がギラギラと輝いている。鞭のような尻尾がユラユラと揺れ、手足には軍用ナイフのような爪が血に飢えている。そこまでは、士郎と戦っていた時と変わらない。
問題は傷口を塞ぐ黒い粘液。ただ傷を塞ぐだけでなく綺礼の体を衣服のように覆い、蠢いている。ところどころからは触手まで飛び出し、蛇のようにうねっている。
「………痛みが無い」
ポツリと呟いたかと思うと、綺礼の姿が消え、直後にセイバーの目前に現れた。
「『んなっ!!』」
バオーさえも凌駕する速度での接近に面食らいながらも、放たれた拳はかろうじてガードし、逆に斬撃を与えて綺礼の右手を斬り飛ばすことに成功する。しかし、綺礼はまったくその損失に動じなかった。
一度飛び退いて距離をとると、綺礼は失われた右手を見つめる。傷口からは一滴の血も流れはしなかった。すぐに傷口を黒い呪いが覆ったかと思うと、更に呪いが右手の形になり、失われた部位の代わりとして機能する。
「この感覚は………。かつての聖杯戦争で、私は心臓を失ったが、この黒い呪いが心臓の代わりをしてくれていた。そして、今、呪いは私の傷すべてを埋めることになったようだ。つまり………私は不死身といっていい。【この世全ての悪】が誕生するまでは」
綺礼は淡々と己の状態について語っていく。
「更に言えば………既に神経や筋肉は呪いに侵食されてしまったらしい。痛覚も疲労も何も感じない。本来、それは生命の危険信号が消えるという意味で、あまり歓迎すべきことではないのだが………私にとっては今更だ。
これならば、肉体が崩壊してしまわないよう、無意識のうちに抑えている分の力も出せるだろう。そうなるとどれほどの戦闘能力を持つことになるのか。私自身にもわからんな」
戦闘能力の増強については問題ではない。セイバーの能力ならば、すぐにでもその上を行く力に強化できる。問題は『不死身』という点だ。殺しても死なないのではどうにもならない。負けはしないが勝てもしない。そしてこのまま時間だけが過ぎていけば、最終的に勝つのは綺礼の方だ。
(どうしたもんか………)
不死身とはいえ限度はあるだろう。黒い呪いが、あえて綺礼の肉体を補完する形をとるということは、綺礼の体を核としているということだ。ならば、綺礼の全身を一度に、一瞬にして破壊しつくしてしまうことができれば、それ以上再生することはかなわないはずだ。
(だがそれだけの破壊力をどうやって持ってくるか………)
一番に浮かぶのは、さきほどフー・ファイターズに使った『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』であるが、いくらか問題がある。
さっきはセイバー自身を爆薬として使ったが、そのために、すでにセイバーの剣身は半分になってしまっている。これ以上折って使ったら、一度で決まらなかった時にはもう、次に打つ手がない。
士郎に宝具を作ってもらい、それを使って『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』を起こすという手もあるが、もうそこまでの魔力は士郎には残っていない。
何より問題なのが、綺礼の速度だ。さきほど一瞬にして距離を詰めた速さにしても、まだ全力ではあるまい。あの速度を完全に憶えぬままに、攻撃を当てることは、いくらセイバーでも困難だ。だが、憶える前に【この世全ての悪】が誕生してしまう危険があることを考えると、あまり時間をかけてもいられない。
(結局、賭けに出るしかない、か………?)
セイバーが文字通り、身を削る覚悟をしようとした時、
「セイバー、俺にも一つ案があるんだが、試してみないか?」
士郎がそのようなことを口にした。
「『何だ? マスターの魔力は限界だろ?』」
「ああ。もう投影するだけの魔力は無い。けれど………その前段階ならば可能だ」
士郎は、思いついたことを手短に説明する。その策は、セイバーの策と同様、上手くいく保証は無い賭けだった。だが、セイバーがその身を折る前に試す価値はあると、セイバーは思った。
「『よーし………やってみな!』」
「ああ、やってやるよ………セイバー!」
そして士郎は魔術回路を全力で励起させる。既に限界まで酷使した魔術回路が更なる負荷に悲鳴をあげ、全身に激痛が走る。それでも士郎はやめることはしない。
「令呪を持って命ず………セイバー、状態を完璧なものとせよ」
最後に残った令呪が消え、魔力へと変換されてセイバーに吸収される。さすがに折れた剣身までは再生しなかったが、今までになく強い魔力が、全体に満ちる。
相対する綺礼は動こうとはしない。綺礼の目的は時間稼ぎ。攻撃を仕掛けても、力を憶えられてしまうだけで無駄であり、待ちに徹する方がいいと考えているのだろう。士郎たちにしてみれば好都合だ。
下準備を済ませ、士郎は本番を開始する。
「―――同調、開始(トレース・オン)」
言葉と共に、士郎の内から、すなわち、いまだに士郎が無自覚なまま抱え込む『固有結界』の内から、今までに投影した『剣』の情報が溢れ出る。
―――アサシンから譲り受けた、銀の戦車から読み取った記憶。青年が、妹の仇を討つために修行をした記憶。DIOに操られ、炎の魔術師モハメド・アヴドゥルと戦った記憶。幾多のスタンド使いとぶつかり、妹の仇を討ってからもなお、友と共に闘い続けた記憶。
―――幼き頃に目にした、輝彩滑刀から汲み上げた記憶。一人の天才が、自らの種族を滅ぼした記憶。波紋使いをはじめとする敵たちを打ち破った記憶。仲間である柱の男たちの力の記憶。ジョセフ・ジョースターとの決戦の記憶。第4次聖杯戦争に召喚されてから、巨悪たちとの戦争の記憶。
―――この世全ての悪の中に見出した、幸運と勇気の剣から授かった記憶。黒騎士がメアリー・スチュアートの騎士として、女王エリザベスの軍勢と戦った記憶。吸血鬼の部下として蘇り、ジョナサン・ジョースターと戦った記憶。そして剣を受け継いだジョナサンが、吸血鬼ディオとの宿命の対決に挑んだ記憶。
たかだか3本の剣の記憶。しかし、そこに刻まれているのは、まぎれもない英雄の記憶。
ジョナサン・ジョースター、ジョセフ・ジョースター、空条承太郎、ジャン・ピエール・ポルナレフ、モハメド・アヴドゥル、花京院典明、イギー、ウィル・A・ツェペリ、ディオ・ブランドー、黒騎士ブラフォード、怪力タルカス、カーズ、ワムウ、エシディシ、サンタナ、シュトロハイム、呪いのデーボ、J・ガイル、ホルホース、ズィー・ズィー、エンヤ婆、鋼入りのダン、アラビア・ファッツ、カメオ、ミドラー、ンドゥール、アレッシー、ヴァニラ・アイス、ディアボロ、プッチ神父、ヴァレンタイン大統領、吉良吉影、ウォーケン、そして―――衛宮切継。
歴史上、伝説上に語られる聖剣、魔剣は数多くあれど、これほどに多くの記憶を刻んだ剣もそうはないのではないか。
そして、その記憶は士郎に憑依したセイバーにも注ぎ込まれ――それをセイバーは自らに記し、憶えこむ。いかにセイバーといえど、令呪によって魔力を前もって万全にしておかなければ、憶えきれなかったであろう、量と質であった。
「『フ、フ、フハハハハハハハ!! いいッ!! いいぞぉ! こいつはいけるぜマスター!!』」
セイバーは士郎がその魔術によって剣から引き出した記憶すべてを憶え、その記憶を上回るべく強化する。一瞬にして、セイバーの力は圧倒的に跳ね上がった。
剣の記憶を旅人とするなら、セイバーに流れ込む記憶の群れは、さしずめ『隊商(キャラバン)』だ。その隊商が集結するセイバーは、いわば宿である。何もかもバラバラの、目的も思想も理想も違う者たちが、一時なれど集う場所。剣の『隊商宿(サライ)』。安住の地にあらず。帰ってくる場所でもない。ただの中継点に過ぎない、しかし旅の途上でなくてはならぬ、誰もが集う場所。
これすなわち、衛宮士郎とセイバーの、どちらが欠けてもなしえぬ合体奥儀。
名を冠するならば―――【無限の剣集う仮宿(キャラバンサライ)】。
「な………これは………!?」
セイバーの現在の力を、本能的に悟った綺礼だったが、もはや遅かった。
「『ウッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』」
雄叫びが綺礼の耳に届いたのは、斬られる前だったのか、後だったのか、それさえもわからなかった。気がついた時には綺礼の胴は切断され、上半身と下半身は分かたれていた。いや、それを切断という言葉で済ませていいのだろうか。そう疑問をいだくほどに、その一撃は理解不能な威力を持っていた。
もしもその時の光景を横から見る者がいたら、綺礼の体を両断した一斬は風景までももろともに斬り裂き、空間には剣閃が描いた白い軌跡が残されていると、その目に捕らえたことだろう。
(敗北か………だがまだ……プッチ……天国を………)
敗北を理解し、消えゆく前に綺礼は、今の時点ではまだこの世界のどこかにいるはずの盟友に、願いをかける。第4次聖杯戦争で召喚された彼の望みは失敗したが、この世界ではどうなるかわからない。
だがもし成功すれば、その時に全人類が、宇宙の答え全てを得ることができるだろう。そう、言峰綺礼という許されざる悪が、存在する意味と理由の、答えが得られる日となるはずだ。
(私はもはや間に合わぬが………だが答えは、いつかきっと………)
それが、言峰綺礼の最後の思考となった。
大気が凄まじい力と速度で斬り分けられた影響か、切り裂いた軌跡を中心として猛烈な衝撃波の渦が生み出される。竜巻よりも強力なうねりは、綺礼の上半身、下半身をミキサーのように吸い込み、一瞬にして滅茶苦茶に粉砕し、次の瞬間にはソニックブームと共に出鱈目に撒き散らした。
周囲の木々を薙ぎ倒すほどの威力で炸裂した爆風は、駆け寄って切り裂いた勢いで、綺礼の遥か後方にまで走り遂げていなければ、セイバー自身をも巻き込んでいただろう。
「『………次元斬』」
それが、セイバーが最後に使った技の名。もはやEXランクの宝具にも等しい、擬似的空間切断の領域であった。
「『勝ったな』」
「ああ………セイバー」
「『わかってる。あの小娘も、助けるんだろう』」
いまだに口を開く聖杯と、磔にされたイリヤを仰ぎ見る。
「セイバー、今更だけど、本当にいいのか?」
「『マジで今更だな。ここで俺が嫌だって言ったらどうすんだよ。無駄な質問すんじゃねえ』」
「そうだな………そうだけどな………」
「『………フン。何、未練はねーよ。あの虎女には一言何か言ってやりたかったけどよ。なんつーか、結構いい気分なんでな。だがまあ、世の中色々わからんことが起こるから、もしも、また会う時があったら』」
セイバーは、彼にしては珍しく邪気の無い笑いを込めて、
「『その時はまた、体貸しな』」
「………ああ、考えといてやるよ」
言葉はもはや、必要無かった。二人はただ笑みを交わし、剣を振りかぶり、黒い呪い溢れる聖杯へと、投げ放った。
聖杯は剣を受けて砕け、解放されたイリヤスフィールが、空から落ちてくる。士郎はイリヤを優しく抱きとめる。
「さよなら。セイバー」
士郎は、聖杯が砕けると同時に、光となって消滅した、折れた剣を見送りながら呟いた。
第5次聖杯戦争はこうして完全な、終焉を迎えた。
……To Be Continued
2011年02月09日(水) 01:08:55 Modified by ID:x8ogxvHq6w