Fate/kaleid ocean イリヤの奇妙な冒険
一人の少女が闇夜を駆ける。
雪を糸にしたように輝くシルバーブロンド。ルビーのように煌めく紅い双眸。幻想を舞う妖精のような、美しい少女。けれど、その身に溢れる生命力は、少女が現実の存在であることを力強く見せつけていた。
少女の名はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン――小学5年生。
「コンパクト・フルオープン! 鏡界回廊・最大展開!」
副業として――
「プリズマイリヤ! 推・参!」
魔法少女を少々。
◆
『聖杯戦争』
かつて冬木で行われた魔術儀式。
あらゆる願いを叶える、万能の願望器を生み出すために行われたそれは、しかし60年前の第3次聖杯戦争の後に、儀式装置である『大聖杯』は根こそぎ奪われて消失。
10年前には『大聖杯』の探索を願うために、新たな聖杯戦争が冬木で行われたが、失敗。聖杯戦争の儀式を生み出した『御三家』のうち、アインツベルンと間桐は滅びた。残ったのは遠坂家のみ。
冬木の聖杯戦争は、もう起こらない、はずだった。
◆
「冬木で、聖杯戦争が!?」
「そう、これは『御三家』は関わっていない。しかも、流出した情報を元に、あちこちで行われている聖杯戦争とも一線を画している。魔力の波長などの特徴から、これは『カード』を生み出すための聖杯戦争だと断定された」
『カード』
それは魔術師の傲慢な思考の結晶。
人間の可能性の局地に至った存在、英雄。霊的に人間の一つ上に昇った存在、英霊。
そんな磨き上げられた貴い幻想を、身勝手に使う武器とするためのアイテム。
「英霊の座に接続し、その情報を引き出して、英霊の力を現出させるという理論。その理論を現実のものとするため、英霊の座への道を開く門となる『カード』。その『カード』を、聖杯戦争で生み出したサーヴァントを元にして生み出す。それが今回の聖杯戦争……」
聖杯自体はもはや願望器といえるものではない。できるのは倒された英霊を『カード』化することと、最後に勝者になったサーヴァントを受肉させることくらいだろう。
魔術師にとっての悲願である根源への到達に、役立つようなものではない。本来の魔術師ならば求めない、強力な武器のみを求めて生み出された聖杯戦争なのだ。
「理論自体は大分前から構築されていたが、どれも成果は上がっていなかった。『カード』化そのものの失敗や、『カード』化しても、ごく弱い力しか発揮させられなかった例もある。数少ない成功例でさえ、労力に見合わない、三流の英霊を『カード』化した程度だ。だが、今回に関しては気になる名が挙がっている」
冬木の『大聖杯』が失われてから、流出した聖杯戦争の情報を基に、無数の聖杯戦争が各地で行われている現状で、時折、耳にする名があった。
目的はわからないが、聖杯戦争を生み出し、聖杯戦争に参加し、手段を選ばず、時に町一つを住人ごと滅ぼしてまで、『何か』を求めて、動く者たち。
「秘密組織『ドレス』」
◆
かくて、彼らは冬木に集う。
◆
二人の女性が並んで、空港に降り立つ。
一人は黒髪のツインテール。赤い上着と黒いミニスカート、ニーソックスを身につけた日本人女性。遠坂凛。
一人はロールした金髪。青いドレスで着飾った西洋人女性。ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。
共通点は、どちらも見惚れるほどの美人であるということと、その美貌を帳消しにするほどの不機嫌さを抱えていること。そして、どちらも妙なステッキを所有していることだった。
「やれやれね………まさか1年で帰ってくるハメになるとは思わなかったわ」
「湿っぽくて雑多な国ですこと……優雅さの欠片もない貴女にはお似合いですわね」
降り立った瞬間からいがみ合い、口争いが掴み合いになるまで、そう時間はかからなかった。
「こうなったのも元はと言えば貴女が……!」
「自分を棚に上げてよく言うわ、この縦ロール!!」
その動きは、力も速さも技術も、素人のものではなかった。
その醜態は周囲の人間の注目を集めていたが、ただ一つ、その様子を興味本位ではなく、確かな目的から冷静に観察する視線があった。
『あれが時計塔の魔術師………とやらか』
その主は、天井に浮かびあがった、奇妙な『顔』であった。
『どんな明日が欲しかったんだろう、なにも知らずに望んでいたんだね』
◆
一人の女が暗い地下室において、儀式を行う。
少年の腹部が引き裂かれ、血しぶきが散って、猿轡の奥で悲鳴が上がる。
女は、少年の体内からちぎり取られたばかりの腸を右手に垂らし、その色と艶を鑑賞する。
「いいわよ貴方。いい素材………けど今夜は少し急がないといけないから………」
右手から臓物を床に落とし、代わりに研ぎ澄まされたナイフを手にする。
「早々に生贄にするわ」
女の怜悧な美貌に表情は無い。躊躇も容赦も無く、嗜虐の愉悦も無い。ただ的確に必要な作業をこなすのみだ。あらゆる感情を胸の内に封殺し、女はナイフを一閃。少年の首が切り裂かれ、同時にその命も絶える。しかし、少年にとってはむしろ救いであっただろう。
女の名は、セレニケ・アイスコル・ユグドミレニア。
生贄を捧げ、他者の苦痛を自分の力とし、呪殺を行う、黒魔術の担い手。
すなわち――
「これで必要な分は揃ったわね………では早速……『素に銀と鉄。礎に石と契約の大公』」
魔女である。
『本当の自分怖がって逃げちゃ、終わりのないその夢に迷い込むよ』
◆
夜の寂れた倉庫の中で、2人を囲むように、32人の男女が立っていた。
普通であれば、2人の側の方が怯えるはずの状況であるが、2人の方は平然としている。むしろ囲んでいる側の方が青ざめ、腰の引けた様子であった。
「諸君らの目的は、サーヴァントの召喚………だったはずだ」
2人の内の1人が言う。
黒のローブで身を包み、黒いブーツ、黒手袋をはめ、黒いベールを深く被ったその人物は、肌はおろか、髪の一本さえ露出していない。声も変えているようで機械的で甲高い。
「わ、わかっている。だが、その、予期せぬ手違いが……」
32人の代表らしき、50代ほどの男が必死の表情で弁解しようとした。
しかし、
「たとえどのような予想外の出来事が起こったのであっても、諸君らが任務に失敗した事実に変わりは無い」
黒ずくめの人物は、滑らかな動きで右手を前に出す。その手の中には、一丁のライフルがあった。
「や、やめてくれ『ウィンチェスター夫人』!! この失敗は必ず」
それ以上、台詞を口にすることは許されなかった。ライフルから発射された弾丸は、無慈悲に男の鼻を貫き、脳を破壊する。
残された31人は、悲鳴をあげて後ずさり、多少反応の早いものは既に背を向けて逃げ出していた。
だが、『ウィンチェスター夫人』と呼ばれた黒ずくめの人物の背後で動かずにいた、もう一人が動いた。
漆黒の鎧に身を固め、対照的に病的な白い肌を見せる女騎士。その眼には人間らしい感情はなく、狂的な殺意に輝いている。
「―――!!」
声無き唸りと共に『剣』が振るわれた。
同時に禍々しい風が生まれ、逃げ出そうとしていた者たちを薙ぎ払い、叩き潰す。その一撃で少なくとも10人は絶命した。
「失敗は許されない。一人も残さず始末する」
冷酷に『ウィンチェスター夫人』は、既に決められたことを口にする。
「それがドレスのやり方なのだ」
『手の届かない願いはいらない。そっと手をとれる勇気...欲しい』
◆
二つの人型がぶつかり合う。
いや、ぶつかり合うというよりは、ただ一方が攻撃し、もう一方がそれをどうにかしのいでいるという状況だ。
攻撃する方は、長い髪をたなびかせる美女。両目を覆い隠すバイザー。肩や太ももを露出し、体の線を強調したドレスをまとっており、野獣よりも速く疾走していた。
(やれやれね………こいつが伝説の英雄というやつか)
鎖のついた短剣が投げつけられる。背後から投げられたそれを、追い立てられる方は見ることなくかわす。
(近距離パワー型のスタンドでも、ここまでの奴はそうはいない。とんでもないわね……しかもこっちは本気を出せない)
自分にも願いはあるが、あのマスターのために力を振るうなどまっぴらごめん――追い立てられている女性は、そう考える。
やがて、短剣を投げつけても当たらないことに業を煮やしたらしく、バイザーの女は、走る速度を上げ、逃げる女の隣に並ぶ。
「良く逃げる……しかし、いい加減に覚悟を決めてもらいましょう」
そしてバイザーの女は、人体を軽くひきちぎることのできる怪力を、逃げる女に向ける。
ギュオッ!
風切る音。
直後、バイザーの女の抜き手が、逃げる女の胸を突き、背中まで貫いた。
「………?」
妙に手応えが無いことを訝しみながら、バイザーの女が腕を引き抜く。逃げていた女の胸の中央には、確かな穴が開いていた。
だが、その穴からは一滴の血も出ていない。
「これは………!」
逃げていた女の胸の穴は、更に大きく広がっていく。視覚の無いバイザーの女には見えなかったが、女の胸の穴は貫かれたことによってできたのではなかった。女の体がほつれて、『糸状』になっていくことによってできていたのだ。
(本当に………やれやれって感じね)
女の体は急速に糸へと変わり、人間の体では入ることのできない、道路の排水溝の中に入り、都会の地下の闇へと消えて行く。
状況を察したバイザーの女が追い打ちをかけるよりも先に、逃げていた側の、『首筋に星型の痣』のある女は、まんまと逃げおおせたのだった。
『星は変わる世界の闇と夜を照らして、導く空へ飛んでいけるんだよ』
◆
一つの倉庫が爆音と共に砕け散る。
燃え盛る炎の中から、黒い弓を装備した浅黒い肌の青年が現れた。
「逃げられたか……だが工房は潰した。まずまずの戦果と言っていいだろう」
青年は手にしていた弓を消し、消防車やパトカーが来る前に、その場を退散する。
(この世界は、私のいた世界とは随分違う。だがだからこそ――希望がある。護らなければならない)
青年は誓う。己に誓う。
この町を護ると。己の信じた正義を、求めた正義を、なしてみせると。
「さて………マスターに報告に戻るとするか」
『叶ったすべてのことは信じ描いた星座ね。あの日交わした約束のようだよ』
◆
一人の少女が立っていた。
住む場所はない。食べる物もない。衣服もない。居場所もない。
けれど生きている。
彼女の名は美遊。
「お兄ちゃん……私は………」
今は、ただの少女だ。
『I Believe』
◆
【Fate/kaleid ocean イリヤの奇妙な冒険】
近日公開!!
2015年06月28日(日) 22:27:58 Modified by ID:U2AS0iGpzg