第1話

 どことなくよそよそしくて、ひんやりとした11月の曇り空を見ると、僕はいつも10年前のあの瞬間を思い出す。今はもう遠い過去になってしまったが、あのときの日常の雰囲気を含んだ空気を僕は今でも他のどんなものよりも鋭敏に捉えることができる。既視感という言葉では表しきれない何かがそこにはあった。

今からちょうど10年前の秋の半ばのことであった。

僕は都内の私立大学に通う19歳の学生で、心理学を専攻していた。その日は確か朝、雨が降っていて、僕はコンビニで傘を買い、2限の講義に出席するために徒歩で大学に向かっていた。
小雨の中を傘をさして、早足で歩いていると、後ろから小型のトラックが走ってくるのが分かった。あまり広い道路ではなかったので、僕は道路の端に身を寄せてそのトラックが通りすぎるのを待とうとした。トラックは僕の前を通り過ぎようとしたが、どういうわけか僕の目の前で止まり、窓が開いた。
「兄ちゃん、乗ってきなよ!遅刻するぜ」
 トラックの運転手は開口一番こう言った。僕はもちろん彼のことを全く知らなかった。
「いや、500メートルもないので、大丈夫です。すいません」
 僕がこういうと、トラックの運転手は急に血相を変え、
「人の親切踏みにじりやがって!しかし、おまえは地獄に落ちる」
 こう言い放った。そしてトラックは急発進し、エンストを二回した後、角を曲がって見えなくなった。
 「朝一番から地獄におちる、か」
 僕は呟いた。周りには誰もいなかった。
 そのまま大学まで歩き、大学に着くと入り口の向かいにある噴水を擁した建物に入った。そして階段を上がって「心理学特殊論」の教室に入ると、まだ授業は始まっていないようで、教室の中は学生たちの雑多な話し声で溢れていた。僕は入り口とは反対側の後方の席に座り、カバンからルーズリーフを取り出して、授業の始まるのを待った。
 5分ほど待っていると、女性がやってきた。
女性「すいません。そこ空いてますか?」
僕「チャック開いてますか?」
女性「チャックじゃないです。席です」
僕「失礼しました。チャックは開いてませんが席は空いてますよ。なんならチャックも開けましょうか?」
2005年10月12日(水) 22:49:28 Modified by miduki2ishi




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