◆◆◆


雲一つない青空、さんさんと照りつける太陽とその光を反射しきらきらと輝く紺碧の海。
剣と魔法の世界でも同じく真夏のシーズンになれば人々は海水浴を楽しむ。
そしてここ、キングダム王国随一の観光地、ボーゼル島は特に多くの人がバカンスを満喫している


――――――――――――――――――――はずなのだが。


「うわあ見てください、先輩!浜辺が完全に貸切り状態ですよ!」

例年なら家族連れや富裕層でにぎわいを見せるはずのボーゼル島にはそういった人間は一人もおらず、
代わりに武装した十数人の兵士たちとやけに元気いっぱいの少女の声が響くだけだった。

「はは・・・ハルカちゃん、遊びに来たわけじゃないんだよ。
あらかた片づいたとはいえまだこの周辺には魔物がうろついているし・・・」

兵士一団のリーダーであろう、緑髪を長く結わえた青年は少女を苦笑交じりにたしなめた。

「それはわかってますって!アズマ隊長!私も腐っても腐らずともキングダム王国兵士団の一員です!
はやいとこターゲットの魔物をやっつけてボーゼル島に平和をもたらしましょう!そしてバカンスに直行です!」

ハルカと呼ばれた少女はさきほどの青年、アズマに持ち前の性格からきているのであろう満面の笑顔を向けた。
若葉の髪飾りを身に付けた幼い顔立ちではたから見たらとても兵士には見えないであろう。

「わかっているのか心配だな・・・ターゲットもやすやすと倒せる代物じゃないしね」
ハルカの笑顔に応えてアズマは一瞬苦笑いを浮かべたがすぐさま深刻な表情に切り替えた。


「は、はい。なにしろ先に現地入りした別部隊が壊滅状態・・・なんですよね」

「ああ。それを受けて我々ハナマル小隊が派遣されたわけだけど・・・もう一度ターゲットを確認しておこう。
魔物はタコダスとは別系統の外来種モンスター、クラッケンジュニア、だ。」

「クラッケンというモンスターはいないのになんでジュニアなんですかね?」

「・・・この間もロビンが亡くなったところなんだ。朝の子ども劇場世代でも寂しい限りだね・・・」

「?」
「なに、気にすることはない。奴の触手にはタイプが違う2種類の毒針がついていて、ほとんどの兵士がこれにやられている。
水中戦になることも考えると接近して切り込むのは難しい」

「と、いうことで今回は国一番の勇者様に助っ人を頼んでいるんですよね?隊長」
後ろの方にいた別の兵士がアズマの話に割り込む。

「そうだ。我々は海中にいるクラッケンを陸上まで誘導する、
そして勇者一行にクラッケンとの本戦を任せる、というのが今回の作戦のおおまかな流れだ」



「私、その作戦には納得いきません!」

何か不満があるのかハルカはほほを膨らましてアズマの作戦に反対の意を表す。

「え、どこか作戦に穴があるかな?ハルカちゃん」

「いえ、先輩、いや隊長の作戦はいつどんな時でもパーフェクト120%です。
でも今回のそれだとなんか勇者に手柄を取られているような感じがします」

「はは、仕方ないよ。戦おうにも僕たちの中に遠距離でも届く攻撃魔法を使える者がいないからね。
それに王国に平和が、みんなの笑顔が戻るなら手柄なんて大した問題じゃないよ」

「むう・・・それでも魔法が使えるなんてずるいですよね。だってなんでも出来ちゃうじゃないですか。
薬草いらず剣いらず爆弾いらずですよ!そのうち私たちも議会に事業仕分けされちゃいますよ!」

「いや、ハルカよ、それはないんじゃないかな。兵士団制度は数年前の人形がらみのクーデター未遂の経験から出来たんだし、
議会もすぐに廃止にはしないと思うぜ・・・たぶん。そういえばアズマ隊長、あの野球人形の事件にも今回の勇者一行の方々が活躍したんですよね?」

そう兵士が尋ねるとアズマを嬉しそうにうなずいた。
「ああ、そうだね。今回は勇者様を含めて3人来てもらっている。
ふふ、任務が終わったらガンダーゴーレムとの戦いの武勇伝を聞いてみたいものだよ」

「むきー!私のグリーンアイ(嫉妬)パワーが急上昇してきました!
こうなったらその勇者とタイマン勝負です!どっちか廃止見送りになるか直談判です!」

「おいおい・・・お前じゃあタイマンどころか相手にされないだろうよ。

――――――――――――っと、噂をしたら来られたみたいですよ、隊長」


兵士が指さす灼熱の浜辺の先には、3人の人影が見えた。一番左は胴着姿の格闘家の男、その横には分厚いメガネを掛けているせいか顔がよくわからない男、
そしてその横は魔法の杖を持ちこのくそ暑い中で茶色のローブをまとっているため男か女かすらもわからない人間がハルカ達に近づいてくる。


「すいません、怪我をした兵士さんの治療で遅れてしまいました」

まず一番右のローブの人間が口を開いた。声色からどうやら女であるようだ。

「とんでもない、クラッケン退治だけでなく兵士の治療までしてもらえるとは大変なご厚意であり感謝しきれません」

「まあそんな硬い言葉になるなよ、アズマ。今回は少し歯ごたえのある相手みたいだから久しぶりに修業の成果が試せるから楽しみだ」

格闘家風の男が豪快に笑いながらアズマの肩をたたく。アズマも社交辞令が馬鹿らしくなったのか笑顔に見せ彼の肩をたたき返す。
どうやらアズマとは古くから面識のある人物のようだ。

「お前はなにかあるごとに修業だな、アカサカ。今回も頼りにしているよ。そういえばあの人が見当たらないけど、まだきて」
「タノモーーー!!勝負です、勇者!どちらがキングダムのはやぶさになるか受けてみろです!」

きらきらと輝く砂が舞い散った。わけのわからない大声とともにいきなりアカサカとアズマの間に入るハルカ。
その鼻息も暑さもあってか少し荒い。そして自分より背の高いアカサカを見上げる形で睨みつけ、アカサカは太い眉毛を釣り上げて、

「うむ、その心意気は十分良し!お前さんが、アズマが言っていたハルカと言うやつだな?
喜んで特訓相手にでも、どんな勝負でも受けてやろう!だが俺は勇者じゃないぞ、格闘家のアカサカだ」
「え、そうなの・・・いやそうか!じゃあ、勇者は・・・」

アカサカのすぐ横のメガネに視線を移そうとしたが、こんなうだつの上がらない奴が勇者なわけはないだろう、
という考えがハルカの頭をよぎった。
よってこいつは却下。ということは、消去法から考えて・・・




「お前だな!いざ尋常に勝負を受けなさい!さあ!さあ!」

「ひゃあ!?ち、違います!私、勇者じゃありませーん!」

ハルカが飛びかかった拍子に、フードが外され少女の顔に光が注ぐ。病的なまでに色白な肌が現れ、フードの中に納めていたのか長い髪が四方に広がる。
アズマと同じく後ろの一点に髪を括っているが、それは艶のある濃い紫色を帯びていた。ハルカの気迫に押されてか長髪の少女の瞳を潤ませる。

「嘘をついてもバレバレです!この人が違うというのならあなたしかいないでしょう!さあ勝負しなさい!」

「おい、アスカちゃんをいじめるな、でやんす!それにおいらの存在は無視でやんすか!」

「いや、あんたが勇者なわけないでしょ・・・なにより勇者のオーラもハンサム度も微塵も感じません!」

「おいぃ!?言わせておけばぁ、でやんす!まったくこれだから兵士団は礼儀知らずな奴ばかりで嫌でやんす!
仕分けされるように議会にチクッてやってもいいんでやんすよ?」
「なにをぉ!」

まんまとお互いの挑発にのったヤマダとハルカの2人。このままでは話が進まないとばかりにアカサカが軽くたしなめる。

「まあまあそうカッカするな、ヤマダ」

「いやお前さんが勝負したがっている勇者とは俺たちもまだ合流していないんだ。
やっと前の任務が終わったらしくて、帰途のまま、ここに落ち合う約束なんだがな」

「そうだったのか、どうりで姿がないはずだ」

アズマが納得したように呟く。ハルカは勇者がまだ来ていないということですこし落ち着きをとり戻しつつあったが、
それでもまだ完全には冷静ではなく、まるでしっぽを逆立てた猫のような状態であった。

「むぅ・・・すこし勇み足を踏んでしまいました。たしかに勇者がメガネや私と同じくらいの女の子なわけありませんよね・・・先輩、ごめんなさい」

「こらこら、謝るのはヤマダさんやアスカさんだろ?ハルカちゃん」

「まったくでやんす!可愛い女の子だったから今回は特別に許してやるでやんすが二度目はないと思えでやんす!」

「私のことは気にしないでください。少しびっくりしただけですから・・・それに」

まだ息が上がっているのか胸に手を抑えたままアスカは誰もが見たら和むであろう慈愛に満ちた、それでなおどこか悪戯っぽい笑顔でハルカに微笑んで――――――――――



「ハルカさんの言ったことはあながち間違っていませんよ?」

「え?それってどういうこと―――」



「―――――――来たな」

アカサカは不敵な笑みを浮かべてそう呟いた。
――――――――「来たな」――――――――
その主語が噂の勇者であることはわかる。
しかし四方八方見渡してもハルカの視界にはいるのはアズマはじめハナマル小隊の見馴れた面々とアカサカ、アスカ、そしてヤマダぐらいであった。
あたりをきょろきょろうかがうハルカを見かねてアズマが春香の肩をぽんと叩く。


「―――――――――――上だよ」

ふと見上げると暑さをいやす涼風が舞いおこり、太陽の光を背に受けて降りてくる人の影。
ゆっくりとシルエットが大きくなっていることからおそらく魔法の類で降りてきているのであろう。
逆光でよくわからないが右手には剣らしきものを持っている。



「―――――ごめんなさい、遅れてしまいました」

アズマはじめ兵士一同が背筋を伸ばし敬礼をその人に向けた。

「キングダム王国兵士団ハナマル小隊隊長のアズマです。この度は激務が続く中、我々の要請を快諾していただきありがとうございました!」


「おう!俺たちも今来たところだ!なんでも吸血鬼退治に出かけていたそうだな?そんな面白いことやってんなら、今度は俺も誘ってくれよ!」


「久しぶりでやんすねー!こうやって会うのは何年ぶりでやんすかね?」


「師匠!遠征の冒険、お疲れ様です!ずっと会えなくて寂しかったんですよ?会いたかったです!」

様々な人間が個々に違うことを口走りながら、その人は降りてきた。背中には深紅のマントが海風を受けてその朱を鮮やかに見せつける。

マントの奥にはマントと同じく赤いアンダーシャツ、その上から朱のラインが入った白い上着に漆黒のベルト、
そして頭には大きくHの文字が記されたあまりこの世界の人間が被るのは見慣れない帽子、
つまりこの王国の代名詞でもある野球人形と同じ格好をしていた。

よく見ると剣だと思っていたものは意外にも普通の竹箒だった。よく魔女は箒を遣って空を飛ぶというが・・・
その人が軽く箒を回すと箒は見る見るうちに小さくなり、やがて豆粒サイズになってベルトの下のホットパンツの横のポケットにしまいこまれた。

「アズマ隊長、ハナマル小隊のみなさん、こちらこそ今回の任務に協力していただきありがとうございます。
今回の任務の成功のために微力ながら力を尽くしたいと思います。
それと―――――――――――――――


ほんとに・・・・・・みんな久しぶり、特にヤマダ君とは何年ぶりかな。ふふ、今回もよろしく頼むわ、アカサカ君、アスカ。」


短いながらもどこか懐かしそうに嬉しそうに全員と言葉を交わした最後に見つめている私に、





―――――――――“彼 女”は微笑んだ。



「キングダム王国第193代目公認勇者、カミキ・ユイと言います。よろしくね」


深紅のマントとともに器用に帽子の後ろでまとめている彼女の青髪のポニーテールが夏の太陽の光を浴びて海風に揺れていた。


◆◆◆


「では作戦会議に入る。まず今我々が置かれている状況を説明すると・・・」


ユイ達勇者一行とアズマ率いるハナマル小隊は合流後早速近くの宿屋、兼作戦本部に向かった。
本来ならこの民宿もこの時期になると観光客で活気に満ちあふれるのだが、
今はユイやハルカ達十数人がいる大部屋以外は真夏の暑さの中静寂に包まれている。

大部屋では気まぐれに海風がそよいでくる他は涼というものはなく、みな額に汗水を流しながらそれでもなお作戦に聞き入っている。

「―――普段クラッケンは、日中は海中深くに潜っているが、夜間になると主食であるタコダスを求めて海面近くまで上ってくる。
だから我々小隊は船で奴の住処の周辺まで接近、事前に用意したタコダスの肉を奴が活動を始める夕の刻に投下しておびき寄せる。
そして奴を浜辺まで誘導してユイ殿たちにクラッケン退治を任せる、というのが今回の作戦の大まかな流れだ」

「アズマ隊長、タコダスを主食にするってことはそのまま放置してタコダスを喰い尽くさせてからクラッケンを倒した方がいいと思います。
そうすればボーゼル島にほとんどの魔物がいなくなり一石二鳥ですよ?」


自分には珍しく良いことを思いついたとハルカは大粒の汗がついた顔をニヤリとさせる。
しかし彼女の期待とは裏腹にあっさりとアズマは首を横に振った。

「いや、それはかえってまずい。
タコダスは魔物とはいえボーゼル島はおろかキングダム王国の貴重な収入源であるオクトビアを生む資源でもあるんだ。
今回の任務の目的は観光地の安全確保よりも経済資源保護という意味合いが強い。クラッケンを倒したとしてもタコダスが全滅したら元も子もない」

「それにクラッケンはタコダスを食べる度に体力を蓄え、自身を強化するといわれています。
クラッケンが手に負えなくなる前に不意を突き短期決戦に収められるかが勝利のカギと言えそうです」

「その通りだ、アスカさん。だからこそ奴とはこちらが有利な陸上で戦いたい。奴の弱点とか有効な攻撃方法とかわかるかい?」

「そうですね、クラッケンは形は違えどタコダスと同じくタコ型モンスターです。ただ柔らかい本体を守るために頑丈な甲羅で覆われています。
まずはその外殻を爆弾などの衝撃で破壊するのが良いかと・・・あと触手対策になりますが、
日中の行動を嫌うことから光に弱いと考えられますので光系魔法や閃光弾で目をつぶすのが効果的と思います。」

アズマの質問に止む間も待たずにアスカがアンサーを返す。せっかくの進言があっさりと却下されてしまったのと、
自分と同じぐらいの年のアスカの言葉の方がアズマの反応がいいということにハルカは口をへの字に曲げた。


彼女はその病的なまでの肌の色白さやおっとりした声からとても戦いには向いているとは思えないが、
そのしっかりした言動を見るに、今まで自分とは比べようもない知識量や頭の良さを生かして立ち回ってきたのだろう。
そう思うと自分は一番先輩を知っているはずなのに先輩の役に立っているのかどうか疑問符が付き、なんだか面白くない。それに・・・



「というわけですが、ユイ殿、ターゲットの撃破は可能ですか?」

「―――大丈夫です。
魔力も十分ですし爆弾のストックはこちらでも用意しています。
必ずクラッケンを仕留めますので私たちに任せてください。
アズマさん達こそ奴に接近する一番危険な任務なんですから気をつけてください」


「お気遣いありがとうございます・・・噂の通りユイ殿は強さだけでなく、美しさと優しさを兼ね備えた可憐なお方ですね」

「えっ!や、やだ何をいきなり言うんですか!そんなことないですって!
・・・でもそう言ってもらえて・・・嬉しいです」


アズマ自身に下心は無いのだが、彼のすぐそばで作戦を聞いていたユイは急に身体が小さくなり恥ずかしさのあまり俯いてしまった。

しかし蚊の泣くような声をだしながら彼に向けた笑みは彼女がまだ少女と呼ばれる齢であることを思い出させる。


このむさ苦しい男どもが群がる中、なんだかいい雰囲気になってやがる、面白くないし、妬ましい。
こうなったら、なにがなんでも戦闘に参加して、手柄を立てて彼を振り向かせるしかない。


「せ、先輩!あっ、いや隊長!やはり勇者の方々だけに任せるだけではなく、我々も戦闘に参加するべきです!」

「またか、ハルカ。もう俺たちは誘導に徹することに決まったんだ。アズマ隊長を困らせるのはやめとけよ」

「し、しかしです!隊長!本来誘導というものは少人数で行う陽動行為でありますし、
人数が多すぎると逆に敵に警戒されてしまうのでないでしょうか!?」

「だからさ、いい加減に」
「いや、待て。たしかにハルカの言うことも一理あるな・・・」


意外にもハルカが思いつきで返した反論にアズマが反応した。右手をあごに添えしばらく思案に入る。
やったこれで私と先輩の雄姿が・・・


「・・・わかった」

よし、ここにきてチャンスがまわってきた。とにかく戦うことになれば自分自身も士気を高めなければいけない。
そのためには、まずはかっこよく先輩の命令をバシッと受け答えよう―――


直ぐに立ち上がり、背筋をぴんと伸ばし、大振りのモーションで敬礼、そしてあらん限りの満面の笑顔とはきはきした声で答える――――――――


流れをイメージし彼の指示を待つ。
そして――――――


「じゃあハルカは誘導班にも戦闘にも参加せずにユイ殿と一緒に待機してくれ。
いいかい、クラッケンが上陸したらユイ殿の邪魔にならないよう安全な場所に避難するんだよ?」

「おっ、しゃあっ、その言葉を待ってましたぁ!了解です!キングダム王国兵士団ハナマル小隊隊員クラミ・ハルカ、
シマオーカ国王の名にかけて、クラミ家の名にかけて、そしてアズマ隊長の名にかけてたとえ空からグングニルやレーヴァテインが降ろうとも全力全壊で邪魔にならないよう待機に専念いたしますっ!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

彼女の目論見は見事に鮮やかにそして完璧に失敗した。


◆◆◆



ザザア―――・・・、ザザア―――・・・



沈みはじめた太陽が浜辺一体の景色をオレンジ色に染めていく。

結局ハルカの他、小隊の数人は一般人が入らないように海岸周辺の警備に配置され、
アズマはアカサカと共に船でクラッケンの住処と思われる沖合に出発したところである。そして当のハルカはいうと――――――――――


「それでね師匠!私、師匠が吸血鬼軍団を退治している留守の間にアグニシャインを唱えることができたんですよ!」

「アグニシャインって上級魔法の?すごいじゃないアスカ!あーあ、その時にアスカがいてくれたらヴァンパイアも楽に倒せたのにね、
ふふ、アスカの飲み込みの早さにはいつも驚かされるわ」

今彼女は平和に談笑を楽しんでいるユイとアスカの師弟コンビと共にアズマ達の帰り、もといクラッケンの来襲を待っている。


さきほどアズマやアカサカから聞くところによると、アスカは王国とは別の国の出であり両親はモンスターに襲われておらず、
ユイがツツミ博士からヤタガラスの肉を手に入れるという依頼を受けていた時に出会いそのまま彼女に弟子入りしたそうだ。

実はそのヤタガラスこそアスカの両親を亡きものにしたモンスターなのだが、
アスカの住んでいた村ではヤタガラスは神として崇拝されており殺すことを禁じられていたらしい。
そのためヤタガラス退治に加担した彼女はもう村で暮らすことが出来なくなり、途方に暮れていたところをユイが一緒に来ないかと誘ったそうだ。

彼女の境遇を聞き、ハルカは同い年の彼女に同情と共に親近感を感じ始めていた。

けれど、それでも勇者のユイとは打ち解けるには至らず、ほんのすこし敵意をもった眼差しで彼女に視線を送り続けている。
アカサカから
「ユイは魔法使いから勇者になってまだ日が浅いが、お前が強くなりたいなら、これ以上ない人物だ。
剣の特訓につき合ってもらうもよし、
これまでの冒険譚を語ってもらって参考にするもよしだ」
とアドバイスされてはいたが・・・


「そういえばハルカちゃんは兵士団に入って2年目らしいね?」

「ん?え・・・はい、そうですけど・・・何故それを?」

急にユイに話しかけられて、ハルカはすぐに返答することが出来なかった。
そんな戸惑いを隠せない彼女にユイは優しく微笑む。その深い藍色の瞳は彼女の優しさと純真さを表していた。

「さっきアズマさんからあなたのことを聞いたの。うふふ、なんでも私と勝負するんだー、って張り切っていたんでしょ?」

「むっ!そ、そうです!勇者ユイ、私と互いの存在全てを賭けて、
そしてどちらが最強かを証明するために今ここで尋常に真剣に勝負を受けなさい!」

「勝負」、ハルカのその言葉にそれまでおとなしかったアスカが目を見開く。

「ち、ちょっと!今はクラッケン退治の途中なんですよ!?
それに真剣勝負なんて・・・師匠が手加減してくれても、あなたが師匠に勝てる見込みはたぶん、いや絶対にゼロですよ」

「う、うるさいです!大体あなたたち、魔法が使えるなんてそれこそチートなんですよ!女はコブシで勝負せんかぁい!!」


いきり立つハルカに対し、ユイは黙って彼女の挑戦状を聞いていた。

と、思ったら急に噴き出したと思うと(ハルカはバカにされたとむっとしたが)、すこし困った笑いを浮かべ、ほほを掻きながら言葉を口にした。

「あはは・・・いや、笑ってごめんね。
ハルカちゃんの言う通り、たしかにまだまだ魔法に頼りきっているところがあるから痛い指摘だわ。

最近やっと剣の使い方がわかってきたところだし・・・・・・でもねハルカちゃん、ハルカちゃんが思っているほど魔法は万能でもないのよ。
マナ、魔力の源になるものなんだけどね、それが不足していたら魔法は発動できないし、一部の魔物には無効なことも結構多いし・・・

私は魔法には自信はあるけど過信はしていない。だからあらゆる状況を想定して爆弾や薬草を用意してるの、ほら、こんな感じにね」

そう言うと彼女はマントを少し翻してみせた。
マントの裏には大きく魔法陣が描かれており、中には七色の液体が入った小瓶や用途不明の魔具のほかに
兵士団でも採用されているツツミ研究所謹製の爆弾や一般にも販売される薬草がびっしりと詰められていた。
その膨大な量と豊富なバリエーションのアイテム群にハルカは思わず魅入ってしまった。

「わあ・・・す、すごい・・・でもそんなに必要なんですか?
さっきの話を聞いて、なんですが、ある程度は魔法で代用が利くんじゃ・・・」

「あ〜、それは恥ずかしいけどある失敗がきっかけでね、
昔ある人の仲間として初めて冒険に出かけた時のことなんだけど、
その人はある事件にまつわる任務の最中で、私は事件の黒幕の一味の術師を見つけることに成功したの。
だけどその術師を捕まえようとして見事に返り討ちにあってね・・・」

「返り討ちって・・・百戦錬磨の師匠がですか?その術師が師匠よりも強い魔力をもっていたということかしら?」


弟子のアスカが驚きの声を上げるが、ユイはさらに苦笑いを深めてその問いにあっさり答える。

「ううん、相手の魔法攻撃を先読みして魔法を無効化する呪文を唱えたけど、
ファイヤーボール撃つふりして爆弾投げてきたのよね、あいつ。その後そいつに実戦経験が不足しているって言われて・・・

たしかにその時の私は命知らずで単独行動が多くてね、自分の魔法に対して自惚れていたところがあった。

魔法だけでなく言葉での挑発や道具を利用して自分の有利な状況をつくる。
悔しいけれど今じゃ良い教訓よ」

「なるほど・・・でもその魔術師もかなりの卑怯者ですよね、フェイントしてくるなんて。

・・・あ、すいませんちょっと気になったことがあるんですが、お聞きしていいでしょうか」

「うんいいわよ、なあに?」

どこか不機嫌だったハルカが熱心に話を聞いてくれることに内心嬉しいユイだが、ハルカの次の一言に―――――――――



「ユイさんを冒険に誘った、『その人』って誰なんですか?」

そのなにげない言葉にユイは聞き取れないかすかだが

「えっ」

と漏らし顔の眉毛がぴくりと動くほどだが動揺の色が見えた。なにか地雷を踏んでしまったのかと一瞬ハルカは不安になったが、
彼女はまたすぐにもとの穏やかな笑顔に戻りハルカに今度は悪戯っぽく語りかけてきた。

「・・・そうねえ、まず私がそれに答える前にハルカちゃんに聞きたいことがあるの。
ハルカちゃんはなんで兵士団に入隊したの?好きな人とか憧れの人がいたのかな?」

「し、質問を質問で返さないでくれませんか!?学校とかで習わなかったんですかぁ!?

・・・え、えーとすいません・・・

・・・・・・・はい・・・周りのみんなには国の為クラミ家の名誉の為だとは言ってはいるんですが、御察しの通り、
昔から憧れていた人が兵士団にいたからというのが本当の理由です・・・
みんな必死になって王国の平和の為に働いているのに、私の場合は不純な理由ですよね・・・」


「そんなことはないわよ、ハルカちゃん。
私も最初その人の仲間になったのも実は契約金8000G目当てだったのよ。
うふ、ハルカちゃんが不純なら、私は不浄な理由ってところね!
・・・でもみんな最初の動機なんてそうしたすごく単純なものじゃないのかな?

でもね動機はどうであれ、私が最初の冒険で手に入れたのはお金だけじゃなかった。

魔女のしきたりを守るだけじゃ得られない知識やマジックアイテム、

様々な人生を歩んできた仲間や人たちと出会えたことは私にとって、とても大きいものだった

………………そしてその中でも何ものにも代え難かったのは、パートナーの存在なの」


「パー…トナー」

彼女の言葉の後に聞いていた2人が重ねて、そのたった1つの単語を口ずさむ。
浜辺の空は鮮やかなオレンジの黄昏から限りなく黒に近い蒼い闇の世界に入ろうとしていた。


「その人はお金に関しては無頓着で、不潔で、馬鹿で、
地味で、出世欲がなくて、無謀なギャンブルが大好きで、
いつも貧乏くじを引くようなお人好しだったわ。

それでも任務が終わってからも私を冒険に誘ってくれてね、
困っている人がいればたとえ割に合わなくても快く引き受けて、
たとえ自分が大変な目に遭っても決して諦めない、
たとえ自分を犠牲にしてでも皆を、
そして私を守ってくれる力だけでなく意志の強い人でもあったの。

そんな彼と共に冒険を重ねるうちに、自分もこの人のようになりたい、この人を支えて共に歩んでいきたいと思うようになった・・・

今のハルカちゃんと同じで、尊敬する憧れの人がいるからって理由と似た感じで私も勇者になろうと思った、
魔女だった私をそうさせるようにしたのが『その人』だった、と言えばいいのかな?・・・

ふふ、そういえばあの人は、魔法は全然使えなかったけど私に
「俺は剣とコレでなんとかするから他は君に任せる」っていつも言っていたっけ・・・」


そういうとユイはおもむろにマントの中を右手で探り始め爆弾をハルカ達の目の前で投げるモーションを見せた。


「そうだったんですか・・・」

ハルカは彼女の瞳から目をそらさずに、そして一言も漏らすまいと彼女の話に聞き入っていた。
彼女は昔を懐かしむような潤んだ目で遠くを見ているようでもあり、口元は口角をわずかに上げて微笑んではいるはずなのだが、
どこか物悲しさを帯びているのを彼女は感じとっていた。
ひょっとすると彼女の言うその人はもう・・・


「あの・・・師匠。その人ってもしかしてこの国の先代の・・・」
「おーい、ユイちゃん!大変でやんす!!」


アスカがユイに「その人」の核心を尋ねようとしたその直前、遠くから特徴的な口調の大声が耳に入ってきた。
3人が一斉に声のする方角に目を向けると、ヤマダたちが駆け足でこちらに向かっていた。


「どうしたの!?」

「大変でやんす!大変でやんす!アズマ隊長たちの乗った船がクラッケンに襲われて大破したでやんす!」

「なんですって!?先輩たちの船が!どうして?」


その知らせを聞いた瞬間ハルカは叫びに近い声を上げ、見る見るうちに顔が青ざめていく。

「わからない、たぶん予想以上に奴のスピードが速かったのとすでに興奮状態になっていて攻撃を開始してきたらしい!
今救援部隊の船を駆り出しているところだ!」

「船は完全に沈んでる状態ですか?あと救援の船が現場に到着するまでどのぐらいかかりますか?」

ユイは仲間の乗っている船が大破の知らせを受けても冷静に情報をまとめていく。

その顔はさきほどの穏やかさも物悲しさのかけらは一切なく、瞳にはこれから起こる戦いへの闘志の炎が燃え始めていた。

「いえ、完全に沈没されているわけではありませんが長くてもあと10分しか持たないでしょう。
救援班の現場への到着は目測から考えてここからおよそ30分、あと3分で出発準備完了になります」

「ち、ちょっと待ってよ!それじゃあ船が来る前に先輩の船が沈んでしまうじゃないですか!?

ここで先輩たちが魔物に殺されてしまうのを黙って見ているだけなんですか!?」


現実的で絶望的な数字を聞かされ取り乱してしまい同僚の兵士に掴みかかった。もう顔は涙でくしゃくしゃとなっている。

「仕方ないだろう!?
隊長たちの船は沖合近くで襲われたんだ!それに俺だって隊長が死んでしまうなんて考えたくないよ!」

2人の怒声が飛び交う中、尻込みしているアスカの右肩にユイが手を置き耳元で囁いた。

「アスカ、箒を出すからついてきて」

「え!?は、はいっ師匠!」


ユイの顔はすでに華奢な少女のそれではなく、
まるで―――――――――勇者だった頃の彼が乗り移ったかのように。

彼女はズボンの右ポケットから豆粒サイズの箒を取り出したかと思うと、箒は見る見るうちに巨大化し、元のサイズまで戻ると2人は飛び乗った。


「私たちは先に隊長とアカサカ君たちの所へ向かいます!出来る限り時間を稼ぐので急いでください!」
「待って!私も連れていってください!」

ユイが振り向くとハルカがそばまで駆けて来て嘆願してきた。慌ててヤマダが彼女を止めに入る。

「待つでやんす!あんたが行ったところでユイちゃんの邪魔になるだけで足手まといでやんす!
気持ちはわかるでやんすが、ここはじっと待つしかないでやんす!」

「そんな待つだけなんて嫌です!?
憧れの人が、ぐすっ、大切な人が死ぬかもしれない危機なんですよ!?

たとえ無駄だとわかっても何とかしたいんです!お願いしますっ!私も連れてくださいよおっ!」

嗚咽を交えながら彼女の力の限りの叫び。もはや彼への想いを少し曝け出しても気にすることはなく、彼女の顔は溢れ出るいろいろな液体で濡れてお世辞にも綺麗とは言えない状態だ。
しかし、その瞳には―――――――――――――――――――――――


あの人と同じ強い意志が秘められていた。それを見れば決断は早かった。

「いいわ、あなたも乗りなさい!ただし自分の命は自分で守りなさい!さもなくばあなたの大切な人も命を落としかねないわ!」


「あ、あ、ありがとうございますっ!」

言うが早いかハルカは箒の後方に飛び乗り前方のアスカの肩をぎゅっと掴んだ。


「行くわよ、振り落とされないようにね!!!」

箒がわずかに軽くなったかと思うと次の瞬間には宙に浮き始め、海へ向けて猛スピードで加速しだした。3人が通った後の軌跡には海が割れんばかりに飛沫があがった。
全ての音が海にかき消される中、空と海は闇に完全に溶けており、炎上する船の赤い光をいっそう強調していた・・・

◆◆◆


半壊した船のデッキはまさに地獄を体現したものだった。
怒声とも悲鳴とも命乞いとも呻き声ともつかない叫び声と爆音が飛び交い、
硝薬の焦げ臭いにおいが周囲を包みこむ。

足元には血だまりが甲板を赤く染め、ぐちゃぐちゃに潰れた頭(こうべ)と四肢の欠けた兵士だったものが横たわっていた。
まだ辛うじて息をしている者は血のにおいを嗅ぎ取った触手に足を掴まれ漆黒の海に引きずり込まれる。
無論引きずり込まれたら最期、もう生きては帰れまい。

残された兵士たちは正気を保つよう互いに声を掛け合い、
奴の頑強な甲羅で刃が欠けようとも戦友が隣で肉塊となっていようとも残りわずかな爆弾と閃光弾を片手に緑色の怪物に立ち向かっていく。

しかし怪物は彼らの捨て身の抵抗をあざ笑うかのように触手を縦横無尽に暴れさせる。
怪物の甲羅は爆風の衝撃では傷一つもつかず硝薬の匂いを晒すだけ、弱点である光を放つ閃光弾も弾ける前に甲羅に潜り込まれ、
フジツボや海藻がうねうねと蠢く表面を照らすだけであった。


「はあっはあっ・・・くそっ、また殻にこもりやがった、もう閃光弾のストックがないぞ・・・」

「まさにあいつに遊ばれている、という感じだな・・・アズマ」

地獄絵図の中で襲いかかる触手をかいくぐり、アズマは獅子奮迅の攻撃を続けていたが彼の右腕はすでに折れだらんと垂れさがったままだ・・・
息切れ気味のアズマにアカサカが渇いた笑顔を向ける。
他の者に比べ余裕そうにもみえるがその拳は籠手をしていたにも関わらず無数の切り傷で真っ赤になっていた。

「たかがタコの甲羅一つにヒビ一つもつけられないとは・・・

日々鍛錬を積んできたつもりだったが、まだまだ修行不足ということか・・・不覚」

「いや、お前が弱いんじゃないさ。奴が予想以上に強すぎた・・・
俺たちが来る前に・・・相当タコダスを喰らって溜めこんだみたいだな」


普段はどんなピンチでも前向きにとらえる旧友が柄にもなく弱音を吐いている。
そしてこちらの閃光弾が切れたとみたのかクラッケンが再び甲羅から触手を出し始めた。

もはやこれまでか・・・と武器をおろそうとしたその時、


「アカサカ君!!離れて!」


上空からの突然の声に咄嗟に反応したアカサカはアズマの袖を掴んで後ろへ飛び退いた。

その直後、クラッケンの頭上に巨大な火の玉が落ちてきて、みるみるうちに怪物を包みこんだ。
かなりの高温なのか後半の端まで離れた所でも眉毛がちりちりと焼ける。
灼熱の炎をいきなり浴び、怪物は低い呻き声をだしながら触手をまた甲羅の中に引っ込めていった・・・


「先輩!大丈夫ですか!しっかりしてください!」

ユイ達がデッキに着陸する前にハルカは箒から飛び降り、すぐさまアズマの元へ駆け寄ったが、
彼のだらんとした右腕を見るや、彼女は携帯してきた薬草と包帯を取り出し応急処置をはじめた。
その行動には少しも迷いがなかった。


「ハルカちゃん!?どうしてここに?待っていろと言ったのに」

「ごめんなさい、命令違反だとはわかってはいるんです、でもどうしても先輩のことが・・・」

「私が勝手に連れてきたんです、彼女は命令に忠実に従っていましたよ」


2人の方を振り向くこともなくユイがアズマに弁解する。彼女とアスカは炎の海の向こうの怪物の様子をうかがっていた。


「早速覚えたてのアグニシャインが役に立ったわね」

「もともと火炎系の攻撃魔法ですが上手く当てられました。これで終わりでしょうか・・・?」

「油断しちゃだめ、十数発の爆弾をくらってもビクともしなかった装甲よ。
ある程度ダメージは与えただろうけど、致命傷には至ってないわ・・・」


そう言いながらユイは左手でマントから手製の閃光弾を取り出し、背中の細身の剣に右手をかけて臨戦態勢に入る。
それを見てアスカも慌てて杖を構える。

やがて炎の奥からぬらりと無数の触手が姿を現した。アグニシャインの火で炙られてどこか芳ばしい香りが漂ってくる


・・・・・・・・・きたか。


先に動いたのはユイだった。触手の姿が見えるや否や姿勢を低くして駆けだした。
その姿はまるで地面すれすれの軌道で獲物を狙うツバメのように美しく、迷いがない。

床から触手が足をとろうと迫ってきたが剣で薙ぎ払い道を創る。
空中の触手の突きには寸前に身を翻し根元から切り落としていく。
触手は切り落とされた直後もびくりと動き続けていた。

アスカもそんな触手には目もくれず、さきほどの火の玉とは打って変わって疾風系魔法で迫りくる触手を切り裂いたり、
ふき飛ばしたりして師匠の後に続いた。

クラッケンも彼女らの動きに単発の触手では対応できないとみたのか、今度は無数の触手で壁をつくり彼女たちの前に立ちはだかった。
壁の前の無数の吸盤が流星のごとく迫るユイを今か今かと待ち構えるように蠢いている。


(多少斬り込まれても壁ごとぶつけて動きを止めるつもりか・・・
このまま進んでも止まっても触手に捕まるだけね、ならば)


意外にも触手の壁の前にユイはスピードを緩めるどころかさらに加速させた。
もちろん彼女もなにか策もなしに無闇に突っ込んだわけではない。

手製の閃光弾を他の指で握りながら人差し指と中指を合わせて五芒星を描き、前方に魔法陣を展開、
剣を持った右手で懐近くの爆弾を取り出し呪文を唱え終えたその口で爆弾のピンを咥えた。
安全弁を外された爆弾が宙を舞うが、そのままの緩すぎる軌道では壁には届かない。しかし

「いっけえーーー!」

なんとユイは走る勢いそのままの右足で爆弾を蹴りつけた。
少しでもタイミングがずれれば危険だったがブーツの甲部分の真芯に当たり、
シュートされた爆弾は暴発することもなく弾丸ライナーの当たりとなって壁に向かった、


さらに

「ファイヤァーボールッ!!」

ユイが叫ぶと前方に展開された魔法陣が赤く輝き、無数の火の玉がホーミング弾となって流星群のごとく触手に降りかかった。

爆弾と火の玉が同時に壁に直撃した瞬間、通常以上の派手な爆音と火花を響かせながら大爆発が起き、
触手の壁にはぽっかりと大穴があき周りの残った触手も焼き崩れていった。


通常の爆弾の威力では分厚い触手の壁を突破することはできない。
しかし爆弾内の火薬の他に起爆剤があり、同時に爆発を起こさせることが出来るのならば話は別だ。
彼女は脈絡と受け継がれた魔法の伝統と着実に進歩する科学の産物を組み合わすことで見事にそれを可能にしたのだ。


攻撃を終えても休む間もなくそのままユイは火薬とイカの焼けた匂いがする煙が漂う中、敵の本丸に向かう。

そして・・・壁の向こうには巨大な2つの黄色の眼玉があった。
ぶよぶよとした緑色の不細工なツラ。自らの重厚な肉壁を破壊されたことに驚愕し動きが止まっている。
しかし、ユイは相手に体勢を立て直す時を与える間もなく今まで握りしめていた左手の閃光弾を怪物の眼にめがけて投げた。

容器が破裂した瞬間真っ白な閃光が甲板全体を覆う。
船体の端にいたハルカ達もその眩しすぎる光に一瞬だが目が眩んでしまう。
遠くにいる人間でもそうなのだから当然直撃を受けた魔物の方はひとたまりもない。

「グガアアアア・・・!?」

魔物はアグニシャインを受けた時と同じ低い呻き声を出し、悶えていた。
光の強い衝撃でそれまで好き勝手に暴れていた触手も人間がいる所とは明後日の方向に動かすのがやっとだ。
ユイは悶える魔物の前でゆっくりと剣を星のない夜空に向けて構える。


「これで終わりよ」

「せいあっ!」


掛け声とともに剣を魔物の眉間に突き刺した。かっと魔物の眼は見開き、
最後の抵抗か触手の暴れが激しさを増し、ユイのもとへ触手が集まってくる。


「師匠っ!」

ようやく目が慣れ始めたアスカはその光景をみて慌てるが、ユイは微動だにせずさらに剣を深く沈めていく。
そして一本の触手が彼女の肩に届きそうになったその時――――――怪物の断末魔がやんだ。


あたりは荒れているわけでもなければ穏やかでもない波が壊れかけの船にぶつかる音と怪物の肉や荷物が燃える音の他はなにもない。
ユイの周りに集まった触手はもうピクリとも動かなかった。


「や、やったのか・・・?」

アズマがみなの沈黙を破るように口を開く。
自分たち兵士団数人で掛かっても歯が立たなかった相手を彼女は数分で仕留めた・・・

これが野球人形消失事件から始まり、数々の冒険で幾多の死線をくぐってきたキングダム王国公認勇者の実力の片鱗なのか・・・

世間では人気はあれど実力では先代よりも劣ると言われることもあるが、目の前での彼女の戦う姿を見ればそんなことは言えないだろう。


周りで生き残った兵士たちが助かったんだと安堵のため息と歓声を上げ始めたが、
ユイは魔物の死骸を眺めてひとつの疑問を抱いていた。


(おかしい・・・私たちが浜辺から出発してだいぶ経っているはずなのに船が沈む気配がない・・・
それに海の上の割には揺れがなかった・・・?)


そしてある一つの推測が導き出されそうになったその時―――


「きゃあ――っ!?」

「アスカっ!?」


後ろのほうで悲鳴がして、振り返るとアスカが宙に浮いていた。床から伸びている触手によって・・・

ユイの推測が確信へと変わる。
しまった!?やはりクラッケンは―――


「アスカさんを離せーー!?」

ユイが剣を構えなおす前にアズマ達の手当てをしていたアスカが無我夢中で短剣を抜き駆けだした。
躊躇することもなく触手に跳びかかり、根元にぶすりと突き刺さると、
その拍子に拘束が緩みアスカは床にたたきつけられたものの触手から解放された。しかし―――――――――――――――


「!?ハルカちゃん!その場から離れてっ!」


「え?きゃあ!?」


バキバキと木材の砕ける音がした。今度はハルカの足元の周りにも複数の触手が床を突き破りながら現れ、
彼女の脚や細い腕、そして鍛えてはいるがまだまだ少女特有の柔らかさをもった腹や腰回りに絡みつき、
ぬめりとした粘液が彼女の皮の鎧と素肌を濡らす。


「くうっ!は、離せこのタコっ!え、きゃあ!?」

「ハルカさん!?」「ハルカッ!?」「ハルカちゃんっ!?」


彼女の機転で触手から解放されたアスカが、
怪我をした右手をひきずってアズマが、
再び呪文を唱えようと印を切ろうとしたユイが同時に声をかけた瞬間、彼女は床下に空いた大穴に消えていった。


「―――そんな私のせいで・・・ハルカさん・・・・・・」

自分のせいだと悔やむアスカにユイが早口ぎみに声をかける。

「大丈夫、今から私が助けに行くからあなたは先にけが人の治療を。くれぐれも奴の奇襲にだけは気をつけて」

それだけ言うと、ユイはハルカが消えた穴に吸い込まれるように飛び込んでいった。

「待ってくださいっ!僕も一緒、に・・・!?くっ」


ユイの後を追おうとして立ち上がろうとしたアズマだったがすぐに膝から崩れ落ちてしまう。
おかしい、さっきまでなんともなかったのに身体が言うことを聞かない・・・!


「ここにきて毒がまわってきたって言うのかよ・・・くそっ!」

「お、落ち着いてください、今解毒しますので・・・」

大穴に飛び込んだユイは船内に着地した。

船上以上に鼻の曲がる腐乱臭に混じりまだ新しい血の匂い。
船内はまるで異界のように暗く、壁や床は長い間放置されたように腐りかけている有り様だ。

幽霊船、この船をあらわすのにぴったりとくる言葉だろう。


(おそらく中に侵入した奴の毒が染みこんだことで腐敗が進んだのね・・・)


ユイは視界の悪い中での奇襲を警戒しながら船内の状況を分析し、さきほどまでの推理を再確認した。


クラッケンは 二 体 いる。


ボーゼル島へ向かう直前に学者のツツミから渡された報告書によると、
本来クラッケンは群れて生息するタコダスと違い単独で行動するタイプのモンスターであり、2体以上同時に現れるのは滅多にないという。

しかし今までの状況をみるとその滅多にないことが起きていたのだ。

アズマ達の船が捕まったのは一匹の方に気を取られ、死角にいたもう一匹の攻撃を許し推進力を失ったからだろう、
波の割に船が大きく揺れなかったのも奴がそのまま船内に侵入、
巨大な錨みたいな支えとなって船体が波の影響を受けなかったというわけだ。
ある意味そいつのおかげでまだ船は浮かんでいることが出来るのだが、感心している場合ではない。
一刻も早く残りの一体を倒しハルカを助けださなければ・・・



コツ


ブーツがなにかにあたった。
奴に気付かれぬよう、これ以上音を立てまいとゆっくりと屈みこんで目を凝らすと、
ぬめりを帯びた四つ葉の髪飾りだった。さらによく見ると微かにだが新しい血の滴がついている。


「これはハルカちゃんの・・・?」

これが落ちているということは、彼女がこの近くにいる、あるいはもう・・・
そんな不吉なことを考え込み彼女の動きが止まり手から剣が離れる。




それがいけなかった。
彼女が気配に気づいた時には7、8本の触手が彼女を取り囲んでいた。
ユイはとっさに剣を手にしようとするが触手が右手首に絡みつきそれを許さない。


「ぐっ!?」

今度は別の触手が呪文を唱えさせまいとユイの口を押さえるように巻きつき始めた。
ずりずりと巻きついた拍子に触手の粘液が口の中に入り、何とも言えないえぐみと苦みで思わず顔をしかめてしまう。
このまま首を絞めて窒息させる気か・・・なんとか両足で踏ん張り、薄れかける意識をなんとか保とうとするが、

残りの触手が彼女の細身の腰、手首、二の腕、背中、太ももに絡みつかせずる・・・ずる・・・と暗闇の中へ引きずり込む。

奥の一室のドアが開いたかと思うと聞き覚えのある声が聞こえた。


「ユイさんっ!?」


部屋の中は船底の倉庫となっており、積み荷が散乱している奥には髪留めが外れ前髪がおりたハルカと・・・

そしてさらにその奥に巨大な2つの黄色い目玉があった。
部屋の半分近くを占める巨大なぶよぶよ顔からケーブルのように多くの触手が伸びており部屋の壁を突き破っている。

きっとここから船上まで繋がっていて今もアズマやアスカ達が応戦しているに違いない。ハルカの方に目を向けると身体を触手で縛られてはいるもののまだ元気な状態であることにひとまずほっとする、
だがそのまま安心していられる状況でもないことはユイにも分かっていた。


「ハルカちゃん!?大丈夫っ!?」

ユイの呼び掛けにハルカはこのピンチにも彼女に心配させまいとしてか笑顔で返した。


「はいっ!タコ様のいやらしい触手でいろいろ触られたり、ときどきチクチクしたりして痛気持ちいいですが、私はまだまだ元気ですっ!」



(・・・チクチクする?それに自分を襲っている魔物に「様」づけって・・・まさか!?)


よく見ると彼女の瞳にはどす黒い濁りがあり邪気がこもっていた。
そう思うとさきほどの健気な笑顔もどこか不気味めいたものを感じる。



「ハルカちゃん!?まさか、毒がまわって・・・」

「ケケ・・・もうこの小娘は助かるまいヨ・・・」

「!?」


今までのはきはきした可憐な彼女のものではなく妖艶めいた、だがところどころで裏返る声が頭に響く。
前におりた髪の隙間から彼女の眼がぎょろりとこちらを蔑むように見る。
無数の触手に絡まれながらもユイは豹変した彼女の姿に驚きを隠せず息を呑んだ。


(・・・彼女の身体を媒体にして言葉を?・・・こいつ、意思があるというの?・・・)


クラッケンが人間の意思を操り、言葉を理解できる程の能力と知能を持っているとは聞いていなかった。
しかし今はその真偽を確かめるより彼女の、いや今は奴の言葉の真意を問う必要がある。

ユイはハルカの方を向きつつ、言葉をその奥の黄色の目玉に向けて、語気を強めた。


「・・・それはどういう意味だ?」

「言葉どおりの意味だガ?じきにオレの毒がこの小娘ノ脳にそして心臓に回る。
その瞬間にケッカンが破裂シ全身の毛孔から血が噴き出ス、ってワケだ・・・
ナニ、お前も同じように後を追うから心配するナ」

「・・・ということはそれまでに解毒すれば命は助かるのね?」

完全に毒が回っていないということは、ハルカはまだ助かる可能性がある。
ユイはいくばくか内心胸をなでおろすが、依然ふたりとも危機的状況であるのは変わらない。

「ゲドク?そんナ無様な姿ヲ晒してよく呑気なことが言えるナ」

ハルカの身体を乗っ取った化け物は彼女を鼻で笑い嘲笑する。それでも彼女は毅然とした藍色の瞳を輝かせてこう答えた。


「『どんな厳しい苦しい時でも決して諦めないことが勝利の第一条件』

・・・私がこの世界で一番強いと信じている人が戦いの心掛けとしてよく言っていたわ」

「クク、勝手ニ粋がってレバいいさ、後でその往生際の悪さヲ後悔スルことになるわ・・・
コッチには人質ガいることヲ忘れるな、オレガその気になればこんな風ニ――――――――――


いやあああああっ!?やっ、やだああぁ、だめぇ!?」


突然ハルカが喘ぎはじめ、小鳥のように細い腰が折れるくらいに身体をびくりと仰け反らせた。


「ハ、ハルカちゃんっ!?」


「あ…あ…あう……あぁ…あんっ、くぅ………」


触手の彼女への締め付けが強さを増していく。それだけでなく鎧や服の隙間から、
締め付けの頑強な触手とは別の細くぴくぴくと振動するそれが侵入し彼女の控えめな胸の蕾や股の付け根などの素肌に吸いついていく・・・・・・・・・

矮小な触手達が彼女の身体を吸い上げる度に彼女の華奢な肉体がびくんと引きつき、
顔は全身の力が抜けていく快楽と四方に引き裂かれるような痛みで悶え、瞳には生気が失われていく・・・・・・



「っはあっ、はあっ………ユ、ユイ・・・さん・・・」

「ハルカちゃん!?しゃべれるのね!?」


ユイの名を呼ぶその声は弱々しくなったが、本来の彼女の声そのものだった。

「こ…このまま…」

「・・・え?」

「わたし、も・・・ハナマル、はあっ、兵士団の・・・端くれです・・・わ、わた・・しに、構わずこいつをぅ・・・くっ、た、倒して・・・」


「ハルカちゃん・・・待ってね。すぐに、すぐに助けるからね!」


奥の大きな目玉の珠がその形を歪める。この状況で一体お前に何が出来るというのだ、と言っているように見えた。

「あんたは今の私に攻撃手段がないと思っているようだけど・・・


残念ね!たとえ手足を縛られようと口をふさがれようと発動できる魔法もあるのよ!くらえ、ロイヤルフレ―――っ!?」


彼女の周りが一気に輝き、船上で放ったファイヤーボールの時よりも巨大な魔法陣が展開され発動、魔物もろとも広間全体が光に包まれる――――――――――――――



はずだった。
あと数ミリ動けば赤い鮮血が流れるところまでハルカの喉元にぬらぬらと妖しく光る短剣が突き付けられた・・・

触手ではなく彼女自身の手によって。

それを見てしまったユイは動揺してしまい、光り輝いていた魔法陣もその輝きを急速に失ってついには消滅してしまった。

「―――ダから、言っタだろ?こっちニハ人質がいるト・・・オレがその気になればこんな芸当は造作モないのダ。

ケケ、勇者サマは小娘ヲ犠牲にスルのト、自分の身体ヲ差し出すのとトどちらを選ぶのカナ?――」

ふたたび魔物が彼女の身体を通して邪悪な笑いを浮かべる。

しかしさきほどの操られた彼女と違うのは口元こそ歪めてはいるが、

その眼には涙が溢れかえり、短剣を持った手元がぶるぶると震えていたことだった・・・


「ユ、ユイさ・・・ん、ぐす・・・ごめん・・・なさ・・い・・・身体が・・言うことを、聞か、なくて・・・

ひくっ、そ、それに・・・こ、こわいん・・・です・・・」


彼女も人々を守るために王国中で選抜された屈強な兵士団の一員とはいえやはりまだ人から守られるはずの少女なのである。
ついにぽろぽろと涙の粒を落とし泣き崩れてしまった彼女の姿を見て、ユイはうなだれ、魔物に対して話しかける。


「・・・わかった、私がかわりになるから彼女を放しなさい・・・」


「ぐすっ・・・うう―――――――――――――――――――――

ソレがヒトに頼む言い方カ?」

「っ・・・お願いします!私をどうしようがあなたの好きにしていいから彼女を、
ハルカちゃんの命だけはどうか見逃してください・・・!」


「クク、そうかソウカ・・・ダガまだ足りン・・・そうダな、


『どうかこの身体を余す所なく嬲り尽くしてわたしの淫乱ま―こにあなた様のご立派な一物を遠慮なくぶち込んでください』

と言うのナラ考えてヤランこともないナ」


「っ!?そ、そんなこと―――」

言えるわけないと口に出そうとした刹那

「っ!?」




操られていたハルカの頭が糸の切れた人形のようにがくんと落ちた。




「―――――――――――はあっ、はあ・・はあっ、はあ・・・」


ユイは一瞬ひやりとしたが、幸い短剣は突き刺さってはいない、それでも彼女が肩で息をしているのを見て唇をかんだ。
おそらく身体の乗っ取りを繰り返されたことで体力を大きく消耗したのだろう、
それは毒の回りもさらに速くなることも意味する・・・一刻も早く毒を抜かなければ・・・


(アスカ、私は師匠として何もしてやれなかったけれど・・・ハルカちゃんをお願い・・・)


自分はどうなろうともアスカ達が彼女を救出してくれることを祈った。
やがてゆっくりと眼を開け再び奥の魔物に向き直り、奴の望んだ言葉を―――――――



「・・・ど、どうかこの身体を余す所なく嬲り尽くしてわたしの淫乱・・・
ま―こにあなた様のご立派な一物を遠慮なくぶち込んでください・・・」


その言葉を待っていたと言わんばかりに、
彼女の前にハルカの時と同じ細長い触手と花の蕾のように先端が皮のようなものに覆われた触手を出してきた。
一体何なのかと怪訝に見つめていると皮を被った触手のそれが徐々に開いて行く。


「・・・え、ひゃあ!?」
(こ、これってもしかして・・・・・・)


皮が広がるにつれユイの顔が急に赤くなり思わず桃色の悲鳴を出してしまう。なぜなら・・・
皮が開き切り先端部分が露わになったそれは、実物を見ていなくても誰もが男性器だと認識できる形であったからである。
眼と鼻の先にあることで背けることもできず、そしてイカ臭いむっとした空気が否が応でも鼻の中に入り脳をくらくらさせる。
触手越しに奴を見れば瀕死のハルカを前にちらつかせながら、ユイのリアクションを見てニヤニヤしていた。
どうやら彼女を解放して欲しくば、まずはこれを舐めて自分を満足させろと言っているかのようだ。
ハルカは毒がだいぶ回ってきたのか、
口から涎が漏れ綺麗だった瞳は度重なる苦痛と快楽からすっかり輝きを失いどんよりとしている。

もはや毒が完全に浸透するのも時間の問題か―――

迷っている暇はない・・・意を決した彼女は頭を乗り出し、目の前の触手の先をチロチロと舐め始めた。

磯の塩辛さとえぐみとイカ臭い匂いが混じった味。
それだけでもきついのだがところどころ塊になっている粘液と肉の感触と熱さは想像以上に気持ち悪く吐き気がする。
こんなものを相手が満足するまで咥え続けるなんて考えたくない。
今すぐに止めてここから逃げ出したい。



グイッ

「んむぅ!?ぅんんっ…じゅぷっ!―――ぶはっ!?げほっげほっ…」

魔物はそんな彼女の拒絶する態度が気に障ったのか、
いきなり触手で彼女の後ろ髪を掴み無理矢理に男性器型触手を口の奥まで挿しこんできた。
突然の行為で咳きこんでしまったユイの口の端からはどろっ・・・と白濁じみた粘着質の液の糸が垂れる・・・


ビシッ

「きゃッ!?」

一本の触手が彼女の左頬にビンタをかます。
その拍子に被っていた野球帽が床に落ちた。Hと大きく刻まれたそれが音を立てずに粘液まみれの床に沈んでいく。


「あっ・・・いやっ!」

慌てて帽子の行方を見下ろそうとしたが、すぐさま触手に顎をかけられ怪物と向き合う形に戻される・・・・・・
・・・次、やる気のない素振りを見せたらただじゃおかないと黄色の眼が語っている・・・

帽子の行方を気にしながらも、おずおずと舌をだして触手への愛撫を再開する。
舌のはらで沿うたびに肉棒がぴくぴくと動きだし、舌の方にも触手の熱が伝わる。
舐めるたびに喉を鳴らすたびにぬちゃりとした粘液が胃の中に吸い込まれていく。


◆◆◆



ぴちゃ・・・ちゅくちゅく、ちゅる・・・じゅる・・・


はじめは異臭とともに拒絶反応を示したこの味も慣れてしまえば喉を通るたびに不快でなくなり、

舐める度についまた舌を出してしまい・・・焦りというか緊張というかそういったものが少しずつ解けていくような・・・

その合間にも別の触手たちは汗や粘液でうっすら張り付いたアンダーシャツ、生まれつき蒼く滑らかな髪の毛、
液でぬらぬらと妖しい光沢を放つ革のブーツ、そして彼女の健康的な太ももを強調し、
その奥にある彼女の不可侵で神秘的な領域を覆うホットパンツのわずかな隙間から侵入し、彼女の敏感なところを探り始めていた。

あるものは彼女の人並みはある瑞々しく熟れた果実の蕾の先を、
またあるものは凌辱される中でまだ蜜一滴も流してはいないぴっちりと閉じた秘唇のあたりにたどり着く。


「い…やぁ……くぅ……」


触手の針が肌を突き刺してくるのがすこし痛気持ちいい。
本来「痛い」と感じるはずなのに「痛気持ちいい」となってしまっているのはすでに自分も奴の毒に犯されてきているということなのだろうか・・・・・・


「ふぁっ…あ、あん…んくぅ……ぃ…やぁ……ふぁ……」


身体のあちこちを触手で締め付けられ、吸い付かれるたびに身体中が熱くなり、締め付けに抵抗する力が身体から抜けていく・・・・・・
なんだか眠くなってるような気もして、まぶたを開けておくことすら重く感じる。

(はぁ・・・この感じ―――身体中のマナを吸い取られているんだ―――

このままじゃマホウがつかえなくなっちゃう―――まあ、いいかぁ、そんなこと・・・なんだかここちいいし……

そういえば―――なんでわたしこんなことしてたんだろ?――――――)


それが分泌液の催淫効果によって奪われていく思考能力の中で彼女が辛うじて紡いだ最後の言葉だった。



「んぅ・・・じゅぽ、じゅぽっ・・・じゅるぅ・・・じゅぽっ・・・くはぁ・・・はぁ・・・」



口の方を攻める触手は鈴口の部分をさらに口内にまで侵入し、じゅぽじゅぽと音を立ててストロークを繰り返す。
透明な水粒を飛ばすほどに、熱心に肉棒を頬張る彼女の瞳は虚ろで、
マントの中の爆弾や閃光弾、そして背中の獲物も取り上げられていることにも気にも留めない。

すでに秘所はいつ雄を迎えてもいいように愛蜜で溢れかえっており、太ももに幾筋もの蜜の糸が垂れてきている。



「んっ、く…や、はあ…、ああっ、や、だぁ……そんな、とこぉ…ひゃあっ、ああんっ!やあっぅ…ああ……」


「あ、あぅぅ…つ、つよくぅ…ん、くぅ…ん、あっ…やぁ・・・はぅ、あぅ!……」


最初、男性器のような触手に触れることすら嫌悪していたのに、

今では触手に締め付けられ、絡まれ、敏感なところを吸い付かれ弄ばれることに悦びすら感じるようになってきた。

もはや、ほんの数十分前に起きた船上でみせた青髪なびかせる戦乙女の勇敢で凛々しい姿は、今では誰が想像できるだろうか?

ただそこにあるのは魔物に恥辱を受けながらもある種の快感とさらなる凌辱を求めて喘ぎ続ける少女の姿だけであった・・・・・・・・・

ふと突然口の中をさんざん蹂躙してきた触手がその勢いを速めてきた。

この意味することは朦朧とした意識の彼女でもなんとなくは感じ取っていた、

ただ彼女に抵抗する術もなく、その熱く白く濁った屈辱的な瞬間を大人しく待つということしかできなかった。

そしてびゅくびゅくと肉の血脈の猛りが彼女の小さな唇にも伝わって



―――――ドピュッ――――



「っ、くふぅ……はぁ…あっ…はあっ…はふぅ……」


その時は訪れた。彼女の口から抜いたところでおびただしい量の子種が飛び散り、
純真無垢なキャンパスを汚らわしい白で乱暴に塗りつぶす。
白濁にまみれた彼女には顔を拭うことも許されず床へ液体が垂れ落ちるのをただただ呆然と眺めることしかできなかった。

◆◆◆

心なしか締め付けが緩くなった気がした。ゆっくりと彼女の穢された身体を床までおろす。

床はシャンプーの原液をバラまいたかのように湿り気と粘りを帯びていて、
床下に降ろされた瞬間に彼女の身体がゆっくりと後ろの方へ力なく崩れていった。
さきほどの腐りかけの床下のおかげで頭を強く打つことはなかったが、
いずれにしても彼女が今頭の中にあるのは眼の前でありえないくらいに膨張し、
脈打つ緑色の皮から剥かれた赤黒いグロテスクな触手のことだけであった。
それも死への恐怖や絶望感ではなく、この先行われるであろう行為に対するある種の本能とも呼べる期待だった。
魔物の彼女へ注ぎ込んだ毒薬は短時間で彼女を肉奴隷寸前にまで陥れていた。


(あ…わたし、ついに犯されちゃうんだ………………………)

まじまじと奴の変貌した分身を見ているだけで抵抗もせず、すんなりと肉棒は布越しに彼女の濡れた秘所へと到達した。

乳房と同じく瑞々しく熟れた腰の下の双つの果実と、その前方で湧き出る雌の泉がひくつき、
本来受け入れられないはずの魔物の一物を今か今かとその時を待っている。

それまで不本意とはいえ快楽に身を任せ喘ぎまくり、
濡らし続けた彼女だったがこれまで触手から悦びを感じても笑みを浮かべることはなかった。


しかし



「・・・・・・ね、ねぇ・・・もうそんなふうにお股を擦ってじらさないで・・・はやく・・・そ、そのぉ・・・」


それまで為すがままであった彼女がはじめて自分から触手に求めはじめると、さっと肉棒を彼女の下腹部から離し、さらなる焦らしを続ける。

その先の彼女の心からの屈服の言葉を聞くために・・・



「わ、わたしのぉ・・・


濡れ濡れおまん―にあなたの熱い子種を注いでくださいっ!?もっともっと私を気持ちよくしてぇっ!!」



言った、
言わせた!
そして堕ちた、
堕とした!

ついにこの小娘の勇者としての、そして女としての誇りを完全にへし折った!
ちらりと横目でもう一人の小娘の様子を見れば、毒がまわりきったのか、
はたまたさっきの魔女上がりの女勇者のはしたない姿を目の当たりにして一縷の望みも砕け散って心が壊れたのか、
ぴくりとも動かずうな垂れたままだ。いずれにしてもこの女共にもう戦う力は残ってはいまい。

船上へ寄越した触手たちは相変わらず煩いハエどもと戯れているが、いずれ奴らも食糧としてここに運ばれるだろう。

そういえばこの小娘はもう一人女がいると言っていたはず。
その女は生かしたままここへ連れ込んでやろう。

2人の無残な姿を見てどんな顔を浮かべるだろうか、また新たな愉しみが出来た・・・
まあ今はこの青髪の小娘に種付けでもして愉しもうじゃないか、もっとも仔を孕む前に毒で息絶えるのが先だろうが。


愛蜜でしみだらけのホットパンツとずぶぬれの薄布の隙間をかいくぐり、彼女の濡れた秘裂に肉棒が挿入り込む。

ずちゅぅと・・・彼女の子宮の入り口に重さが伝う。瞬間彼女の身体が宙に浮かび、弓なりにしなる。



「ひゃあぁ、ああああぁん!」

今までとは桁違いの欲望の電流が彼女の子の宮から全身を駆け巡る。

拘束の触手を引張るほど悶えあらん限りの喘ぎを零す。

肉棒はそのまま入り口付近で抜き挿入しを繰り返して膣の奥へと進んでいく。
ユイは乱暴に繰り返される快楽に逃げるように身をよじらせるが、下の秘唇は貪欲に肉棒を咥えて離そうとしない。


そして触手が数十度目の挿入の際になにか薄いものに行く手を阻まれた。
その感触に魔物の動きがしばし止まり驚きを表すためにわずかに目が見開く。
が、それが思いがけない収穫を得たという意味だと理解すると黄色の目玉を歪めた。

さっきからイきっぱなしの、官能的な喘ぎ声を繰り返すこの女は“はじめて”だったということ。

媚毒に思いのほか早く堕ちたのも男女の営みの快楽を経験していなかったからか。

これは面白い、実に愉快だ!

さらに自分の征服欲が満たされるこれ以上ない最高のオプションではないか!


この魔物がなぜいきなり喜びだしたのか彼女には理解することができなかった。

ただこれからもっとキモチヨクなれるんだと、魔物につられて・・・・・・




「うふ……あはぅっ…あはは…ふふ……ふふ……」


どれだけ凌辱され快楽に溺れてもその悦びを表には出さなかった彼女がここに来て初めて笑みを浮かべた。
なにがおかしいのか、自分でもよくわかっていない。
ただ早く膣の中に熱いものを挿入れて欲しい。そして次の雄の慟哭を迎え入れるために腰を据えていく、
そしてこれから来る快楽の波に備えようと力を抜いて床に頭をおろし、何気なく横を振り向いたときに―――――――――――――――



視界に入ったのは大きな真紅のHの文字。



「――――――え?―――――くん?」



あの人の名前が自然と口から零れた。

さきほど触手に落とされた帽子がこちらを見つめている。
いや帽子という無機物なのだから実際には見つめていることはないのだが、なにか必死に彼女に訴えかけるように、
早く目を醒ませと、彼女のそばに居た。

そして――――




「わ、わたし、なんで………………あ、ああ・・・い、い、いやああああああああっ!!?」




一瞬のうちに媚毒が身体から抜け、我に返る。
毒のに魅入られた悪夢から醒めたが、目の前の悪夢に恐怖で悲鳴が上がり、涙が流れる。
今まで誰にも許さなかった純潔の証を今この瞬間に化け物に散らされようとしている。
必死にもがこうとするが手足に絡まる触手はその拘束を強め、そもそも抵抗する力もさきほど奪われていた。

魔物は彼女の急な変化に内心焦らざるを得なかったが、
おかまいなしに自らのぬらぬらと膨れあがった分身を渾身の力をこめて彼女の膣に突きいれ――――――――――――――

「い、い、いやああああああぁぁぁ!?」





―――――ブツッ――――――





「……………………………………あ、ああ…………あぅ……」



一筋の血が流れた。

刹那の衝動に、彼女の身体を取り巻いていた触手達が彼女から放れる。


ほんの少しの力だったかもしれなかったが、それは彼女にとって渾身の最後の一撃だった。


一筋の緑色の血が流れる。

今までうな垂れていたハルカが監視を抜けて短剣を触手に突き刺していた。


「・・・・・ハ、ハルカ・・・ちゃん?」


「はあっはあっはあ・・・はあっ・・・言ったじゃないですか、
私も兵士団の・・・はしくれですって・・・・・・それに・・・」


「『どんな厳しい…苦しい時でも……決して諦めないことが……勝利の……第一条件』

なんですよね・・・・・?」



猛毒で蝕められている身体をおして見せてくれた彼女の精一杯の笑顔と励ましが彼女を真に目醒めさせた。
再び不屈の闘志と不退転の決意を取り戻し、奴と対峙する。
殺意を向けた対象はハルカの小さな抵抗に呆気にとられていたが、やがて怒りの限りを尽くして彼女をきつく縛りあげる。


「くうっ・・・!」

苦しむハルカだったが、触手がユイを犯そうとできたスキを彼女が狙ったのと同じく、
今度は触手がハルカの方に集中しユイへの注意が逸れた。

彼女にはもう魔力がほとんど吸い取られ残ってはいない、そして愛用の剣も頼みの爆弾も手元にない。

奴がそういった武器になりそうなものはすべて万が一の反撃を警戒して、部屋の端に投げ捨てていたから。
しかし一見武器どころか何に使うかもわからない物のものであるならば・・・?



「・・・あった」

彼女の手元近くにそれは落ちていた。

ここで少し話をしたい。
彼女は勇者だが元の職業は魔女、つまり魔法使いであることは周知の事実であるが、勇者に転職した今でも魔法の研究は続けている。
魔法使いの一部にはパラレルワールド、
つまり異世界の存在を信じていてそこから流れてくる未知の技術を解明、応用、アレンジを施して、
また新しい魔法を完成させるという研究をしている者たちが存在する。
彼女もそういった魔法使いの一族の末裔であり、
最近でも彼女は異世界の普通の魔法使いが愛用していたという道具の文献を手に入れ、それを再現したところだった。

この魔法使いの習慣と経験がここにきて彼女に一閃の勝利の道に導いた。


彼女は震える右手に最後の力を振り絞って正八角形の箱を掴み、魔物に向けて構えた。

箱の内部には燃料のマナがすでに補填されてはいるが、チャンスは一度しかない。
彼女の殺気に気づき触手が再び彼女の四肢に、腰に絡みつく。
だが彼女を止めるまでには至らない。

彼女はどこかで聞いた、この魔法の素敵な真名を唱えて――――



(――――ありがとう、ハルカちゃん――――そして――――――ありがとう――――――)



「――――――――――!」


やがて箱の射出口から光が漏れだし始め、一筋の光の矢となって魔物の眼を貫く。辺りに轟音をとどろかせ、部屋一面を温かい光が広がっていった―――――――


◆◆◆




――――俺は此処で一度死んで、そして此処で生まれ変わったんだ――――


―――あなたが異世界の出身なら、その変な格好も納得できるわ―――


―――でもあなたはどうして勇者になろうとおもったの?―――


――――ある一つの目的を持ったんだ。それはまた元の世界へ戻ること――――


――――そのための方法を見つけだすために俺は“仕方なく”冒険に駆り出たり、依頼をこなしていった――――


―――ねえ・・・やっぱりまだ元の場所に帰りたい?―――


――――・・・最近までそう思っていた。君と出会えた野球人形の一件の時でさえもね――――


――――でも今は過去に未練はない。此処で未来を歩む理由が出来た――――


――――守りたい、共に歩んでいきたい、一緒になりたい、たった一人の人が出来た――


――――・・・君のことだよ。女の子の君に出会えて良かったと思ってる――――


―――うぷぷっ、思いっきりくさいセリフね!―――


―――でも、嬉しい。そんなこと言ってもらえるなんて本当に幸せなことなんだと思う・・・―――


―――実はね、いつかあなたが私を置いてこの世界から居なくなっちゃうんじゃないかって怖かった―――


――――じゃあ、ユイ――――


―――うん。私もこれからも、いつまでもあなたと一緒に居たい―――


―――私もあなたのことが好きなの―――


――――俺もだよ――――


――――愛しているよユイ――――




………………………………………………………
………………………………………
………………………
……………


◆◆◆





「あ、アスカちゃん、来てくれでやんす。ユイちゃんが目を覚ましそうでやんす!」

おそらく世界中を探しても2人しか心当たりのない特徴的な口調がふと耳に入ってきた。
夕日の射しこみを眩しく思いながら目を開くと、見知った顔ぶれが目の前にあった。
みんな怖いくらいに真顔だったが自分が起きたことを確認するとたちまち笑顔に変わる。


「・・・・・・アカサカ君にヤマダ君に、それにアズマ隊長、アスカ・・・・・・」

「ぐす・・・よかった・・・し、心配したんですよ!師匠〜!も、もう、目を覚まさないのかと・・・うええーん!」


(………くぅっ!)


泣き出したアスカがいきなりユイの身体を抱きしめたその時、彼女の身体に僅かだが電気がぴりぴりと駆け巡った。

ひょっとして、私の中にはまだ・・・?

「ア、アスカちょっと落ち着いて!・・・ここは一体どこなの?・・・それから・・・あの子、ハルカちゃんは・・・」

「あ、すいません師匠・・・ここはボーゼル島の民宿、作戦本部の一室です。
あの後救援部隊の方が到着したんですが、クラッケンの攻撃を受けてしまいました
。そうしたら急に下から光があふれてきたと思ったら、触手がピクリとも動かなくなって・・・

それから船内に入って、奥の倉庫で師匠とハルカさんが倒れているのを発見したんです。それで急いで解毒を試みたんですが、

彼女はもう・・・・・・」




がちゃ


ドアの開く音がして、上体を起こしてドアの方に目を向けると幸せの四つ葉の髪飾りをつけたあどけない少女が白い壁の前に立っていた。

「すっかり毒も抜けてしおらしくなりました!」

「ちょっとアスカ、それどういう意味よ!それと、まるで私が天国に召されたような言い方やめてくれないかな!?
縁起なんてもんじゃないです!」

「あら、でも良かったじゃない。謹慎処分を受けて大切な人と一緒にここ2日間、一日中べったりでしょ?」

「あ、あわわ・・・な、なんてこと言うんですか!?
た、隊長、ハルカは真面目に謹慎処分を受けているんですよっ!それに・・・」


2人の掛けあいから笑いが起こり、周囲の雰囲気は一気に明るくなる。

この2人いつのまにかお互いを呼び捨てにするぐらい仲良くなったのだろう?

でもそれは、この地に来て友達のいなかったアスカにとっても、
男ばかりの兵士団の中で彼に認めてもらおうと悪戦苦闘してきたハルカにとっても、
良いことであるのには間違いない。・・・あれ?そういえばさっきの会話の中で・・・


「え、待ってアスカ、ハルカちゃん。2日っていうことは・・・それまで私ずっと眠りこんでいたわけ!?」

「はい。あ、でもハルカが意識を回復したのは任務後2日経ってからですから、師匠の場合あれから4日間眠り続けたままだったんです」


4日・・・時間単位に直せば96時間というその途方もない寝坊記録に自分でも呆れてしまうが、
あいつとの戦いで魔砲を放った瞬間に意識が途切れてしまってその後の記憶がない。
みんなの会話や様子から残りの、自分を凌辱したクラッケンを倒すことには成功したのだろう。
そう考えがまとまるとやっと安堵のため息をつけ、胸を撫で下ろせた。


「あ、あのですね、ユイさん。実は頼みたいことがあるんですが・・・」


不意にハルカが彼女に話しかけてきた。
その姿はなるほどアスカの言うとおり、じゃじゃ馬の気が抜けて妙にしおらしい。
さっきからなにか恥じらうように顔を俯かせ、両手をおろして指の先同士をすりあわせもじもじとさせている。

「なあに?頼みたいことって・・・この前の真剣勝負の申し込みのことかな?」

「それに関しては隊長の僕が説明させていただきます。
ユイ殿、さきほどハルカは現在謹慎処分中だと聞かれたと思いますが、近日中にハナマル小隊を除隊させるつもりです」


「!?

待ってください!ハルカちゃんを船へ連れ込んだのは私の責任です!
それにクラッケンから拷問を受けても彼女は最後まで屈しませんでしたし、
なにより彼女の助けがなければ奴を倒すことも到底不可能でした!
彼女は私の命の恩人でもあるんです!それにハルカちゃんはあなたのことを・・・!」


「ま、待ってください!?ユイ殿は少し勘違いをしております!?除隊とはそういう意味ではないんですよ!

ちょ、ちょっとなんで剣を取ろうとするんですか!?」

寝起きで大人しかったユイがいきなり反論を展開し、一気に捲し立ててきたことにアズマは圧倒されてしまった。

彼女の方は彼女の方で「そういう意味ではない」という彼の言葉と引き気味の彼の姿で我に返り、
つい興奮して取り乱してしまった自分が恥ずかしくなって彼女もしおらしくなってしまった。


「ご、ごめんなさいアズマさん・・・わたし、つい・・・」

「い、いえ大丈夫です・・・こほん

むしろ、あなたがハルカを大事に思ってくれて僕も安心してこれから言うことを説明できます。
除隊処分とはいっても懲罰的なものではなく王国兵士団に籍を置いたまま長期の休暇に入る、といった形です。
その間にハルカには将来のエース候補として、優秀で明朗で勇敢なある方のもとで修業を積んで欲しいのです、つまり・・・」


「わ、私をユイさんの弟子にしてください!

私、ユイさんが眠っている間に真剣に考えたんです!どうしても助けてくれたユイさんに恩返しがしたいんです!
まだまだ腕も未熟で役に立たないかもしれません!でもどんな雑用でも喜んでします!どうか、どうかよろしくお願いします!?」

部屋が一瞬沈黙に包まれる。ユイは真顔で彼女の精一杯の告白を聞いていたが、

「・・・・・・あはははは!なんだ、そんなことだったの!うん、喜んでお受けいたします!
さっきも言ったけどあなたに恩を感じているのは私も一緒よ、頼りない師匠かもしれないけれどよろしくね!」

「あ・・・ありがとうございます!師匠っ!・・・ということでこれで姉妹というわけね、アスカ!」

「ええ、そうねハルカ。でも私が一番弟子なんだから師匠の一番のお気に入りは私なんだからね!」

「ふふん、今に見てなさい!今は無理でもそのうちすぐに師匠とラブラブになるのは私なんだから!」

「あ〜〜、二人とも、実は2人に大切なお願いがあるんだけど・・・」

「なんでしょうか、師匠?」「なんですか、師匠?」

2人が同時に同じ単語を零す。一体どうすればたった数日でこんなに息を合わせられるのだろうか?
まるで本当の姉妹のようだ。

「・・・その『師匠』って言い方、止めてくれないかな?なんだか自分が年寄りくさいみたいに・・・
普通に『ユイ』でいいから・・・」

「・・・師匠、そんなこと気にしていたんですか?」



◆◆◆


みながそれぞれの部屋に戻り、ユイがいる一室は再び静けさを取り戻していた。

聞こえてくるのは遠くからの波の音と自分の呼吸と心臓の音。
辺りは宵闇のカーテンに包まれ、寝静まる頃なのだろうが、さきほど4日ぶりに覚醒した彼女の目は冴えたままだ。

ふとベッド横に置かれたアンティークの小テーブルをみると、自分を正気に戻してくれたあの野球帽がぽつんと置かれていることに気づく。


「―――――――また、あなたに助けられたのね・・・」


そう呟きながら身体を乗り出して、帽子に手をとる。誰かが、きっとアスカかハルカが洗濯してくれたのだろうか、
粘液に汚れていた帽子はすこし破れている箇所はあるものの、綺麗になっていた。近づけるとほのかに石鹸の香りが鼻を掠める。



「・・・・・・ねえ、また、私、あなたに捧げようとした純潔を守れたよ・・・

・・・でも嫌になっちゃうよね、こんな淫らな女のなんか・・・あなたが生きていたらなんて言うのかな?」


帽子に話しかける彼女の瞳がかすかに潤む。
やがて帽子を撫でていた右手が離れ、彼女の胸を通りぬけ、おへその下に降りてきて・・・



「………ん……はぁ………」


目が覚めた直後には周囲の目もあってまだ抑えられていたが、覚醒が進めば進むほど、
身体が熱くなっていき、劣情が膨らんでいった。

あのタコの魔物は死んでも、自分に注ぎ込まれた媚毒はまだ身体の中から抜っていなかったようだ。
クラッケンは2種類の毒を持っていると言われていたが、詳しく解説すると一つは短時間で全身をめぐり死に至らしめる猛毒であり、
もうひとつは思考能力を著しく落とし、神経を敏感にさせる催淫効果が長時間にわたる媚毒であり、
前者はハルカが、後者はユイが中心に注入された。ハルカの場合、危険性の高い毒であったが、
アスカの解毒魔法と適切な処置により毒からの回復が早かった。一方ユイの場合は死には至らないが、その分解毒魔法の効果も少なく、
また道具内の燃料を利用したとはいえ魔力がゼロの状態で大魔砲を撃ったことが予想以上に彼女の身体に負担をかけてしまい、
目覚めるのにハルカよりも多くの時間を要したのである。

そして今身体の中に眠っていた媚毒が彼女の体を蝕んでいく・・・



「…………んく…あ…ああ……はあっ…はあっ…ん……」


右手が柔らかな秘所の媚肉を擦りながら、今は亡きあの人と同じ型の帽子の匂いを嗅ぐ。
彼の匂いなんてするわけもないのに、そんなことはありえないと頭ではわかっているのに、

左手の、右手の動きが止まらない――――――――――


「んんぅ……はあぁ…あん……」






数年前、彼は私の前から忽然と姿を消した。その頃、ある王国内でおきた怪奇事件を彼は追っていた。
告白を受けて半月も経っていなかった時だ。
同時にお祖母様とあの事件で共に冒険して以来の友人だったハヅキさんも姿を消した。彼の文が途絶え、胸騒ぎがして街に出ると、
突然兵士が私を捕まえ、尋問を受けた。

彼らが言うには、連続猟奇事件の主犯格はお祖母様と彼だと言うのだ。
世間では彼の名は地に堕ち、その名を口にすることさえ禁忌になろうとしていた。

もちろんそんなこと私は信じなかった。お祖母様は保守的な魔女ではあったけど、
一儀式の為にあんな残忍な行為を行うなんて考えられない。
まして彼がそんな惨いことを行うはずはない。
そして――――――――――――――――――



すでにお祖母様が殺され、最愛のあの人も自ら命を絶ったなんて、そんなこと、信じることなんてできなかった。
やがて私の疑いが晴れると現場を見せると言われ、
私は怒りと嘘であって欲しいという後ろ向きな願望を胸に為すがままについて行った。


彼の住んでいた家だった。

保存魔法でそのままの状態を維持しているということらしいが、部屋の至る所にはまばらに血痕が付着して、
彼の数少ない娯楽だったのだろう書物と、何かの骨が散乱していた。
そして奥には――――――――――――――――――



ひときわ大きい血溜まりのそばで横たわっている彼の姿があった。

まるで眠っているようにその顔はいつもの彼で、
でも手に触れると冷たくて、
優しく包み込んでくれる彼の温かみがなくて、
彼の命の灯火がなくて、



そして私は泣いた。
彼の凍りついた身体を抱きながら。

そして私は確信した。
ともに愛を誓い合った彼が彼自身を殺すことなんて考えられないと。
みずからを元の世界に帰さんが為に、その儀式の為に残虐な行いなんてすることはないと。

そして私は決意した。
世間に向けられた彼の疑いを晴らすため。
彼を殺した真犯人に復讐せんが為に。


私は部屋に会った彼の揃いの服を遺品として受け取り、そのまま肌に通した。
どんな苦境に立たされても、彼の名誉を挽回せんが為に。
これは王国への、議会への、そしてどこかにいる真犯人への私の意志への表れだ。
ハルカちゃんには悪いけれど、私は嘘をついていた。私が勇者になったのは誰にも話せない、この負の経緯があったから。






右手の動きが激しさを増す。
くちゅくちゅと卑猥な水音を奏で、人差しの爪が秘所の突起に触れる度に彼女の体にぴりぴりと刺激を走らせる。
下着はすでにその意味を果たしてはおらず、その上の布の生地も大きな染みができていた。
限界が近いのか彼女の喘ぎの間隔が速くなる。彼女の心の臓はそれ以上に今にも破裂しそうなほどに細かいリズムを刻んでいた。

「ぁ…あ…ああ…あ…はあっ…はあっ
はあ…はあ……ぁ…あっ…ああぁ―――――!」


刹那、頭の中が真っ白く覆われる。

その真白の心に最初に浮かんだのは彼の笑顔。
それを脳裏に焼きつけようとする。
けれど目の前に広がるのは暗闇。
懐かしい仲間との再会、新しい仲間との出会いがあっても、もう彼の姿をこの目で見ることはない。



「――――――――寂しいよ・・・・・・―――――――くん」



遺品の野球帽を抱きしめながら、彼女の紅潮したほほに涙が流れた。


◆◆◆



どんよりとした空気の中に薬品の刺激臭が鼻を掠める、どこかの地下奥深くにある講堂。その奥には2つの人の影が佇んでいた。
部屋は広く、ホール状となっており下の吹き抜けからは人が造った風が通り抜け、緑色の光が部屋全体を照らしていた。



「クラッケンが2体ともやられました」

「ふむ。一応オリジナルのクラッケンと比べて知能や外殻の耐久力は大幅に強化したつもりなんだが・・・
まあ片方は下っ端の元傭兵隊長で、
もう片方が老いぼれの元議員ではベースがしれているさ。
実戦データがとれただけでも良しとしよう」


「しかしあの魔導士あがりの小娘の悪運の強さには呆れますわ。
まったく・・・さっさとくたばってもらわないとこちらの計画も近いですのに!
あのルクハイドの忌々しき魔女の血め!」


「まあ、そう気色ばるな。
ほんの少し我々のサクセスのルートが分岐しただけだ。
勇者カミキ・ユイが任務中に死亡、そのままパーティーで我々の出し物を披露するというシナリオが、
パーティーを迎えてから勇者達が無残な最期を遂げて、我々が新たな英雄となるシナリオに切り替わった。
ただそれだけだ。
我々のこれから行う人類初の偉業には支障はない」


「むう・・・まあ、そう思えば奴らをどん底に突き落とすのにはこれ以上のない展開ですわね。
ところで―――――――――――――――


“彼”の姿が見えないけど、一体どこに行ったのかしら?」

「ああ、彼ならしばらく外の空気を吸いたいということで、しばらく一か月くらいはここには帰ってこない。
なに、彼も一応協力者なのだから君が心配しなくてもいい」

「どうだか?彼はあの女とも面識はあるのでしょう?もしなにかの間違いを犯すようならば?」


「ああ、その時は利用するだけ利用して容赦なく彼らと同じく発展の犠牲になってもらおう、同志への裏切りの償いとしてね」



影の右手が指したものはカプセルの中で眠っている魔物の群れだった・・・





茹だるような暑さも忘れさられるようになった大地。
国境近くの山々ではやっと秋風が吹こうかとしていた。


山の森の奥にある忘れ去られた霧の街道。
昼でも薄暗くどこからともなく殺気を浴びるこの道を人が通ることはなく、
通る者がいるとすれば、それは獣か、賊か、はたまた亡霊か。


ここは静寂に包まれる森の中。
だらりと両手を下げたまま、ふらふらと歩く。
通ってきた道を振り返ることはなく、
後ろの正面にあるのは生者だったものの残骸と血の匂い。
そこには情けも慈悲も躊躇いもなく、けっして振り返ることはない。


ここは静寂に包まれた森の中。
忘れ去られていた霧の街道。
賊も魔物も全てが一つの結末を迎える。

歩くたびに流れた赤い水に。
踏み出すたびに消した灯火に。
意味を見出すことはない。
そこに“理由”なんてものはない。
ただふらふらと歩く。
前に出てきたモノはコワスだけ。
後ろの正面は亡者の山。



解放された九の眼。
万物を斬り裂く百鬼夜行。
臓を焼きつくすアポロンの使い。
満天の星空とあの子と同じ色のコランダム。
緋色の運命には抗うことはできず。
みなぎる進化と狂気の慟哭。



全ての種が征く道の末路は人か、あるいは――――



ここは静寂に包まれていた森の中。
忘れ去られていた赤い霧の街道。

木々の隙間から月光が降り注ぐ。


血塗れの屠の刃と紅く染まった衣を纏い―――



「帰ってきたか―――」



彼はそこに居た。



「裏パワプロクンポケット4 剣と魔法最後の日」
前日譚 「剣と魔法最後の夏の日」  ―――終―――

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