135 名前:Dr.スカリエッティの華麗なる隠遁生活 1[sage] 投稿日:2009/01/31(土) 20:32:51 ID:f38SeeCe
136 名前:Dr.スカリエッティの華麗なる隠遁生活 2[sage] 投稿日:2009/01/31(土) 20:33:26 ID:f38SeeCe
137 名前:Dr.スカリエッティの華麗なる隠遁生活 3[sage] 投稿日:2009/01/31(土) 20:34:16 ID:f38SeeCe
138 名前:Dr.スカリエッティの華麗なる隠遁生活 3[sage] 投稿日:2009/01/31(土) 20:34:48 ID:f38SeeCe
139 名前:Dr.スカリエッティの華麗なる隠遁生活 5[sage] 投稿日:2009/01/31(土) 20:36:01 ID:f38SeeCe
140 名前:Dr.スカリエッティの華麗なる隠遁生活 6[sage] 投稿日:2009/01/31(土) 20:37:21 ID:f38SeeCe
142 名前:Dr.スカリエッティの華麗なる隠遁生活 7[sage] 投稿日:2009/01/31(土) 20:38:14 ID:f38SeeCe
143 名前:Dr.スカリエッティの華麗なる隠遁生活 8[sage] 投稿日:2009/01/31(土) 20:40:13 ID:f38SeeCe
144 名前:Dr.スカリエッティの華麗なる隠遁生活 9[sage] 投稿日:2009/01/31(土) 20:41:03 ID:f38SeeCe
145 名前:Dr.スカリエッティの華麗なる隠遁生活 10[sage] 投稿日:2009/01/31(土) 20:41:54 ID:f38SeeCe
147 名前:Dr.スカリエッティの華麗なる隠遁生活 11[sage] 投稿日:2009/01/31(土) 20:42:37 ID:f38SeeCe
148 名前:Dr.スカリエッティの華麗なる隠遁生活 12[sage] 投稿日:2009/01/31(土) 20:43:29 ID:f38SeeCe
149 名前:Dr.スカリエッティの華麗なる隠遁生活 13[sage] 投稿日:2009/01/31(土) 20:44:22 ID:f38SeeCe
150 名前:Dr.スカリエッティの華麗なる隠遁生活 14[sage] 投稿日:2009/01/31(土) 20:45:06 ID:f38SeeCe
151 名前:Dr.スカリエッティの華麗なる隠遁生活 15[sage] 投稿日:2009/01/31(土) 20:45:41 ID:f38SeeCe
152 名前:Dr.スカリエッティの華麗なる隠遁生活 16[sage] 投稿日:2009/01/31(土) 20:46:21 ID:f38SeeCe

 昨夜のことだ、深夜二六時からMHKで放映される特撮映画を見るために、
私はライフワークたるバイオロボテクスの実験を調整し、一二〇分の時間を捻出した。
 寝間着に着替えたウーノが溜息混じりに、

「朝食の時間には、カフェインの静脈注射をしてでも起きていただきますよ、ドクター」

 と言ったことから、彼女には一〇時を過ぎてもまだ研究を続ける私の本音がばれていたのかもしれない。
 おかげで本日の私は睡眠時間三時間、ノンレム睡眠の真っ最中である。
 何?
 では今一人称で物語を進めているのは誰かだと?
 もちろん、私ジェィル・スカリエッティだよ。
 侮ってもらっては困る。アルハザードの遺児、超☆天才科学者ジェイル・スカリエッティにとって、睡眠中のモノローグなど朝飯前なのだよ。
 ?
 一体、私は誰に対してこんなことを断っているのだろう?
 そうか、これは夢なのだ。
 夢の中なら、昨晩見た「ナノハ3 真龍(ヴォルテール)覚醒」の内容ではなく、それを見るに至る経緯を説明口調で誰とは無しに語っていても仕方あるまい。
 ほら、それが証拠に今、ウーノがインスタントコーヒーを持って部屋に入ってきた。紅茶党の私だが、研究の合間の眠気覚ましにコーヒーを飲むこともある。
しかしそれとて、インスタントではなく、ちゃんと豆から挽いてコーヒーメーカで煮詰めた正統派だ。つまり彼女がインスタントコーヒーを持ってくるなど、現実にはあり得ない。
 夢の中のウーノは、マグカップにコーヒー粉を大さじで一杯、二杯、三杯、よん・・・
あの、ウーノさん?
それ、どなたが飲むんですか?
それ、飲むんですよね?
飲み物ですよね。
是非飲ませてくださいッ。
お願いだから注射器で吸い上げないでください!
その白いマスクと手袋は何なんですかぁ〜!?

「ゲフゥッ」

 腹部に加わる鈍い衝撃とともに私は目を覚ました。

「ドークター、朝っすよー」

 わが子の声。青いボディスーツに、赤い髪。視界の片隅には床から七〇センチほどの高さにフヨフヨと浮かぶランディングボード。
 呼吸に苦しみながら、私は腹部に加わる痛みと周囲の状況から迅速に、ウェンディが何をしたのか計算する。
 どうやら彼女は、ベットと同じ高さまでランディングボードで浮いて、そこから軽く飛び跳ねて、お早うのボディプレスを敢行したらしい。
 ここは彼女の創造主として、注意せねばなるまい。

「早く起きるッすよー、ドクターが来ないとウーノ姉が朝の栄養補給を許可してくんナインすよー」

 割と本気で訴えている。仕方あるまい、ここは創造主として懐の大きなところを見せるとしよう。

「・・・あぁ・・・お早う、ウェンディ。すぐに着替えて行くから、もう少しだけ待ってくれ」

 我が子の頭を撫でながら、私は上半身を起こす。

「本当ッすね? 冷めないうちに直ぐに来てくださいっすよ」

 花の咲いたような笑顔とともに、ウェンディはライディングボードを小脇に抱え、食堂にかけだした。
 私の計画にないこととはいえ、あんな楽しげな笑顔を見られるならば、この程度の痛みたいしたことではない。
 それにセインのお早うディープダイバーに比べれば、ずっとましだ。あれによって、以前の私は内臓破裂を起こしているらしいのだ。

 食堂の扉を開くと、香ばしい肉の香りが漂ってきた。

「お早うございます、ドクター」

 私の姿を見つけ、ウーノが真っ先に挨拶をしてくれる。
 それに続いてトーレからナンバリング順に私に挨拶をしてくれる。

「あぁお早う、ウーノ、トーレ、チンク、セイン、セッテ、オットー、ノーヴェ、ディエチ、ウェンディ、ディード」

 そこまで答えて、クアットロが居ない事に気付く。

「ウーノ、クアットロはどうしたんだい?」

 確か彼女も私と一緒に「ナノハ3 真龍(ヴォルテール)覚醒」を見る為に夜更かしした口だが、ウーノは彼女を起こさなかったのだろうか?

「セインと一緒に起こしに行ったのですが、どうやっても起きなかったので、仕方なく諦める事にしました」

 ウーノがすてきな笑みを浮かべて、セインが目をそらす。

「うん、体調が悪いのかも知れないな。今日は予定を変更してクアットロのメインテナンスをしよう」

 後方支援型とはいえクアットロとて戦闘機人だ、内臓の一つや二つ破裂していても死にはしまい。
というよりもウーノがその辺の手加減を間違えるはずがない。朝食が終わったら、真っ先に診てやろう。

「それがよろしいかと思います、ドクター。さぁ、お座りになってください。折角の料理が冷めてしまわないうちに頂きましょう」

 メインディッシュである仔牛の丸焼きはそう簡単には冷めてしまわないだろうが、私は頷いて椅子に座る。
 ウーノが包丁で、トーレがインパルスブレードで器用に仔牛達を切り分ける。
 仔牛の腹の中には香草と蒸した米が詰められていて、調理した者の繊細さがうかがい知れる
 ただ、朝っぱらからこう、肉汁がテラテラと輝く料理はちょっと勘弁してほしい。

「今朝の食事当番はトーレかな?」

「その通りです、ドクター。只、今回はディエチにも手伝わせています」

 自信に満ちた表情でトーレが答える。
 そして私の顔の奥にある、この料理に対する実に個人的な不満を嗅ぎ付けた。

「何か、不備がありましたか?」

 トーレの口から出た言葉に、ディエチも不安げな顔をする。
 ここで単純に、朝食からこうも重い料理は勘弁してほしいと告げる事は簡単だ。トーレはそれを知識として理解し、今後の食事当番において役立ててくれるだろう。
 ディエチもそうだ。だが、彼女はどうも思い詰めるきらいがある。メニューを決めたのはトーレだが、彼女はそれを止めなかった責任を感じてしまう事だろう。

「何、昔に比べてずいぶんと腕を上げたなと思っただけだよ」

 だから私は、別の言葉を口にした。

「な、ドクター。十年以上も昔の話を持ち出さないで頂きたい」

 トーレが慌てふためき、セインとウェンディが面白い事を見つけたと目を輝かせる。何しろこの二人も料理が苦手な組だからだ。
 だが、はっきりと言おう、起動後間もないトーレの料理の腕に敵うナンバーズは一人もいない。生卵をレンジでチンしようとするセッテですらまだカワイイものなのだ。
 何しろ、トーレの作った料理は当時起動済みのナンバーズ三人全員が床に伏せるほどだったのだ。
というか、レシピを後で見た時は、よくもこんな料理を私は食べたものだと自らの蛮勇に賞賛すら送った。

 クアットロのメインテナンスは思いの外簡単で、肋骨より下にある内蔵の全交換だけですんだのだが、せっかく機材の電源を入れたのだからと、他のナンバーズについてもメインテナンスする事にした。
 さて、誰にしようか。
 私は悩みながら研究所内を歩いていると芳醇なミルクの香りが鼻孔をくすぐった。

「やらないか?」

 食堂で、ノーヴェと二人チャイを楽しむチンクの見つけ、私は悪ぶった雰囲気で椅子に腰掛け、おもむろに背広のボタンを外しながら問い掛けた。

「何をですか、ドクター?」

 些か品にかける私の振る舞いにチンクは眉をしかめ、ノーヴェも首をかしげる。
 何となく、セッテがベットの下に隠していた漫画のまねをしてみたが、どうやら二人ともその本の存在を知らないらしい。
 まぁ、当然だろう。我が家の風紀委員・チンクがもし知っていたら、ドゥーエまで召還しての大家族会議が行われているはずだ。

「ああ、すまないチンク。主語が抜けていたね。クアットロのメインテナンスが終わったので、チンクも少し早いが定期メインテナンスをやらないかと思ったのだよ」

 潜入工作中のドゥーエを呼び戻す事自体は別にかまわないが、セッテの蔵書が議題となるとクアットロが反転攻勢をかけてオットーやディードも確実に毒される。そしてディエチにも、おそらく感染する。
 十五ミリ秒で会議の行方をシミュレートし、セッテの蔵書については一切触れない事にする。これについては後でウーノとセッテと三人で話し合おう。

「ドクターがおっしゃるのでしたら」

「ア、あたしも付いていっていいですか?」

 ティーカップを置いたチンクを見て、ノーヴェが慌てて自身のカップの中身を片づけようとする。

「構わんともノーヴェ。だが、その前に私にも一杯お茶をもらえるかな?」

 私はそんな九番目の娘を見て、インプリンティングという言葉を思い出した。
 チンクは、クローン培養としては最初の純戦闘型の戦闘機人だ。その為、他の娘達よりも比較的頻繁にホットメインテナンスを必要とする。
 だが、この私が開発し、この私の手によって小改修を続けてきたチンクのバイタルに異常が現れる事など有り得ない。
 メインテナンスキットは、何一つ彼女の身体に異常はないと告げる。
 否、一つだけ異常を検知する。
 右目の視力だ。
 騎士ゼストとの死闘の末に被った手傷が原因で、彼女の右目は未だ光をとらえる事ができないで居る。
 無論、私の技術を持ってすれば、五〇倍光学ズーム搭載一.二Pピクセルモデル(手ぶれ補正付き)なら一五分、
ロストロギア「緋の目」の移植でも三時間、一からの再生治療だとしても一週間足らずで完治させる事が可能だ。
 それだけの技術基盤を持つ私が、八年もチンクの怪我を治していない理由を、たかが生身の魔導師ごときに手傷を負わされた彼女に対する嫌がらせ、などと誤解しないでほしい。
 むしろ私はチンクの応急処置と騎士ゼストのレリック移植が終わると、寝る間も惜しんで再生治療用の眼球を作った位だ。
 しかし、チンクが己の未熟に対する戒めとしてこのままにして欲しいと強弁したのだ。
 勿論、私は熱心に彼女を説得したし、最終的には強制的に治療しようとすらしたのだが、ランブルデトネーターの前では私の生命力などたかが知れていた。
 以来、私はメインテナンスキットの示す異常警報を一つだけ見逃す事にしている。

「お疲れ様、チンク。異常は無しだ」

「いいわねぇ、チンクちゃんはぁ。私よりも先に生まれたのにウーノ姉様からキビシー生活指導を受けないなんてぇっ」

 メインテナンスポットの中に浮かぶクアットロが早速暇をもてあましたのだろう、チンクに声をかける。

「クアットロ、自分の生活態度のせいだとは思わないのか?」

 検査服からボディスーツに着替えながら、チンクは呆れた様子で切り返す。
 私は実験以外の理由での夜更かしはせいぜい週に一度あるかないかだが、今回の件については共犯者である為にクアットロの事をどうこう言う権利はない。

「そうかしらぁ? 幼児体型でぺったん胸・だ・か・ら、ウーノ姉様も叱るに叱れないんじゃないかしらぁ?」

 ノーヴェが声を荒げる。

「クア姉!」

「フム、確かにクアットロの言う事にも一理あるな。チンクは成長抑制処置をそろそろ止めるつもりはないかい?」

 一方で私はクアットロの冗談に、チンクに施している処置の事を思い出す。
 厳密に言えばチンクだけではなく、比較的初期に起動させた戦闘機人達には全員に同じ処置を定期的に施している。
コストの著しくかかる戦闘機人達を、その手段があるというのに、生体部品の劣化で消耗するなど愚の骨頂だからだ。
 だが、チンクに老化抑止処理を施すのは、彼女の肉体年齢からすれば尚早に過ぎる。

「・・・ドクターの趣味でやってたんじゃねーの」

「はっはっは。ノーヴェ、それは大いなる誤解というものだよ。私の女性の体型に関する好みは、どちらかというとチンクとは真逆なのだからね」

 パパ、ちょっぴり傷ついたよ、ノーヴェ。

「じゃあ、どうしてチンク姉をお子様体型にしてんだよ」

「未成熟な身体に対する老化抑止処理の臨床実験が目的の一つかな」

「やっぱりドクターの趣味じゃねーか」

 語弊があるから、趣味とか言わないでくれないかな、ノーヴェ。

「で、どうするかね、チンク」

 必要十分な性能を発揮していたので、彼女の要望に添って成長抑制処理を施していたが、地上本部襲撃計画の決行も近づいてきたのだから、仕様変更をするとなるとそろそろ動かないとまずい。

「その、ドクター・・・それは命令でしょうか?」

 チンクは不安げに上目遣いで尋ねてくる。

「イヤ、単なる提案だよチンク」

「それでは、その、我が儘は承知していますが・・・この体のままで居たいのですが・・・・」

 成長した体になっても控えめな体型だった場合のことを恐れているのだろうか、普段のチンクらしくない歯切れの悪い様子に私は首をかしげる。
 まぁ、セクハラ扱いされたらその時は謝ろうと、私はチンクの遺伝子提供者の映像をホログラフに投影する。

「体型のことだったら心配要らないさ、チンク。君の遺伝子提供者は十八歳の時点でこの通り、ドゥーエ以上に成長している。
個体調整の影響を勘案してもディエチよりも大きくなると保証しよう」

「ぺったん胸から牛チチなんて、チンクちゃん羨ましいわン」

 ノーヴェが顔を真っ赤にして指摘する。

「ドクター、それセクハラ!」

 え、糾弾されるのは私だけ?

「ドクター、あの、それではダメなのです」

 チンクは絶望にうちひしがれた様子で、声を絞り出す。
 そんなッ、Dカップオーバーでも満足できないとは!

「あぁ、その、なんだ。通販用に開発した豊胸器具を併用すれば、素体よりも二カップアップも可能だと思うのだが?」

「いえ、逆です。その・・・騎士ゼストの・・・」

 嗚呼、成程。廊下抑止処理の臨床実験に志願した理由、即ち私の技術による底上げ無しでの再戦と勝利に彼女は未だ拘っているのだ。

「そーよねン、チンクちゃんよりも更にペタパイな女の子を二人もはべらす騎士ゼストですもの。これ以上成長したら、もう見向きもされないかも知れないものね〜」

 ?
 クアットロ?

「それとも、かれこれ八年も手出しされていないんだから、最初ッから守備範囲外だったのかしら」

 チンクも何で衝撃を受けているのかな?

「アギトちゃんなんか、ユニゾンのシンクロ率が悪いのに騎士ゼストについて行っているものねぇ・・・」

「・・・騎士ゼストは・・・・」

「もしかしたら昨日の夜も、騎士ゼストがアギトちゃんにユニゾン・淫! とか」

「騎士ゼストはそんなふしだらな事をしない」

 好敵手を侮辱されてチンクは泣きそうだ。
 それに反応して、ノーヴェのジェットエッジが回転を始める。
 うん、まずい。

「オーホッホッホッホッホッホ、そうかしらン。アギトちゃんが騎士ゼストに助けられたときは丸裸だったのよ。
お礼をしようにも出来るものは限られているしィ、騎士ゼストも据え膳に手をつけない程無粋でもないんじゃないかしらァ?」

 そんな特殊な性癖の人間に、優しいルーテシアを預ける程私も人非人じゃないのだが、チンクはクアットロの巧みな話術に嵌ってしまう。

「騎士ゼストは、騎士ゼストは・・・・」

 感情が涙へと姿を変えてチンクの瞳は決壊寸前だ。
 そして、ジェットエッジのモータ音が「ギュルルルル〜」から「ヒュィィィィイイインンン」へと高音領域に遷移する。

「アア、もしかしたら昨日の夜もルーお嬢様とアギトさんの三・・・ゲボファア!」

 前述の状況から、私はメインテナンスポッドを満たすリキッド・チョッピリ・リリカルの濃度を上げて、クアットロを強制的に黙らせた。

「クアットロ、どうした。メインテナンスポッドの故障か。チンク、ノーヴェ、点検の邪魔になるから部屋の外に出ていたまえ」

 私の迫真の演技と、クアットロの突然の変調で、ノーヴェの足下に展開されかけたISテンプレートは消失し、チンクの意識からも好敵手のことが追い出される。
 その瞬間の隙をついて、私は二人の背中を押して部屋から追い出す。
 意識はないだろうが感謝したまえ、クアットロ。
 チンクを泣かせたときのノーヴェは、それが私であっても活動を停止するまで破壊の手を緩めたりしないのだから。

 通常午後は、最高評議会などから依頼されている研究開発ではなく、趣味的な内容の研究をして、私の知識欲の充足に当てるようにしている。
 最近嵌っている個人研究テーマとしては、人造リンカーコアの生成を目的とした複合粘菌生体コンピュータの開発や、
健康に良い和食の普及を図る為に開発中の匂いのしない納豆菌の純粋培養などが挙げられる。
 本来ならば今日は後者の研究について行う予定だったのだが、納豆嫌いにも関わらず積極的に手伝ってくれるクアットロが緊急メインテナンスに入ってしまっている。
 培地の大豆は既に茹でてあり、後はこれに納豆菌を振りかけて、発酵させるだけなのだが、あれだけ熱心に手伝ってくれたクアットロを完成の瞬間に立ち会わせないのも可哀想だ。
 ポリポリと良い茹で加減の大豆を食べながら、私は今日が厄日のクアットロに思いをはせる。
 よし、納豆菌の研究はあの娘が直るまで凍結することにして、茹でてしまった大豆は、おやつと複合粘菌生体コンピュータの培地にしよう。
 砕いた茹で大豆に複合粘菌をばらまき、藁に包んで恒温恒湿槽に保管する。
 そして、午前中に行う予定だった依頼研究に取りかかる。。
 どうせ我が最大スポンサー殿達は、専門的な内容を理解できるだけの関連知識を持ち合わせていないし、一日研究をすっぽかしたところでそれは開発計画における誤差の範疇に過ぎない。
 だが、曲がりなりにも資金提供を受けている以上、依頼研究は仕事である。
 ナンバーズ達を、仕事を意味なくさぼるダメ人間の娘にしたくはない。
 そんな私なりの矜持を持って、高精度人格再現技術の数少ない成功例であるフェイト・テスタロッサとエリオ・モンディアルの日常行動解析を行っている最中に、一通のメールが届いた。
 送信者を幾重にも偽装しているが、最高評議会議長からのメールだ。
 内容は「デスクトップアクセサリー十二姉妹物語 No8〜クール系僕ッ娘〜」の通販申し込み。
 数百に及ぶ管理世界において最大の戦力を保有する管理局、その頂点に鎮座する最高評議会が世俗的な趣味をしている事を、彼らは好ましくないと考えているらしい。
 お陰で、秘密主義から脳髄以外を削り落としたような彼等から通販メールは、私ジェイル・スカリエッティ宛の指令通信と同等の偽装を施しつつ、
しかし私信である為に情報部の精査無しに通販会社社長である私の元へと流れてくる。
 それを利用しない程、我が家の次女であるドゥーエは愚かではない。
 メインテナンススタッフによる代筆という事実の陰に隠れて、スパイ活動の成果を着々と送ってくれている。
 まぁ、欠点を挙げるなら、最高評議会の誰かが通販を申し込まないと使えない送信手段だということだろう。
 そんな理由で二ヶ月ぶりとなるドゥーエからの報告書の内、テキストファイルに関しては後でゆっくり読むとして、まずは口頭報告の動画を見る事にした。

「ドクター、ウーノ姉様、トーレ、クアットロ、チンク、そしてまだ見ぬ妹たち、元気にしていますか? わたくしは元気です」

 再生中のドゥーエは、しかし言葉とは裏腹に少しやつれているように見える。

「前回に引き続きレジィ・・・ゲホンゲホン、地上本部スパイ作戦の進行状況について報告しますね」

 前回の報告では、レジアス・ゲイズはワインについて詳しいとか、オーリス女史に未だ恋人の一人もいないことを悩んでいるとか、
苦手なおかずは真っ先に食べ、しかも碌に咀嚼せずに飲み込もうとするから喉によく詰まらせるとか、最高評議会経由で入手した人事考課表では解らない様々な我がスポンサー殿の情報をドゥーエは提供してくれた。

「前回の報告から二週間後に、レジィ・・・失礼、レジアス中将と深い関係を作ることに成功したのですが・・・
・・・その後、わたくしが身ごもっていることがレジアス・ゲイズにばれてしまいました」

 むぅ、私が彼の掌で踊っていないことがばれるのは拙い。

「ですが、お腹の子がドクターのクローンであることを知らないレジィ・・・レジアス中将は『産みたまえ』と言ってくれました」

 どうやら私との接点にまだ気が付いてないらしい。良かった良かった。

「レジィの失脚を狙う政敵が沢山居るのにッ。
最高評議会にとって自分も只の駒でしかないと知っているのに!
それでも、わたくしの幸せの為にスキャンダルになっても良いと言ってくれたのです」

 ドゥーエはカメラの前で俯く。
 ナンバーズも全員がロールアウトし、ゆりかご起動の目算も立った今となっては、レジアス・ゲイズにスポンサーとしての価値はなくなったも同然だが、私をコントロールできていると考えている彼が失脚し、敵対的な人物がトップに就任するというのは流石に拙い。
 ドゥーエにはその様なことの起こらないように指示を出さねばなるまい。

「わたくしは愛しいレジィの夢をスキャンダルなんかで潰してしまいたくはありません。
ですからドクター、これが創造主への反抗であることは解っていますが、ドクターのクローンを堕ろす事に決めました」

 さすがはドゥーエ。妊娠の事実が確認できなければレジアス・ゲイズの私生活に関するスキャンダルも起こるまい。
 私が指示するよりも先に為すべき事を判断して自ら動く。これぞ完璧なる諜報者だ。
 夕食の後、自室に篭もってミッド考古学士会々報への投稿論文「秘匿級古代遺失物・聖王のゆりかごに対する現代造船学的アプローチ」の執筆を進める私の元を訪れたのは、温水洗浄を終え、長い髪をタオルに巻いたウーノだった。

「おや、ウーノ。どうしたんだね」

 私の問いにウーノは背中に隠していたボトルを取り出して微笑む。

「食堂でトーレ達と飲んでいたのですが、よろしければドクターもご一緒しませんか?」

 透明なガラスのボトルに半分程入った透明なウオッカがチャプンと音を立てる。
 彼女の顔が上気しているのは、風呂上がりと言うだけではなく、ボトルから失われた分のアルコールにも一因があるのだろう。

「そうだね、論文が切りの良いところまで書き上がったら行くから、ウーノは先に戻っていてくれたまえ」

「はい、解りましたドクター。こちらで待たせていただきますね」

 ウーノはニコニコと笑いながらそう答え、私のベットの上に腰を下ろす。
 ・・・酔っぱらっているらしい。
 椅子に座り直し、ウーノがこんなに酔っぱらうまで飲ませた犯人に小言の一つでも言おうと表示ウィンドウの片隅で食堂への通信コードを入力する。

「ドクター、まだですかぁ〜?」

 退屈そうに脚をパタパタと遊ばせながらウーノが問い掛ける。

「もう少し待ってくれたまえ」

「はーい」

 とても素直な返事だが、貴方がベットに座ってからまだ五秒だって経っていませんよ?
 思わず敬語調のツッコミを入れそうになったが、其処は我慢して通信ウィンドウを開く。
 そして、開かれたウィンドウに映し出された食堂は、割とカオスだった。
 何本ものからのボトルと一緒に、セインが青い顔をしてテーブルの上に転がっていた。
 ディエチが琥珀色の液体に氷の浮かんだグラスを両手でつかんだまま、テーブルに突っ伏している。
 床に正座させられたウェンディが、椅子に正座したチンクにトクトクと騎士ゼストの素晴らしさについて語られている。

「ノーヴェ、ヒャンとヒいていフのか!」

 正座したまま船を漕いでいる事が気に入らなかったらしく、チンクが叱咤する。
 因みにチンクのご指名を受けたノーヴェは、テーブルの逆側で体躯座りの姿勢を保ちながら、起き上がり小坊師の如くごろんごろんと転がっている。
 食堂の奥の方では私がディードに与えた豊胸器具の試作機を、オットーが両手で高らかに掲げながら高笑している。
 秘密にしていた宝物を奪われたディードは、彼女を足下に置くオットーから試作機を奪い返そうと足掻くが、オットーが試作機のコンセントで鞭打つ度に

「あぁん、もっと、おっと〜」

 と、嬌声を・・・・クアットロに教育を任せたのは失敗だったかなぁ。

「あ・・・トーレ、これは一体何事かね?」

 この惨状の中、唯一正常に稼働している風に見えるトーレに何があったのかを問い質す。
 正常に稼働していると断言できないのは、彼女の背中に鼻血を出したセッテが抱きついているからだ。

「ウーノの、ストレス解消に付き合った結果です」

 底に錐で突いたような穴の開いた缶ビールを次々とゴミ袋に放り込みながら、トーレは答える。

「ウーノの?」

「お呼びですか〜、ドクタ〜」

「イヤ、呼んでないよ」

 振り返って否定すると、ベットから立ち上がったウーノは頬を膨らませながら再び座り直す。

「それにしても、少し羽目を外しすぎではないかね」

 周囲の惨状に目をやりながら私は問う。

「正直、私も後発組をこのデスマーチに参戦させることに悩みました」
 トーレは、股間に手を伸ばそうとするセッテの顔面に拳を打ち込みながら答える。

「ですがクアットロ(人身御供)がメインテナンス中の今、私やチンク、セインにディエチだけでは全員が潰されるだけだとの判断から他の妹達も動員することにしました」

 クアットロがイケニエと聞こえたのは、きっと集音マイクかスピーカーの異常だろう。

「何やら、その口ぶりからすると、この惨状を招いた犯人は私の部屋にいるように聞こえるのだが、気のせいかな?」

 トーレは額に手を当てて、失望したと言いたげに首を左右に振る。

「下手人捜しはこの際どうでも良いことかと思います。ですが、ホットメインテナンスだけではなく、ソフトメインテナンスについても、もう少し配慮していただくべきだと進言いたします」

 次の瞬間セインが胃の中の、主に液体をテーブルの上に逆流させ、トーレはバケツを取りに厨房へと去る。

「ドクタ〜、のー味噌どもえの報告書は終わりましたか〜?」

「もう少しだよ」

 投稿論文を書いているのだけれども、その辺の訂正は行わない。そんな事、酔っぱらい相手には無駄な努力だ。
 それよりも、トーレの言うソフトメインテナンスとは何のことなのか、情報収集と解析することの方が最優先だ。

「トーレ、君の言うソフトメインテナンスとは何のことだね?」

 バケツとミッド日々新聞の束を持って戻ってきたトーレに問い掛ける。

「ドクタ〜、どなたとお話ちゅーなんですかぁ」

 ベットのきしむ音に続いて、ぺたぺたと歩く音が響いてくる。

「ドクターがウーノを最後に抱いたのはいつですか?」

 セインの吐瀉物を片付けながら放たれたトーレの質問に私は思わず絶句する。嫁入り前の女の子がそんなことを口にするものじゃありません!

「・・・いえ、お二人の仲をとやかくと言うつもりはありません。しかしながら、少しは構ってあげてください。ウーノは甘えるのが苦手ではありますが、本当は甘えたがっているはずです」

 あ・・・つまりそれは・・・・

「トーレ、私のドクターを誘惑するなんて酷いわ」

 背後から私に抱きついたウーノが何やら座った目つきでカメラの向こうの妹を睨み付ける。

「イヤ、誘っていない。それに女性としての魅力ならウーノの方が上だろう」

 さして興味もなさそうに、新聞紙を片付けながらトーレはウーノの誤解を否定する。

「でも、トーレのヒップラインはナンバーズ一だわ!」

 成る程、言われてみればそうかも知れない。
 そこに、トーレの首に腕を回して抱きついているセッテが乱入する。

「ウーノ姉様は解っていらっしゃらない。トーレ姉様の魅力は後背筋であり、胸筋であり、上腕二頭筋であり、何よりその男前ッぷりです!」

 うん、済まない。私も解らないよ、セッテ。

「セッテ・・・・」

 トーレはセッテの腕をほどいて、愛弟子と向き合う。
 見つめ合うこと十秒。ライドインパルスで全体重を乗せた一本背負いが極まった。
 投げられた衝撃で意識を失ったセッテの目蓋を開いて瞳孔を確認した後に、トーレはセインの粗相の後片づけに戻る。

「・・・こういう状況だからウーノ、妹達は全員もう寝かせることにする。後片づけも私一人でするから食堂に戻ってくる必要はない」

 そしてトーレは通信を切った。
 一方ウーノは、トーレから飲み会が終わったことを告げられて、これからどうしようかと唇に人差し指を宛いながら考える。
 そして、名案が浮かんだらしく、ポンッと両手を叩いた。

「ドクター、コップを持ってくるのを忘れてしまっていましたから、口移しで飲ませて差し上げますね」

 原液のウオッカを?
 それは勘弁して欲しかったし、それにトーレの進言からすると、それではウーノのソフトメインテナンスは完了すまい。

「それも魅力的だが、折角だからウーノ、君に酔いたい」

 私の言葉にウーノはしばらく何を言われたのか悩み、そして理解すると小さく頷く。

「・・・はい、ドクター。私を飲み干してください」

 嗚呼、もう、可愛いなぁ。
 二度目の腹上死確定かな。とか思いつつ、私はウーノを抱きかかえてベットへと向かった。

  □

 ゆりかごの起動直後に研究所に突入してきたフェイト・テスタロッサを捕縛した私は、彼女のオリジナルであるアリシア・テスタロッサとの差異評価の為に、
彼女の苦手な人参や好物のキュウリの浅漬けなどを食べさせようと考えていたときだった。
 彼女は奥の手を使い、捕縛糸を切り開いて再び私に刃を向けた。
 だが、私は余裕の表情を崩さない。
 なぜならフェイト・テスタロッサ、君が如何に優秀な魔導士であろうとも、うちの可愛いトーレとセッテに勝てる道理がないからだ。
 もっとも、私はそんなことを公然と口にする程親バカではない。

「・・・プロジェクトFはうまく使えば便利なものでね、私のコピーは既に十二人の戦闘機人全員の体内に仕込んで・・・あれ? エェ・・・と」

 重要なことを少し勘違いしている気がする。
 そして、卑怯にもフェイト・テスタロッサは私が考え込んでいる隙をついて思いっきり私をホームランした。

  完


著者:超硬合金

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