365 名前:おとうさんの日(1) [sage] 投稿日:2010/06/20(日) 01:16:07 ID:O42hCb5o [2/6]
366 名前:おとうさんの日(2) [sage] 投稿日:2010/06/20(日) 01:16:50 ID:O42hCb5o [3/6]
367 名前:おとうさんの日(3) [sage] 投稿日:2010/06/20(日) 01:17:35 ID:O42hCb5o [4/6]
368 名前:おとうさんの日(4) [sage] 投稿日:2010/06/20(日) 01:18:13 ID:O42hCb5o [5/6]

 ある日差しのやわらかい日のこと―――。



「入ってきたら……わかってるだろうな?」
「言われなくても、入らないから……」

 ユーノの耳に届く、やたらと険しい声。
声の主の余裕のなさというか、心の狭さにユーノは苦笑いする。射殺さんばかりの視線に、時空管理局提督の本気を感じる。
 バタンと大きな音を立て、締められるドア。


「ていうか、クロノはいて良いのか……?」


誰も、友人の妻の授乳シーンなんて見ようなんて思わないというのに―――クロノはユーノを部屋から閉め出した。
確かに夫でもない男が、他人である女性が乳房を出し、赤子に母乳をやる光景を見るわけにもいかない。だからといって、夫は妻の授乳を凝視して良いのか。
そう、彼以外誰もいない廊下で一人ツッコむ。
部屋の中には、彼の友人のクロノと、その妻のエイミィと、義妹のフェイト、同じく友人のはやてがいる。
しかし、廊下にはユーノ以外誰もいなかった。
アルフとリンディは生まれたばかりの赤子を抱くエイミィに気遣って、買い物へ出かけてしまった。
今、この家にいるのは赤ん坊を含めて、七人。
内、六名は部屋の中、残り一名は廊下へと。何だか理不尽なものを感じながらも、有能で有名な司書長は休日にも関わらず、仕事のデータファイルを開く。
そして、はたと気付いた。


「……何で、僕、ここにいるんだろう……?」


 それはツッコんではいけないお約束だった。






――――おとうさんの日―――




 バタンと大きな音を立ててドアが締められる。
ほんの二、三分前までいた眼鏡の司書長は、今まさにクロノに締め出された。
クロノの表情はどことなく緊張しており、背後のドアに気を張っているように見える。

「クロノくん、心せまーい」
「いやいや、エイミィさん……いくらユーノくんが美少女顔負けの美少年でも、オトコノコですから」
「そうだけど、何か違うよ……はやて」

 妻・エイミィの言葉通り、心が狭い。
本人があまり気にしていないのだから良いではないかと頬を膨らませるエイミィと、クロノをからかう意図を含んだはやての言葉。
呆れるようなフェイトの視線が、クロノを刺す。

「クロノも、もっと優しく言わなきゃダメだよ」

 ユーノを心配し、義兄の余裕のなさを、フェイトは諌める。
ユーノを締め出す際に預けられた姪のリエラをクロノに返しながら、フェイトはクロノを静かに責める。

「入ってきたら、エターナルコフィンで氷殺だ」

 義妹から愛娘を返されたクロノは、器用にもリエラを片手で抱き、もう片方の手で待機状態のデュランダルを懐から取り出す。
グレアムはとんでもないものをクロノに残していったものだ。

「おー、怖っ……エイミィさん、本当にこんな旦那さんで良いんですか?」
「どうだろうねー? いまだによくわかんないや」
「エイミィ!」

 からかう気満々のはやてと、それに乗っかる妻にクロノは声を荒げる。
結婚してからまだ一年程度で、この発言は酷すぎる。
からかうのが目的だとわかっていながら、人生の半分以上を妻と共に過ごしているクロノは心中穏やかではない。

 すると、クロノの動揺がわかるのか、彼の腕に抱かれたリエラがふにゃふにゃとぐずり出す。
娘の表情の変化にクロノはビクリと身体を強張らせた。
片手に持ったカード状のデュランダルを投げ捨て、娘を必死にあやす。
哀れ、デュランダル。
氷結の杖も、愛娘の前では塵芥も同じであった。どこかの何かを統べる王様のそれよりも、扱いが酷い。



「よーしよし、怖くない、怖くないぞ…リエラ………」

 片手ではなく両腕で優しく抱き、ゆっくりと揺り籠のように左右に軽く揺らす。
その声音は先ほど、ユーノを追い出した時とは打って変わって、やわらかく、そしてどことなく弱々しかった。
怖くないと言っている割には、クロノ本人がビクビクとしていた。
 そんな彼の様子に、エイミィたちはくすくすと笑う。
お父さん歴数カ月の男は不器用な性格そのままに、子どもをあやすのも不器用なようだ。

「ふやぁっ」
「わっ、え、エイミィ……! 助けてくれ…」

 犯罪者を追いつめ、部下に冷静に指示を出し、次々と功績を積んできた執務官資格持ちの提督も、幼子の前ではただの情けない父親だ。
あやそうとしても泣き出す娘に、クロノはエイミィに助けを求め、彼女に近づいていった。

「何でクロノくんが泣きそうなの?」
「いや…だって……」

 カレルを抱きかかえたエイミィは、クロノのあまりにも情けない様子に呆れていた。
あわあわと取り乱すクロノの姿に、フェイトもエイミィと同じような表情をしていた。
エイミィはそれと同時に、フェイトに目配せをする。義姉の目配せの意図を理解したフェイトは、そっとエイミィに近寄り、クロノの隣で彼女からカレルを預かる。
エイミィの乳房から口を離し、満足げな顔をしたカレルをフェイトが抱き、エイミィはクロノが抱えられ、今にも大きな声で泣き出しそうなリエラの頬を優しく撫でる。

「ほおら、リエラ……お腹すいたよね? ちょっと待ってね、カレルのごはん終わったから……」

 母親の優しい声に、リエラの表情は少し落ち着く。
おどおどとするクロノの腕からリエラを奪い、彼女の口を自分の乳首へと添える。
そうしてやると、リエラはエイミィの乳首を口に含み、ちゅうちゅうと吸いだした。
その様子に、クロノはホッとする。クロノが子どもをあやすのを得意としていないのもあるが、単純にお腹をすかしているだけだった。
穏やかな顔をして母乳を口に含む娘の姿に、クロノは胸を撫で下ろした。



「もう、クロノくんってば……」
「ごめん………」
「クロノ、カレルを抱いてあげて? わたしより、お父さんの方が、カレルも嬉しいだろうから……」
「あ、すまない、フェイト…」

 妻に呆れられ、義妹に進言される。
情けない新米お父さんの姿に、大人しく様子を見ていたはやてがけらけら笑う。
そんな友人に、クロノはちらりと睨みつける。
 まったく、良いものが見れたとはやては笑う。





 今日、ハラオウン家にはやてとユーノがいるのは、彼女がクロノの子どもが見たいと言い出したからであった。
たまたま、ハラオウン義兄妹の休日が被った日を狙って、休暇を申請したはやては、ユーノを巻き込んで数カ月ぶりに海鳴市へと足を運んだ。
 そして、今に至る。可愛い友人の子どもたちを見られ、冷静沈着な兄貴分のあわあわと動揺する姿を見られ、はやては満足げな顔をしている。
そんな彼女の表情が、クロノには気にいらなかったようだが、そんなことははやての知ったことではなかった。


「カレルはお腹いっぱいやから、クロノ君に抱かれてもぐずらんなあ」
「僕が、子どもを抱くのがヘタみたいに言うな」
「事実ヘタやん。フェイトちゃんの方がよっぽどうまいで」
「ぐっ」

 事実、クロノよりも義妹であり、カレルとリエラにとって叔母であるフェイトの方が、子どもたちを抱くのはうまい。
クロノはそれが悔しくて仕方ないようで、ぐっと表情が硬くなる。
彼に抱えられたカレルは少し前のリエラと違って、父の変化に気付かず、穏やかに寝息を立てている。
腕に抱えた息子の様子に安心しながらも、クロノはカレルを起こさないように静かにはやてを怒る。



「大体、何で、うちに来ると僕に連絡をよこさなかったんだ」
「うーん、サプライズ? ええやん、エイミィさんにも、リンディさんにも、アルフにも連絡してあったんやから」
「あまりびっくりさせるな」
「ごめん、ごめん」

 はやては変わらずクロノをからかうような表情を見せる。
その表情のまま、カレルを抱きながら腰を降ろしたクロノの横に、強引に座り込んだ。





「はやて……?」
「クロノ君、今、幸せ?」

 少し狭くなったソファに、成人男子と少女が並ぶ。
座った途端、からかうような表情はなりを潜め、急に真剣な表情でクロノに問う。
どうしたのだろうと思うクロノは、彼女の視線の先に目をやり、納得する。


 はやての目に映る、二枚の写真。
一枚はクロノとエイミィの結婚式の際に撮った、家族が全員そろった写真。
勿論、カレルとリエラはまだ生まれていないため写っていないが、主役のクロノとエイミィ、二人と並んで満面の笑みを見せるフェイトとリンディ、アルフの姿。
撮ろうと言ったのは、結婚式に出席していたはやてだった。

もう一枚は、屈託なく笑う幼いころのクロノと、今よりも若かった母・リンディ―――そして、クロノの父であり、闇の書事件の被害者であるクライドの写真だ。



 クライドがクロノの父になった時と、同じ歳のころに父親になったクロノ。数年経てば、クロノは父の年齢を追い越す。
 その事実が、はやての心を押しつぶす。


 過去を追いすぎても、自分を責め過ぎてもいけないと言ったはずだが、クロノの妹のような友人は何かと背負い込みすぎる傾向にある。時折、生き急いでいると感じるほどだ。


「ああ、幸せだよ……」
「…………そっか………」


 理想を追っていると、辛い現実に潰されそうになることもある。
だからこそ、義妹とその友人たちにこちらの道を歩んでほしくないと思っていたこともあった。
けれど、誰よりも愛しい妻と子、それに母と義妹、友人がいて、クロノは幸せだった。


 それだけを聞くと、はやてはクロノの横から離れる。はやてが聞きたい言葉は彼女の耳に届いた。それ以上、お互いに追求はしない。これ以上の答えはないからだった。

「ところで、エイミィさん」
「なあに? はやてちゃん」

 クロノの横から去ったはやては、授乳が終わり、うとうとしているリエラを抱いているエイミィの横へと移動していた。
クロノとそのまま話しているものだとばかり思っていたエイミィは、少々驚きながらも、彼女の問いに答える。




「母乳って、どんな味なんでしょうか?」
「ぶっ」
「えー……いきなり、何でそんな質問なのー?」

 はやての問いに、フェイトとクロノが息を噴出し、エイミィは何とも言えない表情になる。
そんな周りなど気にせず、はやては自分の疑問をぶつけた。

「いやー……自分で出るものでもないし、妹や弟もいなかったので、どんな味がするんやろなー? っていう好奇心です」
「まあ、気持ちはわからなくもないけど……」

 牛やヤギの乳とは違った味だとは知っていたし、実際自分の胸から母乳が出るまで、どんな味だとはエイミィ本人も知らなかった。

「これはカレルとリエラのだからあげられないよ?」
「いやいや、そんなクロノ君に殺されそうなこと言いません。知らんもんかなー? って思っただけです」
「まあ、クロノくんは知ってるけど」
「なっ!!!!」

 咄嗟に、クロノの口から大きな声が出る。幸い、カレルは起きなかったが、起きてしまうのも時間の問題だった。

「………最低」

 はやてとフェイトの口から、ほぼ同時に言葉が出た。
成人男子が、妻の母乳の味を知っているということは、それすなわち、セックスの際に味わったものだとしか思えなかった。
クロノは義妹と妹分たちに、そちら方面ではめっきり信用がない。
何しろ、新婚初夜―――婚前交渉を行っていたため初夜とは言い難いが、結婚直後、クロノはエイミィを孕ませた。
結婚した後なので問題ないと言えば問題ないが、真面目な性格の割にはクロノは手が早い。
ショットガンウェディングじゃなかっただけ、幾分かマシといったところだ。
 そんなクロノだからこその誤解である。
実際は子どもたちに授乳を行うのを隣で手伝っていたら、母乳が跳ね、クロノの顔にかかってしまったからであるが―――それを口にしたところで、何故舐めたというツッコミが待っている。


「エイミィ! 何で、そんなことを言うんだ!」
「え、だって事実じゃない?」
「事実だが……」
「うわっ、認めた」
「お兄ちゃん、最低………」
「違っ!」
「ふにゃああ!」
「あ、カレル!」

 声を荒げて抗議するクロノの声に、彼の腕の中にいた息子が目を覚まし、泣き出す。
あわあわと困惑するクロノから、フェイトがカレルをひったくる。
見事としか言いようがない連係プレーで、はやてが先ほどクロノがユーノにしたように、彼を部屋から閉め出した。

 バタンと勢いよく締められるドア。出された先にいたのは―――筒抜けであった部屋の中の会話を聞いていたユーノだった。


「変態」


 またも友人に罵倒され、新米お父さんは失意に沈んだ。


END


著者:ふぁす

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