926 名前:とある冬の日1/5 [sage] 投稿日:2009/11/19(木) 20:56:07 ID:r4lH9cDQ
927 名前:とある冬の日2/5 [sage] 投稿日:2009/11/19(木) 20:56:48 ID:r4lH9cDQ
928 名前:とある冬の日3/5 [sage] 投稿日:2009/11/19(木) 20:57:22 ID:r4lH9cDQ
929 名前:とある冬の日4/5 [sage] 投稿日:2009/11/19(木) 20:57:52 ID:r4lH9cDQ
930 名前:とある冬の日5/5 [sage] 投稿日:2009/11/19(木) 20:58:36 ID:r4lH9cDQ

「わ、わわわ」

投げ渡された物が伝えてくる熱に、驚きの声を上げる。焼けた石のようなというのは言いすぎであろうが、冬の乾いた風によって冷やされた手にはひどく熱く感じられたのだ。

「わ、わわわ」
「あ、フェイトちゃんごめん、熱かったかな?」

渡された物をお手玉のように放っていると、友人が心配そうに覗き込んできた。

「ううん、平気ちょっと驚いただけだから……」

どうにか熱さに慣れたそれを両手でしっかりと持って、友人に笑い返す。色々と迷惑をかけてしまっている、この友人の心を、これ以上煩わせたくはなかった。

「大げさなだけ。そんなに熱くないわ。まったく、あの店の設定温度おかしいんじゃなの? もっと熱々のほうがおいしいのに」
「でも、フェイトちゃん。こういうのはじめてみたいだから」

何故か自分に対抗心を燃やしている友人が、情けないと叱りつけ、それを物静かな友人がやんわりと宥める。いつもの光景。騒がしいけど、この寒空の下でも温かいと思える関係。

「んー、フェイトちゃん本当に平気? 火傷とかしていない?」
「うん、大丈夫だよ、なのは」
「んもう、それより早く食べちゃいなさい! 熱々がおいしいんだから!」
「うん、わかったよ、アリサ」

勝気な友人、アリサに勧められるままに、それを口元に持っていく。しかし、

「……これ、どうやって食べたらいいのかな?」

初めて見る物なので、どう食していいかまったく分からなかった。首をかしげて、こちらの様子をうかがっている友人達を見つめる。

「こうよ、こう! 下に張り付いている紙を取って、そのままかぶりつけばいいの! こう!……わかった?」
「うん、ありがとう、アリサ……」

見本を示してくれたアリサに礼を言って、同じように大きく口を開けてそれにかぶりつく。

「あ! フェイトちゃんちょっと待って!」

何かに気づいたように、物静かなはずの友人、すずかが大きな制止の声を上げる。

「……?」

何故かあわてているすずかを、かぶりついた状態のまま眺めていると、

「ん!……」

歯茎の裏に痛みが走り、それが徐々に口の中全体に広がっていく。まるで口の中が火事になったような感覚であった。

「ああ、やっぱり……」
「わ、フェイトちゃん平気!?」

耐え切れなくて吐き出したくなるそれを、必死で口を押さえて我慢する。

「もう、しょうがないわね。これくらいで根を上げてたら駄目よ! もう、ちょっと待ってなさい!」

そう言い残すと、アリサは急いで店の中に駆け込む、そして、わずかな時間で戻って来ると、こちらに冷たいものを差し出してきた。それを受け取り、一気に口の中に流し込む。

「……ありがとう、アリサ」

お茶の柔らかい感覚が広がり痛みを鎮めてくれた。

「はあ……」

安堵のため息をつき、そして、今、自分に筆舌しがたい苦しみを与えた物体をじっと見つめる。

「……もう、フェイトちゃん、そんな顔してないで、ほら、今度はゆっくり口に入れてみて」

自分がそれを眺めている光景が面白かったのか、なのはは軽く噴出した後、優しい微笑みを浮かべて、もう一度それを口の中に入れるように勧めてきた。

「うん、大丈夫だよ、フェイトちゃん。おいしいから食べてみて」

それでも、さっきの熱を思い出して固まっていると、すずかまで笑いながら勧めてくる。

「……」
「うんうん、平気だから」
「おいしいよ」
「ほら、冷めたらおいしくないんだから、早くしなさい!」

踏ん切りがつかなくて、友人達の顔を見つめると、三者三様の言い方で後押ししてきた。こうなっては、逆らえない。

「……ん!」

意を決して、恐る恐る口の中にそれを含む。熱さが再び口の中に広がるが、今度は予期していたせいか、先程のようなの痛みは襲ってこなかった。そして、その代わりといわんばかりに広がる甘さ。

「……おいしい」

自然と漏れ出る声。

「でしょ。やっぱりフェイトちゃんには肉まんよりあんまんだと思ったんだよ」
「んーでも、やっぱり、ピザまんでしょ? 一番は」
「……なんで、そう通なところをつくのかな、アリサちゃんは……でも、なのはちゃんは何でそう思ったのかな? 普通は肉まんからだと思うけど……」
「ほら、フェイトちゃんのところ、リンディさんが、あれだから……」
「ああ、なるほどね。そりゃ、一緒に住んでいれば、好みも似てくるって言うものね」
「フェイトちゃん、太っちゃわないかな……」
「ああ、それは心配だね……」
「太ったフェイトなんか見たくないわよ」

口の中に広がる甘さに幸せを感じていると、話が変な方向に進んでいることに気がついた。

「太らないよ! ちゃんと朝夕、トレーニングしてるから!」
「んー、フェイトちゃん、例え太っても私達は友達だからね!」
「だから……」
「フェイトが太って動きが鈍くなったら、この前のドッジボールの借りが返せるわね」
「まったくもう、アリサちゃんは。平気だよ、フェイトちゃん、今度は私が組んであげるから」
「だから、もう!」
「わー、フェイトちゃんが怒った!」

逃げようとした三人を走って追いかけると、黄色い声を挙げた。自然と自分も笑みを零す。本当に楽しい。温かな時間。手に持っているあんまん以上に温かな。
でも、いつかきっと、この時間も終わりが来てしまう。自分は、所詮この世界の住人ではない。事件が起こったから、一時的に、それに対処するためだけに、この場所に住まわせてもらっているだけ。そのことに考えが及ぶと、

「……フェイトちゃん?」

自然と、皆を追いかけていた足が止まってしまう。

「どうしたのかな? フェイトちゃん」
「ああ、馬鹿なことやっているうちに、冷めちゃったわね、それ」
「冷めちゃうと、食べてもおいしくないね。ごめんね、フェイトちゃん。私達が変なこと言ったから」

心配そうにこちらをのぞきこんでくる三人に、首を振って返す。

「違うんだ……そうじゃないんだ……」

優しかった母はもう居ない。色々と世話を焼いてくれたリニスも。自分に優しくしてくれる人、温かな感触をくれる人は皆いなくなる。この友人達にも、近いうちに、事件が終われば別れを告げなければならない。
心を占める寂寥感。うまく言葉で表現できない。なんて伝えたらいいか分からない。だから、首をただ振り続けるしかなかった。

「んーー、フェイトちゃん、ちょっと待っててね!」

こちらの様子のじっと見つめていたなのはが突然走り出した。

「え……?」

そして、そのまま近くの自販機まで行って、何かを買って帰って来た。

「はい! フェイトちゃん! 本当はもう一度あんまんを買ってきてあげたかったんだけど、随分遠くまで来ちゃったから。これで許してね」

渡された温かな感触。

「なのはにしては気が利くじゃない。フェイト、からかったのは悪かったわ。だから今日はそれで許して頂戴」
「フェイトちゃんごめんね」
「うん、ちょっとからかいすぎちゃったね」
「まあ、それに今度は私が奢ってあげるわ、あんまん。だからそれで、今回の件は帳消し! それでいいわね」

口々に謝罪の言葉を述べてくる友人達。そして、その最後の言葉に首をひねる。

「今度……?」
「そうよ、今度よ。今、もう一つ食べたら夕ご飯が食べられなくなって怒られちゃうから、今度」
「あれ? でもアリサちゃん、今月お小遣いが厳しいって言ってなかったっけ?」
「んー、なら来年よ来年。まあ、だったら、別のものでもいいかもね」
「来年……?」
「うん、別に、急ぐもんじゃないでしょ。時間はこれから、いくらでもあるんだから」

何気ない、その言葉。それがさらに重くのしかかる。もう、自分には、皆と共に居る時間など残されていないかもしれない。でも、何も知らない二人には、そんなことは説明できない。言葉が詰まる。想いを口に出せない苦しみ。そして、その代わりに目から零れ落ちるもの。

「フェイト……?」
「フェイトちゃん……?」

意味が分からず首をかしげる二人。きっと何で泣き出したか訳が分からないのだろう。事情を知らない二人には、まったく理解できない涙のはずだ。それなのに、

「大丈夫よ、フェイト! 何があっても私がついてるんだから!」
「そうだよ、フェイトちゃん、話してみて? 力に、きっと力になれるはずだから」

それでも、必死で自分を慰めてくる。これが友達。庭園の中では得られなかったもの。そして、

「……うん、フェイトちゃん。何があっても私達は友達。離れ離れになって、住む場所が違ってしまっても、心はつながっている。想いは届く。そして、つながっているんなら、いつかまた機会はあるよ。だからね、フェイトちゃん」

全てを、過去も何もかも知る友人が、手を伸ばす。かつて、自分を救い出してくれたときのように。

「だからね、フェイトちゃん。泣かないで。『今度』は必ずあるんだから」

差し出された手を握る。それはすごく温かかった。

「……うん、うん……うん」

涙が止まらない。

「んもう、フェイトは本当に泣き虫なんだから」
「フェイトちゃんは感激やさんだね」

泣き止まない自分をあやすように背中に添えられる二本の手。

「うん……うん」

失いたくなかった。離れたくなかった。だから、心に決める。なんとしても、失わずにすむ方法を探すことを。

「うん……また今度……」

そして、それは何故か、拒絶されることはない。そういう確信を持てた。だから、

「ううん、今度は私が奢るよ」

だから、約束する。
絶対に裏切れない、契約をも超えた、友達との約束を。

「うん、じゃあ、期待して待ってるわ」
「わぁ、フェイトちゃん本当にいいの?」
「じゃあ、代わりに私は今度、お茶会にご招待するね」

笑顔が返され、約束は成った。しかし、

「今度は、これがいいかもね」

歩いているとまた見えてきたコンビニをアリサが指差した。大きなポスターが貼られており、そこには、

「うわあ、私はそれは遠慮しておくよ」
「うん、私も、フェイトちゃんとアリサちゃん二人で……」

激辛カレーまんと大きな文字で書かれていた。

「激辛!?」
「約束よ、フェイト! 絶対に、付き合ってもらうからね!」

どうやら、約束を守るのは予想以上に険しいようであった。



そして、後日。

「んー、フェイトさんも、随分とここに馴染んでいるようだから、よかったら、闇の書の件が片付いた後もここに住みましょうか? 私もここの生活気にいっちゃったし、クロノはどう?」
「ああ、母さんに任せるよ」

手段は探さずとも、向こうからやってきたのである。


著者:似非(´・ω・)

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