379 名前:野狗 ◆NOC.S1z/i2 [sage] 投稿日:2011/06/05(日) 00:22:42 ID:sr9eevPM [12/19]
380 名前:野狗 ◆NOC.S1z/i2 [sage] 投稿日:2011/06/05(日) 00:23:20 ID:sr9eevPM [13/19]
381 名前:野狗 ◆NOC.S1z/i2 [sage] 投稿日:2011/06/05(日) 00:23:56 ID:sr9eevPM [14/19]
382 名前:野狗 ◆NOC.S1z/i2 [sage] 投稿日:2011/06/05(日) 00:24:30 ID:sr9eevPM [15/19]
383 名前:野狗 ◆NOC.S1z/i2 [sage] 投稿日:2011/06/05(日) 00:25:02 ID:sr9eevPM [16/19]
384 名前:野狗 ◆NOC.S1z/i2 [sage] 投稿日:2011/06/05(日) 00:25:37 ID:sr9eevPM [17/19]
385 名前:野狗 ◆NOC.S1z/i2 [sage] 投稿日:2011/06/05(日) 00:26:11 ID:sr9eevPM [18/19]

 はやてが髪を伸ばし始めたのはいつ頃だったろうか。

 証言その一

「ん? ああ、そうだな、あれは……うん、ナンバーズ連中とやり合った後くらいかな」

 問われたヴィータはそう答えた。
 彼女の記憶では、はやてが意識して髪を伸ばし始めたのはゆりかご事件の後、受けた傷の癒えた頃だ。
 治療や後始末のため、ロクに髪を弄る間もなく、それを切欠に伸ばし始めたに違いない、とヴィータは言う。
 伸ばし始めた頃はここだけの話、ヴィータはただの無精ではないかと疑っていた。
 はやては時々とんでもないところで突然無精になることがある、と彼女は知っている。

「はやて」

 そこでヴィータは尋ねてみたのだ。

「ん、なんや? ヴィータ」

「美容院に行く暇がないのか?」

「え? なんで……ああ、髪か。ちょっと伸ばしてみようかと思って。変やろか?」

「うーん。変と言うより、見慣れてないだけだと思うけど」

「ヴィータは、髪の短い方がええの?」

「はやてなら、どんな髪型でもはやてだよ」

 素直な感情である。ヴィータにとって、八神はやての外見というものは余り重要ではない。
 そもそも、外見を一目見て何かを期待するなどという気持ちはとうに失っている。
 そのうえ、ヴィータがはやてに懐いているのは外見のせいではない。それだけは確かだ。

「嬉しいこと言ってくれるやん。そんなヴィータには、ご褒美上げへんと」

「ん? 何かくれるの?」

 はやてはヴィータの背後に回ると、両脇に手を伸ばす。

「ご褒美にくすぐりの刑や!」

「え、なんで」

 ウニウニと蠢くはやての指、堪らず笑い出すヴィータ。

「は、はやて、駄目、くすぐったい……きゃあ」

「ヴィータはくすぐり甲斐があるなぁ」

 いつもの二人であった。

 証言その二

「伸ばしてみよかな、とは割と早い内に言っていたわ」

 問われたシャマルは記憶を呼び起こす。
 フェイトのような長髪に憧れていた時期が、はやてにもあったのだと。
 シャマルはそこまで気付いていないのかも知れないが、少なくとも地球上では、白人種の金髪と髪質は日本人の大多数から憧れの的だ。
 はやてもその例に漏れず、やはりフェイトの髪には心ときめくモノがあったということなのだろう。
 長髪だけならばなのはやシグナム、そしてヴィータもいるのだが、はやてより年下に見える後者は論外であり、前者二人は基本的にはポニーだ。

「まだ、海鳴にいた頃の話よ」

 一応、髪型としては長髪の分類であろうリインのいなかった頃の話になる。
 闇の書事件の後始末、はやての訓練、ヴォルケンリッターへの審問、とにかく八神家が一堂に会することが滅多にないほどの忙しさだった。
 そんな中で、偶然シャマルがはやてと同じ日にオフとなり、久しぶりにとゆっくりお茶を飲んでいたときにはやてが言ったのだ。

「私もいっぺん、髪伸ばしてみよかな?」

 その視線の先にあったのは、フェイトが良かれと思って置いていったドッグフード。
 彼女曰く、

「これ、アルフも好きだから、きっとザフィーラさんの口にもあうかなって」

 話を聞いたヴィータが爆笑し、シグナムが肩を震わせて俯き、シャマルが同情の眼差しになった逸品である。
 とにかく、フェイト縁の品を見ながらそんなことを言うのだ。誰の髪型を連想しているのかということはシャマルでなくともわかる。
 そしてそれは微笑ましいことだと、彼女は感じていた。
 まともな子供時代を送ることの出来なかったはやての、ある意味子供らしい憧れではないか。それを無視することなど誰に出来よう。
 それでも、はやて本人が髪を伸ばし始める切欠がなかなか掴めず、結局十年も過ぎてしまったのだ。

 そして今のはやては、堂々と髪を伸ばしている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 華やかな祝福のゲートを潜り、新郎新婦が教会を出て行く。
 その背に送られているのは祝福と羨望、そしてほんのちょっぴりの嫉妬。

「へえ、面白い演出やな」

「チンクの話によると、あのまま新婚旅行に行くそうです。二人とも、今となっては長期休暇が取りにくい立場ですから」

「今はどこも人手不足やもんな」

「むしろ私の知る限り、人員が足りていたことなど無かったような気がします」

 シグナムは手厳しいな、と笑うはやて。
 しかし、一理あるのだ。本来ならこの式にはヴォルケンリッター全員が呼ばれている。
 そもそも、今回の新婦に一番関係が深いのは欠席しているザフィーラだ。なにしろ、ギンガは一時期ザフィーラに師事していたのだから。
 結局、なんとか時間を割くことが出来たのははやてとシグナムだけである。はやてに至っては、代理としてリインを置いてきているのだ。

「ええ結婚式やったな」

「はい。厳粛かつ、二人を祝う雰囲気というか、暖かみも十二分に感じられてました」

「自分でもしてみたいとか?」

 はやての言葉に、シグナムは即座に返す。

「主はやてが先決です」

「う。そう来るか。ホンマに手厳しいな」

「当然の心配です。我らヴォルケンリッターの主、夜天の主の伴侶となるべき存在がどれほどの者なのか」

「うーん。困ったなぁ」

 口調とは逆に笑っているはやて。

「ま、ええか」

 そんな二人に、声をかける者がいる。

「お久しぶりです。はやてさん、シグナムさん」

 スバルとティアナである。
 ギンガの結婚式なのだから、スバルがいるのは当たり前である。そして、家族同然に付き合っているティアナもまた、ここにいることは自然の成り行きだろう。

「ああ、スパル、今日はおめでとうさん」

「ありがとうございます」

「ところで、ゲンヤさんは? ギンガをエスコートしてから姿が見えへんみたいやけど。まさか、事件でも」

「いやいや、さすがにお父さんも今日は完全休暇日です」

 代わりにディエチ達四人が一日貸し切り状態で出向してるんですよ、と笑うスバル。
 はやては納得した。
 もちろん、ゲンヤの仕事そのものの肩代わりではない、それはいくら彼女らでも無理だろう。
 ゲンヤの仕事を他の者に肩代わりさせるために、何か別の仕事を請け負ったというところだ。
 しばらく互いの近況を教えあう四人。
 と、ティアナがはやての髪を改めて眺める。

「結構伸びましたね」

「あ、これ? そろそろ、髪解いたティアナくらいにはなるかな?」

「そうですね、それくらいだと思いますよ」

 スバルがきょろきょろと辺りを見回す。

「そういえば、フェイトさんもなのはさんも、今日は無理だったんだ」

「フェイトちゃんは長期任務中やからなぁ、なのはちゃんは辺境区で泊まりがけの教導中やし」

 タイミングが悪いなぁ、と愚痴るはやて。

「皆さんくらいになると、休みを合わせるのも大変ですよね」

 自分とスバルも、年々休みを合わせるのが一苦労になっている、とティアナは溜息。

「それだけ、重責を担っていると言うことだ。気持ちはわかるがそう愚痴るな。休みが合わないとは言っても、全く会えないわけではないだろう」

 それに、顔を合わせるだけなら映話一本で終わりだろう、とシグナムが静かに窘める。

「でも、映話だと、スキンシップが出来ませんし」

 スバルの言葉と同時に自分の胸を押さえるティアナ。その目は確実にスバルを警戒している。

「ほう」

 はやての目がキラリと光り、ティアナのこめかみから冷や汗がタラリと。

「最近はどないなもんかね、スバル隊員」

「はいっ、発育著しく、非常にスキンシップのし甲斐がある状態です、隊長!」

「ふむ、それは重畳」

「すまんな、ティアナ」

 シグナムの静かな謝罪に、ティアナはひきつった笑みで応える。

「いえ、なんというか、慣れました」

「そうか、お前も大変だな」

 真顔で言ったシグナムの冷たい視線に、さすがにスバルの顔もひきつる。

「あ、いや……その……御免、ティア」

「あ、その、スバル。そんな真面目に取らなくても……ね、私はその、ほら、スキンシップは大切だと思うし」

「うーん」

 そんな二人の様子に、何故か首を傾げるはやて。

「主?」

「はやてさん?」

「あ、いや、何かこの調子やったら、スバルはまだまだやなぁと思って」

「何がですか?」

「ん。ギンガの次は、スバルの番やろ?」

 なるほど、とシグナム、ティアナの順で頷く。
 そしてやや遅れて、真っ赤になるスバル。

「え、ええっ。そんな人、いませんよ! えっと、そ、そうだ、ティア、結婚しようか」

「どさくさ紛れに何言い出すのよ、おバカ!」

「いくら仲が良くても同性結婚はないぞ。高町とテスタロッサが証明しただろう。いや、今はスクライアと言うべきか」

 シグナムのある意味わかりやすい、とんでもない説明にブフォッと噴き出すティアナ。

「凄くわかりやすいですけれど。良いんですか……その例え」

 そういえば、その頃だな、とはやては思い出す。
 フェイトとユーノが結婚式を挙げた翌週、なのはが髪を切ったのだ。それも、ばっさりと。
 まず、フェイトが青ざめた。
 ついで、ユーノが泡を吹いた。
 さらに、ヴィヴィオが本気で泣いた。
 そのうえ、ハラオウン家から押っ取り刀で駆けつけたアルフが臨戦態勢を取った。
 くわえて、ヴィータが決死の表情で出撃した。
 最後に、ディエチのトラウマが再発して部屋に閉じこもった。
 そこでようやく、なのはは気付いたのだ。

「違うよ。これはたまたま時期があっただけで、ユーノ君とフェイトちゃんの結婚とは関係ないよ?」

 誰も本気にしなかったという。
 何しろ、
「失恋したら髪を切る」
 これは高町なのはの生まれた文化圏ではよくある話、定番中の定番だからだ。
 だからこそ、その文化に親しんだフェイトをはじめとするハラオウン家関係者、八神家関係者、そしてナカジマ家はそう信じたのだ。
 そのうえ、実のところフェイトは「もしかしたらこれって略奪愛?」とほんの少し罪悪感を持っていたりしたのだから。

 はやてが仲介に入って、本当にその気がない……本当はあったのだが、すっぱりと割り切って諦めた……ということを周囲に信じさせるのに、結構な時間が必要だったのだ。

 ……ま、失恋したら髪を切る。そんなシチュもあり言うたら有りやもんな。

 はやてはその想いを誰にも伝えない。

 はやてには決意がある。
 ギンガ、スバル、そしてクイントの血筋であるもう一人ノーヴェ。
 三人がナカジマ家を後にする日をはやては待っている。
 一つの区切りの来る日を。
 クイントの残滓がナカジマ家から消えたとき、はやてはゲンヤの元を訪れるだろう。
 想いを伝える日を、はやては待っている。
 その日までは何も言わず、ただ想いを秘めて。
 それは駆け引きなんかじゃない、ただの意地。成功確率を上げるなんて考えている訳じゃない。
 いなくなった女の臭いがしない場所で、あの人に想いを告げたい。
 きっとあの人は告げる。

「すまねえな、八神」

 わかっているのだ。
 答えなど最初からわかっているのだ。
 年齢差もあるだろう、クイントへの想いもあるだろう。
 いや、理由などいくらでもつけられる。
 ただ、結果は一つ。
 だから、終わらせよう。自分の想いに決着をつけよう。
 急ぐことはない。自分の想いに忠実に、悔いのないように伝えよう。
 娘のため、なんて馬鹿げた言い訳を封じてから。
 誰のせいでもなく、あの人の想いによって断られよう。

 そして、失恋したら髪を切ろう。
 あの人のために伸ばした髪を。
 いずれ切られる運命にある髪を。
 あらかじめわかっている胸の痛みを抱えながら。


著者:野狗 ◆NOC.S1z/i2

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