283 名前:小さな町の小さな診療所 クリニック・F[sage] 投稿日:2008/06/14(土) 22:46:54 ID:Q1BQUiCZ
284 名前:小さな町の小さな診療所 クリニック・F[sage] 投稿日:2008/06/14(土) 22:47:36 ID:Q1BQUiCZ
285 名前:小さな町の小さな診療所 クリニック・F[sage] 投稿日:2008/06/14(土) 22:48:11 ID:Q1BQUiCZ
286 名前:小さな町の小さな診療所 クリニック・F[sage] 投稿日:2008/06/14(土) 22:48:53 ID:Q1BQUiCZ
287 名前:小さな町の小さな診療所 クリニック・F[sage] 投稿日:2008/06/14(土) 22:49:32 ID:Q1BQUiCZ
288 名前:小さな町の小さな診療所 クリニック・F[sage] 投稿日:2008/06/14(土) 22:50:04 ID:Q1BQUiCZ
289 名前:小さな町の小さな診療所 クリニック・F[sage] 投稿日:2008/06/14(土) 22:50:35 ID:Q1BQUiCZ
290 名前:小さな町の小さな診療所 クリニック・F[sage] 投稿日:2008/06/14(土) 22:50:59 ID:Q1BQUiCZ

 今日は午前のみの診療である土曜日。都会の医者ならば大忙しになるであろう時間帯だが、鶏が平気で道を歩っているような田舎町ではその原則は全く役に立たない。
 ウーノは受付の椅子に座って隼からもらった雑誌を読み、ジェイルは診療室ではなく別の部屋にいるようだ。
 外で聞こえる雀の鳴き声と、ウーノが雑誌のページを捲る音以外は何一つ物音のない、いたって平和な時間。
 ジェイルは分からないが、戦闘に自分の存在の主を置くよう作られたウーノにとって少し寂しい気持ちもあるが、心の大半は待ち望んだ時間という認識だった。
 彼と二人きりで、二人だけで生活するこの空間。ウーノはここにいる時間が何物にも代え難い有意義な時間として心底から愛おしく感じていた。
 今、彼はこの場にいないがそれも仕事故。彼が自分を食べさせるために頑張っているのだと思うと、自然と頬が熱くなり、彼をより一層愛せずにはいられなくなる。
 自分は変わったな、というのはもはや否定できない事実であることはウーノもとうに理解している。
 今までも彼のことを第一に考え、そして行動してきた彼女だったが、今はあの時とは違う、別の感情で動いているのだと、ウーノはそう思おうとしていた。
 自分のこの想いが作られたものだと、プログラムされたものだと、そんな言葉でこの気持ちを片づけたくなかった。
 自分がジェイルを想うこの気持ちは本物だと、ウーノはそう信じている。
 ふと時計を見るともうすぐお昼の時間だ。今は何もすることがないし、お客もいない。
 ウーノはおもむろに立ち上がると、受付に「ご用の際はインターホンを押してください」の看板を釣り下げ、顔を赤くしながら満面の笑みで事務所の奥へと消えていった。
 彼女が向かった先は、キッチンである。


   □   □   □   □   □




 診療所にウーノしか居ない理由。それは事務室の奥にあるドアをくぐれば分かることだ。
 その奥は厳重に施錠された耐火ドアがあり、その先にはかつてのスカリエッティのラボを思わせる何とも怪しげな研究室があった。
 しかし違うのは、生態ポッドなどの巨大な人間観察用の器具はそこになく、あるのは金属加工機や電動ドライバーといった本格的な大工道具、それに数々の薬の入った棚に調剤用の機械など、かつてのラボとはまるで想像も付かないような器具の数々だ。
 今もそこでジェイルは何やら巨大な機械の内部に頭を突っ込み、半田ゴテを片手に金属線と格闘していた。

「よし、これで完成だ」

 そう言って腕を組むジェイルの前にあるのは誰が見てもそれと分かるような、立派な電気マッサージ器だった。
 無限の欲望の効力を自身が作った薬で抑えている身だとはいっても所詮はまやかし。抑えられる規模にも所詮限度があった。
 その欲望を、ジェイルは人間に見いだしていた。
 自分の勝ちがほぼ決定していたようなあのゲームを、最後の最後でひっくり返されたこの世界からやってきた人間にジェイルは単純に興味を持った。
 もちろん彼女たちによってデータ的な面で興味深い研究結果が得られるとは思っていなかった。何せあのゲームは成功率百パーセントの状態から汚水を飲まされたようなものだ。
彼女たちのことを何もかも知っていた上で負けたのだから、それ以上のものは得られないだろう。


 だから、ジェイルは彼女たちのとっていた行動にやたらと心、精神面での何かが関わっていると考えた。
 現にゆりかごのメイン動力炉を小さな騎士に破壊されたときもそうであったし、三人が倒されたあの見習い執務官との戦いの時も、彼女は最後まで諦めるということを知らなかった。
 人間というのはやはり、データなどでは計れるものではないのかもしれない。そう考えたジェイルが行っている行動が、まさしく今の状況である。
 人間と密接に関わり、そして交流する。この半年間でジェイルは彼らからたくさんのことを学び、そして自身もその医学技術によってたくさんの人を助けてきた。
 この半年間、あの時のような自分の身を内側から全て焦がすかのような、あの激しい快楽などとはついぞ縁がないが、それでもこの日々にジェイルはかなり満足していた。
 自分が完成させた電気マッサージ器にスイッチを入れる。すると貼り付けておいた端子の先から微弱な電流が流れ出す。自分の少年時代、何かを作っては遊んでいたあの頃に戻った気がして、ジェイルはしばし時を忘れていた。
 そのことに気が付いて時計を見れば、ちょうどお昼を少し過ぎた頃。
 「昼ご飯にしようか」と一人呟くと、ちょうど完成した電気マッサージ器を抱えて階段を上り出す。
 彼が向かう先はキッチンである。


   □   □   □   □   □




「あらドクター、完成したのですか?」
「ああ、おかげさまでね。それでどうだい、時間も時間だし昼ご飯にでもしようじゃないか」
「それでしたらご安心を。今ちょうど作っているところです」

 ジェイルは持っていた機械を端に置いて椅子に座り、ウーノはフライパンの上で焼いていた卵焼きを皿に盛りつける。
 この何もない田舎にも男女が二人同じ家に住んでいれば、どこでも見られる情景である。
 さして特別なものでもない。ただ、それは客観的に見た場合であって、そこに生活する人間は大好きな人と常に一緒にいられる。そんな夢にまで見たような幸せを噛みしめ、生きている。
 それがどんなに素晴らしいことなのか、本人達でなければ分かることではないが、美味しそうにサラダを食べる二人の表情から全てを伺い知ることが出来るだろう。

「今日も美味しいな、ウーノ」
「あ、ありがとうございます」

 顔を真っ赤にして俯くウーノにとって、それは途方もない快楽である。
 自分の作った料理を愛しい人が美味しいと言ってくれる。たったそれだけなのに自分の心は早鐘を打ち、頬は汗を掻くほどに熱くなる。
 あの頃のジェイル・スカリエッティはもう存在していなかった。敵味方関係なく冷酷だったあの頃の面影はどこにも見いだすことは出来なかった。
 同じなのは、薬の影響か当時の金色から深い青色へと変化した目の色以外の容姿と、いかにも科学者といったふうな口調だけ。今は自惚れていなければ、自分を大切に思ってくれている彼が居る。
 それだけなのに、それだけなのに自分の気持ちは高騰し、それ以上会話が出来なくなってしまうウーノの姿がそこにあった。
 やがて居づらくなったのか、ジェイルが何か話を切り出そうと口を開く。


「そ、そうだ。あの娘の話なんだが」
「あ……は、はい」
「何故なんだろうか、あそこまで我々を拒絶するのは」
「そうですね、私たちの方ではなく女の子の方に何か事情があるのでは?」
「ふむ……」

 ジェイルが考えるときにいつもするポーズである、顎に手を当てて物思いにふけり出す。
 すると何かを思い出したように、ウーノが胸の前で手を叩く。

「あ、道理でどこかで見たことがあると思いました」
「え?」
「いえ、似てるんですよ、彼女」
「誰にだい?」
「ディエチです」

 ディエチ。かつてクラナガンを震撼させた戦闘機人、ナンバーズ。その十番目。
 ジェイルはあの無口で無表情なディエチと、敵意むき出しのノーヴェのようなあの時の女の子がどうして似ているのか、一向に理解できなかった。

「理由を聞かせてくれるかな?」
「彼女はネコには屈託のない笑顔を見せていましたでしょう? ディエチも普段は仏頂面なのにふとしたときに笑顔になったりとか、ありましたよ」
「そうなのかい?」
「任務中に花を見つけて笑顔になったり、メガーヌさんの姿を見て心を痛めたり。ただ、任務の支障になるからと、普段は隠していましたが……」



 もちろん、私たち姉妹じゃないと分からないくらいですけど。と、ウーノは付け足す。

「オットーやディード、それにセッテなどは完全に無表情と言っていいかもしれませんけど、ディエチは違うと思います。あの娘は姉妹の中でチンクと同じくらいに心の優しい娘でしたよ」

 実際にジェイルも、ディエチが聖王ヴィヴィオをゆりかごの聖王席に座らせる際に、渋るような口ぶりをした。という事実をクアットロのレポートから聞いて知っている。
 ふむ、とジェイルは一度下を向いて唸ると、考えがまとまったのか、ウーノの方を改めて向き直る。

「ではあの娘は何らかの外的要因によって感情を外に出せなくなっている、とでも言いたいのかい?」
「そう考えれば、合点が行きます」

 サラダを食べ終えたジェイルはそのまま牛乳を口に入れ、ゴクリと喉を鳴らす。
 唇の上にほんのりと白い跡が残り、その顔に笑いをこらえられなくなったウーノが思わず口を押さえる。
 数十秒してようやくそのことに気が付いたジェイルはほんのりと頬を赤く染めながら、ぶっきらぼうに言う。

「それで、どうするんだい? それが事実だとしても護くんの力にはなってやれそうにない」
「……ふふふっ……あ、ああ、それが事実でも私たちはどうすることも出来ないですよ。その外的要因というのも何のことだかさっぱりですし」

 口を押さえながらウーノは言う。


「でも護くんの力に、とは、どういうことです?」
「まあ分からないのなら気にしないでいいさ」
「あ、酷いですよドクター! 私を世間知らずのどうしようもない女だなんて!」
「そ、そこまで言ってないだろう」
「いーえ、言いました。だいたいドクターは―――

 ピーンポーン。
 どこからどう見ても新婚ホヤホヤの夫婦を演出していたジェイルとウーノはキッチンに響き渡るインターホンの音で我に返る。
 ジェイルは動じていないようで、そのまま速やかに診察室へと向かったが、対するウーノは自分の今までしてきたことの恥ずかしさにしばらく動くことが出来なかった。


   □   □   □   □   □


「産まれそう?」
「ああ、もうすぐ産まれそうでさあ。だけどいつもとは比べ物にならないくらいの痛がりようなんだ」

 やってきたのは、都会ならもうすぐ定年退職を迎えるであろう白髪交じりの男性だった。
 慌てているらしく、声を詰まらせながらジェイルに状況を説明していく。

「妊婦ですか。それで、年齢は?」
「ああ、八歳なんだ」
「はあ」

 八歳で産まれそうなのだから七歳で身ごもったと言うことになる。
 人間という生き物はそもそも生物学上不可能なのは明白である。それをさも当たり前のように言う男性に、田舎には常識が通じないのか、とよく分からないことをジェイルは考えていた。


 それでも生物学上はあり得ないのだ。あり得ないことが起こっているならもう一度詳しく聞く必要がある。

「体重は?」
「えっと、だいたい二百五十キロってとこだ」
「…………」

 自分の理解できる範囲を超えていた。思わず思考停止してしまうジェイル。
 そこへやっと膠着状態から戻ってきたウーノがスリッパの音をパタパタと立てながら診察室に駆けつける。

「なあウーノ、体重二百五十キロで八歳の妊婦の人間を聞いたことがあるかい?」
「人間?!」

 ウーノへの問いかけだったはずだが、意に反して男性が素っ頓狂な声を上げる。

「ああ、言ってなかった! 牛だよ牛。今苦しんでるのは乳牛」
「ああ、そうですか………………牛?」

 時計はお昼を過ぎて三十分ほど。
 小さな診療所はまたも小さなトラブルに巻き込まれそうだ。



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目次:小さな町の小さな診療所 クリニック・F
著者:554

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