72 名前:554[sage] 投稿日:2008/06/12(木) 22:42:03 ID:lyoy4QUB
73 名前:554[sage] 投稿日:2008/06/12(木) 22:42:49 ID:lyoy4QUB
74 名前:554[sage] 投稿日:2008/06/12(木) 22:43:39 ID:lyoy4QUB
75 名前:小さな町の小さな診療所 クリニック・F@入れ忘れたすまんorz[sage] 投稿日:2008/06/12(木) 22:44:53 ID:lyoy4QUB
76 名前:小さな町の小さな診療所 クリニック・F[sage] 投稿日:2008/06/12(木) 22:45:41 ID:lyoy4QUB
77 名前:小さな町の小さな診療所 クリニック・F[sage] 投稿日:2008/06/12(木) 22:46:09 ID:lyoy4QUB

「か、可愛い? ドクターが私に可愛いだなんて……夢じゃないですよね、頬を抓っても痛くな「何か言ったかい、ウーノ?」
「……いえ、なんでも」

 行進するかのように腕を大きく振って歩く護と、何を考えているのか全く分からない無表情で護に付いていくジェイル、そしてそんな二人に付いていきながらも顔を真っ赤にして俯きながらその後ろを歩くウーノ。
 歩く町並みは木の匂いが漂ってくるのではないかと言うほど、木造家屋がきちっと揃えたかのように綺麗に並んでいる。そんな暗くなりかけた町から徐々に灯りが点き始め、道端の電灯にも光が点る。
 赤とんぼのメロディーが町に流れ始める中、護たち一行は今まさにシャッターに手を掛け店じまいをせんとする書店の主人に声を掛ける。

「兄ちゃん、鞍馬さんとこのネコ見なかった?」





○ 小さな町の小さな診療所 クリニック・F ○







「ネコ? ああ、三毛猫なら居たぞ」
「どこに行ったか分かる?」
「んー、ついさっきそこの曲がり角を左に曲がってってのは見たぞ」
「ありがと、兄ちゃん!」
「おう、もう遅いから早く家に帰れ、っとジェイルさんも一緒ですか」
「お疲れ様です、立川さん」

 男の名前は立川隼(たちかわ はやと)。町で一番大きい―――とは言っても都会と比べればささやかなものだが―――本屋である立川書店の二代目である。
 ジェイルたちと隼との親交はそれなりに深く、クリニック・Fの広告を掲載してもらっている。そして何よりウーノの暇つぶし用の本は気前の良い立川書店の店主から破格の値段で提供されているものである。
 ウーノは申し訳なく思っているが、隼からしても在庫をそこで捌けるのでかなり合理的なのである。
 ジェイルの方も後橋や低崎への買い物の際に隼の用事も一緒に済ませてくるなど、診療所と本屋の主同士でかなり親密な付き合いが続いているのである。
 そんな隼はシャッターをガラガラと音を立てて閉めながら、笑顔でジェイルとウーノに笑顔で会釈し、彼らもそれに微笑で応える。
 と、ここでジェイルは護が既に曲がり角を曲がって先に行ってしまったことに気が付いた。

「おっと、私たちは護を追いかけなければならないので、これで」
「ああ、そうですね。それじゃ、お気を付けて」


 隼に別れを告げ、若干の早歩きで護の後を追うべく隼の指さす曲がり角を曲がる。
 普段から大好きな虫を追いかけ野山を駆けずりまわっている護は、そのせいかかなり足が速い。そして体力もある。普段運動不足のジェイルにしてみれば到底適わない相手である。
 先刻見たときは走っていたから見失ってしまうかな、とも思ったジェイルだったが、その可能性はすぐに否定された。
 曲がり角を曲がって数メートル行った先に、護がその場に固まったまま道の真ん中に立ちつくしていた。
 視線の先には三毛猫と、それを眺める護の姿がそこにあった。そして、護の見つめるその先には三毛猫と、そして遠目でも綺麗だと分かる小学生であろう女の子がその三毛猫を抱きかかえ、愛おしそうに微笑んでいた。
 その姿はまるで陶器の人形のごとく高貴で穏和な雰囲気を醸しだし、そして彼女の腕に抱かれる三毛猫に向けられた笑顔がその可憐さをより一層引き立てていた。

「綺麗だね」
「え、あ、ああ。そうだな」

 ジェイルはその姿に圧倒される護に気づかれぬようそっと近づき、声を掛ける。
 護は案の定気づいていなかったらしく、ジェイルが後ろから声を掛けるとびくっ、と体が震えた後、曖昧な返事を返すことくらいしかできなかった。
 それだけ護は動揺していた。あの人見知りのネコがここまで他人に懐くこと。その点だけに置いても動揺を引き起こすには充分な理由だが、何か他の感情が今まさにこの瞬間、護の心の中に静かな音を立てて燃え始めたようだった。
 後からぱたぱたと追いかけてくるウーノは分からないが、少なくともジェイルは、護がその瞳に宿している何かに気づいたようだった。
 ジェイルはその事実に含みを持った笑みでフッ、と笑った。その隣にいる護やウーノにさえも聞こえるかどうかすら分からないような笑い声とも言えない息吹に、ネコを抱えていた可憐な少女が自分のことを見つめている集団が存在していることに気づく。

「…………」


 そこからの反応は文字で表すととても簡単なものだった。
 彼女から放たれていた穏和な雰囲気。それが全て消え失せ、同時にこちらを睨み付ける。ネコはその雰囲気に気押され、彼女の腕からするりと身を抜け出し、一緒にいる機会の多いウーノの元へと走り寄る。
 ウーノがネコを抱き上げ首を撫でると、いつものようにゴロゴロと音が鳴る。どうやら何か危害を加えられるようなことはしていないようだ。そして、ウーノは先程までこのネコを抱いていた主―――見た目は護と同じくらいの年齢かそこらの女の子。彼女へと視線を向ける。
 ウーノだけではなくジェイルも、そして護ですらも感じるその明確な意思表示。すなわち、拒絶。来ないで、という彼女の視線。
 今まで纏っていた高貴で穏和で、それでいてどこか温もりのあるあのオーラ。
 その雰囲気が、ジェイル達一行を発見した、ただそれだけのことでガラリと変わってしまった。
 そしてそのまま、彼女はくるりと踵を返すとこちらを振りかえることもなくどこかへと消え去ってしまった。
 ジェイル達はそのあまりの存在感にただ立ちつくすことしかできなかった。


□   □   □   □




「お会計は七百六十円です」
「いやあ、この診療所が出来てわしら大助かりじゃよ」
「ありがとうございます。そう言って頂けると私たちも励みになります」
「いやいや、礼には及ばないよ。あ、じゃあ孫が待ってるから」
「はい、お大事に」

 診療所の扉に吊してある季節はずれの風鈴がチリンと音を立てて扉が閉まる。
 昨日のちょっとした騒動から一日。今日は花の金曜とも言われる、週の終わり。

「……それにしても誰なんでしょうね、あの子」
「さあ、ね。今となってはどうにもならないことだ」

 平日の、ちょうど一時を過ぎたあたり。ジェイルのそばにある机には出前で頼んだきつねそばが手つかずの状態で二杯置いてある。
 今のお客が去って仕事が一段落した二人はちょっと遅めの昼ご飯と洒落こむことにした。ジェイルの手元でパチンと割り箸を割る音がする。
 土地柄、葱のたくさん入ったきつねそばを、ズズッといかにも日本人的な啜り方でジェイルはきつねそばを胃に収めていく。
 そして小銭をレジカウンターに入れたウーノがもう一つ用意してある椅子に座り、ジェイルと同じようにパチンと音を鳴らして割り箸を割る。程なくしてウーノからもズズッとそばを啜る音が聞こえる。

「何か私たちを怖がっているように感じましたし。あ、唐辛子を取って頂けますか?」
「っと。私たちの本性を気づかれたようには思えなかったが。仮にそうだとしてもあの断固拒絶の睨みが護くんにまで及んでいたことの説明がつかない」



 そう言いながら赤いパッケージに包まれた七味唐辛子をウーノに渡す。たっぷりの葱の上に掛けられた七味唐辛子とそこから上がる湯気がとても食欲をそそる。
 何か思慮するような目をしながらきつねそばを啜る二人。ちょっと見れば穏やかな時間が流れているようにも見えるが、しかし二人の間には何か緊張した空気が流れていた。

「やはり、我々は作られた命だと言うことが……」

 ばれてしまったのだろうか。ウーノは言葉が尻すぼみになりながらも言葉を紡ぐ。
 ウーノは悩んでいた。自分は目の前にいるドクターによって作られた存在だ。それは理解しているし、受け入れている。
 けれどもそれは表面上だけのことであって、自分の内面では稼働し始めてそれなりの時間が経った今も、それをまだ受け止められないで居るウーノがいた。
 自分は作られた存在だ。そのことは理解している。理解はしているが、自分のこの感情までもが目の前で美味しそうにきつねそばを啜っているドクターによって作られたものなのだろうか。
 仮にそうだとすると、いろいろと辻褄が合った。
 ドクターに従順に従うことが自分の使命だと自分でもウーノは理解しているし、それがドクター・スカリエッティによって創造された物だということもウーノは分かっていた。
 だがそれ以上の感情が、ドクターを、いや、ジェイルを私は――――

「どうしたんだい? 我が妻ウーノよ」

 ウーノの葛藤を見透かしたかのようにジェイルが聞く。
 我が妻。そうだ、今自分はこの世で唯一のジェイルの妻というポジションに嵌っているのだ。
 だから今は、何も理解できていない今は。その感覚に酔いしれても良いと、ウーノの本能は告げていた。

「なんでもありません、あなた」





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目次:小さな町の小さな診療所 クリニック・F
著者:554

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