[79]名無しさん@ピンキー<sage>2007/07/14(土) 20:41:26 ID:SWe/Bc1d
[80]名無しさん@ピンキー<sage>2007/07/14(土) 20:42:02 ID:SWe/Bc1d
[81]名無しさん@ピンキー<sage>2007/07/14(土) 20:43:05 ID:SWe/Bc1d
[82]名無しさん@ピンキー<sage>2007/07/14(土) 20:43:46 ID:SWe/Bc1d
[83]名無しさん@ピンキー<sage>2007/07/14(土) 20:44:36 ID:SWe/Bc1d
[84]名無しさん@ピンキー<sage>2007/07/14(土) 20:45:21 ID:SWe/Bc1d
[85]名無しさん@ピンキー<sage>2007/07/14(土) 20:46:02 ID:SWe/Bc1d
[86]名無しさん@ピンキー<sage>2007/07/14(土) 20:46:53 ID:SWe/Bc1d
[87]名無しさん@ピンキー<sage>2007/07/14(土) 20:47:30 ID:SWe/Bc1d



私は全てを失った。富も地位も、全て。


元々貴族出身だった私は恵まれた環境で生まれた。幼い頃から好きなものは何でも手に入ったし、苦労をしたという記憶もない。
最高の教育を受け、有名学院へと進学した。魔法の才はなかったが、この世界で金を得るのにそんなものは必要なかった。
そこで私は大した勉強もせず、金で人を集め遊び歩いた。そして難なく学院を卒業してすぐに父の経営する製薬会社に就職した。
薬学の知識はなかったが、ただ淡々とデスクワークを続けているだけでよかった。私の将来は約束されているのだから。
私は同期をさしおいてスピード出世を果たし、役員にまでのぼりつめた。
嫌な顔をするものも多かったが、それ以上に父は信頼に厚かったようだ。お飾り程度に思われつつも私は役員として経営学を学んだ。
会社が順風満帆の成長を続ける中、それを揺るがす驚くべき出来事が起こった。
父が死んだのだ。働きすぎによる急性の心不全だった。多くの従業員に見守られ父はこの世を去った。
参列者の絶えない葬儀の中、さらに驚くことがあった。それは、父が私を社長とするという遺言を残していたことだった。
母とは私が生まれたときに死別していたので、男手一つで育てた私を父がどれほど溺愛していたのかがうかがえた。
悲しみと驚きで呆然とする中、高層ビルの最上階の父が座っていた大きな黒い椅子が私のものとなった。若干19歳の時だった。
初めは状況に戸惑ったものの、すぐに私はトップという立場に酔うようになった。
かじった程度の経営学と根拠のない自信とともに、私は思うように会社を動かした。
もちろんすぐにそれは業績不振という結果となって現われた。その頃から会社を辞めるものも出始めていた。
それでも私の態度は変わらなかった。辞めたいやつは辞めろ。私がそう言ったとき、中年の役員の一人が私を殴った。
初めてだった。人に手をあげられたのは。あまりのことに戸惑っていると、その中年は5時間にも渡り私に説教をした。
その男は父と共にこの会社を立ち上げた一人で、父にとっては親友のような存在だった。
そのよしみもあり今まで我慢してきたのだろうが、傍若無人な私についに限界がきたようだ。
私は正座させられ発言も許されず、ただただ怒鳴られ続けた。だが不思議と、目の前のその禿げた中年に怒りは生まれなかった。
むしろ尊敬すら覚えた。言うことは全て的確だったし、人生経験の豊富さは私に違う世界を教えた。
そしてそれから私は変わった。必死に経営について勉強し、わからないことは頭を下げて教えを請うた。
私は中年の男をおじさんと呼びまるで父のように慕った。一時地に落ちた業績もしだいに回復し、経営は波に乗った。
十数年の月日が流れ私は結婚し、仲人にはもちろんおじさんを選んだ。私は貴重な経験を経て幸せを掴んだ。そう思った。

しかし、その幸せはすぐに終わりを迎えた。

私の会社が買収されたのだ。その相手企業はミッドチルダでも有名な製薬会社で、軍とも提携している超巨大企業だった。
もちろん私は阻止しようとしたが、相手の戦略は完璧ですぐに買収は決定していた。
合併という名の吸収を決める調印の時。私は驚くべきものを見た。相手企業のトップは、なんと10歳の少年だったのだ。
数多くの新薬を開発し薬学界のホープと呼ばれる少年だった。まるでままごとをするかのように調印の儀は終わった。
経営体制は一新され、ほどなくして大規模なリストラが始まった。有能なものだけを残し、不要なものは次々と切り捨てられた。
高年者への査定はことさら厳しく、私が父のように慕う男もまた会社を去ることとなった。私には止めることは出来なかった。
なにより、自分の身が心配だった。才能のない私が生き残ることなど不可能だった。私は社長室にかけこみ頭を下げた。
10歳の少年に泣いて懇願したのだ。この上ない屈辱だった。そして同時に、自分も今までその屈辱を人に与えていたことに気付いた。
それから私は酒に溺れるようになった。会社はクビにならずに済んだが、結局はただのお荷物であり、窓際の事務職への配属となった。
金遣いは荒くなり、家庭内の暴力により妻とは離婚した。私には何もなくなった。
気がつくと私はミッドチルダのスラムにいた。酔いで記憶が曖昧のまま、荒廃した街を彷徨った。
そして放浪の途中、街角で驚くべきものが目に入った。それは浮浪者に成り下がり物乞いする、かつて私が慕ったおじさんだった。
男は薄汚い格好とやつれた顔だったが一目でわかった。それを見た瞬間酔いは醒め、私は駆け出していた。
霧に包まれたスラムを私はひたすらに走った。しかしろくに運動をしてこなかったため体力はすぐに切れ、走れなくなった。
急激な運動で気分は悪くなり私はその場で嘔吐した。ふいに、横のひび割れたショーウインドウが目に入った。
そこに映った私は、汚らしく髭を生やし薄汚れた身なりで、さきほど見た男と瓜二つだったのだ。
私は絶叫し尻餅をついた。怖かった。年を取ること、社会に切り捨てられることがこの上なく恐ろしかった。
すると霧の中、一つの人影が見えた。霧の中から現われたのは十代半ばくらいの隻眼の少年だった。
私は恐れおののいた。その少年が、私をこんな惨めな姿に追いやった少年にだぶって見えたからだ。
うずくまる私の腕を掴んだ少年は、引きずるようにどこかへと連れて行った。抵抗する気力も体力も私には残されていなかった。
連れて来られたのは小さな家屋で、そこで私は放心したようにただ宙を見つめていた。もう私には何もない。死ぬのも億劫だった。
数日間、ただぼーっとしたままその家で過ごした。少年は物言わぬ私に飯と飲み物を出し続けた。
両親はどうしているのか。なぜ私にかまうのか。次第に私は少年のことが知りたくなった。
少年がいつものように飯を運んできた時、ためしに聞いてみた。
すると少年は答えた。「俺はあんたのことが知りたい。だから連れて来たんだ」と。
それから私は堰(せき)を切ったように話し始めた。私の歩んできた人生を。不思議とこの少年にはなんでも話せた。
少年の瞳は子供のそれとはどことなく違う気がした。
一通り話し終えた後私が少年を見ると、少年は笑っていた。侮蔑でも軽蔑でもない、純粋な喜びの笑いとともに少年は言った。

「俺の名前はサイオン・ウイングロード。俺はあんたを待っていた」



                 *

白眉白髪の男は目を開けた。どうやら座ったまま眠ってしまったらしい。首と腰が痛かった。
カーテンの隙間からは光が漏れ、鳥の囀(さえず)る声が聞こえた。周りを見渡し場所を確認する。
また事務所で眠ったようだ。男は引き出しを開け、アルコール度数の高い酒をグラスに注いだ。
(目覚めは最悪だな)
そう思いながら一気にグラスに入れた液体を飲み干した。懐かしい夢を見た。思い出したくない、それでも今の自分を形作る過去の夢だ。
ゆっくりと思い返す。あの日から20年。スラムから戻り会社を辞め、親戚やかつての人脈を頼り議員へと立候補した。
もちろん貴族という肩書きはあったものの当選するまでは苦難の道のりだった。星の数ほど頭を下げ、喉が潰れるほど演説した。
ようやく当選しても、就業年齢改正法案など誰一人耳を傾けなかった。しかしこれは予想通りのことだった。
ミッドチルダは才能を重視し、能力のある少年少女に次々と権利を与えることでここまで発展したのだ。
その最たるものが治安維持と法の執行を一度に担う時空管理局だろう。大きすぎる権力に逆らおうなどと考えるものはいない。
サイオンと私を除いて。彼はスラム生まれスラム育ちだった。
ミッドチルダのスラムには社会から排斥された高齢者達が多くおり、サイオンはそんな大人達に囲まれて育った。
頭の良い彼は今の社会が才能という綺麗な部分だけ抽出したハリボテであることをすぐに見抜いた。
しかし、彼にはそれを変えるだけの力がなかった。スラム育ち、金もない彼にはできることなどなかったのだ。
そんな中彼は私、べレット・ウィリアムスという敗者と出会った。
20も離れた年の差。だが、思想は同じ。彼と私が組むのは必然だったと言える。
サイオンが事件を起こし、私が印象を操作する。勘ぐられないために長い時間をかけ少しずつ行ってきたこの計画も、
時空管理局の失態というフィナーレで全てが終わる。事件で議会が遅延してもおそらく一週間後には法案は議決されるだろう。
(もうじき俺たちの望みは叶う…)
ウィリアムスがそう思った時、胸が苦しくなり一気に咳き込んだ。
息もきれぎれに手を見ると、真っ赤な血液が付着していた。口の中が血の味で広がっていた。ハンカチで血を拭い、口元に当てる。
私は長生きはできない。一時期浴びるように飲み今でもやめられない酒が原因だ。肝臓はもはや本来の機能を果たしていなかった。
もちろん医療の発達したミッドチルダには機能を回復・保全する薬も存在した。
だが、その薬を開発したのは過去に自分を追い詰めたあの少年だった。使えない意地があった。
(頼んだぞ……)
ウィリアムスはぼんやりと中空を見つめながらただ一人の同胞に思いを馳せた。


                 *

「クロノ!?」
フェイトは驚くと同時にすぐさまサイオンと間合いを取りクロノの隣に行った。
ユーノが発信機を破壊したのはほんの数分前。いくらなんでも到着が早すぎた。
『どうしてここに?』
フェイトは念話でクロノに聞いた。グランディアのだいたいの位置や予想航行路などはすでにユーノによって
知らされていたが、クロノ達はユーノの計画まではアースラは待機しているはずである。
『説明は後だ』
クロノはサイオンを見据えながら無表情で言った。
すると次々と魔法陣が出現し、ぞくぞくと武装局員達が転移魔法で現われた。その中にはシャマルとユニゾン状態のはやてもいた。
それを見たサイオンは念話で艦内の部下に事態を知らせながら思考を巡らせた。
(艦長直々の登場とは…。艦を制圧するつもりか)
フェイトが先行して潜入してきた以上この事態は予測済みだったがあまりに早い。そしてアースラの精鋭揃いということは
クロノは人質がいる状態でケリをつけに来たということだ。こちらの計画が読まれている可能性が高い。
もし万が一人質が奪われるということになれば…
(その時は、覚悟しなくてはな)
サイオンはぐっと奥歯をかみ締めクロノを見つめた。
「サイオン・ウィングロード。いますぐ人質を解放して投降しろ」
全員が揃ったことを確認しクロノはサイオンに言った。
「時空管理局はネゴシエーションすら教えないのか?」
サイオンが笑いながら返した。慎重なクロノが強気なだけに少し不安もあるが、向こうのカードはすでに明らかだ。
自分を落ち着けるようにサイオンは続けた。
「いますぐこの艦を降りろ。聞き入れない場合順に人質を殺す」
それを聞いたクロノが静かに言った。
「シャマル」
「はい」
クロノに促されシャマルは両手を掲げた。
「クラールヴィント、お願い」

『Ja.』
クラールヴィントが一瞬にして通信を阻害する不可視のフィールドを形成した。
フィールド内ではクラールヴィント経由以外の全ての通信が遮断される。
サイオンの部下達は急に念話が使えなくなったことに慌てふためいた。
「通信妨害か…!!」
「サイオン。お前のデバイスによる通信制御は全てこちらで遮断した。投降しない場合は武力を持って人質を救出する」
クロノの鋭い瞳がサイオンを見つめた。おそらく身の安全を保証しない、徹底した武力行使だろう。
サイオンは手の汗を握った。今の状況はこちらの陣営及び人質の人数、場所、状態をわかっているからこそ展開だ。
もし一人でも人質が別の場所にいればその者を見殺しにすることになりかねないし、
この場にいなければ確保と制圧を同時にするのは難しい。これもユーノ・スクライアが情報を流したことの賜物と言える。
おそらく情報が流れたのはアースラをハッキングしエリオと別行動を取った時だろう。
(肝心な時に使えないガキだ。…だが)
それでも十分な役割は果たした。情報が流れているのはこちらだけではないのだ。
予定通りの展開にサイオンは笑いが込み上げた。サイオンの表情の微妙な変化にクロノは怪訝(けげん)な顔をした。
「ククッ…確かに強力なジャミングのようだがクロノ・ハラオウン、これが何かわかるか?」
サイオンはポケットから一枚のディスクを取り出して掲げた。その場にいる全員の視線がサイオンの手の中にあるものに集まる。
「…今のミッドチルダの闇市場では様々なものが流れている。武器にクスリ、臓器に戸籍……その中でもこれは一風変わった代物でな」
サイオンが手をかざしディスクを宙に置くと小さな魔法陣が出現し、落下することなくディスクは浮いたまま回転を始めた。
ディスク上にはホログラフが映し出され、ある人物が浮かび上がっていた。
「わ…私!?」
シャマルはふいに現れた自分の姿を見て驚きの声を上げた。ホログラフには傷を癒したり、様々な場面で補助魔法を駆使するシャマルの
姿が映し出されていた。
「それは…」
クロノには思い当たる節があった。未だ存在は確認されていないが、魔導師の戦闘・魔法データを売買している組織があるという噂だ。
質量兵器が禁止されている以上、法を行使するのは魔導師でありその方法の大多数が魔法だ。
そして魔法による戦闘は質量兵器によるものと違い、相性や性質で個人差が出やすい。
少数での活動が多い魔導師が魔力量や使用魔法、癖などを知られることは相手に都合の良い戦略を取られ、
致命的な状況を招く結果となるのだ。
「まさかその中には…」
クロノがつぶやくように言うとサイオンは言った。

「もちろん通信妨害に関する魔法プログラムのアルゴリズムと発生シーケンスも含まれている」
言うと同時にサイオンの右の瞳が怪しく輝いた。
「すでにジャミングの穴はつかせてもらった!!」
サイオンの後ろの牢で叫び声が響いた。捕えられていた一人の少女の首輪が光りだす。
それに気づいた一族の子供たちがなすすべもなくその少女に抱きつくがサイオンの手下に引きはがされた。
「やめろ!!」
「駄目だ!見せしめに一人殺す!!」
クロノの悲痛の叫びにサイオンは非情な決断を下した。それと同時に何かが飛び出しサイオン達を飛び越えた。
「なっ!?」
あまりの速さに目で追うことすらできなかったその影は、勢いに乗じて魔力の衝撃波で牢を吹き飛ばした。
牢の中にいた手下の男は扉ごと吹き飛ばされ壁にぶち当たって失神した。
一族の子供達が叫び声をあげ、煙が巻き上がる中で少女達は叫んだ。
「『 蒐集! 』」
リインフォースが蒼天の書を開くと淡い光が辺りを包み、スクライア一族の子供達の胸から光の玉が露出する。
(なんだあれは…!?)
サイオンは目を見開いた。子供達から現れた13の光は蛍火のように放物線を描き蒼天の書に格納された。
光が消えると子供達はその場に倒れこんだ。
「馬鹿が!やつらごと吹き飛ばして………っ!?」
起爆の信号を送ったサイオンは驚愕した。瞳には[ SIGNAL LOST ]の文字がはっきりと映し出されていた。
少し前までモニター出来ていた首輪からの画像も一切送られてこない。
「なにが起こって…まさか!?」
サイオンがクロノを見ると、クロノは薄く笑みを浮かべて言った。
「そう、さっきの光はリンカーコアだ」
首輪についた赤い目のようなレンズはその光を失い黒ずんでいた。ユーノからの報告書ではユーノは首輪を無効化する方法を二つ考えていた。
一つはシャマルによる通信妨害。そしてもう一つは蒐集によるリンカーコアの回収だ。
一ヶ月の間ユーノは首輪の機能を知るためにつねに監視を怠らなかった。そのために寝る間を惜しんでグランディアに赴いていたのだ。
そして辿り着いた結論は、首輪は装着者視点のリアルタイム動画から肉体状況まで信号を送信し、サイオンからの信号に
常時待ち状態を維持するデバイスであるということだ。そしてデバイスには主の魔力で稼働するか蓄魔力装置が必要だ。
にも関わらず、それらしきものは存在しなかった。蓄魔力装置は小型とはいえ首輪ほどの大きさのデバイスならスペースをとる。
観察を続けた結果、このデバイスはエネルギー補給のいらない半永久機関らしきものを搭載していることが判明した。

その稼働原理を考えたユーノが一番初めに思い当たったのは魔力封じの機能だった。
もし仮に、首輪のデバイスが魔力を封じているのではなく、魔力を奪って稼働しているなら全ての辻褄が合う。
そこで浮かび上がった対処法ははやてによるリンカーコアの同時蒐集だ。元々魔力が限界ぎりぎりまで吸われているためリンカーコアの
残存魔力は少ない。それならばページの埋まった蒼天の書であっても複数のリンカーコアを一時的に維持できると考えた。
(ユーノ、君の読みは当たったよ)
クロノは今はこの場にいない友人に心の中で言った。当の本人はコンテナの陰で治癒魔法をかけられている。
一瞬だけ見たユーノは重症と思える深手を負っていた。そこまでして守りたかったものを、ユーノは全てをかえりみず守り切ったのだ。
その精神力は尊敬に値すると共に、父クライドを思い起こさせた。
(君の代わりにきちんとケリをつける。そのために僕はここにいる)
クロノはぐっとデュランダルを握りしめた。
「この餓鬼共がぁ…!!」
サイオンは少し離れた人間に聞こえるほど歯ぎしりし、顔に深いしわを寄せた。
その怒りは、目の前にいるクロノへのものも大きかったが一番の矛先はユーノに対してだった。
誰が見てもユーノはエリオを信頼しているように見えていたし、ほとんどの情報はエリオからサイオンに流れていた。
しかし、その全てが今この瞬間への布石だったのだ。クロノ達武装局員がグランディアに転移してきたとき、
サイオンが最も注目していたのはシャマルだった。クロノの切り札を認識し展開を予期したつもりだったが、
その影ではやては武装局員達を壁にしてその身を隠し、局員達の補助魔法をうけていた。
ブーストアップ・アクセラレーションとブーストアップ・ストライクパワーの多重行使。
そのおかげではやては信じられないほどのスピードと突撃力を得て牢を破壊し人質を解放したのだ。
このシナリオが従順を見せかけたユーノの思うままに動いていたという事実に、サイオンははらわたが煮えくり返る思いだった。
(ユーノめ…!!)
そしてその思いはエリオも同じだった。いつもユーノは自分の一歩も二歩も先を行く。数日前の夜、首輪を無効化するのに
シャマルを使うことは聞いていたがはやてに関することは何一つ聞かされていない。またしても自分はユーノに負けたのだ。
エリオはユーノを騙すことに徐々にではあるが罪悪感を覚えていた。しかしそれも全てユーノの手の内だったとしか思えない。
裏切っているのは自分であるが、裏切れたことに理不尽な怒りが生まれた。
「サイオン、お前の寄生型デバイスも既に無力だ。武装を解除するなら相応の権利を認めよう」
三度目の警告。これを拒否すれば確実に戦闘になる。クロノはサイオンの反応を待った。
するとサイオンが先ほどまでの表面上の怒りを消し、冷酷な顔つきで言った。
「確かに、この艦の人質は奪われたようだな。だが…」
無表情でサイオンが続けた。

「1時間程前、解放したスクライア一族の元に俺の部下が向かった。今通信を行うだけでやつらは一族を皆殺しにするだろう。…さあ、どうする?」
サイオンは最後のカードを出した。これはユーノも知らないことだ。解放した人質が再び人質にならないとは限らない。
勝ち誇ったように言ったサイオンにクロノは言った。
「それも読んでいたよ。僕らがここにいるということは、そういうことだ」
「!?」
クロノの少ない言葉でサイオンはすぐに理解した。クロノが人質の危険を知った上で直接制圧をしかけた理由。
それはまさにサイオンが最終的にユーノや解放した一族を皆殺しにする計画に気づいたことに他ならない。
サイオンはアースラ奪取ではなく無限書庫司書長の裏切りという事実で管理局の権威を失墜させるつもりだった。
もちろん事後にユーノがサイオンと通じていたという情報操作もメディアと通して行う手筈だった。
だが解放した一族が生きていればその真相が明らかになってしまう。故にサイオンは解放した一族の元に部下を送ったのだ。
「既に騎士二人を一族の警護に当たらせている。管理局を陥れることは、もうお前達にはできない」
クロノは凛とした声で言った。サイオンは無言で手をだらりと下げた。
クロノの言う“お前達”とはきっとこの組織に対するものではない。ウィリアムスと自分に言ったのだということをサイオンは悟った。
どうやら策略という知恵比べは、ユーノとクロノという二人の聡明な男達に負けたようだ。
「ククッ…ハハハハハハ…!!」
「!?」
急に笑い出したサイオンにクロノは驚いた。サイオンは大声で笑った。無性に笑いたくなったのだ。
サイオンは思った。もしかしたら自分は、自分達は、この時を待っていたのかもしれない。
「お前らぁ!!」
サイオンの声に手下達が直立する。
「これが最後の命令だ。…好きにやれ」
途端におおおおおっという手下達の咆哮が倉庫に響いた。
そう、俺達は待っていた。地位を奪い、権威を奪い、居場所を奪った年少者達に、己の手で復讐するこの瞬間を。
「投降だと?…笑わせるな。お前ら生きてこの艦から出られると思うなよ」
サイオンが印を結ぶと首輪が赤い球に変化し浮かび上がる。
回収用に用意した極小の内部魔力源で一時的に飛行した球はサイオンの元に集まり腰の帯に収まった。
「言ってくれるな」
クロノは空を切ってデュランダルを振り降ろした。
「こっちは身内をやられて頭にきてるんだ。少々の手違いは覚悟してもらうぞ」
かまえたデュランダルがコーンと鳴った。

「行くぞ!!!」

クロノのかけ声と共に武装局員は飛び出し、迎え撃つようにサイオンの手下達が倉庫を舞った。

次回へ続く

次回 第二十三話 「乱戦」

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目次:魔法少女リリカルなのはA's++
著者:396 ◆SIKU8mZxms

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