[121] 燃え上がる炎の魔法使い 7-01/11 ◆kd.2f.1cKc sage 2008/02/07(木) 07:12:01 ID:JudYjEaW
[122] 燃え上がる炎の魔法使い 7-02/11 ◆kd.2f.1cKc sage 2008/02/07(木) 07:13:03 ID:JudYjEaW
[123] 燃え上がる炎の魔法使い 7-03/11 ◆kd.2f.1cKc sage 2008/02/07(木) 07:13:35 ID:JudYjEaW
[124] 燃え上がる炎の魔法使い 7-04/11 ◆kd.2f.1cKc sage 2008/02/07(木) 07:14:20 ID:JudYjEaW
[125] 燃え上がる炎の魔法使い 7-05/11 ◆kd.2f.1cKc sage 2008/02/07(木) 07:15:03 ID:JudYjEaW
[126] 燃え上がる炎の魔法使い 7-06/11 ◆kd.2f.1cKc sage 2008/02/07(木) 07:15:29 ID:JudYjEaW
[127] 燃え上がる炎の魔法使い 7-07/11 ◆kd.2f.1cKc sage 2008/02/07(木) 07:16:34 ID:JudYjEaW
[128] 燃え上がる炎の魔法使い 7-08/11 ◆kd.2f.1cKc sage 2008/02/07(木) 07:17:53 ID:5AdvTHxJ
[129] 燃え上がる炎の魔法使い 7-09/11 ◆kd.2f.1cKc sage 2008/02/07(木) 07:18:36 ID:5AdvTHxJ
[131] 燃え上がる炎の魔法使い 7-10/11 ◆kd.2f.1cKc sage 2008/02/07(木) 07:19:00 ID:5AdvTHxJ
[132] 燃え上がる炎の魔法使い 7-11/11 ◆kd.2f.1cKc sage 2008/02/07(木) 07:19:33 ID:5AdvTHxJ

 視界を満たすものを、ようやく理解した。白い、無機質な天井。点滴のパック、パーテ
ィションを形成するカーテンのレール。
 まだ、意識はぼんやりとする。
 ────そうか、僕はリンカーコアを抜かれて……
 はぁ、と、息を吐き出す。それが、何かを白く曇らせた。緑系の透明プラスチックで出
来た、吸引用のマスク。
 少し、視界をずらす。
 ガラス張りの壁面。いつか、自分が此方を見下ろしていた場所。
 ミッドチルダ人の自分や、テスタロッサ姉妹のものとは違う。地球のアングロサクスン
と呼ばれる人種が持つ、発色の鮮やかな金髪。
 ────迷惑、かけちゃったなぁ。
 ユーノは視線を天井に戻しつつ、溜息をつくように思う。
 ────砲撃は専門外と諦めていたけど、これからもアリサの隣に立ち続けたいのなら、
デバイス無しは限界かもしれない……
 ユーノの右手は、自分でも知らない間に、きゅっと握り締められていた。

燃え上がる炎の魔法使い〜Lyrical Violence + A’s〜
 PHASE-07:Der Weg zu dem jede Gehen

「本当に、君がやるのか?」
 Dec.20.2005(JST)────時空管理局本局、次元巡航警備部本部。
「悔しいけど、あたしは戦闘じゃ、フェイトやなのはほど役に立ちそうにないから。それ
に、ブローバも、まだ強化されてないし」
 クロノに連れられて、アリシアが、人間形態のリニスを伴い、歩いていく。
 場所は、またも小会議室。
 クロノは胃が重そうな表情をしつつ、そのドアの前に立つ。
 ノックをしてから、自動ドアを開けた。
「失礼します」
 果たして、室内にいたのは……2人の、見た目の可愛らしい、若い女性。ただし、その
頭には猫の耳が、お尻には猫のしっぽが、それぞれ生えている。顔つきは良く似ているが、
片方は髪の毛を短めにしてソバージュをかけており、もう一方はストレートよりはややゆ
るくクセのかかった髪を背中の中ほどまでのロングにしている。
「♪ クロスケ〜」
 ぴょ〜ん。
 ソバージュのかかった方の女性が、身軽に飛び上がり、クロノに飛び掛った。
「うわっ、よせロッテ!」
 クロノは飛びずさりかけるが、そのまま捕まり、ソファに押し倒される。
「アリア! 止めてくれ」
「いーじゃない、久しぶりなんだし、やらせておけば」
 ロングヘアの方の女性が、そう手振りを加えて言いながら、ゆっくり近付いてくる。
「はぁ……」
 呆れたように、アリシアがその光景を見ていると、すっ、と、リニスが、その前に出た。
「貴女達、ふざけるのは後回しにしていただけませんか!?」
 リニスが、低めの、所謂ドスの効いた声で、言う。
「……? なんだよ、アンタは……」
 クロノを襲っていた方の女性が、怪訝そうにリニスを見上げる。もう一方の女性も、そ
の傍らに立ち、同じようにリニスの顔を覗き込む。
「アンタは……」
 ギロッ、2人はリニスを睨みつける。
 だが……
 リニスは、全く動じず、腕を組んで、2人を見据えている。ぴょこん、と、リニスにも、
ネコミミとしっぽが生えた。
 それから、一瞬間をおいて。
「フ〜ッ」
 そんな、猫が威嚇するときのような声が背景に流れたかと思うと、2人はお互いの両手
を握って身の毛をよだたせ、おびえた瞳になった。
「申し訳ありません、御見それしました」
 声をそろえて、リニスに頭を下げた。
「解ればよろしい」
 リニスは、2人を見据える姿勢のまま、軽く目を閉じ、指を振りつつ、そう言った。
「さすがだな……」
 よれよれになりつつ、顔中にキスマークをつけたクロノが、身を起こし、言った。
「クロノ、その顔でなのはの前に行かないほうがいいよ?」
 アリシアが、苦笑しながら、クロノに言う。
「解ってる、というか、誰の前にも出たくはないよ」
 言ってから、クロノは立ち上がり、おびえた様子の2人に近付く。
「ひどいよクロスケ、こんなの連れて来るなんて」
 ソバージュの髪の方が、抗議するように、涙目でクロノに訴える。
「しょうがないだろう、今回の協力者は、彼女たちなんだから」
「えーっ!?」
 2人は揃って声を上げ、リニスを見た。
「改めて紹介する。グレアム提督の使い魔で、<ボソ>僕の師匠の</ボソ>リーゼロッテと、
リーゼアリアだ」
「あ、あの……」
「宜しくお願いします……」
 クロノが一部分を意図的に投げやりに言ったことにも突っ込めず、緊張した様子で、引
きつった笑みをリニスとアリシアに向ける。
「で、今回、無限書庫探索を希望しているアリシア・テスタロッサと、その使い魔のリニ
ス」
「宜しくお願いします」
 あくまで丁寧に、リニスは言い、アリシアと共に頭を下げる。
「ってテスタロッサって、あのプレシアの!?」
 驚きに、リーゼロッテと紹介されたソバージュの女性が、思わずガニ股になって、クロ
ノに問い質す。
「ああ、プレシア・テスタロッサの実の娘と、リニスは元々は彼女の使い魔だそうだ」
 あっけらかんと、クロノは肯定した。
「ってことは、Sランク級の使い魔じゃない!?」
 リニスを指差して、リーゼロッテはクロノに耳打ちするように言う。
「そう言う事になるな」
 クロノは、サラリとそう答えた。
「鬼!」
「僕が君たちから受けた所業の数々からしたら、とても言われる義理はないと思うな」
 駄々を捏ねるように言う、リーゼロッテの恨めしげな言葉に、クロノは平然と言い返す。
「で、無限書庫探索って、闇の書の件で?」
 リーゼアリアと紹介された、ロングヘアの女性は、比較的落ち着いた態度で、クロノに
訊ねる。
「ああ、本来なら婿入りフェレットが来るはずだったんだが、奴らにやられてね」
「ふーん。まぁ、確かにプレシアの娘なら、こういう学者肌的な事は得意そうだね」
 リーゼアリアは、感心したように言った。言ってしまってから、ちらっと、リニスの顔
色を伺う。

 ──無限書庫。
 そこは、時空管理局内部にある、空間を湾曲して圧縮された巨大な資料室だ。
 時空管理局の創立期の記録が収められ、また、統一時空管理法下の世界での書籍類が、
累々と集められるシステムが構築されている。
 ところが、それを整理・検索できるほどの優秀な文系魔導師が少なく(魔力資質の高い
者は基本的に戦闘魔導師になってしまうという、ミッドチルダ式の根本にも由来する現象
が絡んでいる)、近年は管理もろくに出来ず、さながら雑草の生えた空き地に放擲された
貨車の如く、荒れ果てた状態になっていた。
 しかし、資料収集システムは稼動し続けているため、それを整理・検索できる魔導師が
いれば、おおよそ魔法技術に関してここに収められていない情報はない。
 クロノの言う通り、最初は、ユーノがここを探索するはずだった。ところが、守護騎士
との遭遇戦でリンカーコアを損傷し、とてもそれに耐えられる状態ではなくなった。
 そこで、代わりに立候補したのが、アリシアだったのである。
「今まで私達と父さまで暫定的に管理してたんだけど、とにかくしっちゃかめっちゃかで
ね……本格的に整理しようとしたら、プロジェクトチームを組んで数年かけないと……」
 リーゼアリアは、そう言いながら、無限書庫の中へとアリシアを案内する。
 そこは、時空管理局本局の奥深い場所にあるが、直接繋がってはいない。極端に密度の
違う空間同士なのだから、当然である。下手に両者を繋げれば、対消滅して大爆発が起こ
るのがオチである。
 唯一、自然界に存在する空間同士の接続点が、各々の空間の密度の差を吸収してしまう
重力特異点、即ちブラックホールであるが、こんなものを人が移動する手段に使用出来る
はずがない。
 閑話──次元世界は、大洋の上の島の様に点在しているのではなく、実際にには数珠繋
ぎの、物質の分子構造のように連なっている。そしてその側に、“無”である空間が存在
する。これをミッドチルダ系の技術形態では『時空間』と呼ぶ。ちなみに地球でも、これ
と似たような説を説く人間がおり、外宇宙への人工天体による観測である程度概念は作ら
れている。それぞれを接続する点は先述の通り重力特異点でしかありえないため、これに
生身の人間を通すのは危険極まりない。そこでその外側である時空間を航行した方がまだ
しも安全と、開発されたものが次元航行船である。────閑話休題。
 したがって、無限書庫へは転移で出入りする。トランスポーターがあるので、魔力資質
の無い者でも入退室は可能である。
「はぁ、これはかなり酷いわね……」
 無限書庫の中は、ほとんど重力がない。厳密には、中で活動する人間に上下の感覚がな
いと活動が困難になるというのと、物理的にそれを作り出すことは不可能であるという理
由で、無限書庫を構成する空間の外縁に向かって僅かに重力が存在するが、ほぼ0Gである
といって良い。
 資料や書籍は書棚に収められてはいるものの、適当に放り込まれたという感覚が強い。
空間内にも書類が散乱している。収集システムのトランスポーター周りが、特に酷い。
「母さんの書庫と同じぐらい酷いわね。あれで何度も近所から苦情が入ったっけ」
 アリシアは、呆れた表情に、口元を引きつらせながらそう言った。斜め後ろに控えるリ
ニスの苦笑も、どこか引きつっている。
「え?」
 むしろ、リーゼアリアはその言葉に呆気に取られたように、目を円くした。
「しょーがない、ブローバ、早速やるわよ」
『Yes, Sir』
 アリシアは、ポケットから金色のレリーフを取り出す。色と、角のRはバルディッシュ
のそれを思わせるが、二等辺三角形近似の六角形であるそれに対して、ブローバはひし形
近似の八角形をしている。
『Get, set』
 ブローバが、待機状態から、戦斧の形状に展開する。アリシアはそれを両手で握る。
「リニス、自動収集の方、お願い」
「はい、かしこまりました」
 リニスは、微笑みながらそう言うと、無秩序に書籍を集めているトランスポーターの方
に向かって、浮遊魔法で移動を始める。
 アリシアは上半身を屈ませ、やや俯角をとって、ブローバ構える。
「ブローバ」
『Yes』
 アリシアが自分を中心にして、ブローバの矛先で円を描くようにくるりと一蹴すると、
金色の魔法陣が鮮やかに輝き、展開する。
「アルカス・クルタス・エイギアス。遥かなる太古より連なりし偉大なる賢者達の叡智よ、
テスタロッサに今一度力を」
 魔法陣が展開され、駆動が始まると、アリシアはブローバの矛先を上げ、自分の上に向
けて掲げる。
 魔法陣から放たれた光が、書庫の書棚を“覆って”いく。輝きが、らせん状に、書棚全
体に拡がっていく。
 その輝きに覆われた書棚から、複数の書籍が、人の手も借りずに、同時に出たり入った
りし始めた。
「はー……さすが大魔導師と呼ばれた、プレシアの娘だけはあるわ」
 目を円くして絶句しかけていたリーゼアリアは、そこでようやく、言葉を発した。
 光を放ち続ける魔法陣の中心で、アリシアは軽く目を閉じ、術式の駆動を続ける。
 その円周上で、複数の書籍が、パラパラと速読術の達人に読み上げられるような勢いで、
ページをめくられていく。
「凄いね、これで、読めてるわけ?」
 リーゼアリアは、アリシアの傍らに漂いつつ、本の1冊を指差して、感心したように訊
ねた。
「はい、えと、すみません、駆動に集中がいるので、声をかけないで貰えますか?」
 アリシアは、鈴を鳴らすような声で、申し訳なさそうに、リーゼアリアにそう言った。
「あ、うん。ごめん。あたしは、リニス“さん”を、手伝ってるね」
 そう言って、リーゼアリアは、ゆっくりと、アリシアから離れる。
 アリシアは、術式の駆動を続けつつ、本来、ここへ訪れるはずだった人物と、自分の家
族になるかもしれない人との、会話を、軽く思い返した。
 不安だったわけじゃない。いや、そう言えば嘘になるかもしれない。
 アリシア・テスタロッサは、言うなればこの時間軸には存在し得なかった人物である。
 プレシアの想い、フェイトの願い、アリサの意思。それが、ジュエルシードに奇跡を起
こさせた。
 その奇跡の力によって今一度この世界に目覚めれば、そこにあったのは20年の時を経た
世界。自分の復活に全てを賭け、最終的にそれと引き換えに命を手放した母。そして、新
しい家族。────母の愛を知らない、自分より大きな、しかしガラスの様に脆い妹。
 こんなはずじゃなかった未来を防ぎたいと願う、兄のような執務官と、その実母で上司
である、慈愛の心と容姿を持つ時空管理局提督。
 燃え上がる炎のような、奇跡をも動かす意思を持つ、1人の魔導師。
 役に立ちたかった。
 負い目を払拭したかった。
 妹の為に、家族の為になることをしたかった。
 『時の庭園』の残骸から回収された、アリシアとは本来接点のないリニスを復活させた
のも、フェイトが喜ぶ姿が見たかったからというのが、きっかけだった。
『Sir』
 デバイスが呼びかける。気付けば、術式駆動が鈍っていた。
「アルカス・クルタス・エイギアス。知識の海よ、我が望みに応えよ……!!」
 魔法陣は、前にも増して勢いよく光を放ちながら、動き続ける。

 ピッ。
 スキャンターミナル型の検測機器を、ユーノの腹部に当て、初老の男性医師は、その数
値を読み取る。
「さすがに若いね。もうリンカーコアの修復が始まっている」
 医師は優しげに微笑みながら、ユーノにそう言った。
「ただ、しばらくは魔法は今までのように使えないから、気をつけてね」
「はい、ありがとうございます」
 上衣を正しながら、ユーノは苦笑気味の笑みで、そう返事をした。
「えーっ」
 ユーノ本人とは対照的に、不満そうな声を上げたのは、傍らに付き添っていた、アリサ
だった。
「あたしなんか、中2日で完全復活でしたよ?」
「君の場合は、リンカーコア自体がそれほど大きくないから、身体への負担が小さくて、
損傷の回復が早かったんだよ」
 医師は、そう説明する。
「クロノもそう言ってたじゃないか」
「あう」
 ユーノからの追加攻撃を受け、アリサはがくん、と、うなだれるように、顔を下げた。
「リンカーコアの損傷回復に身体がついていけないか、逆に肉体を侵食するようなら、投
薬も考えなければならないが────」
 ぱち。
 アリサは唐突に、目を円く開いた。
「これだけ順調に回復しているのなら、自然治癒が一番、安全だよ。この種の投薬治療は、
逆に後遺症を残すこともあるからね」
 優しく笑いながら、医師は、そう説明した。
「それじゃあ、もう動き回る分には平気だと想うが、安静は心がけるように。それと、無
理に魔法を発動させようとしないようにね」
「はい、解りました」
 ユーノが返事をすると、医師は、個室の病室を出て行った。
「…………アリサ?」
 珍しく、言葉少ないアリサに、ユーノは少し怪訝に思い、声をかける。
「アリサってば」
「って、あっ!?」
 はっと我に返り、アリサは、キョロキョロと周囲を見回す。
「どうしたの?」
 ユーノは、小首を傾げて、アリサに訊ねる。
「いや……いーまなんか、お医者さんの言う事に引っかかるような気がしたんだけど……」
 アリサは、腕を組んで、難しそうな表情で、自分の頭を振る。
「……よくわかんない」
 困ったような、不快なような顔で、アリサはそう言った。
「ふーん」
 ユーノは、素の表情でそう言ってから、
「アリサって、妙に勘鋭いから、そういう時って、何かあるよね」
 と、眉を潜めて、付け加えた。
「うん」
 アリサは、素の表情で、頷く。
 今回の1件も、アリサが「また、ジュエルシードみたいなのが海鳴に降ってくるとか」
と言う発言の時には、既に事態は進行していて、その夜には、自分たちは当事者の一端に
連なっていた。
 前回の事件、アリサとユーノとの出会いも、果たして偶然だっただろうか。ユーノの念
は、魔力資質のあるなのはにも、あるいは比較論ではまだしも優位なすずかにも、届かな
かったが、しかし、アリサはそこにいた。
「そうか……それよりごめん、心配かけちゃって」
 ユーノは、一度、視線を逸らして俯かせつつ、そう言った。言ってから、苦笑して、顔
を上げる。
「って! 謝らなきゃならないのはあたしの方よ!」
 アリサは、思わずと言ったように身を乗り出し、そう言った。
「あたしが、シグナムともっと上手く戦えてたら、ユーノをこんな目にあわせないで済ん
だのに……」
 アリサは、口惜しそうに言う。
「そんなことはないよ。アリサがシグナムと戦ってくれなかったら、僕だけじゃすぐに潰
されてた」
 ユーノは、アリサを宥めるように、言う。
「でも、それはあの場所に、リニスとアルフがレイジングハートを届けてくれたから……
そして、あたしは、レイジングハートを使いこなしきれなかった……」
 ぎゅっと手を握り、アリサは、その手を見つめる。
 強い意志を感じさせる眼を、険しくする。
 ────そうだ、これがアリサの強さだっけ。
 ユーノは思う。
 ────妥協を知らない性格、負けん気の強さ……勝てるか勝てないか、じゃない、勝
つという意思……
 かつて、素人で資質も少なく、レイジングハートの性能と性格だけが頼りだったにわか
魔法少女は、僅かひと月足らずで、当時既にAAAクラスに分類できたフェイトと、互角以
上に渡り合えるようになった。
 ────僕の能力じゃ、これから先は……違う!
 ユーノは、弱気に考え始め、しかし、はっとそれに気付き、その思考を、自ら強制的に
遮った。
「どうしたの? ユーノ?」
 言葉には出さず、表情を変えているユーノに、アリサは、不思議そうに、問いかける。
「う、うん……なんでもない……いや、なんでもなくはないんだけど……えっと、アリサ、
僕はアリサの側にいて、いいのかな?」
 ユーノがそう言うと、アリサは突然、表情を険しくした。憤ったような表情で、上半身
を振り上げた。
「あったり前でしょうが!! 大体、『いて良い』んじゃなくて、『いろ』っつってんのよ、
あたしは!」
 アリサは、声を荒げ、言った。
「あ、そっか、そうだっけ……」
 ユーノは申し訳なさそうに言った。しかし、そう言ってから、ユーノは、手を伸ばし、
アリサの手を握る。
「な、何よ……」
 ユーノらしくない行動に、アリサは戸惑いの声を上げつつも、顔を少し紅くしながら、
拒否はしない。
 ────アリサの何を見ていたんだ、僕は。できるか、できないかじゃない。やり遂げ
るって言う意思だ。
 ユーノはそう思いつつ、握った手を見て、それからアリサの顔を見た。
「な、何よ……」
 アリサは顔の紅みを増しつつ、訊ねてくる。
「失礼するぞ」
 突然、個室のドアが開き、黒づくめの執務官が入ってきた。
「くっ、クロノ!?」
 アリサとユーノが、揃って声を上げる。
「……お邪魔だったかな?」
「にゃ、にゃはは……」
 その背後に、申し訳なさそうに苦笑するなのはが、続いていた。
「別にお邪魔なんて事はないわよ」
「むぎゅ」
 アリサは驚いてユーノから離れるどころか、クロノを睨むようにしながら、ユーノの肩
を抱き寄せる。
「そっちが嫌じゃなきゃね」
「そうか。でも、病人を乱雑に扱うのは感心しないと思うが……」
 クロノは淡々と言った。
「Lageなお世話よ! 大体クロノこそ、ちゃっかりなのは一緒に連れちゃって!」
 アリサが怒鳴り返すと、その言葉に、クロノの顔がかーっと紅くなった。
「な、なんとでも言え。僕だってその、れ、恋愛に興味がないわけじゃない」
「あーっ、開き直った! クロノのクセに!」
 アリサがクロノを指差し、憎々しげに言う。
 いつの間に仲を進展させていたのだろうか。今までなら、顔を真っ赤にしてしどろもど
ろになり、「僕は職務として彼女を云々」と言い逃れていたはずである。
 きっと、翠屋に足繁く通っていたに違いない。
 そして、当のなのはは背後で、立ち尽くしたまま顔を真っ赤にして、湯気を上げていた。
「あー、その、アリサ、ちょっといいかな」
 ユーノは、クロノとにらみ合っているアリサを、宥めるように、声をかける。
「クロノ、リニスは?」
「それなら」
 クロノは落ち着き払った声で、ユーノに答える。さっとスイッチが切り替わるのは、彼
の長所でもある。…………新しい話題に逃げた、とも言うが。
「君のかわりに、アリシアが無限書庫の探索をしていてね」
「そうなんだ」
 クロノの答えに、ユーノは少し残念そうに言う。
「無限書庫?」
 アリサは、2人に訊ねた。
「時空管理局の、資料室だよ」
「歪曲して圧縮した空間に、統一時空管理法下の世界で発行される書籍や資料を、蓄積す
る機能があるんだが、ここ数年放擲されててね。優秀な魔導師による検索が必要な状態な
んだ」
 クロノは言いつつ、後半は時空管理局の恥を思うように、苦い顔になった。
「ふーん」
 アリサは、感心したように言ってから、
「で、それで何をしようって言うわけ?」
 と、聞き返す。
「闇の書の、過去について、もっと深く、遡って、調べようと思ったんだ」
「闇の書の過去?」
 ユーノの言葉に、アリサは即座に聞き返す。
「元の形があるはずなんだ」
 ユーノはそう言った。
「元の形?」
 アリサは、まだ話の流れがつかめず、やはり、鸚鵡返しに聞き返す。
「クロノが、前回までと守護騎士が違うって言ってた、それで考え付いたんだよ。闇の書
も、不変のものじゃないんじゃないかってね」
 ユーノは、表情を引き締めつつ、そう言った。
「だとするなら、最初から、あんな、闇の書とか、呪いの魔導書とか呼ばれる、破滅的な
ものじゃなかったと思うんだ」
「何か、きっかけがあって、変質した結果が、今の闇の書……」
 ユーノの言葉に、クロノも同意するように言葉を発した。
「クロノにも策があるって言うし、ひょっとしたら、無駄になっちゃうかもしれないんだ
けどね」
「いや、これは、魔法に携わるものとしては、見過ごせない」
 苦笑しながら言うユーノに、クロノは、硬い表情のまま、そう言った。
「もしかしたら、闇の書の事件を恒久的な解決に持ち込めるかもしれないしな」
 クロノは、表情をさらに険しくして、そう言った。
「なるほど」
 アリサはそう言って、微かに笑った。
「でも、あ、話戻すけど」
 アリサの答えを待ってから、ユーノは、視線をクロノに戻す。
「それじゃあ、リニスも無限書庫に?」
「ああ。基本的に彼女のサポート役だからな」
 ユーノの問いに、クロノはさらっと答える。
「そうか……じゃあ、本格的なものはこの1件が片付いてからになるかな」
 視線を少し俯かせつつ、ユーノは呟くように、そう言った。
「何がよ」
 何気なく、と言った感じで、アリサはユーノに問いかける。
「うん、ちょっとね」
「?」
 ────例え力不足でも、足手まといになっても、僕はやっぱり、アリサの隣に立って
いたい……!

 同日。20:32────日本国 東京都 海鳴市。
 八神家。
「レンとシャマルは、主の護衛を頼む」
「解ったわ」
「承知やで」
 シグナムの声に、シャマルと、レンが、頷いた。
 管理局に、はやての存在を知られてしまった。いつ、はやてを直接狙われるか解らない。
これまでのように、5人ともはやてから離れるわけには行かない
「主はやて。これより、今夜の蒐集に出立いたします」
 既に騎士甲冑姿になったシグナムは、はやての目前に跪き、そう言った。その後ろに、
同様にヴィータと、狼形態のザフィーラが、直立不動の姿勢で、控える。
「うん」
 電動車椅子の上のはやては、短く、そう答えた。
「みんな気ぃつけな。特にヴィータ、無理はせんといてよ」
「ぁあ、解ってるよ」
 ヴィータは微笑を浮かべながら、そう答えた。
 そして、シグナムとヴィータ、ザフィーラは、八神家のLDKの窓から、庭に出た。
 赤紫、赤、青の閃光が、夜空に上っていく。
「これは悪い夢かも知れへん……」
 レンが、その呟き声に気付いた。
「けど、夢やったら……短い夢でもええ……醒めたら元通りでも……だから……しばらく、
眼が覚めるまででええ、見せたってや……」
 はやては、ぶつぶつと、自分に言い聞かせるように、呟いている。
 レンは、少し困惑した顔をした後、優しげに微笑んで、はやてを見た。
「はやてちゃん」
 語尾の上がるイントネーションで、はやてを呼ぶ。
 はやては、軽く驚いたように、レンを見上げた。
「夢やあらへんよ、これは。だから、はやてちゃんの、心が痛いんや」
「レン……」
 見透かされたような台詞に、はやては眼を円くする。
「せやから、はやてちゃんの願いも、夢で終わらせへん。絶対かなえたる。幸せを、つか
ませたる……」
「せやけど、その代わりに……」
 はやては、まだ迷うかのように、レンから視線を逸らす。
「大丈夫や、シグナム達の能力は折り紙付き。ちぃ相手困らせる事になっても、破滅させ
る事は絶対あらへん」
「うん……」
 はやては、力なく頷く。
「大丈夫、これで全部お終いになる。はやてちゃんの辛いこれまでも、全部、ハッピーエ
ンドで終わらせたる……」
 レンは、言いつつ、身を屈ませて、はやての上半身を抱く。
「レン……」
「あたしは、守護騎士の中でも特別。はやてちゃんの影。せやから、絶対に約束する。は
やてちゃんを。幸せにする」
「さよか……」
 はやては言い、自分をかき抱くレンの腕に、縋った。



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目次:燃え上がる炎の魔法使い
著者:( ゚Д゚) ◆kd.2f.1cKc

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