475 名前:7の1[sage] 投稿日:2009/01/04(日) 17:39:05 ID:2xgOqgNt
476 名前:7の1[sage] 投稿日:2009/01/04(日) 17:39:37 ID:2xgOqgNt
477 名前:7の1[sage] 投稿日:2009/01/04(日) 17:41:55 ID:2xgOqgNt

第2章 

 9年前、戦闘機人を擁する時空犯罪組織との戦闘で壊滅した陸士72部隊で重傷を負いながらも、唯一生き残
った俺が、無限書庫の副司書長という文官に転身した理由は、怒りによるものだった。
 陸士72部隊からの戦闘機人に関する情報照会に対して、まともな情報を提供しなかった無限書庫に、殴り込
みに行ったのは、管理局の病院を退院した翌日だった。

 まだセキュリティチェッカーの無かった無限書庫の扉を開け、俺は無謀にも無限書庫の闇に身を投じた
 ほとんど人のいない闇の中を小一時間もさまよった末に、目の下に隈を作った10歳前後の黄砂色の髪をした華
奢な少年が、20冊を超える本を自らの周囲に浮かべ、必死に速読魔法で情報を読み取っている姿を見た瞬間、脳
みそが怒りのあまり沸騰した俺は、思わず怒声を放っていた。

「司書はどこだ! ガキに仕事をさせやがって、司書様は、どっかでお休みか」
「あの〜」
「ガキは黙ってろ。食うためにやってるなら俺の家に来い。ここで奴隷労働するこたぁない」
「ですから、司書は」
「何処にいる。おじさんに教えてくれないかな? 暇な司書さんのいらっしゃる処を」
 スキンヘッドにひげ面という管理局の武装局員というより、凶悪な時空犯罪者面で、精一杯の笑顔を浮かべて
尋ねるが、他人が仮にこの光景を見たら、どう見ても暴漢が少年を脅しているとしか見えないだろう。

「司書は、僕ですが・・・後は、搬入される資料を収納する係の人と、病気で長期入院中の司書の人がいるだけ
 で・・・」
「おい、おいおいおい、冗談はよせ、冗談は それとも何か・・・司書に脅されてるのか? クレーム付けに来
 た局員には、お前が司書ってことにして切り抜けろとでも命令されてるんだろう。そう言わないとクビだとか
 言われているなら安心しな。このジョン・フィッシャーマン様が、お前の身柄を引き取ろうじゃないか」

「結構です。僕はユーノ・スクライア 無限書庫の司書です。フィッシャーマンさん、これが僕の身分照会の
 IDカードです」

 ユーノと名乗る少年のIDカードを確認した俺は、ため息をついた。
「まいったな。ガキが司書じゃ、情報をまともに寄越さなくても、文句がいえねーな」

「どの件です、教えていただけませんか?フィッシャーマンさん」
 プライドを傷つけられたのか、頬を紅潮させた少年の声には鋼の響きがあった。
(見かけによらず根性が据わってやがる・・・)

「陸士72部隊からの依頼だよ。書類No KJL033897”戦闘機人に関する基礎情報”だ。まあ陸のことなんぞ、
 海の無限書庫には・・・って、おい何やってんだ?」

「1年前、僕がここの司書になってからの記録しかないんですが、戦闘機人に関する照会は申請されていません。
 何時、申請されたかわかりますか?」
 目の前に魔導モニターを展開して、1年前からの無限書庫への申請記録を確認していた少年の真剣な顔を見れ
ば、嘘を言っているとは思えなかったが、見ますかと手招きされたのを断る理由はなかった。

「今から3ヶ月前だから8月3日ごろのはずだ。7月13日・・・7月22日・・・8月1日・・・8月7日って、おい、こ
 の申請の記録は確かなのか!? 陸士72部隊の申請がないぞ。どうなってるんだ」

「僕を信じられないなら、本局の情報部に確認してください。無限書庫への申請は、特別な場合を除いては、情
 報部を経由します。確認はすぐできますよ」

「いや、嘘は言ってないが、勘違いはあるかもしれないぜ。まあ、その件は、後で調べりゃわかる。それより聞
 きたいんだが、こんな闇の中で一人で仕事してるのか? 食事や寝るところはどうしてるんだ? 親は」
「・・・親はいません」
 口ごもりながら答えたユーノは、残りの質問には口早に答えた。

「1年前まで、無限書庫は、単なる資料倉庫でしたから、人がいなかったんですよ。療養中の司書さんも文書保
 存係の人が兼任してました。最後の質問の答えですが、食事は本局食堂で取るか出前で間に合わせてます。
 寝るところは、僕はスクライア一族の出身だから、何処でも寝れますよ。今は、無限書庫の司書仮眠室が住処
 ですが、シャワーもあって快適ですよ」

 なにげに凄いことを言うユーノに俺は、内心舌を巻いていた。

 今時の若手武装局員の軟弱ぶりに比べたら、目の前の華奢な少年のタフさは瞠目に値した。暗闇の中で、一人
で作戦行動を1年間続けろと命令されて完遂できる者が何人いるか、壊滅した部隊の若手の顔を思い浮かべた俺
は、思わず眉をしかめた。
(だめだ、だめだ、どいつもこいつも、目の前にいるユーノってガキに敵わねえ)

「まいったな。お前・・・ユーノさんの言うことが正しいなら、俺の勘違いってことになるな。わはっはっ」
 いまさら殴り込みにきたとも言えないので、頭を掌で叩きながら豪快に笑った。

「あの〜フィッシャーマンさん。用事が済んだなら、お帰りいただけませんか。仕事に掛かりたいんです。明日
 の8時までにレポートを上げないと陸士108部隊が困るんです」

「そいつは悪かった。時間をロスした償いに何かできることはないかね?資料とか持ってくるくらいは手伝える。
 それに調べ終わった資料を元の場所に戻すのに転送魔法使うなんて無駄なことしなくてすむぜ」
 俺の申し出を受け、一瞬、驚いた表情を浮かべたユーノは、しばらく考え込んでいたが

「今までわかっている範囲の無限書庫の地図です。依頼された案件に必要な資料は、おそらく、この区画にある
 はずです。探索魔法は使えますか?」
 ユーノから渡されたカード型デバイスの使い方がわからず、自分でも間抜けとしか思えない質問をした。

「探索・・・索敵魔法じゃないのか?」

「原理は同じです。応用の仕方に違いがありすぎますが・・・」

「足りないところは、体力で補うさ。とりあえず調査の終わった資料を元の所にもどすことから始めさせてくれ
 ところで・・・・・このデバイスの使い方、教えてくれないか」
 カード型デバイスをユーノに差し出しながら、俺は照れ笑いを浮かべた。

 ユーノから請け負った陸士108部隊の要求した”違法薬物ランティーノの精製技術”に関する資料を探索す
る仕事は、武装局員として、幾多の修羅場をかいくぐってきた俺が初めて経験した地獄だった。

 無限書庫の職員といえば、一般の武装局員から軟弱な文官と見られている。俺もユーノと出会うまでは、いや
出会った後も、あの事件を経験するまでは、根性こそ凄いが体力や魔法に関しては、俺の方が上だと思っていた。

 カード型デバイス”MAPPER"の使い方を教えてもらい、早速、ランティーノに関する資料が収蔵されている
可能性のある第74区画へ探索に向かった俺は、”禁断の秘薬ランティーノ伝説”という人の皮で装丁された
本を見つけて有頂天になり、何も考えずに手に取り、そして意識を失った。

 次に目覚めた瞬間、何日たっているのかわからない恐怖に駆られた俺は、指一本動かせないだけでなく、魔法
を使えず声を発することもできない状態に陥っていることに気がつきパニックに陥った。
 しばらくして、ひどいのどの渇きと空腹が始まった。
(かなりの間、気を失っていたのか。このままじゃ飢え死にする。ユーノ、ユーノ・スクライアァァァ・・・・
ちきしょう。念話も使えねぇぞ)

「おい!ジョン いつまで、此処にいるつもりだ。隊長が待ってるぞ」
 戦闘機人との戦闘で、額から上を失ったチャーリー二尉が俺の手を握って叫ぶ。

「フィッシャーマン曹長・・・・お、お願いです。ひ、ひと思い・・・に・・殺してください」
 両手両足を失い、瀕死のガトー2等陸士が、足下から俺を見上げている。
(くそ、これは幻覚だ。耳を傾けるか、糞どもが・・・・)

「あたいを先に逝かせて、自分だけ生き残るって卑怯じゃない。ねえジョン、あたいのウェディングドレス姿、
 きれいでしょう。今度、聖王協会で彼と衣装合わせするんだ」

 質量兵器で穴だらけにされた全身から鮮血をほとばしらせたメアリー曹長が、目の前でくるりと全身を回して
微笑む。あの作戦が終わったら、彼に告白するんだと意気込んでいた彼女の死を茶化す幻覚に切れた俺は吠えた。
(くそったれがぁぁぁ 人をなめんじゃねぇぇぇ)
 迫ってくるメアリーの首を締め上げて黙らせようとしたが、意識がかすみ、目の前が真っ暗になってきた。

「何やってるんです!フィッシャーマンさん、死ぬつもりですか?」
「ぐぁっ、なにしやがるんでぇ」
 チェーンバインドで縛り上げられた両腕を無理矢理、十字に拡げさせられた俺は、ユーノの掌から放たれた緑
の波動が、俺の首に注がれているに気がついた。

「いつまでも戻ってこないし、念話にも答えないので来てみたら、必死に自分の首を絞めているんで驚きました
 よ。何があったんです?」
 この人、頭狂ってるんじゃないかという目で俺を見ているユーノが右手に持っている本を見て、俺の目が見開
かれた。
「馬鹿野郎、その本を捨てろ。俺のようになるぞ!」
「ああ、これですか、大丈夫ですよ。もう封印しましたから」
 平然とした口調で答えたユーノが本を開くと内容に目を通し始めた。
「・・・・大丈夫なのか?」
「フィッシャーマンさん、ありがとうございます。この本があれば108部隊へのレポート提出が12時間は、
 早くなります。それにしても、禁断の秘薬の精製方法がこんなに簡単なものとは思いもしませんでしたよ」

「な、なにがどうなってんだ。さっきの幻は・・・」
 バインドを解かれ、へたりこんだ俺の脇に膝をついたユーノは、バインドで締め上げられた俺の腕を子細に観
察していたが、ほっとため息をつくと

「魔術結合汚染は無いですね。念のためストラグルバインドを用いたんですが杞憂だったみたいです」
「俺の腕が!?」
「あの本に仕掛けられたトラップは、不用意に手に取ったものの精神を汚染して、その人の最も悲しい記憶を呼
 び覚まして、精神を錯乱させるんです。悪質なやつだと触った手に残留魔術を仕掛ける場合もあります」
 だから、後で汚染された人が自殺したり、人を殺したりするんですよ。

 平然としゃべるユーノを見た俺は、こんな魑魅魍魎が跋扈する無限書庫で仕事をする華奢な少年に、尊敬の念
と同時に何か手助けできないものかと考えた。 
 翌日、武装対に戻った俺は、無限書庫への転属願いを出した。  

「というわけで無限書庫の司書に転属したんですよ。マテウスさん」
「そして無限書庫の番人が誕生したってわけか。どうだいもうひとつ」

 フィッシャーマンが語るユーノとのファーストコンタクトのエピソードをふむふむと頷きながら聞いていたマ
テウスは、三つ目のダブルチーズハンバーガーを袋から取り出すとフィッシャーマンに勧めた。

「いいんですか?マテウスさんの分が」
「かまわんよ。これはフィッシャーマンくんの分だ。私にはこれがある」
 葉巻を取り出すと左の人差し指に灯した炎で火を付けたマテウスは、煙を次元の狭間に吐き出しながら尋ねた。

「ところで、スライの連中はしっかり働いてるかね?ユーノ博士に紹介した手前、気になってね。さっきも荷受
 け場から入ったんだが、よくわからんのだ」

「こっちの無理な要求にも愚痴一つ言わずに答えてくれています。レナードが一族の連中をまとめてくれてるん
 で、怠けてる連中は一人もいませんよ。まったくたいした連中です」
 安月給で働かせるのが心苦しくなりますよと続けたフィッシャーマンは、額をぴしゃりと叩いた。
「まあ、あれだけの人数を採用したんだから仕方あるまい。無限書庫の人員増に関する予算の申請が通っただけ
 でも奇跡だったからな」

 管理局統括官のリンディ・ハラオウンが、付け足しのように提案した無限書庫の人員増の要求が、呆気なく承
認された時の唖然とした表情を思いだしながら、マテウスはニヤリとした。

「そうは言いますが、族長のレナードの給料が、武装隊二等陸士の初任給の7割ってのは酷すぎますぜ。奴が武
 装隊員なら、間違いなく尉官クラスだ。俺が鍛えてる武装司書隊の猛者でも、奴に勝てる奴はいないと踏んで
 ますがね。そんな奴が、ひよっこの二等陸士以下の給料とは、ふざけすぎてまさぁ、まったく上層部は」
「馬鹿の集まりだな。それじゃユーノ博士に拝謁を賜ろうか。ジョンまた会おう」

 無限書庫を軽視する管理局上層部に対する憤懣をぶちまけた相手が、当の上層部の一員だと気づいたフィッシ
ャーマンが言いよどむのを引き取ったマテウスは、副司書長室のドアを開けると無限書庫の闇に向かって飛んだ。


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目次:翼を折る日
著者:7の1

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