253 名前:7の1[sage] 投稿日:2009/02/11(水) 13:51:33 ID:OW2R/HyR
254 名前:7の1[sage] 投稿日:2009/02/11(水) 13:52:10 ID:OW2R/HyR
255 名前:7の1[sage] 投稿日:2009/02/11(水) 13:53:31 ID:OW2R/HyR
256 名前:7の1[sage] 投稿日:2009/02/11(水) 13:54:19 ID:OW2R/HyR
257 名前:7の1[sage] 投稿日:2009/02/11(水) 13:54:50 ID:OW2R/HyR
258 名前:7の1[sage] 投稿日:2009/02/11(水) 13:55:20 ID:OW2R/HyR

第8章

「やっと同意してくれましてね。永遠に続く地獄の苦しみより、一瞬の激痛の方が良いそうです」
「・・・まあ、そうでしょうね(これは・・・酷い。酷すぎるよ。なのは)」

 四肢を失い、心臓を除く内臓と脳以外の感覚器官である眼や耳を失った肉体は、いかなる治癒魔法を
以てしても回復を望めないことが明白であった。

「まだ、死ねないんですよ。リンカーコアバーストのせいでね」

 もはや人間とはいえない惨状を呈しているゲーベルが生きているのは、かろうじて活動しているバース
トとしたリンカーコアの作用によるものだと説明したマテウスは、ちびた葉巻を次元の狭間に投げ捨てる
と、レインコートのポケットから、新しい葉巻を取り出し火をつけた。

「リンカーコアバーストの処置は、7段階に分かれています。ゲーベル君のことを思えば、最初の4段階
で済ませる予定ですが・・・ご要望があれば、今から再交渉して残りの3段階も行うことができますよ」

「・・・結構です。ゲーベルの望むとおりにしてあげてください」

 残り3段階が、生命維持に関することを意味しているのを理解したユーノは、一瞬、やってくださいと
言いかけた自分を恥じた。

 なのはのためなら悪魔にでも魂を売るという覚悟を固めたとはいえ、目の前のゲーベルが、肉塊のまま、
残りの生涯を生き続けることに平然と耐えられる自信はない。

 今回のオペを見ることでなのはを救えるヒントを得たとしても、救われたなのはの向こうにゲーベルの
肉塊が蠢き続ける姿を意識しながら、なのはやヴィヴィオと幸せな生活が送れるはずがない。

「ユーノ博士らしい優しさ・・・いや、人としての優しさですな」
 マテウスは、満足げにうなずくと良かったなゲーベル君と声を掛けた。

(ユ・・・ノ・・・カセ、アリ・・・ガ・・・ト・・・)

 絶え間なく襲う苦痛のため、思考も途絶えがちなゲーベルが感謝の言葉を述べるのを聞いたユーノは、
ゲーベルを肉塊に変えてしまったなのはの行為を止められなかった自分を悔いた。

「ゲーベル君、これよりオペを開始する。安らかに逝きたまえ」
(アア・・・カ・・・シャ・・・シ・・・)

 ゲーベルの感謝の念話を気にする風もなくマテウスは、リンカーコアバーストのオペを開始した。

 無造作に肉塊の胸に手をかざしたマテウスの周囲に不可視の魔力が展開されるのをユーノは認識した。

 その気配は、デバイスなしに魔法を精密制御できるユーノですら、微かにしか感知し得ないほどのもの
であり、なのはやフェイト、はやてが、眼前で行われるマテウスの振る舞いを見れば、さえない中年男が、
呆けた顔で震える肉塊に手をかざしているとしか見えないだろう。

「Capture」

 その声に応じてゲーベルの肉体の震えが止まった瞬間、間髪を入れずにマテウスが続ける。

「Freigestellt」

 その声に応じるかのようにゲーベルの胸からバーストしたリンカーコアが取り出された。

(なんてひどい色だ。魔力光がまったく見えないなんて・・・)

 黒灰色の殻のような物に覆われたリンカーコアからは、本来の魔力光がまったく見えないのに驚いた
ユーノにマテウスの非情な声が追い打ちを掛ける。

「ゲーベル君を安らかに逝かせる為には、一挙に破壊するのが一番ですが、それでは参考になりません。
治療の第一歩は、病変部の切除です。これが完全ならば、オペは99.99%成功します。それでは続け
ますかな」

 取り出したリンカーコアを目の前に浮かべたマテウスは、右手の人差し指と中指を立てて剣指を作ると
リンカーコアの表面に複雑な線を描き始めた。

「ここからが肝心なところでしてね。よく見ておいてください」

 軽口を叩くマテウスの額にうっすらと滲む汗を見たユーノは、遺跡発掘の際に見せる鋭い視線で、剣指
の動きを必死に追い続ける。

「Exzision!」

 裂帛の気合いをこめて両手の剣指が振り下ろされると同時に、黒灰色の殻が裂け、親指の先ほどの大き
さしかないリンカーコアが姿を現した。

「さて・・・ゲーベル君を楽にしてあげましょうか」

 肩で息をつきながら軽口を叩くマテウスだが、その蒼白な顔を見れば患部の切除が、如何に困難な作業
だったのかはユーノの眼にも一目瞭然だった。

 マテウスは息を整えるとリンカーコアをゲーベルの胸の上に乗せ、しばし瞑目した。

「静謐にして清浄なる闇に汝を返さん」

 その声と同時に目をかっと開いたマテウスが、ゲーベルのリンカーコアを睨みつけ、叫んだ。

「Zerstorung!」

 次の瞬間、リンカーコアが空気に融けるように消滅し始める。

(ギャァァァァーー!!)

 ゲーベルの断末魔の悲鳴は、ユーノの脳内をひとしきりかき回した後、あっけなく消えた。

「これで終わりです。ユーノ博士大丈夫ですか?」

「少しめまいがしただけですよ」

 こめかみを右手で押さえながら答えたユーノは、ゲーベルの残骸から生命が、永久に去ったことを実感
した。

「私が遺体を武装隊に引き渡しますので、ユーノ博士は、高町一尉に合流してください。ヴィヴィオ様も
あなたを待っていますよ」

 そう言い残してゲーベルの残骸と共に転移したマテウスを見送ったユーノは、足下に魔法陣を展開した。

「なのはさーん、やりましたね。ティアナも喜びますよ」

 クラナガン301から、隣のビルの屋上に降り立ったなのはを迎えたスバルは、ティアナの仇を討って
くれたなのはに抱きつき、主人にじゃれつく子犬のようにはしゃいだが、なのはの顔に笑顔はなかった。

「スバル、ティアナの具合はどうなの?」

 自分の放ったアクセルクラスターで傷ついたティアナの状態を気にするなのはの真意を誤解したスバル
は、感動のあまり眼を潤ませてなのはを見つめた。

「ティアは、かなり傷ついていますが、命は無事です」

「それは、、良かったわ。今は、病院かな?」

「まだ、搬送用のへりが来ないので、救命ポッドで生命維持を行っています」
 救命ポッドに案内しますと言って先に歩き出したスバルの後をついていくなのはの足取りは重かった。

(非殺傷設定でも、あれだけのクラスターを食らったら、骨折だけじゃなく内臓も破裂してるはず、執務
官として再起できるかどうか・・・)

「クラウスさん、ティアの状態は安定してますよね?」

「ああ、問題ない。血圧、心拍数とも正常だ。初めまして高町一尉、監察官のクラウス・ハーヴェイです」

 白い背広の上下に白いYシャツ、白ネクタイに白の革靴という全身白尽くめのクラウスが指しだした手
を無視し、冷たい声でクラウスを詰問した。

「クラウスさん、あのバインドはなに?ティアナは重傷で意識不明だよね。救命ポッドをバインドで縛り
付ける意味ないと思うんだけど、どうかな?」

「ああ、あれですか。ティアナ・ランスター執務官補は、時空管理局法違反容疑者ですから、いかなる状
況であってもバインドによる拘束を行わねばなりません。それに、あのバインドは、救命ポッドの保護
の役割も果たしています」

「保護ですって!どう見ても捕縛じゃない」
 
怒るなのはに気圧されたのかクラウスは、一瞬口ごもったが、すぐに言い返した。

「通常の容疑者なら高町一尉のおっしゃるとおりですが、ティアナ・ランスターには、フェイト・T・
ハラオウン執務官殺害未遂、執務官補佐任務放棄、帰還命令無視、敵前逃亡罪などの容疑が掛かってい
ます。それにクロスミラージュの記録から高町一尉に対する攻撃が確認されていますから、高町一尉に
対する傷害未遂または殺人未遂の容疑もありますので、本来ならバインドによる拘束でも足りないくら
いです」

「ティアがフェイトさんを・・・ なのはさんを撃ったって嘘でしょ、嘘ですよね、なのはさん・・・」
 
スバルに問いつめられたなのはは、小さな声で答えた。

「ティアナの攻撃は誤射だよ・・・」

「誤射って、じゃティアがなのはさんを撃ったてのは事実・・・」

 バインドで拘束された救命ポッドを振り返ったスバルは、クラウスの次の言葉で凍り付いた。

「そうでしょうか? それにしては、アクセルクラスターで反撃されておりますが」
「そ、それは・・・」

 クロスミラージュの記録に残ってましたよと念を押したクラウスは、あの状況での使用は、何ら問題は
ないですがねと続けた。

「なにしろ、ティアナ・ランスターは、殺傷設定で最大出力のシュートバレットを発砲しています。殺す
 気満々なのは明白です。あなたがアクセルクラスターを使用されても、なんら問題ない状況です」

「誤射って言ってるでしょ。ティアナのシュートバレットは誤射だよ」

「ヘリが来ましたね。詳しいお話は、査問委員会でお伺いしましょう」

 言いつのるなのはを無視したクラウスは、近づいてくるヘリに手を挙げて合図を送った。

「なのはさん、クラスターを撃ったんですか?」

「ゲーベルのマインドイリュージョンに、私も惑わされたのは確かだよ。ティアナと同じようにね」

 それだけ言うとなのはは、降下してくるヘリを待つスバルにに背を向け、ヴィヴィオの寝かされている場所を探した。

「あそこね・・・ユーノくん!」

「遅くなってごめん。大変だったね」

 屋上の高架水槽の影に敷かれたエアマットの上に、灰色の毛布でくるまれて寝ているヴィヴィオにユーノが、治癒魔法
を施しているのに気づいたなのはの顔が曇った。 

「ユーノくん、ヴィヴィオは大丈夫なの?」

「僕たちを救うために聖王の姿になったそうだ。その上外部からエネルギー供給がない状態で、イベント

広場から、ここまで転送魔法で転移したんだ。5歳の子供の身体が耐えられる限界を超えてる。治癒魔
法で回復させないと」

「させないと、どうなるの?まさか、私みたいに身体壊すとか、ユーノくん!?」
 咳き込むなのはにユーノは、ごめんと謝った。

「ちょっと落ち着いてよ。なのは」
「このうえもなく落ち着いてるよ。ユーノくん」

 首から掛けているレイジングハートを指でいじりながら、いらいらした声で声で答えるなのはが落ち着
いているとは、とうてい思えない。ユーノは、慎重に言葉を選ぶべきか迷ったが考え直した。

「疲労が回復しないと、三人で食事できないよ。翠雲堂で食べようってヴィヴィオと約束したからね」

 ニコニコしながら答えるユーノを見て、振り上げた拳を降ろし損ねた気分になったなのはは、すぐに機
嫌を直した。ヴィヴィオと三人で食事しようと努力するユーノを怒るのは大人げなさすぎる。

「そうだね。私も手伝っていいよね」

「大歓迎だよ。なのは、ちょっと代わってくれる」

「うん、いいよ。ヴィヴィオ、心配かけてごめんね。今度は、心配掛けないよ」

 ヴィヴィオを受け取ったなのはは、一つ深呼吸すると桃色の魔力光を掌から発して治癒を始めた。

 ティアナの入った救命ポッドを収容して飛び立つヘリを見送るスバルの傍に、唐突に出現したマテウス
に目をやったユーノは、なのはが治癒を始めるのを確認すると立ち上がった。

「スバル、心配するな。ランスター・・・ティアナは回復する。救命ポッドの数値は正常だったんだろ」

「でも、でも・・・なのはさんのアクセルクラスターを食らったんですよ。肋骨は折れてるし、内臓も破裂し
てる。執務官として再起できるんですか?」

ティアナの惨状を目の当たりにしているスバルの声は不安に震えていた。

もし怪我から回復できなければティアナの夢が潰えてしまう。それも師であるなのはの手によって夢が
絶たれるという最悪の展開で・・・

「入院先をクラナガン大学病院にしたのを何故許したと思う?本来なら有無を言わせず地上本部病院行き
だぞ。スバル、大学病院に、うちのかみさんが来てるんだよ。実習講義用の手術を指導するためにな」

「オリガおばさんが来てるんですか! それならティアも助かるかも」
 
管理世界最高の技術レベルを有する外科医であるオリガ・バウアーことオリガおばさんの顔を思い浮か
べたスバルの顔に安堵の色が広がった。

 それをを聞きとがめたバウアーの顔が微かに歪む。

「助かるかもじゃない。無理矢理、助け出されるんだ。かみさんがあの手の症例を放っておくはずがない。
今頃は、ヘリの到着を手ぐすね引いて待ち受けてるはずだ。やあ、ユーノ博士、あそこから戻られたん
ですか?」

「ええ、消防隊の隊長に事情を根掘り葉掘り聞かれましたがね」

 白々しくクラナガン301を指さすマテウスに調子を合わせたユーノは苦笑すると念話を送った。

(ゲーベルはどうなりました?)

(武装隊に引き渡しました。あそこまで毀損してちゃ廃棄処分しか余地はないんですがね。それにしても、
近頃の武装隊は、ずいぶんぬるくなったもんですな)

 武装隊員の怯えた顔を思い出したのか、マテウスの口調には皮肉の色が濃かった。

(非殺傷設定が基本ですからね。死体を見る機会があっても、あそこまで酷いものは滅多にないでしょう)

「ユーノ先生?」

 不意に声を掛けられたユーノは、念話を中断してスバルを見た。

「ん、スバルくん、どうしたんだい?」
「なのはさんが・・・呼んでます」

 ヴィヴィオを抱きかかえているなのはは、ユーノを見るとヴィヴィオの意識が戻らないのと震える声で
で告げた。

「僕が代わろう。なのは」

 ヴィヴィオを受け取ったユーノは、小声でスクライア族の童謡を歌い始めた。その様子を呆気にとられ
て見ていたなのはは、ヴィヴィオが寝息を立て始めたのに気づくと涙ぐみながら脱力した。

「な、なんだ寝てるんじゃない。安心したよぉー」 

「疲れて寝てるだけだよ。相変わらずあわてんぼうだね。なのはは」

「だって私が抱いてても、寝息も立てないんだよ。不安にもなるよ」

 安心したのか、ふくれっ面で言い返すなのはは、ユーノの一言で固まった。

「なのは、治癒魔法を掛けてる間、ヴィヴィオに話しかけた?」
「えぇっと・・・話しかけなかったかも」

「それじゃ駄目でしょ。子供は親の声を聞くと安心するんだよ」 

「ふぇぇぇご、ごめんなさい」

 手を合わせて小声で謝るなのはからは、ゲーベルをなぶり殺しにした狂気はみじんも感じられなかった。





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目次:翼を折る日
著者:7の1

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