Lyrical StrikerS 第１１話
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nano69_264 2010年08月23日(月) 22:56:15履歴
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第１１話 「機動六課のある休日(後編)」
その少女は傷ついていた。
衣類とは呼べぬボロボロの布切れを纏い、到る所に擦り傷や打ち身の跡がある。
呼吸も弱々しく触れれば火傷するほどの熱が全身を帯びていた。
現在はキャロの素早い応急手当てのおかげで落ち着きを見せているが、エリオ達が見つけた時は自発呼吸が出来ぬほど衰弱していて、
いつ死んでもおかしくない状態であったらしい。
２人の話によると、この幼い少女は自力でマンホールを開けて姿を現したところで力尽きたらしい。
まだ年端もいかない少女がどうして、こんな姿で下水道を彷徨っていたのか。
いったい、誰が彼女をここまで傷つけたのか。
いくつもの疑問とやり場のない怒り、言葉に出来ぬ不安が胸中を渦巻き、スバル達４人を何とも言えない複雑な空気が包み込む。
そんな緊張を破ったのは、謎の少女の診察の為に隊舎から駆けつけたシャマルの第一声であった。
「うん、呼吸も安定してきたしバイタルに乱れもない。もう大丈夫よ」
「本当ですか？」
「もちろん。キャロの応急手当てが利いたみたいね」
「いえ、そんな……………わたしなんて、シャマル先生に比べたらまだまだ……………」
シャマルの言葉に頬を赤らめて俯きながらも、キャロは少女の無事に胸を撫で下ろした。
張り詰めていた緊張の糸が解け、弛緩した空気が場を包み始める。
だが、呆けている訳にもいかない。
少女と共に確保されたレリックケース。
それは枯れ木のような少女の足に鎖で繋がれていたのだが、鎖にはケースをもう１つ拘束していた跡が残されていた。
レリックは２つある。
そのうちの１つは目の前に。だが、もう１つは未だこの広いクラナガンの地下のどこかに放置されたまま。
しかも、ロングアーチの調べでは既にガジェットが地下と空の両方からこちらに向かってきているらしい。
急がなければ、町中に被害が出ることになる。
「ケースとこの娘はこのままヘリで搬送するから、みんなはこのまま現地調査ね」
「休暇中に申し訳ないけど、今は一刻を争うの。他の部隊にも応援を要請したけど、
ガジェットを相手にできる人は限られるから、みんなには無理させちゃうことになるね」
「いいえ、平気です」
「うん、ありがとう………………あれ？ その娘は？」
いつものようにキャロの頭を撫でようとしたフェイトは、４人の後ろに隠れるようにこちらを伺っている紫髪の少女の存在に気づく。
「えっと……………友達です」
「っ？」
キャロが少し恥ずかしげに答えると、少女は驚いたように目を見開かせてキャロの横顔を凝視する。
「トモダチ……………」
「うん」
「トモダチ」
「そっか、キャロの友達になってくれたんだ。ありがとう、私はフェイト・Ｔ・ハラオウン。
この娘の……………お母さんって言えば良いのかな？ あなたのお名前は？ ここは危ないから、安全な場所まで送ってあげるね」
「私は…………っ！」
喉まで出かかった言葉を飲み込み、少女は何かを堪えるように歯を食い縛らせながらその場を駆け去った。
何か怖がらせるようなことをしたのだろうかとフェイトは首を傾げるが、目を合わせたキャロも不思議そうに首を捻っている。
だが、このまま放っておくわけにはいかない。危険を考慮し、この区画には避難命令が出ているのだ。
「フェイトちゃん、応援の部隊に連絡したから、あの娘はそっちに任せよう。
みんな、すぐにバリアジャケットを展開して地下に潜って。空はフェイト隊長とヴィータ副隊長が押さえるし、
シグナム副隊長もこっちに向かっている。わたしもこの娘とレリックを送り届けたらすぐに戻るから、頑張って」
「はい！」
なのはの号令に敬礼を返し、フォワードメンバーはそれぞれの持ち場へと散っていく。
魔力光を纏い、地下へと潜る教え子と空に浮かぶ親友。
５人を見送ったなのはは、撤収の準備を終えたシャマルに無言で相槌を返し、
か細い寝息を繰り返す少女の矮躯を抱きかかえた。
「温かい……………生きているんだ。生きようとしているんだ、この娘」
なのはの脳裏に４年前の空港火災の記憶が蘇る。
燃え盛る業火に脅え、腕の中で震えていた蒼い髪の少女。
腕の中で眠る少女の姿が一瞬、４年前のスバルの姿がダブって見える。
あの時のように、自分はまたレリックという災いに巻き込まれた少女を抱いている。
「痛っ」
スバルに殴られた脇腹が痛みを訴える。
平静を装っているが、あの一撃はバリアジャケットの防御すら貫いて体内を激しく揺さぶっていた。
まるで細胞の１つ１つをミキサーにかき回されたかのような激痛。
２週間が過ぎた今でも時々、こうして思い出したかのように痛みがぶり返る。
全開ではなかったとはいえ、これ程までに痛めつけられたのはいつ以来だろうか。
「なのはちゃん？」
「大丈夫です。この娘だって必死なんだから、わたしも頑張らないと」
腕の中の少女を抱きしめ、その重さを実感することで痛みを忘れる。
心を占めるのはたった１つの思い。
この娘を守りたい。
安全な場所へ、安心できる場所へ運んであげたい。
そのまっすぐで愚直な思いが、何の変哲もないＢランク魔導師がオーバーＳランクを揺るがしたという
異常事態を忘却させていることに、彼女は気付いていなかった。
□
どれくらい走っていただろう？
心臓が跳ね上がり、自分の意志で酸素を供給できなくなるまで走り続けたルーテシアは、
手近にあったガードレールを支えにして呼吸を整えながら、自分が取った行動を思い返していた。
奇しくもそこは、あの桃色の少女と再会した場所であった。
『えっと……………友達です』
『ごめんね、妹が迷惑をかけちゃって』
『この娘の……………お母さんって言えば良いのかな？』
ロクに言葉も交わさず、相手の気持ちを思いやることなく告げられた言葉。
人と人は分かり合えて当然と思い込んだ無垢な眼差し。
純粋であるが故に残酷な行為。
見せつけられる親子関係と兄妹の絆。
自分にはない幸せ。
あの少女が持つ、あの少女達が持つ、自分以外の全ての人間が持つ幸せ。
「私には、家族がいない」
分かる訳がない。
優しくしてくれる家族がいるあの女に、家族がいない自分の気持ちなど。
「ドクター」
『聞こえているよ、ルーテシア。珍しいね、君から連絡をくれるなんて』
仮想ディスプレイの向こうで、妖しくも美しい天才科学者が狂気染みた笑みを浮かべる。
自分と同じくレリックを求めて暗躍する怪紳士。
彼はいつものように優しく、全てを見透かしているかのように語りかけてくる。
『こちらも別件でレリック反応を追跡していてね、協力してくれるのならありがたい』
「１個、管理局に持っていかれた」
『レリック２個か。わかった、そちらは私の娘達に向かわせよう。地下のほうは頼めるかな？
見たところ騎士ゼストとアギトはいないようだけど、１人で大丈夫かい？』
「１人じゃないよ」
「お譲ちゃん、そこで何をしているのかな？ ここは避難命令が出ているよ」
会話に割り込むように現れた陸士隊隊員が、ルーテシアの肩にポンと手を乗せる。
瞬間、紫色の閃光と共に虚空を引き裂いた漆黒の拳が男の鳩尾を捉えた。
彼は自分の身に何が起きたのか理解できぬままアスファルトの上に倒れ込み、そのまま動かなくなる。
傍らに立つのは漆黒の鎧と見間違う外殻を纏った人型昆虫、ルーテシアが最も信頼している召喚蟲だ。
「私は１人じゃない、ガリューがいる」
『それはすまないね。では、幸運を祈っているよ』
通信回線が閉じられ、人通りのない通りに沈黙が戻ってくる。
ルーテシアは無骨なガリューの手を取ると、気を失った男には一瞥もくれることなくその場を後にした。
□
「人造魔導師？」
ロングアーチを通じて陸士１０８部隊から送られてきた情報に、スバルは表情を曇らせる。
情報は姉のギンガからもたらされたもので、合流のためにこちらへ向かって来ているそうなのだが、
事が事だけに素直に再会を喜ぶことができない。
『３０分くらい前に起きた事故なんだけど、横転した輸送トラックに内側から壊された生体ポッドが積まれていたみたいなの。
大きさは５、６歳くらいの子どもが収まるくらい。ギンガ陸曹の話では、人造魔導師計画の素体培養器じゃないかって。
それと、事故現場付近に何かを引きずって歩いた跡と、子どもの足跡が…………………ひょっとしたら、保護した女の子は人造魔導師じゃないかって』
「人造魔導師って？」
「優秀な遺伝子を使って人工的に生み出した子どもに、投薬とか機械部品の埋め込みで、
後天的に強力な魔力や能力を持たせる。それが人造魔導師」
「倫理的な問題はもちろん、今の技術じゃどうしたって色んな部分に無理が生じる。コストも合わない。
だから、よっぽどどうかしている連中でもない限り、手を出したりしない技術のはずなんだけど」
スバルとティアナの説明に、キャロは言葉を失う。
管理局の仕事を続けていればいつかは見なければならない世界の裏側。
明るく穏やかな日常の裏で行われている非人道的な試み、吐き気を催す外道、悪道。
幼いキャロにとってそれは悲痛な現実であり、とてもすぐに受け入れられるものではない。
ふと、スバルは肌に違和感を感じ、傍らを走る槍騎士に目をやった。
先ほどからずっと黙ったまま走り続けているが、よく見ると全身がほのかに放電しているのがわかる。
それによって発生した静電気が違和感の正体のようだ。
傍目には冷静に見えても、エリオは自分の魔力変換資質を制御できなくなるほど感情を昂ぶらせている。
「こんなこと、何度繰り返せば……………」
「エリオ？」
小さな呟きは、隣にいた自分しか気づかなかったであろう。
その呟きの意味を問おうとした時、周辺をケリュケイオンのセンサーで警戒してたキャロが声を荒げる。
「動体反応！？ 来ます、数は１２！」
「エリオ、キャロのフォロー！ スバルはフロント、行くわよ！」
「「「了解！」」」
一足で前へと飛び出したスバルは、右腕のリボルバーナックルにカートリッジを炸裂させる。
淀んでいた空気が磁石に吸い寄せられるかのように渦を巻き、スバルの右腕が白く歪む。
直後、滑るように通路の陰から飛び出したガジェット目がけて、スバルは先制のリボルバーシュートを叩き込んだ。
魔力弾自体の有効射程は短いが、引き裂かれた大気の唸りは極小の竜巻となって逃げ場のない閉鎖空間を埋め尽くす。
最大出力で放てば鉄の壁を易々と押し潰せる風圧に晒され、ガジェットの隊列が大きく乱れる。
倒すには至らなかったが、それは彼らにとって致命的な隙となった。
スバルの拳が、ティアナの射撃が動きの止まったガジェット達を次々に撃破していく。
果敢に反撃を挑めば瞬時に反応したエリオが熱線を弾き返し、返す刃で同体を両断される。
８機のガジェット相手に苦戦させられていたのが遠い昔のようだ。
機動六課で過ごした時間は、着実に４人を強く成長させている。
油断さえしなければ、�儀燭鯀蠎蠅肪戮譴鮗茲襪海箸呂覆い世蹐Α�
そう、�儀燭�相手ならば。
「来ます、大型……………�祁燭任后�」
「みんな、スバルの後ろに下がって！ キャロはスバルにブースト！」
「はい！」
壁を破壊して現れたガジェット�祁燭�、自身の巨大なアームを無造作に叩きつけてくる。
軋みを上げる水色の障壁。キャロの支援を受けて強化されたプロテクションが赤い火花を散らし、
両腕を襲う強烈な負荷にスバルは奥歯を噛み締める。
単純なパワーだけならヴィータの鉄槌よりも重い。
瞬く間に亀裂が走った障壁はガラスのように砕け散り、４人は薙ぎ払われたもう１本のアームによって吹っ飛ばされてしまう。
「このっ！」
ティアナが新しいカートリッジを装填して魔力弾を連射するが、高濃度のＡＭＦによって弱体化された弾丸では
分厚い装甲に傷をつけることもできない。ならばと腰を据えてワンハンドモードに切り替えたクロスミラージュから
新技らしき魔力弾を放つが、それすらも装甲をへこませるだけで�祁燭鯒鵬�するには至らない。
「バレットの回転も通じない！？ 火力が……………足りない」
「ティア！」
「ティアさん、ここは僕とキャロが！」
「っ…………駄目よ、ここは狭すぎてあんたの突撃が活かせない。スバルを前に出すから、援護して」
「はい！」
「スバル、一撃で決めなさい！ あんたを信じる」
「う、うん…………いくよ、マッハキャリバー」
《All right my master》
�祁燭�アームを振り上げ、とどめを刺さんと襲いかかってくる。
瞬間、天井から伸びた何本もの鎖がアームに巻きつき、ガジェットを拘束した。
キャロが召喚したアルケミックチェーンだ。
「ケリュケイオン、魔力全開！」
「スバルさん！」
「スバル、行って！」
放たれた熱線をティアが撃ち落とし、エリオの電撃が�祁燭竜’修鯑澆蕕擦襦�
腕と熱線、頭脳である電子回路を封じられた�祁燭魯好丱襪瞭与覆鉾娠�することもできず、
振り下ろされた鉄拳は堅い装甲板を打ち抜いてガジェットの中枢へと達する。
直後、鎖の拘束を引き千切ったアームがスバルの背後に迫る。
スバルが魔法を発動させるのと、アームが振り下ろされるのはほぼ同時。
しかし、スバルは動揺することなく魔力を凝縮し、リボルバーナックルの先端に青いスフィアを形成する。
背中に伝わる熱い信頼が焦りを生ませない。
ティアナの魔力弾が、エリオの斬撃が、フリードの火球が、三者三様の攻撃がアームを粉砕し、爆風がスバルの背中を押すのだ。
「ディバイィィッンバスタァァァッ！！」
裂帛の気合とともにチャージを終えたスフィアが叩き込まれ、スバルは３人のもとまで後退して障壁を展開する。
各部をスパークさせたまま動こうとしない�祁拭０貊屬寮甜笋�何十分にも感じられた直後、�祁燭論弔じ�をまき散らしながら爆発した。
飛び散った鉄板や部品が障壁にぶつかって乾いた音を立て、舞い上がった汚水が通路を汚す。
黒煙に包まれながら、４人は肩で息を繰り返した。
呆然と見つめる先に転がっているのは粉々に砕け散った�祁燭了蝶爾澄�
エリオがキャロとフェイトの支援を受けて何とか倒すことができた強敵。
それを今度は、自分達だけの力で倒すことができたのだ。
自分達の所業が信じられず、４人は無防備な姿を晒してしまう。
その時、黒煙を引き裂いてアームが薙ぎ払われる。
�祁燭�もう１体いたのだ。
「しまっ！？」
真っ先に反応したスバルとエリオが近くにいたパートナーを庇う。
だが、覚悟した衝撃は襲ってこない。代わりに背中で感じるのは堅い金属が砕ける音と破裂する火花の音。
振り返ると、胴体を真っ二つに切断された�祁燭了蝶爾�通路を塞いでいた。
「油断大敵よ、スバル」
一拍遅れて爆音が通路を揺らし、赤と黒のコントラストに視界が染まる。
その向こうから現れたのは自分とよく似た容姿の女性であった。
母親によく似た青紫色の長髪と白いリボルバーナックル。
数ヵ月ぶりに再会した姉は、どこか頼もしげに微笑みながらこちらを窘めた。
「ギン姉！？」
「ギンガさん！」
「久しぶりね、スバル、ティアナ。そちらの２人はメールに書いていた同僚？」
「はっ……………はい、エリオ・モンディアル三等陸士であります！」
「同じく、キャロ・ル・ルシエ三等陸士とフリードリヒです」
「陸士１０８部隊ギンガ・ナカジマ陸曹よ。一緒にケースを探しましょう。ここまでのガジェットはほとんど叩いてきたと思うから」
そう言って指差した先には、無数に折り重なったガジェットの残骸が転がっていた。
見える範囲だけでも�儀燭�十数機、�祁燭癸乙，曚紐稜Г任�る。
自分達のように対ＡＭＦの訓練を受けていないにも関わらず、彼女はそれだけの数と戦い抜いてここまでやって来たのだ。
４人がかりで苦戦させられた�祁燭鬘運佑播櫃靴燭箸い�事実に、改めて姉との実力差を思い知らされる。
だが、今は嫉妬している場合ではない。
ロングアーチから送られてきたデータによれば、レリックケースの漂流先はこの奥らしい。
まだ何があるかわからない、気を引き締めていかねば。
□
スカリエッティからルーテシアがレリックを求めて地下に潜ったと聞き、ゼストは胸騒ぎを覚えていた。
彼女は魔導師としては非常に高い才能を有しているが、戦士として一流かと問われれば答えは否だ。
戦闘は召喚蟲に任せ切り、保有している魔法も召喚と補助魔法が大半で自身の攻撃手段はほぼ皆無といっても良い。
使役している召喚蟲ガリューが一般の武装局員に後れを取るようなことはないだろうが、もしもガリューが抑え込まれた場合、
ルーテシアは己の身一つで自分を守らねばならなくなる。
今、レリック捜索のために地下に潜っているのはホテル・アグスタを警備していた本局の精鋭部隊“機動六課”らしい。
何故、本局の部隊が地上で活動しているのかは気になるが、精鋭と謳われるほどなのだからそれなりの実力者が揃っているはずだ。
特に前回の一件で切り結んだシグナムという騎士は凄腕だ。前回はガリューが不意を突いて逃れることができたが、
同じ幸運がそう何度も続くとは思えない。
万が一ということもあり得る。
「旦那」
思案していると、傍らを飛んでいたユニゾンデバイスの少女が不安そうにこちらを覗きこんでくる。
彼女の名はアギトといい、古代べルカの時代から現存している希少なオリジナルの融合騎だ。
２年前に違法研究施設で実験材料にされていたところを助け出し、以来行動を共にしている。
ルーテシアも彼女のことをいたく気に入っており、自分達をいつ裏切るかもしれないスカリエッティと組まざるえないゼストにとっては
唯一、心を許すことができる友人でもあった。
「旦那、何だか嫌な予感がする」
「ああ、急ぐぞ」
不安を払拭するように頷き、ゼストはアギトとともに地下への入り口を求めて瓦礫の街を疾走する。
ここは４年前の空港火災後に空港跡地とともに廃棄された区画で、飛行魔法で空を飛ぶ自分達を見咎める者は誰もいない。
動くものなどなにもなく、死に絶えた灰色のビルだけが目に飛び込む全てであった。
そんな中、突如として現れた緋色の騎士はその個体色も相まって、強烈なインパクトを２人の脳髄へと叩き込んできた。
「お前は！？」
「あの時の騎士！？」
互いに空中で停止し、出方を窺うように相手を凝視する。
見覚えのあるこの女は、ホテル・アグスタを襲撃した際に自分達を捕らえようと短距離転移してきた騎士だ。
腰に携えたデバイス、優雅さの中に機能美を兼ね備えた騎士服を纏う姿は、とてもプライベートの散策とは思えない。
そう言えば、ホテル・アグスタで出会った時に機動六課の所属だと名乗っていた。
ならば、管理局の任務施行のためにこの場にいたとしても不思議ではない。
予期せぬ再会に動揺しつつも、ゼストはコートの下でいつでもデバイスを起動できるよう準備させる。
相手の出方次第では、こちらから打って出ねばならないかもしれない。無論、それは最後の手段ではあるが。
「何をしているのですか、こんなところで？」
「答える義理はない。前にも言ったはずだ、果たさねばならぬ目的があると」
「それと地下のレリックが関係していると？ それとも別の何かが？」
「悪いが答える舌は持たぬ。お前と争うつもりはないとだけ、言っておこう。そこを退いてはくれぬか？」
「そうはいきません。あなたはアグスタ襲撃事件の重要参考人です。弁明の場を設けますので、こちらの指示に従ってもらえませんか？」
「良いのか、仲間の援護に向かわなくて？ 地下ではお前の仲間が苦戦しているのだろう？」
「それはあなたも同じでしょう？」
こちらの焦りを読まれたのか、シグナムが挑発するように返答する。或いはルーテシアがいないことに疑問を持たれたのかもしれない。
前回、あれほど鮮烈に召喚師の存在を見せつけてしまったのだ、無理もない。
それを踏まえた上でどのような行動に出るか、ゼストは無言で相手の出方を待った。
ルーテシアを警戒して仲間の援護に回るか。或いはこちらの加勢を警戒してこの場に留まるか。
打ち合ったのは僅かに数合。だが、互いの実力を知るには十分であった。
まともに戦えばどちらもただでは済まないだろう。
「………っ！」
不意に淀んでいた空気が張り詰める。
気配が変わった。
静かに右手が長剣の柄へと伸び、周囲の魔力が焼け付くような熱を帯びていく。
どうやら、戦う道を選んだようだ。
「アギト、ユニゾンだ」
デバイスを起動させながら、傍らのアギトに呼びかける。だが、いつもの快活な返事はない。
相手を格下と見ていたのであろう。アギトはこちらの切迫した態度に驚き、意外そうに横顔を覗き込んでいた。
「えっ？ 何で…………」
「ユニゾンだ、急げ！」
「わ、わかった。ユニゾン・イン！」
こちらの気迫に呑まれながらも、アギトはユニゾンを発動させる。
主と融合し、術式の発動・制御を補助するのはユニゾンデバイスの真骨頂だ。互いの相性が良ければストレージデバイスを上回る詠唱速度と
インテリジェントデバイス以上のサポートを受けることができ、術者の能力を二乗にも三乗にも引き上げることができる。
生憎、自分とアギトでは相性が悪いので彼女の力を１０分の１も活かしてやることができないが、
相手との実力に差がなければその１０分の１のアドバンテージが勝敗を左右する。
「ユニゾンデバイス！？」
《おうよ！ これが烈火の剣精アギト様の力よ！》
得意気に名乗りを上げながら、アギトは融合したゼストの体に魔力を流し込んでいく。
同時にゼストのリンカーコアが活性化し、灼熱にも似た激痛が全身の血管や神経を駆け抜けた。
異物の侵入による拒絶反応は肉体を容赦なく締め付けるが、ゼストは強靭な精神力でもっと痛みを跳ね除け、
編み上げた術式を愛用の槍へと走らせる。
アギトの支援もあって、こちらがシグナムよりも僅かに早い。
「ぬうん！」
鈍い金色に染まった髪を風になびかせ、見えない足場を踏み締めて放たれた一撃は澄んだ空気を真っ向から切り裂き、衝撃の刃となって剣士に迫る。
相手が如何に手練れた猛者であろうとも音速で迫る刃には反応し切れない。剣戟ではほぼ互角であるが故に選択した先制攻撃だ。
その目論見通り、緋色の騎士は猛進する衝撃波を受けることも避けることもできず、爆音と共に黒煙の向こうへと消し去られる。
《やりぃ！》
「…………いや、まだだ」
魔法を全力で行使した反動に咽ながら、ゼストは油断なく槍を構え直す。
長年、戦いの場に身を置き続けて培われた感覚が敵の健在を感じ取っている。
直後、黒煙を引き裂いて飛び出した蛇腹剣の刃が周囲を囲み込む。
全方位を包囲する連結刃の結界。
その中心に毅然と立つのは緋色の女騎士。
音速の衝撃波をまともに受けながらも、その甲冑には傷１つ見られない。
《Panzergeist》
「ベルカの甲冑……………最初から、受け切るつもりで………………」
誇らしげに叫ばれる電子音声を耳にし、ゼストは彼女が何をしたのかを悟る。
剣戟が互角であると承知していたのは向こうも同じ。
故に彼女は最初の一撃を全力で受け止めることを選択したのだ。
音速の刃とて放たれる前から防御策を講じられていては受け止めることも容易い。
対峙した敵の実力を改めて思い知らされ、久しく忘れていた闘争への歓喜がゼストの壊れかけた体を震わせる。
本当に、惜しい相手だ。
出会い方さえ違えば好敵手として互いを褒め称えられただろうに。
「アギト、スカリエッティを呼べ。ナンバーズにルーテシアを援護させろ」
《旦那、何言ってんだよ！ あんな奴、すぐにやっつければ良いだろう！》
「そう上手くはいかんさ。何しろ、奴は………………」
無言でこちらを窺っていたシグナムが手首を返し、連結刃が動きを変える。
大きく囲むように展開されていた刃が名の通り蛇腹の起伏を描き、柄より伸びた紅蓮の炎が刀身を染め上げる。
その赤い輝きを認めたアギトが絶句し、ゼストは冷や汗を流しながら構えた槍に魔力を流し込む。
「お前と同じ、炎使いだからな」
数奇な運命を感じながら、ゼストは迫りくる刃の渦へと槍を振り下ろした。
□
海上で飛び交う閃光を自身の執務室で見守りながら、レジアス・ゲイズは複雑な思いに駆られていた。
あの空の下で地上の平和を脅かすガジェットが飛び回り、それを本局の部隊である機動六課が対処している。
地上部隊ではなく、本局の部隊が。
自分達ではなく別の誰かが。
これでは何のために力を蓄えてきたのかわからない。
本局に『過ぎた力』、『危険な戦力』と批判されながらも強引に武装強化を推し進めてきたのは何のためだ？
地上に住まう人々の平和と安全を自分達の手で守るためではなかったか。
本局が出張れば全て解決するのでは、我々地上部隊は何のために存在するというのであろうか？
（ふっ……………奴への牽制として利用しておきながらこの体たらくか）
わかっている。
機動六課が自由に動けるように指揮権を放棄したのも、地上部隊との横の繋がりを作らせて連携を容易にしたのも全て自分だ。
全てはジェイル・スカリエッティの目的を妨害し、追い詰めるために。
そのために恥を忍び、不信を抱かれるのも承知で異議を唱える重役達を黙らせた。
こうなることをわかっていながら、自分は彼女達を招き入れたのだ。
情けない。
誰に守ってもらおうとも、市民にとって安全は等価であろうというのに、自分をそれを認め切れずにいる。
できることなら、地上の力であの空を守りたかったと。
「中将」
「何だ、オーリス？」
ノックもそこそこに部屋へ入って来たオーリスへと向き直り、居住まいを正す。
声音が不機嫌そうに荒れていたのが大人げなかったが、いつものことなのでオーリスは何も言わなかった。
自分にはない客観性と機械染みた冷静さを持つ彼女は、熱くなりやすいレジアスにとって抑止力的な役割も担っており、
彼が我が子を補佐官として採用した理由でもある。
「中将、機動六課より限定解除の緊急要請が入っています。八神部隊長と通信が繋がっておりますので、詳しくはそちらで」
「回してくれ」
頷くと、オーリスは返礼した後に通信回線を開く。
仮想ディスプレイに映し出されたのは騎士甲冑に身を包んだ八神はやてだ。
その様子から察するに、部隊指揮のためでなく自ら打って出るために空へと上がったのだろう。
指揮官に甘んじることなく部下と共に前線に立つ。如何にも青二才が思い描きそうな所業だ。
『失礼します、レジアス中将。緊急故の略式をお許し下さい』
「構わん、限定解除の要請だと聞いたが？」
『既にご報告させて頂きましたが、我々は海上にてガジェット�況燭諒埖發叛鐺�中です。
戦況はこちらが優勢ですが、レーダーにて増援を探知。第一波と遭遇したテスタロッサ隊長によると、
増援のガジェットには幻術によって生み出された虚像も確認されました』
「なるほど、陽動か」
その手腕を振るわなくなって久しいが、レジアスとて大隊指揮官の資格を持つ長である。
虚像を織り交ぜたガジェットの群れがこちらのかく乱と戦力分析のための囮であることを見抜くのは造作もなかった。
差し詰め、彼女はどこからか監視しているであろうスカリエッティに手の内を明かさず、
限定解除による広域砲撃にて幻影ごと殲滅するのが目的なのだろう。
だが、海上とはいえ市街地からも近い場所で高ランク魔導師が砲撃を行うのは非常に危険が伴う。
万が一、流れ弾が飛び火すれば市街に甚大な被害が出ることになるのだ。
「八神二佐、限定解除の要請者はお前か？」
『私が限定解除すれば、テスタロッサ隊長とヴィータ副隊長をレリック護送中のヘリと地下の捜索部隊に回せます。
私の専門は広域攻撃。開けた海上でなら、それを十二分に活かせます』
最もな意見である。だが、彼女の限定解除の許可はクロノ・ハラオウン提督とカリム・グラシア少将が
１度ずつしか下すことができない。この選択が吉と出れば良いが、もしも誤れれば今後の部隊運用において大きな足枷になりかねない。
それを承知の上で限定解除要請を出してくるということは、六課の戦力を秘匿しておかなければならない何かが
この後に控えているということなのだろうか？ 或いは、それこそが機動六課設立の本当の理由なのかもしれない。
『お願いします、使える能力を出し惜しみして後で後悔するのは………………嫌なんです』
「……………わかった、今回の要請に対して私は拒否権を行使しない。ただし、市街地ということを考慮して、許可できるのは２ランクまでだ」
『待って下さい、あれだけの数をＡＡＡランク相当の魔力で殲滅しろって言うんですか！』
突如として通信に割り込んできた青年が、こちらの要請に対して異議を唱える。
本局提督のクロノ・ハラオウンだ。前後の流れからして、今回の限定解除許可は彼が下すのだろう。
『レジアス中将、ＡＡＡランクならば２人は必要だ。幻影とはいえあれだけの数なんですよ！』
「同じことだ。市民の財産を守ることも我々の義務だということを忘れるな！」
『っ……………』
クロノもオーバーＳランク魔導師による魔力行使がどれほど危険か承知しているのだろう。
表情に不満を露わにしながらもそれ以上は何も言わなかった。
実際、両者の言い分に間違いはない。
危険性にしてもはやてがしかるべき手順でもって術式を行使すれば街に被害が及ぶことはないだろう。
その上でレジアスははやての能力を疑問視して市街への安全を優先し、クロノははやてを信頼してガジェットの殲滅を優先した。
八神はやてに対する信頼の度合いが如実に表れた結果であった。
『はやて』
『構へんよ…………あっ、いえ。構いません、クロノ提督』
こちらの目を気にしてか、はやては言い直してから向き直る。
『２ランク解除で構いません。ありがとうございます、中将』
『失礼します、レジアス中将』
感謝の言葉と不満の眼差しを残し、通信回線が閉じられる。
ため息を漏らしながら執務椅子へともたれかかったレジアスは、自分の判断に間違いはなかったはずだと己に言い聞かせた。
あの状況では２ランク解除の許可がベストであった。
魔力行使に絶対はない。人間の手によって行われる限り、そこには必ず失敗の２文字が付き纏うのだ。
管理局に入局して４０年、レジアスはそんな場面を何度も見てきた。
「中将」
「何だ、オーリス？ まさかお前も儂の判断は間違っていると言いたいのか？」
「いえ、市街への危険も考慮すれば、中将のご判断が最もであると思われます。
ですが、彼女１人で街と我が身の２つを同時に守れるでしょうか？」
「夜天の王が堕ちると言うのか？」
「彼女の真価はユニゾンデバイスであるリインフォース�橋�曹長がいて初めて発揮されます。
ロングアーチの管制コンピュータにてある程度まで代用できるでしょうが、
本来のユニゾンと比較して詠唱速度や魔力運用の効率は大幅に落ちると思われます」
「そんな状態で、あの娘は空に昇ったのか」
「後悔せぬため、ただその一念故でしょう」
「後悔しないため……………か」
いつからだろう、彼女のような若者の言葉を青臭いと蔑むようになったのは。
若い頃は誰もが持っていた熱意、誇り、使命感。
現実に揉まれ、擦り切れていくそれらを若い彼女達は惜しげもなく掲げている。
諦めと妥協を繰り返し、長い年月をかけて理想を成してきたレジアスには彼女達のまっすぐな思いが余りにも眩し過ぎた。
あの輝きを手放し、仄暗い現実の中で生きようと決めたのはいつのことだったであろうか？
「出し惜しみをして後悔するのは嫌か。小娘め、知ったような口を聞きよる」
嘲りの笑みは自身と彼女、どちらに向けられたものかはわからなかった。
ただ、胸の奥で言葉にはできない熱い思いが一瞬、去来したのは確かだ。
今さらかもしれない。
だが、それが自分の生き方だった。
後悔を繰り返さぬ生き方。
同じ過ちを繰り返さぬ生き方。
それが若き日に親友と交わした誓いであった。
「オーリス、あいつらを使うぞ」
「宜しいのですか？ 訓練は順調に進んでいますが、彼らに実戦経験はありません。
何より、公開陳述会まで秘匿する予定では？」
「出し惜しみして市街に飛び火したらどうする？ 緊急で動かせる部隊が他にない、連中の機動力ならば
あの小娘の足手まといにはならないはずだ。いや、寧ろ八神はやての方がお荷物かもしれないな」
「では、そのように」
一礼し、オーリスは執務室を後にする。
１人になったレジアスは、執務椅子から立ち上がって改めて窓の向こうで繰り広げられる戦いへと目を向けた。
複数の色の輝きがいつの間にか、白い閃光のみに変わっている。
あの輝きの先に八神はやてがいる。
後悔せぬために戦う少女。
後悔を繰り返さぬ戦いをする自分。
どちらが正しいのか、それはまだわからない。
永遠に、わからないかもしれない。
□
どこともしれない闇の中、１人の少女が苦悶の声を上げていた。
引き締まった四肢を屈折させ、頭痛と吐き気と息苦しさで堪える姿はまるで熱病にうなされる幼子のようである。
だが、赤い髪の毛の隠れた金色の瞳孔は禍々しく、見る者を凍りつかせるほどの迫力があった。
ぎらついた眼差しは抜き身の刃にも似ていて、目に映るもの全てに憎悪を抱いているかのような印象すらある。
「くそっ…………くそっ！ 何なんだこの気持ち悪さは。くっ……………気持ち悪い奴…………………２人いるのか、あっちに！」
不快感に苛立ちながら、少女は床の上に転がしていたローラーブーツを拾い上げて自室を後にする。
通路の照明が眩しくて苛立ちが増す。一歩踏み出す毎に息苦しさが増し、気を抜けば今にも吐いてしまいそうだ。
それが気に入らなくて適当な柱を殴りつけ、その痛みで僅かに苦痛を緩和する。
苛立ちと不快感が増せばまた殴る。
角を曲がってまた殴る。
外に出ると殴るものがないのでとりあえず走る。
走るの苛立ってきたので目の前の樹木を蹴り倒し、岩塊を踏み砕き、目に映る全てを破壊しながら少女はまっすぐに北を目指した。
『おや、ノーヴェ。１人でお出かけかい？』
外出を感知したのか、スカリエッティから通信が入る。
こちらの苛立ちを気にかけてか、映像は出さずにサウンドオンリーだ。
それが気に入らなかったので足下の蛙を蹴り飛ばした。
多分、映像があっても蹴っていた。
「あいつらがいる。あいつらがいると凄く気持ち悪い。前に映像で見た青い髪の黒い右手。それともう１人、別のもいる」
『ほう、彼女達か………………ノーヴェ、君の不調は彼女達が原因だ。彼女達を連れてくれば私が直してあげよう』
「頭と体があれば良い？」
『バラバラでも良いから、全部拾ってきておくれ。ああ、そっちにはルーテシアがいるから手伝ってもらうと良い。
もちろん、君も彼女の手伝いをするんだよ。場所は………………』
「言わなくてもわかる。あたしにはあいつらの場所がわかる、感じ取れる。“タイプゼロ”だっけ？ 粉々にして持って帰る」
一方的に通信を遮断し、ノーヴェは森林を駆け抜ける。
その向こうにタイプゼロがいる。
自分と同じ機械仕掛けの人体兵器。
あいつらを倒さないと、この気持ち悪さはなくならない。
暗い森を疾駆しながら、ノーヴェは静かに闘志を滾らせるのであった。
ｔｏ ｂｅ ｃｏｎｔｉｎｕｅｄ
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目次：Lyrical StrikerS
著者：B・A
229 名前：Lyrical StrikerS 第１１話�� [sage] 投稿日：2010/06/14(月) 21:55:14 ID:a54Mh8UU [3/12]
230 名前：Lyrical StrikerS 第１１話�� [sage] 投稿日：2010/06/14(月) 21:55:54 ID:a54Mh8UU [4/12]
231 名前：Lyrical StrikerS 第１１話�� [sage] 投稿日：2010/06/14(月) 21:56:35 ID:a54Mh8UU [5/12]
232 名前：Lyrical StrikerS 第１１話�� [sage] 投稿日：2010/06/14(月) 21:57:17 ID:a54Mh8UU [6/12]
233 名前：Lyrical StrikerS 第１１話�� [sage] 投稿日：2010/06/14(月) 21:58:03 ID:a54Mh8UU [7/12]
234 名前：Lyrical StrikerS 第１１話�� [sage] 投稿日：2010/06/14(月) 21:58:43 ID:a54Mh8UU [8/12]
235 名前：Lyrical StrikerS 第１１話�� [sage] 投稿日：2010/06/14(月) 21:59:33 ID:a54Mh8UU [9/12]
236 名前：Lyrical StrikerS 第１１話�� [sage] 投稿日：2010/06/14(月) 22:00:03 ID:a54Mh8UU [10/12]
237 名前：Lyrical StrikerS 第１１話�� [sage] 投稿日：2010/06/14(月) 22:00:40 ID:a54Mh8UU [11/12]
第１１話 「機動六課のある休日(後編)」
その少女は傷ついていた。
衣類とは呼べぬボロボロの布切れを纏い、到る所に擦り傷や打ち身の跡がある。
呼吸も弱々しく触れれば火傷するほどの熱が全身を帯びていた。
現在はキャロの素早い応急手当てのおかげで落ち着きを見せているが、エリオ達が見つけた時は自発呼吸が出来ぬほど衰弱していて、
いつ死んでもおかしくない状態であったらしい。
２人の話によると、この幼い少女は自力でマンホールを開けて姿を現したところで力尽きたらしい。
まだ年端もいかない少女がどうして、こんな姿で下水道を彷徨っていたのか。
いったい、誰が彼女をここまで傷つけたのか。
いくつもの疑問とやり場のない怒り、言葉に出来ぬ不安が胸中を渦巻き、スバル達４人を何とも言えない複雑な空気が包み込む。
そんな緊張を破ったのは、謎の少女の診察の為に隊舎から駆けつけたシャマルの第一声であった。
「うん、呼吸も安定してきたしバイタルに乱れもない。もう大丈夫よ」
「本当ですか？」
「もちろん。キャロの応急手当てが利いたみたいね」
「いえ、そんな……………わたしなんて、シャマル先生に比べたらまだまだ……………」
シャマルの言葉に頬を赤らめて俯きながらも、キャロは少女の無事に胸を撫で下ろした。
張り詰めていた緊張の糸が解け、弛緩した空気が場を包み始める。
だが、呆けている訳にもいかない。
少女と共に確保されたレリックケース。
それは枯れ木のような少女の足に鎖で繋がれていたのだが、鎖にはケースをもう１つ拘束していた跡が残されていた。
レリックは２つある。
そのうちの１つは目の前に。だが、もう１つは未だこの広いクラナガンの地下のどこかに放置されたまま。
しかも、ロングアーチの調べでは既にガジェットが地下と空の両方からこちらに向かってきているらしい。
急がなければ、町中に被害が出ることになる。
「ケースとこの娘はこのままヘリで搬送するから、みんなはこのまま現地調査ね」
「休暇中に申し訳ないけど、今は一刻を争うの。他の部隊にも応援を要請したけど、
ガジェットを相手にできる人は限られるから、みんなには無理させちゃうことになるね」
「いいえ、平気です」
「うん、ありがとう………………あれ？ その娘は？」
いつものようにキャロの頭を撫でようとしたフェイトは、４人の後ろに隠れるようにこちらを伺っている紫髪の少女の存在に気づく。
「えっと……………友達です」
「っ？」
キャロが少し恥ずかしげに答えると、少女は驚いたように目を見開かせてキャロの横顔を凝視する。
「トモダチ……………」
「うん」
「トモダチ」
「そっか、キャロの友達になってくれたんだ。ありがとう、私はフェイト・Ｔ・ハラオウン。
この娘の……………お母さんって言えば良いのかな？ あなたのお名前は？ ここは危ないから、安全な場所まで送ってあげるね」
「私は…………っ！」
喉まで出かかった言葉を飲み込み、少女は何かを堪えるように歯を食い縛らせながらその場を駆け去った。
何か怖がらせるようなことをしたのだろうかとフェイトは首を傾げるが、目を合わせたキャロも不思議そうに首を捻っている。
だが、このまま放っておくわけにはいかない。危険を考慮し、この区画には避難命令が出ているのだ。
「フェイトちゃん、応援の部隊に連絡したから、あの娘はそっちに任せよう。
みんな、すぐにバリアジャケットを展開して地下に潜って。空はフェイト隊長とヴィータ副隊長が押さえるし、
シグナム副隊長もこっちに向かっている。わたしもこの娘とレリックを送り届けたらすぐに戻るから、頑張って」
「はい！」
なのはの号令に敬礼を返し、フォワードメンバーはそれぞれの持ち場へと散っていく。
魔力光を纏い、地下へと潜る教え子と空に浮かぶ親友。
５人を見送ったなのはは、撤収の準備を終えたシャマルに無言で相槌を返し、
か細い寝息を繰り返す少女の矮躯を抱きかかえた。
「温かい……………生きているんだ。生きようとしているんだ、この娘」
なのはの脳裏に４年前の空港火災の記憶が蘇る。
燃え盛る業火に脅え、腕の中で震えていた蒼い髪の少女。
腕の中で眠る少女の姿が一瞬、４年前のスバルの姿がダブって見える。
あの時のように、自分はまたレリックという災いに巻き込まれた少女を抱いている。
「痛っ」
スバルに殴られた脇腹が痛みを訴える。
平静を装っているが、あの一撃はバリアジャケットの防御すら貫いて体内を激しく揺さぶっていた。
まるで細胞の１つ１つをミキサーにかき回されたかのような激痛。
２週間が過ぎた今でも時々、こうして思い出したかのように痛みがぶり返る。
全開ではなかったとはいえ、これ程までに痛めつけられたのはいつ以来だろうか。
「なのはちゃん？」
「大丈夫です。この娘だって必死なんだから、わたしも頑張らないと」
腕の中の少女を抱きしめ、その重さを実感することで痛みを忘れる。
心を占めるのはたった１つの思い。
この娘を守りたい。
安全な場所へ、安心できる場所へ運んであげたい。
そのまっすぐで愚直な思いが、何の変哲もないＢランク魔導師がオーバーＳランクを揺るがしたという
異常事態を忘却させていることに、彼女は気付いていなかった。
□
どれくらい走っていただろう？
心臓が跳ね上がり、自分の意志で酸素を供給できなくなるまで走り続けたルーテシアは、
手近にあったガードレールを支えにして呼吸を整えながら、自分が取った行動を思い返していた。
奇しくもそこは、あの桃色の少女と再会した場所であった。
『えっと……………友達です』
『ごめんね、妹が迷惑をかけちゃって』
『この娘の……………お母さんって言えば良いのかな？』
ロクに言葉も交わさず、相手の気持ちを思いやることなく告げられた言葉。
人と人は分かり合えて当然と思い込んだ無垢な眼差し。
純粋であるが故に残酷な行為。
見せつけられる親子関係と兄妹の絆。
自分にはない幸せ。
あの少女が持つ、あの少女達が持つ、自分以外の全ての人間が持つ幸せ。
「私には、家族がいない」
分かる訳がない。
優しくしてくれる家族がいるあの女に、家族がいない自分の気持ちなど。
「ドクター」
『聞こえているよ、ルーテシア。珍しいね、君から連絡をくれるなんて』
仮想ディスプレイの向こうで、妖しくも美しい天才科学者が狂気染みた笑みを浮かべる。
自分と同じくレリックを求めて暗躍する怪紳士。
彼はいつものように優しく、全てを見透かしているかのように語りかけてくる。
『こちらも別件でレリック反応を追跡していてね、協力してくれるのならありがたい』
「１個、管理局に持っていかれた」
『レリック２個か。わかった、そちらは私の娘達に向かわせよう。地下のほうは頼めるかな？
見たところ騎士ゼストとアギトはいないようだけど、１人で大丈夫かい？』
「１人じゃないよ」
「お譲ちゃん、そこで何をしているのかな？ ここは避難命令が出ているよ」
会話に割り込むように現れた陸士隊隊員が、ルーテシアの肩にポンと手を乗せる。
瞬間、紫色の閃光と共に虚空を引き裂いた漆黒の拳が男の鳩尾を捉えた。
彼は自分の身に何が起きたのか理解できぬままアスファルトの上に倒れ込み、そのまま動かなくなる。
傍らに立つのは漆黒の鎧と見間違う外殻を纏った人型昆虫、ルーテシアが最も信頼している召喚蟲だ。
「私は１人じゃない、ガリューがいる」
『それはすまないね。では、幸運を祈っているよ』
通信回線が閉じられ、人通りのない通りに沈黙が戻ってくる。
ルーテシアは無骨なガリューの手を取ると、気を失った男には一瞥もくれることなくその場を後にした。
□
「人造魔導師？」
ロングアーチを通じて陸士１０８部隊から送られてきた情報に、スバルは表情を曇らせる。
情報は姉のギンガからもたらされたもので、合流のためにこちらへ向かって来ているそうなのだが、
事が事だけに素直に再会を喜ぶことができない。
『３０分くらい前に起きた事故なんだけど、横転した輸送トラックに内側から壊された生体ポッドが積まれていたみたいなの。
大きさは５、６歳くらいの子どもが収まるくらい。ギンガ陸曹の話では、人造魔導師計画の素体培養器じゃないかって。
それと、事故現場付近に何かを引きずって歩いた跡と、子どもの足跡が…………………ひょっとしたら、保護した女の子は人造魔導師じゃないかって』
「人造魔導師って？」
「優秀な遺伝子を使って人工的に生み出した子どもに、投薬とか機械部品の埋め込みで、
後天的に強力な魔力や能力を持たせる。それが人造魔導師」
「倫理的な問題はもちろん、今の技術じゃどうしたって色んな部分に無理が生じる。コストも合わない。
だから、よっぽどどうかしている連中でもない限り、手を出したりしない技術のはずなんだけど」
スバルとティアナの説明に、キャロは言葉を失う。
管理局の仕事を続けていればいつかは見なければならない世界の裏側。
明るく穏やかな日常の裏で行われている非人道的な試み、吐き気を催す外道、悪道。
幼いキャロにとってそれは悲痛な現実であり、とてもすぐに受け入れられるものではない。
ふと、スバルは肌に違和感を感じ、傍らを走る槍騎士に目をやった。
先ほどからずっと黙ったまま走り続けているが、よく見ると全身がほのかに放電しているのがわかる。
それによって発生した静電気が違和感の正体のようだ。
傍目には冷静に見えても、エリオは自分の魔力変換資質を制御できなくなるほど感情を昂ぶらせている。
「こんなこと、何度繰り返せば……………」
「エリオ？」
小さな呟きは、隣にいた自分しか気づかなかったであろう。
その呟きの意味を問おうとした時、周辺をケリュケイオンのセンサーで警戒してたキャロが声を荒げる。
「動体反応！？ 来ます、数は１２！」
「エリオ、キャロのフォロー！ スバルはフロント、行くわよ！」
「「「了解！」」」
一足で前へと飛び出したスバルは、右腕のリボルバーナックルにカートリッジを炸裂させる。
淀んでいた空気が磁石に吸い寄せられるかのように渦を巻き、スバルの右腕が白く歪む。
直後、滑るように通路の陰から飛び出したガジェット目がけて、スバルは先制のリボルバーシュートを叩き込んだ。
魔力弾自体の有効射程は短いが、引き裂かれた大気の唸りは極小の竜巻となって逃げ場のない閉鎖空間を埋め尽くす。
最大出力で放てば鉄の壁を易々と押し潰せる風圧に晒され、ガジェットの隊列が大きく乱れる。
倒すには至らなかったが、それは彼らにとって致命的な隙となった。
スバルの拳が、ティアナの射撃が動きの止まったガジェット達を次々に撃破していく。
果敢に反撃を挑めば瞬時に反応したエリオが熱線を弾き返し、返す刃で同体を両断される。
８機のガジェット相手に苦戦させられていたのが遠い昔のようだ。
機動六課で過ごした時間は、着実に４人を強く成長させている。
油断さえしなければ、�儀燭鯀蠎蠅肪戮譴鮗茲襪海箸呂覆い世蹐Α�
そう、�儀燭�相手ならば。
「来ます、大型……………�祁燭任后�」
「みんな、スバルの後ろに下がって！ キャロはスバルにブースト！」
「はい！」
壁を破壊して現れたガジェット�祁燭�、自身の巨大なアームを無造作に叩きつけてくる。
軋みを上げる水色の障壁。キャロの支援を受けて強化されたプロテクションが赤い火花を散らし、
両腕を襲う強烈な負荷にスバルは奥歯を噛み締める。
単純なパワーだけならヴィータの鉄槌よりも重い。
瞬く間に亀裂が走った障壁はガラスのように砕け散り、４人は薙ぎ払われたもう１本のアームによって吹っ飛ばされてしまう。
「このっ！」
ティアナが新しいカートリッジを装填して魔力弾を連射するが、高濃度のＡＭＦによって弱体化された弾丸では
分厚い装甲に傷をつけることもできない。ならばと腰を据えてワンハンドモードに切り替えたクロスミラージュから
新技らしき魔力弾を放つが、それすらも装甲をへこませるだけで�祁燭鯒鵬�するには至らない。
「バレットの回転も通じない！？ 火力が……………足りない」
「ティア！」
「ティアさん、ここは僕とキャロが！」
「っ…………駄目よ、ここは狭すぎてあんたの突撃が活かせない。スバルを前に出すから、援護して」
「はい！」
「スバル、一撃で決めなさい！ あんたを信じる」
「う、うん…………いくよ、マッハキャリバー」
《All right my master》
�祁燭�アームを振り上げ、とどめを刺さんと襲いかかってくる。
瞬間、天井から伸びた何本もの鎖がアームに巻きつき、ガジェットを拘束した。
キャロが召喚したアルケミックチェーンだ。
「ケリュケイオン、魔力全開！」
「スバルさん！」
「スバル、行って！」
放たれた熱線をティアが撃ち落とし、エリオの電撃が�祁燭竜’修鯑澆蕕擦襦�
腕と熱線、頭脳である電子回路を封じられた�祁燭魯好丱襪瞭与覆鉾娠�することもできず、
振り下ろされた鉄拳は堅い装甲板を打ち抜いてガジェットの中枢へと達する。
直後、鎖の拘束を引き千切ったアームがスバルの背後に迫る。
スバルが魔法を発動させるのと、アームが振り下ろされるのはほぼ同時。
しかし、スバルは動揺することなく魔力を凝縮し、リボルバーナックルの先端に青いスフィアを形成する。
背中に伝わる熱い信頼が焦りを生ませない。
ティアナの魔力弾が、エリオの斬撃が、フリードの火球が、三者三様の攻撃がアームを粉砕し、爆風がスバルの背中を押すのだ。
「ディバイィィッンバスタァァァッ！！」
裂帛の気合とともにチャージを終えたスフィアが叩き込まれ、スバルは３人のもとまで後退して障壁を展開する。
各部をスパークさせたまま動こうとしない�祁拭０貊屬寮甜笋�何十分にも感じられた直後、�祁燭論弔じ�をまき散らしながら爆発した。
飛び散った鉄板や部品が障壁にぶつかって乾いた音を立て、舞い上がった汚水が通路を汚す。
黒煙に包まれながら、４人は肩で息を繰り返した。
呆然と見つめる先に転がっているのは粉々に砕け散った�祁燭了蝶爾澄�
エリオがキャロとフェイトの支援を受けて何とか倒すことができた強敵。
それを今度は、自分達だけの力で倒すことができたのだ。
自分達の所業が信じられず、４人は無防備な姿を晒してしまう。
その時、黒煙を引き裂いてアームが薙ぎ払われる。
�祁燭�もう１体いたのだ。
「しまっ！？」
真っ先に反応したスバルとエリオが近くにいたパートナーを庇う。
だが、覚悟した衝撃は襲ってこない。代わりに背中で感じるのは堅い金属が砕ける音と破裂する火花の音。
振り返ると、胴体を真っ二つに切断された�祁燭了蝶爾�通路を塞いでいた。
「油断大敵よ、スバル」
一拍遅れて爆音が通路を揺らし、赤と黒のコントラストに視界が染まる。
その向こうから現れたのは自分とよく似た容姿の女性であった。
母親によく似た青紫色の長髪と白いリボルバーナックル。
数ヵ月ぶりに再会した姉は、どこか頼もしげに微笑みながらこちらを窘めた。
「ギン姉！？」
「ギンガさん！」
「久しぶりね、スバル、ティアナ。そちらの２人はメールに書いていた同僚？」
「はっ……………はい、エリオ・モンディアル三等陸士であります！」
「同じく、キャロ・ル・ルシエ三等陸士とフリードリヒです」
「陸士１０８部隊ギンガ・ナカジマ陸曹よ。一緒にケースを探しましょう。ここまでのガジェットはほとんど叩いてきたと思うから」
そう言って指差した先には、無数に折り重なったガジェットの残骸が転がっていた。
見える範囲だけでも�儀燭�十数機、�祁燭癸乙，曚紐稜Г任�る。
自分達のように対ＡＭＦの訓練を受けていないにも関わらず、彼女はそれだけの数と戦い抜いてここまでやって来たのだ。
４人がかりで苦戦させられた�祁燭鬘運佑播櫃靴燭箸い�事実に、改めて姉との実力差を思い知らされる。
だが、今は嫉妬している場合ではない。
ロングアーチから送られてきたデータによれば、レリックケースの漂流先はこの奥らしい。
まだ何があるかわからない、気を引き締めていかねば。
□
スカリエッティからルーテシアがレリックを求めて地下に潜ったと聞き、ゼストは胸騒ぎを覚えていた。
彼女は魔導師としては非常に高い才能を有しているが、戦士として一流かと問われれば答えは否だ。
戦闘は召喚蟲に任せ切り、保有している魔法も召喚と補助魔法が大半で自身の攻撃手段はほぼ皆無といっても良い。
使役している召喚蟲ガリューが一般の武装局員に後れを取るようなことはないだろうが、もしもガリューが抑え込まれた場合、
ルーテシアは己の身一つで自分を守らねばならなくなる。
今、レリック捜索のために地下に潜っているのはホテル・アグスタを警備していた本局の精鋭部隊“機動六課”らしい。
何故、本局の部隊が地上で活動しているのかは気になるが、精鋭と謳われるほどなのだからそれなりの実力者が揃っているはずだ。
特に前回の一件で切り結んだシグナムという騎士は凄腕だ。前回はガリューが不意を突いて逃れることができたが、
同じ幸運がそう何度も続くとは思えない。
万が一ということもあり得る。
「旦那」
思案していると、傍らを飛んでいたユニゾンデバイスの少女が不安そうにこちらを覗きこんでくる。
彼女の名はアギトといい、古代べルカの時代から現存している希少なオリジナルの融合騎だ。
２年前に違法研究施設で実験材料にされていたところを助け出し、以来行動を共にしている。
ルーテシアも彼女のことをいたく気に入っており、自分達をいつ裏切るかもしれないスカリエッティと組まざるえないゼストにとっては
唯一、心を許すことができる友人でもあった。
「旦那、何だか嫌な予感がする」
「ああ、急ぐぞ」
不安を払拭するように頷き、ゼストはアギトとともに地下への入り口を求めて瓦礫の街を疾走する。
ここは４年前の空港火災後に空港跡地とともに廃棄された区画で、飛行魔法で空を飛ぶ自分達を見咎める者は誰もいない。
動くものなどなにもなく、死に絶えた灰色のビルだけが目に飛び込む全てであった。
そんな中、突如として現れた緋色の騎士はその個体色も相まって、強烈なインパクトを２人の脳髄へと叩き込んできた。
「お前は！？」
「あの時の騎士！？」
互いに空中で停止し、出方を窺うように相手を凝視する。
見覚えのあるこの女は、ホテル・アグスタを襲撃した際に自分達を捕らえようと短距離転移してきた騎士だ。
腰に携えたデバイス、優雅さの中に機能美を兼ね備えた騎士服を纏う姿は、とてもプライベートの散策とは思えない。
そう言えば、ホテル・アグスタで出会った時に機動六課の所属だと名乗っていた。
ならば、管理局の任務施行のためにこの場にいたとしても不思議ではない。
予期せぬ再会に動揺しつつも、ゼストはコートの下でいつでもデバイスを起動できるよう準備させる。
相手の出方次第では、こちらから打って出ねばならないかもしれない。無論、それは最後の手段ではあるが。
「何をしているのですか、こんなところで？」
「答える義理はない。前にも言ったはずだ、果たさねばならぬ目的があると」
「それと地下のレリックが関係していると？ それとも別の何かが？」
「悪いが答える舌は持たぬ。お前と争うつもりはないとだけ、言っておこう。そこを退いてはくれぬか？」
「そうはいきません。あなたはアグスタ襲撃事件の重要参考人です。弁明の場を設けますので、こちらの指示に従ってもらえませんか？」
「良いのか、仲間の援護に向かわなくて？ 地下ではお前の仲間が苦戦しているのだろう？」
「それはあなたも同じでしょう？」
こちらの焦りを読まれたのか、シグナムが挑発するように返答する。或いはルーテシアがいないことに疑問を持たれたのかもしれない。
前回、あれほど鮮烈に召喚師の存在を見せつけてしまったのだ、無理もない。
それを踏まえた上でどのような行動に出るか、ゼストは無言で相手の出方を待った。
ルーテシアを警戒して仲間の援護に回るか。或いはこちらの加勢を警戒してこの場に留まるか。
打ち合ったのは僅かに数合。だが、互いの実力を知るには十分であった。
まともに戦えばどちらもただでは済まないだろう。
「………っ！」
不意に淀んでいた空気が張り詰める。
気配が変わった。
静かに右手が長剣の柄へと伸び、周囲の魔力が焼け付くような熱を帯びていく。
どうやら、戦う道を選んだようだ。
「アギト、ユニゾンだ」
デバイスを起動させながら、傍らのアギトに呼びかける。だが、いつもの快活な返事はない。
相手を格下と見ていたのであろう。アギトはこちらの切迫した態度に驚き、意外そうに横顔を覗き込んでいた。
「えっ？ 何で…………」
「ユニゾンだ、急げ！」
「わ、わかった。ユニゾン・イン！」
こちらの気迫に呑まれながらも、アギトはユニゾンを発動させる。
主と融合し、術式の発動・制御を補助するのはユニゾンデバイスの真骨頂だ。互いの相性が良ければストレージデバイスを上回る詠唱速度と
インテリジェントデバイス以上のサポートを受けることができ、術者の能力を二乗にも三乗にも引き上げることができる。
生憎、自分とアギトでは相性が悪いので彼女の力を１０分の１も活かしてやることができないが、
相手との実力に差がなければその１０分の１のアドバンテージが勝敗を左右する。
「ユニゾンデバイス！？」
《おうよ！ これが烈火の剣精アギト様の力よ！》
得意気に名乗りを上げながら、アギトは融合したゼストの体に魔力を流し込んでいく。
同時にゼストのリンカーコアが活性化し、灼熱にも似た激痛が全身の血管や神経を駆け抜けた。
異物の侵入による拒絶反応は肉体を容赦なく締め付けるが、ゼストは強靭な精神力でもっと痛みを跳ね除け、
編み上げた術式を愛用の槍へと走らせる。
アギトの支援もあって、こちらがシグナムよりも僅かに早い。
「ぬうん！」
鈍い金色に染まった髪を風になびかせ、見えない足場を踏み締めて放たれた一撃は澄んだ空気を真っ向から切り裂き、衝撃の刃となって剣士に迫る。
相手が如何に手練れた猛者であろうとも音速で迫る刃には反応し切れない。剣戟ではほぼ互角であるが故に選択した先制攻撃だ。
その目論見通り、緋色の騎士は猛進する衝撃波を受けることも避けることもできず、爆音と共に黒煙の向こうへと消し去られる。
《やりぃ！》
「…………いや、まだだ」
魔法を全力で行使した反動に咽ながら、ゼストは油断なく槍を構え直す。
長年、戦いの場に身を置き続けて培われた感覚が敵の健在を感じ取っている。
直後、黒煙を引き裂いて飛び出した蛇腹剣の刃が周囲を囲み込む。
全方位を包囲する連結刃の結界。
その中心に毅然と立つのは緋色の女騎士。
音速の衝撃波をまともに受けながらも、その甲冑には傷１つ見られない。
《Panzergeist》
「ベルカの甲冑……………最初から、受け切るつもりで………………」
誇らしげに叫ばれる電子音声を耳にし、ゼストは彼女が何をしたのかを悟る。
剣戟が互角であると承知していたのは向こうも同じ。
故に彼女は最初の一撃を全力で受け止めることを選択したのだ。
音速の刃とて放たれる前から防御策を講じられていては受け止めることも容易い。
対峙した敵の実力を改めて思い知らされ、久しく忘れていた闘争への歓喜がゼストの壊れかけた体を震わせる。
本当に、惜しい相手だ。
出会い方さえ違えば好敵手として互いを褒め称えられただろうに。
「アギト、スカリエッティを呼べ。ナンバーズにルーテシアを援護させろ」
《旦那、何言ってんだよ！ あんな奴、すぐにやっつければ良いだろう！》
「そう上手くはいかんさ。何しろ、奴は………………」
無言でこちらを窺っていたシグナムが手首を返し、連結刃が動きを変える。
大きく囲むように展開されていた刃が名の通り蛇腹の起伏を描き、柄より伸びた紅蓮の炎が刀身を染め上げる。
その赤い輝きを認めたアギトが絶句し、ゼストは冷や汗を流しながら構えた槍に魔力を流し込む。
「お前と同じ、炎使いだからな」
数奇な運命を感じながら、ゼストは迫りくる刃の渦へと槍を振り下ろした。
□
海上で飛び交う閃光を自身の執務室で見守りながら、レジアス・ゲイズは複雑な思いに駆られていた。
あの空の下で地上の平和を脅かすガジェットが飛び回り、それを本局の部隊である機動六課が対処している。
地上部隊ではなく、本局の部隊が。
自分達ではなく別の誰かが。
これでは何のために力を蓄えてきたのかわからない。
本局に『過ぎた力』、『危険な戦力』と批判されながらも強引に武装強化を推し進めてきたのは何のためだ？
地上に住まう人々の平和と安全を自分達の手で守るためではなかったか。
本局が出張れば全て解決するのでは、我々地上部隊は何のために存在するというのであろうか？
（ふっ……………奴への牽制として利用しておきながらこの体たらくか）
わかっている。
機動六課が自由に動けるように指揮権を放棄したのも、地上部隊との横の繋がりを作らせて連携を容易にしたのも全て自分だ。
全てはジェイル・スカリエッティの目的を妨害し、追い詰めるために。
そのために恥を忍び、不信を抱かれるのも承知で異議を唱える重役達を黙らせた。
こうなることをわかっていながら、自分は彼女達を招き入れたのだ。
情けない。
誰に守ってもらおうとも、市民にとって安全は等価であろうというのに、自分をそれを認め切れずにいる。
できることなら、地上の力であの空を守りたかったと。
「中将」
「何だ、オーリス？」
ノックもそこそこに部屋へ入って来たオーリスへと向き直り、居住まいを正す。
声音が不機嫌そうに荒れていたのが大人げなかったが、いつものことなのでオーリスは何も言わなかった。
自分にはない客観性と機械染みた冷静さを持つ彼女は、熱くなりやすいレジアスにとって抑止力的な役割も担っており、
彼が我が子を補佐官として採用した理由でもある。
「中将、機動六課より限定解除の緊急要請が入っています。八神部隊長と通信が繋がっておりますので、詳しくはそちらで」
「回してくれ」
頷くと、オーリスは返礼した後に通信回線を開く。
仮想ディスプレイに映し出されたのは騎士甲冑に身を包んだ八神はやてだ。
その様子から察するに、部隊指揮のためでなく自ら打って出るために空へと上がったのだろう。
指揮官に甘んじることなく部下と共に前線に立つ。如何にも青二才が思い描きそうな所業だ。
『失礼します、レジアス中将。緊急故の略式をお許し下さい』
「構わん、限定解除の要請だと聞いたが？」
『既にご報告させて頂きましたが、我々は海上にてガジェット�況燭諒埖發叛鐺�中です。
戦況はこちらが優勢ですが、レーダーにて増援を探知。第一波と遭遇したテスタロッサ隊長によると、
増援のガジェットには幻術によって生み出された虚像も確認されました』
「なるほど、陽動か」
その手腕を振るわなくなって久しいが、レジアスとて大隊指揮官の資格を持つ長である。
虚像を織り交ぜたガジェットの群れがこちらのかく乱と戦力分析のための囮であることを見抜くのは造作もなかった。
差し詰め、彼女はどこからか監視しているであろうスカリエッティに手の内を明かさず、
限定解除による広域砲撃にて幻影ごと殲滅するのが目的なのだろう。
だが、海上とはいえ市街地からも近い場所で高ランク魔導師が砲撃を行うのは非常に危険が伴う。
万が一、流れ弾が飛び火すれば市街に甚大な被害が出ることになるのだ。
「八神二佐、限定解除の要請者はお前か？」
『私が限定解除すれば、テスタロッサ隊長とヴィータ副隊長をレリック護送中のヘリと地下の捜索部隊に回せます。
私の専門は広域攻撃。開けた海上でなら、それを十二分に活かせます』
最もな意見である。だが、彼女の限定解除の許可はクロノ・ハラオウン提督とカリム・グラシア少将が
１度ずつしか下すことができない。この選択が吉と出れば良いが、もしも誤れれば今後の部隊運用において大きな足枷になりかねない。
それを承知の上で限定解除要請を出してくるということは、六課の戦力を秘匿しておかなければならない何かが
この後に控えているということなのだろうか？ 或いは、それこそが機動六課設立の本当の理由なのかもしれない。
『お願いします、使える能力を出し惜しみして後で後悔するのは………………嫌なんです』
「……………わかった、今回の要請に対して私は拒否権を行使しない。ただし、市街地ということを考慮して、許可できるのは２ランクまでだ」
『待って下さい、あれだけの数をＡＡＡランク相当の魔力で殲滅しろって言うんですか！』
突如として通信に割り込んできた青年が、こちらの要請に対して異議を唱える。
本局提督のクロノ・ハラオウンだ。前後の流れからして、今回の限定解除許可は彼が下すのだろう。
『レジアス中将、ＡＡＡランクならば２人は必要だ。幻影とはいえあれだけの数なんですよ！』
「同じことだ。市民の財産を守ることも我々の義務だということを忘れるな！」
『っ……………』
クロノもオーバーＳランク魔導師による魔力行使がどれほど危険か承知しているのだろう。
表情に不満を露わにしながらもそれ以上は何も言わなかった。
実際、両者の言い分に間違いはない。
危険性にしてもはやてがしかるべき手順でもって術式を行使すれば街に被害が及ぶことはないだろう。
その上でレジアスははやての能力を疑問視して市街への安全を優先し、クロノははやてを信頼してガジェットの殲滅を優先した。
八神はやてに対する信頼の度合いが如実に表れた結果であった。
『はやて』
『構へんよ…………あっ、いえ。構いません、クロノ提督』
こちらの目を気にしてか、はやては言い直してから向き直る。
『２ランク解除で構いません。ありがとうございます、中将』
『失礼します、レジアス中将』
感謝の言葉と不満の眼差しを残し、通信回線が閉じられる。
ため息を漏らしながら執務椅子へともたれかかったレジアスは、自分の判断に間違いはなかったはずだと己に言い聞かせた。
あの状況では２ランク解除の許可がベストであった。
魔力行使に絶対はない。人間の手によって行われる限り、そこには必ず失敗の２文字が付き纏うのだ。
管理局に入局して４０年、レジアスはそんな場面を何度も見てきた。
「中将」
「何だ、オーリス？ まさかお前も儂の判断は間違っていると言いたいのか？」
「いえ、市街への危険も考慮すれば、中将のご判断が最もであると思われます。
ですが、彼女１人で街と我が身の２つを同時に守れるでしょうか？」
「夜天の王が堕ちると言うのか？」
「彼女の真価はユニゾンデバイスであるリインフォース�橋�曹長がいて初めて発揮されます。
ロングアーチの管制コンピュータにてある程度まで代用できるでしょうが、
本来のユニゾンと比較して詠唱速度や魔力運用の効率は大幅に落ちると思われます」
「そんな状態で、あの娘は空に昇ったのか」
「後悔せぬため、ただその一念故でしょう」
「後悔しないため……………か」
いつからだろう、彼女のような若者の言葉を青臭いと蔑むようになったのは。
若い頃は誰もが持っていた熱意、誇り、使命感。
現実に揉まれ、擦り切れていくそれらを若い彼女達は惜しげもなく掲げている。
諦めと妥協を繰り返し、長い年月をかけて理想を成してきたレジアスには彼女達のまっすぐな思いが余りにも眩し過ぎた。
あの輝きを手放し、仄暗い現実の中で生きようと決めたのはいつのことだったであろうか？
「出し惜しみをして後悔するのは嫌か。小娘め、知ったような口を聞きよる」
嘲りの笑みは自身と彼女、どちらに向けられたものかはわからなかった。
ただ、胸の奥で言葉にはできない熱い思いが一瞬、去来したのは確かだ。
今さらかもしれない。
だが、それが自分の生き方だった。
後悔を繰り返さぬ生き方。
同じ過ちを繰り返さぬ生き方。
それが若き日に親友と交わした誓いであった。
「オーリス、あいつらを使うぞ」
「宜しいのですか？ 訓練は順調に進んでいますが、彼らに実戦経験はありません。
何より、公開陳述会まで秘匿する予定では？」
「出し惜しみして市街に飛び火したらどうする？ 緊急で動かせる部隊が他にない、連中の機動力ならば
あの小娘の足手まといにはならないはずだ。いや、寧ろ八神はやての方がお荷物かもしれないな」
「では、そのように」
一礼し、オーリスは執務室を後にする。
１人になったレジアスは、執務椅子から立ち上がって改めて窓の向こうで繰り広げられる戦いへと目を向けた。
複数の色の輝きがいつの間にか、白い閃光のみに変わっている。
あの輝きの先に八神はやてがいる。
後悔せぬために戦う少女。
後悔を繰り返さぬ戦いをする自分。
どちらが正しいのか、それはまだわからない。
永遠に、わからないかもしれない。
□
どこともしれない闇の中、１人の少女が苦悶の声を上げていた。
引き締まった四肢を屈折させ、頭痛と吐き気と息苦しさで堪える姿はまるで熱病にうなされる幼子のようである。
だが、赤い髪の毛の隠れた金色の瞳孔は禍々しく、見る者を凍りつかせるほどの迫力があった。
ぎらついた眼差しは抜き身の刃にも似ていて、目に映るもの全てに憎悪を抱いているかのような印象すらある。
「くそっ…………くそっ！ 何なんだこの気持ち悪さは。くっ……………気持ち悪い奴…………………２人いるのか、あっちに！」
不快感に苛立ちながら、少女は床の上に転がしていたローラーブーツを拾い上げて自室を後にする。
通路の照明が眩しくて苛立ちが増す。一歩踏み出す毎に息苦しさが増し、気を抜けば今にも吐いてしまいそうだ。
それが気に入らなくて適当な柱を殴りつけ、その痛みで僅かに苦痛を緩和する。
苛立ちと不快感が増せばまた殴る。
角を曲がってまた殴る。
外に出ると殴るものがないのでとりあえず走る。
走るの苛立ってきたので目の前の樹木を蹴り倒し、岩塊を踏み砕き、目に映る全てを破壊しながら少女はまっすぐに北を目指した。
『おや、ノーヴェ。１人でお出かけかい？』
外出を感知したのか、スカリエッティから通信が入る。
こちらの苛立ちを気にかけてか、映像は出さずにサウンドオンリーだ。
それが気に入らなかったので足下の蛙を蹴り飛ばした。
多分、映像があっても蹴っていた。
「あいつらがいる。あいつらがいると凄く気持ち悪い。前に映像で見た青い髪の黒い右手。それともう１人、別のもいる」
『ほう、彼女達か………………ノーヴェ、君の不調は彼女達が原因だ。彼女達を連れてくれば私が直してあげよう』
「頭と体があれば良い？」
『バラバラでも良いから、全部拾ってきておくれ。ああ、そっちにはルーテシアがいるから手伝ってもらうと良い。
もちろん、君も彼女の手伝いをするんだよ。場所は………………』
「言わなくてもわかる。あたしにはあいつらの場所がわかる、感じ取れる。“タイプゼロ”だっけ？ 粉々にして持って帰る」
一方的に通信を遮断し、ノーヴェは森林を駆け抜ける。
その向こうにタイプゼロがいる。
自分と同じ機械仕掛けの人体兵器。
あいつらを倒さないと、この気持ち悪さはなくならない。
暗い森を疾駆しながら、ノーヴェは静かに闘志を滾らせるのであった。
ｔｏ ｂｅ ｃｏｎｔｉｎｕｅｄ
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目次：Lyrical StrikerS
著者：B・A
- カテゴリ：
- 漫画/アニメ
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