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【定義】

たった一字をもって、禅の要旨を表すこと。中国雲門宗の祖・雲門文偃が良く用いたとされ、修行者を導く際に簡潔な一字をもって示した。このことから、雲門一字関という。禅宗各派の宗旨の要点を示した『人天眼目』巻二には、「一字関」の項目を挙げて、『雲門録』下巻から引用し、以下のような用例を示す(一部のみ示す)。
僧、師に問う、「如何なるか是、雲門の剣」。師云く、「祖」。「如何なるか是、玄中的」。師云く、「𡎺」。「如何なるか是、吹毛の剣」。師云く、「骼」、又た云く、「胔」。 『人天眼目』巻二「一字関」

このように、学人の質問に対し、一字をもって示したことをいい、清代の編集だが『五家宗旨纂要』では、このことを、次のように顕彰する。
此の如きの類、凡そ所問有れば、但一字を以て、之に酬いる是れなり。 『五家宗旨纂要』下巻

なお、現在の曹洞宗では、雲門のそれとは違っているが、やはり、一字をもって言詮不及の妙旨を示すことを、一字関と呼び習わしており、各法語類で結句の前に用いる場合や、上堂語の末に用いる場合がある。

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