最終更新:ID:k71C0H+Y8Q 2012年05月29日(火) 22:50:15履歴
「あれ、珍しいね? 今日は美希いないんだ」
美希の特等席であるソファーを見てそう春香は言った。
「学校の課題が終わらないんだってさ」
真が呆れたようにぼやく。しかし、その顔は少しつまらなさそうだった。
「へー、美希ならすぐ終わらしそうなのに」
「おおかた寝てたんじゃないかな」
「せっかくプリンとシュークリーム焼いてきたのになあ」
「じゃあ、ボクが食べるよ」
言いながら、真は春香の持っていたカバンに手を伸ばす。春香はその手を軽く叩く。
「めっ でも、どうしようかなあ……」
真が笑いながら手をさすりつつ、
「持っていってあげればいいじゃん。美希のマンション、案外近いよ」
「……あーそうなんだ」
「ちょっと、待って」
そう言って、さらさらとメモ用紙に小さな地図が描かれる。真は何度か美希の家にお邪魔しているのだろうか、と春香は思った。
「けっこう行くの?」
「ぼちぼちだよ」
それは、つまりどっちなのか春香にはいまいちわからなかった。事務所の通り沿いの交差点をいくつか過ぎて、左折した右手に星のマークが大きく記される。
「はい。美希喜ぶよ、きっと」
春香はそれを受け取って、自分の腕時計をチラリと見た。自主練習の時間は多少潰れる。ふと、美希が喜んでくれる姿を思い浮かべてしまい、脳裏で優先順位がひっくり返る。
「……ありがとう。ちょっと行ってくるね」
(家にいなかったらどうしよう)
事務所の階段を降り、春香ははたと気がつく。すれちがいだったり、いなければ行き損である。
(いきなりも失礼だよね。メールしておこう)
少女は馴れた手つきで、素早く要件を打ち込み送信ボタンを押した。
To:美希
件名:今、お家にいる?
返信は、思いの外すぐに返ってきた。
From:美希
件名:いるのー
本文:お腹すいたのー
To:美希
件名:そっかー
本文:家に行ってもいい?
From:美希
件名:むりなの
本文:今、ハニーの寝癖よりひどい髪だからだめー
春香は少し頬を緩ませる。美希も、そういうことを気にしたりするのだと思ったら可笑しかった。けれど、そう言われたら行きたくなるのが人情と言うもの。
To:美希
件名:でもね
本文:お菓子作って来んだよー
春香はメールを返信して、地図を見ずに歩き始めた。暫くして、バイブレーションが鳴動する。
From:美希
件名:ぐぅ……
本文:春香のお菓子食べたいけど、今は、いい……の
明らかに食べたいのを我慢している文章だった。絵文字もげんなりとしている。
To:美希
件名:んっとね
本文:焼きプリンとシュークリームどっちがいい?(笑)
春香はあえて意地の悪い文章を送り付けた。彼女がどうせ、食べたいと言うのは目に見えていたから。春香は口元をニヤつかせながら、返信を待った。
From:美希
件名:ぶー
本文:春香
あれ、っと春香はスクロールする。空白の行が過ぎ、漸く「全部」と書かれた文章が現れる。
(欲張りだなあ)
春香は内心で笑いながら、メールの返信を打とうとして、ふと手が止まった。受信メールを再度確認する。
『春香 全部』
少女は、首を傾げる。変な文章だ。春香は顔を上げる。目の前には、美希のマンション。知らず胸が鳴った。
To:美希
件名:一つだけだよ(笑)
本文:もうすぐ着くからね
少女は自分の汗ばんだ手に気づく。
(まさかね……)
階段を登りながら、春香はだんだんと行きずらくなってしまっていた。自分の勘違いなら良いが。
(どうしよ……)
春香は、渡したらすぐ帰ろうと思った。自主練習も待っている。
春香は美希の住む部屋の前に着き、ゆっくりとチャイムを鳴らした。奥の方からとたとたと軽快な足音が聞こえる。扉が、すぐさま開けられた。美希の怪訝な顔がすぐに視界へと飛び込んでくる。
「えへへ、来ちゃいました」
「えへへじゃないの……」
思ったより、美希の寝癖はひどくなかった。いつもの寝巻きでのお出迎え。髪が少し濡れているのを見るところ、多少は直したのだろうか。
「課題の邪魔するつもりはないんだよ? これ渡したらすぐ帰るから」
春香は、玄関の外で鞄からアルミホイルに包まれた焼き菓子を取り出す。
「美希はプリン派だったよね。はい」
美希はほとんど反射的なのでは、と疑うほど素早くそれを掴む。口を尖らせつつも、少しだけ顔をほころばせた。
「ありがとう……なの」
それは、春香が何より楽しみにしていたもの。
「ううん。それじゃあ」
あっさりすぎる気もしたが、春香は手を振って踵を返す。が、美希が背後から春香に抱きついてきた。やんわりと春香を拘束する。
「ちょ、ちょっと美希?」
「言ったよね。全部って」
春香は背筋をぞくりとさせる。美希が首筋に顔を埋めていた。少し荒い呼吸が耳元で聞こえ、春香はやや体をよじった。
「あ、えっと、シュークリームはね、他の子にあげる分だからダメだよ。それとも」
「はぐらかすの下手っぴ」
少女がくすくすと笑う。春香は自分を抱きしめている腕に力が入るのを感じた。
「課題しなくていいの?」
「んー、せっかく来てくれたから、少しおもてなしちゃおっかなって思うの」
「い、いいよ、別に」
春香のか細い声が届くはずも無く、美希はまるでアリジゴクのように春香をずるずると部屋の中へ引きずり込む。
「ちょっと、美希ってば!?」
美希が強引に引っ張ったせいで、春香と美希はそのまま雪崩込むように玄関で崩れた。
「いったたた……?」
玄関先に入ったとたん、美希は春香を押し倒しつつも、玄関の鍵を器用にかける。
「な、なんで鍵閉めるのかな?」
「女の子の一人暮らしなら常識なの」
「あーそうだよね」
春香は身も蓋もないと思いながら、美希の下から這出ようと身をよじった。
「だーめ」
触れそうな距離に、美希の瞳があった。ふっくらとした唇が意地悪く歪む。端正で少し幼さの残る容姿。春香は自分がそれに見とれていることに気づいてやや顔が熱くなるのを感じた。
「中学生に押し倒されるなんて、ホントおまぬけ」
「そんなこと……」
「だから、ミキはいっつも心配なわけ。誰かにうっかり奪われちゃうんじゃないかなって。こことか」
言って、美希は左手の人差し指で春香の唇にそっと触れる。
「こことか」
その手はそのまま、
「やぁっ!?」
薄手のワンピースの上に置かれる。胸元への突然の刺激に、春香は敏感に反応した。昼下がりの静かな部屋の廊下に艶っぽい声がこだまする。
「春香、誘ってるの?」
「違うよぉっ!」
目尻に涙をためて、春香が反論する。だが、美希はそれを嬉々として受け止めている様子だった。
「美希、いい加減にしないと怒るよっ」
「怒るとどうなるの?」
「もう、ここには来ません」
「え……それは、ちょっと困る」
美希が急に項垂れる。春香は言いすぎたかもしれないと自分でもやや甘いことを考える。しかし、春香は追い打ちをかける。
「真だって来るんだし、寂しくないよね?」
ふつふつと先ほど一瞬だけ芽生えた嫉妬がよみがえる。
「春香は、真君とミキがいちゃついてても平気?」
美希が何くわぬ顔で、間髪いれずに春香に訊ねた。それで、言い淀んだのは春香の方。
「う……や、だよ」
しまった、と春香自信思った。よくない流れ。
「うん。素直でよろしい。じゃあ、キスしよっか」
「そ、そんな流れじゃなかったよね?」
「そんな流れだったの」
「いやいや、よくわかんないし、恥ずかしいし、その……」
「いや?」
子犬のように首を傾げる美希。春香は、それに弱い。
「や、じゃない……けど」
触れ合った部分が先ほどから熱く、もっと感じていたかったのは春香の方で。それを言えば、美希が調子にのるだろうから春香はゆっくりと瞳を閉じた。
おわり
美希の特等席であるソファーを見てそう春香は言った。
「学校の課題が終わらないんだってさ」
真が呆れたようにぼやく。しかし、その顔は少しつまらなさそうだった。
「へー、美希ならすぐ終わらしそうなのに」
「おおかた寝てたんじゃないかな」
「せっかくプリンとシュークリーム焼いてきたのになあ」
「じゃあ、ボクが食べるよ」
言いながら、真は春香の持っていたカバンに手を伸ばす。春香はその手を軽く叩く。
「めっ でも、どうしようかなあ……」
真が笑いながら手をさすりつつ、
「持っていってあげればいいじゃん。美希のマンション、案外近いよ」
「……あーそうなんだ」
「ちょっと、待って」
そう言って、さらさらとメモ用紙に小さな地図が描かれる。真は何度か美希の家にお邪魔しているのだろうか、と春香は思った。
「けっこう行くの?」
「ぼちぼちだよ」
それは、つまりどっちなのか春香にはいまいちわからなかった。事務所の通り沿いの交差点をいくつか過ぎて、左折した右手に星のマークが大きく記される。
「はい。美希喜ぶよ、きっと」
春香はそれを受け取って、自分の腕時計をチラリと見た。自主練習の時間は多少潰れる。ふと、美希が喜んでくれる姿を思い浮かべてしまい、脳裏で優先順位がひっくり返る。
「……ありがとう。ちょっと行ってくるね」
(家にいなかったらどうしよう)
事務所の階段を降り、春香ははたと気がつく。すれちがいだったり、いなければ行き損である。
(いきなりも失礼だよね。メールしておこう)
少女は馴れた手つきで、素早く要件を打ち込み送信ボタンを押した。
To:美希
件名:今、お家にいる?
返信は、思いの外すぐに返ってきた。
From:美希
件名:いるのー
本文:お腹すいたのー
To:美希
件名:そっかー
本文:家に行ってもいい?
From:美希
件名:むりなの
本文:今、ハニーの寝癖よりひどい髪だからだめー
春香は少し頬を緩ませる。美希も、そういうことを気にしたりするのだと思ったら可笑しかった。けれど、そう言われたら行きたくなるのが人情と言うもの。
To:美希
件名:でもね
本文:お菓子作って来んだよー
春香はメールを返信して、地図を見ずに歩き始めた。暫くして、バイブレーションが鳴動する。
From:美希
件名:ぐぅ……
本文:春香のお菓子食べたいけど、今は、いい……の
明らかに食べたいのを我慢している文章だった。絵文字もげんなりとしている。
To:美希
件名:んっとね
本文:焼きプリンとシュークリームどっちがいい?(笑)
春香はあえて意地の悪い文章を送り付けた。彼女がどうせ、食べたいと言うのは目に見えていたから。春香は口元をニヤつかせながら、返信を待った。
From:美希
件名:ぶー
本文:春香
あれ、っと春香はスクロールする。空白の行が過ぎ、漸く「全部」と書かれた文章が現れる。
(欲張りだなあ)
春香は内心で笑いながら、メールの返信を打とうとして、ふと手が止まった。受信メールを再度確認する。
『春香 全部』
少女は、首を傾げる。変な文章だ。春香は顔を上げる。目の前には、美希のマンション。知らず胸が鳴った。
To:美希
件名:一つだけだよ(笑)
本文:もうすぐ着くからね
少女は自分の汗ばんだ手に気づく。
(まさかね……)
階段を登りながら、春香はだんだんと行きずらくなってしまっていた。自分の勘違いなら良いが。
(どうしよ……)
春香は、渡したらすぐ帰ろうと思った。自主練習も待っている。
春香は美希の住む部屋の前に着き、ゆっくりとチャイムを鳴らした。奥の方からとたとたと軽快な足音が聞こえる。扉が、すぐさま開けられた。美希の怪訝な顔がすぐに視界へと飛び込んでくる。
「えへへ、来ちゃいました」
「えへへじゃないの……」
思ったより、美希の寝癖はひどくなかった。いつもの寝巻きでのお出迎え。髪が少し濡れているのを見るところ、多少は直したのだろうか。
「課題の邪魔するつもりはないんだよ? これ渡したらすぐ帰るから」
春香は、玄関の外で鞄からアルミホイルに包まれた焼き菓子を取り出す。
「美希はプリン派だったよね。はい」
美希はほとんど反射的なのでは、と疑うほど素早くそれを掴む。口を尖らせつつも、少しだけ顔をほころばせた。
「ありがとう……なの」
それは、春香が何より楽しみにしていたもの。
「ううん。それじゃあ」
あっさりすぎる気もしたが、春香は手を振って踵を返す。が、美希が背後から春香に抱きついてきた。やんわりと春香を拘束する。
「ちょ、ちょっと美希?」
「言ったよね。全部って」
春香は背筋をぞくりとさせる。美希が首筋に顔を埋めていた。少し荒い呼吸が耳元で聞こえ、春香はやや体をよじった。
「あ、えっと、シュークリームはね、他の子にあげる分だからダメだよ。それとも」
「はぐらかすの下手っぴ」
少女がくすくすと笑う。春香は自分を抱きしめている腕に力が入るのを感じた。
「課題しなくていいの?」
「んー、せっかく来てくれたから、少しおもてなしちゃおっかなって思うの」
「い、いいよ、別に」
春香のか細い声が届くはずも無く、美希はまるでアリジゴクのように春香をずるずると部屋の中へ引きずり込む。
「ちょっと、美希ってば!?」
美希が強引に引っ張ったせいで、春香と美希はそのまま雪崩込むように玄関で崩れた。
「いったたた……?」
玄関先に入ったとたん、美希は春香を押し倒しつつも、玄関の鍵を器用にかける。
「な、なんで鍵閉めるのかな?」
「女の子の一人暮らしなら常識なの」
「あーそうだよね」
春香は身も蓋もないと思いながら、美希の下から這出ようと身をよじった。
「だーめ」
触れそうな距離に、美希の瞳があった。ふっくらとした唇が意地悪く歪む。端正で少し幼さの残る容姿。春香は自分がそれに見とれていることに気づいてやや顔が熱くなるのを感じた。
「中学生に押し倒されるなんて、ホントおまぬけ」
「そんなこと……」
「だから、ミキはいっつも心配なわけ。誰かにうっかり奪われちゃうんじゃないかなって。こことか」
言って、美希は左手の人差し指で春香の唇にそっと触れる。
「こことか」
その手はそのまま、
「やぁっ!?」
薄手のワンピースの上に置かれる。胸元への突然の刺激に、春香は敏感に反応した。昼下がりの静かな部屋の廊下に艶っぽい声がこだまする。
「春香、誘ってるの?」
「違うよぉっ!」
目尻に涙をためて、春香が反論する。だが、美希はそれを嬉々として受け止めている様子だった。
「美希、いい加減にしないと怒るよっ」
「怒るとどうなるの?」
「もう、ここには来ません」
「え……それは、ちょっと困る」
美希が急に項垂れる。春香は言いすぎたかもしれないと自分でもやや甘いことを考える。しかし、春香は追い打ちをかける。
「真だって来るんだし、寂しくないよね?」
ふつふつと先ほど一瞬だけ芽生えた嫉妬がよみがえる。
「春香は、真君とミキがいちゃついてても平気?」
美希が何くわぬ顔で、間髪いれずに春香に訊ねた。それで、言い淀んだのは春香の方。
「う……や、だよ」
しまった、と春香自信思った。よくない流れ。
「うん。素直でよろしい。じゃあ、キスしよっか」
「そ、そんな流れじゃなかったよね?」
「そんな流れだったの」
「いやいや、よくわかんないし、恥ずかしいし、その……」
「いや?」
子犬のように首を傾げる美希。春香は、それに弱い。
「や、じゃない……けど」
触れ合った部分が先ほどから熱く、もっと感じていたかったのは春香の方で。それを言えば、美希が調子にのるだろうから春香はゆっくりと瞳を閉じた。
おわり
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