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今や押しも押されもせぬ国民的アイドルの彼女とは言え、15歳の女の子。
持てる力の全てを使いオーデションを勝ち残り、その後慌しくTV放送となれば、失敗も出てくる。
それが理想も誇りも高い千早となれば、成功と言えるハードルは誰よりも高い。
だが
「今日のTV、大成功でしたねプロデューサー」
その言葉と笑顔が、明確に今回の結果を告げていた。
「ああ、良かったぞ千早」
「今度の新曲THE IDOLM@STER、私気に入ってるんです」
「チャートのアクションも良いし、このままの勢いで行きたいな」
「はい」
控え室へと続く廊下に響く千早の靴音は、いつになく軽やかだった。
「あ」
千早は足を止める。
「すみませんプロデューサー。私忘れ物を…取ってきます!」
言って駆け出そうとする千早の手を、プロデューサーはそっと握った。
「いいよ千早。俺が取ってくる。何を忘れたんだい?」
「タオルです。舞台そでの椅子に置いてあると思います。すいません…」
「いいって。あ、ついでだから明日の打ち合わせを控え室でしよう。
ディレクターに許可貰ってくるよ。千早は着替えて待ってて」
千早の背中を軽く叩くき、プロデューサーは今来た道を戻って行った。
もちろん彼は見ていない。
ジャケットのポケットから落ちた一枚の写真を。
そして、それをを見た千早の表情を…

「千早。もう着替え終わったか?」
控え室のドアをノックするが、返事がない。
「千早?」
二度三度とノックするが、中から返事は無かった。
「千早! すまない開けるぞ!」
さすがに不振に思ったプロデューサーが、多少躊躇しつつもドアを開ける。
千早は、居た。
ドアに背を向け、背を丸めて椅子に座りこんでいた。
数分前までの雰囲気は霧散している。
――千早が怒っている
ここまで千早を育ててきた彼には判る。理由は判らないが、千早は間違いなく怒っている。
こうなった時の千早は厄介だ。
――千早とのコミニュケーションの基本は、誠実な姿勢と正直な言動。特にこういう時は。
千早は彼のプロデューサー生活の中でも、間違いなく一番コミニュケーションの取りづらい子だ。
特にこうなった時の千早に対して、あいまいな受け答えや、遠まわしな言い方は厳禁だった。
「千早。いきなり開けてすまなかった。返事が無いから気になって」
静かにドアを閉めると、手近な机に取ってきたタオルを置き、千早へと歩を進ませる。
「千早」
そう言って肩に伸ばした手が触れる寸前、いきなり千早は立ち上がると、ドアに向かって駆け出した。
「千早! 待っ」
言い終わる前に千早は止まった。
そして、ドアノブに手を伸ばし、ゆっくりと鍵を廻すと、
振り向き様にプロデューサーの目を見つめて言った。
「プロデューサー。座ってください」
聞いたことの無い声だった。
15歳の声では無い。怒りと悲しみが混ぜ合わされた、大人の、女の声。
そしてプロデューサーを見つめる大きな目もまた、15歳のそれではなかった。
声と同じく、怒と哀が混ぜ合わせれている。
鋭い視線に射抜かれ、崩れるように椅子に腰掛けたプロデューサーに向かって、千早は言い放った。
「これは、なんですか?」
そう言って千早が差し出した物。それは一枚の写真だった。

言葉が出なかった。
写真に写っていたのは、軽やかに踊る千早のスカートから覗く水色の下着だった。
今の千早のコスチュームは丈の短いスカートだ。
そして、新曲のTHE IDOLM@STERは激しいダンスが売りの1つになっている。
そうなると、下着が見えると言う事態はまま起こりえる事だ。
事実、彼が資料用に撮っていたカメラにその場面が写ったのもある種事故の様なものだ。
だが、その写真を常日頃持ち歩いていたとなると話は違う。
自分の軽率さを呪うしかなかった。
いや、そもそも現像した時になぜ廃棄しなかったのか。
ネガは処分した。角度的にもこの画像を持っているのは自分だけだと断言出来る。
だからこそ、独占したかった。
愚かな独占欲だった。
これで、終わりだな…
千早は高木社長にこの出来事を報告するだろう。
そうすれば自分は千早のプロデューサーを外される。そして事務所も首になる。
だから、
これが千早との、最後の会話になるのか。
ならば、最後まで誠実に正直に。たとえ軽蔑されても罵られても、せめてそれだけは貫こう。
そう、決めた。
「その写真は確かに俺のだよ。謝って済む事じゃないだろうけど、謝る。この通りだ」
プロデューサーは深々と頭を下げた。
「どうして…どうしてこんな事を…」
「それ、この間のオンエアの時に撮ったんだけど、撮れたのは本当に偶然なんだ。
現像した時に初めて気がついたくらいだから…」
プロデューサーは頭を垂れたまま話し続ける。
「あの時、千早の下着が見れる角度にいたのは数人だけで、その中で撮影してたのは俺だけだった。
ネガは燃やして処分したから残っているのは、それ一枚だけだ。これは誓っても良い」
「なぜこれは処分しなかったんです?」
やはり聞かれるか…
出来れば聞かれたくなかった問い。全てを話すつもりだったが、さすがに躊躇う。
愚かしい独占欲とその源流。その全てを、果たして話すべきだろうか?
――決めたじゃないか! 最後まで正直に話すって!
三度深呼吸を繰り返し、彼は最後の告白を始めた。
「好きだからだよ。千早の事が」
ずっと秘めていた思いを吐き出す。
「判ってるよ。千早はアイドルで、俺はプロデューサー。
うん、判ってる。それでも、好きなんだ千早の事が」
まるで、罪人が懺悔するかの様に。
「あの写真は、この世に1つしかない。
最低だと思うだろうけど…これで千早を独占出来ると思ったんだ」
額に組んだ手を置くその姿は、祈りの形に似ていた。
長い長い、耳が痛くなる程の沈黙。
破ったのは、小さな嗚咽だった。
訝しげに顔を上げたプロデューサーが見たものは、
うつむきながら肩を震わせ両手を血の気が無くなるほど握り締めた千早の姿だった。

「うっ…くっ…」
涙が落ちる。
誰よりも、優しくしたかったのに…
誰よりも、笑っていて欲しかったのに…
俺は結局、千早を泣かせる事しか出来ないのか…
落ちる涙が、心に突き刺さる刃に思えた。
「悔しい…」
涙に滲んだ声で、千早がぽつりと呟いた。
覚悟していたとは言え、プロデューサーにとってその言葉はショックだった。
それも当然だ。
彼に出来ることは、続けて叩きつけられるだろう言葉をただ待つだけ。
しかし、それは予想していた類のものではなかった。
「写真の自分に負けたなんて…」
千早の手から力が抜け、くしゃくしゃになった写真が床に落ちる。
「そんなに写真の方が良いんですか! 私は…私はここにいるのに!」
プロデューサーは、千早の叫びを呆けた様な顔で見つめている。
千早の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
幻聴だと思った。自分の頭が都合よく作り上げた、有り得ない出来事だとしか思えなかった。
なぜなら――
スカートをたくし上げた千早が目の前にいるなんて、現実な訳がない。
「これでも写真の方が良いですか?」
幻聴が、まだ聞こえる。
「私、プロデューサーにだったら、見られてもかまいません。だから見てください」
衣擦れの音。
衣装が床に落ちる。
下着姿になった千早が、羞恥に顔を染めて立っている。
プロデューサーは、ゆっくりと手を伸ばす。幻だと思いつつも手を伸ばす。
もしかしたら、現実なのかもしれないと思いながら。
震えるプロデューサーの手を、千早は両手で包み込んだ。
「愛してます。プロデューサー」
涙はいつしか消え、聖母の様な微笑みがあった。
暖かな手が、これは現実だと告げる。
彼は、小さく泣いた。
彼は、小さく笑った。
そして、千早を抱きしめ――
静かに唇を重ねた。
長い、長いキス。
言えなかった言葉を埋める様に。
伝えられなかった思いを伝えるように。
名残惜しそうに唇を離すと、千早は呟いた。
「私をしっかり見て下さい」



作者:1スレ513 428

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