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「いやー、良かったよ玲子ちゃぁん」
 無遠慮に尻を撫でる手に尾崎は吐き気にも似た嫌悪感を覚えた。脂ぎった下卑た笑みから漏れるのは男女平等という言葉など知らぬと言わんばかりの弁舌。三日月状の粘ついた視線は胸元の奥の奥まで見ようと必死で、そこだけは滑稽に思えて尾崎は微笑む。もちろん彼女の心情を知るはずもなく、先ほどから浮わっついた会話を続ける男はその笑みをどう受け取ったのか、下顎についた肉を揺らしながら彼女に顔を近づける。
 男が何を言ったのか。尾崎が担当するアイドル、水谷絵理が今後の芸能活動を順調なものにする為の男女間で行われる肉体を使った交渉。要は枕営業の誘いなのだが、その標的に絵理ではなく尾崎を指名する人間は多かった。元アイドルのプロデューサーという、局の人間からすれば何ともつけ込みやすい人種。男を挑発するような脚線美に、恥も外聞もなくねめつけるような目を向ける男のなんと多いことか。
 絵理がスターダムに昇った今でこそ、あちらが頭を下げることが多いのだけれど、時折、脳みそが下半身についたような馬鹿が未だ寄ってくることがある。それでも、局内の廊下で行われる堂々とした行為に眉を顰めながらも通り過ぎるスタッフの顔からして、この男が相応の地位にあるのは確かだった。
 尻を触る手がスリットの隙間にまで伸びてきたところで、「では、絵理を待たせていますので」と尾崎はさっさと歩き出してしまう。つれないねえ、と男は味わっていた手を振って見送るのを、尾崎は振り返りもせずに控え室へと歩いた。
 死んでしまえば良いのに。あの手の輩を相手するたびに、尾崎の心中は神に唾するように穏やかなものではなかった。女をそういうものでしか見れない精神を蔑し、そのようにしか扱わない男などそこらの虫けらよりも低俗なものにしか思えない。元々、潔癖の向きがあり、芸能界に対して複雑な過去と心境を抱く尾崎にとって、法の戒めさえなければ殺してしまっても構わないとすら考えていた。そういう意味では確かに彼女は高潔な精神の持ち主であったのかもしれない。
 精神であれ主義であれ、淀みにいれば何事も濁っていくのは世の常なのか。しつこくまとわりついてくる男の視線から逃れると、尾崎は細かく肩を震わせた。顔は仄かに上気しており瞳は年頃の少女のように潤んでいる。もしもあの男が見ていたら、それこそ勘違いされたかもしれない。もしもという不安は常に人を駆り立てるが、むしろ今は彼女を興奮させた。
 直線が続く廊下の、大きく開かれた窓から見えるのは青々とした昼下がりの空。その健やかさとは裏腹に尾崎の体は確かに疼きを訴えている。スリットから覗く太ももは僅かに赤みが差し、スカートを握る手には自然と力が入った。
 本当にあの子は。
 教え子を窘める教師のような顔も、全身から燻るように沸き立つ女の匂いに、まるでアダルトビデオに出てくる三文芝居のそれに取って代わる。彼女にしか聞こえない機械音が徐々に体内の水音によってかき消されていくのを、尾崎は切り刻まれる思考の中で感じ取っていた。

 灰色とベージュの味気もない廊下を通り、絵理が待っているであろう控え室へ入る。案の定、絵理は化粧台の鏡の前で不安そうな顔を作りながら尾崎の帰りを待っていた。鏡越しに彼女の姿を見るや、まるで幼子のように明るく無邪気な顔を見せる。テレビの中では決して見ることの出来ない水谷絵理がそこにいた。
 尾崎さん、と振り返らずに鏡越しの尾崎にそのまま声をかける。無邪気な顔そのままに、何の含みもない言葉は傍から見れば微笑ましいものであるが、尾崎はそうも言っていられない。尾崎からは絵理の体で隠れて上手く見えないが、それでも彼女が携帯電話を手にしているのは確かであろう。今も尾崎の体内を思うがままに蹂躙するそれは、少しでも気を緩めれば一気に尾崎の奥底までも攫っていってしまう。まるで仲の良い友人にメールを送るような素振りで絵理は尾崎を思うがままにしていた。
 好きにやらせすぎてはダメ。なけなしの自制心はそう言わせるのが精一杯で、実際に口から出た言葉は絵理、とたった一言。それでも十分、二人にしてみれば通じてしまうものだけれど、「どうしたの?」という無垢な瞳を向ける絵理。その実、ちょっとでも反抗的な態度を見せれば、と手元の携帯をしきりにいじり、その度に尾崎の体が僅かに震えるのを楽しむその様はおもちゃを与えられた小悪魔のようであった。
 ひとしきり携帯で苛めるのを終えると、もう立っているのもやっとな尾崎に近づこうと席を立つ。
 違和感というにはあまりにも不出来なそれに尾崎の目が集中する。未だ収録後の衣装のままでいる絵理。ミニスカートから覗く、病的とも言える細く白い足に意外と女性の柔らかさを備えた体はいつでも見てきていたもの。ここまで必死に磨き上げてきた尾崎の芸術品。ただ一点、スカートの布を荒々しく押し上げるものがなければその造形は神にすら勝るとさえ思えたのに。
 しかし、その失望とは裏腹に尾崎の体は正直だった。
 顔を見上げるほどに近づいた絵理は手にする携帯をそらでいじる。設定は最強。
「ひっ……!」
 今日一度も体験していない振動に尾崎はたまらず腰を落とした。震える太ももを抑えつけるものの、またも目前にせり出してきたモノによって彼女の思考は殆ど停止してしまう。
 剥き出しになった男性器が床にへたり込む尾崎の顔面に、マーキングのように擦りつけられる。汗もろくに拭いていないためか、鼻を刺すような饐えた匂いはでも、興奮を促すだけにしかならない。まるで愛しい恋人の手に寄り添うように頬ずりする彼女の顔は淫靡に崩れかけていた。
 尾崎さん。
 頭上から降り注ぐ絵理の声が頭蓋の中で心地良く響く。先ほどまでの有能なプロデューサーというメッキは剥がれ落ち、出てくるのは一人の女の顔。支配され、束縛されることこそ極上の幸せと感じる、尾崎が最も嫌悪していた類の女になっていくのを彼女自身も感じていた。
 尾崎さん。ねえ、早く。
 急かされるままに尾崎はゆっくりとそれを頬張る。比較対象が多いわけではないが、明らかに大きいそれに顔を歪ませながらも、その顔は確かに笑っていた。
 大好きな、大好きな絵理の味。

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 彼女の勢いを止められる者はもう、日本にはいないのかもしれない。
 Aランクアイドルまで上り詰めた水谷絵理を、周囲の者はこう評する。その飛翔が片翼ともいうべきプロデューサー、尾崎が失踪、復帰を遂げた後の女はまさに向かうところ敵なしであり、化け物揃いのAランクアイドルの中でもその存在を燦然と輝かせるものとなっていた。
 電子の世界から舞い降りた天使。リアルとネットを曖昧にすらさせるクイーン。彼女を賞賛する声はやむ事はない。
 順調な、あまりに順調な日々の中、敵対する者はその凋落を願うだろう。無論、落とし穴はどこにあるか分からない。
 ただ、その落とし穴があまりに理不尽で滑稽で不可解であった場合、人はそれをなんと呼ぶのだろう。

 昨日は確かになかったものだと、尾崎は何度も目と意識をしばたかせた。それで何もかもが元通りになるのなら苦労はいらない。それならばあの屈辱に塗れる以前まで、と明後日の方向に飛びかけていた思考を尾崎は戻す。それほどに今の状況を飲み込むには相当の努力が必要だった。
「尾崎さん……」
 対する少女の顔はなんとも掴みどころのない、フワフワとしたものだった。目は潤み、頬は恋を覚えたばかりのように紅く染まっている。口は半開きのまま、何かを耐えるように震えていた。長いこと、絵理に付き合ってきた尾崎でもついぞ見たことのない顔は蠱惑的でさえある。しかし、そんな絵理の顔よりも別の場所に尾崎の視線は集中していた。
 新曲に併せて新調した衣装は彼女の最大の武器であるビジュアルを活かすため、肩や足を剥き出しに露出を多めにしたもの。絵理本人も気に入っており、何の問題もなかったはずだった。それがただ一点、ピッタリとしたスカートラインを押し上げる隆々とした逸物によってすべてがぶち壊されていた。
「冗談、ではないのよね」
「うん」
 頷く絵理の顔に嘘はない。もとより、こんな下らない冗談をする子でもない。いつもどおりに社長を交えたミーティングを終え、堆く積みあがるスケジュールの前に相談があると切羽詰った絵理に引きずられる形で衣裳部屋に連れ込まれたのはつい五分前のこと。なかなか相談の内容を打ち明けない絵理に苛立ちを覚えていたのも懐かしくすら感じる。むしろ、尾崎の方が言葉を失っていた。
「その、どうしてとか、分かる?」
「たぶん、キモオタの願望……?」
 キモータ? 未だに絵理の使うネットスラングに疎い尾崎。とにかく解決策が欲しい身としては、理由の追求は後にすることにした。
 なによりその存在を誇示するかのように勃起しているのには参ってしまう。すぐに治めろと言っても無理があるし、女の尾崎ではそれ以上のことが言えない状態だった。まるでエブリデイマジックの世界にでも入り込んだような突拍子のない展開。それでもこの部屋の外にある現実は待ってくれない。
「尾崎さん」
 少女の顔が徐々に不安に塗り潰されていく。無理もない。男嫌いの気もある尾崎からしたら、発狂してもおかしくない事態。よく我慢してこれたと思う。なにより絵理のためだと、少女の顔と小山のように盛り上がるスカートを交互に見比べ、尾崎は決心した。
 理論派の凄腕プロデューサーと名高い尾崎が取った行動は実に単純だった。
 超常現象の対処が出来ないのならば、男性的な対処をするしかない。ごめんなさいね、と絵理のスカートをたくしあげると、アンダースコートの中でいかにも窮屈そうにしているソレに手を伸ばす。つい、と下着越しに指先が逸物に触れた。
「ひぅっ……!」
「大丈夫? 痛かったっ?」
 途端にあがる声に尾崎の方が慌ててしまう。しかし、絵理の顔を見てすぐにそれが間違いだと気づく。
 なんて、なんていやらしい顔。
 ただ指が触れただけなのにそこから漏れ出す快感に恍惚とした顔を浮かべる絵理。よほど我慢していたのだろう。はたして彼女のコレにも男性器としての機能がきちんと備わっているのか分からないが、それでも絵理の顔から不安の色が消えたことに安堵した。
 一度、触れてしまえば勢いがつくもの。尾崎自身もそういう経験がないと言えば嘘になる。ただ積極的に話すことでもないから話さなかっただけ。まるで言い訳のように言葉を並べては頭を落ち着かせた。既に下着から顔を出した男性器は尾崎の手の中に握られ、慣れた手つきで上下にしごかれていた。
「うっ……ふっ……」
 声を出すのが恥ずかしいのか、口元を腕でおさえながら体を奔る快感に堪える。思いのままに吐き出してしまえば、という思いと羞恥心とがない交ぜとなり、一つの大きな塊となっていく。もうなにもかもを開放したいという逃避にも似た何かが肥大していった。
 絵理はもちろんであるが、尾崎も心中は穏やかではなかった。鍵もかけられない衣裳部屋でこんなものを見られればどうなるか、いくら事務所内のこととはいえ、大きな波紋を呼ぶことは火を見るより明らか。なにより膝を着き、眼前に据えることでその大きさに露骨に反応してしまっているのが尾崎自身も感じていた。
 長さにして20センチ弱。太さも何かの柄を握るように硬く、逞しい。こんなものが可憐な少女から生えているというある種の倒錯と、この状況の危うさが、普段は奥深くに沈みこませている尾崎の情欲をも掻き立てる。手にすること自体、いつぶりだろうか。思わず過ぎる過去の記憶を振り払うように頭を振ると、スパートとばかりに手の動きを早めた。
 ニチャニチャと、はしたのない水音だけが聞こえる室内。快感に立っていられないのか、壁を背に絵理は尾崎から与えられる行為にただひたすら没頭していた。自慰行為は何度か経験があったが、こうして誰かに、おまけに同性にしてもらうなんてことは夢にも思わなかった。尾崎にある種の好意を寄せていたことは否定しないが、それも尊敬に準じたものであり、こうして男女の睦み事を交わすようなものではない。ただ、男性と恋仲になることが想像できない分、尾崎をそういう意味合いで意識してしまっていた。
「うぅ……!」
 手の中で更に膨張するソレに、最後が近いことが分かる。尾崎は空いた方の手でティッシュを数枚、抜き出すと亀頭に覆い被せる。扱く手は先走りの汁でベトベトで、鼻をつく青臭い性の匂いに頭がクラクラした。
「良いのよ。出しなさい、絵理」
「お、尾崎、さん……!」
 ビクン、と絵理の体が大きく跳ね、ティッシュ越しに生暖かい迸りを感じる。しかし、誤算はそこで起こった。
「きゃっ」
 ティッシュが薄かったのか、カウパー液で脆くなっていた壁を突き破るように精液が顔にまで掛かる。頬にべっとりとついた
それは、あと少しずれれば口の中に入っていたかもしれない。
「ごめんなさい、その」
「大丈夫よ。それよりも絵理は?」
 作業的に顔をティッシュで拭く尾崎にどこかで気落ちしてしまう絵理。ただ、そのおかげか、力なくうな垂れる性器に尾崎は胸を撫で下ろす。もう時間はない。まだ快感の余韻が尾を引いているのか、虚ろな目をしている絵理を引っ張り、外に連れ出した。

 社長にどやされながら社用車にに乗り込み、尾崎の運転でテレビ局へと急ぐ。終始、二人が無言だったのは仕方のないことかもしれない。
 それでもチラチラと、フロントミラーからこちらを覗く尾崎の視線は存外、居心地の悪いものではなかった。自分の為に、あんな汚いことをしてくれた。もとより外部からの物理的な刺激に必要以上に反応してしまう絵理のこと。初めて会った時のこと、初めてオーディションに勝ったときのこと。その度に刷り込みのように覚えてきた尾崎の優しさ、暖かさ、脆さ。
 こんなものが生えて尾崎さんに嫌われるかもしれないと思った。でも、尾崎さんはなんとかしてくれた。私の為に。
 言葉を選ぶように話しかけてくる尾崎に絵理は熱に浮かされたように、「うん、うん」と頷き返す。
 ただ、その顔とは裏腹に絵理の中で一つの暗い炎が点いてしまうのを、絵理自身も気づかなかった。頭にこびりついて離れない、精液に汚れた尾崎の顔。粘つく欲望の固まりに僅かながらに恐怖の感情を映した顔。
 もっと、したい。
 尾崎に気づかれないように絵理はまた勃起したそれを、スカート越しに愛おしく撫でた。

/

 確かに悪い話ではないかもしれない。少し酔いの回った頭を冷ましながら、尾崎はテレビのリモコンに手を伸ばした。
 どうしてもって譲らなくてね。
 そう言って石川がお見合い写真を渡してきたのは二週間前。その顔は申し訳ないという顔を形作っていたが、はたしてどこまで本心なのか。ワケありのアイドルばかり抱える事務所の社長らしく、人の食えないところを持ち合わせているこの女傑に、尾崎は苦い顔で写真を受け取った。
 きっかけは絵理のCM撮影について行って偶然、見かけたからという。写真には育ちの良さが分かる身なりのよさと、大学生でも通る爽やかな笑顔が写っている。さぞやご自分に自信があるのだろう。同封されていた手紙には「玲子さん」といきなりの名指しに尾崎は苦笑を漏らした。はたしてこの場面を絵理はどんな顔をするのか。それとは別に絵理に生えてしまったアレもまた思い出し、自然と震えてしまう手を抑えるように、尾崎は写真をバッグにしまいこんだ。
 そうして今日、男のための化粧でいつぶりかに着飾った尾崎はお見合い相手のところへと足を運んだ。お見合いといってもデートのお誘いに近く、ここから程遠くないお台場で二人はひと時を過ごした。
 結論から言えば、それほど悪い男ではなかった。写真の印象からあまり外れることもなく、またそれなりに遊んでいることもひけらかすことなく、女を楽しませるだけのエスコートが出来ていたと思う。むしろ、男と二人で遊ぶなんてそら懐かしいもののやり方を思い出すのに精一杯で、こちらが赤面することも多かったことが恥ずかしい。タイアップ先の重役のボンボンだからと嫌々に顔を出した分、このような結果になってしまったことに尾崎が一番、驚いていた。
 久しぶりに向けられた、異性からの純粋な好意。相手も悪くない。このまま事の運びに任せれば、有体に言えば女の幸せが待っている。仕事は順調であると同時に、ひと段落ついた状態。おもむろに出てきた天秤の傾きは明白だ。
 ただ、そこまで考えても彼女の大半を占めるのは絵理であり、華奢な少女からは想像もつかないアレの威容だった。
 ちょっとぉ、ちゃんと聞いてるんスか?
 深夜の帳を引っ掻きたてるような甲高い声に意識が戻る。そこでやっと自分が電話をしているのだと思い出した。手慰み程度に弄くっていたリモコンに反応して、テレビではつまらないバラエティー番組を垂れ流したまま。尾崎は電話越しの少女に「ごめんなさい」と謝った。
『そんなんじゃあセンパイも苦労してるデショウネ。あーあー、これだから極悪プロデューサーは』
 随分な態度ではあったけれど、その言葉尻に棘がないことは感じ取れる。周囲が思っている以上にこの電子の妖精はよく気が
つくし、優しい性根の持ち主だ。
「ごめんなさいね鈴木さん。それで、話ってなんだったかしら」
『だからぁ! ってもうイイデス! あーもう心配して損したー!』
 乱暴に電話を切ったのだろうけれど、携帯電話ではそれもただの電子音だけでどこか味気ない。尾崎はむくれっ面を浮かべているだろう天敵に微笑みながら、携帯電話と自分の体をそのままソファに預けた。もう番組は終わったのか、消費されるだけのCMの音が耳に入り込んでくる。その中に絵理の新曲のCMも紛れ込んでおり、尾崎はほどよい疲労感の中で先ほどの電話の中身を租借する。
『センパイ、調子悪くないデスカ?』
 サイネリアと名乗る少女からの電話の用件は、実に的確なものだった。仮にも絵理の一番のファンを名乗るだけはあると、本人には絶対に言わないが尾崎は心中で褒める。
 アイドル、水谷絵理はビジュアルこそ神様から頂いた抜群のものを持ち合わせているが、歌やダンスに関してはけして才能溢れるものではない。歌うために生まれてきたような愛や、男性と女性両方のステージング技術を持ち合わせる涼に比べたら見劣りしてしまう。それをカバーするために絵理が出来ることは弛まぬ努力の一点のみ。天才、星井美希に対抗するためにステージ全てを掌握するような集中力と研鑽の先にある輝き。凝り性の絵理からしてもそれは苦痛を伴うもののはずなのに、少女は尾崎と共に磨き上げてきたのだ。
 ブリリアントカット。彼女のステージングをして、武田蒼一がそう評した時は尾崎にも笑みがこぼれたほどだった。
 しかし、その煌きもたった一つの異物によって壊されようとしている。たった一つの調整ミスが命取りのレーシングカーのように、微に入り細に入りで鍛え上げた絵理のそれもまた、実に脆いものなのかもしれない。
 たとえばレッスン一つにしてもそうだ。
 絵理のレッスンは基本的に尾崎とのマンツーマンで行われる。基本的なトレーニングは専門の講師に任せているが、オーディションに臨む際の最終調整などは尾崎と二人で組み上げ、オーディションを勝ち抜くために戦略を練る。今でこそ他を寄せ付けない圧倒的な実力があるものの、実力派の揃う765プロのアイドルと戦う場合は多くの時間を割いてその対策を講じていた。弱点はないのか、その弱点を突くにはどうすべきか、その為にどういったレッスンをすればいいのか。華やかな彼女とは裏腹に、とても地味で根気のいる作業を続けてきたのだ。よく絵理もついてきてくれたと思う、と言葉に出来ないほどの感謝が尾崎の中では浮かんでは消えていった。
 それだけに今の状況の滑稽さというか、惨状には頭を抱えそうになる。
 それはレッスン中、突然、始まってしまう。
 ねえ、尾崎さん。私……。
 上気した瞳と顔、そしてレッスン用のジャージを盛り上げる股間を恥じることなくこちらに向ける絵理。その度に尾崎はチラリと時計を垣間見る。しかし、彼女の不安もお構いなしに絵理は尾崎の手を取ると、押し付けるように自分の股間に掌を導いた。ジャージ越しからでも分かるほどの熱量が掌に伝わり、思わず尾崎は身をひいてしまいそうになる。少女を傷つけてしまうからとグッと堪えるものの、その少女はその反応こそたまらなく楽しかった。
 尾崎さん、いつまで経っても慣れないんだ。
 奥底の暗くて深い部分に炎を点しながら、絵理はまるで生娘のように顔を赤く染める。その実、絵理のほうから始めたはずの行為は"彼女のため"という名目によって正当化されてしまう。ジャージの上から扱く尾崎の手の動きにもどかしさを感じ、「ちょくせつ……」と絵理は尾崎にささやく。
 尾崎の手がジャージの中に入り込み、剛直が女性らしい、しなやかな手に包まれると絵理は臆面もなく快楽に顔をゆがませた。ジャージが邪魔して満足に扱けないが、カウパー液により滑らかになった手の動きに絵理は満足している。むしろ、視覚的に確認できないせいか、尾崎の方がジャージから漂う強烈な性臭に眩暈を起こしてしまいそうな心持だった。
 扱きやすいように床に膝をつくと、絵理は待ち構えていたように彼女の顔にペニスを押し付け始める。特に口に向かってくるソレに尾崎は顔を逸らした。
「悪ふざけはやめなさい。絵理」
 見上げれば、絵理は駄目? と言わんばかりの顔を浮かべていたが、流石にこればかりは聞いてあげられない。顔を遠ざけ、絵理の好きな速度で扱きあげると、頭上から声が漏れ始めた。裏筋をやや乱暴に、それが彼女の好きな強さ。
 絵理が射精するまでの間、妙な沈黙と水音が尾崎の耳目を刺激する。眼前にはこちらにピクピクと小刻みに反応し続ける男性器。鈴口はこちらに照準を絞り、思わず舐めてしまいそうなほど先走りの汁が漏れ出している。扱く手はカウパー液でベタベタにされ、洗っても落ちないのではと思うほど、やらしい臭いが染み付いていた。
 絵理の口から上ずった声が漏れ始める。そろそろと尾崎は床に置いたままの箱ティッシュに手を伸ばすが、それよりも先に射精は開始された。
「きゃっ」
 なるべく行為中は音を出さないように気をつけているが、顔面に精液を掛けられて我慢出来るはずがない。逃げようと顔を逸らすが、絵理の両手が頭を掴んで離そうとしてくれなかった。ビュクビュクと音が聞こえてきそうな距離で顔はおろか髪にまでかけられる始末。観念したのか、尾崎は目をつぶってその時が終わるのを待った。
 ひとしきり射精を終え、絵理は亀頭を尾崎の頬に擦り付ける。犬猫が自分の臭いをつけるように、尾崎もまた絵理にマーキングされていた。
 満足かしら? 思わずそう言いかける口をつぐんだのは、口を開くと同時にペニスを押し込まれそうだから。ここまで独りよがりに振舞う絵理を見れたことは嬉しいが、それが性欲の発散によるものであることに内心、失望してしまう。それでも絵理のため、と尾崎は微笑みを浮かべて見せた。絵理もまた笑う。
 白濁液に汚された彼女を見て、本当に嬉しそうに笑った。

 一連の場面はいったい、何日前の記憶だろうか。それこそ一週間前はおろか、昨日にもやられている。今の絵理の状況からして、彼女のストレスのぶつけ役が自分しかいないことは尾崎自身にもよく分かっているが、まるで性欲処理にのみ存在する道具のような扱いに少し落ち込んでしまう。辛いのはなにより絵理のほうだと奮い立たせるが、なによりも絵理本人がこの状況を楽しんでいるように見えてしまうのが怖いところだった。
  数日後には大きなオーディションが控えている。なんとかしなければいけない。ソファから起き上がり、カーテンを開けると豊洲の夜景が尾崎の心の波を静ませる。遠くに見えるレインボーブリッジを見つめながら尾崎はふたたび心に決める。
 精神的な面はもちろん、物質的な部分でも絵理と出会ってから豊かさを増した。今の地位、このマンションの一室、この夜景を手に入れたのも絵理のおかげ。なら、絵理の為に出来る限りのことを。
 七色の橋が灯りを落とし、窓ガラスに映りこんだ尾崎の顔は険しくも優しいものだった。

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 提案があるの。
 レッスンの休憩中、尾崎は絵理にこう切り出した。尾崎の顔を見て、その顔の真剣さに居住まいを正す。いくら今の関係が捩れようと、多くの言葉を用いずとも通じ合うことに尾崎は内心、安心した。いや、ここで安心しては駄目と、直後に自分に喝を入れる。しかし、頭ではわかっていても言葉の歯切れまではあまり良くならない。
「その、いつも絵理にしていることだけど、少し控えないかしら。アレのせいでレッスンの時間も短くなっているし」
 弁解のような口ぶりは絵理に反撃の隙を与えてしまう。わざとらしい位に気落ちしてみせる絵理に、尾崎はグッと堪えてみせる。それもすぐに少女の言葉によって崩されてしまうのを知っているのか、絵理はあえて俯く顔から笑ってみせた。
「ごめんね、尾崎さん。私、迷惑? だったよね」
「そんな、迷惑だなんて」
 ああ、茶番。少し穿った見方をする者ならそう口にしていたかもしれない。既に主導権を握られている尾崎はひたすら、絵理の言葉を待った。
 じゃあ、と言った時、尾崎からは見えなかったが絵理は確かに笑った。先ほどまでの笑みとは違う、獲物が罠にかかったような、そういう類の笑みを一瞬だけかべるとすぐに引っ込めてみせる。か弱く、庇護欲をそそる弱者の顔。尾崎と出会った頃はどういう顔ばかりしていたかもしれない。しかし、その顔は絵理の持っている表情の中でもっとも攻撃的だ。絵理は待っていたかのように言葉を紡ぐ。
 上手く出来たら、口でして。
 絵理の提案は妥協案であるが、尾崎はもう頷くしかなかった。その返事に満足したのか、絵理は再びレッスンを開始する。ここ数日、絵理の性欲の処理で沈殿していた性臭など吹き飛ばすように快活な動きを見せる絵理。現金なものだと尾崎は思うが、これで済むのなら話は早いと無理やり納得する。顔に射精され、ろくに拭くことも出来ずに雄の臭いをべったりとつけたまま事務所に行かされたときなど、生きた心地がしなかったくらいだ。
 オーディションまで十五時間。とにかく当面の不安は取り除かれたと、尾崎は胸を撫で下ろした。
 安心した顔を浮かべる尾崎に、絵理は黙々とレッスンを続ける。ただ、その心中は獲物を前にした猛禽類のそれに酷似していた。もう少女の中にある暗い炎は彼女の体を焼けつくし、今はただ尾崎の提案に対する報いを望むソレに取って代わっている。尾崎はそんな絵理の変化など知りもしないだろう。ただ、何も知らないのは罪であるかもしれないが、罰を受けるかどうかは周囲次第である。
 尾崎さん。私に気持ち良いこと教えたのが誰か、ちゃんと教えてあげるね。
 絵理はその罰を、報いを受けさせようと鏡の前の自分を必死に御した。

 オーディションは絵理の圧勝だった。それこそ二位以下が可哀想だと思ってしまうほどの独壇場。このオーディションを機にアイドルを辞める人間が出てくるのではないか、審査員からそう危ぶむ声すらあがるほどに絵理は圧倒的だった。
 担当アイドルとはいえ、絵理の底知れなさに尾崎の方が驚愕してしまう。思い出すのはつい数十時間前のこと。言葉ひとつで、約束ひとつでここまで変わってしまうものなのか。化け物を見るような目を浮かべる周囲を押しのけ、記者に囲まれている絵理を労おうと近づく。
 一瞬、少女がこちらに向ける。その顔を見て尾崎は全てを悟った。
 もう、逃げられないよ?

 取材を終えた絵理に引っ張られるまま、二人は控え室に足早に入っていく。乱暴に押し込められた割りには、静かに閉まるドアがホラー映画のソレに近いようにも感じた。無理を言って鍵を付けてもらったこの控え室なら、誰の邪魔も入らない。鍵のかかる音を確認して、絵理はゆっくりとこちらに振り向く。もうジャージの上からでもハッキリと分かるほどに隆起したそれに尾崎は息を飲んだ。
 化粧台の椅子に座る絵理が脚を開き、その間に尾崎が座りこむ。すでにいやらしい臭いを放つズボンに恭しく手をかけ、ゆっくりと下ろした。眼前でそそり立つ剛直はいまや遅しと尾崎の口内に狙いを定めているかのように思える。
 いくわよ、言葉と共に唇がペニスに触れる。舌を差し出し、熱を持った竿を舐め上げると絵理の膝が震えるのが分かった。仮性包茎らしく、皮から飛び出した亀頭にキスをし、カリの部分をほじくりかえすように舌を潜り込ませる。はたしてそんな技術を誰に教え込まれたのか、むせかえるような男性器の臭いの前では上手く思い出すことも出来なかった。
「尾崎さん……」
 求められると同時に大きく口を開き、亀頭ごと頬張る。感動で打ち震える声に女としての満足感に浸るが、相手もまた同性であることに奇妙な倒錯を覚えてしまう。口で味わってしまえば次はどこで味わいたいか、そんなことは今も尾崎の口内を味わう少女でさえ分かることだ。
 ズズ、と少しだけ吸い上げながらペニスを奥のほうまで導く。これ以上は、という部分で止まると、収まりきらなかった部分を手で包む。そのまま手の上下動を加えると、椅子の上で絵理の体が跳ねた。ここまで素直に反応されるとサービスしてしまいたくなるのが女としての情。尾崎はゆっくりと首を動かし始めた。
 吸い上げながら、時には舌先で鈴口を弄りながら、尾崎のフェラチオは続く。微妙にストロークの深さと角度を変えて絵理の反応を窺う。はからずも上目遣いにフェラチオなどという、男にとって喜ばしい状況は絵理にとっても同じらしく、そろそろと伸ばされた手が尾崎の頭に置かれると、まるで従順な女にご褒美を与えるように撫でてみせた。困ってしまうのは尾崎の方で、まるで恋人同士のようなやり取りに男性器をくわえながら笑みを作る。
 徐々に硬度を増す剛直に、尾崎はストロークの速度を上げる。ジュポッジュポッと、いやらしい音が更に二人の興奮を高め、頭を撫でていた手が尾崎の頭のを掴んだ。
「尾崎さん、もうっ……!」
 尾崎はトドメとばかりに手の動きを加える。絵理の腰がせり上がり、尾崎の喉奥まで犯されていく。多少の吐き気を我慢しながら、頭を絵理の股間に埋めるように頭を激しく上下動させた。プクリと、亀頭の先が膨れ上がり最後を感じ取る。口を離そうとするものの、案の定、絵理の手によってそれは阻まれ、尾崎は喉奥を差し出した。
 絵理の切羽詰った声と共に射精が開始する。喉の奥まで精子が迸り、尾崎はえづくのを我慢しながらそれを嚥下する。粘り気のある精液を飲みほすだけでも辛いのに、奥まで突っ込まれたペニスに尾崎は自然と涙を浮かべていた。口腔内で跳ねるたびに遠慮なく爆ぜるそれを包み込むように、尾崎は口をすぼめて更なる射精を促す。
 しばらくの絶頂のあと、全てを搾り出した絵理が椅子に体を預ける。勢いのまま口から離れたペニスにこびりついていた精子が飛び散り、尾崎の顔を塗らす。あまりの量と勢いに口の端から精液を垂らす尾崎を一瞥して、絵理は満足そうに息を吐いた。尾崎はまだ精子を飲んでいる最中で、鼻腔から抜ける濃厚な精子の臭いと理性のせめぎ合いに苦悶の顔を浮かべている。絵理の最近のお気に入りの顔だった。
 尾崎が目を閉じている間、絵理はゆっくりと視線を降ろし、尾崎の体を品定めする。ここまでされた女の体がどういう反応を示しているか、同じ女だからこそ十分すぎるほど分かっていた。この場で押し倒してしまう欲求にも駆られたが、ただ一度きりの快楽を追って、この美味しそうな獲物は逃したくない。
 尾崎が目を開くと同時に、絵理はもう一人の自分を引っ込めた。
「美味しい? 尾崎さん?」
 あとはもう、恋人のように振舞うだけ。悪戯っぽく聞き、尾崎は恥ずかしそうに頷いて返した。
 大丈夫、いずれ手に入るのだから。
 絵理が笑って見せると、尾崎もまた笑う。
 それまでは、綺麗な尾崎さんでいてね?
 少女の欲望は、確実に目の前の女の喉元までその牙を近づけていた。

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 カーテンを閉め切った事務所の更衣室はエアコンを全開にしてもどこか、湿気が肌に張り付くような不快感がつきまとう。尾崎は部屋にこもったその饐えた臭いにも動じることなく、目の前に差し出された、屹立したペニスを口いっぱいに頬張った。鼻腔から抜ける雄の臭気に眩暈を覚えそうになりながら、喉の奥まで剛直の持ち主へ明け渡す。まるでそこが一つの性器になったように包み込み、吸い上げる動きは実に手馴れていた。頭上では少女の喘ぎ声ともつかぬ息遣いが妙に生々しい。
 くわえたまま、口内で亀頭を舐め上げていると尾崎の頭に掌が置かれた。ご褒美代わりのナデナデ。そういう心積もりではないのに、上手く出来ているという満足感と褒められたという幸福感が尾崎の心中を更に複雑なものにしていく。別にこれが欲しいわけじゃない。それなのに体はいやってほど素直に反応してしまっていた。男にこれほどまで献身的に奉仕する経験なんてものがない分、尾崎は自身の中に巣食う被支配欲の存在にただただ戸惑うばかりだ。むしろ、彼女が従属する姿を明確に思い浮かべているのは絵理のほうかもしれなかった。
 頭を撫でる度に、どこかくすぐったそうに首をよじり恥ずかしがる顔を浮かべる尾崎。その中に女としての悦びを感じていることを絵理は目敏く感じ取っていた。尾崎が絵理のことをいつも見守っていたと同様に、絵理もまた尾崎を見ていた。自分に外の世界を教えてくれた人。人と触れ合う楽しさ、努力の苦しみ、勝利の喜び。そして気持ち良いことを教えてくれた。もうそれは動物の刷り込みに近いレベルで絵理の心を狭く深いものにしている。絵理自身もその狭さを自覚していた。
 それでも構わない。腰の辺りからせり上がってくる精液の勢いに腰を震わせると、少女は尾崎の頭を両手で掴んだ。合わせるように尾崎が口の奥深くまで男根を誘い込み、射精の準備は整う。あとはただ爆ぜるだけ。無意識に腰を押し出すと、全身の力が抜き取られるように射精が始まった。
 尾崎が口での行為を許してくれるようになって一週間。ほぼ毎日のように彼女の口を犯す日が続き、それでも物足りぬと絵理は尾崎を求めていた。ただ、求めているのは必死に精液を飲み込もうとする目の前の女も同じかもしれない。
 ひとしきり尾崎の口の中に出し終えると、ゆるゆると腰を引いて抜き取る。白濁液にまみれた肉棒をどこか物惜しげに見ていた彼女に、絵理は「綺麗にして?」と、亀頭を尾崎の頬に擦りつけた。しょうがないわね、と口では言いながらも安堵の顔を浮かべた彼女はまた愛おしそうにペニスに舌を這わせた。
 随分と従順になってきた。絵理は射精後の気だるい思考の中でおもむろに尾崎の体に手を伸ばす。腰の下で座りこむ尾崎に手を伸ばすとなると、少々不恰好な姿勢になってしまうが、すぐに掌に感じる乳房の柔らかい感触によって気にならなくなった。
 しかし、そこから先の尾崎は強情だ。
「だめよ。絵理」
 ほとんどお掃除を終えた尾崎が男根から口を離して絵理の手を振り払う。もう少しで谷間の中へと埋もれることが出来た腕が宙をさまよう。一瞬、カッとなる頭をおさえつけると、絵理は困ったように首を傾げてみせた。尾崎の弱い顔。それでもこちらを見上げる彼女は首を縦に振ることはない。
 おそらく触れられたら最後、ズルズルと体の関係になってしまうことを尾崎も分かっているのだろう。ジクジクと体の奥で燻る情欲の炎から必死に逃れるように、絵理の求めを拒んでいた。もちろん、少女にとっては面白くないことであるが、そこまで簡単な女でないことに絵理は不思議と満足している。二人の関係性は当人同士ですらいまいち把握しきれていないところがあった。
 ティッシュで口元を拭った尾崎はいそいそと立ち上がると、次の撮影場所に促そうと絵理のスカートの乱れを直す。先ほどまで悪魔的でさえもあった逞しいモノは指一本で隠れてしまうほどに小さくなっていた。こんな可愛らしいものがどうしてあんなに禍々しい姿に変わってしまうのか。今更に人体の偉大さを感じながら、尾崎は絵理の姿を確認して背中を向けた。
 ここから先はアイドルとプロデューサー。トップをひた走り王者の道を切り開く常なる挑戦者。尾崎だけはその切り替えを終えていたのだが、背中を向けられた少女はそうではなかった。
 グイッと引っ張られた意外な力強さに悲鳴があがる。踏み出そうとした足では十分に踏ん張りが利かず、床に倒れこむ。したかかに打ってしまった腰を擦っていると、いつのまにか正面に回っていた絵理が脚の間に割って入ろうとしていた。無駄な肉を削ぎ落とした肉体はしかし、同年代の少女であれば倒れてしまうほどのレッスンを重ねて実に逞しい。グイグイと体を押し込むと、無防備なスカートの中が露わになってしまう。
「やめっ……絵理っ」
 一思いに蹴っ飛ばしてしまおうかとも考えたが、ヒールではどこに傷をつけてしまうか分からない。寸でのところでプロデューサーとしての選択をした尾崎は、スカートの中に忍び込む手の感触を堪えようと唇を噛んだ。
 下着の上をなぞる指先は今すぐにでも中へ入り込んでしまうのではないかというほど、荒々しいものだった。それでも素直に反応してしまう自分の体が恨めしい。多少の苦痛を快感として受け取ってしまう嗜好を、尾崎もまた絵理に見抜かれていた。まるで尾崎の心中を見透かす様に、絵理は優しく微笑んでみせる。
 気持ち良い? 尾崎さん?
 目は口ほどにものを言い、その手つきは尾崎の何を求めているのか、いやというほど分かってしまう。いつのまにか下着と足の付け根の稜線をなぞっていた指が、徐々に下着の内側へと入り込んでいく。腕は倒れこむ体を支えるために床に突っ張っており、もしも仰向けになったらと思うと、それ以上の抵抗は出来なかった。
 クチュリと、部屋全体に響いたのではと思わず心配してしまうような水音が尾崎の中で撥ねる。指によって開かれた大陰唇の先、柔らかい粘膜が覆う膣道の入り口が好き勝手に蹂躙されていく。スカートが邪魔になって尾崎からは見えないことが、かえって彼女を昂ぶらせていた。
「ああ……ふぅぅ……うっ……」
 噛んでいた唇が変色するまでに力を込めても、際限なく送られてくる快感に理性はもろくも崩れさっていく。見えないけれど、すでに指が届くギリギリのところまでねじ込まれ、膣壁を強めに擦られると尾崎の意識はさらに靄がかかったように曖昧なものになっていった。絵理の細く、繊細な指先が入っていると思うだけでもどこかプロデューサーとして悪いことをしてしまっているような、倒錯的な罪悪感が責めたてる。
 ダメだけど気持ち良い。気持ち良いけど、ダメ。
 まるで自分の中の天使と悪魔が囁くように、体を迸る快感とそれを塞き止めようとする理性とがない交ぜになる。絵理はもう分かっているのか、尾崎の体を押さえつけることもせず、彼女の中を楽しんでいた。なにより尾崎が自分のテクニックでちゃんと感じてくれているのが嬉しくて仕方ない。苛烈な態度とは裏腹に常に不安はつきまとう。
 本当にこんなものが生えてしまったとき、絵理は尾崎の反応こそをなにより恐れていた。ほかの人間になら隠し通すことも出来るが、この目聡いプロデューサーを騙すことは出来ないだろう。だからといって正直に話せるのか、すべてを打ち明けたところで尾崎が受け止めてくれるのか。拒否されたら、拒絶されたら。だからこそ受け入れられたことで絵理の中で確かに何かが変わってしまった。
 その意味では、少女は尾崎に囚われているとも言える。ただ、その主導権が実に曖昧であることは彼女たちにとって不幸中の幸いなのかもしれない。
 指が前後する度にせり上がる快楽の稜線が尾崎をさらっていく。自慰なら経験はあるはずなのに、絵理に触られているという一点だけでここまで気持ちが良いなんて。まるで最初からそうして欲しかったみたいじゃない。そう毒づく暇もなく吐く息の粘度が徐々に増していき、今はもう指の動きに全てをゆだねていた。
 更衣室に響く水音と漂う性臭が二人の脳髄を満たす頃、尾崎が二つの限界を訴え始める。一つはロケの時間が迫っていること。そしてもう一つの限界に尾崎は潤んだ瞳を向けることで絵理を止めようとした。
 お願い、絵理。私、もうこれ以上は。
 まるでその先を望んでいるかのような懇願は意外にもすんなりと通ってしまう。指を引き抜いた絵理は、あっさりと体を離して尾崎を見下ろした。
「あ、あの、え……?」
「尾崎さんが言った?」
 それだけ言って、クルリと踵を返す少女。ギリギリのところで止められてしまった尾崎にとってたまったものではないが、それでもヨロヨロと体を持ち上げる。今も快楽を欲する体の奥を精神力でのみ抑えつけ、絵理の後を追うのは立派だった。ただ、絵理はそんな尾崎の努力など、この後の更なる恥辱へのスパイスにしかならないことに思わずその相貌を崩しそうになる。
 尾崎さん。もっともっと、尾崎さんの恥ずかしいところ、見せてね?
 尾崎に見えないよう、ポケットに押し込んだ布切れを手で弄びながら絵理は外で待つ車の元へ急いだ。


「はーい。それじゃ絵理お姉さんにご挨拶しよーねー! こんにちはー!」
 保育士の女性が挨拶をすると、続けて子供達も元気そのものといった風に挨拶をする。こんにちはの嵐の後に、絵理は普段の彼女からは若干、イメージから離れる溌剌とした笑みを返した。続けて「こんにちは」とよく通った声で挨拶をする少女。以前の絵理であったなら怯えてもおかしくない状況もいまや慣れたもの。一流アイドルとしてのオーラは子供たちにも伝わったのか、それぞれ神妙な顔で絵理を眺めていた。
 新たなファン層の獲得を目指して幼児向けの番組に出演することになって数ヶ月。いまや子供とその親の心を掴んでいる絵理は幼稚園のロケでも人だかりの中心にいる。収録前から絵理の腰ほどしかない男の子が顔を真っ赤にして、一生懸命摘んできた花束と共に求婚してきたりと、ここでもアイドル水谷絵理は健在だった。
 すごいですね、と保育士の女性が話しかけたのはプロデューサーの尾崎。それに「ありがとうございます」と遠慮がちに返す彼女であるがしかし、その心中は今すぐにでも逃げ出したいほどに切迫していた。
 無意識にスカートを撫でる手のひらから伝わる感触は、さきほどから繰り返したので何も変わらない。スカート一枚を隔てて感じるのは何も覆うものがない生の臀部。混乱した頭が濡れぼそる股間から意識を離していたことで気づくのが遅れてしまって
いた。抜き取られた下着はおそらく絵理が持っている。一人気づいた尾崎を見て、意味ありげに笑ってみせる顔はまさに確信犯のそれだった。
 とりあげようと思っても、園児に囲まれている今ではやりようがない。ただ収録が早く終わってくれることを祈りながら、尾崎はその場で立ち尽くしていた。
 収録が終わり、園児たちといつまでもお別れの挨拶を繰り返している絵理。まだあんな顔も出来るのね、と尾崎は久しぶりに穏やかな気持ちになる。自分を嬲るときの、まるで猛禽類のそれに似た獰猛な瞳と嗜虐的な笑みが尾崎の心をバラバラにちぎっていく。ふいに思い出したせいか、せっかく冷めた体がまた熱を覚え始めたところで尾崎は振り払うように足を動かした。
 スカートが足を動かしたことで僅かにはためく。そこまでは良い。ただ、そのスカートがそれ以上に、自分のお尻まで持ち上がることまでは考えがつかなかった。
「てやー!」
 背後からあがる園児の声に、風にはためくにしては不自然に持ち上がるスカート。次の瞬間にはスカートをめくられていると気づき、尾崎は手を後ろに回してめくったであろう犯人の方を向く。おそらく下着が見えるであろうと思っていたのだろう、ポカンとした顔の園児以上に尾崎は混乱していた。
 違うの。私、その、これはあの子が勝手に。自分がしたわけじゃなくて、その。お願い。それ以上、もう見ないで。
 もとより子供のあやし方など知らない彼女からしてどのようにこの園児の口を塞ぐか、それこそ物理的な方法も考えたところで救いの手は意外なところからやってきた。
「ほら、絵理お姉さんと握手?」
「お姉さん、でも、パンツ……」
「おいで?」
 優しく、というよりも有無を言わさぬ迫力で園児の手を取るとすぐにまた園児の群れの中へ戻ってしまう。あっという間の出来事に慌てて謝りに来た保育士に気づくまで、尾崎はそのまま呆けていた。とにかく引き返せないほどの危機が去ったことは分かったけれど、未だに震える脚がなかなか言うことを聞いてくれず、結局、絵理に呼ばれるまで尾崎はスカートを握り締めながらその場に立ち尽くした。

 バレなくて良かった?
 事務所に戻ると、やはりまた絵理に更衣室へと引っ張り込まれてしまった。なんでこんな時に限って事務所に誰もいないのか、愚痴を出そうにも自分の体をまさぐる少女の手によって嬌声へと変えられてしまう。
「ん……え、り……んっ」
 今度は押し倒されないようにと壁を背にしたが、体ごと壁に押し付けられ、むしろ好き勝手にされてしまっていた。上着の裾から忍び込んだ手は胸に、下着を抜き取られたままのスカートの中にはもう一つの手が暴れている。首筋に顔を埋め、甘噛みを繰り返す少女は舌で舐め取れる場所は全てといった風に尾崎の体を味わっていく。絵理の唾液の匂いがそこらの犬畜生のように尾崎を昂ぶらせ、反抗させる意思さえも噛み砕かれてしまった。
 もう半裸に近い格好の尾崎はズルズルと、壁にもたれかかったまま腰を落としていく。ペタリと床に座り込むと、やはり絵理の勃起しきった男根が待ち受けていた。もう少しの嫌がる素振りもなく、尾崎は口いっぱいに頬張ってみせる。口腔内に広がる味、鼻を通る臭いは全て彼女を狂わせる為の媚薬となっていた。
 しばらくモグモグと租借するように味わっていたかと思うと、絵理の方からペニスを口から引き抜く。つなぐ唾液の橋に今更ながらに頬を染める尾崎の顔もまた絵理の好きな顔だった。時折、処女のような反応を見せる年上の女性を愛おしくてたまらない。口に出せば泡沫のように消えてしまいそうなほど、絵理の想いは儚いものだ。
 絵理もまた膝をつき、尾崎を壁のない方向へ倒そうと徐々に体重をかけた。散々、乱暴にしてきたくせに、バカに丁寧な手つきが逆に意識させてしまう。
 セックスしたい。
 猫を思わせる絵理の大きな瞳の奥、仄かに灯る暗い炎が形を潜めると同時に、童貞の少年然とした初々しさで尾崎と向き合う。
股間にあるモノを除けば、絵理は不恰好な恋心を抱える少女へ戻っていた。そしてその瞳の意味を尾崎も分かったのか、ふいに戻る意識が急激に彼女の警鐘を鳴らし始める。
 駄目。そんなことをしたらもう戻れない。戻りたくなくなってしまう。
「尾崎さん」
「ごめんなさい……」
 そっと押し返す腕が何よりも重い。俯く絵理の視線を追う。自信を喪ったように小さくなるペニスに急に罪悪感が募るのを尾崎は目をつぶって堪えてみせた。いまさら拒んだことを悔やむなんて、なんて自分勝手な女なことか。
「ごめんなさい」
 立ち上がって見せると、意外にも軽い足がさっさと尾崎を更衣室の外へ運んでいってしまう。自分でも薄情なほどのスピードで去った尾崎。残されたのは想い人に拒まれた哀れな少女。浅薄な性欲と鈍重の想いは手を取り合うことなく、最悪の結果へと繋がってしまう。
 尾崎さん。分かってたけど、でも、どうして。
 この時まで、この瞬間までは確かに絵理はアイドル、水谷絵理であった。生えてしまった歪なモノを抱え込み、それでも必死に自分を保ち、漏れる欲情を受け入れてくれる人が支えの全て。ただ、今はそれもいない。いないなら、水谷絵理もいないと等しいと少女は考える。
 あの人はいなくなってしまった。私の想いを受け止めてくれなかった。
 絵理はフラフラと壁に手をつきながら立ち上がる。そのままの足取りで自分のロッカーへと着くと、絵理はゴソゴソと何かを探し始めた。焦点の合わない瞳が見ているものはバッグの中を漁っているはずなのに深く、暗く、淀んでいる。
 それなら。
 ピタリと動きを止め、目当ての物が見つかってロッカーから離れる絵理。それを手にすると浅く浅く、よく見ないと分からない程度に微笑んでみせた。しかし、その笑みは今までのソレと全く違う。
 それなら、むりやり?
 アイドル水谷絵理ではなく、違う絵理が笑っていた。

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 翌日、尾崎は久しぶりの休日を取った。絵理の収録が控えていたけれど、顔を合わせない日がないと言っていた社長が代わりを務めてくれたという。
 あまりに家に戻る時間が少ないせいか、僅かに埃の膜が包んでいた部屋を一日かけて掃除する。まるで脱皮をするように、尾崎は黙々と家事に専念していた。絵理ほどではないけれど、もともと内向的な面がある彼女にとって穏やかな気分が部屋にも満ちているよう。しかし、昨日から放っておきっぱなしの携帯電話はひっきりなしにテーブルの上から尾崎を呼び続けていた。
 ようやっと携帯に手を伸ばし、着信履歴を確認する。ほとんどドタキャンに近い休日だったせいで、事務所関係者や局の知り合いなど様々な人が慌てたであろう。大体が一流の人間であるからして、尾崎自身がいなくてもどうにかなってしまうけれども、久しぶりに非常識な行動を取ってしまったと少し反省した。
 順々に履歴を眺め、やはり絵理の名前がないことに、尾崎は仕方ないと納得しながらも、僅かに影を落とす。それは自然な感情であるかもしれないが、尾崎は自分をことさらに叱咤した。なにより昨日の今日のことで、絵理に何を期待していたのか。誰にでもある独善的な部分を、尾崎は誰よりも受け入れず嫌っている。
 掃除の時に開け放した窓からは豊洲の人工的な街並みと、お台場の埋め立てられた海の中にやはり埋もれようとする夕日が目に痛い。人の手によって作られた島々を這うように電車が夕日の向こうへと走っていく。オレンジ色に染められた室内と尾崎は、汗ばむ初夏の陽気から逃げるように窓を閉めてシャッターをおろした。遮られても僅かに漏れる陽光が線条となって部屋を切り裂き、尾崎は切断されないような足取りでソファへと体を預ける。
 ちょっとした間隙でも、彼女の脳裏によぎるのは昨日のことだった。少女の求愛。おそらく自分の全てを投げ打ってでもという行為を、体面という安いプライドだけで振りほどいてしまった。なにより怖かったのだと、尾崎はそこに付け加える。性交を一種のステータスと履き違えた愚かな連中を相手にしてきた彼女にとって、絵理のまっすぐで不器用な愛情表現に尾崎はまず怯えてしまった。
 大事なときほど、相手が両手を広げるたびに言い訳をつけては逃げてきたツケ。冷静とは言い難いながらも、尾崎は自己批判を繰り返す。だからといって好転も悪化もしない思考の中、聞き覚えのある着信音で尾崎は意識を室内に戻した。
 着信相手を確認し、通話ボタンに指をかけると『このロン毛ー!』と、部屋中に響くほどの声が響く。相変わらず騒がしい子ね、とは言わないが苦笑したのが聞こえたのか、受話器からそのまま出てきてしまいそうなほどにサイネリアは止まらない。
『イーカゲンにしろデスよマジで! センパイ、また屋上にまで行ったんデスからネ! それをこのマダオはー!』
 マダオ? と尾崎は返すがサイネリアは聞く気がないのか、『トニカクッ!』と独特なイントネーションで尾崎に畳み掛ける。
『何があったか知らないけど、アンタがいなくなることでセンパイがまたいらない心配しなきゃイケナイし、そこらへんもうちょっとプロデューサーなんだからコウリョしろって話デスよ』
「ええ、そうね……本当に」
 サイネリアにとっても天敵である尾崎の消沈振りに毒気を抜かれたのか、むぅ、と渋るサイネリア。もとより誹謗中傷が目的でない分、この気難しい大人をどうすべきか、サイネリアは言葉を選んだ。
『まあその、前みたいな感じじゃないからアタシもそこまで首はツッコまないけど、でも、センパイにはアンタが』
 僅かな間。受話器越しの少女は大きく息を吐くと、少しだけ声を震わせた。
『ヒツヨウなんだから』
 悔しいデスケド。最後にそう付け加えると、あとは決まりきった憎まれ口を叩くだけ。まるで自分を慰めるように、電子の妖精は久々に顔を出した現実から顔を背けるように携帯での会話を終わらせる。会話が終わると尾崎は少し、サイネリアが羨ましくも可哀想にも思った。
 明日、絵理に会って、そして元の関係に戻ろう。埃を落とすために、尾崎はシャワーへと歩いた。

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 翌日、尾崎は出社すると早速、代役を務めてくれた社長にお礼を述べた。
 久しぶりに楽しかったわ、と笑うものの、その目にはやはり不安の色が纏わりついている。自分が逃げ出したときは絵理以上に苦労をかけてしまった人だ。集団のトップに立つ人間らしく磊落なのはその笑顔だけで、その中身は誰よりも繊細で臆病な人柄なのかもしれない。
 昨日からの報告を聞きながら、尾崎は目だけで絵理の姿を探した。途中、愛と涼を見つけたものの、肝心の人間がいないことに焦れる。
 あまりにあからさまな態度だったせいか、途中で吹き出してしまう社長。その様子なら心配ないようね、と肩を竦める彼女から恥ずかしいお墨付きを貰ってしまう。周囲から微笑ましいとばかりの視線を向けられるが、事態はその周囲が思っているほど、暢気なものではない。絵理さんならレッスンスタジオに、と助け舟を出す涼に笑みを返すと、尾崎は事務所の近くにあるスタジオへと急いだ。
 スタジオは貸切状態で絵理のほかに誰もいなかった。丁度良いとは思うものの、それは絵理も同じかもしれない、と思ってしまうのが怖い。もしももう一度、襲われれば自分は拒みきれるだろうか。連日のように続く半端な性行為は確実に尾崎を追い詰めていた。
 まだ絵理はこちらに気づいていない。壁一面を覆う鏡に向かい、音楽に合わせて複雑なステップを刻む足の裏はいくつものマメが潰れ、剣道経験者のそれと同じように硬い。視線は常にカメラを追える様に忙しなく動き、一瞬の緩みや弛みも見つからない。絵理と尾崎が共に築き上げたもの。夜空を彩る流星よりも短い煌き。刹那の賞賛のために様々なものを犠牲にしてきた。尾崎では届かなかった星の境地。
 なのに、なのに、なのに。
 絵理が尾崎に気づく。すぐにプロデューサーの顔に戻したのだが、絵理は一瞬だけ、その泣きそうな顔を見逃さなかった。
 絵理はステップをやめると、尾崎のほうへ振り返る。戻ってきてくれた尾崎が嬉しくて仕方ない。まるでそう言い出したくて堪らない、といった顔。
「尾崎さん」
 駆け寄り、そのまま尾崎の胸元へ飛び込む。もう何度もそうして来たはずなのに、絵理を抱きとめる瞬間、尾崎の体が強張ったのが絵理には分かった。馬鹿正直でどこまでも純粋な人。ほんの少しだけ絵理もいつかの感傷に浸るが、すぐにまたそれは暗く淀んだものに塗りつぶされていった。
 体を離すと、絵理は尾崎を見上げる。尾崎の好きな顔の角度、上目遣いはもう体が覚えていた。
「尾崎さん、もうどこにも行こうとしないで」
「ええ」
「約束?」
「ええ」
 か弱い少女の言葉に尾崎は小刻みに頷いてみせる。傍から見ればいつもの二人のやり取り。お互いがお互いを補い支えあう、比翼の鳥。ただその片方、絵理の笑顔はもうアイドルのものではなかった。平生の尾崎であればその違和感にも気づいていたのだろうが、そこまでの余裕を今の彼女に求めるのも酷な話であろう。もとより、尾崎が気づこうがなんだろうが絵理には関係がなかった。抱きしめながら、絵理は尾崎の体のラインを確かめるように手を這わす。怪しまれない程度にその腰の細さを、豊かな胸の柔らかさを味わう。
 尾崎さんの匂いだ。尾崎さんの肌だ。尾崎さんの、尾崎さんの。
 ああ、尾崎さんだ。私の尾崎さんだ。
 たった一日、それだけなのに絵理は我慢がきかなかった。
「ちょっ、絵理っ!?」
 胸の谷間に顔を深く埋め込み、手は彼女のスカートの中へと忍び込ませる。突っ込む、という言い方が正しいくらいに荒々しく、尾崎の尻を下着越しに撫で回した。谷間に埋めた顔から舌を伸ばし、乳房の間を舐める。汗のせいか、尾崎の味の中に少し塩気を感じる。
 尾崎の方は予想はしていたもののこんなに早く、苛烈に来るとは思わなかった。汗をかいた体からは覚えこまされた絵理の匂いが強烈に漂い、その中に混じる劣情の臭いがますます尾崎を混乱させる。拒まなければと思うほどに体はちぐはぐに動く。たまらず後ろに倒れこむと、今度こそ絵理が尾崎の上に覆いかぶさってきた。
 悲鳴が出そうになるのを、尾崎は両手で自分の口を塞いで止める。その間も絵理は尾崎の服を乱暴にたくし上げると、指を舌を尾崎の上で躍らせた。ふわふわの胸。すべすべのお腹。スラリとした脚。全てが絵理を楽しませる為だけに存在しているものにすら思えてくる。以前までは尾崎に対して抱えていた感情の中でも曖昧だった部分が、今ははっきりと分かる。
 もっとほしい。尾崎さんの全てがほしい。この人のぜんぶを支配したい。
 尾崎の手がまた絵理の体を押し始める。しかし、絵理も止まらない。体格だけでは計れない情念のようなものが絵理を後押していた。
「や、めなさ、い……絵理ぃっ!」
 なんとか押し返して立ち上がってみせる尾崎。逆に尻餅をつく絵理に、尾崎は上から懸命な顔を形作った。チラリと鏡で垣間見て、はたしてこの表情が正解なのか分からなくなりながらも、絵理を見下ろす。押し返されても拒絶されてもなお、絵理は尾崎を一心に見て離れようとしない。その時になってやっと、絵理がいつもの絵理と違うことに気づき始めた。一昨日の絵理とは違う、言うなれば何か、今までの彼女から何かが欠けてしまったように少女の顔は虚ろで異常なほどの熱心さが張り付いている。
 どうしてしまったの、なんて今更なのだろう。少し開いた股間にはジャージを押し上げるものが見え、まるで尾崎に照準を絞るように尾崎へと向けられていた。おそらくは今の全ての元凶。踏み潰してやりたいと、冗談にもならない殺意めいたものが尾崎の思考を鈍らせる。
 その場に立ち尽くす尾崎に、絵理はゆっくりと立ち上がった。気づいているのか、尾崎は視線で追うだけ。また襲ってしまおうかとも思ったが、そんなまだるっこしいやり方、と思い直してスタジオの端に置いた自分のバッグからあるモノを探す。まだなにかあるのか、と尾崎は気が気でない。
「はい、尾崎さん」
「デジカメ?」
 絵理が差し出してきたのは最近発売されたばかりのデジタルカメラ。絵理がCMに出演して、売り上げも好調だと聞いている。
 いや、そんなことはどうでもいい。思わず仕事のほうへ向かう頭を落ち着かせようとしていると、そこに映し出された画像に戦慄した。
「これ……」
「ねえ尾崎さん。これって、デート?」
 もう記憶にもおぼろげにしか残っていない、タイアップ先のボンボンとのデート写真。よりにもよって絵理が手に持っているカメラの開発先がその企業であることは絵理なりの皮肉なのだろうか。写真もまた、お忍びのデートですと言わんばかりの絶妙な角度で撮影されていた。
 まさか、と呟く尾崎に絵理は首を傾げて本当に楽しそうに微笑む。
「バレたら、終わり?」
 カッと、意識が朦朧になるほど尾崎は激昂した。「絵理ぃ!!」と伸ばした手は絵理の首を捉え、尾崎自身もコントロール出来ないほどの感情が暴れまわる。やめた方が良いと分かっているのに、首から手が離れてくれない。逆に徐々に力が入ることに、体の方が先に拒絶した。首から手が離れると、ヨロヨロとまた後ろに尾崎は倒れこんでしまう。
 立場は一気に逆転した。いや、もともと尾崎が優位に立ったことなどあっただろうか。酸素不足か、青白い顔を浮かべながらも微笑む頭上の少女は続ける。
「これが壊れても、データは他にもある?」
 開いたままの口が僅かに震え始めていた。もう尾崎の目には、目の前の少女が何者かすら分からなくなっている。なによりアイドル生命と天秤にかけるほどのものが存在していることが信じられなかった。尾崎にとって悪夢でしかない日々が不意に蘇り、せり上がる嘔吐感にたまらず手で口を塞ぐ。
 分からない。この子が、もうこの子は絵理じゃないの? 私が人生を掛けて、私が愛した少女ないの?
 絵理、絵理、絵理……。
 その瞬間、尾崎の中で壊れる音がした。アイドルの道を諦めた時すらなんとか壊れずに済んだものがハッキリと、音をたてて壊れたのを確かに尾崎は聞いてしまった。

 ああ、もう。

 尾崎さん? 虚ろな瞳を見開き、天を仰ぐ尾崎の視界に絵理が入り込む。頭上の照明で影を覆われた顔はよく見えなかったが、三日月状に笑う口だけはハッキリと見えた。
 これで、私のもの?
 絵理の言葉に尾崎は僅かに頷く。
 首を動かした拍子に目の端から流れる一筋の涙だけが、尾崎の感情を語っていた。

/

 首都高から降りて尾崎のマンションが見える頃には18時を過ぎていた。最近は日が落ちるのも遅くなり、助手席に収まっている絵理はまだ薄暗い空を眺めている。尾崎はチラチラとその様子を確認するだけでも気が気でなく、運転中も何度かヒヤリとする場面があった。いっそ、このまま事故でも起こしてなにもかもがうやむやになってしまえば。そんなことも出来るはずがないのに、尾崎は震えそうになる手を必死におさえつけながらハンドルを切った。
 地下の専用駐車場に車を停め、車を降りると尾崎はしきりに周囲を警戒した。実際、アイドルと二人で車から降りきたところで何も問題はない。これがもし男のプロデューサーだったらマスコミにとってこれ以上ない獲物なのかもしれないが、二人にはなんの心配もない。アイドルを公私に渡って支える辣腕プロデューサーという肩書きは、この時ばかりはほとんど裏目になってしまった。こっちよ、と絵理を促すとトコトコとついてくる姿はいつもの彼女。そのはずなのに尾崎にはまるで人間ですらない、違う何かに見えて仕方ない。上気して赤らんだ頬に潤んだ瞳。顔に張り付けたような笑みは尾崎でさえも見たことがなかった。
 暗証番号式の自動ドアをくぐり、二人だけでエレベータに乗る。ただでさえ絵理と二人でいるだけでも不安なのにこんな狭苦しい箱の中、尻を這い回る手だけで済むのか、目的の階に着くまで積みあがる数字に尾崎は気が気でなかった。
 部屋に入ると、絵理はキョロキョロと中を興味深げに見始める。絵理の家に行ったことはあるけれど、彼女が来るのは初めてだった。今まで何度も少女からせがまれたことはあった。ただ、その時はまだあんなものなど生えていなかったし、公私混同しないようにという尾崎の弁を素直に聞いてくれていたと記憶している。
 絵理がキッチンまで覗きに行ったところで食事をとっていないことに気づいた。出前を頼もうかと考えていると、キッチンから顔を出した絵理が何かを手にして尾崎のところまでやってくる。心底楽しそうなその顔は虫をいたぶる子供のように屈託がなく、たちが悪い。少女は手にしたものを尾崎に差し出した。
 手料理?
 断る理由も権利もない。尾崎はエプロンを受け取ると、なるべく同じように笑って見せた。

/

 ありあわせで作った割にうまく出来ている、とスープパスタの味に尾崎は納得する。同時に、もうちょっと塩気が欲しかったかな、と思うのは別に汗でびっしょりだから、というわけではないと思い込む。勝手に震えだすフォークの先を見られないように、尾崎は白いスープの中へと沈み込ませた。
 向かい合わせに座る少女はまだ半分も手をつけていない。作った側からすれば面白くないが、それよりも尾崎は絵理の粘つくような視線に体を揺らした。肌寒いかと思われたが、羞恥からか全身が燃えるように熱い。肩口まで真っ赤にした尾崎は、絵理の視線から逃れるようにエプロンの胸元を引っ張った。
 はだかエプロン?
 こういった趣味趣向が存在するのは知っていたが、それがまさかこんな場面で、自分の担当アイドルから求められるとは思わなかった。反射的に首を横に振ったものの、押しつけられるようにエプロンを渡されてはどうしようもない。せめて下着を、とこの後にする行為を考えれば意味をなさない抵抗が物悲しい。自室で半裸にエプロンをつける自分を鏡で見てしまい、たまらず涙ぐむ目元を拭った。
 料理の最中も絵理は尾崎の後ろに陣取り、半裸の彼女を堪能する。手を伸ばせばすぐ触れてしまう距離で視線だけで犯されていく。こういった馬鹿らしい経験がなかったわけではないが、同性に、あまつさえ自分が育ててきたアイドルが相手。ようやく過去と向き合うようになった尾崎自身、いずれ自分が誰かの恋人になり、妻になることも意識出来るようになった。そうすればこんな学生のような、恥ずかしいこともするようになるだろう。ただ、その相手がまだ年端もいかない少女であることが尾崎を追い詰める。
 ちがう、これは仕方なくやっているだけ。言い訳のように言葉を並べるたび、もう一人の自分がそれはもう楽しそうに反論した。
 うそばっかり。本当はしてもらいたいんでしょう? あの逞しいものを欲しいんでしょうっ? 壊れるぐらいに滅茶苦茶に突いてもらいたいんでしょう!?
 尾崎さん?
 もう食事を終えた絵理に声をかけられ、尾崎は自分が泣いていたことに気づく。ポタポタとスープの中に落ちる雫。尾崎は慌ててまた目を拭うと、冷めてしまったパスタを片付けようと、手と口を急かした。
 丁度良い塩加減。白く濁るクリームスープの水面では何も映し出すことはなく、パスタを租借する音が尾崎を慰める。
「待ってる?」
 その様子をじっと眺めていた絵理に聞かれ、尾崎は細かく頷いた。

 食事を終えると、食器を片付ける暇もなく絵理に寝室へと引っ張り込まれる。これでも我慢したんだ、と言いたげにエプロンを剥ぎ取りもせずに手が進入してくると、潜り込む指が下着の縁を器用になぞりあげた。前に押し倒された時よりも丁寧に、かつ大胆な指先に尾崎は唇を噛む。
 首筋。脇腹。脚の付け根。同性だから分かるというべきか、的確に弱点をついてくるその責めに尾崎は翻弄されるばかりだ。特に直接、性器を嬲ってこないだけに体はエプロンを身につけた時から焦らされてたまらない。抵抗も出来ない手はむなしく宙をかくだけで、絵理がその手を掴むと、股間のほうへと導く。スカート越しに掌をおしつけると案の定、そこは雄々しく存在を主張していた。布越しに伝わる熱はそのまま尾崎にも伝わり、この後の行為をより意識してしまう。
 もっと触りたいのか、絵理はもどかしそうにエプロンを外すと尾崎の上へと覆いかぶさってきた。スカートをたくしあげ、フリルのついた下着がはち切れそうなほどの盛り上がりを見せつける。尾崎が下からせり上げてくる勃起に目を奪われている間も、絵理は彼女の下着を引っ張り脱がそうとしていた。千切れてしまいそうな力に「脱ぐから」と尾崎がその手を止める。
 抵抗されるかと思いきや、素直に絵理は体を離した。尾崎を見下ろす絵理。その視線のしつこさにかえって恥ずかしさを覚えた。少女の下で全裸にならなければいけない。隣の部屋の明かりが僅かに寝室を照らし、浮かび上がる灰色のシルエットの中にそびえ立つ肉棒の勇ましさに尾崎は怯える。下着を脱ぐ途中、シャワーを浴びていないことに気づいたが、いまさらそんな要求など通りそうもないことは十分に分かった。
 下着を足から抜き取り、これでもう体を隠すものがなくなってしまう。腕でなんとか隠してみるものの、そんなものはすぐに意味など成さなくなるだろう。ぼんやりとした色の中に爛々と蠢く目玉はこちらを捕らえて離さず、徐々に尾崎の上へと軟着陸していった。
「尾崎さん。綺麗?」
 こういった目的で裸を晒したことなんていつぶりだろうか。温泉でお互いの裸を見たことはあったのに、まるで初めて見せたかのように尾崎はぎこちない。首だけを僅かにそらす彼女に内心、嗜虐心をおおいに刺激されながら絵理も服を脱いだ。骨ばった自分の体に比べ、我がプロデューサーの体はなんと魅惑的で柔らかそうなんだろうか。何度も抱きしめられ、その肉の柔らかさを堪能したはずなのに飽きることがない。その肉を、体を全て味わうことが出来る。絵理は笑みを隠すことなく、胸を隠す尾崎の腕を払った。
 フンワリとマシュマロのように柔らかい尾崎の胸。乳房に比べて小さい乳輪と乳首をほおばり、赤ん坊ではけして出来ない舌使いで転がしていく。絵理の頭上からは僅かな吐息が聞こえるだけだったが、尾崎の確かな快楽の色に絵理は満足感を覚えた。もちろん、今日はこんな程度では終わらない。するするとなだらかな窪みを形作る腹部を掌が降りていくとすぐに目当ての場所に辿り着いた。
「ん……ふっ……」
 きちんと手入れされている陰毛の先。散々焦らしただけあって秘所はもう指はおろか、男根を受け入れる準備すら整っているほどに湿っていた。ゆっくりと陰唇をかきわけ指を押し込むと、まるで果汁のように淫液が秘肉から溢れ出してくる。まだ浅くしか入っていないものの、指を締めつける肉の圧力はなかなかのものだった。自然と、絵理の中で次の行為へ興奮が高まっていく。股間は尾崎の手によってしごかれており、いつ暴発してもおかしくない状態だった。
「尾崎さん、そろそろ?」
「ええ……」
 脚を開かせようと膝の裏に手をかける絵理に「待って」と、尾崎は手で制する。ケダモノのそれと同じ瞳の絵理はもう待てないとばかりに男根を前へと突き出してくるが、ベッド脇のナイトテーブルから取り出したものに動きを止めた。
 コンドーム。はたして絵理の精液に男と同じ能力があるのか、分からないが、それでも精神的な面からも尾崎は「おねがい」と語気を強めた。
 はたして尾崎の懇願をどれだけ納得したのかは分からないが、素直に絵理はコンドームの袋を受け取る。ただ、付け方までは分からないのか、「尾崎さん?」とまたすぐに突っ返してしまう。しぶしぶ、尾崎は体を起こすと膝立ちのままの絵理に避妊具をつけてあげた。つける最中、少女には不似合いなペニスの大きさを再確認してしまう。
 これが私の中に入ってくる。嫌悪感は既になく、今はただ男をねだる女の顔になっていた。

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 いくよ?
 仰向けになった尾崎の脚の間で、絵理はゴムに包まれた亀頭の先を秘裂へと照準を合わせる。初めてとはいえ、どこに挿れるかは分かっているのは同性だからか。尾崎の眼下に映る男根が徐々に体の中に隠れ始め、ついに挿入が始まった。
「うぅ……うっ……!」
 大きい。何度も確認し、覚悟していたはずなのに膣内で感じるその圧力は想像以上だった。まるでトンネルの掘削工事のように進入してくる男根に、しばらく使っていなかったせいか痛みすら感じるほどだ。しかし、それもまた片方で感じる凄まじい快感にすぐ押し流されることは明白だった。
「尾崎さんの中……すご……」
 絵理もまた同様に尾崎の秘肉の気持ちよさに酔いしれていた。アイドル時代からほとんど変わっていないというスタイル維持の為に、時には絵理と共に汗を流す尾崎の膣肉は良く締まり、入り込んだばかりだというのに精液を搾り取ろうと活発に蠢いている。フェラチオとは明らかに違う快感の波に、一思いに腰を振りたくって射精したくなるのをぐっと堪えた。
 まだ、もっと尾崎さんを味わいたい。
 ググッ、と尾崎の体内で音がしそうなほど、力強い挿入に尾崎は口を閉じられない。なにより20センチはあろうかという男根はあっさり尾崎の深奥、子宮口すら易々と捉えてしまう。絵理もそのグニグニとゴムの塊を押し込む感触に気づいたのだろう、激しいピストンなどせずとも強烈な快感を尾崎に与えていた。
「ふっ……あっ……!」
 徐々に尾崎から嬌声が漏れ出してくる。童貞同然の腰使いながら、絵理に抱かれているという背徳感と外人並みの逸物が尾崎を追い詰めていった。同様に絵理もまたその快感に翻弄されているのが唯一の救いであるが、もしも余裕を感じるようになったら。蟻地獄に引きずり込まれるような快感の中、尾崎は自身の未来を考えてしまう。絵理の男根に跪き、奉仕することだけが生きがいの肉奴隷。そこらの官能小説でさえ、もうちょっと気の利いたラストを用意するだろう。しかし、尾崎にはそれがそう遠くない、可能性のある可能性に思えた。逸らしてしまった思考はそのまま隙を生み、子宮口を押し込むような動きだった剛直が急に引っ込んだことに気づくのが遅れてしまう。
 来るっ。そう思った次の瞬間にはあの巨大な肉槍が深々と、パンッ、と打ちつけた腰から音がするほどに差し込まれた。
「ひぃっ……!」
 もうダメだった。急に激しいピストンへと変わり、心も体も用意できなかった尾崎はされるがまま。その長大な肉棒は差し込むごとに子宮口まで潰し、深い傘を作るカリ首が膣襞をさらっていく。パンッ、パンッ、パンッ、と小気味良いリズムが刻まれる度、尾崎もその快楽の爪痕を刻まれていった。
 明らかに尾崎を圧倒していた絵理だったが、限界は彼女の方が早かった。射精を寸でのところで留まり、少しでも下腹部の力を緩めれば全てを出してしまう状況。ただ目の前の女を犯しつくしたいという欲望でがむしゃらに腰を振りたくっている。
 絵理は腰を振りながら状態を倒し尾崎に抱きついた。より密着した体を揺らしながら、絵理は尾崎の耳元で訴える。
「もうっ……! 尾崎さんっ!」
「いいわっ! あぁ! きて、きてぇ!」
 尾崎も絵理の首に腕を回し、絶叫に近いおねだりが耳元で響いた。ラストスパートとばかりに腰を激しく上下させ、最後に思い切り尾崎に腰を押しつけると、射精は既に始まっていた。
 膣奥での射精。僅か数ミリの壁だけが頼りの種付け行為。ドク、ドク、と尾崎はゴム越しに子宮口を叩いてくる射精を感じながら、体の上で射精の快感に体を揺らす絵理を見てまた快感を覚える。同時に、目の前の性欲を満足させることができたと言う女としての達成感が尾崎を高揚させた。女は肉体の生き物であり、同時に精神の生き物でもあるのだ。
 長い長い射精を終え、絵理は震える体に鞭を入れて尾崎から体を離す。膣内から抜かれたペニスは射精したことにより僅かに小さくなり、先端の液溜まりの部分には大量の白濁液が詰まっていた。
 もしゴムをつけなかったら全部中に。その量の多さにたまらず想像してしまう尾崎。これでは射精してほしいではないか、と淫らな妄想を振り払う。
 よほど気持ちが良かったのか、あられもなく足を開いたままの絵理は射精の余韻に浸っていた。押しこんだ男根をミッチリと包み込む肉筒。こちらの動きに合わせて吸い付くように動く肉襞。射精時もまるでねだるように絞り上げてくる膣は、比較対象はないが名器だと絵理は思う。そして、もうこんな気持ち良いものを離したくないと、少女の中でフツフツとどす黒い欲望が沸きあがってくるのは同時のことだった。
「それじゃあ絵理。あのデータを渡してちょうだい」
 もちろん、尾崎は気づく筈もない。なんだかんだでまだ余裕のあった尾崎は体をゆっくりと起こしながら、例のデート写真を要求した。ギブアンドテイク。今まで屑のような男共と取り交わしてきた交渉も尾崎にとっては見慣れたもの。ただ、絵理はデータはそんな常識など最初から用意していなかった。
「絵理?」
 怪訝そうに近づく尾崎。絵理は惚けた表情からゆっくりと、また肉を狙う獰猛なそれへと瞳の色を変えていった。
 ああ、もうほら尾崎さん。どうしてそんな美味しそうなの、無防備に近づけて。まさか、襲って欲しい?
「絵理っ!?」
 俯いた絵理を覗き込もうとする尾崎を上から圧し掛かり、また襲い掛かろうとする絵理。まだ上手く力の入らない尾崎は簡単に押し倒されると、そこでやっと状況を理解した。犯される。そう思った次の瞬間には絵理の指が乱暴に膣内へと押し込まれた。やめて、という声も途中でかき消され、またムクムクと女を犯す為に復活するペニスを見て尾崎は絶望する。
 そうだ。なにを期待していたのか。もうこの子は、この子は。
 精液がベットリとついた男根の先を秘裂へ這わせる絵里に、尾崎は観念したように呟いた。
「させてあげるからお願い。避妊はして」

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 いったい今は何時なのか。前後に揺れる情景と脳天まで犯す快感の中で尾崎は思う。腰のくびれをしっかりと掴まれ、思い切りよく男根が突き刺さるたびに酸素と意識を飛ばしそうになる。お互いの体から放つ性臭は部屋を満たし、二人から正常な思考を切り離していった。
 パンッ、パンッ。
「ん! ふっ……あぁぁ……!」
 絵理にその体の奥まで許した日から一ヶ月。尾崎は生理の時以外ほぼ毎日、絵理に犯されている。場所は決まって尾崎のマンションで、日々の仕事に追われている絵理はでも、時間を見つけてはマンションに足繁く通っていた。オフ日となれば前日から尾崎の家に泊まりこみ、夜通し彼女の体をむさぼっている。
 パンッ、パンッ。
「もぅ、む……あっ!」
 半ば親から見離されていることが絵理を開き直らせる。通販で手に入れたという道具を持ってきては嬉々として尾崎に試し、AV紛いのこういまでされたことは彼女にとってどれだけ屈辱であり、気持ちの良かったことか。まだあどけなさの残る少女が自立した女性を好き勝手に嬲る倒錯的な状況は、異常性癖にも近い形で二人を昂ぶらせた。
 パンッ、パンッ!
「えりっ、ごめ、もうっ……ひぃっ……!」
 一際、大きい快楽の波が尾崎を襲う。たまらずベッドに顔を埋め、震える体を抑え込む。抵抗らしい抵抗も出来ないでいる女の背後から大きな肉の杭を打ち込む少女。心底楽しそうに絵理がひとつ、またひとつとピストンする度に尾崎の背中が大きく震えると後ろ手に拘束する手錠がガチャガチャと無骨な音を響かせた。腕を突っ張ることも出来ず、体内を奔る快感の電撃を必死に堪える尾崎。嗚咽の交じる嬌声に絵理は頭の中で数を数えた。
 これで、四回。
 セックスをただ男が満足するためだけの行為だと思い込んでいた尾崎はオーガズムを知らなかった。快感に身を委ねることは出来ても、心の底から信頼できる異性というものに出会ってこなかった不幸。それを今、意識を失うほどの絶頂の中で尾崎は味わっている。全身がひきつけを起こし、体の自由も利かないままに奥まで嬲られていく。呼吸もままなならず、命乞いに似た懇願を無視されて送られてくる快感は地獄の責め苦のように尾崎を追い詰めた。
「ひぁぁ……! うぅぅぅっ」
 パクパクと魚のように開いていた口が閉じられ、涙で溢れていた目から力が失われていく。絵理の手に捕らわれたままの腰から太ももにかけて痙攣が激しくなる。同時に膣内もウネウネと最後の時を報せるように収縮を繰り返した。絵理はたまらず腰から手を離すと、器用に尾崎をその場で仰向けの体勢にする。膝裏に手を回し、思い切り脚を開くと尾崎から小さく悲鳴があがった。
 正常位。もう意識も飛び飛びの彼女の目が絵理を捉えると、恋人を見かけたようにトロンと目尻を下げる。男根に屈服した、幸せそうな女の顔が広がっていく。尾崎自身が最も忌避しながらも、密かに憧れていたものに変わっていく感覚。まるでそうあることが当然だと体だけは知っているのか、素直に尾崎はその変化に従ってしまっていた。
 尾崎の内心の変化をどこまで承知しているのか、絵理は男根を誘い込む膣肉に抗うことなく射精し始める。もちろん、コンドームという膜が尾崎の肉体に触れることすら許さず、射精とは別の不満足に絵理は僅かに顔をしかめた。既に意識の半分以上を飛ばした尾崎を見てもまだ抑えられない欲望の名前は支配欲。一ミリにも満たない壁が作る距離は絵理にとって途方もなく、この壁を取り去ったことで初めて、目の前の女を征服したと思えるのだろう。
 ひとしきり射精を終えた絵理は肉棒を引き抜く。度重なる絶頂で虚ろな顔を浮かべたままの尾崎の横、絵理は射精後の気だるい体を引きずりながら寝転がった。慣れた手つきで精液の溜まったコンドームを外すと、わざと尾崎の前で揺らしてみせる。
「ほら……尾崎さんで、こんなに?」
 なに言ってるのよ、と呟く尾崎の顔。その中にサッと、汗ばむ彼女の顔に赤味がかった羞恥が走るのを女は見逃さなかった。絵理が性行為の刺激に慣れるほど、また尾崎が性行為に翻弄されるようになるほど、絵理は尾崎を辱めることに積極的になっていく。道具まで使ってどれだけ変態的な行為をしても尾崎の少女然とした反応は変わらない。服を脱がすたびに屈辱に塗れた顔を晒し、見慣れたはずの絵理の剛直に目を奪われる。
 本当に、本当に可愛い人。
 しかし、裏を返せばまだ尾崎の中で絵理を拒む部分があるのではないか、と絵理は考えていた。実際、尾崎の方から求めてきたことは一度もなく、まるでこちらだけが猿の様に盛っているのが空しくも感じる。もちろん、バイブやローターで散々に弄った後であれば、彼女も涙ながらに絵理を欲することはある。ただ、そうじゃない。尾崎が本気で、自分の意思で絵理を求めてくれなければいけない。
 その為には、あと一歩。奈落へと落とす何かが必要。尾崎を一度、壊したことで絵理の中でまた、臆病な自分を再認識したのだろう。静かな室内でも絵理の心は嵐のごとく騒がしくざわめいていた。
 イキ疲れか、心地よい寝息を立てている尾崎に気づくと絵理もまた目を閉じる。少し口寂しくなったのか、尾崎を自分の側へ引き寄せると少女は母の乳を乞うように尾崎の胸の中へ顔を埋めた。舌の先が乳首を見つけると、そのままキスをするように口の中に含んだ。
 私の尾崎さん。もう少しで全部、わたしのもの?

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 道具まで揃える絵理の悪戯は日を追うごとに悪質に、厄介なものになっていた。
 下着を着けずに、なんてのはまだ甘いほうで、その日も事務所で絵理から手渡されたソレに尾崎は頭を抱える。渡してきた絵理は実に晴れやかな笑顔で、手に持っているリモコンがやけに不似合いである分、どこか笑いも誘うが尾崎は素直に笑えなかった。
 その、と疑問を口にする前に「約束?」と絵理から機先を制されてしまう。約束といっても昨日、後背位の最中に無理やり約束されたもので、尾崎も記憶にあるかどうか微妙なラインだ。それでも彼女の手の中で存在感を示すソレを拒めるはずもなく、尾崎は大きく肩を落とした。
 卵形でプラスチックのソレは親指大ほどの大きさで、絵理が手元のリモコンで操作すれば自由に体を震わせる。つまり、リモコンバイブ。こんなものが通販で簡単に買えてしまうのだから恐ろしい世の中だ。改めて、ネット世界に対して違う意味の恐怖を抱く尾崎。ただ、目の前の少女はそれほど悠長に待っていられないのか。次第に苛立ちを隠さなくなる。ジロリと、急かすような絵理の瞳が尾崎を捉えた。
 絵理に体を許すようになって、普段の上下関係もまた逆転しつつある。もちろん、人前やレッスンの時などは以前の関係のままなのだが、こうして絵理の欲求に応える場面ではすっかり尾崎は少女の従僕になっていた。不満げな目が尾崎を貫き、尾崎は人が来ないかと恐る恐るスカートをたくし上げていると、絵理はもう我慢出来ない。乱暴に尾崎のスカートの端を掴むと、思い切り良くスカートを持ち上げた。
 以前、園児にスカートをめくられたように勢い良くはためくスカート。慌ててスカートをおさえようとする尾崎を視線だけで制すると、絵理はもう動こうとしない彼女の足元で膝立ちになった。黒の扇情的な下着は、今夜もまた行われる情事を期待してのものだろうか。こういうところにもキチンとしている尾崎を愛おしく思うが、今はこちらが強く出るところ。絵理は下着をわざと膝の方まで下ろすとふとももは震え、頭上から僅かに息む彼女を無視して、絵理は眼前に広がる秘肉へと指を突き入れる。
 クチュリと、その水音は確かに絵理の耳に届いた。
「……もう?」
 スカート越しに見上げると、恥ずかしそうに尾崎は顔を背けた。もうすぐにでもセックスが出来るほどに濡れているそこに、絵理の中でまた攻撃的で鬼畜な部分が笑みを形作る。突き入れた中指を動かし、クチュクチュと音がハッキリ聞こえるともう駄目だった。ポタリと、頭上から落ちてくる雫が手首を濡らし、舐めると少し塩気が濃い。
「お願い……もう早く入れて」
 口元を震わせながら懇願する尾崎。その光景に思わずにやけそうになる顔を引き締め、もう一押しとばかりに絵理は首を傾げた。目は口ほどに物を言い、尾崎の顔に絶望の色が浮かぶ頃にはすべてが伝わっているだろう。尾崎は観念したように項垂れると、顔を覆う髪の毛も気にせずに唇を動かす。
「お、おねがいします……私のやらしいあそこに、いれ、入れてくだ、ぁ……!」
 ツプリと、尾崎が言い終わる前にローターを入れていく。突然の侵入に脚を震わせながらも、彼女は必死に唇を噛んで耐えていた。
 ああ、可愛い。絵理の横暴に振り回され、体のすべてを犯される尾崎を見るたびに少女は熱に浮かされたように見入ってしまう。それは恋の感情にも近いのかもしれないが、あまりにその恋慕は一方的で暴力的だ。それもこれも、絵理の股間で痛いぐらいに屹立しているものが元凶。もしもここが事務所ではなく、そしてすぐ先に仕事が控えていなければ絵理は尾崎をこの場で押し倒し、心ゆくまで彼女を犯していただろう。
 尾崎の体に埋まったことを確認すると、下着を履かせる。やはり異物感があるのか、モジモジと太ももを摺り合わせては確認する尾崎もまた絵理には誘っているように見えた。実際、絵理の悪戯によって発情した尾崎のただならぬ様子に勘違いをする男は馬鹿みたいに多い。その大体は一蹴されてしまうのだが、時折、犯罪スレスレまで迫る輩もいるので、そこは絵理も目を光らせているところだった。一度、わざと局の人間にセクハラされるように仕向けた時、尾崎が他の男に汚されるようで興奮はしたが、良い気分がしなかったことも関係していた。
 なんとか体の高ぶりを抑え込んだ尾崎は次の現場へと絵理を促そうとする。ただ、絵理の興味は次の仕事ではなく、彼女の体に入り込んだものに集中している。構わず手元のリモコンを操作すると、途端に尾崎の体がくの字に曲がった。脚はガクガクと震え、下腹あたりを服の上から押さえ込んでいる。
「え、絵理ぃ……」
 切羽詰った尾崎の顔。手元に視線を戻せば、振動は最強に設定されていた。一思いにこのまま、とも思ったが、流石に次の仕事が迫っているのでスイッチは切る。それでもまだ違和感が残るのか、なかなか足が進まない尾崎の手を絵理は引っ張った。ひっ、と僅かな嬌声に思わず笑顔がこぼれる。
「さ、行こう?」
 きっと尾崎の目には、自分が鬼のようにも見えただろう。それでも構わないと、絵理はリモコンをポケットにしまうと、一緒に押し込まれている金属の冷たい感触に胸を躍らせた。

 収録の最中、カメラがこちらに向けられていても絵理はついつい尾崎を目で追ってしまうことをやめなかった。その様子に尾崎は気が気でなかったが、スタッフ、共演者には微笑ましい光景として受け取られたのだろう。「スーパーアイドルに頼られるなんてさすが」と囃されるだけで、いささか拍子抜けしてしまう。もちろん、襲ってくる振動は尾崎の理性と尊厳をこれでもかと削ってくる。もしバレようものなら変態女の烙印を押されるどころか、絵理にも迷惑をかけてしまう。なにより絵理が仕込んだはずなのに、もう絵理を追及するなどという選択は日々の陵辱の中でとうに失っていた。今はただ、アイドル水谷絵理の頼れる敏腕プロデューサーとして収録を見守ること。鎧を着込むように尾崎は精神力だけで外面を強固なものにしていく。
 しかし、外殻を硬くすればするほど、中の肉は柔らかく蕩けていく。今や服の下では下着も意味ないほどに湿っており、全身から女の色香を漂わせていた。今がバラエティー番組の収録で、観客の笑いがそれをかき消してくれたのが幸いで、また馬鹿な男が不用意に近づいてこないか、尾崎もまた気が気でなかった。
 番組の最後、絵理が観客に向かって手を振る。それだけで会場一杯に響く声の中、尾崎は気づいてしまう。その手を振る先、見渡す目が向ける場所。
 尾崎さん。尾崎さん。尾崎さん。
 一切、余計な感情が入っていないような瞳に無性に尾崎は悲しくなってしまう。一途と言えるほどの情熱的な感情はしかし、恋と呼ぶにはあまりに歪で不恰好だからだ。この子を縛ってしまった。女が使う最も手っ取り早い武器でがんじがらめにしてしまった、と。
 一度は壊された尾崎の心の残骸が散らばる中、その残骸を拾い上げ、愛おしそうに撫でる少女がいる。壊してしまった張本人のくせに、やけに大事そうにそれを抱えては頬ずりをして、時には舌で舐めたりもしていた。
 尾崎さん。尾崎さん。尾崎さん。
 体内の振動は確かに尾崎を追い詰めていたはずだったが、尾崎はそれ以上、醜態をさらすことはなかった。

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 収録が終わり、二人して尾崎のマンションに直帰する。部屋の扉が閉まり、外界と隔絶されると早速、もう一人の絵理がすぐに顔を出した。手は尾崎を引っ張り、足は寝室へと急ぐ。運転中は控えていた振動は車から降りた時点で最強にされ、尾崎はフラフラとした頭と足取りで寝室のベッドへと連れ去られた。
 寝室へ着くとベッドへ尾崎を押し倒し、わずかに露わになった尾崎の胸元へと顔を埋める。絵理っ、と頭上で響く声は無視。服を乱暴に脱がせ、じんわりと汗ばむ体に舌を這わせた。首筋、わき腹、ふともも。もう尾崎の体の中で絵理が味わっていないところなど無い。ずいぶんと我慢していたのだろう。しょっぱい汗の味に満足すると、脚を開いて下着の中に指を潜り込ませた。指先に感じる振動と、これ以上ないほどに濡れた膣内。無防備なほどに柔らかい膣肉に我慢できなくなった絵理は下着を脱がせるのも面倒なのか、下着を指でずらすと一気に肉棒を突き入れようとする。
「やめっ、絵理!」
 亀頭の先が膣口を捉え、既に鈴口が埋まりかけたところでなんとか絵理を止めた。男であれば乱暴に押し込むかもしれないが、女だから避妊もなしにセックスをする恐怖が分かるのだろう。少しバツの悪そうに体を離すと、ナイトテーブルに散乱したままのコンドームを一枚、手に取った。
 慣れた手つきでゴムを装着する傍ら、尾崎は体内に埋まったままのローターを取り出そうと膣内に指で掻き出す。まだ振動をやめないそれを指で掻き出すだけでも相当、気持ち良いのか、震える指先は上手く掻き出せずに益々、体だけが気持ちよさに焦れてしまう。
 尾崎がモタモタしているのとは対照的に、あっという間にコンドームを着けた絵理は彼女の状況もお構いなしに襲い掛かった。まだアレが入っていると主張する尾崎にも気づかず、絵理はただ身を焦がすような膨大な欲望に任せるまま、一気に肉棒を尾崎の体に挿入した。
「ひぃぃぃ……!!」
 バタバタとベッドの上で手足を暴れさせる尾崎。絵理を慮ってか、どんな時でも堪えようとする彼女にしては珍しいほどの痴態。それもそのはずで、勢いのまま突き刺した剛直の先、不自然な振動に絵理もまた体を震わせた。そこでやっと、ローターを入れたままだということを思い出し、思いっきり膣奥、子宮口までローターを押し込んでしまったことに気づく。
 声も発せられないのか、大きく見開いた目にガタガタと震える唇。許容量を超えた快感であることは明らかで、流石に、と思った絵理はポケットに入れたままのリモコンに手を伸ばす。しかし、そこで一緒に入っていたモノが絵理の意識をずらす。そうだ、絶好の機会じゃないか。絵理はリモコンから手を離すと、代わりにソレをポケットから取り出した。
 尾崎さん。これ、なーんだ?
 絵理が聞いても、もちろん尾崎はそれどころじゃない。体の中を違う生物が這いずり回るような異常な快感の中で答えろというのが無茶なのかもしれない。絵理はもう一度、ポケットに手を入れると、ローターの振動を緩めた。
「尾崎さん、これ、なぁに?」
「ふぇ……?」
 霞む視界の中、絵理の指の下で揺れる銀色のそれは最初、また尾崎を犯す道具にも見えた。たまらず目を逸らしそうになったところで、ただの鍵だと気づいてホッとする。ただ、その安堵もすぐに別の不安に塗りつぶされていく。いったい、何の鍵なのか。快感で上手く回らない口に、代わりに絵理が答えた。それで、尾崎の顔は一変する。
「マンションの、鍵?」
 まさか。そう呟こうとするも、開いた唇からは喘ぎ声しか出ない。それでもニヤニヤとした笑みを浮かべる絵理はさぞや楽しそうに、言葉を続けた。
「社長に用意してもらった、私のマンション……ううん、私と、尾崎さんの?」
 赤茶色の照明の中、愉悦に顔を濡らした少女に対して女は愕然と顔を左右に震わせる。我慢していた涙が一筋、頬を伝い、諦めに似た感情が彼女を覆い尽くす手前、絵理はもう言いたいことだけ言い終えるとまたポケットに手を伸ばした。取り残されたリモコンの設定を戻す。設定は、もちろん最強。さらに力強く肉棒の一突きを加えると、眼下に広がる女体が一際、大きく跳ねた。
 獣めいた悲鳴が響く室内、失神寸前の尾崎にも構わずピストンを続ける絵理はひと時たりとも女の痴態に目を離さない。その目は確かにそう囁いていた。

 これでずっと、ずっと一緒だよ。尾崎さん。

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 絵理が住む部屋はよりによって、尾崎が住むマンションの隣に建つマンションだった。歩いても5分そこそこの距離では同居するよりも性質が悪いように思える。自宅まで送ると言い出すまでは良かったのだが、車ならいらないと言われた時の嫌な予感は間違いではなかったようだ。
 マンションの手前で引き返すつもりが、結局、絵理にズルズルと引っ張られて入室。部屋を見るだけと言ったそばから寝室に連れ込まれると、大人二人でも十分な大きさのベッドに押し倒された。気を失うまで突き回され、差し込む朝日にやっと、尾崎は自分の立場をようやく理解した。
 事務所にて石川に絵理の部屋のことを問いただすと、「もう聞いたのね、流石」と、こちらの事情も知らない彼女から実に晴れやかな返事を貰う。どうやら数週間前から絵理の方から打診はあったらしく、今まで引越しが面倒くさいとごねていたのが嘘のようにトントン拍子で話が進んだという。プロデューサーである尾崎が近くに住んでいるというのも、渋る両親を頷かせるトドメになったとか。もとより、有無を言わせぬとばかりに絵理が率先して動いたせいで、石川ですら容易に口出し出来なかった、とは彼女自身の弁だ。
「あなたを驚かせたいから秘密にして、ですって。羨ましい限りだわ」
 なにがどう羨ましいのか分からないが石川も嬉しそうだった。放任しているくせに何かと煩い絵理の両親から解放してやりたいと、以前から絵理の一人暮らしを勧めていた彼女からすれば降って湧いたような幸運に朝から上機嫌だ。それとは対照的に、尾崎の顔は晴れない。
 とにかくこれで少女を縛るものは何も無くなった。実際、打ち明けられた初日から襲われるなんて大概な状態。オフ日だからと尾崎の後に起きた絵理から手渡された合鍵がやけに重く感じる。
 いつでも、好きな時に?
 小首を傾げる少女の裏側。好きな時とは言うけれど、要は絵理の好きな時。どう返すべきか逡巡していると少女に唇を奪われた。悪戯っぽい笑みは尾崎の心を捕らえて離そうとしない。結局、好き者であることはどちらも変わらないということなのだろう。
 朝方のキスの感触を思い出し、思わず唇に指が伸びるのを寸でのところで止める。もう目の前の女傑は別の話題に移っており、なるべく聞き流しているのを悟られないように自分の席に戻った。一人暮らしの話は事務所の人間は知っているのか、石川との会話を盗み聞いていた愛と涼が野次馬根性丸出しで寄ってきて、尾崎は思わず吹き出してしまう。口を尖らせる愛に久しぶりの安息を感じてしまうあたり、やはり絵理との関係を考え直すべきかもしれない。そう思っていても、あの部屋に入ればあらゆる思慮と努力が徒労に終わる。果ての無い悦楽と堕落。
 その気は無いのに、自分の股間が熱を帯び始めていることを尾崎は確かに感じ取っていた。
 絵理の久々のオフ日ということで残務処理に精を出すも半日で済んでしまう。どうやら他の社員が代わりにやってくれていたらしく、若干、ありがた迷惑のような感情を覚えてしまった。尾崎の携帯電話は先ほどから絵理のメールの応対で忙しなく、目を通していないものの、その内容は容易に推し量れる。根負けしてメールを覗くと、やはり、といった風に尾崎は僅かに肩を落とした。
 仕事、まだ?

 わざわざ専用の駐車場まで借りていることに妙な健気さを覚えながら、尾崎はハンドルを切った。車を滑らせ、駐車する間も周囲に気を配る。プロデューサーの自分がアイドルの自宅まで行くことには何ら問題はないが、それでも不用意に絵理の家を他人に教えてしまうのは忍びない。いくら呼び出した相手がプロデューサーとしての尾崎ではなく、性欲を解消させる為に呼んだのだと分かっていても彼女はプロデューサー足らんとする。もうそれは執着に近く、残り少ない理性とも言えた。
 渡された鍵で止まることなく部屋の前へと進み、呼び鈴を鳴らすとすぐにドアが開き、尾崎を招き入れる。その強引さは招き入れる、というよりも引っ張り込むに近い。二人以外の人間から見れば年若い少女が信頼する姉を部屋に急かすようにも見えるだろう。しかし、二人の心中はそんな微笑ましいものではなく、待ちかねた少女の瞳は内からの情欲に燃え盛っていた。
 部屋に連れ込まれると、朝方よりも片付いた部屋が目につく。引っ越したばかりで部屋の脇にはダンボールが積まれていたが、その一角は見事にパソコンとその周辺器具一式に様変わりしていた。腕を引っ張る少女の後頭部に視線を移し、尾崎はざわめく胸を抑え込む。
 芸能界に活躍の場を移しても絵理がパソコンから離れることはなかった。もちろんELLIEとしての活動はとうに終えていたが、それでも当時からのファンだと名乗る人間が現れると、その目はまるで昔を懐かしむように穏やかなものになる。今の華やかな世界を絵理自身、気に入っていることは分かるが、時に電子の世界に焦がれてしまうことを尾崎は気づいていた。その感情を、その記憶を尾崎はもう否定しようとしない。以前は単語を聞くだけでも苦々しかった彼女も、絵理やサイネリアと触れていくことで気づかないうちに感化されたのだろう。あの独特で閉鎖的ながらも心地よい世界は、絵理やサイネリアのような人間には必要な世界なのだと。けして口には出さないが、尾崎は思うようになっていた。
 ネットの話を恐る恐るながらも懸命に、楽しそうに喋る少女に尾崎もけして邪険に扱うことはない。理解できたお互いの距離をこれからやっと縮めていく、そんな晴れやかな未来が待っているはずだった。ただ絵理にアレが生えてからは、そういった話もとんと聞かなくなった。全てが、あの歪な欲望の塊によって壊されていく。無力感だけが尾崎の思考を鈍らせた。
 寝室に通されると、まだ昨夜からの性行為が匂いの残滓として残っていた。振り向いた絵理が蕩けるような表情を浮かべ、その顔とは裏腹に思い切りよくベッドへ押し倒される。ろくに雨戸も開けていない部屋は昨夜のことを繰り返すように、少女を暗く虚ろなものへと変えていった。少女と女。同性同士では成立しないはずの行為が夜通し行われ、失神するまで犯されきった体が尾崎の意思を無視して反応する。視界の下では既に臨戦態勢になっている少女の逸物が、その存在だけで女の体を縛りつけている。尾崎は自分の中で必死に否定しているが、既にその顔は雄に従順な雌のそれだった。
 徐々に少女の体が降下していき、一足先に剛直だけが尾崎の下腹部に触れると二人はビクリと体を震わせる。その硬さ、大きさに先の行為を尾崎が想像するのはもちろんだが、絵理もまた尾崎の媚肉の味に期待してしまう。セックスの相性という意味でも、二人は最良のパートナーであった。
 もう観念したのか、尾崎はじっと目を閉じて待っていたのだがなかなかやってこない。見れば、彼女から体を離した絵理はゴソゴソとベッドの下で何かを探していた。またいやらしい道具でも出してくるのかと思っていたが、出してきたものはある意味、尾崎にとって"いやらしいもの"だった。
「セーラー服って」
 思わず苦笑いするものの、少女は真剣そのものだ。「着て」という言葉も億劫なのか、尾崎の服に手をかけると乱暴に引っ張って脱がそうとする。反射的に抵抗しようとするが、絵理はその抵抗こそが楽しくて仕方ない。脱がすたびに露わになる肌そのものよりも、脱がされて羞恥に染まる尾崎の顔がなによりも絵理の心を弾ませた。それを知っている尾崎としては無抵抗を貫こうとするが、引き裂かんばかりの力にどうしても手が止まらなかった。
 やめて、と口から衝いて出て、やっと絵理の横暴は止まる。その代わり、差し出される制服に眉根を寄せるが、もう少女は許してくれそうもなかった。
「着替えるから」
 そう言っても当然、絵理は動こうとしない。二人の位置が逆転し、ベッドから離れた尾崎はセーラー服を手にしたまま立ちつくした。いくら室内が暗いとはいえ、絵理の目の前でストリップ紛いのことをしなければいけないなんて。それ以上に恥ずかしいと思うことを沢山、されてきた癖に律儀に恥ずかしがる尾崎。彼女の心中をそこまで知ってか、絵理はやはり楽しそうだ。その瞳にはきちんと急かす意味も込められ、尾崎は意を決して上着に手をかけた。
 はたしてこの制服がちゃんと服として機能するのはいつまでだろうか。下着に集中する視線から逃れるように、尾崎は背中を向けた。

「ん……はぁっ!」
 重ね合わせた両の掌は絡み合い、ベッドの中へと押し込まれていく。上になった少女が動くたびに、その下で尾崎が嬌声を漏らす。解かれたセーラーカラーにたくし上げられた裾からはキスマークを所々に刻まれた乳房が揺れ、突く度に絵理の目の前で美味しそうに揺れた。むしゃぶりつき嘗め回し、赤子では到底出来ないテクニックで吸い付く。キュッ、ともう存分に濡れている膣肉が締まり、絵理は応えるように乳首に歯を立て、甘く噛んで見せた。
 露わにされた尾崎の腹の上には、先ほどからの行為の後であるコンドームが器用に置かれている。高校生のように貪欲な性欲から放出された精液は量も多く、その量を見るたびに尾崎は恥ずかしそうに顔を背けた。もちろん、息も絶え絶えな今では見る余裕も無い。絵理は徐々に腰の奥から沸きあがってくる射精感に腰を震わせた。
 徐々に少女の動きが小刻みになってくると、合わせるように尾崎もシーツへと放り出していた足を絵理の体へと絡ませる。絵理の背中でがっちりと交差させると、腕もまた彼女の首へと回した。絵理の顎がちょうど尾崎の肩越しまで沈み込み、後はもう射精を待つだけ。お互いに確認することも無く行われる男女としての行為。
 ふぁ、っと尾崎の耳元で吐息が漏れると、膣奥を軽く叩かれる感触がした。射精している。腕の中でその体を震わせる絵理に見えないよう、尾崎は微笑む。自分の体で気持ち良くなってくれた。この射精は、この精液は自分のもの。意識せずとも女の本能ともいうべき情動が彼女を支配する瞬間。平生は必死に違うと言い聞かせている欲望も、今だけは尾崎の体の中を駆け巡っていた。
 ひとしきり射精を終え、ゆっくりと陰茎が引き抜かれる。その先には1,2回目と変わらない量の精液がコンドームの中でのた打ち回り、もしもゴムの膜を食い破っていたらと思うと、と妄想めいた想像に尾崎はいつも苛まれた。首を横に振り、なんとか自分をプロデューサーの顔に戻すのだけれど、セックスの後では滑稽でしかない。またコンドームを引き抜いた絵理は楽しそうに、尾崎の目の前でゴムを揺らして見せた。散々繰り返しているのに、尾崎はやはり目を背けてしまう。
 疲れたのか、尾崎の横に絵理はゴロンと転がった。キングサイズのベッドならもっとスペースもあるというのに、少女は暑苦しいくらいの距離を保つ。ただ添い寝するだけでも少女の手は尾崎の体のどこかに触れており、今も胸をまさぐる手に、尾崎はもどかしそうに体を揺らした。腹の上に置かれたコンドームが滑り落ち、跡を残すように、なだらかな窪みにはコンドームから垂れた精液が線をひく。
 あまり気持ちが良いものでもなく、尾崎がコンドームを拾い上げ捨てていると、もう絵理は寝息を立てていた。食欲、性欲を満たせば次は睡眠欲。今まで何もかもを遠慮してきた彼女には好きなことをやらせたいと尾崎は常々、思っている。ただ、金の無い大学生のカップルのような生活はいかがなものなのか。いつもここまで考えて、答えの出ない事に無理やり納得してみせてベッドへ戻る。
 本当は答えを出したくないくせに。
 必要以上に正直な自分がそうごちる。うるさいとばかりに振り払うのだけれど、思ってしまうことをそう簡単に止められるほど、尾崎は単純な人間ではない。上体だけ起こし、もう夢の世界へ行ってしまった絵理を見る。無駄な肉など一切ついていない体はある意味でアスリート然としているがなかなかどうして、スポーツとはまた違う筋肉に覆われた体は寝ているだけでも芸術品のように思えた。白磁のように磨き込まれた肌。けして無骨な筋肉ではない、女を思わせる柔らかな肉。シルエットだけでも期待させてしまうその造形。頭の先から徐々に視線を下ろし、我ながらその完成度に惚れ惚れとしてしまう。下半身にはもう硬度を失ったペニスが見えていても、尾崎は慣れてしまえば、と自分に嘘をついてみせた。
 すぐ寝てしまったせいで、まだ精液や愛液やらでドロドロの絵理の陰茎。尾崎は気持ち悪いだろうから、と言い訳を繰り返して彼女の股間に顔を埋める。鼻腔に広がる性臭がまた尾崎を高ぶらせ、舌を這わせるのもそこそこに尾崎は可愛らしい逸物をほお張った。
 お掃除フェラって言うのよね。あっという間に綺麗になったそれをしゃぶり続けたまま、尾崎は襲ってくる眠気に抗わずに目を閉じた。

/

 少女の切羽詰った声で目を開くと、今にも発射しそうな陰茎の先がこちら向いていることに目を剥いた。
「えっ……!」
 名前を呼び終える前に飛び出してきた白濁液に目を閉じる。眼球に精液をかけられると失明するってどこかで読んだような、なんて暢気なことを考えながらも射精は止まることなく尾崎の顔に降りかかった。射精を終えると、ジロリと尾崎は視線を向けるが、上で跨る絵理は惚ける様な顔で気持ち良さそうだ。口を開こうにも、精液が唇から入り込んできて上手く出来そうになかった。
 しばらく尾崎を見つめていた絵理は思い出したように亀頭を尾崎の顔に押し当てる。まるで自分の臭いを彼女に刷りつけるマーキングのように、絵理は髪までかかった精液を満遍なく尾崎の顔に塗りたくった。
「……どうしてこんなことをするの?」
 なるべく腹から出したつもりの低い声も、雄の臭いに顔が綻ぶのを抑えるだけで精一杯で迫力が追いつかない。ニヤニヤとした顔で彼女を見下ろす絵理の顔がすべてを物語っていた。
「尾崎さんの方が、くわえてた?」
 そこでやっと昨日のことを思い出す。おそらく起きたら自分の陰茎を咥えこんだままの尾崎を見たのだろう。尾崎は一度、大きく嘆息して「そうね」とだけ返した。太陽の光が届かない空間はどこでも、人を狂わせるものなのかもしれない。部屋いっぱいに広がる性行為独特の臭いも二人に拍車をかけていた。
 精液で汚れた顔も構わず、絵理は尾崎に挿入しようとゴムに手を伸ばして慣れた手つきでそれを装着する。当たり前のように尾崎の足を開こうとしたところで、絵理は動きを止めた。ぼんやりとその様子を見ていた尾崎も、首を傾げる。真剣な絵理の眼差しが少しぼやけて見えた。
「尾崎さん、イヤ?」
「え?」
 手で頬を拭うと、精液の中に確かに涙が混じっていた。途端に目から溢れてくるものを止められず、代わりに絵理がティッシュで顔を拭こうとする。止まらない涙に混乱して思わず少女の手を振り払うと、自分のしてしまったことに「ごめんなさい……」と、力のない声を絞り出すので精一杯だった。ぎこちない時間は遅く進み、絵理がもそもそとベッドから抜け出す。
「もう、やめる?」
 背中越しに言われる絵理の言葉に、尾崎は固まった。ずっとそう望んでいたはずなのに、実際に言われるとこうも崩れそうになるのはなぜなのか。既にヒビの入ったガラスの強度など知れたもの。薄氷の上を歩くような関係を続けていることは覚悟していたはずのなのに、もう冷たい海は寒くて溺れてしまう。二の句を継げない尾崎を弱いと言い切れるかどうか、それはとても難しい。
 絵理。搾り出した言葉のなんと弱いことか。無言で閉まるドアの先へと消えていった絵理に、尾崎は絶望の相貌を隠せなかった。

 そう、これで良い。絵理はにやつく顔を抑えられず、背後の様子を確認しながら顔を崩す。
 ちゃんと見たわけではないが、尾崎の落ち込み様は背中越しからでも十分に感じ取れた。自分でも大根と分かるおざなりな芝居。それでも彼女はアッサリと騙されてくれた。普段の尾崎であればすぐに看破できたであろうことも、自分のこととなればまるで霧の中をさ迷う様に分からなくなる人だ。絵理はそんな尾崎をこそ愛おしく思い、また可哀想だと感じている。
 正直、やめるだなんて口に出すのは嘘だとしても辛かった。これで本当に尾崎が身を引いてしまえば何もかも終わり。ただ、絵理が思う最後の一歩には必要なこと。最大の利益を得るためのリスク。その為にここまで追い込み、尾崎に快楽を覚えさせてきた。もう断れないはず、はず、はず。ここまできてしまった以上、悪いことは考えないようにしていた。
 尾崎さん。あと、もう少し?
 同じようにノロノロと部屋から出てきた尾崎にどういう顔を見せようか。絵理は直前まで考えながら彼女のほうへ振り向いた。

/

 肉体関係を解消してからすぐに二週間が経った。唐突に取り戻した日常はまだぎこちないながらも、二人の関係をまた健やかなものへと塗り替えていく。
「いやー、良かったよ玲子ちゃぁん」
 相も変わらず尻を撫でる手に尾崎は体をよじる。かえってそれが相手を調子付かせるのか、ニタニタと脂ぎった顔が彼女の目の前で歪んだ。嫌悪感しか沸かないことをどうしたらこの男に分かってもらえるのか、無駄だと思いつつも徐々に距離を取る。それでも迫ってくる男に「絵理が待っていますので」とさっさと話を切り上げると、廊下を歩く背中からもへばりついてくる視線に怖気を覚えながら尾崎は絵理のもとへと戻った。
 絵理の待つ鍵付きの控え室はもう絵理専用の部屋といっても良い。ベテランの大物芸能人と並ぶ待遇は大抵のワガママを通し、持参してきたパソコンで何か作業をしている絵理に文句を言えるのは尾崎ぐらいしかいない。その尾崎でさえ最近の性行為の後遺症からか、強く出ることが難しくなっていた。ただでさえあのいびつな関係を解消したばかりで、どうやって接すればいいのかすら分からないのが正直なところだ。
 絵理、と蚊ほどの声で呼びかけると、律儀に体ごと少女が振り向く。なに、とでも言いたげに小首を傾げるいつものポーズ。それだけで尾崎の中で散々用意してきた言葉たちが意味を失ってしまう。絵理のために、なんてものは言い訳に過ぎない。結局、こちらを見上げたまま微笑む少女に尾崎は「次、行きましょう」としか言えなかった。
 関係が解消したところでそうそう劇的に変化するものではないだろうと、尾崎は高を括っていた。覚えたての中学生よろしく、すぐにまた自分を求めてくるに違いない。尾崎もまた体の疼きを押し隠すように、淡い期待を抱いていた。しかし、その予想のことごとくが甘い妄想に過ぎないことをすぐに彼女は思い知る。もうかれこれ二週間、セックスはおろかセクハラのひとつもしてこない少女に尾崎のほうが気をおかしくしそうだった。
 フジテレビ社屋を背後に残し、車は赤坂方面へと走る。元々がタイトなスケジュールの中を縫うように行われていた陵辱は、無くなってしまえば無味乾燥なプロデューサーとしての生活だけ。超一流アイドルを公私共に支える敏腕プロデューサーという肩書きにも何ら感動を覚えなくなり、ジリジリと焼けつくような衝動が彼女を追い詰める。
「尾崎さん、青」
 え? と、運転席から振り向くと、リアガラス越しにクラクションがけたたましく威嚇してきた。慌ててアクセルを踏み込んで、ガクリと揺れる車内に尾崎自身が驚いてしまう。またやってしまったと、ルームミラーから絵理を見ても冷ややかなもの。携帯ゲーム機に夢中で、よく酔わないものだと感心すらしてしまう。なにより視線ぐらいは合うかと期待していた分、空振りに終わったことに尾崎は気落ちした。体はおろか視線すら満足に交わることの出来ない関係。以前なら気にもしなかったことなのに、一度知ってしまえば人間はどこまでも強欲になってしまう。
 いいえ、これが正常なの。普通なの。
「絵理、そろそろ着くからやめなさい」
 精一杯の虚勢を目元に貼り付けて注意すると、絵理は何がおかしいのか、口の端を吊り上げながらゲーム機をしまう。いちいち気にしてしまうのか、ハンドルを握る指がトントンとリズムを取る。ちょうどまた赤信号だし、と苛立ちを他事に押し付けていると、肩に何かが触れた。何かといっても、それが絵理の手だということはすぐに分かる。同時に寄ってくる顔に、思春期の女の子のように心臓を高鳴らせてしまう自分が恨めしい。
 そっけなく、あくまで自然に。そう言い聞かせている時点で不自然ながらも、尾崎は必死に自分を御する。耳まで真っ赤なことを知られたくない。近づかれるだけで嬉しくて頬が緩んでしまっている顔を見られたくない。それ以上に恥ずかしいものを見られてきた尾崎も、その手前の段階をスキップしてきてしまったことは不幸なのかもしれない。高鳴りはすぐに疼きと取って代わり、湿り気を帯びる自分の体に失望する。別に絵理は、彼女はそういうつもりで近づいてるわけではないのに、と。
 もちろん絵理がそんな殊勝な心持ちであるはずはない。それでも尾崎は絵理を信じようとしている。もうそれは信仰のようなものだった。
 運転席を挟んで体をくっつけた絵理は「大丈夫?」と、腕を回して尾崎の額に掌を当てる。吐息が聞こえるぐらいに近く、いやらしくない程度の粘り気を持って。それだけで自分のプロデューサーは成す術もなくなってしまうことを少女は感覚的に把握する。急に切り離されたからといって、すぐに心や体が対応しきれるものではない。ひきこもりからアイドルなんて大転換を強いられた彼女だからこそ、尾崎の体と精神がまだ快楽に囚われていることは手に取るように分かった。なにより囚われていないと困るのだ。執拗なまでに尾崎を責め立てたのは、なにも性欲に突き動かされたわけではない。全ては彼女を堕とすため。戻れなくするため。身を焼くような激情と冷酷なまでの冷静さを持ち合わせることは絵理にとっても苦しいことだった。出来るなら額に押し当てている手を服の中に滑らせ、思うがままにまさぐりたいとすら思っている。
 小刻みに震え始める尾崎に満足し、ちょうど信号が青になったところで絵理は体を離す。名残惜しげにチラチラとルームミラーで送られてくる視線をかわし、窓の外へと絵理は意識を逃がした。見えてくる神宮球場に仕事用の自分へと切り替えると、まだ切り替えの済んでいない尾崎と目が合う。微笑みかけられて逆に逃げ込んでしまう尾崎に、絵理はまた違う笑みを浮かべてみせる。獲物を追い詰める、猟犬の目。
 あと少し、あと少しだから、ね?

/

「キャッチボールの相手になった甲斐はあったようね」
 憎まれ口を叩く尾崎も、絵理の投球には満足したようだった。球団広報の人間が目を丸くしていたのも、彼女にとっては”してやったり”といったところだろう。絵理は汗ばむ首筋にハンカチを当てながら同じように笑って見せた。
 たかが始球式、されど始球式。そう口にした社長の意思に沿うように、二人はこの始球式に向けても準備を怠らなかった。尾崎と時間を見つけてはキャッチボール。わざわざ元プロ選手まで呼んでレッスンも受けた。全ては他のアイドルとの違いを見せつけ、話題を持っていくため。
 綺麗なフォロースルーを取って放られたボールは、放物線を描いてストライクゾーンを通る。打者のバットは空を切り、キャッチャーミットに収まると歓声が響いた。ベンチでは監督さながらに小さくガッツポーズを取る尾崎を見て、絵理もまた軽く拳を握り締めた。
「始球式はスポーツニュースやスポーツ新聞でも取り上げられるから、普段は絵理を見ないような層にも見て貰えるのが強味よね。一流アイドルはピッチャーでも一流、なんて」
 明日のスポーツ新聞の見出しでも考えているのか、尾崎は意気揚々と球場外のアーケードを歩いていた。その足取りは軽く、ここに向かうまでの雰囲気など忘れているかのようだ。もう球場では試合が始まり、人払いを済ませたアーケードを境にして頭上に響くアナウンスの声が初夏のこの季節にはとても似合っていた。
 絵理は球団スタッフから貰ったツバメのぬいぐるみを脇に抱えながら尾崎の後ろを歩く。いくら関係を解消したとはいえ、まだ絵理の股間に男性器が生えていることには変わりない。人一倍気を払って着替えることには、やっぱりまだ色々な苦労が伴う。尾崎もよくフォローしてくれているけれど、やはりまだぎこちなさは拭えなかった。
 車に乗り込み、もう今日の予定を終えたことを確認すると帰途へつく。またお台場方面へと戻る車の中、しばらくは付け焼刃の野球の知識で盛り上がる。盛り上がるというよりも尾崎の方から会話を切れさせないように喋るだけで、絵理は頷くだけのことが多かった。構って欲しいというわけではなく、何かに怯えるような口ぶりに絵理は違う意味で楽しみ始める。
 尾崎さん、無理してる?
 先ほどからのテンションの高さも、要は虚勢を張ってるだけ。いっそのことまた体を近づけても良かったのだけれど、あからさまなのでやめることにした。
 豊洲の高層マンション群が見え始め、まずは絵理のマンションへと車を走らせる。マスコミが張っていないか、十分に注意しながら駐車場へ車を停めると、一緒に絵理の部屋の前まで進む。以前だったらそのまま部屋まで連れ込まれ、満足するまで犯されていた。ドアの前まで行くと自然と体が強張るのを尾崎は堪える。もう今は戻ったのよと叱咤して、そこに一抹の寂しさを覚えないうちに絵理をドアの先まで見送った。未練がましくならない程度にその場で立ち尽くすと、ドア一枚先の覗き穴から焦れた顔を見られていることも知らずに尾崎は踵を返す。曲がり角にその背中が消えるまで、絵理は笑みを隠さないままにドアにへばりついていた。

 自分のマンションへ戻ると、もう限界だった。寝室へ行くのも億劫なのか、三人掛けのソファに横たわると尾崎は服の中に手を差し込む。右手の人差し指がクロッチ部分を押し込むと、淫液が染み込んでいくのが分かる。そのまま指を滑らせて直接触れると、グチュリと脳内にまで響くほどの快感の音が突き抜けた。我慢していた情欲をやっと開放できると、尾崎はクッションに顔を埋めると思いのままに指を膣内で暴れさせる。
 関係を解消して一週間で我慢が出来なくなった。なんとも薄弱な精神なのかもしれないが、今まで毎日のように与えられていた餌が急に与えられないとなれば、犬猫でなくとも不満に思うのは当然だと尾崎は誰にともなく言い訳をする。しかし、それだけ絵理からの快楽が強烈であり、また尾崎の精神を蝕むほどに粘着質であったことは事実であった。いつのまにかもう一本、弄くる指が増えていた膣内は完全に男根を受け入れる準備が出来上がっている。
「ふぅぅぅ……! うぅ……!」
 ソファに押し付けた口から漏れる吐息は切ない。尻を高く突き上げ、淫水がソファの上に垂れるほどに激しく膣内を擦った。指の第二関節を折り曲げ、ザラザラとしている、特に気持ちの良い部分を重点的に刺激する。甘い痺れが思考を鈍らせ、クッションから上げた顔はだらしのない女の顔。快楽を貪る雌の表情のまま、自分を高ぶらせていった。
 特に今日の始球式はまずかった。特注のユニフォームに身を包んだ絵理はとても可愛らしく、普段はその細さを心配することもあるふとももが実に健康的に映った。車内での微妙な接近も相まって、妙なテンションで乗り切るしかなかった自分が恥ずかしい。
 膣内を擦る指の動きが激しくなっていく。尾崎は胸を弄くっていた左手を放り出したバッグへと伸ばすと、乱暴に詰め込んだソレを引っ張り出して笑った。紺色のシックな色合いが絵理にはとても似合っていたと思うそのユニフォーム。何だかんだと理由をつけて引き取ったそれは今、私物として尾崎の手の中に納まっていた。
 もう限界が近い。尾崎は母の胸に飛び込むようにユニフォームへと顔を押し付ける。着ている時間はとても短かったとはいえ、照りつける太陽で少なからず絵理の汗が染み込んだユニフォームは、マニアなら喉から手が出るほどの品。それを独り占めし、あまつさえオナニーのネタにする。間接的とはいえアイドルに手を出す輩を嫌悪していた自分が落ちたものだ、と自嘲してもそれは背徳的な快感を呼び起こすものにしかならなかった。出来るなら、こんな自分を絵理に見られ、侮蔑された方がまだマシなのかもしれない。そんな願望も、すぐに責め立てられながら後ろから犯される妄想へと摩り替わってしまう。
 尾崎さんって……変態、さん?
「そうなのぉ……! 私、変態なのぉ……!」
 尾崎の中の絵理の瞳。純粋そうな瞳が徐々に嘲りのそれへと変わっていく。幻滅され、失望され、軽蔑される。心底、恐れているはずの光景が今はとても気持ち良い。
 変態さんなんだ。尾崎さんって。
「そうよぉっ! うっ! わ、私っ、自分のアイドルの服でオナニーしちゃう変態プロデューサーなのぉ!」
 思い出すのは一週間前まで続けられていた快楽の地獄。必死に抵抗しながらも卑猥な言葉を強要され、言わされた隠語の通りに辱められた日々。屈辱的であるはずなのに、覚えこまされた快感は尾崎をなおも縛りつける。今も想像の中の絵理に強要されてオナニーをしているという図式を作り上げた尾崎は、自分の中の絵理にひたすら陵辱されていく。
 じゃあ尾崎さん、変態さんらしく、ね?
 小首を傾げる想像の中の少女に尾崎は涙を浮かべながらも従順に頷く。その視線の先の中空、彼女の目には雌を食おうとする男性器が見えていた。尾崎はソファの上でもどかしく体を動かすと仰向けになる。そのままひざ裏を両腕で抱えこむと、膣内を弄りながら懇願するように脚を開いた。
「私は絵理のお、おちんちんが欲しくて仕方ない、や、やらしい肉奴隷です。お願いします……! 私の中に絵理のたくましいおちんちんを入れて下さいぃ! ううぅぅぅ……!」
 部屋いっぱいに響くと同時に尾崎の体が小刻みに震え始める。歯を食いしばり、夥しいほどの電気信号が脳内の神経を焼き尽くす。下腹部を中心に広がっていく快感が波紋のように全身へと広がっていった。腕の力が抜け、だらしなく脚を放り出してぼんやりと天井を眺める。もう絵理がそこには存在せず、あるのは情けなさと後悔の念だけだ。
 何も、何も変わってない。
 ジワリと涙腺が緩み始め、誰が見ているわけでもないのに腕で顔を隠してむせび泣く。無意識のうちに口は絵理の名前を呼び続けるが、この部屋には彼女しかいない。自分を慰めるはずの行為が誰よりも自分を傷つけ、それでも麻薬のような中毒性に離れられない。たった一週間なのに、今生の別れを果たした男女のような未練がましさに自己嫌悪も止まらなかった。そして、尾崎の中でなんとも脆く築き上げられている堤防が決壊し始めていく。
「絵理……」
 尾崎はゆっくりと、また目の前で紡がれていく絵理の輪郭に向かって白旗を掲げた。

/

 翌日。絵理を事務所に呼び出すと、誰もいない会議室で告白する。もちろん中学生同士のような甘酸っぱいものではなく、むしろ降伏の色合いの方が強い。絵理のペニスを頬張りながら、尾崎は首を勢い良く前後させた。
「尾崎さん……ん、本当に、いいの?」
 尾崎の頭上で絵理が切なそうな声をあげる。二週間とはいえ、絵理もそれなりに堪えるところがあったのだろう。尾崎の熱心な奉仕に満足そうに顔をゆがめた。尾崎も絵理が気持ち良くなっていることを確認して喉を鳴らす。絵理の弱いところなら覚えてるとでも言いたげに、積極的な彼女に絵理の方が押され気味だった。
 事務所に絵理が着いてすぐ、尾崎は少女の手を引っ張ってこの部屋へと連れ込んだ。普段は逆の立場が多い二人からして絵理も目を白黒させているうちにスカートから男根を取り出されると、ようやく愛しい人と再会出来たとばかりにくわえ込んできたのだ。いずれ我慢の限界が、と思っていた絵理もここまで容易く崩れたことに若干の拍子抜けしてしまったことも無理はない。とにかく、ようやく手中に収まったプロデューサーの健気さに満足気に絵理は彼女の頭を撫でる。恥ずかしそうに体をよじるだけで、尾崎は陰茎に無我夢中になっていた。
 ほどなくして射精感が背中を駆け巡り、抗うことなく絵理は腰を前に突き出す。急に突き出されたことで尾崎は苦しそうに眉をしかめるが、すぐに喉を鳴らして精液を一滴たりとも逃さないように嚥下し始めた。まるで熱病にでも浮かされたような尾崎の顔はうっすらと赤らみ、トロンと垂れた目じりは女としての幸せを感じ取っていた。
 ズルリと半勃ちのペニスが引き抜かれ、唾液と精液に塗れたそれを尾崎は舌で掃除し始める。全て絵理が仕込んだことだけれど、ここまで従順で積極的だったろうかと絵理は疑問さえ浮かべてしまう。それほどに尾崎の変化は劇的だった。
 まあ、それなら?
 物欲しげに眺める尾崎をよそに、掃除し終えてまた硬くなっている剛直を無理やりしまう。ここで満足してしまっていてはいけない。床に座ったままの尾崎を立たせ、絵理は最後の確認をした。
「良いってことは、無し?」
 そう言って尾崎の腹を服越しに撫でる。無しとはつまり、コンドーム無しのセックス。ここまで来ても最後まで拒んでいた膣内射精の許可。さすがに尾崎も表情が強張ったが、何を今更とばかりにコクリと頷いた。やっと私のものに。思わず感動で緩む目元を悟られないように、絵理もまたゆっくりと頷く。
 尾崎の手を取る絵理。今日はこれから仕事が待っている。本番はまた明日に持ち越されることになるだろう。尾崎もそれを知ってか、手を取る頃にはプロデューサーの顔に戻っていた。収録に向けて先に着替えておかなければいけないので、絵理は更衣室へと戻る。その間も、二人はずっと手を握っていた。

 更衣室に入った絵理は早速、着替え始める。日常ではお目にかかれない凝った衣装も今やもう慣れたもの。オートで動く体とは別に、頭はずっと尾崎とのことを考えていた。二週間の放置で、完全に絵理のものになった尾崎。しかし、絵理はむしろ、という感情の方が大きい。
 正直、上手く行き過ぎているところが不安で仕方がなかった。有体に言ってしまえば尾崎は流されやすい人間だ。今の状況もただ情欲に翻弄されているだけで、いざその場に直面したときにまた拒まれるかもしれない。杞憂なのかもしれないが、一度その恐怖を知ってしまった絵理としてはなんとしても避けたい事態だった。
 やっぱり、使う?
 絵理はゴソゴソと鞄から携帯電話を取り出すと、慣れた手つきである人物に連絡を取る。聞き慣れた声。いつものやりとり。相手は絵理が罠を仕掛けているなんて思いも寄らないだろう。僅かな罪悪感もすぐに、訪れるであろう明るい未来に押し流されてしまった。大胆さと臆病さを持ち合わせているのも絵理の優れた部分でもある。
 会話を終え、絵理は電話を鞄にしまう。これで出来ることは全てやった。絶対に大丈夫、たぶん、おそらく。
 尾崎さん、待っててね?
 気づくと衣装を押し上げてくる陰茎を見て、もう一度処理してもらおうと絵理は尾崎を呼んだ。

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「ん……! ふっ……!」
 絵理の不安は的中していた。白旗を揚げてから三日。ようやく絵理に呼ばれた尾崎の心中はその時から随分と様変わりしていた。
「えりっ……んん!」
 後悔、自責、反省。あらゆる理性的で横柄な言葉が彼女を責めたて、未だに疼きを訴える体とは裏腹な思考が尾崎を占めている。
 まだまだこれからという若者の未来を奪い、踏みにじるような行為をしてしまうのは如何なものか。
「いい……ああっ、絵理ぃっ……!」
 年長者の自分がしっかりしなくてどうする。三日も放ったらかしにされた体を慰めながら、尾崎は絶頂の中に咲くかりそめの理性に満足した。
 自慰の余韻をベッドの上で泳がせながら、尾崎は震える手で枕の脇にある携帯を取る。メールボックスを開き、もう何度も目を通した文面をまた追ってしまう。その度にニヤつくことを抑えられず、先ほどまでは一応、理性ある大人を演じていた自分があっという間に雌へと押し戻されていく。所詮、人間は下方へ落ちるもの。尾崎という人間を形作る様々な要素の中で一番、素直で純粋な自分が囁く。たった一文の文章を何度も何度も読み返し、尾崎は睡魔に任せるままに意識を落とした。
 明日、一日中?

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 33階建てマンションの30階。関係を解消した時も返すことのなかった合鍵を鍵穴に通すと、当然だけれどスムーズに扉は開いた。久方ぶりの絵理の部屋の匂いが鼻腔をくすぐり、体が犬畜生よろしく勝手に疼きを覚えてしまう。この後に行われることを考えれば気にする必要もないのだけれど、まるで期待しているような自分が浅ましく感じた。
 玄関からどうしてもあがる気になれず、絵理を呼ぶけれど返事はない。渋々、中に入って奥の寝室へと足を運ぶとやっと声が聞こえた。しかし、そこで尾崎は首をひねる。確かにそれは年頃の女の子のようなのだけれど、意味のある言葉ではなかった。切羽詰り、追い詰められた切ない声。まさか絵理が一足先に自慰でもしているのか。浮かぶ妄想に目尻をだらしなく下げながら、尾崎はもう一度、少女の名前を呼びながらドアを開いた。
 ドアを開けた瞬間、汗と体液の交じり合った臭いが鼻について顔をしかめる。カーテンも閉められた部屋は薄暗く、目が慣れない中でベッドの上ではもぞもぞと何かが動いていた。絵理だろうと尾崎はあたりをつけるのだがもう一人、絵理らしき影に誰かが組み敷かれていた。その時になって漏れる嬌声も絵理のものでないと気づき、徐々に暗闇に慣れてきた目が捉えた人物に尾崎は固まった。
 ソレは、もう言葉になっていないあえぎ声の中で確かに"センパイ"と鳴いた。
「サイネ……」
「センパイ! いいデスゥ! もっと! もっろぉ!」
 普段は二つ結びにしている髪は下ろされ、その人工的な色合いの金髪をベッドの上に広げている。口はだらしなく開かれ、目はまだ暗くてよく見えないが、性交の快楽に酔っていることは感じ取れた。なによりあの理解不能な服装に下に隠された、意外と凹凸のある体が一切の恥じらいもなく絵理の前に晒されている。珍妙な格好を好むくせに、絵理にさえなかなか肌を見せようとしない彼女。その徹底振りに過去を穿ってみたこともあったけれど、今はその全てを捧げていた。
 サイネリアに覆いかぶさった絵理はリズミカルに腰を打ちつける。その度にサイネリアとベッドが揺れ、体中に走る快感に食いしばっていた顔が容易く崩れていく。尾崎も堪えられないほどの剛直。まだまだ未成熟な彼女の体が受け止めることなど出来る筈がない。ベッドに投げ出された脚は激しいピストンに細かく震えるだけで、どれだけの快感にヨガリ狂わされたのか。考えるだけでも疼いてしまう体を両の手で抱きしめた。
 中空をだらしなくさ迷っていたサイネリアの瞳がようやくこちらに気づく。けれど、正常な思考は根こそぎ奪われたのか、エヘヘ、と頬を垂れる涎も構わずに彼女は尾崎に向かって笑ってみせた。
「ロン、げ、こんな、センパイのああぁ! す、すごいものひとりじめなんてぇ……!」
 絶頂が近いのだろう。機械のように一定のリズムを刻む絵理の首に腕を回すと「センパイ、アタシもう……!」と首を横に振る。数え切れないほどイかされているのか。度重なる快感は時に恐怖を覚える。しかし、絵理はピストンをやめようとしない。ガチガチと、サイネリアの歯の根が鳴り始めた。
「お、お願い、しますセンパァイィ……!」
「じゃあ……もう、終わり?」
「あ……うっ、ウソですぅ! もっと、もっとしてクダサイィ! オネガイですカラァ!!」
 なんだかんだで頼りになる電子の妖精はとっくになる堕落していた。その事実に尾崎は膝を落とす。絵理を慕いながらもそれ以上の一線はけして踏み越えようとしなかった、ある意味で尾崎以上の絵理の信奉者がこうも容易く絡め取られていたなんて。時には絵理についての相談も乗ってもらっていた好敵手の痴態。もう落ちるとこまで、と思っていた先の暗闇へ突き落とされたような絶望が彼女を襲う。ただ、現実は更に素直で過酷であった。
 目の前で行われているセックスが否応なしに尾崎の体を高ぶらせる。出来るならば今すぐにでもこの邪魔な服を剥ぎ取り、ベッドの中に混ざりたい。自分の代わりに愛されている邪魔者をどかし、目一杯愛してもらいたい。意識も飛ばしがちなサイネリアの呻き声の中、徐々にそれとは違う別の声が混ざり始めた。
「えりぃ……うぅ、えり……!」
 下着は用を為さないほどに濡れ、我慢できずに突き入れた指だけでもイキそうになる。呆然と開いていた口は今や涎を流すだ
けのものとなり、気づかぬうちに友人まで堕とされた情けなさがすぐに気持ち良さへと昇華されていく。「センパイィ……! あああぁぁ……!」
 一際、高い声がベッドから上がり、絵理に回されていた腕がズルリとベッドへ落ちる。事切れるように意識を失ったサイネリアに満足したのか、絵理は体を離した。杭のようなペニスがサイネリアの体から引き抜かれ、まだ射精をしていないせいか、あまりの威容に思わず尾崎は喉を鳴らした。
 今からアレに。
 邪魔にならないようにサイネリアをベッドの端に寄せると、絵理はポンポンと枕を叩く。もう逃れられない。促されるままに尾崎はヨロヨロと立ち上がると、笑みを浮かべたままの少女に口を開いた。
「用意するから、シャワーを浴びせて」

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「いつからサイネリアと?」
 シャワーを浴び終えた尾崎は、髪を乾かしながら絵理に尋ねる。もう必要ないからと体に巻いたタオルは取り上げられ、後ろから絵理の好きなようにされながらも、どうしても気になることだった。顔は見えないが、少女は心底楽しそうに答える。
「……嫉妬?」
 そうじゃない、と咄嗟に言い返しそうになる口を閉じる。何をムキになっているのか自分でも分からないが、シャワーを浴びている最中もそればかりが尾崎の頭を駆け巡っていたのだ。自分よりも先にしていたのか、愛されていたのか。どういう風にしているのか。こだわればこだわるほど惨めな思いになっていくことは分かっているのだけれど、女としての意地のようなものが尾崎を苦しめている。絵理もそれは十分に分かっているからこそ、あえて答えをはぐらかした。
 そこそこ乾いたことを確認すると、絵理が乱暴に尾崎をベッドの上へと投げ出す。抵抗しないままに放り出された隣には、もう心地良い寝息を立てているサイネリアがいる。よりによって顔はこちらに向けられ、もしも起きたらどうすればいいのか。もうあちらの痴態は嫌というほど見たのだから、と割り切るには流石に状況が状況だ。尾崎は懇願するように絵理に目配せするが、絵理はもう尾崎の体に夢中になっていた。乳房に手を這わせ、その頂きを口に含む。空いた方の手は既に膣口に収まり、思うように尾崎を嬲っていた。すぐに肉体と思考は切り離される。
 もう何度体を重ねたか分からない二人は黒と灰色の世界の中、スムーズな動きでお互いの欲しいものをさらけ出す。シックスナインの形をとると、数日振りの男性器を尾崎は丁寧に口の中で奉仕する。あまりの大きさに全てを咥えきれないが、舌で丁寧に自分の唾液を塗りつけていく。特にさっきまで違う女と交わっていたことで、自分のものだと言わんばかりの熱心なフェラチオを繰り返す。時折、膣をほじくる舌先の刺激に脳がショートしそうになりながらも、雌としての本能が絵理のペニスを咥えて放そうとしない。目一杯に逸物を頬張る顔はみっともないながらも、確かに喜色を露わにしていた。
 もう十分、舞台は整った。仰向けになった尾崎の脚を開くと、絵理はその間に体を割り込ませる。これ以上ないほどにそそり立つペニスには何も装着されていない。これをそのまま挿し込み、発射される精液を子宮へと流し込む。学生でも習うただの男女の営みも、一つの性しかないこの場では不恰好だが神秘的でもある。ついぞ絵理の精液に子を孕ませる機能があるか、調べることは叶わなかったが、もしも子供が出来たらと尾崎は覚悟を決めていた。それはとても無責任で不幸な出来事なのかもしれないが、その分、生まれてくる命を幸せにする努力をしよう。流石に少しだけ強張った表情を見せる絵理に、尾崎は手を伸ばしてその顔を優しく包み込む。
「来て、絵理」
 尾崎からすれば、口からついて出ただけの言葉。ただ、畜生の道を歩むと決めた少女がみっともなく歪んで初めて彼女は気づく。
 ああ、怖かったのね。絵理。
 何度、少女の孤独を励ます言葉をかけても満たされなかったもの。それがやっと落ちる涙の形となって溢れ出ていた。アイドルになる前の孤独。アイドルになってからの孤独。細い体で受け止めるにはちょっと物足りなくて、不躾で直情的な愛情でしか尾崎を独占できなかった不器用さ。完全だと思い込んでいた少女の不完全さを、尾崎はようやく理解した。
 徐々に降りてくる絵理の顔。重なる唇は触れ合うだけでも心地良い。二人にとって初めてのキス。お互いの全てを知っている二人の、唯一知らなかったところ。顔を離し、見上げる絵理は涙でクシャクシャになっていたが、とても綺麗だった。
「尾崎さん、愛してる」
「私もよ。絵理」
 もう一度重なる唇と唇。そのまま舌を滑らせ、流れる涙をすくい上げるともう止まらなかった。絵理の体が尾崎の体に密着し、視界の下のほうへと降りていく絵理と共に亀頭が女性器に触れたかと思った瞬間、勢い良く男根が中に侵入してきた。
「ひ……! あぁ!」
 粘膜と粘膜が直接交じり合う感覚。今までコンドームによって直には感じられなかった熱、硬さ、カリ首の高さ。それが全て尾崎を絶頂のその先へと誘っていく。実際、挿入れられた瞬間にも軽くイッてしまった体は気が狂いそうなほど快感を発している。ひと突きごとに膣襞がカリによって引き摺り掻き回され、長大な肉棒の先が子宮口まで遠慮なく責めこんでくる。ゴムの有る無しでここまで違うのだろうか。翻弄されるままに絵理に抱きつき、少女の顔を見るとその考えは違うと思い知らされた。
 尾崎さん、と少女は繰り返しながら気持ち良さそうに腰を揺らしている。小悪魔的でさえあった意地悪な笑みは消え、セックスの気持ち良さに没頭する女の子の顔。たまらずに尾崎が「愛してる」と耳元で囁くとビクリと体を震わし、更に強い突き込みに尾崎もまたグチャグチャにされていく。混じり気のない純粋な交尾。そこでやっと二人は、欲しくてもずっとすれ違い、諦めかけていたものに思い至った。
 愛。
 限界はすぐに訪れる。小刻みになっていく絵理の腰の動きに、尾崎は合わせるように脚を絵理の体へ絡みつかせる。もうこれ
で放さない。放してなるものか。絵理も同様に尾崎に抱きつくと、最後の瞬間に向かって腰をがむしゃらに振りたくった。
「尾崎さん、尾崎さん! 私、もう……!」
「きて! 絵理の熱いの、ぜんぶちょうだいぃぃ!!」
「尾崎さん! 尾崎さぁん!」
 尾崎の体の最奥。ビュッ、と音が聞こえてきそうなほどの射精。コンドームでは感じ取れなかった生の奔流に尾崎はグルンと世界が回ったような感覚で受け止めた。何度も子宮口に叩きつけられる迸りが尾崎の脳の神経を焼き切っていく。顔はだらしなく緩み、なかなか収まらない射精に体だけが小刻みに反応する。絶頂によってウネウネと波立つ膣襞が精液を奥へ奥へと飲み込んでいく。まるで、この精液の一滴たりとも逃してなるものかと、原始的な本能が尾崎を支配していた。
 長い長い射精が終わってもペニスが抜かれることはなかった。しばらく絶頂の余韻に浸っていた二人は、溶け合って交じり合うようにキスを重ねる。さきほどまで遠慮がちだった舌の交感は激しく、何かを確認するように二人はお互いの口腔内を味わう。
 ピロートークに入ることも無くお互いの唇を貪りあっていると、尾崎の方が先に音を上げた。また硬度を取り戻し始めた男根に絵理はニンマリと笑みを浮かべると「もう一回?」と小首を傾げる。断る理由もないし、断ることも出来るはずがない。尾崎はOKサインの代わりにキスをした。
 二回戦に入る二人。しかし、それは予想外の方向からの咳払いで遮られる。もう快感で意識も飛ばし気味な尾崎は彼女を見て、やっと今の今まで忘れていたことを思い出した。そんな中でも夢中に腰を振ってる絵理は大物と言うべきか。判断に迷うところだ。
「ずいぶん好き勝手ヤッテますネ。二人とも……」

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「おっはよーございまーす! 今日もがんばりましょー!」
 876事務所の元気印、日高愛が朝早くから片手を突き上げる。母親譲りの声量をモロに食らってか、隣の涼は頭を揺らしていた。以前なら愛の大声だけでも怯えていた絵理も今は苦笑いを浮かべているだけだったが、すぐにその微妙な表情は欠伸へと変わった。そんな彼女の様子に箸が転がってもおかしい年頃の愛は、「寝不足ですか!? 絵里さん頑張ってますもんね!」とあんまり労わりのない労わりの言葉をかける。涼が真っ青な顔を浮かべているのも気にせず、絵理は浅く頷いた。
「ペットが、増えた?」
「あ、ペット買ってたんですね! しかも増えたんですね!」
 涼が会議室へと逃げ込むのも尻目に、愛は自分も欲しいとばかりに犬や猫の話を切り出すが、いまいち要領を得ない絵理の反応に首を傾げる。それも仕方ない。絵理は愛に見えないように携帯を取り出す。液晶画面に映し出されるペットの愛らしさに思わず笑みがこぼれてしまう。今日も出かけるギリギリまで可愛がってしまったと、画面に向かって少しだけ反省。でも、ペットが可愛いからいけないのだ。絵理は画面の中で白濁液に塗れ、一緒に倒れこむ尾崎とサイネリアを見て満足そうだ。
 結局、絵理からの被所有権を訴える尾崎とサイネリアの意見を汲み取って、二人とも飼うことにした。その際、両者に抗議の声が上がったけれど、体を使った説得で納得してくれた。「私が悪かったからもうやめて(クダサイ)」と咽び泣く尾崎とサイネリアがとても可愛かった。とっても。今度は首輪でも買ってこよう。
 気づけば、あれほどまで自分の中に巣食っていた暗い炎が見当たらないことに絵理は気づいた。今や焼け跡が見えるくらいで、残ったのは以前までとはちょっと違う自分。それでもサディスティックなところが消えないということは、どうやら自分の本性がそういうものだということなのだろう。
 一人でニヤニヤする絵理を不満に思ったのか、愛は体を乗り出してくる。
「今度、絵理さんのペット、見せてくれませんか?」
「んー、無理?」
 絵理の意外な返答に愛は目を丸くする。ここ最近になって絵理のそういうワガママが増えてきたと愛は思う。別に害があるわけでなし、今まで遠慮しがちだった彼女を知ってる愛からすれば嬉しい変化なのだが、さすがにちょっと唇を尖らせて抗議してみせる。
「どうしてもですか?」
「うん。どうしても。だって、可愛いから?」
「そんなー。絵理さんのケチー」
 ワガママでケチで冷酷で嘘つきで、そのくせ臆病で弱虫で見栄っ張り。その全てが絵理自身。
 絵理は窓の外から見える晴天にも負けないような笑顔を愛に向けた。
「うん。私って、ケチ?」





おわり 

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