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前作


 「明るいのはやっぱり嫌」と、最初のときに言った私の言葉を今も覚えてくれているのか。
 この距離ではこの人の輪郭、そして表情の手がかりくらいしか掴めない、その程度の明かり。
 何も言わなくても彼は、私のためにそうしてくれている。
 多忙なはずの彼の、そのマンションの一室で。
 そういうことを抜きにすれば、もう何十回目かの。男女の意味であれば、……たしか、三度目の。
 ひとつ屋根の下で過ごす、そんな時間。



 少しだけ慣れてきた、他人の家のシャワールーム。
 もう熱すぎるお湯に慌てなくてもよくなって。

 少しだけ慣れてきた、彼の家のベッドルーム。
 でも、ウチからバスローブを持ち込むのはちょっと無理だ。

 まだ私は彼のことを、「尊敬できる同業者」だと思い込みたい気持ちがどこかに残ってる。
 全部をさらけ出して、それでも側にいてくれる相手であってほしい、と、そう分かってるつもりなのに。
 それでもまだ、「そういうこと」をしに行くんだと、その割り切りができない。
 そんな頑なな自分が。
 本当は、今もあんまり好きではなくて。

 彼が担当してる、あのアイドルの娘の持ち歌だっけか。
 大好きハニー、一秒単位で一緒に居たい……って。自分にそんなセリフが似合うわけもないし、言える気
 もしない。それでもやっぱり、そういう気持ちになって、その気持ちを分かってほしい、そんなふうに思う
 夜だって有る。
 こうして彼の部屋で、彼のプライベートの空気の中で彼の両腕に抱かれて。彼の素肌に、私の身体を寄せ
 合わせて。その瞬間が、結局は私のそんな心の飢えを忘れさせてくれる、昼間の自分が背負い込んでるいろんな
 モノから私を開放してくれる、そういう時間だから。

「……それ、好きだってことで、決まり?」
 脳裏にゆらめく私の担当アイドルのあの子の視線。私より一回りくらいは年下のはずの彼女が、こんなと
 きだけは私よりも大人に感じるのはどうしたことなのか。
 

 軽く巻いたバスタオル。静かに音を立てる空調のおかげで、こんな格好でも彼の腕の中まで震えずに歩い
 てゆける。ベッドの端に腰掛けてる彼の隣に腰を下ろした私に、……腰に手を回して。目の前に、彼の顔。視線
 を邪魔する彼の前髪をそっとのける。心持ち上を向いて眼を閉じた私に、……唇に広がる、暖かな感触。避けた
 はずなのにやっぱり私の頬をちくちくと刺す彼の髪。今度、彼に美容院紹介してあげようかな、なんて言葉がち
 らりと浮かびかけたそのときに。
 そっと彼が体重をかけてくる。私も応えて、少しずつ腰の力を抜いていく。
 どすん、なんて興ざめな音は立てたくない。いつもウチのアイドルたちからは「チーフプロデューサーの鬼!」
 なんて思われてる私でも、彼の前でのこんなときくらいは小さく柔らかく可愛い存在で居たい気持ちはある
 んだから。……その努力に、ふぁさっ、と音を立ててシーツが応えてくれる。
 倒れこむその瞬間に、彼がかばい手を付いてくれてるのも。うん、解ってるよ。
 君の、その優しさも。


 ベッド。シーツの肌触り。私の身体にかかる、彼の体重。彼の肌の温み。
 唇を重ねたまま、彼の背に回す私の手。シーツと私の背の間にすべりこむ彼の腕。私のそれよりも、二回
 りは存在感のある彼の腕。私の背中が伝えてくる、肌の下の筋肉の存在感。女の私には望み得ないもの。
 ほんの数cm先の彼の顔。ベッドの上のこの世界に、私と彼とふたりきり。8時間先、8時間後、どちらの
 場合でもこんな近くに彼を感じられることなんて無いだろう。今のこの瞬間だけ、彼にここまで近寄れる。
 ううん、普段こんなに近寄ってしまったら、間違いなく私のほうが彼を「意識」してしまうに決まってる。
 どんだけどぎまぎしてしまうか、それを隠そうと必死になるか、たやすく想像できてしまう。
 でも、今はそうじゃない。私の目の前に居る彼、彼の腕の中の私。ベッドの上の中に生まれたこの世界に
 居るのは、私と彼との二人だけ。誰の目線も、どの外聞も気にする必要なくて。

 ちょっとだけ、嘘。彼の目線、彼への外聞は気にしちゃう。こんな時だから、なおさら。
 私の身体を覆ってた、そして彼との接触を最後に阻んでたバスタオルを彼がそっと除けて。私の身体が、
 この薄暗さの中とはいえ、彼に晒されて。
 彼に全て見せるのは三度目の、私の肢体。こういう関係になっちゃうかも、と最初に思ったときから、い
 つも以上に自分自身には気をつけてきたつもりだけども。
 物理的に女の子を観る目だけは、お互い職業柄、肥えすぎちゃってるのは分かり切ってる話で……。今の
 彼の担当アイドルのあの娘とか、その前に担当してたあの娘とか。私よりずっと若く、ずっと綺麗で、ずっと可
 愛い女の子たちを常時見定めてる彼に、こんなの見せたって……って、思わないでは居られないのだけれど。

 でも、私のそういう気持ちを解ってか、解らずか。もしかしたら表情に出てしまっていたのかもしれない
 けれど。私の両頬に彼は手を添えて……また、キスをくれた。さっきまでのついばむようなキスから、ちょい、
 ちょいと唇を撫ぜる彼の舌先。
 私もそれに応えて閉ざしていた唇を開く。おずおずと伸ばした私の舌先が彼にきゅっと吸われて、そして
 彼の舌が私の舌を絡めとっていく。
 あ、どうしよ、歯、充分に磨いたっけ……なんて、そんなことを思い出して気にするのは今だから。あの
 時にそんなことが頭に思い浮かぶ余裕なんて、もちろん無い。

「ん……んむぅん」

 吐息が作ってしまう声が妙に艶めいたものになってしまってるのに我ながら気づく。舌先で口の中を、…
 …唇の裏を、歯を、舌の根本を、頬の裏を、思うままに撫ぜられ吸われ、その合間から漏れる吐息が形づくる声
 が。
 ちゅぷっ、と水音をたてそうになりながら、そんな大人のキスの時間が終わって。
 彼の唇は次のついばむ先を目指してる。……私の、胸へ。
 乳房の膨らみに彼が頬をすり寄せてる。そんな彼に可愛らしさを感じてしまって、軽く頭をなでる。

 んーっ、と声をもらして満足気な彼。私も彼の髪を指で梳いて……た、そのときに走る刺激。乳首を彼が
 咥えて、軽く舌でねぶってた感触。刺激に少しだけ、私も息が漏れる。
 私の反応に気づいたのか、単に「好き」なだけなのか、丁寧に私の胸を弄ぶ彼。乳首をついばむ、転がす、 吸う、
 ……甘咬みされたときにはさすがにちょっとだけ声をあげてしまった。ううん、怖いわけじゃなくて。

 その、なんていうのかな、舐めて吸ってくれてた刺激が一気に軽くはじけた、っていうか。

 さっきまで可愛いと思いながら撫でてた相手が、もうすっかり「その気」で私を攻めてきてる。
 私の反応を探りながら、私の敏感なところを探して這いまわってる。
 その連想が、私の中の女の部分に火をつけたのだろう。彼の舌が、胸からお腹を、太ももを、そして大事
 なところに移っていったときに、いつの間にかもう濡れ始めてることに、私自身も気づく。

 彼の両腕が、私の腰を抱きとめる。気がついたらいつの間にか、大きく脚を広げさせられてる私。彼の目
 の前に大事な部分を大きく広げて見せてる格好で。



 まだ、私の中で消えていない、あの日の記憶。
 望まぬままに身体を開かされた、あの忌まわしい夜の。



 彼はそれを知っているから。私がそれを思い出してしまう前に、次の段階へ進んだのだろう。
 両方の頬を私の太ももで挟み込んで。私の……あそこ、に、顔を押し当てて。
 その部分を舌でかき分けて、たぶんきっとわざと、私に聞こえるように音なんか立てたりして。

 そして、猛然と敏感なところを刺激してくる彼の舌。
 今でこそこんな冷静に振り返ってるけど、そのときの私は、その一瞬に時間も感覚ももって行かれてしま
 ってたのは認めざるをえない。あんな声なんか出したら恥ずかしい、っていう気持ちも一緒に持っていかれてし
 まって、私の口から漏れるのは、完全に「感じている」女の声で。

 彼が私の一番敏感なところにくれる刺激。
 それに応えて、私が出す「おんな」の声。
 その声音が。彼の肉体の存在感とそれに組み伏せられる私の存在が。そして、しらふでは死んでもできな
 いような今の私の、恥ずかしい、……淫らな、姿。
 その全部が、私の脳内でひとつになって。

 ねえ、私、こんなになっちゃっていいの?
 いつも隙無く装った姿も。
 チーフプロデューサーという重い責任をこなすために取り繕った厳格な表情も。
 女性のたしなみとしていつも意識してる、誰かからの視線も。
 全部、そう、全部脱ぎ捨てて、こんなにいやらしい、恥ずかしい、こんな姿になっていいの?
 彼がくれる刺激に、彼がくれる快楽に、身を委ねちゃっていいの?

 その自問自答にずっと答えを与えてくれるのは、彼の存在感そのもので。
 彼が必死になって、私をとろかそうとしてくれている。
 私にこんなにエッチな刺激をたてつづけに与えて、どうにかさせちゃおうと思ってる。
 大人としての理性、社会人としての矜持、女としての意地。
 それを突き崩してしまおう、その先にある私を観たいと、そう思ってくれている。

 私を、求めてくれている。



 私の中で、私はもう私ではなくなっていた。
 彼も、彼ではなくなっていた。
 このベッドの上の小さな世界の中で荒れ狂う、ふたつの名もない存在。交じり合って、重なりあって、人
 間の姿のままなら出来ないはずのことを平気でしちゃう、そんな存在。
 彼の舌が這った場所、今こうして冷静になってからなら思い出せる。唇。胸。二の腕。お腹。太もも。あ
 そこ。
 他にもいろんなところを、彼の舌はたどっていってた。私の人差し指を丁寧にしゃぶって、私も彼の指をし
 ゃぶり返してたのは覚えてる。つつつ、と脚のラインに沿って(綺麗だよと言ってくれたのも、覚えてるよ?)
 爪先まで舐めてくれていたのも。あと、……ぐっと腰を捕まえて、えっと、その、前だけじゃなくって、私もす
 っかりおかしくなっちゃってて、それでなんだかかえって気持ちよくって、……。

 もう、何をされても気持ちよくなってしまう。
 たぶんあの時の私だったら、歯型がつくほど咬まれたとしても、それは痛みと共に弾ける快感に摩り替わ
 っていたかもしれないくらいに。
 もちろん彼はそんなことをするような人じゃない。甘咬みするにも跡が残らない程度にしてくれてるし、
 強く吸って目立つところにキスマークつけて、後で仕事先で私を困らせるようなこともしない。私に傷をつけた
 のは、そう、……最初の夜、本当に久しぶりのことだったから、……。

 ううん、まあ、そういう状態だったから。
 だからもうどうなっても良いくらいの状態だった私、仰向けになってすっかり彼を受け入れる姿勢にされ
 ちゃってた私に、彼がすごく真剣な顔で覆いかぶさってきたときに。
 何の抵抗も、何の障害もなく、彼の……彼自身が私の中にするっと入り込めてきた、それくらいに私が濡
 れぼそっていたのも当然な話なわけで。快楽に負けた、と言われてもしょうがないと今は思う。避妊してくれて
 るかどうかすら確かめる余裕なくて、後できちんと使ってくれてたのに気づいて、……ダメな女だって言われて
 もね、うん、本当にしょうがないねって自分でも思う。
 そんなんだから、最初の瞬間でもう、軽く「耐えられな」くなってたりもするんだけど、それは彼には言
 ってない。言ったらきっと彼、また何かしら気遣ってくれるのは解っているけど、意識が戻りかけるその瞬間か
 らまた一気に快楽につきあげられていくのが、本当は一番好きだから。
 彼と私が、絶対に他人に見せられない姿になって。彼の彼自身を私の胎内(なか)で感じて。彼の躍動を
 私自身で感じて。噴き上がってくる快感の波に、普段の良識や常識、そして意識までも捨て去って。



 同業者としては、もちろんライバルとしての意識もある。
 自分の担当してる子に味あわせてあげることができなかったきらめく舞台で歌い踊る彼の担当してる子を
 観て、そういう気持ちにならないわけがない。

 合同で仕事をすることが多い相手としての敬意もある。
 半ば親会社のような大手のあちらと、未だに中小事務所の域を脱し得ないウチとの間ではあるけれど、何
 度もお互いの会社の利害を背負いつつ協力して企画をこなしてきたんだから。

 浮き沈みの激しいこの業界で、近い年代で頑張ってる戦友同士という気持ちもある。
 はじめて出会ってから3年。あの頃からずっと付き合いがある同業者の数もだいぶ減った。もちろんその
 分、新しいひととの出会いもあるのだけれど、同じ時代を生きてきた者同士にしか分からない空気って、きっと
 有る。

 でも、それ以上に、私のことを気遣い、大切にしてくれる異性へ向ける気持ち。
 
 はじめて彼が気持ちを伝えてきた夜、私は彼に言った。
 こんな傷物にあなたなんかがそんなに必死にならなくていい、そんな投げやりな気持ちを交えた過去の話
 を。 それでも、彼は変わらなかった。私の過去なんて関係ないと言わんばかりの熱烈な求愛で。
 ……まあ、ちょっと方法に問題はあったようにも思うけれど。大の男が土下座して「付き合ってくれ」っ
 て、それ私じゃなかったら絶対に断ってた話だと、今でも思う。

 でも私は気づいてしまった。私がいつでも断れるように、あえてそんな想いの伝え方をしたんだって。ふ
 ざけてるんじゃないと私を確信させるだけの真剣な瞳に、あんまりにもおかしな告白のアンバランス。
 アンバランスな私に、アンバランスな告白。きっとその組み合わせが、私の何かを刺激したんだろう。




 すべてコトが済んだ後、彼の腕の中。
 ひとつだけ彼に明かさない、私の胸中。

 あの頃、私が想いを寄せていた人。
 私が恋焦がれ、彼も私を想ってくれていると思っていた、あの人のこと。

 「あの夜」の後、憔悴しきった私を迎えにホテルにやってきたあの人。
 お互い何も言えないまま、事務所について、そのまま別れたあの人と、あのときの私。

 大事なものを投げうってまで掴みたかったチャンスは空に消えて。
 私が守りたかったものも、彼が託していた夢も、一枚の書きかけの詩だけを残してすべて消え去って。
 あの人の父親と後に会うことがあった。あの人のことは、とうとう聞けないまま。

 もう会おうとは思わない、けれど今の私を作るのに重要な役割を果たした、果たしてしまった、あの頃の
 記憶。
 
 だから。もう二度と思い出さなくていいように。思い出させないようにしてほしい。
 そんな言えない気持ちを抱えて、私は彼の胸に頬を寄せる。
 私の身動(みじろ)ぎに気づいた彼が、私の額にかるく唇を当てた。
 そして優しく微笑む彼に、まだ残る気だるさを振りきって私は抱きつくのだ。

「こんな私だけど、許して、お願い」そんな想いを残したままで。



「……あれ?」

 私の下腹部を突く、熱く堅い何か。考えるまでもない、彼のアレ。

「ははっ、なんつーか……玲子さんからこんなに積極的に抱きついてこられちゃったから、反応しちゃった
 みたいで」
「もう……」

 ちょっと恥ずかしいけれど、それでも空気が少し和らいだのが嬉しくて、私は彼の屹立したアレを手で優
 しく握り締める。一度放出したあとなのに、もうこんなに堅くなってるんだ。
 いっぱい舐めてくれたから、私もお返ししてあげたいな。そう自然に思った私が彼のアレを口に含もうと
 したところで、彼がストップをかける。

「?」
「うん、えーっとさ、……逆で、やってみない?」
「逆……?」
「うん、逆。お互いのさ、身体の向きを、……こう、上下逆に」

 シックスナイン、って言葉を言いたくないのか、恥ずかしくて言えないのか。もちろん私は後者だけど。
 それでも意味を察した私は、……彼の身体をまたいで、お尻を彼の顔のほうに向けて。
 うわ、うわ、うわあ……。目の前に彼のアレがあって、それをいかに気持よくしてあげるかってことに集
 中しなきゃいけないはずなのに。彼の目の前に、おしりと大事なところをさらけ出す格好を自分からやってるっ
 てことのほうに気が向いてしまってて。
 またこれは濡れてしまうな、と、私の中のほんの少しだけ残ってた理性がささやきかけたところで、彼の
 舌が私の身体を底から舐め上げはじめて。一瞬でまた熱が戻ってきた私のなかの官能が、ふたたび私を快楽の下
 僕に戻してしまうのも、そう先の話ではなかった。

 

 彼と私との三度目の夜は、まだまだ続いたのだけれど。それが、四度目、五度目と続いて、いつしかそれ
 が当然の日常になってほしいと、私はこの晩はじめてそう思ったのだった。
 本当のことは、誰にも、言えない話だけど。

 
 

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