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派手なセットに、一段高い円筒形のお立ち台。
何だか今冷静に見ると、バブルの残り香がプンプン匂うような……
まぁ、そんな俺の個人的感想は良いとして。

千早が俺の青春だった番組に出るのは嬉しいが、不特定多数の男達にも見せると思うとちょっと複雑だ。
出演するタレントさんやカメラさん、ディレクターの人に軽く挨拶を済ませ、千早と会場をざっと見る。
「プロデューサー……あの……本当に、どうしても出なくちゃいけませんか?」
「ここまで来た以上、もう後へは引けない。宣伝と割り切って我慢してくれ」
「くっ……」

多少強引なやり方だったのは済まないと思うが、いくら俺でも趣味100%でやってるわけじゃない。
アイドル活動的にも、オーディション並に多数のファンを獲得できるチャンスでもあるのだから。
俺の個人的趣向が入っていることは否定しないが、その分ファンの増加で会社と千早に恩返しをするつもりだ。
「まぁ……ほら。ルーレットで運がよければ着替えなくて済むかもしれないし」
「そ、そうですよね……まだ、水着になると決まったわけじゃ……」

励ましながら申し訳ない気分になるが、【絶対に】そうはならないんだよなぁ……
やらせと言えば聞こえが悪いが、すでに千早は生着替えをする事が、
ディレクターさんとの打ち合わせで決定している。
デジタルのルーレットなんていくらでも裏でいじれるものなんだよ、これが。

子供の頃の俺はそんな事も知らずに、男性タレントに当たった日は本気で凹んでたよなぁ。
そして、逆ギレしてその週の女性アイドルやグラビアさんを嫌いになったりしたものだ……
若さゆえの過ちというやつかもしれない。
が、幸いにも(?)千早はそういう方面で嫌われることは無い。だって生着替え確定だし。

しかし、さっきも思ったがこうして冷静に見ると、低俗な番組であることは否定できないな。
だが、低俗なことが良いか悪いかはまた別の話だ。
あの頃の俺は、強烈な思い出と感動をこの胸に秘めて大きくなった。
低俗だろうが下品だろうが……そして、あまり他人に言える趣味じゃないが、
あの番組は俺の中で大事なものになっているんだ。
そういう意味で、多少は俺の趣味を押し通してでもこの仕事は取りたかった。

そう言えば、俺も千早の水着姿を見るのはファースト写真集以来だな。
本人はひたすらに胸ばかり気にしているようだが、あずささんや春香はいつも千早の
細いウェストを羨ましく思っているんだぞ。
もう少し自分の恵まれたスタイルに自信を持って良いはずなんだが……
人間、当たり前のように持っているものについては気が付きにくいものらしい。


「本番10分前です、よろしくお願いします!」
人気アイドルとなった千早には、楽屋でのんびりする時間もあまり無い。
最初の打ち合わせは俺が済ませ、千早と最終打ち合わせを行なったらすぐに収録に入る。
こういうバラエティ系の番組は何度出ても空気が掴みづらいようで、
メジャーアイドルの地位にいるのに落ち着かない千早は、未だに初々しさが抜けず、ちょっと可愛い。
番組の進行を聞きながらも、【生着替えをするか否か】が気になって仕方が無いんだろうな。

そうこうしているうちに本番の収録がはじまった。
コメディアン出身の司会者が千早の経歴や歌を紹介しつつもトークをこなしているが、
メインは熱湯コマーシャルである以上、時折お色気ネタを振られて千早が困っている。
番組的にはその顔こそが見たいのだから、司会者は非常に良い仕事をしているだろう。

気になるのは、千早のリアクションが本気で嫌そうにしている事だ。
視聴者はその辺を絶対に見逃さないから、イメージダウンは避けたいんだけどな……
俺が無理やり出演させたようなものだから、それは仕方ないといえばそうなんだけど。

『……では、ルーレットを回していただきましょう、ボタンを押してください!!』
番組名物の熱湯ルーレットが周りはじめた。これは【誰が熱湯に浸かるか】を決めるもので、
ほとんどは宣伝に来たアイドルとか女優本人がやるんだが、稀にリアクション芸人とかが
湯に浸かることもある。これは外れると本気で腹が立つわけだが……
10年たった今思い起こせば、この悔しさコミで覚えているのだから、製作者側は上手い事考えている。

毎月、適度な確率でハズレを混ぜつつ、たまに大当たりの美人さんが水着になったりするから
ハズレに萎えながらも毎週テレビの前から目が離せないんだ。
製作者側に回った今となっては、コレが非常によく出来たシステムだと実感するぞ。
そして今日の千早は、彼女もいないつるぺたマニアの男達にとって忘れられない思い出となるはずだ。
……などと言ってしまうと語弊があるが、期待している事に変わりは無い。


とにかくこれは、番組に緊張感を持たせるためのルーレット。今頃視聴者はTVの前で、
【生着替えが千早ちゃんに当たりますように!!】と必死に祈っていることだろう。
打ち合わせどおりに、ギリギリのところで千早に当たる筋書きだから安心して良いぞ。ファンの皆。


「あ……あっ……止まっ……」
ルーレットが、千早の当たりゾーンから外れるか、外れないかの絶妙な場所にいる。
この、風が吹くだけで矢印が動いてしまいそうな緊張感がたまらないんだよな。
「動いて……動いてっ!!………あ……」
矢印が停止してから、待つこと5秒ほど。
会場に流れる空気が【千早の生着替え決定!!】に確定するまで、ほんの少しタイムラグがある。
視聴者が一喜一憂する、番組内でもっとも視聴率が狙える瞬間だ。

『おめでとう如月千早ちゃん!!CD宣伝タイムゲットです!!』
「わ、わたしが……入るんですか……くっ……」
目の前で、希望が絶たれた事に千早は本気で落ち込んでいる。
後で予定調和だと言ったら、多分怒るだろうなぁ……
さて、可哀想だがここからは俺の出番だ。

「プロデューサー……わたし、恥ずかしくてまともに喋れないかもしれませんけど……」
さすがに千早はプロ根性が強いためか、ここにきて出演拒否なんて事はしない。
ただ、最高のテンションで笑顔を振りまいて宣伝できるかどうかは別だ。
「曲を流したりは、全部こっちでやるから気にしなくていい。
それと、無理する必要も無いからな。我慢しながらイヤな顔をするより、
可愛らしく湯船から飛び出したほうがイメージは良くなるぞ」
「でも、それでは宣伝タイムが……」

……千早。昔、教育上良くないとか言って中止にさせられた我慢大会じゃないんだから。
一応バラエティだし、頑張っている姿勢さえ見えたらある程度の時間は流してくれるんだ。
一度出たら終わりってわけじゃなく、何度かやり直して合計時間分流すって事もあるし。
それに、もう一度言うが宣伝タイムを稼いでも、視聴者に好印象を抱かれないと意味が無いんだ。

本来、物分りの良い千早にはじっくり理を説いてあげたいところなんだが……
残念ながらもう時間が無い。
「大丈夫!!何かあったら俺に任せてくれ。強引に振っておいて何だけど、千早なら出来る!!」
今の俺に出来るのは、万全の体勢に見せかけてでも彼女を元気付ける事だけだった。

さて、観念して筒状のカーテンに入る千早に、俺が渡した水着は……


1:露出は多いが着替えのリスクは少ないぞ!なビキニの上下。

2:露出は少ないけど、間に合わなかったらさあ大変!なワンピース。

3:男は黙ってスクール水着!!(名札付き)

4:クビを覚悟で、スリングショットとかどうよ?(※危険、GAMEOVER確定)







千早に渡した水着は、白のワンピース。
清純派アイドルにピッタリのイメージを持ちながら不思議な魔力があるこの水着……
俺が子供の頃は、白い水着なんて水に入ればスケスケになってしまう禁断のアイテムだった。
最近の紡績技術の進歩に驚きながらも、白の水着と言えば『もしかしたら透けるかも!?』という
邪な期待を抱いてしまう俺達昭和40年世代としては、この水着を【ただの白】とは思わないんだ。

しかも、撥水性と速乾性にも優れ、なおかつ光の反射によっては薄い水色にも見えたりする。
女性の身体を覆う布、と言ってしまえばそれまでだが……近代ここまで水着が進歩したのは、
ただの紡績技術だけではなく、俺達男の夢が必要以上の進化をもたらしたのだと思えてならない。
肌の露出が少ない分、千早もまだ嫌がらないし……

そう、そこに俺が今回千早に内緒で仕事を入れていた理由がある。

この、短時間における生着替えというのは、実はビキニの方が格段にやりやすい。
小学生の時分、毎回見ていた俺だからこそ分かる生着替えにおける必勝法ってヤツだ。

『制限時間は40秒!!千早ちゃんは準備をお願いします!!』

司会者のタレントが指示を出すと、円筒形のカーテンにスポットライトが当たり、
観客席のファン達がどよめきすら抑え、千早のサービスシーンを見逃すまいと集中する。
多分、客席のファン達も察しているんだろう。
千早の着ている普段着が、いかに脱ぎ辛そうかを。
中に着ているタートルネックに、ぴったりと身体にフィットする革パンツ。
これらを脱ぐだけでも重労働なことに加え、着る水着がワンピとあれば……
俺の個人的予想だと、40秒では間に合わないだろう。

そう言えば、俺が学生の時分は部屋の都合上、男子と女子が同じ部屋で着替えることもあった。
その時の女子がまた、小賢しく隠しながらちまちまと着替えるんだ……
こちらが豪快に着替えながら女子のチャンスを伺うんだが……奴ら、隙の一つも見せやしない。
千早は着替える時も胸を見せないように気を使いながら、隙の一つも見せずに着替えるタイプだろうが……
そこはそれ。熱湯コマーシャルは俺のフィールドであり、時間制限もある。
担当プロデューサーとしてはいささか意地悪な気がするが……千早の人気のためと、
あとは少々、俺の思い出のためだ。
さっきも言ったが、ファンを大量獲得すれば千早のためにもなるし、
千早の言うとおり、それが【ビジュアルで引き付けられたファン】ならば、
千早の歌でもって離さなければ良いだけの話だ。彼女にはそれが充分出来るパワーがある。


一応、番組が終わるような不祥事だけは避けるよう、ディレクターさんと打ち合わせはしてあるし、
観客席にカメラを持ち込む不貞の輩用の対策も練ってある。
製作者ってのは、一般客の数倍以上に気を使ってるんだよな……
自分達の事ながら、本当にご苦労様と思えてならないぞ。

そんなわけで、千早にはギリギリの線まで攻めて欲しい。
大事な部分を見せそうで見せず……尚且つ、わざとらしさを感じさせない恥じらいが欲しい。
こうして改めてまとめてみると、苦手なビジュアル方面とはいえすごく無茶な欲求をしているかも知れないが、
始まってしまったものは仕方が無い。
オーディションではないが、ここまで来た時点で俺に出来ることは、彼女を応援することだけなのだから。



「千早、硬くなるな!リラックスだ。歌やダンスのように落ち着いて」
「……そう仰いますが、やはりこういう雰囲気はニガテですっ……」
「で、作戦なんだけど。ギリギリまでカメラが寄るから、慌てるんじゃないぞ。
この番組、BGMとか司会のトークで他人を追い詰めるのが上手くてな……最悪の場合は」
「もう、いいです……聞けば聞くほどテンションが落ちそうですから」
「おい、千早!?」

お立ち台に向かって歩く千早の足取りは、言い方は悪いが死刑囚のように重く見えた。
Cランクに上がり、メジャーアイドルの地位を確立した千早でも、ビジュアル方面の仕事は
全然慣れないらしく、毎回嫌な顔をされている。
その中でも、肌を露出させる関係の仕事はアレルギーとも言えるほど嫌悪感を示し、
たとえファンが増えても、それが歌によるものでなければ決して満足しない。

現状の千早は、そんな娘だ。
しかし、そろそろ本当に次の段階へ進んで欲しい。
芸能界ってのは何でもありの世界なんだ。ダンスでも、ビジュアルでも、
ファンの心をひきつけることが第一で、歌のみで千早の希望を全て叶えられるかと言えば、正直厳しい。

肌を露出する事で人目をひきつけるという行為は、確かに低俗で品がない。それは俺も認める。
胸を張って他人に言えることでもないし、千早の周りの人間……つまりは、親御さんやクラスメイト達に
与える影響もでかい。
根も葉もない悪評といえど、流されて気持ちの良い人間がいるはずもないし。


総合的に考えると、確かにリスクはでかい。途方もなくでかい。
だが、ここに付け入る隙がある。
俺が子供の頃の話だが……出演する人は、アイドルから女優志望、グラビアさんまで多数だった。
しかし、大体は深夜枠出演OKの人がサービスするものと半ば決まっている。
TVの前にいる視聴者達も、千早が出るのは嬉しいが、彼女の年齢や環境、765プロの営業方針から考えるに、
熱湯CM出演はあっても、生着替えが決定しても……サービスはたかが知れていると思っているはずだ。
そこでガチの勝負を挑み、視聴者達に向こう20年は忘れないようなエロトラウマを与える。

恥じらう千早に加え、裏をかいたお色気サービスのダブルアピール。
これでファンが増えなければ、俺はこの仕事を辞めてもいい。
俺の計画をどこまで分かってくれるかはさておいて、すでに千早がカーテンの中に入り、スタンバイしている。
本番前の空気というのは何度経験しても緊張するし、ましてや今回は、俺の青春の1ページでもあった、
あの仕事に関われるんだ。心臓はバクバク高鳴り、気のせいか脚もふるえている。
普段冷静な千早が、ヘンな汗をかいている事を発見すると同時に、
着替えスタートの合図がスタジオ内に響いた。
と、同時に俺の予想に反して千早が脱ぎ始めたのは、上からだった。



「……千早?」
俺の計算では、番組に与えられた40秒の着替えタイムうち30秒までに下を脱がないと、
水着を着る事が出来ないはずだ。
その考えから逆算すると、最悪の事態を回避する事を考えればまずはワンピースの下だけは
穿かなければならず、多少不恰好になろうと、まずは下から脱ぎ始めるのが順当だと思う。

着替えの邪魔にならないようにと、上着だけ脱ぐのだろうか?それにしてはリスクが高い。
そう思った次の瞬間、千早が次に脱いだのは、またも上。つまりは薄出のタートルネックだった。
「千早!?それは非効率だぞ……」
俺の呟きをよそに、ディレクターさんまでもが冷や汗をかいている。
そりゃそうだ。なぜなら俺を含み、この番組を良く知っている者だけが予想できる死亡フラグ。
こんな順番で脱いでいたら、余程追い上げが激しくない限り、タイムオーバーは目に見えている。

分かりやすく言えば、【第二審査が始まった時点で流行一位の審査員が興味三割】くらいのヤバさ。
俺の選択肢にジェノサイドは含まれていないため、もはや追い上げるしか道は無い。
しかし、着替えに集中している千早には、オーディションのように俺の指示を聞く精神的余裕は無いだろう。
ブラジャーを外しにかかった時点で、すでに20秒が経過している。
カーテンから千早のシルエットラインが見え、この向こうに上半身ハダカの千早がいると思えば
間違いなく股間が元気になる場面なのだが……当事者である俺も緊張しているらしく、
今はひたすら千早の無事を祈る事しか心に無い。

熱湯コマーシャルを知らない千早は、当然早着替えなどやった事が無いのだろう。
【見せない】事より【早く】着替える事を優先している彼女は、馬鹿正直に全部脱いでから
俺が渡したワンピースを着るつもりなのだと思う。
普通に考えれば非効率的であり、まずありえない行動だが……この時は俺も千早もどうかしていた。


『あと15秒でーす!!そろそろ着ないと間に合わないよー!!』
中途半端なタイミングで、司会者が千早に声を掛ける。
まともに考えれば、切りの良い20秒か10秒で声を掛けるべきなんだが……
多分、一番千早が焦るタイミングを狙って声を掛け、精神的に追い詰めたいんだろう。
上手いと思いながらも、今はこの司会者に軽く殺意を抱くぞ。

「え……えっ!?」
革パンツのベルトを外しながら、千早は予想以上に動揺している。
きっと彼女も頭の中で、残り時間と着替えに必要な時間を計算して、危機を察知しているのだろう。
しかも千早の服装はいつもの事務所に来るあの服装……千早の身体にピタリとフィットし、
とてもよく似合う衣装である事は良く分かるのだが、脱ぎにくいことこの上ない服でもある。
ベルトを慌てて外し、革パンツを膝までおろした瞬間に声を掛けられたため……
「あ……あ!!きゃっ!?」
バランスを崩した千早は、スレンダーな身体を立て直せずに尻もちをついた。

「!?」
「……!?」
俺とディレクターさん、そして番組のプロデューサーさんが冷たい汗をかく。
この筒状カーテンは、膝から下が見えるようにと少しばかりの空間がある。
つまりは、座り込むと大事なところが見えてしまうという事であり。
TVに映ってはいけないものが映るという、大惨事に発展する恐れがあるわけだ。

視聴者達は素直に喜べば良いだけの事だが、俺達製作側はこんな事故が起きた場合大変なことになる。
誰かの首が飛ぶか、または飛ばされるか……減給くらいで済めば御の字なくらいにヤバいハプニングなんだ。
そういう意味で、俺は千早とカメラを同時に覗き込み……
とりあえずは胸を撫で下ろした。

可愛らしく尻餅をついた千早。
当然下に開いたスペースからは下半身が見え、膝まで下ろした革パンツと一緒に、
意外にもふっくらとした股間の盛り上がりが俺の目に飛び込んできた。
白い清潔感溢れる布地に、どうしても性的なものを連想させる股間のクロッチライン。
時間稼ぎのために下着も一緒に脱いでいたらと思うと、寿命が縮む思いだ。

ディレクターさんと一緒に、最悪の事態は回避されたことを目で確認し、次にカメラをチェックする。
幸いにもやや長身の千早は、尻餅をついてもハダカの上半身まではカメラに映らず……
ギリギリ乳房下方向のラインが見える程度に映っている。
あと3センチ千早の身長が低かったら、アウトだっただろうと思うとこれまた生きた心地がしない。
予想外のデッドラインを潜り抜けた千早だが……これで恐怖が去ったわけではなかった。
あと12秒ほどで、革パンツとショーツを脱いで、さらには水着を着なければならないのだから。



「くっ……ど、どうしよう……このままじゃ、とても……」
上半身がすでにハダカであることが、今更だが仇になったと気付いたのだろう。
今降参しても大変なことになるが、進めば進むほどリスクは大きくなる。
カーテンの向こうでほとんど全裸の千早を想像すると邪な妄想が果てしなく沸いてくるが、
それ以上にプロデューサーとして大変な事をさせてしまったとも思う。

本来なら、泣いてギブアップを宣言しても誰も責めないだろうに……
千早の性格上それは許されないらしく、彼女は30秒を越えたのにショーツを脱ぎにかかった。
カーテンの下から、白く小さな布切れが抜き取られるのを見るだけで、
多数のファンは当分の間、夜のおかずレシピに困らないだろう。

残り時間はあと10秒を切り、カウントダウンが客席から聞こえてくる。
やっと俺の渡した水着を手に取った千早だが、もう一度転べば756プロごとゲームオーバーだ。
……いや、正確には万一の事態に備えてマエバリを装着するよう言ってあるが、
たとえ法律に違反しなくとも、スタジオの観客にそんなものを見られたり、カメラに撮られたりすれば
イメージは大きくダウンし、何らかの損害は免れないだろう。

あと5秒の時点で片足を水着に入れ、続いてもう片方の足を入れた時点であと3秒。
もはや、この時点で胸を隠すことは適わないと判断した俺は、カーテン内にタオルを投げ入れた。
格闘などの試合で選手生命を絶たれる前にタオルを投げる、トレーナーの気分が分かったような気がする。
懸命にタオルを投げ入れたため、その後具体的に千早がどうだったかは覚えていない。
ただ、制限時間となりカーテンが開いた時……


『はい!!時間です、カーテンオープン!!』
おへその下10センチくらいまで、何とか水着を着る……というより穿いただけの下半身と、
さっき俺が投げ入れたタオルで、その可愛らしい胸を隠す千早の姿があった。
背中はというと、お尻の谷間がほとんど見える状態で、グラビア女優でさえ嫌がるほどの露出っぷり。
ワンピースの肩紐は着ることが出来なかったようで、
両サイドにだらりとノーガード戦法を思わせるように垂れ下がっている。
法律的に見えてはいけない部分こそ隠しているものの、
千早のキャラクターでこの過激度はありえないレベルだった。



「あ……あぁっ、いやぁ……」
あまりの恥ずかしさに、顔を手で覆いたくなる千早だが
両手共に大事な場所をガードするため、離すわけにはいかないらしい。
耳まで真っ赤になっているほど恥じらっているため、千早の着る白い水着がより強調され、
アンバランスさが浮きだってなんとも言えないエロティシズムを醸し出している。

コンサートの時は武道館で5桁の客に注目されても平気な千早なのに……
身体を見せることが目的になった途端、犬に怯える雪歩のように縮こまっているなんて。
そんな千早が魅力的なことには変わりないが、このままでは彼女のテンションが
ガリガリと削られて急降下していく事は目に見えて明らかだ。
隣にいるディレクターさんが『CM行きましょうか?』と目で合図してくれているが、
俺的にはこんな状態の千早を多数の観衆に晒すのは、一刻も早く終わりにしたいので、
その申し出を断り、早く視聴者お待ちかねの熱湯風呂チャレンジへ移ってくれるようお願いした。
この番組自体が俺の夢だった事に変わりはないが、
やはり自分が手塩にかけて育てた担当アイドルの恥ずかしい姿を多数の男達や、
カメラに晒すのはあまり気持ちの良いものじゃない。
第一に千早の気持ちもあるしな。

……本来、なつかしの企画に我を忘れた俺が言えた事じゃないんだけど。

『うわぁ……いやはや、何とも凄い格好ですね……やっぱり、恥ずかしい?』
「………」
この司会者、人を追い詰めるのは上手いがこういう時は少しくらいアイドルを気遣ってもいいんじゃないか?
確かに今の千早は美味しいリアクションなんて取れないほど恥ずかしがっているが、
これは下手にいじってもどうにかなるもんじゃない。
そんな事も見抜けないから中堅クラスから上へ行けないんだよ……と、いかんいかん。
今は千早のことが第一で、あの番組司会に文句を垂れるのは後回しだ。

ディレクターさんの判断で、細かいインタビューは無しになり、早速熱湯風呂にチャレンジする。
しかし、両手が使えない分湯船に入るのも一苦労だろうな……
俺が心配する事はただ一つ。あまりの熱さに胸を隠している手を離してしまう事。
そんな事故があれば、多分局長のクビは飛ばないまでも、俺やディレクターさんがタダでは済まない。
考えてもみてくれ。まだ深夜番組の出演もままならないアイドルが、
生着替えしたうえ、下着姿まで晒して結果はなんとかワンピースの水着を【着る】ではなく【穿く】程度。
しかも、胸は手で(タオル込みだが)隠しただけという前代未聞のサービスっぷりだ。
気の早いヤツは、もうズボンのジッパーを開けて何かを取り出していても可笑しくない。

ワンミスで即アウト……良く考えたら千早のプロデュース活動と、大差が無いような気がする。
そう考えると、少し気が楽になった。
第一、千早の仕事なのにプロデューサーである俺が自分のクビを心配してどうする。
本番の収録中である以上、俺が直接声を掛けたりはできないが、
千早が不安そうにこっちを見た時、どっしりと構えて安心させてあげる事が俺の仕事だ。



「……っ、だ、大丈夫です……では、入ります……」
俺が最後に投げたタオルがあるので、片手を使えば何とか胸を隠し切ることが出来る。
左手で湯船の縁を掴んで、千早は恐る恐る片足を熱湯の中へと入れた。

50℃くらいの熱さなら火傷の心配も無いと言われるが……それでも長く浸かればヤバい事になる。
一般的に、46℃のお湯でも1時間半も浸かれば低温火傷の可能性がつきまとうと言われているし、
そこから温度が1℃上がるごとに火傷までのタイムリミットが半分になるというのが現在の医学情報。
つまり、50℃のお湯でも5分浸かれば十分に危険、と言う事だ。

まぁ、ほとんどの人は10秒も持たないのでいらぬ心配かもしれないが。

「ぅうっ……くっ、はぁっ……」
両足を湯船に入れ、千早は一旦落ち着いた。
これから身体全体を入れるための心の準備だと思うが、千早は色白な娘なので
すでにこの時点で両足が赤く染まっているのが少し痛々しい。
そんな中で、カメラを意識しながら出来るだけ顔を崩さないようにしているのは、
何度もやったカメラレッスンにおける、彼女の努力がなせる業だと思う。

その証拠に、おちゃらけたバラエティ色のBGMが流れる中でも、場の空気は緩んでいなかった。

『さぁ……一旦間をあけて、クールな美少女シンガー、如月千早ちゃんが、今!!
熱湯に身体を……そのスリムな身体を、今!まさに……沈めたっ!!』
勢いをつけて湯船に肩まで浸かる千早を見ると、幼い頃鬼のように冷たかったプールの消毒槽に
飛び込んだ記憶が蘇るのは、気のせいだろうか?
水しぶきで完全には見えないが、上半身ハダカでお湯に浸かる美少女アイドルなんて、
番組史上いただろうか?番組に集中していると今ひとつよく思い出せないが、
今週の番組は間違いなく、歴史に残るフィルムになるだろうな。

……ただし、無事放送できればの話だけど。



「……っ、あぁっ!?」

敏感な千早は、案の定50℃の熱湯に耐えられるはずも無く……2秒も経たないうちに、
弾かれるように湯船から飛び出し、外に敷いてある安全マットに転がり込んだ。

「うおっ!?」
本番中にもかかわらず、俺は軽く悲鳴を上げざるを得なかった。
それは隣にいる番組ディレクターさんも同様で、千早はカメラに背を向けた位置取りで倒れている。
つまり、お尻の谷間まで見せた状態で、あらゆるアングルから撮られているわけで……
おそらくこれがオンエアされる頃、家族団欒でTVを見ているようなご家庭からは抗議の電話が殺到するだろう。
真っ白な水着に、お湯で上気して赤く染まった背中が丸見えになっても、今の千早はそれどころじゃない。
それでもしっかり胸だけは隠しているところを見ると、並のアイドル以上に頑張っているんだが……
TV的には今がもっとも視聴率の取れる瞬間であり、同時ににやりすぎれば番組の危機となる。
最高の画は、破滅と抱き合わせとなって番組スタッフ一同に緊張感をもたらしていた。

『記録は……2秒!!なんですけど、それ以上に千早ちゃんが心配ですね……大丈夫?』
さすがに司会のタレントも、この危機的状況を察したんだろう。
客席を暴走させないように、千早を気遣いながら番組を何とか続けようとしているのが分かる。
濡れて重くなったタオルは胸に張りつきながらもぴったりと肌に張りつき、
心なしかほんのりと胸の突起が立体感を伴っていて……
番組的に本気でギリギリの線まで攻めているこの状態は、下手な深夜のお色気番組よりヤバい。
もしもこの先、千早が順当にランクを上げて芸能界の頂点に登りつめ、
国民栄誉賞でも受賞しようものなら……わが765プロとしては、この番組VTRの処分を本気で考えそうだ。

「はぁっ、はぁ……す、すみません……反射的に飛び出してしまって」
『大丈夫ですよー。ギブアップしない限りチャンスはありますが……本当に大丈夫?』
「大丈夫ですっ……もう一度、よろしくお願いしますっ!!」

50℃という熱さは、反射的に飛び出してしまってもしょうがないレベルなんだが、
千早本人としてはほとんど宣伝タイムを稼げなかったことが我慢ならないんだろう。
十分なアピールになった事だし、この辺で止めさせるという選択もあったのだが、
彼女のやりたいようにやらせてあげるのがベストだと判断した俺は、あえて止めなかった。

俺が渡したワンピースも水に濡れて、垂れ下がった肩紐部分がどうしようもなくエロい。
多分千早は今、自分がどんなに刺激的な格好をしているか分かってないんだろう。
今のビジュアル破壊力は、水着で出血大サービスする美希にも劣らないほど凄いというのに。
そんな事を考えていた俺に、千早が一度振り向いた。

「……」
なんと言って良いか分からない。覚悟と決意を秘めたようでいながら穏やかな表情。
こんなに追い詰められた状況だというのに、何故かその顔を見た俺は、
番組の事から千早のイメージまで、現在抱えている全ての心配事が消えていくような気がした。



一度お湯に浸かり、少し空気を入れることによって若干湯船の温度は下がっている……とは思う。
しかし、まだまだ人間が普通に入るには熱すぎるその湯を前に、千早は妙に落ち着いた顔つきで、
まるで今から入る熱湯風呂より、何か他の事を思い浮かべているような感じだった。

ほんの少し、身体を隠す事を意識してはいるが、彼女がこんな顔を見せるとき……
それは、間違いなく歌が絡む事であり、大体の場合俺が社会人的にろくな目に逢わない。
しかし、それ以上に千早の凄さに感動させられる合図でもあった。

千早が、何か、やってのける。

言葉にするとそれだけなのだが……その中にどれだけの思い出が詰まっているか。
俺が仕掛けたこの仕事。だからやるべき事を全力でやれたら、あとは後悔しない。
何を考えているか知らないが、俺が責任を取るから今回も俺やファンの皆を驚かせてくれ。
でも放送事故だけは勘弁な、と心でつぶやきながら、俺は客席のファン達と共に、
千早がもう一度湯船に浸かるのを見守っていた。

「……っ、……っっ」
今度は比較的スムーズに両足を入れ、大体の温度を把握すると、
千早は目をつむり、つま先で上下に軽くリズムを取り始めた。
次の瞬間、ステージの空気が一変した。


「……?」
千早が身にまとう雰囲気が、番組スタジオを急速な勢いで支配してゆく。
同時に、彼女の顔から恥じらいで心が一杯になったような慌ただしさが消える。
そのまま静かにお湯に浸かる表情は、まるでそれが普通のお湯のように思えてならない。
「おいおい、嘘だろ……湯の温度は、まだまだ熱いはずなのに……」
いくら千早が我慢強い方だからって、人間レベルでここまで出来るモノではない。

肩まで浸かった時点でカウントが始まり、2秒で止まっていたデジタルタイマーが動き出す。
千早のリアクションから、何かがおかしい事を悟った客席が、どよめき始めた……と思いきや、
俺達の耳に聞こえてきたのは、番組司会のけたたましい声ではなく、
硝子のように透き通りながらも、一本硬い芯の入った……強く、そして心を突き動かされる声だった。


【恋したり 夢描いたりすると 胸の奥に複雑な 気持ちが 生まれるの……】


    
BGMもなし、マイクも声を取る最低限のもので、歌を聞かせるような高級品じゃない。
しかも、会場はざわめきに支配されたバラエティ番組……
そんな、歌うにまるで適さない状態を、彼女……如月千早は、ひっくり返したんだ。

「……無茶だ!!こんな芸当がいつまで持つか分かったもんじゃないぞ」
湯船に浸かると同時に、千早は宣伝予定の新曲【まっすぐ】を独唱した。
765プロでもずば抜けた声量と声質。そして何より大事な、人を振り向かせる艶のある声……
まだマイナーな頃、街頭パフォーマンスで鍛えた千早の声は、並みの雑踏など軽く消してしまう。

まさに彼女にしか出来ない、最大のパフォーマンスで会場内の視線を独占した。
文字通り、ビジュアルで引き付けたファンを、ボーカルでガッチリと捕まえるとは。

ダンスやビジュアルをどんなに強化しても、ボーカルを上回る事は無い……
それはきっと、ダンスやビジュアルの実力が伸びていないわけじゃないんだ。
千早はいつも必ず、それ以上のトレーニングでもってボーカルを一段上に押し上げてしまう。
流行を考えてプロデュースするには、これ以上やりにくい女の子はないけど……
逆を言えば、ボーカルイメージが無限に伸び続ける千早は、凄いなんてもんじゃない。


考えても見てくれ。
ダンスやビジュアルレッスンは素直に受けるし、ちゃんと実力も上がっている。
でも、次の週には勝手にボーカルをそれ以上にしてしまう……そんなユニットがあるか?

技巧派ではなく、速球派。
テクニカルキャラではなく、ガチのパワーキャラ……
俺は、彼女をCランクまで育て上げた気でいたが、もしかしたらとんでもない間違いを犯していたのかもしれない。
彼女の特性を正しく把握していれば、すでにAランク目前にまでなっていたかもしれないと思うと、
番組状況に関係なく、背中に冷たい汗が流れた。



バラエティ番組のつもりでスタジオ見学に来たお客さん達は千早の雰囲気に圧倒され、
ただただ黙って彼女の本気モードを聴いていた。
熱さや恥じらいを、歌に集中することで一時的に飛ばしてしまった千早の全力投球は鬼気迫るものがあり、
BGMが無い分、抜き身で晒す【生歌】の凄まじさが会場内全てに響き渡る。
歌のタイトル通り、ひたすら表現のためにまっすぐを貫く千早の顔は、見ていて尊いものを感じるようで……
誰もが今、千早がものすごい格好で熱湯風呂に浸かっているなどとは思えないほど、
彼女の紡ぎだす美声に酔っていた。

どの世界もプロというのはやはり凄いもので、番組ディレクターさんが一番先に酔いから醒め、
忙しそうにADたちに指示を出している。
それもそのはずで、このあと流すはずだった新曲を、今……この場で千早が歌っているんだから。
当然、番組進行は大幅な変更+CMに入るタイミングなど、全てが打ち合わせと違う方向に動いていた。
収録が終わったら、真っ先に彼のところへ謝りにいかなければならないだろう。

主にコンサートなどで最後を飾る曲のつもりでリリースしたこの歌だが……
今、このバージョンをCDに収録したいほどの迫力。
荒削りな印象は否めないが、千早の鍛えぬいた腹から出る全力の声は、美しいというより強い。
それも、音量的な強さではなく……尊い人が持つ、説得力ともいうべき強さだ。
年端も行かぬ少女から、心を突き動かすような力が、歌となって流れている……
いったい誰がこんな展開を予想しただろうか?
ビジュアル目当てのファンを、ボーカルで惹きつけると言うより捻じ伏るなんて。

まっすぐ前へ……下手をすれば愚直とも取れるやり方で、
フルコーラスでこそないものの、千早はいつも通りに【まっすぐ】を歌いきった。
歌に集中しすぎて感覚が麻痺しているんだろうか?
千早は全てが終わったあと、ゆっくりと湯船からあがり、客席へ向かって一礼した。
それを見て、観客達も魔法を解かれたように我に帰り、千早に向かって大きな拍手を贈る。

ほぼ全身が濡れ、水を吸いすぎたタオルがちょっとずり落ちていえ……
もう2センチも下にズレたら、見えてはいけないものが見え、放送中止になるかもしれない。
今の俺にとって二番目に怖いのは、それだった。
一番は何かというと……こんな無茶をした千早が、倒れやしないかという事。

ディレクターさんも同じ考えのようで、カメラさんにできるだけやばそうな角度で映さないようにと
指示をすると、俺に早く千早を迎えに行くようにと手で合図をくれた。
この人とは、番組が違っても一緒に仕事をしたいと心から思い、感謝する。
さすがに千早が無茶をやりすぎた事を心配する司会者は、インタビューもそこそこに千早を退かせ、
番組はCMへと移り、一応放送に関するピンチは脱した。

千早の生歌を聴かせた以上、CDを流すなんて事は蛇足でしかない。
おかげでタイムスケジュールは大幅に狂ったが、番組的には美味しい見せ場も取れたと思う。
千早を迎えるべく舞台袖にダッシュした俺が見たのは……すべてをぶつけて消耗しきった歌姫の姿だった。
「千早……千早っ!!大丈夫か?」
ジャケットが濡れるのもかまわず、まずは千早にかけてやる。
全身を真っ赤に染めて、足取りもふらふらになりながら彼女が最初に発した一言は、

「プロデューサー……どうでした?さっきの歌……ファンの人達に届いたでしょうか?」

何処まで行っても、歌だった。


「ああ。今すぐにでもCD収録したいくらいの出来さ。歌を聞かせるにはあまり良い環境じゃない
こんなスタジオで、よくやったよな……お客さん全員、聞き惚れてたぞ」
最後の言葉は、胸の奥につまって発音できなかったかもしれない。
彼女のひたむきな姿勢を真正面から見つめて、俺は少し泣いていたから。

「ふふっ……よかったです……昔、お風呂で歌った事を思い出しながら……
たのし……く……あの……子に……笑って……く、れ……」

そこまで言いかけて、俺の腕の中で千早はがくりと落ちた。
胸を隠していたタオルもべたりと床に落ち、膝からの力も抜けている。
「おい!千早っ!?……千早、しっかりしろ!!すみませんスタッフの誰か、
救急車か医者を手配してください!!」

そのまま、ディレクターさんに報告だけすませると、俺と千早は救急車で病院へと向かうことになった。
千早を控え室に寝かせて、救急隊の到着を待つまでに社長に連絡し、
急いで番組スタッフに頼んで千早が脱いだ服を回収させてもらった。
すぐに着られるように、服も下着も綺麗に畳んで重ねておくわけだが……

(白、だな……)
千早のショーツを畳みながら、ちょっとばかりいやらしい妄想が浮かんできそうになる……
と、思うだろうがさにあらず。
横で千早が倒れている上に、いい歳した男が控え室で担当アイドルの服を畳んでいる姿は
傍から見たらかなりみっともないのではなかろうか?
大体、救急車を飛ばして駆けつけた隊員のお兄さんを前に、股間を膨らませたPが
出迎える姿って……正直、引くと思うね。
俺が救急隊員なら、そんなプロデューサーは信用しないし。

ともあれ、千早の熱湯コマーシャルはこういう異色な形で幕を閉じた。
多分、これ以上のインパクトを持つ回はまず出てこないだろう。
千早はある意味、番組の歴史に名を刻んだ事になる。……本人は嫌がるだろうけど。





それから約1週間。
担当アイドルに無理をさせすぎたという名目で、俺は出社停止処分を受けていた。
具体的被害こそ出ていないものの、番組スケジュールを大幅に遅らせたことなどで
形式的だろうがなんだろうが、誰かが責任を取らなきゃ始まらない。
仕事に生きるってのは、そう言う事なんだと思った。
色んな方向の証言から俺は悪くないとかばってくれた人も多く、
今はその人たちの親切が身に染みてありがたく感じる。

自宅謹慎ではなく、出社停止としてくれた社長の心遣いにも感謝しなくてはいけない。
一応世間的に何らかの形で処分は受けると言う事だったが、
765プロに向かわずともこの一週間でやることは山のようにあったから。

まずは千早を連れて病院へ。
救急車なんてはじめて乗ったが、あの時は千早の無事を祈る事と、
救急隊員が千早の胸を覗かないか見張るのに懸命だったので、よく覚えてはいない。
彼女がお湯に浸かっていたのは約2分。
マスターバージョンではないが、普通に1曲を歌いきったので大体それくらいだ。
命に別状は無いと言う事だが、あと1分浸かっていたらどうなっていた事か。
仮にこれがマスターバージョンの宣伝だったらと思うと、背中が冷たくなる。

とりあえず隊員達も千早がアイドルと言う事を分かってくれているようで、
必要以上に丁重に扱ってくれた。
大事な部分も……多分見られてはいないと思う。
(千早が生着替えの時脱いだ服は、俺が持ってきて看護婦さんにお願いした)

本人も少し眠っていたくらいであとは問題なく歌もダンスも出来るようだった。
一応検査も含めて一日は入院と言う事になるが、芸能活動に支障は無い。
俺の出社停止処分は1週間だが、やる事自体はいつもと変わらなかった。

……出社停止と言う事なので、給料が出ないことを除いて。




まず、千早の無事を病院で確認してからご両親への謝罪。
その時は千早が必死に【歌う機会をくれたプロデューサーは悪くありません!!】と、
全力で俺をかばってくれた時は、正直ふたたび泣きそうになった。
半分口からでまかせのいいわけをどう解釈すれば、俺は無罪になるのだろう?

あのときの俺は、そんな事も分からないくらい壊れていたのかもしれない。
周りに与える影響と、責任の重さ。
俺の子供時代からの夢とはいえ、これだけの騒ぎになった以上、
今後のプロデュース活動はもう少し考え直すべきかも知れない。
俺は自戒の意味も含めて、スケジュールリストから依頼されている仕事のうち、

【アイドルだらけの水泳大会、騎馬戦の部】に×印をつけざるを得なかった。

その後はTV局のディレクターはじめ、番組プロデューサーとスポンサーさん達への事後報告。
局側の人たちは、良いものを見れて数字も取れそうだし、気にするなという反応。
現場の人たちは、まず千早の無事を喜んでくれた事がちょっと嬉しかった。

収録時はドタバタしてしまったが、終わってみれば前代未聞の熱湯CMになるとの事。
VTRチェックでも、ヤバい部分は映っていないしその辺は安心できた。
ちなみに、まだ件の番組は放送されていないのだが、あの生歌はその日のうちに
口コミで広がって、新たな歌の仕事が数本、舞い込んで来ている。
小鳥さんから連絡を受けた俺は、自宅作業でスケジューリングを組みなおしながら、
改めて千早の歌に関するパワーに驚いていた。


そして、出社停止処分最後の一日。
よく考えればここ一週間、いつもより激しいペースで働いた気がするが、
夢の代償と思えばあまり気にならない。
が、身体の方は悲鳴を上げているので今日くらいは休んで明日に備えるか……
そんな事を考えていたら、携帯電話がけたたましく鳴り響いた。

「……!?」
それは、千早からのメールだった。





to プロデューサー
tittle:大切なお話。

おはようございます。千早です。
社長に聞いたところ、出社しなくとも色々と忙しく働いていらっしゃると……
わたしが最後で倒れてしまったため、ご迷惑をかけてしまいましたね。
あの時はすみませんでした。
しかし、プロデューサーが側にいてくださって良かったと思っています。
あの時、自分でも気に入ってるくらい良い歌が唄えたのですから。

さて、事務の音無小鳥さんからプロデューサーのスケジュールを聞きましたが、
明日から出社して営業活動という事なので、
仕事が始まる前にお話しておきたいことがあります。
処分最後の一日で、お疲れのところ呼び出してしまって申しわけありませんが、
今後一緒にお仕事をする際、どうしてもお話しておきたいことなので、
お手数ですが以下の場所までお越しいただけませんか?

大丈夫なら、折り返し連絡下さい。
待っています。


                         from 千早




幸い遠くの距離でも無いし、千早からの呼び出しとあれば多少の無理は承知で行くつもりだ。
だが、指定された場所にはかなりの違和感があり、
普通に明るく楽しく、話をするという事ではないと予想できる。

「奈夢古霊園、か……うーん、ワケありだよなぁ……」
今まで千早から聞いていたのは、ご両親の仲がかなり悪いと言う事だったが、
別にどちらかが亡くなったとかいう話は聞いていない。

霊園に入った途端、空気の温度が下がる。
俺は超常現象をあたまから信じているワケではないが、こういう場所が持つ独特の雰囲気というのは、
なんとなくだがあると思っている。

オペラとアイドルのコンサートでは、同じ会場でも観客の作る空気が違うような感じだ。
「プロデューサー……来ていただいたんですね。ありがとうございます」
霊園の入り口には、千早がすでに待っていた。




「ああ…千早の身体は大丈夫か?活動や学校で支障が出て無いといいんだが」
「問題ありません。検査も異常なしでしたし。……それより、今回来ていただいたのは、
Cランクにも上げていただき、世間に注目されるようになってきたので、
プロデューサーに合わせたい人ができたからです」


合わせたい人。

墓地に呼び出してそういう話を振られたからには……俺も大体の察しは付いた。
ここから先は、おそらく未知の領域であり、修羅の世界。
先週のような間違いをしでかしたら、確実に合格を持っていかれるだろう。
この、愚直なまでに歌に真摯な少女を、どこまで輝かせるか。
その責任の一端を負い、芸能界という魔物の渦巻く領域へと踏み出すのだ。

いかに歴戦の戦士といえと、ハダカで戦場に赴く筈は無いのと同じで、
俺は千早の武器となり、盾となり、鎧となり……(変な意味じゃないぞ)
力を合わせて戦い抜いていかないと、あっという間に終わってしまう。
これから挑む特別オーディションの群れは、その全てがたった一つの合格枠なのだから。

「それと、両親がずっと揉めたていた事ですが……先日、やっと解決したんですよ。
だから……だから、今日はその報告も兼ねて。
あまり楽しい話でなくてすみませんが……聞いて欲しいんです」

千早が、俺の目を正面からまっすぐ見る。
悲しみの色とともに、今まで以上に強い決意の色を感じた。




……そうか。多分、そう言う事なんだ。
今の千早の瞳の前には、半端な着替えも小手先のビジュアル戦略も意味を成さない。
熱湯風呂を歌で捻じ伏せるような怪物に、今までと同じようなプロデュース方法を取っても、
それは全く千早の特性を活かしていない事になるんだろう。
少しは分かっていたつもりだが、帰ったらもう一度スケジュールを組みなおしだな。
俺と千早、納得行くまで……喧嘩してでも作ってやるさ。
最高のプロデュース計画。困難極まりないが、考えるだけでもワクワクしてくるぞ。

そして、多分越えねばならない最初の壁が……今、この状況なんだろう。
俺は、ゆっくり千早が落ち着いて、話してくれるのを待っていた。
彼女が踏みしめる、最初の一歩を見守りたくて。

「実は……先日、両親が…………」





■おしまい。『ある日の風景5』につづく。



作者:3スレ125

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