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「麗華さん!今日はお疲れ様でした!」
「あら天海春香さん。お疲れ様。」

今日は歌番組の収録で、トップアイドル・魔王エンジェルの東豪寺麗華さんと同じ楽屋だった。いい機会だから仲良くなれるといいな。

「あの、麗華さん、私、クッキー焼いてきたんです。よかったら食べませんか?」
「あら、ありがとう。……へぇ。ほんとにお菓子作り好きなんだ。どうせ男に媚び売ってるのかと思ってた。」
「…え?」

麗華さんの顔がドス黒く歪む。なにが起こってるのかわからなかった。

「…ふふ。わからない?あなたほんとにこの世界のこと知らないのね。」
「あ、あの、なにを…」
「私は知ってるわよ。あなたのこと。よく如月千早の家に通ってるわよね。」

ズキンと胸が締め付けられる音がした。

「でもバレちゃったら大変よね?765の看板アイドルふたりが禁断の愛…だなんて。ゴシップ記者は大喜びよね。」
「…ッ!!」

言葉がでなかった。喉が締め付けられたみたいに、息をするだけで精一杯だった。

「私も禁断の果実を食べてもいいかしら?」
「ひっ!」

突然、麗華さんが私の耳元で囁く。驚いて手元から落ちたクッキーが床に投げ出された音がする。

「あ、あの…なに…言って…」
「ふふ…あなた可愛いわよ。」

そういうと麗華さんはドアの方に向かった。ガチャリと鍵を閉める音がする。

「私がいろいろ教えてあげる。きっと如月千早より上手いわよ?」
「あの…なにを…?」
次の瞬間、視界がひっくり返って楽屋の天井がみえる。すぐに麗華さんの紅の瞳と目が合う。
―私、押し倒されたの?どうして?

「やめっ、やめて下さい!!」
「ここには二人きり。誰も助けになんてこないわよ。」
「ひっ!」

無理矢理力ずくで抑えつけられる。女の子なのに、どうしてこんなに力が強いの?

「好きで好きで堪らない人がいるのに、残念ね。うっかり私と二人きりになったあなたが悪いのよ?」

クスクスと耳元で笑う。恐怖で唇がパクパク動くだけで言葉を繋げなくなった。喉がカラカラに渇いて、代わりに、涙がポロポロ伝うのがわかった。

「ぃ…ぁ…ッ」

耳の裏を舌が這う。千早ちゃん以外で初めて現れた侵入者に全身がこわばる。

「可愛い桜みたいな唇ね…如月千早と間接キスになるのかしら?」

麗華さんの唇がそっと近づく―その瞬間、左手の拘束が解かれていることに気付いた―

バシンッ!!

部屋じゅうに私の手の平と麗華さんの頬がぶつかる音が響いた。
私はすぐに態勢を立て直すと、楽屋のドアに駆け出した―



「春香?どうしたの?」
「―千早ちゃん…」

暗闇に光が射すように、一瞬にして視界が広がった。私は千早ちゃんにだきついてむせび泣いた。


「先日はごめんなさいね。天海春香さん。ちょっとした冗談のつもりだったの。」
「…い、いえ。こちらこそ顔を叩いたりしちゃって…。」


新しい楽曲の発表時期が被ってるから、どうしても顔を合わせる機会が多くなる。あれはなんだったんだろう。麗華さんの言う通り、ただの冗談なのかな。でも、冗談だとしても酷いよ。


「春香、もういきましょ。」
「う、うん!」
「如月さんにも迷惑かけてごめんなさい。これからもよろしくね。」
「…いえ、いいんです。では。」


千早ちゃん、露骨に敵意がでてる…。無理もないけど。


「待って、如月さん。」

麗華さんの脇を通りすぎようとしたとき、麗華さんに呼びとめられる。空気が一瞬で凍りついたのがわかった。


「……なにかしら。」

「私ね、天海春香さんのことが好きなの。」

――ドクン。胸の奥がズキンと痛んだ。あの時の恐怖が蘇って、頭が痛くなる。

「そう。残念だったわね。」
「だから、天海春香さんと別れてくださらない?」
「なにそれ!!おかしいよ!!」

つい敬語を忘れてしまって、ハッとする。
「…どこから私たちのことを聞いたか知りませんが、あなたにとやかく言われる筋合いはないわ。」
「あるわよ。私のほうが天海さんを幸せにできるもの。なぜって、私のほうが天海さんを愛してるから。」
「……私は誰かさんと違って春香を傷つけたりしないわ。」


千早ちゃんの声には凄みがあってびっくりした。こんな声だすんだ…。思考が緊迫した空気に相応しいない、変な方向に向かってるのは、私の頭の先からつま先まど体が真っ赤にほてってるのと無関係じゃないと思う。


「…まぁ口先だけで争っても仕方ないわね。どうかしら?今度のフェスで勝ったほうが天海さんの恋人になるっていうのは?」
「―ちょっ…ちょっと!!なに勝手なこと言ってるんですか!!」
「いいわよ。でも春香はもとから私のものだから。私たちが勝ったら、二度と私たちに関わらないで。」

―え?千早ちゃんの言葉を一瞬信じられなかった。


「――決まりね。今度のフェスで私が勝ったらあなたと春香は別れてもらう。その代わり、あなたが勝ったら二度とあなたたちに関わらない。」
「――ええ。いいわよ。」
「ち…千早ちゃん…?」
「それじゃあ、またね。天海春香さん。」

麗華さんが私にウィンクして去っていった。私は目の前でなにが起こっているのかわからなかった。



「千早ちゃん!どういうつもりなの!説明して!」

千早ちゃんは一点を見つめて唇をぎゅっと結んでいる。なにかを決意してる顔だ。

「ねぇ…千早ちゃん…?」
「…春香、よく考えて。私たちがいまのままでいても、東豪寺さんたちには敵わない。なにをされてももみ消されて泣き寝入りするだけ。ここはそういう世界なの。」
「…ぅ。」
「だから私たちが身を守るには、この世界で東豪寺さんたちより人気も実力も上になるしかない。」
「――そのために一番手っ取り早いのが――」
「フェスで直接戦って勝つ。」

千早ちゃんの言葉は頼もしかった。でも、私の心は不安で一杯で……きっと凄く不安な顔をしていたと思う。

「春香…私が一番苦しかったとき、春香が私を守ってくれた。だから今度は私が春香を守るの。」

千早ちゃんに抱きしめられる。そうだ。千早ちゃんは私を信じらてくれた。今度は私が千早ちゃんを信じよう。

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