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「あむ。ん、んんっ……ちゅ、ちゅうっ」
 夜中の事務所から聞こえるのは、ねっとりといやらしい水音。
 俺たち以外無人のビルは、さながら男の生命を奪い取る魔宮と化していた。
 自分の椅子に腰かけた俺は股間のジッパーを下ろし、俺の担当アイドルである
我那覇響がその脚の間に座り込んでいる。
 ここで行われている行為はフェラチオではない。不幸にして魔族の
一員……吸精魔『サキュバス』となってしまった彼女の生命を長らえさせる
ための、重要かつ神聖な儀式なのだ。
「ちゅ、ぱぁ、んぐ、ふん、ふぅんっ」
「ああ……上手いぞ響。もっと深く含めるか?」
「うぅ、こ、こう?……んちゅ、ぷちゅ」
「う、そうだ、いいぞ。頬の内側にこすり付けるように」
「んふ、くぷっ、ぷちゅっ」
 赤い顔をしながら一生懸命俺のジュニアを舐め、くわえ、舌を巻き付けて
マッサージしている。
 恥じ入る表情もぎこちない舌遣いも無性に愛しい。
「ぷぁ、プロデューサー……まだなのぉ?」
「もう少しだ、響。上手だぞ」
「自分、こんなの……恥ずかしいよぉ、プロデューサー」
 なにしろ響は、こんなことをするのは生まれて初めてなのだ。サキュバスに
なってまだ数日、それも性的な行為を未経験のままの『転化』なのである。
 今日びの芸能界では魔物だ妖怪だという存在も珍しくはない。せいぜいエクボが
あるとか関西弁を喋るといった個性のひとつでしかなく、わが765プロのアイドルも
ざっと半数は宵闇の世界の住人だ。また俺のナニを舐める作業に戻った響の髪を
撫でながら、俺は先ほどのやりとりを思い返していた。

****

「ううう、プロデューサー、助けてえ」
「うわ?どうしたんだ響、そんなに死にそうな声でっ」
 スケジュールが合わず、しばらく別々に行動していた彼女と数日振りに事務所で
会ったらいきなりこの泣き言だ。
「おととい貴音に噛まれたんだけど、それからのどが渇いて、のどが渇いて」
「へ?噛まれ……なに?」
「いっくらお水飲んでも、お茶やジュース飲んでもダメなんだ。肝心の貴音も
連泊ロケでつかまんないし、わああ自分もうここで渇いてゆくんだあ!」
 半分パニックのままの響をなだめすかしながら詳しく話を聞いてみたところ、
同僚アイドルの一人にして魔族である四条貴音に噛みつかれて以来、のどが
渇いて仕方がないというのだ。
「貴音に噛まれて、魔物の属性が感染したっていうのか」
「よくわかんないけど、そうなのかな」
「そういや貴音ってなんの種族なんだ?俺まだ聞いてないぞ」
「えっとね、サッカがどうとか言ってた」
「大雑把だな……サッカってなんだよ。作家?借家?」
「わかんないよ、耳元で囁かれてはわわってなっちゃったんだよっ!」
「サッカ、サッカ……サッカバスとかスクブスって呼び名の魔族がいるな、そう
いえば」
「あ、それっぽい」
「サキュバスと呼ばれることが一般的だが。ははあ、貴音はこいつだったか、
なるほどあの色香、うなずける」
「なにそれプロデューサー」
「お前に説明すんの気が引けるなあ」
「もったいぶってないで教えてよ!こっちは生死がかかってるんだ!」
「そのセイシに関わる話なんだがな。あのな、そのな、ゴニョゴニョゴニョ」
「うええええええーっ!?」


 事務所が無人でよかった、と思えるような絶叫であった。
 先ほども説明したとおり、響には性体験がない。そしてサキュバスという魔物は、
人間の精力を栄養としているのだ……主に、性行為によって。
 貴音のほうもアイドル稼業では思うようにそのたぐいの食事を採るわけにも
行かず困っていたのだろう。響に噛み付いたときもしきりに謝っていたという。
「一回くらいなら人間やめることもないし、そう深刻な副作用もないから、って
あとで言われたんだけどさ。しばらくは確かになんともなかったんで、
スケジュールどおり仕事してたんだけどぉ……」
 それからしばらくして症状が出たのだそうだ。食事をしても水分をとっても、
体が熱くなって喉が渇き、いても立ってもいられない。
「近くを男の人が歩いてると心臓がドキドキいい始めて、飛びかかりたくなる
んだ。これはまずいって思って仕事終わってすぐ事務所に戻ってきたんだけど
貴音はつかまらないし、こんなの他の人にも聞けないし、困ってたらプロデューサーが
ちょうど帰ってきて」
「まあ、こうなると俺でよかったってとこだが」
「助けてよプロデューサー、自分、どうしたらこののど渇くの治るんだ?」
「……言わなきゃダメか?」
「教えてよ!自分、どんなことでもするから!」
「どんなことでも?ホントに?」
「ホントさー!」
 俺のチンチン吸ってみるか、と持ちかけたときの絶叫は、それこそ誰かが聞いて
いたら警察を呼ばれていたに違いない。

****

 で、まあ、今に至るわけだ。ちなみに観念した響がおそるおそる咥えてくれる
までに、俺はセガレを3回徹底的に洗わされた。
「んむ、んむ、くちゅくちゅ」
「う、おお、上手いぞ響。もっと力入れてくれ」
「ふうっ、ふうぅっ」
 俺の脚の間にぺたりと座り込んで、口中に唾を溜め、大きなストロークで顔を
上下させる。はじめの幾度かは八重歯が引っかかって飛び上がったがすぐに
動かし方を心得たようで、今はスムースにマッサージを続けてくれている。
 じゅる、と音を立てて息を吸い、響が顔を上げた。
「んちゅ、くぷぅ……ぷぁ、プロデューサーぁ」
「ん、疲れたか?」
「……こく、んっ」
 少しためらったようだが、口中の体液を一息に飲みこむ。おやっという表情を
したのは、これまでに飲んだ水分とは違った手ごたえでもあったのだろう。
「だいじょぶだけどクチあけっぱなしだし、けっこうタイヘンだぞ」
「すまんな、お前にこんなことさせてる罪悪感があるようで、こう一気に
フィニッシュまで行き着く勢いが足りないとゆーか」
 事情が事情とはいえ、アイドルプロデューサーが担当アイドルにフェラチオを
させているのだ。小心者の俺がちゃんとエレクトしてるのさえ奇跡的だ。
「んー、我ながら意外だが、俺って思ってたよりずっとお前のこと大切だった
みたいでなあ。あっはっはっは」
「ふぇ」
 響の顔が一気に赤く染まる。
「……っば、バッカじゃないのプロデューサー!じじじ自分にこんなことさせてる
セクハラプロデューサーのくせに!そんなこと言ってもぜんぜん嬉しくないしっ!」
「あ、そうだよな、すまな――」
「ホントに嬉しくないんだからねっ!ぜ、ぜんぜんドキドキとかもしてないし、
かっ顔とか熱くなったりとかもしてないんだからねっ!」
「――わかった、わかったからもう喋るな」


 なんてこったい、可愛いじゃないか。むしろ今のでゴールに一歩近づいたくらいだ。
「とは言えこのままではお前の命にかかわるな。普通の人間だって水分が不足
するとたちどころに死んでしまう」
「ふにゃああ、プロデューサーもったいぶってないで早くなんとかしてよっ!」
「よし、わかった。俺もお前に充分な栄養を与えられるように頑張るよ。だから
響にも、もうちょっとだけ頑張ってもらう」
「う、うん。なにすればいいんだ?」
「オッパイも使ってくれ」

 ばっちーん。

 うむ痛くない、痛くないぞ。
 相当悩んだ挙げ句心を決めてくれ、響はおずおずと自分のシャツに手をかけた。
 今日の服は好んで着ているゆったりとした重ね着だ。彼女はなるべく時間を
かけたかったようだがシャツは無情にもあっさりと脱げ、下からターコイズブルーの
スポーツブラが出てきた。真っ赤な顔のままできつく目を閉じ、それも勢いを
つけて脱ぎ去る。細身の筋肉質の体にそぐわない、ふくよかな果実が二つ、ぷるんと
揺れた。
 響が横を向いたまま、つむった目を薄く開いてこちらを見た。
「こっ、これでいい?」
「……きれいだ……」
 自分で思っても見なかった言葉が出た。響がびっくりしたような顔をする。
「……えっ?」
「あ……あ、すまん。お前、すごくきれいだったから」
「こんなシチュエーションでそんなこと言うの、ズルイぞ」
「なんだって?」
「な、なんでもないっ!」
 ともかく響も恥ずかしいだろうし、俺も今の一連のやりとりでますます元気に
なった不肖の息子を一刻も早くフィニッシュに導きたい。再び椅子に浅く
腰掛けると、響を足元にいざなった。
「もうここまで来ると恥ずかしいとか言ってる状況じゃないな」
「うぅ、でもすごく恥ずかしいぞお」
「よし待ってろ響、あと少しだからな」
「それで、おっぱ……む、胸も使うってどういうことなんだ?」
「コイツをマッサージする方法のひとつでな。男のナニっていうのはけっこう
敏感で、マッサージするにもうんと優しくしたほうがいいんだ」
「さっきクチ使ったのもそれ?……うぇ、っていうことは」
「響はかしこいな。そう、胸で挟んでこすってくれ」
 すう、と息を胸に溜めたので一瞬たじろいだが、……今さら騒いでもしかた
ないと思い直してくれたようだ。吸い込んだ空気はため息となり、自分の胸と
俺のセガレをなんども見比べながら、ゆっくりとまた座り込んだ。
「んっと、挟むって、……こう?」
「おぅ。いい感じだ」
 ふわり、とでも表現すべきか。マシュマロのように柔らかな感触が俺の逸物を
包み、続いてゆっくりとした圧迫感がかかってきた。胸で挟んだ外側から、両手で
支えたのだ。
「プロデューサーのここ、すごく、熱いぞ」
「それだけゴールが近いってことさ。可愛いお前に包まれて、とっても気持ちが
いいぞ」
「……うー、そ、それで、どうするのコレ」
「ゆっくり上下してくれ」
「ん、わかった」
 自分の乳房を両脇から手で支え、俺のペニスに沿うように上体を動かす。まだ
コツがわからずぎこちない動きもいとおしく、響が呼吸するたびに亀頭を甘い
風が舐めてゆくのも心地よい。


「ん、ん、んっ、プロデューサー、気持ちいい?」
「う、ああ、うっ上手いぞ響、その調子だ」
「でもこれはこれで、けっこうキツイぞ」
 言われてみればちょっとしたスクワット運動である。俺の頭の中にもピンク色の
靄がかかり始めており、響のことを冷静に思いやることができなくなっている。
「そ、そうか。じゃあ」
 深く考えもせず、自分の両手を響の胸に添えた。
「俺も手伝おう」
「ひやぁんっ?」
 そのとたん、響がかすれた悲鳴を上げた。
「うぁ、すまん、痛かったか?」
「う……ううん、だ、だい、じょぶ」
 しゅっ、しゅっ、という乾いた摩擦音の中、二人で両手をつなぎ合うように
柔らかな果実を慈しみ支えあい、その中心にはピンク色に屹立した肉柱。とろんと
した瞳になった響がそれを見つめている、その視線すら刺激になっているようだ。
「ひ……響」
「ふっ、な、なに……?プロデューサー」
「あの……舐めて、くれないか?」
「……ん」
 首を伸ばして、ぱくりと含んでくれた。胴の部分は胸の中にうずもれている。
雁首から先を、飴玉でもくわえるようにかぶりついたのだ。
「ん、んぷっ……あむ、はむっ」
「う、うおお、っ……響、す、すご、い、ぞ」
 俺の声が上ずっているのに気づいたのか、ちらりとこちらを見上げた瞳に、
悪戯な光がきらめいた。
「んぐ、ぅくう、んぐううぅっ」
「……お……おおっ」
 上下運動の動きに乗り、沈んだ拍子に深く深く咥え込まれた。次に体が浮く
際は強く吸い続け、引っこ抜かれそうな強烈な快感に襲われる。
「んっ、ふぅっ、じゅ、じゅぷっ、くちゅうっ」
「あ……あ、ひびき、す……ご、い、いいっ……ぞっ!」
 今や響はマッサージに夢中で、俺の顔など見る余裕はないようだ。俺は俺で
これまで我慢を重ねてきた快感が幾重にも織り重なり、ついにそのすべてが
まとめて体内で爆発しそうな状態になっている。
「んんっ、ぷおゆーさ、ぷろりゅーさ、っ」
 口に含んだまま、ろれつの回らない口調で俺に呼びかけている、そのせつなげな
声音すら愛おしい。俺は改めて響の顔をさすり、髪を撫で、断末魔の力を振り
絞って彼女に精一杯の想いを伝える。
「うぉ……いっ、ひ、響、いくぞ、もういくぞ!」
「ふあぁんっ!ぷおゆーさ、ちょうらい、飲ませて、のませてえっ」
 股間に内側から圧力がかかる。空気鉄砲が弾丸を撃ち出す直前の、筒内に高圧の
エネルギーが溜まり切っている感覚。
 俺は響の頭を支え、ついに我慢できず叫んだ。
「出るぞっ!飲め、響、飲んでくれっ!」
「はぷぅっ」
 腰が勝手に動く。ブローバック拳銃のように、がちん、がちんと連射する音
が脳内で聞こえるようだ。
 どくどくといううねりはそのまま響の口中へと放出されてゆく。響の頬が
膨らみ、へこみ、また膨らむ。とめどない勢いで流れ込む精液を次々嚥下して
いるのだ。
 ごくっ、ごくっ、ごくっ、清涼飲料水のCMのような音をたて、清涼とは真反対の
濁液が……しかし今の響にとっては命の水が、のどを通って体内へ流れてゆく
のがわかる。しばし続いた放精もやがておさまり、俺はゆっくり腰を引いた。
響も床に座り込んだまま、少し上を見上げたまま放心している。


「ふう……っ。響、大丈夫か?」
「あふん。あむっ」
 見ると、自分の指を舐めている。一息で飲み切れず、唇から零れた滴をぬぐい、
舐め取っているのだ。
「ふう、ぅぅうん。おいしい、よう」
 ため息のような独白と、とろけそうな恍惚の表情。ちろちろと指の間をうごめく
赤い舌を見るうち、再び股間が反応しかかるのを感じた。
 さすがのサキュバスの血だ。俺もその色香に幻惑されたのか、ふらふらと響に
近づこうとした、その時。
 しゅうっ、という音が耳元で聞こえた。
「!?」
 ぎょっとして振り向くとデスクの脇、窓際の空きスペースに……黒い霧が
立ち昇っていた。
 霧はゆっくりとその濃さを増し、あっけに取られた俺が見つめている間に
今度は人の形を取り始める。すらりとした長身、ウエーブのかかった長い
髪……このシルエットは。
「……まさか……貴音か?」
「たかね……?」
 その名を響も繰り返し、まだ夢の中にいるような目をそれでも霧のほうに
向けた。その視線に合わせたかのようにその霧は実体化し、やがて服を着た
少女の姿を現した。
「ただいま戻りまし……」
 霧が晴れると、よく見かける普段着に大きなバッグを持っている。事務所の
床に降り立つとぺこりと一礼し、挨拶を……途中で止めた。
「……ん?」
「きゃあああああっ!?な、なにをなさっているのですかあっ!」

 ばっちーん。

 今日はやたらとひっぱたかれる日だ。

****

 ともかく衣服を整え、落ち着かせて話を聞くと、貴音は実体化するまでは
移動先の様子がわからないのだそうだ。
「収録がひどく長引いてしまいましたので、まずは荷物を事務所に置こうと霧に
姿を変えて飛んで来たのです」
「へえ便利だな。タクシーチケットいらずだ」
「ところが到着してみれば、プロデューサー殿が、ひ、響に乱暴狼藉を!」
「してねえよ!」
「そ、そうだぞ!だいたい貴音のせいじゃないかあっ!」
 真っ赤な顔で俺を責める彼女に、響と二人でツッコミを入れた。
「で、ですがそのような秘め事は、事務所ではなくせめて自宅でなさいまし!人の
目だってあるではないですか!」
「いちいちもっともだがなんかムカつくな。こっちもいろいろ切羽詰ってたんだよ」
「自分、のどが渇いて死にそうだったんだぞ!それをプロデューサーが助けて
くれたんだ」
 こちらの事情も説明する。そう、そもそもサキュバスである貴音が響に噛み付いた
ところから問題が発生したのだ。
「わたくしが……サキュバス?」
「そーだぞ、自分こんなことするのすっごい恥ずかしかったんだぞ!だけど、
の、飲まなきゃ死んじゃうしっ」
「お待ちなさい響」
 俺をちらちら見ながら言い募る響を、貴音が毅然と止めた。


「わたくしはサキュバスなどではありませんよ」
「え?だってお前、響に噛み付くとき、サッカバスだ、って言ったんだろ?」
「そうだよ!サッカなんとかって確かに言った!」
「サッカなんとか?……はぁ、響……」
 響から聞いていたことを問いただすと貴音はきょとんとした表情をして……やがて
がっかりしたようにため息をついた。
「あなたはどうしてそうなのです。自身の命に関わることまで聞き違えるとは」
「聞き……?ええっ?違うの?」
「よくお聞きなさい。あの時わたくしは自らの血統を『ブラッドサッカー』と
説明したのです」
「『血を吸うもの』……吸血鬼か」
「人の生命を糧とする意味では彼ら吸精の種族とも近縁に当たると言えますが、
だからこそお互い、間違われるのを嫌うのです」
「え、そ、そうなのか……ゴメン」
「こらこら」
 二人で話をまとめそうになっているので、隙を見つけて割り込んだ。
「貴音、元を正せばお前が響にしっかり説明しなかったのがいけなかったんじゃ
ないのか?ヴァンパイアの影響だってわかってたら俺だって、コッチじゃなく
指先でも切ってしゃぶらせてたさ」
「それは……そうかも知れませんね。なにぶんわたくしも我慢の限界に来て
おりましたから」
 貴音もまた、俺が発見したときの響と同様で腹ペコだったのだという。いずれに
しても人間の生命力を奪う存在、業界イメージもあるから食事も容易ではないそうだ。
「今は代替品もいろいろありますが、やはりここぞという時にはひとしずくでも
人の生き血を啜りたくなるのです」
「たしかに貴音としてもでかい仕事だったんだっけ。気合を入れるエネルギー
ってとこか」
「そこで響に頼み込んで、と思ったのですが、これが存外抵抗もなく」
「だって貴音は友達だもん。困ってるならできることはするさ」
「拍子抜けして説明が不充分になったのか」
「まこと、わたくしはよき友を得ました」
 また『感染』についても心配はないという。貴音によると吸血鬼の側にそのつもりが
なければ、どれだけ血を吸おうが犠牲者が吸血鬼になることはないそうだ。
「血を吸えば必ず転化するというのは作り話です。それが本当ならひと月で地球
から生者が消滅するではありませんか。共倒れです」
「そらそうか、倍々ゲームだもんな」
「眷族を増やさぬ吸血鬼など蚊や蚤と大差ありません。一度だけ失った血を
求めて渇きますが、生に近い肉か赤身魚の刺身でも食せば治るのですから」
 自分を虫けら呼ばわりというのも卑下が過ぎるが、貴音の一族はそのくらい
苦労して永らえてきたのだろう。
「あれ?でも自分、プロデューサーの……あの、あ、アレで渇きが止まったぞ?」
「わっ、わたくしとて詳しくは存じませんっ!ただそれも体液には違いありませんし、
あるいはどこかに小さな傷でもあったのでは?舌を当てるくらいでも効きますよ」
「あー。初めのうち慣れてなくてな、八重歯でガブッと」
「いちいち言うなあ!恥ずかしいよっ」
 まあなにより、響の命はこれで心配ないということだ。それが俺にとっては
一番嬉しい。
「それに……」
 その時、貴音が小さく漏らした。
「ん、なにか気がかりでも?」
「あ、いえ、そういうわけでは。ただ、血を啜るにしても相手によって効果は
大きく違うので」
「相手によって?」
「ただの栄養補給か好きな献立を選ぶか、人間と同じなのですよ。たとえば接吻
するにしてもドラマの相手役と恋した殿方では、意識の入りようも違いますから。
ねえ、響?」

「……あ!ば、ばか貴音っ!」
「なんだ?」
 呼びかけられると、響は途端に取り乱しはじめた。なにやら溜飲が下がった
らしい貴音は、それですっくと立ち上がる。
「さて、これにて帰宅いたします。夜分にお騒がせしました」
「あ、ああ、お疲れさん」
「プロデューサー殿、響をくれぐれもよろしくお願いいたしますね――」
「そうだな、よく見ておくよ――」
「――いく久しく。では」
「――えっ?」
 交錯したセリフに面食らっているうちにばさりと大きな羽音が聞こえ……貴音は
姿を消していた。
 喧騒が一転、響と俺が残された事務所に静寂がおとずれる。
「ふう。なんにせよ、これで一件落着だな、響」
「……ん」
「俺たちも帰るか。お前んちまで送るよ」
「……あの、プロデューサー……?」
「どうした?」
 立ち上がろうとしたら、服の裾をつままれた。反射的に見返すと、響はもじもじと
こちらを見上げている。
「あの、ね?……あ、のっ」
「……響?」
 先ほどの、貴音の謎めいた言葉。
『ドラマの相手役と恋した殿方では、意識の入りようも違いますから』
 シャツの端っこを、くいくいと引く指先。俺を見つめる、うるんだ瞳。
「あのっ……じ……自分っ、その」
「お前……」
「まっ、まだ、足りないカンジ、で。その、か、体の奥のほうがさっき
から……すっごく、あつくってぇ」
 瞳に盛り上がった涙滴が、ついと頬を伝った。
「その……さっきみたいなの……、もっと、して、欲しい……ぞ?」
ごくり。唾を飲み込む。
「っ……だめ、か、な?」
「……だめなもんか」
 俺の答えに、響の表情が輝いた。
「お前のためなら俺はどんなことだってするさ。そうだろう?」
 俺の胸に飛び込んでくる響を抱き締めながら、思った。
 こいつめ。
 やっぱり吸血鬼じゃねえ、吸精鬼じゃねえか。

 かくして俺は翌朝まで、この愛しいサキュバスに精も根も吸い尽くされる
こととなったのであった。



おしまい。

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