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 目の前で、しかめっ面の愛ちゃんがうんうん唸っている。
「んー……解けた、かな?」
「計算、大丈夫?」
 僕が問い返すと、どこか納得のいかないといった表情で、愛ちゃんははにかんだ。数字の立ち並ぶノートが
くるりと翻って、僕の手元へぱさりと置かれた。

 先日の降雪はどこへやら、カーテンの外側は快晴。まだまだ寒い今日この頃だけど、こんな日は外に出て日
差しを浴びたいぐらいだ。しかし、すっかり有名になってしまった今では、それも中々叶わない。
 学校の勉強が危ないから、と依頼されて家庭教師の真似事をして以来、愛ちゃんの家の匂いにも随分慣れて
しまった。今日は留守番になっているけれど、舞さんがいる時はおやつの差し入れなんかもあったりして、決
して多くは取れないオフの時間を愛ちゃんの家で費やすことに、僕もまんざらではなかったりする。
 でも、以前のように女装をせずにいられることが、僕にとっては一番ホッとすることなのだけれども。

 この間のドーナツ、サックリしてて美味しかったなぁ、なんてことを思い返しながら、ノートに目を通す。
「ここ、計算式は合ってるけど、答えが間違ってるよ」
「えぇ〜、マジですかぁ」
 ぶう、と膨れっ面になりながら、愛ちゃんがテーブルに顎を乗せた。
「ああ、ここだよ。移項する時は符号をあわせないと」
「……ホントだ」
「でも、間違いはここだけだったよ。今の単元始めた時より、ずっとできるようになってる」
 計算ミスの箇所にアンダーライン、ノートの端に"good job!"を残して、持ち主へノートを返す。白い歯を見
せて、愛ちゃんが笑った。
「やっぱり、涼さんの方がいいな」
「そう?」
「絵理さん……何を聞いても教えてくれるけど、時々、ホントに時々だけど、よく分からない時があって」
「喋るのはあまり上手じゃないからね、絵理ちゃん」
 注いでもらったお茶は程よく温くなっていて、僕は一気にそれを飲み干した。ほのかな苦味が喉の奥へ飲み
込まれていく。愛ちゃんが問題をやっている間に進めていた高校の予習も、この辺りまで進めておけば十分だ
と判断して、僕は世界史の教科書を閉じた。ほぼ同時にテレビの電源が入り、空きができた手元にwiiリモコ
ンがやってくる。どうやら、まだゆっくりと休ませてはもらえないみたいだ。

「……マリオカート? 愛ちゃんも懲りないなぁ」
「今日こそ、涼さんに勝ちますっ!」
「そう言われちゃったら、僕も負けられないよ」
 気合十分、僕の隣に愛ちゃんがやってきて、腰を下ろした。横並びになって、テレビモニターに向かいあう。
 僕が愛ちゃんの家を訪れる度に付き合わされるものだから、所持していないにも関わらず、すっかりマリオ
カートの操作に慣れてしまった。難しいポイントを暗記してしまったコースだってあるぐらいだ。
 たまには愛ちゃんにも花を持たせようと思うけれど、手加減されたと感じると機嫌を損ねてしまいそうで、
結局僕は愛ちゃんの前を走る。
 平坦な道路を悠々と滑っていくルイージのカートを操作しながら、僕は前回ここに来た時のことを思い返し
ていた。
 
 ゲームをやり終わってからコントローラーを片付けようとした時、愛ちゃんが電源を繋いだコードに
引っかかって床の上に重なりあい、その弾みで、スイッチが入って……。

(だっ、だだだ、ダメだっ!)

 邪念を振り払う。しかし、振り払おうとすれば、その分こみ上げてくる。手で顔を覆いながらも興味津々に
僕の体を眺める視線、柔らかくてぷにぷにした肌の感触、声が出そうになるのを我慢する表情、愛ちゃんの体
の中の温かさ、僕に甘えてくる仕草……何もかも、恨みがましいほどくっきりと、脳裏に浮かび上がってくる。

(やばい……勃っちゃった……)

 頭の中で一戦終える頃にはすっかりズボンが窮屈になっていて、僕は自分が男であることを、否応なしに実
感させられていた。早く治めないと……。
「ふんぬぬ、カーブがっ……!」
「愛ちゃん、傾きすぎだよ」
 レースゲームをやる人、とりわけゲーム慣れしていない人がよくやるのと同じように、愛ちゃんはカーブの
度に、右へ左へ体ごと傾いでいる。
「ぬう……曲がれ……わわっ!」
 僕より少し遅れてヘアピンカーブを曲がろうとした時、隣に座る愛ちゃんが勢い余って倒れ掛かってきた。

「ちょっ、愛ちゃん……!」
 その角度はまずい、と思った瞬間には、とき既に遅し。
 手を伸ばそうとコントローラーを離す間もなく、あぐらをかいて座る僕の両足のつけねには、頭部がずしっ
とのしかかってきている。
 ズボンの布地越しに圧迫感。反射的にポーズボタンに指が伸びた。
「……あ」
 テレビモニター同様の、沈黙。
 頬をべったりとつけたまま、愛ちゃんは動かない。
 数瞬して硬くなった僕に気づいたのか、目をぱちくりさせた。
「涼さん、あの、これって」
「ごっ、ごめん! それは、その」
 もう手遅れかと思いつつ体をのけようとする僕を、細い腕が引き止める。
「えへ……涼さん……あたし、今日はまだ、アレを教わってませんでした……」
 その瞳は好奇の色にじんわりと染まり、その手は僕の下腹部に置かれている。
「ママも遅くまで帰ってこないし……教えてくれますよね?」
 いたずらっぽい笑みを浮かべ、まっすぐな眼差しが僕を見上げた。
 ギュゥ、と股間を掴まれている。硬さは隠せない。僕はNoの返事を封じられているも同然だ。
 体の内側に潜む何者かが舌なめずりを始めて、衝動を突き動かす。
 消し去りきれない期待感が僕のアイデンティティと結託して右手に指令を出し、細い背中を引き寄せさせた。


 窓の外は、相変わらずの快晴だった。


 ピンクのカーテン、ピンクのシーツ、男の存在なんて欠片も感じられないこの部屋で、僕は愛ちゃんのがつ
がつした奉仕を受けている。アイスキャンデーを頬張るみたいにして、目一杯に開けた口で、僕の欲望を受け
入れている。上顎の段差に先端が触れる度に、僕は小さく声を漏らす。
「ねえ……愛ちゃん」
「なんですか?」
「どこかで練習とか、してるの?」
「いえ、別に……でも、どうして?」
「な、なんか……痛みを感じなくなったな、って思って」
 初めてしてもらった時は、力が篭りすぎて苦痛を感じることが多かったぐらいなのに、痛みに変わるギリギ
リの力加減が、かかってくる圧力の全てを快楽へと変換していく。
「上達してるってことですよね。えへへ、嬉しいなぁ」
 出会った頃から変わらない無邪気な顔で、愛ちゃんは笑う。
 その愛ちゃんがしているのは、異常そのものの行為だっていうのに。

 僕と会話をするために口を離している間も、五本の指が別の生き物みたいにうねって、感じやすいポイント
を小刻みに刺激してくる。すっかり張り詰めてガチガチになった男の象徴は、それこそヘソについてしまいそ
うなぐらいに反り返っている。澄んだブラックコーヒーがポーションのミルクに濁らされるように、欲求が後
ろめたさを塗りつぶしていく。
「涼さん、分かりやすいから……んぐっ、ん」
 ぺろりと赤い舌を覗かせたと思いきや、愛ちゃんの頭がぐぐっと沈み込んでいく。ねっとりした粘膜が絡み
ついてくる。腰掛けたベッドのシーツを掴んで、僕は弾けそうになってしまうのをこらえる。
「う……愛ちゃん……」
 愛ちゃんの唾液が溜まったからか、それとも僕が先走りを垂れ流しているからか、頭が上下する度にぐちゅ
ぐちゅとイヤらしい音が漏れる。その音が、また僕の疼きを高めていく。
「……っん!」
 じゅるり。溜まった液体ごと、口腔の奥へ吸い込まれて、腰が浮いてしまった。体の中でアラートが響く。
「も、もういいよ、愛ちゃん」
「あれ……気持ちよくありませんでした?」
 上目遣いの愛ちゃんが、眉尻を下げた。
「違うよ……気持ちよすぎて、その、出ちゃいそう……」
「じゃあ、出しちゃってください」
「だ、ダメだよ、そんな……あっ」
 言葉を言い切る前に、愛ちゃんの頭が再び覆いかぶさってきた。射精感が急激に高まって、溢れ出してくる。
「ごっ、ゴメン、愛ちゃん、出ちゃう……!」
 風船が内側からの空気に負けて弾けるように、溜まりきった興奮が、ホースの先端から噴き上げていく。
「っ……ふぅっ……」
 愛ちゃんは僕の腰に腕を回してまで、口を離そうとしない。
 僕の吐き出した白濁を一滴残らず吸い出すと、一瞬苦い顔をしながらも、音を立ててそれを嚥下した。
「んむ……気持ちよかったですか、涼さん?」
「……」
 やりきった達成感なのか、満足そうに目を細める愛ちゃんに、僕はただ頷くだけだった。

 コントローラを握っていた時の躊躇はどこへやら、僕もすっかりその気にさせられてしまい、ベッドに腰掛
ける愛ちゃんの服をはだけさせて、女の子の肌を直に撫でまわしている。唇を一度二度と重ねるごとに、愛ち
ゃんの吐息は甘くなっていく。

『あんたには強引さが足りない』なんて律子姉ちゃんにたしなめられたのも、今は懐かしく感じられる。
 こんな風に体を重ね合わせるようになったのも、じゃれついてくる愛ちゃんが可愛くて、ムラムラが大きく
なり過ぎたことがきっかけだった。魔が差してしまった、というのが適切だろうか。
 愛ちゃんのことは好きだ。でも、愛ちゃんが好きなのか、女の子が好きなのか、僕は時々分からなくなる。

「り……涼さん、今日は、なんか、そこばっかり」
 息を荒げた愛ちゃんの声に、ふと我に返る。
「あっ、痛かった?」
 溌剌としたキャラクターとは裏腹にボリュームのある乳房を掌で捏ねる。グラビアの撮影で見た時には既に
感じていたことだけど、こうやって直接触ってみると、なおさらだ。
「いっ、痛くは、無いですけど……その」
 僕に寄りかかる愛ちゃんが、ホットパンツから覗く太腿をもじもじと擦り合わせた。
「ごめん、焦らしちゃったね」
 閉じられた脚をそっと撫で、首筋に舌を這わせながら、布地の内側へ右手を押し込む。「脱がすよ」と一声
かけ、ホットパンツと、その下のショーツをするすると下げると、両脚の付け根から細く糸が引いているのが
見えた。
「痛かったら、言うんだよ」
 黒のニーソックスも脱がせてしまおうかと思ったけれど、そのままにしておいた。両膝を掴んで脚を広げさ
せ、指に愛液を絡めて、体の内側へ差し入れていく。
「んっ……んん!」
 指を一本入れただけなのに、凄い締め付けだ。ずっと入れたままにしていたら、指の血流が止まってしまい
そうなぐらい。ぬかるみで滑りが良くなっているのをいいことに、入り口の付近を小刻みに往復させる。内部
の構造をなぞるように掻き回していると、愛ちゃんはどんどん蜜を吐いた。
「あ……はあ、はあ……」
 声を出すことへの抵抗なのか、感じ始めると愛ちゃんは声のボリュームが下がる。大きすぎるぐらい声が大
きい普段の様子とのギャップが、余計に僕をそそる。そわそわするような感覚が、体の底が上ってくる。
「涼、さん……だめ」
 こっそり指を二本に増やして、指の根元までずっぽり埋め込むようにして奥まで刺激する。口では駄目と言
いつつも、愛ちゃんは開いた脚を閉じようとはしない。それどころか嬉しそうに、擦れる面積が増えるように
ギュウギュウ僕の指を締め付けてくる。
「このままイきたい?」
 僕の問いかけに、愛ちゃんは小さく頷いて答えた。
 割れ目の頂点に親指を当て、中に潜り込ませた指の往復を早める。
「んう……イく……っ、あああっ……!」
 少し責めを強めただけで、愛ちゃんは呆気ないぐらい簡単に果ててしまった。
 緩くなった洞穴からそっと指を引き抜いた後も、しばらく腰をひくひくさせている。

 愛ちゃんの呼吸が落ち着きかけてきた頃、僕は結合の準備をこっそり整える。
 仰向けに寝そべる愛ちゃんに被さるように、ベッドに手をつく。
「愛ちゃん、入れてもいい?」
「あ……は、はい」
 僕がそうさせるまでもなく、愛ちゃんは自ら脚を広げてくれた。しかしその眼差しは、何か言いたげだ。
「どうしたの?」
「あの、今日は、あたしが上になりたいかな、って」
「いいよ。じゃあ、僕が……」
 ごろりと位置を入れ替え、愛ちゃんが僕にまたがる。マウントポジションだ。
 カーテンを閉めきった薄暗い部屋の中、僕の上に乗った愛ちゃんが妖しく笑う。
「は……あぁ……」
 愛ちゃんが腰を沈める。局部が温かくなり、程なくして互いの下腹部がくっついた。
「ん、凄い……奥まで届いてる……」
「愛ちゃんの好きなように動いてごらん」
「はい……」
 愛ちゃんが腰を揺すり始めた。バランスを崩さないように、僕はお尻に手を伸ばす。
「あっ、あ……」
 僕がリードしてする時とは、だいぶ挙動が違う。上下のピストンではなく、前後に往復したり、捻るような
動きだったりと、愛ちゃんは器用に腰をまわす。こういうのが気持ちいいのだろうか。
「この体勢……当たるよう……」
 眉を下げ、搾り出すような声で愛ちゃんが喘ぐ。どうやら自分のツボを探り当てたらしい。心地よさに包ま
れながら意識を集中していると、同じような感触が何度となく通り過ぎては触れていく。
「ここがいいの?」
「きゃんっ!」
 下から突き上げてその場所にぶつかると、愛ちゃんは目を見開いてワントーン高い声をあげた。
「あは……っ」
「へへ、愛ちゃんのツボ、見つけちゃった」
 突き当たりのちょっと手前の、おへそ側。ノックすると、ただでさえ狭い愛ちゃんの中がもっと狭くなる。
「はっ、はぁ……涼さん、だめです、そこぉ……」
 愛ちゃんの声に張りがなくなり、どこか恍惚とした響きが含まれ始めた。
 お気に入りのポイントを突く度に、抑え気味の嬌声と僕の吐息がピンク色の部屋に響く。

 下から腰を振るのが少し億劫に感じられ始めた時、僕の上で喘いでいた愛ちゃんが、ゆっくりと倒れこんで
きた。思わず手を差し伸べて、支える。
「……そこばっかりされたら……ヘンになっちゃいそう……」
 目をとろんとさせ、ぼんやりと愛ちゃんが言う。
「そんなこと言われたら、そこばっかりしちゃうよ?」
「は……はい」
 いっぱいして欲しいです、と耳元で愛ちゃんが囁いた。
「じゃあ、いっぱいするね」
 繋がったままぐるりと回転し、今度は僕が上になった。それはいいけれど、騎乗位から正常位に体勢が変わ
ったおかげでさっきのスポットがどこか分からなくなってしまった。
「い……あ、焦らさないでくださいぃ……」
「えっと、確か、この辺……」
「んひっ!?」
 愛ちゃんのリアクションに確信を得る。
「あっ、い、いい……ですっ……も、もっと……」
 僕の腰と背中に、愛ちゃんの両脚と両腕が巻きついてきた。
 汗ばんだ肌も体の中も熱くて、腰を振る僕もこめかみの辺りに汗が伝うのを感じる。
 分泌液でぬかるんだ膣内はうねうねと蠢き、僕をどんどん奥へ引き込んでいく。
「涼、さ……ん」
 息の合間に、愛ちゃんが僕の名をぽつりと口にする。さっき指でしていた時と同じように、内部の締め付け
が強さを増して、呼吸するみたいにひくひくと蠕動し始めた。
「ん……愛ちゃん……」
 ぶるぶると腰が震えてしまった。突き上げるような射精感が押し留められる限界を超え、数秒後の発射に向
けて肉茎が膨れていく。
「はっ、あ、あたし、もうっ……!」
「ぼ……僕もっ」
 溢れ出てきた奔流に言葉を奪われて、そこから先を口にすることはできなかった。
 メッセージをつむぎだすこともできず、激しい高波に揺られて、頭が真っ白になりそうだ。
 一回、二回、三回……快楽の塊を何度か解き放つと、全身がずっしりと重たくなった。


 意識にかかった霧が晴れて興奮が落ち着いてきた頃、ふと愛ちゃんに名前を呼ばれて、視線を下ろす。
 目が合って、顔が近づいてきて、そのまま唇が重なる。
「……気持ちよかったです」
 うっとりした顔でそう言う愛ちゃんにたまらないいとおしさを掻き立てられて、僕はお返しのキスをせずに
はいられなかった。


 カーテンの隙間からは、オレンジに染まる空がちらりと顔を見せていた。

 お互い服を着て、体の熱気と気だるさが抜けるまで、なんとなく指を絡ませあってみたり、スキンシップを
取ってみたり。
 肌を重ねた後は、いつもこうだ。どこか思考が宙に浮いたような感じで、ああだこうだと難しい考えは浮か
んで来ない。言葉を口に出すよりも先に、近くにいる愛ちゃんに手を差し伸べて、触れたくなる。
 僕の掌にくっつくように、愛ちゃんもニコニコご機嫌顔で甘えてくる。顎の下をくすぐると、気持ち良さそ
うに目を閉じる。
「……あ」
 まったりとした一時に水を差すように、僕の携帯電話のアラームが鳴った。
「時間だ。そろそろ、帰らなきゃ」
 暗くなって人通りが少なくなると、芸能記者や雑誌記者の張り込みに見つかりやすくなる。木を隠すなら森
の中。芸能界から離れたプライベートの僕達が身を隠すのならば、うんざりするぐらいの人混みが都合いい。

 忘れ物が無いことを確認して玄関へ。
 愛ちゃんは笑顔を作っているけれど、名残惜しさをうっすらと浮かべている。
「また、困ったら呼んでね」
「はいっ! あ……でも」
 一呼吸。
「ママのいない時にしますね、えへへ」
「あ、う、うん」
 耳の辺りがボッと熱くなるのを感じつつ、どうにか僕は笑顔を作った。

「あら、今帰りなの?」
 玄関を出て曲がり角一つ行った所で、舞さんと出会った。手から提げた買い物袋からは、大根の葉っぱが見
えている。
「ええ、数学で困ってたみたいだったんで」
 そよ風に乗って、ふわりとコロンが香る。オトナの匂いだ。
「ついでに一戦交えてきた、って所かしら」
「……え!?」
「もう一戦していっても良かったのに」
「な、なな、何を」
 驚きを無理やり隠そうと焦る僕とは対照的に、舞さんは落ち着き払って穏やかな笑みを浮かべている。
「駄目ねー。カマかけられて赤くなってるようじゃ、誘導尋問にもすぐ引っかかっちゃうわよ?」
「うぅ……すみません」
「別に謝ることでも無いでしょうに」
 対象も分からないままに、僕は頭を下げた。
「ま、愛の様子を見てればね。そのぐらいの事はあろうかと見当もつくし。あの子、落ち込むと大変だから、
大事にしてあげてね」
 またいらっしゃい、とすれ違い様に残し、舞さんは颯爽と歩いていった。

 立春から一月。まだ冷たい風に向かって、僕は複雑な思いだった。


 終わり

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