投げっぱなしなSS放置倉庫です。倉庫が2代目だったりします(オイ)

香屋の軒先に据えられた長椅子に腰掛け、伽羅は煙草を吹かしていた。
吐き出した煙は風向きに逆らい、不自然なまでに細く、糸のように伸びていく。

「…あれ? あっちに何かある…?」

店のすぐ裏にある森へ、伸びていく煙。
それを指先でくるくると巻き取るようにしながら、宙を歩く。
森をすこし入ったあたりで、煙の先に追いついた。
残った煙を指先に絡めとるようにすると、煙は大気に溶け込み消えた。

「・・・なにか、面白いものがあるはずなんだけどなあ・・・」

注意深く辺りを見回す。
何気なく見上げたその先に、『おもしろいもの』があった。

「……猫だ」
「む?」

赤松の太く伸びた枝の上に、猫が箱座りで眠っている。
豊かな毛に覆われた美しい猫だ。

「あ。可愛い。なにこいつ、喋る」

見えない急階段を段飛ばしに弾みあがるようにして近づくと、
猫(@9kagero)はすこし意外そうな顔をした。

「……何処を歩いた、おまえ」
「え? ああ、宙?」

猫の言葉に関心を払うより先に、思わずその首元に手が伸びる。
予想通り、ふかふかとしていて手が沈み込むのが心地よい。

「ふむ。遠慮というものはないのか?」
「あはは。嫌だった? 悪いね」

そう言いながらも、もふもふとした感触を楽しむのを止める気はない。

「…まあいい。ちょうど面がずれていて不快だった所だ。
すまないが背中の面を直してくれないか」

柔らかな制止。どうやらかなりの人格者…猫格者のように感じる。
そうなると、さすがに自分の行動に苦笑を禁じえない。
ここは素直に従うことにした。

「面? ああ、狐面ね。いいよ」
「ありがたい」

小さく、ゴロゴロと喉鳴りが聞こえた気がした。
気品を感じさせるその容姿に似合わず、懐っこそうに目を細める猫。

「んー・・・。可愛い。これ、欲しいな」
「は?」

猫の言葉もまたず、その胸元に手を滑り込ませる。
前足の付け根に手を差し込まれて、猫はなすすべもなく持ち上げられた。
そのまま肩に乗せると、猫は案の定、不満そうなため息をついた。

「・・・本当に遠慮というものがないな」
「高いところ、好きなのかと思って」

「確かに好きだが…。おまえの肩より、松の枝の方が余程高いじゃないか」
「まあまあ、そういわず。遊びにおいで、俺の店に」

ゆっくりと、かかとで宙のスロープを滑り降りる。
地に足が着くことはない。だが、確かな着地の感触はある。
そうしてのんびりと、来た道を戻っていく。

「猫。名前はなんというの?」
「ない。好きに呼ぶといい。どう呼ばれようと私で…」
「じゃあ、猫ね」
「・・・・・・」

話を遮ったのが、お気に召さなかったらしい。
襟元に垂れた丸い手先が、一瞬だけ開いたような気がした。
あまり怒らせないほうがよさそうかな、と苦笑する。

「爪を立てられるのは、オンナノコがいいからねぇ」
「・・・変な奴に掴まったようだ」
「あははは」

店まで来ると、伽羅は外壁に積み上げられた樽に飛び乗る・・・ような素振りで飛ぶ。
そうして宙をトントンと跳ね上がり、そう高くはない屋根の上へ猫を降ろした。

「おまえ、浮いている割に妙な動きをするな」
「妙?」
「まるで、足場が必要のようだ」
「普通に宙をスーっと登るなんて、まるで幽霊じゃないか」
「・・・それだけの理由か?」
「あははは」

おかしいかな?と笑って問いかけながら、猫の横に転がる。
さして丈夫そうにも見えない屋根だが、宙に浮いた伽羅に体重は無い。
猫は観念したかのように、ゆっくりとした挙動でその場に寝そべった。

「優雅だねえ」
「面がずれるのが嫌でな。なるべくゆっくりと動くようにしている」
「なるほど、ね」

しばらくの、日向ぼっこ。
薄い雲がかかっていて、夏だというのに日差しは柔らかだ。

寝そべったまま煙草を吹かすと
猫はヒゲをピクリと動かし、顔を上げ、鼻をむずつかせた。

「伽羅か」
「そう。伽羅の香を混ぜてる。流石に鼻がいいね?」
「猫だからな」
「猫だもんね」

ゆるやかな会話のテンポ。
居心地がよい。この猫は好きだ。

「む。顔を上げたら、面がまたずれてしまったな。すまないが・・・」
「っていうか。顔につけなくていいの?」
「・・・・・・」
「・・・・・・あ。そうだ、コレあげる」

伽羅は前掛けの内側に隠れたポケットに手を伸ばし、なにやら取り出した。
そしてそのまま、人差し指を猫の小さな額に押し付ける。

「何をした?」
「商品をいれる紙袋を封するためのシール。貼ってみた」
「シール?」
「そう。狐面の絵柄で型抜きをしてるんだ。一応これも、狐面だろ?」

間抜けな顔をした狐面のシールを額に貼られた高貴そうな猫。
改めてみるとあまりに不似合いで、おもわず声を上げて笑ってしまう。

「・・・はぁ」

ため息をつく猫をみて、腹を押さえて笑いをこらえる。
それでもクツクツと漏れ出る笑いを扇で隠し、一応の謝罪を試みた。

「ごめんごめん。まあ、野良みたいだけど、追い出される前に考えておきなね」
「・・・善処しよう。気遣い『だけ』は感謝する」
「どういたしまして」

生真面目な返答と、間抜けな額。
また、笑いがこみ上げてきた。

猫の手がその幅を広げるのをみて、また心無い謝罪をする。
そうして今度は、猫の顔をみないように寝転がって空を仰いだ。

夏の日は長い。
どうかこの関係も長く続きますように。

そんな願いを込めて吐き出した煙は、まっすぐ天へと伸びていった。


イメージ画像


猫SS関連。
ノルウェージャンフォレストキャットにシールを貼ってみた。

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